マネジャー後任候補の 選定・育成 10のポイント 50 43...

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関連記事案内 事例 進化する次世代経営人材育成策(アサヒビール/Nitto/ポーラ・オルビスホールディングス/ MSD) 第3884号(15. 3.13) 注目される後継者確保策 サクセッションプランの実際(日本 GE/花王/良品計画/帝人) 第3822号(12. 5.25) 解説 変革期における経営幹部人材の開発(齊藤義明) 第3843号(13. 4.12) サクセッションプラン構築のポイントと実際(川上真史) 第3822号(12. 5.25) 調査 人事担当者アンケートから見る これからの管理職育成 第3827号(12. 8.10) 人事部課長に聞いた 人事戦略の現状と課題 第3813号(12. 1.13) [注] このほかの記事については、弊誌会員向けWEBサイト『WEB労政時報』(https://www.rosei.jp/readers/)の「労政時報検 索」をご活用ください。 ─ 特集 4 ─ マネジャー後任候補の 選定・育成 10のポイント 将来を見据え、マネジャー層の サクセッションプランをどう進めるか 人事部門に求められる重要な責任の一つに、途切れることなく会社のトップまたは役員レ ベルの経営者層を確保する、その候補者に当たる部課長を中心としたマネジャー層を育成 するといった、いわゆるサクセッションプラン(後継者育成計画)がある。サクセッショ ンプランは経営者層を対象とする取り組みから始まったが、戦略や組織が複雑化する中で 重要なポジションについては内部から確実に人材を登用する必要性の高まりを受け、現在 ではマネジャー層にも適用されている。日本企業でも、ここ数年でマネジャー層を中心と したサクセッションプランへの注目が急速に高まっている。そこで本稿ではマネジャーの 後任候補を選定・育成する上でのポイントを10項目に絞って解説していく。 柏倉大泰 (かしわくら ともひろ) ヘイ コンサルティング グループ シニアマネージャー 複数のコンサルティング会社にて組織・人材開発領域のコンサルティングに従事した後、2007年に ヘイグループに入社。製薬、製造、金融など幅広い業界において、戦略の実行に向けてリーダーシッ プおよび組織開発のプロジェクトを経験。一橋大学社会学部卒業、エグゼクティブクラスのリーダー シップ開発に特化したビジネススクールである IMDにて経営学修士取得。 労政時報 第3896号/15.10. 9 103

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■関連記事案内事例 ◦ 進化する次世代経営人材育成策(アサヒビール/Nitto/ポーラ・オルビスホールディングス/

MSD)第3884号(15. 3.13)

◦ 注目される後継者確保策 サクセッションプランの実際(日本GE/花王/良品計画/帝人) 第3822号(12. 5.25)

解説 ◦ 変革期における経営幹部人材の開発(齊藤義明) 第3843号(13. 4.12)◦ サクセッションプラン構築のポイントと実際(川上真史) 第3822号(12. 5.25)

調査 ◦ 人事担当者アンケートから見る これからの管理職育成 第3827号(12. 8.10)◦ 人事部課長に聞いた 人事戦略の現状と課題 第3813号(12. 1.13)

[注]  このほかの記事については、弊誌会員向けWEBサイト『WEB労政時報』(https://www.rosei.jp/readers/)の「労政時報検索」をご活用ください。

─特集 4 ─

マネジャー後任候補の�選定・育成 10のポイント

将来を見据え、マネジャー層の�サクセッションプランをどう進めるか

人事部門に求められる重要な責任の一つに、途切れることなく会社のトップまたは役員レベルの経営者層を確保する、その候補者に当たる部課長を中心としたマネジャー層を育成するといった、いわゆるサクセッションプラン(後継者育成計画)がある。サクセッションプランは経営者層を対象とする取り組みから始まったが、戦略や組織が複雑化する中で重要なポジションについては内部から確実に人材を登用する必要性の高まりを受け、現在ではマネジャー層にも適用されている。日本企業でも、ここ数年でマネジャー層を中心としたサクセッションプランへの注目が急速に高まっている。そこで本稿ではマネジャーの後任候補を選定・育成する上でのポイントを10項目に絞って解説していく。

柏倉大泰(かしわくら ともひろ)  ヘイ コンサルティング グループシニアマネージャー

複数のコンサルティング会社にて組織・人材開発領域のコンサルティングに従事した後、2007年にヘイグループに入社。製薬、製造、金融など幅広い業界において、戦略の実行に向けてリーダーシップおよび組織開発のプロジェクトを経験。一橋大学社会学部卒業、エグゼクティブクラスのリーダーシップ開発に特化したビジネススクールであるIMDにて経営学修士取得。

労政時報 第3896号/15.10. 9 103

サクセッションプラン 従 来 型 の 後 任 登 用

目 的 後任候補の質・量を長期的に高め、事業戦略実現に最適な人材を計画的に補充

特定ポジションに対する最適な後任を、検討が必要になったタイミングで存在する内外候補者の中から補充

後任候補の見方 積極的 –最適な後任候補は生み出すもの

受動的 –最適な後任候補は生まれてくるもの

判断基準 事業起点 –主に事業計画との整合性 人事起点 –主に後任候補の過去の評価

検討期間 長期間 –短くて 1年、長くて10年 短期間 –数カ月から 1年

検討範囲 広範囲 –直属部下に限らず階層や部門をまたいで検討

限定的 –一般的には直属部下または類似するポジションの現職者

特集 4

1.マネジャー層におけるサクセッションプランの重要性

 まずは、今、なぜ日本企業においてマネジャー

層のサクセッションプランへの注目が高まってい

るか、その背景から見ていきたいと思う[図表 1]。 筆者の属するヘイグループがリーダーシップ開

発に優れた企業の取り組みの動向を分析するため

に毎年実施している「ベスト・リーダーシップ企

業調査」の2014年の結果を見ると、リーダーシッ

プ開発に優れている企業としてグローバルで選出

されたトップ20[参考]の企業と日本企業の平均と

を比べた場合、日本企業では経営者層のみならず、

その候補者に当たるマネジャー層も含めて、あら

ゆる階層で優秀な人材を確保することが大きな課

題として認識されている[図表 2]。トップ20以

下、世界平均ともいえるその他企業の結果の平均

と比較しても同様の傾向である。

 「あらゆる階層で優秀な人材を確保することが大

きな課題」であるというこうした問題意識の背景

には、事業がグローバル化・複雑化する中で、専

門性を重視した機能部門・事業部門単位の閉じた

人材育成や部門間を定期的に異動させる均一的な

人材育成など、これまでの人材育成のやり方では

激しい競争を勝ち抜く上で必要な人材が確保でき

ないとの危機意識があるといえよう。

 また、こうした問題意識は他の調査結果にも見

られる。例えば、国際競争力調査でも知られるス

イスのビジネススクールIMDが2014年に発表した

「ワールドタレントランキング調査」では、日本は

総合で28位という評価となっている。その内訳を

見ると、従業員教育は世界 3 位と大変高い水準と

評価されているのに対して、マネジャー教育では

49位と一気に順位を下げている。日本の外からの

客観的な視点から見ても日本企業ではマネジャー

育成に課題があると認識されている[図表 3]。 しかし、日本企業でマネジャー層のサクセッショ

ンプランに注目が集まっている最も大きな理由は、

組織内の年齢別の社員構成にある[図表 4]。日本

企業で、いわゆる成果主義の人材マネジメントの

導入が進んだ2000年前後、最も人数が多かったの

図表 1  �サクセッションプランと従来型の後任登用の比較

労政時報 第3896号/15.10. 9104

5084 43会社は戦略を遂行する上で重要となる役割の後任候補者を積極的に管理している

5783 43すべての階層の社員に、リーダーシップを発揮するために必要な能力を身につけ実践する機会がある

4780 25会社は、社員が最も重要な役割につけるような体系的なキャリアパスや職務を備えている

4470 24すべての階層のリーダーシップのポジションに空きがあれば、そのポジションにつく用意のある優秀な候補者が社内に十分いる

肯定的回答率(%)

●トップ20  ●その他企業  ●日本平均

日本は、総合28位

「従業員教育」 3位

「マネジャー教育」49位

資料出所:IMD「World Talent Report 2014」

1 Procter�&�Gamble 11 PepsiCo

2 General�Electric 12 Toyota

3 Coca-Cola 13 Accenture

4 IBM 14 Siemens

5 Unilever 15 Telefónica

6 Intel 16 BASF

7 McDonald's 17 Johnson�&�Johnson

8 Samsung 18 Citigroup

9 3 M 19 IKEA

10 Hewlett-Packard 20 Pfizer

資料出所: へイグループ「ベスト・リーダーシップ企業調査」(以下、[図表 2 、 6 、 8 〜 9 ]も同じ)

[注] 1. 実施年:2014年。   2.  参加企業数:115カ国2100社 1 万8000人、うち日本

企業56社(外資系企業の日本法人を含む)559人。   3.  調査方法:オンライン方式で、質問に対して各階

層(経営者を含む)の社員が自社について回答。またベスト・リーダーシップ企業にふさわしい会社への投票を依頼。双方の結果からリーダーシップ開発に優れた企業をグローバルで20社選出。

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

上の大きな課題であった。そこから約15年後の現

在、最も人数が多い年齢層が40〜44歳に移ったこ

とで、部下を持つライン管理職と部下を持たない

非ライン管理職、そして非管理職層にとどめる社

員をどのように選別するかが大きな人材マネジメ

ント上の課題となっている。そして、これからの

15年間で組織内の年齢構成は完全に逆ピラミッド

型へと移行していくため、年齢が高くなるほど人

数が多くなる供給側の事情と、国内市場の停滞に

より今後ますます上位階層ほどポジション数が少

なくなる需要側の事情とのミスマッチに対して計

画的な対応が迫られている。つまり、今後は従来

型の後継者登用では立ち行かないことが予測され、

これこそがマネジャー層のサクセッションプラン

に注目が集まっている理由となっている。

図表 2  �日本企業におけるサクセッションプランの運用実態

図表 3  �IMDワールドタレントランキング 2014

参考  �2014年 グローバルランキングトップ20企業

は50〜54歳と部長相当の役職に就くことが期待さ

れている年齢層であったため、当時はサクセッショ

ンプランというよりもポジション数が限られた部

長相当の役職に誰を就けるかが人材マネジメント

労政時報 第3896号/15.10. 9 105

資料出所:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集-年齢階級別将来推計人口」

2000年 2013年 2030年

0 200 400 600 800 1,000(万人)

0 200 400 600 800 1,000(万人)

0 200 400 600 800 1,000(万人)

90歳以上85~89歳80~8475~7970~7465~6960~6455~5950~5445~4940~4435~3930~3425~2920~2415~1910~145~ 90~ 4

90歳以上85~89歳80~8475~7970~7465~6960~6455~5950~5445~4940~4435~3930~3425~2920~2415~1910~145~ 90~ 4

90歳以上85~89歳80~8475~7970~7465~6960~6455~5950~5445~4940~4435~3930~3425~2920~2415~1910~145~ 90~ 4

特集 4

2.サクセッションプランの狙い それではマネジャー層のサクセッションプラン

を考える上では、何から考えていけばよいのだろ

うか。各社のサクセッションプランの実態を見る

と、さまざまなアプローチが存在するが、それは

各社の追求する目的が異なっていることに起因し

ている。そこでまずはサクセッションプランの目

的とアプローチについて考えていこう。サクセッ

ションプランを目的とアプローチという観点から

見ると、「リスト方式」と「プール方式」の二つに

大別される[図表 5]。

[ 1]リスト方式 リスト方式とは、対象ポジションと後任候補を

結びつけて後任候補を一覧できるリストとして管

理する方式である。特定のポジションに対して後

任を確実に補充することを目的にしている。経営

者層や組織内に数多くは存在しない特殊なポジ

ションに対して活用されるケースが一般的であ

る。実際の運用では、リスト方式で名前が挙げら

れた後任候補が必ずしも対象ポジションに登用さ

れるわけではないが、組織として重要なポジショ

ンを補充する上で十分な後任候補が確保されてい

るか定期的に検証することが主な狙いとなる。

[ 2]プール方式 プール方式は、対象ポジションの補充を目的と

しつつも、一定の階層に対する後任候補を“群”

として管理し、選ばれた後任候補の育成をより重

視する方式である。プール方式では、機能別、地

域別、事業別などの大まかな区分ごとに、部長候

補、課長候補など組織内にポジションが多数存在

する一定の階層に対して活用されるケースが一般

的である。全般的な能力向上を目的とする集合研

図表 4  �日本の年齢層別人口分布

労政時報 第3896号/15.10. 9106

リスト方式 プール方式

対象ポジションA部 部長

後任候補⑴△課 課長△△△△氏

後任候補⑵□課 課長□□□□氏

後任候補⑶☆課 課長☆☆☆☆氏

対象ポジション○○部 部長

対象ポジション○○部 部長

後任候補群△課 課長 △△△△氏□課 課長 □□□□氏☆課 課長 ☆☆☆☆氏△課 係長 ▲▲▲▲氏□課 係長 ■■■■氏

……

対象ポジション○○部 部長

確実な補充を重視し、後任候補を対象ポジションに結びつけて管理

長期的な育成を重視し、一定の階層に対する後任候補を群として管理

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

修や階層別研修とは異なり、選別された後任候補

に対して将来的に担うことが期待される対象ポジ

ションを念頭に教育・配置を個別に検討し、中長

期的な観点から育成することが主な狙いとなる。

 自社で最適なサクセッションプランを構築・運

営していく上では、まずは目的に照らし合わせて

いずれのアプローチを採用するか検討することが

重要となる。実態としては、企業や事業の規模に

もよるが、管理するポジションの数が限定されて

くる上位階層ほどリスト方式で、個別の管理が難

しい課長相当の初級管理職についてはプール方式

を混在させて適用しているケースが多く見られる。

しかし、今後の事業展開がこれまでの延長線上に

はないとの問題意識に立っている日本企業が多い

ことも後押しして、ここ数年ではプール方式を上

位階層に対しても適用し、 1 階層前の人材にこだ

わらずに、これまでとは異なる人材を中長期的か

つ計画的に育成しようとの動きが活発化している。

 いずれの方式を採用するにせよ、これまでの事

業・機能単位で閉じた直線的なアプローチや、事

業・機能をまたいで均一的にローテーションさせ

る螺ら

旋せん

的なアプローチを踏襲するだけでは現在の

グローバル化・複雑化した事業の運営を担う人材

を確保することが難しくなっている。そのため、

優秀な人材が結果として現れるのを待つのではな

く、未来志向で積極的に育成していくように、自

社の事業環境を踏まえて効果的な目的とアプロー

チを検討することが重要となっている。

3.登用要件の明確化 サクセッションプランの目的とアプローチが確

定した段階で、次に検討すべき点は経営の観点か

ら見た「求められる人材の登用要件」である。サ

クセッションプランにおける人材の登用要件を検

討する上では、「量的要件」と「質的要件」の両面

から考えることが重要となる。

[ 1]量的要件 量的要件は、現在および将来の事業計画・規模

から求められる要員数に大きな影響を受ける。例

えば、今後の国内事業の縮小と海外事業の拡大を

考慮し、どこのどのようなポジションを将来的に

充足させる必要があるかを量的に整理したものが

量的要件となる。すでに管理職以上に役割・職務

基準の人材マネジメントが適用されている場合に

は純粋にポジション数を集計すればよい。ただし、

図表 5  �リスト方式とプール方式

労政時報 第3896号/15.10. 9 107

Q.今後10〜15年であなたの会社がリーダーに対して最も価値をおくことは何ですか?

トップ20 その他企業 日本平均1.�顧客やその他の外部のステー

クホルダーへのフォーカス2 .�イノベーションをリードする3 .�新しい考えに対して機敏で好

奇心を持ちオープンである4 .�境界を超えてパートナーシッ

プを築くコラボレーション5 .�実行へのフォーカス

1 .�イノベーションをリードする2 .�顧客やその他の外部のステー

クホルダーへのフォーカス3 .�効果的な上層部チームをリー

ドする4 .�会社のより大きな目的を考え

ることにより社員をエンゲージする

5 .�企画力・組織力6 .�決断

1 .�グローバルリーダーシップ2 .�イノベーションをリードする3 .�決断4 .�新しい考えに対して機敏で好

奇心を持ちオープンである5 .�境界を超えてパートナーシッ

プを築くコラボレーション6 .�倫理および社会的責任

特集 4

「副○○」「担当○○」といったポジションが多く

存在するなど、管理職以上で職能的な運用がされ

ている場合には、現状の人員数と事業規模から必

要要員数を類推しなければならない。

[ 2]質的要件 質的要件とは、将来の事業戦略を実行する上で

人材に求められる知識や経験などの能力面での要

件である。将来の事業戦略を実行する上で人材に

求められる質的な要件が明文化されていない場合

でも、事業戦略の実行に必要な人材の要件につい

て理解しているライン管理職がサクセッションプ

ランの議論に入ることで、後任候補として求めら

れる人材要件を考慮に入れることができているケー

スもある。また、経営理念や価値観に基づいた人

材の在り方が組織内で明確に共有されている組織

でも安定的に優れた人材を輩出しているケースが

見られる。しかし、実態としては多くの日本企業

では要員数などの量的要件にとどまり、この質的

要件については十分議論が尽くされていないケー

スが少なくない。一方で、グローバル展開してい

る企業では将来求められる要件を共通言語として

コンピテンシーを用いて設定しているケースも多

い。戦略実現に求められるコンピテンシーはさま

ざまだが、「ベスト・リーダーシップ企業調査」の

結果を見ると、リーダーシップ開発に優れたトッ

プ20の企業では、その他の企業に比べて戦略の実

行面を重視しているように見られる[図表 6]。 

 これは事業がグローバルに展開されるほど事業

環境の複雑性やイベントリスクにさらされる可能

性が高まるため、不透明かつ不安定な状況でも戦

略を実現する能力が重視されているためだろう。

事業戦略を実行する上で重要となる人材要件は、

同じ組織でもさまざまな要因により刻一刻と変化

していくため、量的要件に加えて質的要件につい

ても定期的に十分検討することが日本企業では特

に重要なポイントといえる。

4.後任候補の規模と選定のタイミング 登用要件の次に検討すべき点は、後任候補の規

模と選定のタイミングである。規模と選定のタイ

ミングは、サクセッションプランの目的とアプロー

チに大きく影響を受けるが、大別すると「需要ベー

ス型」と「供給ベース型」に分けられる。

[ 1]需要ベース型 需要ベース型は補充が必要なポジションの数に

対して 1 〜 5 人程度の後任候補を想定し規模を設

定する方法で、リスト方式の際に採用される。特

徴は対象ポジションと後任候補が明確に結びつけ

られている点にある。そのため選定されるタイミ

図表 6  �今後のリーダーに求められる要件

労政時報 第3896号/15.10. 9108

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

ングは 1 階層前が一般的である。需要ベース型で

後任候補を選定する場合、事業部別組織の場合に

は事業単位、機能別組織には機能単位など、比較

的大きなくくりで母集団を形成するケースが多

い。例えば、ある事業部に部長のポジションが10

あり、後任候補を 1 ポジション当たり平均 3 人選

出することを目標とした場合、後任候補の規模は

全体で30人となり、その内訳は主に課長ポジショ

ンの現職者となる。ただし、リストに挙げられた

ことは昇進を保証するものでもなく、リスト外と

された人材の昇進の可能性を排除するものでもな

い。後任候補自体も定期的に見直されるのが一般

的な運用である。また、需要ベース型の対象ポジ

ションは必ずしもマネジメントポジションだけで

なく、例えば高度な熟練が求められる金型技術者

など、組織の業績に大きな影響を与えるエキスパー

トポジションにも適用される。選定の基準は、〈A

人材〉すぐに登用可能、〈B人材〉3 年以内に登用

可能、〈C人材〉登用に 3 年以上要する─等の区

分が用いられる。需要ベース型のサクセッション

プランでは、対象ポジションをいつでも担えるA

人材を多様かつ豊富に確保することでベンチ・ス

トレングス(人材の量・質の充実度)を高めるこ

とが最重要テーマとなる。

[ 2]供給ベース型 供給ベース型は、社内の選抜研修やアクション

ラーニングプログラムに参加できる人数など、育

成できる人数を基準に後任候補の規模を設定する

方式で、プール方式の時に採用されることが多い。

プールされた人材を定期的に入れ替えるため、プー

ルしておく人材規模に制約を設けているケースも

あるが、特定の育成施策を通過した人材はすべて

プールしておく企業が多く見られる。供給ベース

型の場合には、対象ポジションと後任候補は緩や

かに紐ひも

づいているか、いくつかのグループに緩や

かに束ねられているかであり、必ずしも選定タイ

ミングは 1 階層前ということではない。供給ベー

ス型で後任候補を選定する場合には、特定の事業

や機能で絞り込むのではなく、幹部候補、部門長

候補など、育成施策の階層に応じたくくりで母集

団が形成されるのが一般的である。最近の傾向と

しては、若手人材、いわゆる係長相当の段階から

早期に選定を始める日本企業が増えている。その

背景には、従来の延長線にとらわれずに事業の戦

略を描き実現できる人材を輩出したいとの期待に

加えて、前述した逆ピラミッド型の人員構成のた

め管理職への早期抜ばっ

擢てき

のニーズが高い。供給ベー

ス型を採用している企業でも、プールされた人材

以外を後任候補として登用するケースも珍しくな

い。供給ベース型は、必ずしも補充を目的とはせ

ず、育成に主眼が置かれるため、必要な後任候補

の規模が特定の育成施策では充足できない場合に

は、必然的にその他の人材も後任候補として検討

に含めることになる。

5.後任候補の選定方法 サクセッションプランのアプローチ、登用要件

と規模・選定タイミングが確定した段階で、よう

やく後任候補の選定に入る。後任候補の選定を大

別すると、過去の評価による「積み上げ方式」と

一定の基準を設けて人材を選定する「試験方式」

がある。

[ 1]積み上げ方式 特定ポジションの確実な補充を目的としたリスト

方式を採用している企業の場合は、過去の人事考

課の結果にライン管理職の推薦を加味して選定する

積み上げ方式が採用されているのが一般的である。

積み上げ方式は、ポジションに求められる要件が大

きく変わらない場合には説明性が高く、運用負荷も

低い方法といえる。一方で、事業環境が急激に変

化している状況では、ライン管理職や統括される部

下の視点から見た望ましい後任候補と、人事部門が

労政時報 第3896号/15.10. 9 109

特集 4

過去の人事考課結果を基に用意した後任候補とが

大きく異なるケースが増えている。事業や地域にお

ける競争環境がますます個別化・複雑化しているた

め、人事部門だけでは個別の事業ニーズをすべて把

握することが難しくなっていることが原因といえる。

[ 2]試験方式 積み上げ方式では、十分に事業ニーズを反映す

ることが難しくなっているため、日本企業でも積

み上げ方式を採りつつも、今後求められる要件を

基準として試験方式を併用する企業が増えてい

る。試験の方法としては、アセスメントセンター

が日本企業でも浸透してきている。アセスメント

センターとは、従来の論文や面接に加えて、第三

者が評価を行うもので、仮想の状況におけるロー

ルプレイやディスカッション、ケーススタディを

通じて複数の参加者の能力の水準を一定の要件に

照らし合わせて評価するプログラムである。管理

職経験が必ずしもない後任候補に対して、課長な

どの初級管理職相当の役職への昇進可能性を検証

する際に活用されることが多い。また、最近、先

進的な企業においては、アセスメントセンターと

は異なり、将来的に求められる人材要件の意識づ

けと能力開発の加速を促すディベロップメントセ

ンターという育成を主な目的とした取り組みも進

められている。ディベロップメントセンター導入

の背景には、単なる選定では終わらずに、すべて

の施策を人材の育成につなげるとの発想がある。

 部長など管理職を統括する役職に対する試験の

方法としては、多面観察と実務における実際の行

動に関するインタビューを用いるのが最も一般的

な方法である。多面観察ではリーダーとしての適

性や周囲に与えている影響を調査する。インタ

ビューでは組織として期待される要件が実務でど

の程度、どのように発揮されているかを確認する

コンピテンシーベースのインタビューが広く用い

られている手法である。

6.後任候補の育成 後任候補が特定された後に、後任候補の育成段

階に入る。しかし実態としては、育成施策まで展

開できている企業は多くない。日本企業に限らず

グローバル企業でも後任候補を選定するにとどまっ

ているのが現状である。特に補充を目的としたリ

スト方式・需要ベース型のサクセッションプラン

を採用している企業では、後任候補の規模も数百

人単位に上ることが多いため、人事部門だけでは

十分な育成が難しいことが主な原因である。また、

プール方式・供給ベース型を採用している企業で

も、育成的な関与を早めるタイミングが従来の課

長クラスから係長クラスへと早期化しているため、

これまで以上に育成施策が複雑化してきている。

 そのため、リスト方式・プール方式のいずれに

も共通する成功の要因として、育成計画の立案・

実行にライン管理職が積極的に関与し、後任候補

一人ひとりにとって育成上望ましい経験をデザイ

ンしていくことが挙げられる[図表 7]。特に現在

のように毎年の組織変更が常態化している状況で

は人事部門だけでは対応が難しく、ライン管理職

と協力して現場に即した対応を検討することが不

可避となっている。

 経験をデザインしていく上では、人事部門なら

びにライン管理職が職務についての理解を深める

ことが必要である。育成目的で後任候補が現在

担っている職責よりもストレッチした経験をする

機会を提供する上では、①専門知識、②問題解決、

③成果責任・権限の三つの観点から職務を考える

ことが有効である。

[ 1]専門知識 専門知識の観点からは職務に必要な専門知識や

多様な組織の統括力を高めることが考えられる。

例えば、これまで製造部門を担当していた後任候

補に技術部門の統括も併せて任せるといった方法

である。

労政時報 第3896号/15.10. 9110

リスト方式・需要ベース型 プール方式・供給ベース型

規 模 サクセッションプランの対象となるポジションに対して 1〜 3人の後任候補

アクションラーニングや選抜研修など、特定の育成施策の参加者の累積

後任候補となる対象

対象ポジションの直属部下、または類似するポジションの現職者を中心に検討

直属部下に加えて、機能・事業・地域や階層をまたいで広く検討

見直し期間 毎年洗い替え 見直しはせず

連携を要する主な人事施策 評価制度 教育・研修、配置・登用

育成の狙い 対象ポジションのベンチ・ストレングス(人材の量と質の充実度)の拡充

戦略遂行に必要な人材群の中長期的な確保

成功の要因 育成に必要な経験を積むための機会を確保するためにライン管理職の積極的な関与

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

[ 2]問題解決 問題解決の観点からは、既存の枠組みにとらわ

れずに、戦略や新たなアプローチの構想を求める

ことが考えられる。典型的な施策がクロスファン

クション(組織横断型の問題解決)のプロジェク

トで、組織上の権限や肩書を付与せずに一段高い

視座から事業について構想する機会を提供する方

法である。

[ 3]成果責任・権限 成果責任・権限に関しては、例えば部長代行や

副部長といった組織上の責任や権限を明確に付与

することで、 1 階層上の職務を上長の補佐を受け

ながら体験することを通して育成を促す施策が考

えられる。

 後任候補を効果的に育成していく上では、組織

の実情を見ながらライン管理職がこれら三つの観

点を組み合わせて後任候補にふさわしい育成の場

をデザインしていくことが重要となる。

7.後任候補が育っていない場合の対応策 特定ポジションへの補充を主な目的とするリス

ト方式・需要ベース型のサクセッションプランで

は、適切な後任が見つからない場合には、消去法

でもよいのでとにかくリストに名前を入れたくな

るのが心情だろう。しかし、マネジャー層のサク

セッションプランで後任候補が育っていない場合

には、無理に後任候補を特定する、または外部採

用を検討するのではなく、まずは当該ポジション

に至るまでに経験することが必要となるクリティ

カルロール(当該ポジションへの昇進要件として

大きな影響を与える職務・役割の経験)を特定す

ることをお勧めする。

 例えば、ある事業部で収益全体の責任を担う部

長ポジションの後任候補であれば、それまでに当

該分野全体を俯ふ

瞰かん

して統括する企画職としての経

験と、開発・営業・製造・管理のいずれかの機能

で現場を管理する経験を経ることが望ましいだろ

う。そうした場合、企画職と機能長ポジションが

部長ポジションに至るまでのクリティカルロール

といえる。このポジションの現職者ならびに後任

候補について綿密に検討することが、部長ポジショ

ンの後任候補を拡充することへの効果的な施策と

なる。

 また、直属部下の中から後任候補が見つからな

い場合には、後任候補検討の範囲を広げて、後任

候補の“群”をまたぎ、事業・地域・機能横断で

後任候補を共有することも有効である。特に日本

図表 7  �アプローチごとの育成のポイント

労政時報 第3896号/15.10. 9 111

ディレイルメントの種類 陥 る 可 能 性 の あ る リ ス ク

過剰反応 感情的側面が繊細で情緒不安定に陥るリスク

孤立 コミュニケーションが不足し他者を遠ざけ孤立するリスク

奇抜 他者の話をあまり聞かず非現実的な決断をするリスク

慣習から逸脱 他者への配慮に欠け、会社や社会のルールに反する行動をとるリスク

自己顕示 注目を浴びようと誇張する、または自身に不利な状況では能力が十分発揮できなくなるリスク

自信過剰 他者の意見を受け入れずに、または自身の限界を理解できず、独裁的になるリスク

過剰依存 自身の能力に確信が持てず、高い要求に直面すると能力を十分発揮できなくなるリスク

マイクロマネジメント 柔軟性に欠き、他者を厳密に管理しようとするリスク

特集 4

国内では特定の機能だけではなく、事業全体の収

益を統括する職務が限られているため、組織横断

の観点で海外拠点やグループ会社を含めて、収益

全体の責任を伴う職務をクリティカルロールとし

て積極的に活用することが重要である。業界や企

業規模によって大きく異なるが、例えば、一つの

商品・サービス群として年間売上30億〜50億円の

収益責任を担い、そこから年間売上300億〜500億

円の事業という単位の収益責任を担い、最終的に

は年間売上3000億〜5000億円の全社または事業本

部を担うキャリアの連続性を、事業・地域・機能

をまたいで担保できるようにクリティカルロール

を選定していくことが重要である。

 日本企業の中でも組織の垣根を越えたサクセッ

ションプランや人材育成を進めるために、人材の

目利きを専門に行う担当者を設置し、グローバル

でタレントの発掘に注力する企業や、事業・地域

横断で人材情報を共有し、全社最適の人材配置を

志向する企業が増えつつある。こうした体制を整

備しつつも、後任候補が十分育っていない場合に

は、現職者に対する丁寧な対応が最も重要となる。

 後任候補が育たない原因はさまざまだが、最も

多いケースは、過去の成功がさらなる成長でのつ

まずきの原因となっている場合である。「今のポジ

ションでは優秀だが上位のマネジメントポジショ

ンに就けるのは難しい」と周囲から評価される優

秀者の多くが、過去の成功によるつまずきに陥っ

ている。そうした優秀者に対しては、弱みを補強

する取り組みではなく、「ディレイルメント(脱線

や停滞)」と呼ばれるキャリア上の課題を補正する

取り組みが重要となる。ディレイルメントとして

代表的に挙げられるのは、[図表 8]に示した八つ

のリスクである。

 特に30代のキャリアでの成功が40代、50代での

キャリアのつまずきとなっているケースが多いた

め、社内でハイポテンシャルと見込まれている人

材ほど、育成においてはディレイルメントにつま

ずかないように周囲からの丁寧な支援がその後の

成長にとって重要となる。

8.後任候補の定期的な見直し サクセッションプランのプロセスが整備され、

後任候補が選出された後も、後任候補を定期的に

見直すことが必要となる。後任候補の見直しは、

前記4.で示した選定の規模とタイミングに大きな

影響を受ける。「需要ベース型」では、人材の確実

な補充が必要となる特定ポジションの数を基準に

後任候補を考えるので、後任候補を毎年洗い替え

するのが一般的である。これは毎年の組織変更が

常態化しているため、補充対象となるポジション

自体が安定しないことが背景にある。

 一方で、「供給ベース型」では、研修やアクショ

図表 8  �優秀者がつまずきやすい要因

労政時報 第3896号/15.10. 9112

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

ンラーニングなどの特定の育成施策の経験者を後

任候補とすることになるため、プールに一定の規

模を設けているケースも見られる。しかし、供給

ベース型で後任候補として選ばれる対象者は社内

の優秀者であるため、あえてプールから外すこと

で士気に悪影響を与えることを考えれば、プール

から外すメリットは小さい。多くの場合は経験者

をプールから外す見直しという運用は一般的には

あまりされていない。

 また、後任候補見直しのスケジュールや、人材

データベースや評価項目の統一により、全社共通

の目線を担保する取り組みも重要となる。

 マネジャー層のサクセッションプランでは、企

業規模にもよるが、全社的な取り組みとしてより

も、各事業や地域主導で行われることが多く見ら

れるからだ。そのため、重要な点は、全社でサク

セッションプランの考え方や後任候補見直しの進

め方を共通化することでサクセッションプランの

プロセスを組織に定着させることにある。

 さらに、定期的な後任候補見直しに加えて、サ

クセッションプランのプロセス自体を見直すこと

も重要である。当初設定したサクセッションプラ

ンの目的がどの程度実現できているか、関係者か

ら必要な協力を取りつけることができているか、

後任候補のキャリアを傷つけることなく柔軟に見

直しができているか、プロセスが公平で運用しや

すいものか─等を評価することが望ましいだろ

う。

 また、最近ではサクセッションプランとは異な

るが、若手ハイポテンシャル、女性、海外人材な

ど、特定テーマごとの人材育成のプロセスを全社

で共通化しているケースも増えている。こうした

特定テーマの人材育成とサクセッションプランの

プロセスを事業計画の策定・見直しのプロセスと

合わせて、車の両輪のように同時に運用していく

ことが大変重要である。人事部門としてはサク

セッションプランの後任候補の見直しと合わせて、

事業計画を実現するために必要な組織・人事の体

制が適切に整備されているか検証することが重要

な責任といえる。そのため、後任候補の見直しは、

リストやプールに含まれている人材の質を担保す

ることが一番の目的とはいえ、後任候補ならびに

サクセッションプランのプロセスの見直しを通じ

て常に事業との一体運営を継続的に維持すること

も重要となる。

9.サクセッションプランの実効性を高める働き掛け ここまで見てきたように、サクセッションプラ

ンの仕組みを構築し、さらにその実効性を高める

上では、トップマネジメント、ライン管理職、後

任候補がそれぞれ重要な役割を担っている。人事

部門はそれぞれに対して理解・協力を得るために

積極的に関わっていくことが必要となる。

[ 1]トップマネジメント まず、トップマネジメントに対しては、サクセッ

ションプランのオーナーとしての関与を引き出す

ことが重要である。特に各事業部またはライン管

理職が優秀人材を抱え込まないように、全社的な

取り組みとして推進することを大前提としなけれ

ばならない。また、トップマネジメントが自ら関

わることで、後任候補として選抜された人材に対

する動機づけや定着施策としても機能する。「ベス

ト・リーダーシップ企業調査」の結果からも、リー

ダーシップ開発に注力している企業では、経営幹

部自らが育成に積極的に自らの時間を費やしてい

ることが分かる[図表 9]。

[ 2]ライン管理職 サクセッションプランを単なる補充施策として

ではなく、育成施策として効果的に活用するには、

ライン管理職が後任候補の成長に必要な経験の場

をつくり出し、教育的リーダーとして関与するこ

とが重要となる。特に最近の傾向として、これま

労政時報 第3896号/15.10. 9 113

5690 62会社は、リーダーシップポジションに人材を登用するために、正式な人材評価や計画のプロセスを用いている

6385 63責任が大きいまたは重要な役職は、通常、社内の人材の昇格によって埋められる

6793 72会社は、将来リーダーとしての役割を担える有望なハイポテンシャル人材を特定している

5174 40経営幹部は、積極的に自分の時間を費やし、人材育成に努めている

肯定的回答率(%)

●トップ20  ●その他企業  ●日本平均

特集 4

で人事部門や外部機関が果たしてきた“教育者”

の役割を積極的にライン管理職に託す動きが増え

ている。これは事業が変化・成長する速度に比べ

て常に遅れがちな人材育成に、ライン管理職が自

ら積極的に関与することで、必要としている人材

を早期かつ効果的に育成するとともに、将来の経

営を担う人材との関係を強化する機会として活用

できるためである。同時に教育的リーダーとして

関与するライン管理職自身にも、そうした経験を

通じて大きな成長が期待できる。

[ 3]後任候補 後任候補自身のキャリアに対する意思を明確に

するために行う人事部門からの働き掛けも大変重

要である。プール方式・供給ベース型の場合には

選抜の際に上長の推薦に加えて、本人の意思を確

認することが一般的である。一方、組織の重要ポ

ジションを確実に補充する目的で実施するリスト

方式・需要ベース型の場合でも、後任候補に選抜

された人材に対して将来的に重要なポジションを

担うことが期待されているとの組織の意向を伝え

ることが育成を加速させる上では重要なポイント

となる。また、後任候補であることを本人に伝え

ることで、定着の効果も期待できる。日本企業に

限らずグローバルに展開している企業においても

対象ポジションや人材の状況は刻一刻と変化して

いることや選抜に漏れた人材のやる気の減退を避

けるために、後任候補として選ばれた人材に明示

的に後任候補として選出されたことを伝える運用

は必ずしもされていない。しかし、サクセッショ

ンプランの本来の目的である中長期的な人材育成

を加速させるためには、人事部門やライン管理職

からのフィードバックやコーチング、特定の選抜

研修への参加や重要な職務への配置、経営層に対

する報告機会の提供を通じて自他ともに「なんと

なく気づく」状況を意図的につくり出していくこ

とが重要となる。また、日本企業では、以前から

人事部門主導で社員のキャリアを形成してきたた

め、社員自身が自らのキャリアを選択していくと

いう意識が必ずしも高くない。そのため、後任候

補になり得る優秀な人材に対しては、自らの積極

的なキャリア開発の取り組みを引き出すために、

人事部門やライン管理職が業務のあらゆる機会を

通じて動機づけすることが望ましい。

10.人事プロフェッショナルに期待されること 最後にマネジャー層のサクセッションプランを

成功させる上で人事プロフェッショナルに期待さ

図表 9  �経営幹部の積極的な人材育成への関与

労政時報 第3896号/15.10. 9114

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

れることについて考えたい。

 サクセッションプランの実効性を高める上では、

トップマネジメント、ライン管理職、後任候補を

はじめ、すべての関係者の協力が重要となるが、

おそらく最も協力を取りつけることが難しいのは

ライン管理職からではないだろうか。マネジャー

層のサクセッションプランを展開する場合、ライ

ン管理職からは「余計なことをしてくれるな、う

ちの部門にはうちのやり方がある」という反応が

容易に想像される。ライン管理職から十分協力が

得られない背景には、現場の最前線で日々戦って

いるライン管理職から見ると、優秀な人材を一方

的に引き抜かれることに対する危惧や人事部門が

自分たちの問題意識に十分対応してくれていない

との不満があることが多いように思われる。その

ため、ライン管理職からの信頼を勝ち得るために、

人事部門には人事労務上の観点からの部分的な提

言や支援にとどまることなく、ライン管理職の持

つ事業課題に即して事業全体における人材の配

置・活用に対する提言と支援を提供していくこと

が必要となる。また、ライン管理職に対して、現

在のように変化が激しい事業環境では、これまで

のように右肩上がりの安定的な成長を前提とした

従来型の後任登用ではなく、事業の変化に対応で

きるよう計画的に人材を育成していくことが重要

であるとの理解を積極的に求めていくことも必要

だろう。ライン管理職が構想する事業計画に対し

て、どのような人材を確保・育成していくことが

必要となるのか、人材が確保できない場合にはど

のような影響が出るのか、ライン管理職に対して

具体的に提言していくことが求められる。そうし

た具体的な提言や支援を実現していくには、人事

プロフェッショナルとして、①戦略と人材マネジ

メントの結びつけ、②人事施策のリスクとリター

ンの見極め、③さらなる専門性─の三つの資質

に磨きをかけていくことが重要となる。

[ 1]戦略と人材マネジメントの結びつけ 従来の日本企業における人材マネジメントのス

タンスを端的に表しているのは、松下電器産業

(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏の

「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、

松下電器は人をつくるところです。併せて電気器

具もつくっております。こうお答えしなさい」と

いう言葉だと思う。事業戦略を起点に人材マネジ

メントを考えるのではなく、優れた組織・人を生

み出すことで優れた戦略と商品・サービスを生み

出すという、「People before Strategy」という考

え方である。こうした考え方は事業のモデルとな

る米国をはじめとした先行企業が存在していた時

代背景の影響が大きいといえるだろう。一方で、

グローバル企業として大きな存在感を示している

米国企業では、事業戦略を軸に人材マネジメント

を組み立てる「Strategy before People」というス

タンスが一般的であった。こうした考え方は、米

国が少品種大量生産主義で発展を遂げてきた歴史

的経緯とも関係していると思われる。しかし、1980

年代から90年代にかけて日本も含めた当時の新興

国に経済的に追い上げられた米国は、戦略と人材

のいずれにも偏らない、いわば「Strategy and

People」の考え方で事業戦略と密接に結びついた

人材マネジメントに舵かじ

を切ることで2000年代以降

に経済的な復活を遂げている。そして、Strategy

とPeopleをつなぐキーワードとして現れたのが

Talent(タレント)という概念である。現在では

米国企業だけではなく、欧州やアジアからグロー

バル展開している企業でも、このタレントという

概念は定着化しつつある。

 タレントとは、戦略的な観点から見た際に人材

に求められる要件である。日本ではタレントとい

う言葉はあまりなじみがないが、あえて訳せば「人

才」と表現できるだろう。単なる資源としての

「材」ではなく、また会社の資産としての「財」に

とどまらず、戦略を実行する上で職務に求められ

労政時報 第3896号/15.10. 9 115

タレントマネジメント

人材要件

採用

研修・教育

サクセッションプラン

人材評価・アセスメント

要員計画

キャリアパス

特集 4

る才能としての「人才」である。この「人才」を

特定する能力を磨くことが、事業戦略と人材マネ

ジメントを結びつける上での鍵となる。そのため、

サクセッションプランを適切に運用するために、

まずは自社にとっての「人才」を特定することが、

人事プロフェッショナルに必要な要件といえる。

 加えて、日本企業でも昨今、事業運営に必要な

人材を計画的に確保する動きとして「タレントマ

ネジメント」が耳目を集めている。タレントマネ

ジメントにはサクセッションプランに加えて、一

般的には採用や要員計画、研修・教育など、さま

ざまな要素が含まれる[図表10]。しかし、その要

諦が事業の観点から求められる人材要件の理解に

あることは共通している。

 「人才」を特定する能力を磨く上では、従来のよ

うに直接部門への異動に加えて、最近では経営企

画部門や監査部門を積極的に活用して、全社的な

事業観を磨くアプローチを採用している企業が増

えている。いずれにしても、戦略と人材マネジメ

ントを結びつけて「人才」を特定する能力を高め

る上では、事業の観点から人材マネジメントを考

える機会を意図的につくり出していくことが必要

である。

[ 2]人事施策のリスクとリターンの見極め 単なる能力の優秀さだけではなく、自社の戦略

を実行する上で求められる「人才」は、外部市場

から容易に採用できる存在ではないため、必然的

に自社で時間をかけて“投資”として育成してい

くことが求められる。そのため、人事部門にはこ

れまでのコスト効率を追求する人材マネジメント

から、投資効率を追求する人材マネジメントへと

転換することが求められる。

 コスト・ベネフィットの最適化を追求するコス

ト効率とは異なり、投資効率を追求するとなると、

そこにリスクとリターンという考え方が生まれる。

今ここで特定の施策を展開すると将来的にどのよ

うなリターンが得られる可能性があるのか、また

その施策が事業展開と合致しなかった場合や、そ

もそも展開しなかった場合にはどのようなリスク

があるのかを見極める能力が問われる。事業の成

長に比べて、人材の成長は多くの時間を必要とす

るため、事業を先取りするとはいかないまでも、

現在および将来の「人才」を見据えてサクセッショ

ンプランを運用していくことが求められる。

 リスクとリターンを見極める能力を磨く上では、

事業計画に合わせて人材マネジメントの投資効率

を見定めるKPI(Key Performance Indicator:重

要業績達成指標)を定め、長期にわたる施策の効

果について継続的に把握していくことが有効であ

る。人材マネジメントの投資効率を測定するKPI

を定め実際に運用している企業では、定期的に実

施される従業員調査の「会社の人材開発に対する

投資の有効性」や「社員のモチベーション」など

限られたいくつかの設問で効果測定をしている

ケースや、コアポジションの内部登用率とすぐに

登用可能な後任候補数を示すベンチ・ストレング

ス(人材の量と質の充実度)など人事データから

経年で抽出できるデータを活用しているケースが

見られる。KPIにどんな項目を設定するかは、事

業の特性によって異なるが、いずれも複雑な仕組

図表10  �タレントマネジメントと�サクセッションプランの関係

労政時報 第3896号/15.10. 9116

実務解説マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント

みではなく、既存の仕組みを活用したシンプルな

運用が現実的な対応といえるだろう。

[ 3]さらなる専門性 サクセッションプランを適切に運用するために

最後に求められるのは、社員一人ひとりの能力を

開花させる人事プロフェッショナルとしての専門

性である。「人才」やリスクとリターンを意識した

サクセッションプランでは、これまでの階層別教

育のように集団に対する働き掛けだけでなく、外

部環境や事業戦略を理解した上で一人ひとりの社

員と向き合い丁寧に育成していく個別性の高い働

き掛けが必要となる。そのため、人事プロフェッ

ショナルとしては、育成に適した経験をデザイン

するために職務についての理解を深める職務分析

の知見や、社員一人ひとりのタレントを見抜くア

セスメント、ディレイルメントの抑制などライン

管理職では十分対応できないテーマに対するコー

チングやフィードバックなどの専門性を高めるこ

とが求められる。特に組織のフラット化やグロー

バル化、社員年齢の高齢化が進む中で、部下や後

輩の指導などピープルマネジメント全般について

十分な経験を積むことなく登用されたライン管理

職や、グループ経営やグローバル化の進展により

これまでよりも多様性の高い組織のマネジメント

を期待されているライン管理職も少なからずいる

ため、人材マネジメントの観点から積極的に人事

プロフェッショナルが貢献できる領域は多い。

 こうした専門性を磨く上での職務分析、アセス

メント、コーチングやフィードバックの知見はす

でに実践を通じて体系化されており、日本でもオー

プンセミナーや書籍の形で活用することが可能で

ある。

 これら三つの資質はマネジャー層のサクセッショ

ンプランにとどまらず、経営層のサクセッション

プランにおいても重要となる。経営層のサクセッ

ションプランは基本的にこれまで見てきたポイン

トと共通しているが、対象ポジションが限られる

ため規模は小さくなる反面、「人才」ならびに最適

な後任候補を見極める難易度はより高いものとな

る。また、ガバナンスコードや社長の積極的な外

部採用などの影響も受けて、経営層のサクセッショ

ンプランに対する組織外からの関心も高まってい

る。そのため、こうした資質をこの 2 〜 3 年の間

に高め、経営層ならびにマネジャー層のサクセッ

ションプランの効果的な運用を実現することは、

人事プロフェッショナルとして経営に大きく貢献

できる領域といえよう。

労政時報 第3896号/15.10. 9 117

ogino
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