日本におけるパーソナルアシスタンス制度 導入にむけた課題整理...

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Page 1: 日本におけるパーソナルアシスタンス制度 導入にむけた課題整理 一札幌市パーソナルアシスタンス制度調査から

日本におけるパーソナルアシスタンス制度導入にむけた課題整理

一札幌市パーソナルアシスタンス制度調査から-

中根成寿*

本稿の目的は2010年 4 月より北海道札幌市で導入されたパー ソナルアシスタンス制度

に注目し、制度概要の報告とその特性から浮上している謀題、とくに制度が持つ理念と

実務的課題の葛藤について明らかにすることである 。 札幌市パー ソナルアシスタンス制

度は、利用者側の要求である支給決定時間の延長と、行政側の障害者自立支援法の国庫

負担基準に基づいた支給決定時間の上限という「出口なき議論」を迂回するための方策

として実現された。 しかし、制度が持つ特性である利用者と介助者の直接契約方式が、

「交渉局面の下方移動」と iPA労働条件の下ぶれ可能性」をもたらし、利用者支援体制

が十分でないことで、パー ソナルアシスタンス制度の本来的意義である「利用の主体性」

という理念も揺らいでいることが明らかになった。 本稿では、今後の制度の安定と充実

には、重度訪問介護の支給決定時間の十分な確保が必要であることを提言している 。

1 .はじめに

( 1 )本稿の目的

本稿は2010年 4 月 よ り北海道札幌市で導入

されたパー ソナルアシスタンス(以下 PA)

制度に注目し、制度の意義と課題について述

べる 。 札幌市PA制度は、障害者自立支援法

体系下において、施設や家族(主に親元)を

離れて暮らすいわゆる自立生活者に利用され

ている制度である 。 障害者が地域生活を送る

本なかねなるひき(京都府立大学)

69

際には、柔軟で多様なサー ビスを組み合わせ

る必要があり、障害者自立支援法では「重度

包括支援」 として設定されているが、現状の

重度包括支援は支給額が個別サー ビスの合計

よりも少なくなることや、望むヘルパーに来

てもらえない、ま た対応できる事業所が少な

いなど、目立った利用にはつながっていない

(イ左藤、 2010 : 223) 。 よ って、現状の障害者

自立支援法では自立生活者には重度訪問介護

が活用されている 。 重度訪問介護を含む障害

者自立支援法における介護給付は、利用者が

市町.村の窓口に利用申請を行い、障害程度区

分に基づいてサー ビスの供給量を市町村が支

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社会福祉研究第 1 3号 (2012)

給量を決定する 。 よって支給量は利用者の申

請よりも縮減されることが多く、また事業者

を通した現物支給制度であるため、利用時間

などは事業所の事情に左右される。札幌市

PA制度は、「重度訪問介護j の弱点である支

給時間の問題を解消するために札幌市が導入

した制度である 。

2013年度に施行が予定されている「障害者

総合支援法」においては、重度訪問介護の対

象者が肢体不自由者から肢体不自由者等に拡

大され、地域で自立生活をおくる多くの障害

者が重度訪問介護を利用する可能性が高ま

る 。 札幌市が先進的に重度訪問介護の弱点に

取り組んだ事例を検討しておくことは、今後

の制度の拡大を前に意義があると言える 。

( 2 )重度訪問介護と支給決定プロセスについて

の整理

まず札幌市PA制度の基準となる重度訪問

介護について整理する 。 重度訪問介護は、障

害者自立支援法において介護給付に分類さ

れ、利用できるのは重度肢体不自由者で障害

程度区分が 4 以上のものと規定されている 。

主に在宅で生活を送る重度障害者、 ALS (筋

萎縮性側索硬化症)な どの難病者が利用して

いる 。 他の訪問系サービス(居宅介護等) と

比較すると 1 時間あたりの単価が低く抑えら

れており、長時間の介護が必要な利用者に利

用されている 。

重度訪問介護を含む、障害者自立支援法に

おける介護給付支給決定の仕組みは、利用者

が市町村・の窓口に利用申請を行い、障害程度

区分が決定される。その後サービス利用意向

聴取がなされ、障害程度区分、 家族介護者の

状況などを勘案して市町村ーが支給量を決定す

る。公的介護保険と異なり、障害者自立支援

法の障害程度区分は利用できるサービスや国

70

庫負担の上限の設定に使われているのであっ

て、利用者一人の支給量の上限ではない。

市 IIlJ村ーは利用者からの申し出により、市町

村が行政処分として支給時間を決定する 。 障

害者自立支援法の国庫負担基準では、利用者

の障害程度区分ごとに国庫負担の上限額

(50 %) が設定さ れ、 重度訪問介護において

1 日あたり 8H寺間以上の支給は、原則は市町

村が基準 (25%) を超えて負担する ことにな

り、支給量の増加は自治体財政に大きな影響

を与える可能性がある 。 2011年には和歌山市

で、利用者と市町村との間で重度訪問介護の

支給時間をめぐる訴訟が起こっており、支給

決定時間を巡って利用者一市I1D・村ー問の聞に摩

擦があることが指摘できる。

支給決定プロセスにおいては、 3 つの変数

が設定できる 。 まず利用者が市町村に対して

要求する重度訪問介護の申請時間 ( α ) があ

る 。 もちろん、これは全ての利用者が具体的

な数字を設定しているわけではないため、実

際にはこの変数が存在しない場合もある 。 次

に利用者の意向(申請時間)に対して、市IIIJ

村ーが決定する月ごとの支給決定時間 ( ß ) が

あり、さらに支給決定時間のうち、実際に事

業所を経由 してサービス利用が行われた時間

を示す利用時間 ( y )が存在する 。 申請時間

( α ) 、 支給決定時間 ( ゚ ) 、利用時間 ( y )

の関係は α >ß>y になり、これらの関係が

逆転することはない。 この枠組みで和歌山市

訴訟を整理すると、 α と F を巡る利用者と和

歌山市の訴訟であるといえる。

( 3 ) PA制度/ OPについて先行研究の整理

次に、 PA制度に関する先行研究を整理す

る 。 PA制度の利点は、障害者の自身の生活

へのコントロール、サービスの柔軟性、望む

介助者によるケアを受けられること

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日本におけるパー ソナルア シスタンス制度導λにむけた諜M!!i監理 札幌市パー ソナルアシスタンス制度調査から

(Stainton & Boyce, 2004) であり、また望

まない介助を拒否するなどの障害者の主体性

を担保することもできる 。

PA はダイレクトペイメント(以下DP) と

一体として語・られることが多 い。 しかし

DPが 「給付形態」 であるのに対して、 PA は

「援助形態 J ( 阿部、 2006 : 104) である 。 阿

部は DP を 「ケアの受け手がケアの提供者に

対して、サービス費用を直接支払うことを前

提として、そのための公的給付をケアの受け

手に直接支給する J (阿部、 2006 : 106) と定

義 している 。 支給された現金の使途は介助者

の雇用に中心的に利用されるが、介助体制を

行う ための費用 (PAの労働保険の費用、 PA

募集の広告費、 資金の管理に関する費用)な

どにも利用できる 1)。

阿部による PAの定義は 「家族介護者でも

無償のボラン テ ィアでもない有償の介護者で

あるが、それはただ有償なだけではなく、 基

本的には、1.利用者による介護者の募集、

2 . 利用者と介護者の雇用契約、 3 目 利用者

の指示に従った介護、 4. 公費に よ る介助費

用の提供J (岡部、 2006 : 104) と されており

本稿においてもこの定義を採用する 。

DP は 「現金を受け取る」ことが強調され

やすいが、その主たる目 的は PAの利用にあ

り、その意義は「受け取る」ことよりもむし

ろ「支払いj のほうにあること、すなわちコ

ンシューマリ ズム(利用者主権主義) を担保

する「関係性を構築する消費」であると岡部

(2008 : 2 ) は言 う 。 注目すべき は利用者が現

金を手にするかではなく、その現金を支払う

際に、介助者が利用者と事業所のどちらの方

向を向いているかが重要である 。 また小川

(2009 : 83) は「ダイレ ク ト・ ベイメン トを

論ずる際、現金給付と いうシステムの背景に

あるものが重要でありよ「障害ある人がごく

71

普通の、 当たり前の暮ら しを可能とするため

の方策、すなわち自己決定 ・ 自己選択 ・ 本人

主体の方策を追求すると、その一つの形態と

して、ダイレク ト・ ペイメントがj あると指

摘している 2) 。

上記の定義によれば、これまで日本におい

て地方自治体レベルでは、 DP による PA制

度が実現したといえる現実が存在 した 3) 。 し

かし、それらの展開は2003年 4 月から 2006年

3 月までの支援費制度/2006年 4 月の障害者

自立支援法の導入とそれに伴うヘルパ一派遣

の事業者化によ って統合/縮小された 4 ) 。

DP は、行政側にも導入メ リ ッ トが存在す

る。事業者管理やケアマネジメント 等の コ ス

ト を利用者側に負ってもらうことで、 予算の

削減ができ る 可能性がある (Stainton & Boyce, 2004 ;白瀬、 2012 : 98) 0 DP は、イ

ギリス ・北欧圏 ・ アメリカの一部の州で展開

されている 。 ケアマネジメン ト 等の負担が比

較的容易な身体障害者を中心に利用が始ま

り、その後、高齢者、知的障害者、精神障害

者、障害児をケアする家族への利用が拡大し

ていく (Ridley & Jones, 2003) 。

「成熟J した福祉国家において DPや個人

化予算 (personal budget) が導入されてい

るのは「普遍主義J I利用者主体J I保険化に

よ る市場化J I財政緊縮」が、同時進行可能

だからである。 福祉国家には、財政バランス

を確保するための選択肢が、 二つある 。 給付

そのものを厳しく管理する選別主義と、利用

者層を拡大するこ とによ っ て保険料収入 ・ 利

用料収入を増やす普遍主義である 。 普遍主義

は、社会保険方式に よ っ て財源の安定化が図

ら れる(杉野、 2011 : 15) 。 この時、社会保

険方式とセ ッ ト で語られるのが「利用者主体J

の契約モデルである 。 国家による供給主体の

一元的な管理(事業者委託 ・ 認可制度と給付

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社会福祉研究第 1 3号 (20 1 2)

単価の統制)と利用者によるサービスの選択

を組み合わせることで疑似市場 (quasi­

market) が形成され、 主に現物給付によ っ

て社会サー ビスが得られる(阿部、 2006 :

62) 。

「擬似市場」である理由は次の 2 点による 。

1.ケアラーに介護福祉士やヘルパーなどの

一定の資格などの条件が求められること、

2. サー ビスを受ける場所やその単価、利用

枠などが決定されていること、である 。 1 に

よ って、 利用者が介助者になって欲しい人に

介助を受けられない、また事業者を経由する

ことで利用内容の制限や夜間にサービスを利

用できないことがある 。 2 によって、移動や

余暇、病院や学校で介助サー ビスが利用でき

ないことや、介助時間の不足がありうる 。

障害者自立支援法はその利用に際 して、

1.対象の限定、 2. 場所の限定、 3 内容

の限定を行っている(中西、 2011 ・ 57) 。 こ

れは給付管理/財源管理を行うためであり、

障害者運動は制度が利用者の生活をコント

ロールすることを強く批判し、当事者主権の

実現と生活の柔軟性の確保を目指 して、 PA

制度を要求してきた。

以上がDP と PA íl制度の関係整理である 。

既に述べたように、 DP は PA を実現するた

めの選択肢の 1 つであり、重視すべきは利用

者の主体性を実現する PAである 。 よって本

稿では、 PA制度に焦点化して考察を行って

いく 。

2. 調査方法および分析方法

(1 )調査方法

本論文におけるデー タは、筆者が2011年 1

月から 2 月にかけて行ったヒア リ ング調査お

よび関係者から提供された資料に基づいて作

72

成されたものである 。 ヒアリング対象は、札

幌市PAサポートセンタ ー、札幌市役所保健

福祉局保健福祉部、 DPI北海道ブロ ック会議

である 。 ヒアリング調査は、同意を得て IC

レコーダーで録音し、可能な限り文字に起こ

した。

利用者の個人情報は、性別、年齢 (10歳刻

みの年代まで)、障害程度区分、介助利用希

望時間、 障害者自立支援法における重度訪問

介護支給決定時間、 PA制度への移行時間、

PA制度平均利用時間、 PA雇用の平均時給単

価(円/ 1 時間)、家族構成(単身/同居)、

PA雇用者数(のべ)、主な PAの雇用窓口(自

己推薦、センタ ー紹介、制度以前より)につ

いて、情報提供を受けた。 本稿では、利用者

情報は調査対象ではないので、デー タを分析

する際の参考にとどめた。

(2 )分析方法

得られたデー タは、木下 (2003) に よる

M・GTA を 部分的に採用して分析を行った。

テキスト化されたデータは、切片化を行わ

ず、段落ごとにコードを貼り付けた。 コー ド

はデータとの文脈を保持しつつ、カテゴリに

分類していった。 分析の結果、 4 つのカテゴ

リに分類された。

データの提示の際、発言者の所属は消去 し

た。 これは、インタビ、ユ一対象者が少数であ

るため、所属による人物の特定が行われるこ

とを防ぐためである 。 本調査では、所属機関

によって制度の認識や意見に決定的対立は少

ないという判断のため、誰がとぞの文脈で、語っ

たかという通常の社会調査では重要となる視

点は捨象した。

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日本にゐ省けるパーソナノレアシスタンス制度ぷλにむけた諜~U.ÉJJJl-;fL般市パーソナノレアシスタンス制度調査からー

3. 調査結果

( 1)札幌市PA制度の導入の経緯と概要

札幌市PA制度導入の経緯は、田中 (2011 )

が詳しく整理をしている 。 問中は札幌市PA

制度の準備委員のメンバーであり、利用者の

立場、行政の立場の双方から PAIIJiJ度が施行

された背景について、利用者側の長時間介護

を実現するための支給決定時間の延長要求

と、行政側の札幌市の財政負担の逼迫という

「出口なき議論」が基調にあると指摘してい

る 。 これに加えて札幌市への重度訪問介護事

業所の集中と、それにともなう重度訪問介護

利用者の移住による札幌市への利用者の集中

が見込まれ、「出口なき議論」が今後も継続

するという見通しのもと、 2008年 2 月には利

用者側と行政側の「私的勉強会J、さらには

2008年10月には「重度身体障害に対する効果

的な支援のあり方検討会」が設置され、実態

調査が行われていく 。 このように札幌PA制

度は、障害者団体と行政が時聞をかけて交渉

し、両者の認識を擦り合わせた結果、 実現し

た制度であると言える 。

制度利用の対象者は「重度訪問介護の支給

を受けている者で、自らもしくは支援者によ

り介助をマネジメントできる者」とされ、重

度訪問介護支給決定時間(゚ ) から PA制度

に移行する時間数を利用者が決定し、移行す

る時間に2400円 (重度訪問介護の札幌市の支

給単価) を乗じた額が月額利用上限となる 。

この予算内で、利用者はPAの時間給を設定

し 5 )、介助計画を 立てる 。 PAの時間給を

2400円より低く設定することで、事業所経由

の重度訪問介護支給時間 (ß) よりも介助時

間を伸ばして利用できる 。 介助内容は重度訪

問介護に準じて、身体介護、家事援助、外出

73

支援、見守りなど、ほぽ自由である。重度訪

問介護の弱点として、通勤、通学や職場など

では利用できないが、札幌市PA制度におい

ても、この弱点は解消されていない。 入院し

た場合においてのみ、病院におけるコミュニ

ケーション支援としての PA利用が可能であ

る 。

介助者の条件として、重度訪問介護では約

20時間の研修が必要だが、札幌市PA制度で

はこの研修を受けずに無資格でも PA として

介助を行うことが可能である 。 介助者は、札

幌市 PAサポートセンターにおいて 2 時間の

制度解説や介助者と しての意識などの講義を

うけるが、介助技術を受ける研修はない。 こ

れは介助者を育てる責任は利用者にあること

が制度の前提とされているためである 。 また

三親等以内の親族と、元配偶者は介助者とし

て登録することができない。 三親等以内禁止

規定は、民法の扶養原理6 ) ~こ沿った規定であ

り、親族扶養 と公的制度の聞があいまいに

なってしまうという判断から設けられた7)。

札幌市 PAiljリ度においては、現金を前もっ

て支給するのではなく、月額ごとの利用実績

に応じた額を利用者本人かPAの口座に振り

込む。 月ごとの利用上限額はあらかじめ決定

されているので、利用者はその利用額の範囲

内で介助者の時給を「やりくり」し報告をす

る 。 以上が札幌市PA制度の概要である 。

( 2 )交渉局面の下方移動

札幌市PA制度は、事業所を通さずに利用

者と介助者が直接契約を行うことで、事業者

の都合に左右されず、利用者が希望する人を

無資格でも介助者とすることができ、時間給

設定によっては介助時間の延伸が可能であ

る 。 これらの PA制度の有利な点に注目すれ

ば、利用者の自身の生活への主体性と柔軟性

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社会福祉研究第13号 (2012)

の向上が期待できる。

だがPA制度の導入の経緯で見たように、

この制度は障害者自立支援法における国庫負

担の上限設定による重度訪問介護の支給決定

時間の不足という現実と、介助の利用時間や

形態が事業者の事情に影響を受けるという要

因があったことを指摘しておかねばならな

し、。

札幌市の重度訪問介護の支給決定時間は国

の支給基準110時間に220時間を札幌市独自負

担で加えた月 330時間が原則として上限 (ß

豆330) とされ、これを動かすことは容易で

はない。 また、重度訪問介護を提供する事業

者、特に夜間の介助者派遣ができる事業者も

限られている。 つまり、自立生活を実現する

ための壁が 2 つ(支給決定時間の壁と事業者

の壁)存在し、 PA制度はその壁を「迂回」

する形をとっているのである 。

つまり現状でのPA制度は、利用者の主体

性と柔軟性の向上という目的よりも、障害者

自立支援法の国庫負担の上限という現実的制

約の中で24時間介助を必要とする利用者やそ

の家族がケア体制を実現するため、行政と当

事者が「出口のなき議論」の迂回路を選んだ

という理解が適切で、ある 。 本来ならば、 支給

決定時間は障害程度区分や国庫負担上限など

の財政事情によって決定されるものではな

く、利用者の生活の実態に応じた「交渉決定

モデルJ ( 阿部、 2006 : 88) であること、つ

まり交渉決定により利用者の地域生活の実現

のために F を拡大させていくことが理想であ

る 。 しかし現状では、決定された支給時間の

範囲内でのやりくりが可能になることにより

F が固定化され、 PA枠が実質上の上限となっ

てしまっている 。

決められていない、と言う点です。 重度訪

問介護で330時間支給されます、という点

が(利用者の)生活の実情じゃない、とい

うことを制度が言っているようなもので

す。 (利用者が)単価を自由に設定しでも、

必要か必要じゃないかを抜きにして、ただ

時間数を延ばすだけ、になっちゃいますか

ら…(中略) 悪い意味で、個人に単価設定

の裁量を与えてしまったばっかりに、行政

が時間数を延ばす、という考えを放棄し

ちゃったように思えます。 (実質上) 重度

訪問介護の時間数を延ばしたい人にはPA

という選択肢ができちゃったばっ かりに、

重度訪問介護の時間をのばすということが

無くなっちゃった。 」

交渉決定モデルでは、利用者が必要とする

申請時間 (α) と行政が決定する支給時間 (ß )

の間で交渉が行われることが求められるが、

札幌市PA制度では F が実質上固定化されて

いるため、利用者と介助者が交渉して F を薄

く引き延ばす、という状態になっている 。

PA制度の本来的意義は、財政上の困難への

妥協策ではなく、利用者の生活への主体性と

柔軟性を確立するためであっ た。 しかし、現

在の支給決定システム、とくに固と地方の負

担割合が固定化していることにより、本来的

意義よりも支給時間の確保という現実的課題

への妥協的対処案として制度が活用されてい

る 。 この結果、利用者と行政の間 (α と F の

間)に存在するはずの必要(ニーズ)に応じ

た交渉が、利用者と介助者の間での単価設定

の交渉という「交渉局面の下方移動」といえ

る現象が発生している 。

(3)利用者主体という陥昇

「一番問題の所は、時間数を(利用者が) 札幌市PA制度では、利用者は自身の生活

74

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日本におけるパー ソナルアシスタンス制度導λにひけた課題主主主主一札幌市パーソナノレアシスタンス制度調査から

への主体性と柔軟性の向上が望めるはずであ

るが、実際には「出口なき議論J を突破する

ための抜け道となっている 。 つまり、抜け穴

である限り、利用者には現実への対処療法と

ならざるをえない。 その具体的弊害が、 PA

制度が介助時間の延伸のためだけの制度とな

り、 利用者自身の生活の主体性回復という本

来の PA制度の理念が揺らいで しまうこと で

ある 。

íPA制度自体が、もとも と事業所モデルに

対してのアンチテーゼ、だ、った」と関係者が語

る ように、この制度は事業者管理からの離脱

を目指し、利用者による「ケアの自律J (岡部、

2006 : 145) を実現することを目的としてい

る 。 障害者の地域生活の拡大の歴史におい

て、行政側が一貫して事業所モデルを強化し

てきた ことを鑑みれば、 事業所モデルと PA

制度は「政策側と利用者側という 180度異な

る 立場J (阿部、 2006 : 112) である 。 そのた

め、傍目には同 じに見える「ヘルパー/介助

者派遣J もその理念は全 く 異 なる (渡進、

2011 : 356) 。

しかしケアの自律には利用者にも一定の負

担 (ケア管理能力、 金銭管理能力、自己査

定能力) (阿部、 2006 : 116) を伴う 。 この

一定の負担を担うことで、利用者の生活への

主体性は確保されていくのだが、介助時間の

延伸を目的とした制度利用を考えている利用

者の場合、それらの仕事は、できれば代わり

にやって欲しい仕事、とな っ てしまう 。 支援

組織が制度利用の支援を行い、介助者を集

め、 金銭管理を行えば、それは事業所となん

ら変わらない。 札幌市PA制度の場合は、日

本の自立生活運動を リードしてきた CIL系

の自立生活センタ ー さっぽろが支援業務を請

け負っ ているため、その理念がはっ きりと 意

識されていた 8) 。

75

íPA っていうのは飢えた子どもに魚を

あげるのではなくって、魚、の取り方を教え

るってこと、それがサポートセンターの仕

事であって PAの利用者がこうした支援が

ほしいとか、こうしてほしい、とかあまり

にもなりすぎると、僕らが事業所型として

の支援を していたんだなと気づかされるこ

とになるので、そこに難しさを感じます。 」

「魚をあげる」という表現は、介助者や事

業者に よる バタ ーナリ ズムを しめし、 「魚の

取り方」を教えるという表現は、利用者が介

助者の配置を含めた生活を管理するという 意

味である 。 自立生活運動は介助者に よる利用

者の主体性剥奪やパタ ーナリズムに常に敏感

であ っ た。 しかし、パタ ーナリズムを断ち切

ろうとするあまり、逆説的に生活を管理でき

る能力のある障害者しか、自立しえないとい

う能力主義に陥る危険性を苧んでいる 。

自立生活は「支援を受けた自立J によ っ て

成り 立つが、利用者主体 (介助者手足論)の

強調は、介助者管理を支援なしで行うことを

最善とする「制度利用能力の個人化」とつな

がりやすい 9 ) 。 だが、利用者が「支援を受け

た自立」 を求めているのだとすれば、サポー

ト センタ ーはその支援を「一緒に魚を捕る」

ところまで広げてもよいのではないだろう

か。 現状の自立生活センタ ー さっぽろの兼務

スタ ッ フは、 事業所モデルと PA制度の理念

の差異に敏感であるからこそ、この支援と管

理の間での葛藤を感じている 。

(4 ) PA労働条件の下振れ可能性

札幌市PA制度では、利用者が íPA時給単

価設定権」を持ち、 PAの時給単価を一定の

枠内 (昼間1200円程度、夜間1500円程度)で

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社会福祉研究第 13号 (2012)

設定することができる 。

一方でこの制度における介助労働は労働基

準法の適用がなされない。 そのため最低賃金

の確保や労働時間の制限がなく、最低賃金を

下回る時給設定や月 200~300時間という長時

間労働が、双方の合意によりありうる。 介助

体制の安定のために、できるだけ同じ人に長

く介助に入って欲しいという利用者側のニー

ズもあり、長い介助時聞が悪いとも言い切れ

ない。

「当然ニーズの高い方は、同じ介助者が

何十時間何百時間と入っていただく ニーズ

の方もいらっしゃるので、それを制限す

るってことは、(利用者のニーズを実現す

るという)当事者運動として考えたくない

んですけど、一般的に考えるとやっぱり月

170時間前後が労働基準法で決められてる

んですよね、その基準を大幅に広げた200

時間とか300時間とかの労働なわけです。

それは普通では考えられないですよね。 」

介助労働への労働基準法の適用は、まず介

助者の労働環境と利用者の安全と介助体制の

安定という点から重要である 。 札幌市PA制

度における介助労働が労働法の適用外なの

は、 労働の内容ではなくその契約関係に原因

がある 。 労働の内容は重度訪問介護事業所か

ら派遣されるヘルパーであろうと、 PA制度

の介助者であろうと同じである 。 異なるの

は、 重度訪問介護は事業所の命令に よ って派

遣されるが、 PA制度における介助者は利用

者との個人契約によって、利用者のもとで活

動する介助者と言う点である 。 北海道労働基

準監督署の判断では、後者には「事業性が認

められない」という 。

76

「介助労働が労働法の適応外っていう こ

とは労働者保護からすると、まずい。 ずい

ぶん交渉もしたんですけど、家政婦を超え

られない。 考え方としたら、他の所に行っ

たらいいんですって。 だからいくら利用者

と介助者の間で、契約書を作っていたとして

も「事業性」がないとそれは労働法の適応

外、となる 。 PA は完全に労働契約に準ず

るものになるんですよね、労働時間も決

ま ってる し、時給も決ま ってる 、 業務内容

も決まってる、これはもう完全な労働雇用

契約になるべき と思うので、まだ (労働法

適応外という)納得はいってないですよ

ね。J

利用者と PA との聞で労使関係が成立すれ

ば、利用者がPAの雇用環境を保持する必要

があり、最低賃金が守られPAの待遇は上昇

する 。 また仮に両者の間で問題が発生すれ

ば、行政や労働基準法による介入の根拠とな

る 。 現状の札幌市PA制度は「利用者の単価

設定権」と「労働基準法の不適用」という 2

つの要因が組み合わさることに より、 労働条

件の下振れ可能性が高まっている 。 つまり、

支給決定時間の壁 と事業者の壁を迂回 したこ

とで、交渉局面の個人化現象が出現し、利用

者の介助者の個人間の合意という局面に交渉

場面が下方移動している 。 PAの労働条件の

課題を解決するためには、 PA労働を労働基

準法の適用対象にするか、 PA制度を使わず

に押し下げられた交渉の局面を再び行政と利

用者の次元に押し戻していくことが必要であ

る 。 かりに、 PAíl制度を維持するにしても、

PAの労働組合も可能性の 1 つである 。 その

構想は、札幌市PA制度の関係者の間ですで

に議論されていた。 さらに PA労働組合だけ

ではなく、利用者組合の構想も同時に指摘さ

Page 9: 日本におけるパーソナルアシスタンス制度 導入にむけた課題整理 一札幌市パーソナルアシスタンス制度調査から

日本におけるパーソナルアシスタンス制度ぷ人にむけた課題監理一札幌市パーソナルアシスタンス制度調査からー

れていた。

「ヘルパーの人権問題はヘルパーの組合

でやりますからね。 向こう (海外)は基本

的には職域でやりますから、役所だとか

NPOだとか関係ないですからね。 そうす

るとそこがある種、権利擁護の組織になる

わけじゃないですか。 逆に障害者もそうい

う意味では PAやってる人たちが団体を組

んでいろんなそういう自立生活的なものを

やっていくだとかというのも一方ではあっ

たりするから。 要するに利用者自治会です

よ 。 」

PA. 利用者双方の支援組合が存在すれば、

利用者 ・ PA 聞のトラブルの調停役割を組合

で行えるし、利用者の権利擁護機能やPA労

働組合として機能する 。 PA費から拠出、 PA

が受け取る賃金からの拠出により支援組合運

営が支えられる仕組みが確立すれば、支援組

合機能の安定も期待できる 。 しかし、 筆者は

まずPA労働への労働基準法の適応が最優先

の課題であると考えている 。

(5 )制度拡大への懸念

繰り返し指摘してきたように、障害者運動

は、利用者側のケアの自律性を高め自身の生

活に関する主体性を向上させるために、パー

ソナルアシスタンス制度を要求してきた。 し

かし、これまで述べてきたように、札幌市

PA制度は、あく までも現状の制度の「迂回路」

であり、また交渉局面の下方移動やPAの労

働条件の下ぶれ可能性も想定され、この制度

に直接携わる複数の関係者から、制度が拡大

することの懸念が指摘された。

「諸刃の剣だと思うんですよ 。 PAはいい

77

んですよ 。 でも PA をつかえる人とっかえ

ない人の格差は出てくる」

「国のほうでは、この制度を取り入れる

ことは無理なんだということは、はっきり

おっしゃいましたね」

f(普遍化は)危険ですね。 CIL でいろん

なことをやってきた人たちにはできると思

います。 J

PA制度の拡大化への懸念理由はこれまで

述べてきた交渉局面の下方移動と PAの労働

条件の下ぶれ可能性に加えて、さらに 3 つの

指摘がなされた。 1 つ目 は PA制度を使い こ

なせる人とそうでない人の「利用者間格差」、

2 つ目は PAが提供する介助の質や量 と、 事

業所経由の重度訪問介護との差がつきすぎる

「基準の確立困難性」、 3 つ目は、 PA を 自ら

で見つけることができない fPA確保困難者J

の存在である 。

まずは利用者間格差について見ていく 。 札

幌市PA制度において利用者に求められる役

割は主に 3 つある 。 l. 支援を受けながら

PA と 契約 し、 自身で研修を行うこと 、 2 .

PA の シフ トを作成し 自身のケアニーズを満

たすこと、 3. PAの労働環境を保護 し賃金

を払うこと、である 。 現状の支援体制では、

利用者の負担が大きく、ケアの自律の失敗の

責任が利用者に帰せられてしまう 。

だが、阿部 (2004 : 135) が指摘するよう

にケア管理・金銭管理・自己査定の能力は個

別の利用者が備えていなければならない能力

ではなく、利用者が支援を受けながら実現す

ればよい能力に過ぎない。 支援組織の充実が

あれば、「利用者間格差J は支援によって埋

めることができる 。 また PA制度は既存の事

業所経由型の重度訪問介護を完全に代替する

ものではなく、あくまで支給決定時間の壁と

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社会福祉研究第 13号 (20 1 2)

事業所の壁を迂回する、選択肢であることを

確認しておく必要があるだろう。

2 つめの懸念である「基準の確立困難性」

については、障害者福祉制度全般に関わる問

題であり、 PA制度に限ったことではない。

しかし、現在の障害程度区分に準 じた国庫負

担の上限が設定された「第三者判定モデルJ

の支給決定方式、とくに申請時間 (α) を判

定し支給決定時間 (ß) を決定する方式では

地域において必要なサービス量を確保し、な

おかつ事業所の事業に左右されずにケアの自

律を実現したいという利用者の要求に完全に

応えることは困難で、あろう 。

3 つ目の懸念である iPA確保困難者J は、

事業所モデルから離脱したことで生じる課題

である 。 札幌市PA制度では、サポートセン

タ ーの支援はあるにせよ、介助者を確保する

最終的な責任は利用者にあり、自身で介助者

を確保する事が困難な場合は、 PA制度の利

用は推奨されていない。 この体制は、自分の

望む介助者に資格に関係なく介助者とするこ

とができ、 事業者の都合に左右されない利点

がある。一方で、、 PA を確保できない利用者

が出現してしまう 。

「どこの事業所でもヘルパーがつぶされ

るという人のはけ口的な感じで、回ってき

ている事案とか…そういう意味で、 PA制

度を利用している人もいますよね。事業所

としては、合法的に利用を断る理由ができ

ちゃった、ということですよね。 確かに夜

間に来られない方っていうのもいらっしゃ

いましたが、夜間・昼間問わずちょっと利

用者さんの個性が強いのか、事業所さんか

ら派遣されたヘルパー をもう次々と、 『 こ

の人じゃだめ、この人じゃだめ』 と言って

いくなかで、最f冬的に 『 じゃあ、もううち

78

の事業所から誰も派遣できません』 と 。 要

するに選ばれないというか事業所を どんど

ん拒否していっている障害者がいますよ

ね。 そのうち事業所がなくなってこっち

(PA制度に)来るわけですよ 。 J

利用者と PAが直接契約を結ぶことで、利

用者がPA を選ぶ自由を手にしたと同時に、

PAから選ばれない利用者が顕在化した。 ト

ラブルが発生した場合、サポートセ ンタ ーが

その聞に立ち調整を行うが、その介入の根拠

は不明確なままである 。 「制度拡大への懸念」

の払拭のためには、利用者と PA聞の調整に

おいても支援組織の充実や法的根拠の適用が

求められる 。

4. 考察

これまで述べてきたように、札幌市PA制

度導入の目的は、障害者自立支援法がもって

いる支給決定時間の壁、事業所の壁を迂回

し、利用者の生活を安定させるためである 。

つまり、障害者運動も、札幌市も現状の障

害者自立支援法の基準では利用者の生活を十

分に支える事ができないと言うことは共有し

ていると言えるだろう 。

しかし、障害者運動側が支給時間数の不

足、または事業所制度の不便さを強調にした

のに対して、札幌市は市町村-独自負担の財政

支出の限界を利用者への期待に応えられない

ことを根拠とした。行政、利用者どちらも制

度の壁を迂回するために PA制度の導入に踏

み出したと言えるが、その制度の影響は両者

の予測を離れて動き出しているというのが本

稿の整理である 。

「交渉局面の下方移動」は「介助時間の延伸j

が可能となる代償として、 PA労働条件の下

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日本におけるパーソナルアシスタンス制度場スに trけた課題整理札幌市パーソナルアシスタンス制度調査からー

ぶれ可能性を生じさせ、さらに事業所にも影

響を与える。これまで、障害者運動が全身性

障害者介護人派遣事業、支援費の日常生活支

援、障害者自立支援法の重度訪問介護と介助

単価の上昇を獲得してきた歴史から見れば、

札幌市PA制度は国と地方自治体の責任を放

棄 した「安上がり福祉」として批判 されるだ

ろう 。 PA制度の本来的意義は、利用者の主

体性と柔軟性の向上のためであり、福祉国家

の財政緊縮や PAの労働条件の下ぶれ10) や事

業所の収益を下げるための制度ではない。

札幌市PA制度が結果として「交渉局面の

下方移動」と íPAの労働条件の下ぶれ可能性j

を起こしているのは、国一地方自治体問の硬

直した支給決定方式のために支給時間が十分

に確保されないためであり、十分な支給決定

時間と財政の供給があれば、ケアの 自律 と

PAの労働環境維持を同時に達成することは

可能であると筆者は考える 。

行政側に介助制度の充実が要求される一方

で、利用者側にも一定の「能力」が求められ

るのが、近年の傾向である 。 札幌市に限らず、

PA制度は「交渉局面の個人化J や「制度利

用能力の個人化」という特性を含んでお り、

日本やイギリスの障害者運動の一部も「形を

変えた個人モデルの強化 J ( 田中、 2005 :

158) としてこの流れに一定の批判を加えて

きた。 また日本の障害者運動が取り組んでき

た「障害者/健常者関係を生産/消費者関係

に転換するよ「市場システムの中に取り込ま

れることで、ディスアピリティの社会構築性

を隠蔽する」として、消費者主義に内在する

個人モデルの危険に敏感でもあ っ た ( 田中、

2005: 161-162) 。 本稿では、その危険が「制

度拡大の懸念J として関係者から指摘された。

一方では「介助時間の不足J という現実が

圧倒的に存在し、日々の生活において介助者

79

を確保できなければ、地域生活の継続は難し

い。 「運動の理念と生活の聞には常に『現実

的勝利』 と 『変革』 の葛藤が付きまとう J と

田中 (2005 : 163) がいう ように、介助時間

を伸ばし、外出先でも介助を利用するために

は、 PA制度の拡大と柔軟性強化を要求して

いくことが必要である 。 制度構築が理念から

始まるとすれば、制度運用は生活の中で行わ

れる 。 「生きることに忙しいj 当事者にとっ

て介助は毎日の生活という「現実J であり、

特に PA制度の理念を強く意識しない利用者

にとっては、 PA制度が持つ危険性よりも介

助時間に延伸に関心が向かう 。 だからこそ、

消費者主義がもっ「あやうさ」に障害者運動

は敏感になる 。

田中 (2005 : 163) によれば、障害者運動

はこの ジ レンマに対して「立ちすくみ、機械

的に対立する議論に拘泥していたわけではな

く、消費者主義を利用 しつつ、介助保障を中

心とした市民権を実現する路線への「回帰J

を図っている という 。

その市民権獲得回帰路線の一例として、障

害者権利条約とその具体的実現手段としての

障害者総合支援法があげられる 。 障害者制度

改革推進会議総合福祉部会が20日年 8 月 30 日

に提出した、いわゆる「骨格提言」では、総

合福祉法の支援体系の 1 つとしての 「個別生

活支援j にパーソナルアシスタンスの創設が

提言された。 提言に よれば、 í l. 重度訪問

介護を充実発展させ、 2. 重度の肢体不自由

者に限定せず、障害種別を問わず(障害児も

含む)日常生活全般に常時の支援を要する障

害者が利用できるようにし、 3. その利用範

囲を制限する仕組みをなくし、決定された支

給量の範囲内であれば、通勤、通学、入院、

1 日の範囲を越える外出、運転介助にも利用

できるようにし、また、制度利用等の支援、

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社会福祉研究第 13号 (20 12 )

見守りも含めた利用者の精神的安定のための

配慮等もパーソナルアシスタンスによる支援

に加え、 4. PAの資格は問わず、利用者に

よる研修を重視する J とされた。

パー ソナルアシスタンスの導入は、障害者

総合支援法では見送られ、 20日年 4 月からの

重度訪問介護の利用対象者拡大という控えめ

な修正に切り下げられた。 それでも、これを

パーソナルアシスタンス制度への一歩 と筆者

は評価するが、支給決定に関しては付帯決議

にとどまり、今後の諜題と整理された 1 1) 。

本稿では、札幌市で導入された PA制度の

概要とその課題を考察した。 障害者運動の歴

史や制度から見れば、 PAil制度がこれまでの

障害者運動の延長線上にあること 、またそこ

で展開されている葛藤や謀題は、 1970年代以

降の介助保障運動と自立生活センターの活動

において、日本の障害者運動が長年向き合っ

てきた課題と相似性を持っていると言える 。

これまで「脱家族J I当事者主権J I親亡き

後J を中心的主張と して展開されてきた障害

者運動がPA制度に向かうという方向性は自

然なものである。 しかし現状での支給決定シ

ステムや事業所モデルの課題が放置されたま

までの PA制度の導入は、 PAのデメ リ ッ トば

かりが強化されてしまう 。 今後身体障害者に

限らず、「すべての障害者が他の者と平等の

選択の機会をもって地域社会で、生活する平等

の権利を認める J (障害者椛利条約第四条)

ことを実現するために PA制度は必要不可欠

な制度である 。 また、 障害者制度福祉全般に

関して、事業所モデルを維持するのか、 PA

モデルを拡大するのか、という社会サー ビス

全般に関わる枠組みを問う |際にも、本稿が提

示 した課題は重要な論点となるだろう 。 障害

者運動の理念と、介助時間を確保する という

現実的課題、利用者の権利と介助労働者の権

80

利のバランスなど、これらの課題を何度も議

論の組上に上げ続け、 当事者、介助者、家族

すべてのアクタ ーが「生きていける制度J を

求め続ける必要がある 。

本研究は JSPS科研費23730528の助成を受

けたものである 。

<注>

1)札1悦市 PA制度は、 PAの雇用の他、求人広告等

の費用に利用できる 。

2) イギリスでは、 DP はインデイピ ジュア ル・バ

ジェッ ト 、パーソナル ・ パジェットのー音1\ として

位置づけれられ、必ずしも直接の現金給付がPA

利用の条件ではない ( 小川、 2009 : 88 :白瀬、

2010) 。

3 )具体的には、全身性障害者介護人派遣事業と生

活保説制度における他人介護料加算を指す。 これ

らの制度の展開については、渡辺ー (2011 : 210)

に詳しい考察がある。

4) いくつかの自治体で実施された全身性|埠答者介

護人派遣事業は制度上残っているが、障害者自立

支援法のサービスを利用しているものは利用でき

ない。 また家族/他人介護料加算は障害者自立支

援法の介護給付の利用を優先し、不足する場合に

のみ支給される。 これにより現物給付が現金給付

に優先される 。

5 ) 介助者の |時間給は、制度開始時には上限2400円

以内と設定されていたが、制度開始後の2010年 6

月より介助報酬の目安として、昼間1200円程度、

夜間1500円程度を利用者に提示した。

6) 民法第877条第 1 項、直系lfll族及び兄弟姉妹は、

互いに扶養する義務がある。 第 2 項、家庭裁判所

は特別の事情がある ときは、前項に規定する場合

の他、 三親等内の親族問においても扶養の義務を

負わせることができる。

7)家族を PA として雇用できるかどうかは、諸外

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日本におけるパーソナルア シス タ ンス制度ぷλにむけた談題監理一札幌市パーソナルアシスタンス制度調査から

国でも扱いは異なっている (小 川 、 2005: 43) 。

家族を PAにすることは、家族と利用者の非対称

な力関係をもとに適切な給付が行われない可能性

や、利用者の家族への依存が高まる可能性があり、

PAi!対度の開始期においては、近親者の雇用が認

められない傾向がある 。 利用者が介助者を誰にす

るか、いくら渡すかを決める権利があるといって

も、利用者と PAの人間関係の履歴がその権利を

侵害する可能性は常にある 。

8 ) 現在、現状札幌市PAサポートセンターは、 CIL

さっぽろのオフィス内に設置されている。 札幌市

PAサポー トセンタ ー と CIL の利用者は重複して

おらず、介助者の共有もしてない。 しかし、スタッ

フは両者の仕事を兼務しており 「この人は事業所

型支援、この人は PA型支援」 と支援スタイルを

分けている 。

9 ) ダイレクトペイメントの導入に先行するイギリ

スにおいても、個人でケアをマネジメントを行う

「資格 (eligibility) J ついての判断維はソーシャル

ワーカーが握っており、「専門家からのケアの贈り

物モデル (Professional gift model of social care) J

として批判されている (Jon & Rosemary, 2009, p

86 ) 。

10 ) 小 } II (2009: 90 ) によ っ てイギリスのパーソナ

ルアシスタンスの待遇の悪さは指摘されている、

低い賃金、訓練の不十分さ、社会保障制度の不安

定さ、体調悪化の時の休息などが卜分に保障され

ていない、などである 。

11 ) 付衛決議において、重度訪問介護などの長時間

介助利用者は「常時介護を要する障害者等に対す

る支援その他の障害福祉サー ビスの在り方等の検

討に当たっては、国と地方公共団体との役割分担

も考慮しつつ、重度訪問介護等、長時間サービス

を必要とする者に対して適切な支給決定がなされ

るよう、市 IIrT村に対する支援等の在り方について

も、十分に検討を行い、その結果基づいて、所要

の措置を講ずること J と整IÆ されている 。

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