しょうけいろう しょうけいろう...22 地理・地図資料 2018年度 3学期号 ⑥ 振...

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≪ 客 はっ ろう ≫を巡る 写真・文 東京私立中学高等学校地理教育研究会 会長 横山 満 写真館 ※黄河中下流地域の平原をさす。 東京私立中学高等学校地理教育研究会(私地研)では, 2018年8月4日~9日,第25回海外巡検『アモイ・泉州 と≪客 はっ ろう ≫を訪ねる旅』を実施した。本稿では,旅 の中心的なテーマとした「客家土楼」を取りあげる。 「客家」とは,中国北方の漢民族が歴代の「中原 」一 帯の戦乱などを避けて集団で数期に分かれて南下し,コ ワントン(広東)省やフーチエン(福建)省などに移住し た人々である。おもに山間部に集団で住み,独特の文化や 言葉をもち,漢民族の一支系の民族集団をなしている。 彼らの多くが居住してきた伝統的な建造物である「囲 屋」・「殿堂式客家民居」から進化した「土楼」が客家建 築として知られている。土楼には,各建物の屋根の高さが 異なる「五 ほう ろう 」・四角形の「方 ほう ろう 」・円形の「円 えん ろう 」な どの様式がある。堅牢な要塞の機能をもつ集合住宅で, 最も進化した形の円楼は大規模なものは直径約100m,数 百人が居住した。数は方楼が圧倒的に多く規模もさまざま である。ただし,フーチエン省西南部の土楼は多くがフー チエン(チャンチョウ(漳州))人の建築で,客家土楼は ヨンティン(永定)・ナンチン(南靖)県のみに分布する。 約4000棟の方楼,約360棟の円楼が集中する「永定福 建土楼景区」にある「 承 しょう けい ろう 」(写真①②)は,直径61 mの巨大な円楼で,外円部は4階建てで,内部に二重平 屋の円楼(写真③),中央に祖先を祀るためや集会施設 としての役割をもつ「祖堂」がある。外円部に256部屋, 最盛期には江一族約600人が居住した。隣接の「世 ざわ ろう 」も江一族による巨大な方楼で,この二つは最も観光 地化が進んでおり,多くの人々で賑わっていた。山峡の 下洋鎮の「初渓土楼景区」にも多くの土楼(写真④)が あり,最大の「 集 しゅう けい ろう 」などを訪ね,一家で団らんす るようすなど人々の生活の一端(写真⑤)にも触れた。 次に訪ねたのは,湖坑鎮洪坑村の「永定土楼民俗文化 村」である。すべてタバコ,とくに煙刀の製造で財をな した林一族の土楼で,大小30棟以上が集中する。有名な 「振 しん せい ろう 」(写真⑥)は,1912~1917年に建造された外円 部4階建て,内円部は2階建ての中型円楼で,外円部に 208部屋がある。前楼長である林日耕氏から「族譜」を もとに一族の来歴や,伝統的土楼をいかして宿泊室 (我々も宿泊)を設けることの苦労などを聞くことがで きた。ヨンティン県最大の五鳳楼で,やはり林一族が振 成楼の倍以上の建築費を費やしたという「福 ふく ゆう ろう 」(真⑦)も訪ね,その重厚なたたずまいに驚かされた。 チャンチョウ市ナンチン県書洋郷に向かい,方楼 (「歩 うん ろう 」)を四つの円楼が取り囲む「田 でん こう 土楼群」 を展望台から俯瞰(写真⑧)し,階段下にある各土楼で は,食材の筍・豆類の乾燥や鉄観音茶の販売など,生活 のようすを垣間見ることができた(写真⑨)。「和 しょう ろう の第20代楼長である黄庭芳氏は,族譜の解説や一族の活 躍ぶり,また,近年の若者の土楼離れなどの課題も話し てくれた。その後,下板村の直径36m,唯一5階建ての 円楼「裕 ゆう しょう ろう 」(写真⑩)を訪ねた。中央に一族の崇廟 しょう けい ろう 楼内での紙巻きタバコ・茶の販売 しょう けい ろう の外円内側と内部外側円楼 22 地理・地図資料  2018年度 3学期号

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Page 1: しょうけいろう しょうけいろう...22 地理・地図資料 2018年度 3学期号 ⑥ 振 しん 成 せい 楼 ろう の祖堂・内円部・外円部 ⑦ 内部装飾がみごとな福

≪ 客はっ

家か

土ど

楼ろう

≫を巡る

写真・文 東京私立中学高等学校地理教育研究会 会長 横山 満

写真館地 理 の

※黄河中下流地域の平原をさす。

東京私立中学高等学校地理教育研究会(私地研)では,2018年8月4日~9日,第25回海外巡検『アモイ・泉州と≪客

はっ

家か

土ど

楼ろう

≫を訪ねる旅』を実施した。本稿では,旅の中心的なテーマとした「客家土楼」を取りあげる。  「客家」とは,中国北方の漢民族が歴代の「中原※」一帯の戦乱などを避けて集団で数期に分かれて南下し,コワントン(広東)省やフーチエン(福建)省などに移住した人々である。おもに山間部に集団で住み,独特の文化や言葉をもち,漢民族の一支系の民族集団をなしている。彼らの多くが居住してきた伝統的な建造物である「囲屋」・「殿堂式客家民居」から進化した「土楼」が客家建築として知られている。土楼には,各建物の屋根の高さが異なる「五

鳳ほう

楼ろう

」・四角形の「方ほう

楼ろう

」・円形の「円えん

楼ろう

」などの様式がある。堅牢な要塞の機能をもつ集合住宅で,最も進化した形の円楼は大規模なものは直径約100m,数百人が居住した。数は方楼が圧倒的に多く規模もさまざまである。ただし,フーチエン省西南部の土楼は多くがフーチエン(チャンチョウ(漳州))人の建築で,客家土楼はヨンティン(永定)・ナンチン(南靖)県のみに分布する。約4000棟の方楼,約360棟の円楼が集中する「永定福建土楼景区」にある「承

しょう

啓けい

楼ろう

」(写真①②)は,直径61mの巨大な円楼で,外円部は4階建てで,内部に二重平屋の円楼(写真③),中央に祖先を祀るためや集会施設としての役割をもつ「祖堂」がある。外円部に256部屋,最盛期には江一族約600人が居住した。隣接の「世

澤ざわ

楼ろう

」も江一族による巨大な方楼で,この二つは最も観光地化が進んでおり,多くの人々で賑わっていた。山峡の下洋鎮の「初渓土楼景区」にも多くの土楼(写真④)があり,最大の「集

しゅう

慶けい

楼ろう

」などを訪ね,一家で団らんするようすなど人々の生活の一端(写真⑤)にも触れた。次に訪ねたのは,湖坑鎮洪坑村の「永定土楼民俗文化村」である。すべてタバコ,とくに煙刀の製造で財をなした林一族の土楼で,大小30棟以上が集中する。有名な「振しん

成せい

楼ろう

」(写真⑥)は,1912~1917年に建造された外円部4階建て,内円部は2階建ての中型円楼で,外円部に208部屋がある。前楼長である林日耕氏から「族譜」をもとに一族の来歴や,伝統的土楼をいかして宿泊室(我々も宿泊)を設けることの苦労などを聞くことができた。ヨンティン県最大の五鳳楼で,やはり林一族が振成楼の倍以上の建築費を費やしたという「福

ふく

裕ゆう

楼ろう

」(写真⑦)も訪ね,その重厚なたたずまいに驚かされた。チャンチョウ市ナンチン県書洋郷に向かい,方楼

(「歩ほ

雲うん

楼ろう

」)を四つの円楼が取り囲む「田でん

螺ら

坑こう

土楼群」を展望台から俯瞰(写真⑧)し,階段下にある各土楼では,食材の筍・豆類の乾燥や鉄観音茶の販売など,生活のようすを垣間見ることができた(写真⑨)。「和

昌しょう

楼ろう

」の第20代楼長である黄庭芳氏は,族譜の解説や一族の活躍ぶり,また,近年の若者の土楼離れなどの課題も話してくれた。その後,下板村の直径36m,唯一5階建ての円楼「裕

ゆう

昌しょう

楼ろう

」(写真⑩)を訪ねた。中央に一族の崇廟

●① 承しょう

啓けい

楼ろう

●② 楼内での紙巻きタバコ・茶の販売

●③ 承しょう

啓けい

楼ろう

の外円内側と内部外側円楼

22 地理・地図資料  2018年度3学期号

Page 2: しょうけいろう しょうけいろう...22 地理・地図資料 2018年度 3学期号 ⑥ 振 しん 成 せい 楼 ろう の祖堂・内円部・外円部 ⑦ 内部装飾がみごとな福

●●⑥ 振しん

成せい

楼ろう

の祖堂・内円部・外円部

●●●⑦ 内部装飾がみごとな福ふく

裕ゆう

楼ろう

●●⑤ 楼内での家族団らん

●●●④ 初渓土楼景区

●●●⑧ 田でん

螺ら

坑こう

土楼群

●●● ⑨ 客家独特の食材となる筍の乾燥

●⑩ 唯一5階建ての円楼である裕ゆう

昌しょう

楼ろう

があり,最も古い土楼だけにかなり老朽化し,全体的な傾きや各階の柱のゆがみも生じている。フーチエン省の客家土楼群は2008年に「福建土楼」としてユネスコ世界文化遺産に登録され,今回もその多くを訪ねた。しかし,ヨンティン県には大小さまざまな土楼が数万戸はあるといわれるが,世界遺産登録の土楼は数か所・数十戸で,客家社会における土楼群のごく一部である。今回は,客家土楼だけではなく,客家そのものへの関心・認識も深めることができた。客家の世界人口は3000万~1億と推定されており(諸説あり),中国国内はもちろん,華僑として移住した東南アジアでも多くの傑物を輩出してきた。著名な客家人として,洪秀全,孫文,朱徳,鄧小平,葉剣英,元台湾総統李登輝,現台湾総統 蔡英文,シンガポール初代首相リー・クアンユー,現シンガポール首相リー・シェンロン,元フィリピン大統領コラソン・アキノ,元タイ首相タクシン・チナワットなどがあげられる。まさに「客家を知らずして中国を語れない」状況であり,東南アジア諸国でも政治的指導者の地位を築き,経済・金融面で成功した人物も多い。その結束力は強く,客家人のネットワークは大きな影響力をもつといわれる。その「客家」を考える貴重な教材研究の旅であった。■参考文献・高木桂蔵(1991)『客家-中国の内なる異邦人-』講談社・岡田健太郎(2000)『旅行人ウルトラガイド 客家円楼』旅行人・茂木計一郎・片山和俊(2008)『客家民居の世界-孫文,鄧小平のルーツここにあり-』風土社

・瀬川昌久・飯島典子編(2012)『客家の創生と再創生-歴史と空間からの総合的再検討-』風響社

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