書評 岡本真, 森旭彦著『未来の図書館,はじめませんか?』 青弓社, 2014,...
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書評 岡本真, 森旭彦著『未来の図書館,はじめませんか?』 青弓社, 2014, 194p.
本書はアカデミック・リソース・ガイド株式会社(以下、ARG)の代表取締役、岡本真が、ライターの森旭彦と対話しながらまとめ上げた、「どうすればよい図書館をつくることができるのか」を論じる実践書である。ARG はインターネットサービスの企画・開発・運用やその活用方法に関する研修等を行う企業であると同時に、図書館づくりのアドバイザーやコンサルティング業務も手がけている。これまでに神奈川県立図書館のアドバイザー業務や宮城県立図書館における震災アーカイブ構築の技術指導等を行っている。また、岡本本人は図書館総合展の運営委員でもあり、東日本大震災に伴って博物館、図書館、文書館、公民館の被災・支援情報集約のために立ち上げられたプロジェクト、saveMLAK のプロジェクトリーダーでもある 1)。
本書の「まえがき」の中で、著者は図書館のつくり方に関する優れた先行書として菅谷明子『未来をつくる図書館』2)と猪谷千香『つながる図書館』3)を紹介している。特に後者の中で問いかけられた「あなたのまちにはどんな図書館が必要ですか?」という問題提起に対する、著者なりの仮説が本書であるという。『未来をつくる図書館』や『つながる図書館』で紹介されるような「よい図書館」をつくるための具体的な手法を紹介しようという本であり、本書を読む前にはこの 2 冊にも目を通しておくことを強くおすすめする。
まず本書の内容について概観する。本書は「まえがき」から始まり、続く第 1~8 章の本文と、参考図書リスト、ARG の図書館関係業務一覧、そして「あとがき」から構成されている。冒頭の「まえがき」では前述した本書の趣旨に加え、なぜ ARG が図書館に関わるのかについて、著者本人の幼少期から学生時代にかけての図書館活用体験と、就職後に住んだ地域の図書館で感じたギャップが原点にあったこと等が紹介されている。
続く第 1~3 章では既存の図書館のつくり方へ
の問題提起がなされる。第 1 章「図面から生まれる図書館は正しいのか」では建築物としての図書館を重視しすぎる図書館づくりを「図面から生まれた図書館」と批判し、市民にどのように利用されるべきかの議論からスタートする「市民からつくる図書館」の必要性を説く。第 2
章「図書館の”周辺”にある、進化のチャンス」ではゲームと図書館や図書館と静寂の話題等を取り上げつつ、図書館に対する固定観念を崩すことと、図書館の周辺にありうるニーズの紹介が試みられる。第 3 章「図書館の原風景を見つめる」では話題になった図書館が現れると「うちのまちにもこんな図書館がほしい」と言われてしまうことへの疑義から始まり、「ひとつとして同じ図書館はない」という、図書館の個性を重視する著者の考えが述べられる。加えて、現状の日本の図書館がどこも「似たり寄ったり」である歴史的背景について、『市民の図書館』が示した公共図書館の新しいモデルによって全国の図書館が「最低限」のサービスの標準化に成功したものの、それ以降図書館界がエポックメイキングな革新をおこなってこなかった結果、「コピーされたような図書館」が増えた、という著者なりのまとめが示される。
第 4~5 章は図書館をつくるにあたっての情報収集法の章である。第 4 章は「『足で見る』図書館」と題し、いろいろな図書館を、とにかく多く見ることでアイディアを増やすことの重要性が述べられる。第 5 章「『まち』から生まれる図書館、図書館から生まれる『まち』」では図書館づくりでまっさきにすべきことを「その地域としての課題は何なのか?」をきちんと考えることであるとし、地域の情報を知る手法として総合計画を読むことやフィールドワークの実践が紹介される。特にフィールドワークの重要性は強調されており、第 4 章とあわせて「実際に足を運んでみる」ことを著者が重視していることがわかる。
第 6~7 章が図書館をつくる段にあたっての章である。第 6 章「さあ、図書館をつくろう」では実際の図書館づくりに必要な基本構想、基本計画、整備計画のつくり方が紹介される。特に基本構想のつくり方についてはその中に織り込む
べきビジョン、ミッション等の立て方に始まり、多くの分量が割かれている。また、基本計画以降については、設計事務所等、ハードウェアづくりを担う民間事業者に委託される場合が多い現状に疑義を述べ、図書館業務等のソフトウェア部分と分けて外注する、あるいはソフトウェア部分は自治体自身が担うことの必要性が指摘されている。第 7 章「『発信型図書館』のためのアイデアのつくり方」では図書館をつくる過程でのアイディアの得方について、具体的手法を紹介している。ここではアイデアソン、ブレインライティング、アンカンファレンスやライブラリーキャンプ等の各種手法と実践する上での注意点が述べられている。第 7 章ではそのほかに図書館運営に活用しうるノウハウとして、メディアリレーションやアドボカシー、ファンドレイジング等の図書館からの発信手法についても紹介されている。最後の第 8 章「図書館の拡張」は「未来の図書
館」へつながる実践例の紹介とでも言うべき章である。ここでは産業支援や行政支援等にはじまり、デジタルアーカイブ、オープンデータMOOC 活用の先進事例等があげられている。
本書はどこまでも実践の書である。実践にかかる以外の部分も、学術書というよりは岡本真という人物がどのような考えを持って活動しているかが述べられている本である。本書の中には多くの実例紹介もあるが、単に優れた事例を紹介するのではなく、如何にしてよい図書館を実現するのか、それも「 図書館のような図◯◯書館」ではない、フィールドワークから地域の実情を知り、その実情に根ざした新たな図書館をつくるための基本構想のつくり方やアイディア出し等の手法を紹介することに重きが置かれている。その手法はいずれも ARG で実際に行われているものである。そのため本書には著者自身が「あとがき」で触れている通り、ARG の活動を宣伝する、ポジショントークとも受け取られかねない側面もある。しかし実践者が実践手法を紹介する上で、自分たちがやっていること、その中で効果を挙げたものを紹介する以上に真摯な方法はないだろう。ただし、第 7 章で取り上げられるアイディア出しの手法の紹介が特に
顕著であるが、本書の中では各手法の詳細な実践手法等まで触れられているわけではなく、例えば本書のみに基づいてアイデアソンを実施すること等は難しい。また、紹介される各手法がどの程度、有効なものなのかの検証も本書の中で十分になされているわけではない。これはしかし、分量の制限を考えれば当然の限界でも有る。本書で各手法の「さわり」を知り、興味を持った読者は専門書等から学んだり、アンカンファレンスやライブラリーキャンプについては実際に参加してみて学ぶことも有効だろう。
どうにも儲かりそうもない図書館業界になぜARG がコミットするのか、その立ち位置を明かすというのが本書のもう一つの役割である。本書の中では随所で岡本真あるいは ARG の考えが開陳されている。以前から雑誌記事や講演、ソーシャルメディア、個人的な会話等の中で、部分的には明かされていたものであるが、本としてまとまった形で、これまで知る機会のなかった人々も読む機会を得たことには大きな意義がある。それがいわゆる「業者のポジショントーク」ではないかと疑義を持つ方は、今後のARG が関与した図書館の成り行きを見て判断すれば良いだろう。その際には本書の巻末に示された ARG の図書館関係業務一覧が参考になる。
「あとがき」の中で、著者は本書を「私、並びに私が経営するアカデミック・リソース・ガイド株式会社の図書館への関わり方の最初のまとまった宣言」であると述べている。本書はまさにそういう本、つまり ARG がなにを考え、実際にどんなことを行っているかを明かした本である。岡本真と ARG が現在の図書館界に持つ影響力を考えれば、現在図書館づくりに関わる者以外の、研究者であっても目を通しておくべき一冊と言えるだろう。
注1) “saveMLAK”
http://savemlak.jp/wiki/saveMLAK (参照 2015-02-02).
1) 菅谷明子『未来をつくる図書館-ニューヨークからの報告』 岩波書店, 2003, 230p.
2) 猪谷千香『つながる図書館-コミュニティの
核をめざす試み』 筑摩書房, 2014, 238p.