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九州大学学術情報リポジトリKyushu University Institutional Repository

中立的代名動詞再考

井口, 容子広島大学総合科学部准教授

Iguchi, YokoHiroshima University

https://doi.org/10.15017/16853

出版情報:Stella. 28, pp.53-66, 2009-12-18. 九州大学フランス語フランス文学研究会バージョン:published権利関係:

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中立的代名動詞再考

井 口 容 子

0 .はじめに

 フランス語の代名動詞の諸用法のうち本稿の考察の中心をなすのは,次の (1 b)に代表されるような「中立的用法」である。( 1 )a.Paul a brisé la fenêtre.   b.La fenêtre s’est brisée.

(1 a-b)にみられるように,この用法は対応する他動詞用法の目的語を主語とし,自動詞的概念を表すものであるといえる。このような他動詞・自動詞の対応関係は,言語学において「使役・起動交替 causative-inchoative alternation」と呼ばれるものである。 フランス語の代名動詞は,ドイツ語やスペイン語の再帰動詞などとならんで,中相範疇(middle voice)を形成するものと見なすことができる。中立的代名動詞は「自発的中相 spontaneous middle」に相当するものであるといえる。本稿においては,中立的代名動詞の意味的な特性に注目して分析を行いながら,その概念構造の記述をこころみる。それを通して中相の諸機能が織り成すネットワークを,新たな視点から記述することをめざす。

1 .事象の内因性 / 外因性と非対格性

 フランス語の自他対応動詞における自動詞形態には,再帰形 / 非再帰形の 2つのタイプがあることが知られている。そして briser のように再帰形態のみを許容するもの,fondre のように非再帰形態のみを許容するもの,casser のように両方の形態を許容するものがある。

( 2 )a.Paul a brisé la fenêtre.   b.La fenêtre s’est brisée.   c.*La fenêtre a brisé.

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( 3 )a.Le soleil a fondu la neige.   b.*La neige s’est fondue.   c.La neige a fondu.

( 4 )a.Paul a cassé le verre.   b.Le verre s’est cassé.   c.Le verre a cassé. Rothemberg(1974)はフランス語の自動詞における再帰形 / 非再帰形という実現形態の相違は,事象を引き起こす原因の外在性 / 内在性に帰せしめられるという興味深い見解を示している。たとえば次の( 5 )のような場合,Rothem-berg によると,ストーブのそばにかけられていたために,煤で絵が黒ずんでしまったような場合には(5 a)のように再帰形が用いられるし,絵の具の調合の具合などが原因で黒ずんできたといった場合には,非再帰形自動詞の(5 b)が用いられるという。

( 5 )a.Ce tableau se noircit.   b.Ce tableau noircit.     (Rothemberg 1974:192)外的原因の場合は再帰形,内的原因の場合は非再帰形という Rothemberg の見解は,まずフランス語の事実のレベルにおいてかなり妥当性があると思われる。 この「内的原因 / 外的原因」という区別は,単にフランス語だけの問題にとどまるものではなく,一般的な「非対格性」の問題にかかわってくる重要な問題であるといえる。Levin & Rappaport Hovav(1995)は,意味的な構造と統語構造を結びつける 4 つの規則を提案しているが,このなかに « Immediate Cause Linking Rule »と呼ばれるものがある。これは,動詞によって表される出来事の直接的原因(immediate cause)となるものは,外項(external argument)として実現される,というものである 1)。「直接的原因」と見なされる項の代表ともいえるのは,動作主(agent)である。このリンキング規則により,walk, swim といった動詞の動作主は外項として実現されることになり,これらは「非能格動詞」ということになる。 「直接的原因」と見なされるのは,動作主だけではない。cough のような生理的現象を表す動詞,grow, bloom といった自然界における生物の成長を表す動詞,さらには crackle, glitter 等の「放射動詞 verbs of emission」と呼ばれる

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動詞が表す事態などは,外的な原因によって引き起こされるものではなく,内的なエネルギー,もしくは主語の指示対象に内在する何らかの特性によって生じている。これらの動詞の唯一項も「(事態を引き起こす)直接的原因」と見なされる。 フランス語の自他対応において,非再帰形自動詞が内的原因によって生起する事象を表すのに対して,再帰形自動詞は外的原因によって引き起こされる事象を表すという,先にみた Rothemberg(1974)の指摘と,Levin & Rappaport Hovav(1995)のリンキング規則を重ね合わせると,フランス語においては非再帰形自動詞と非能格性,再帰形自動詞と非対格性,という結びつきがあるのではないか,ということが感じられる。筆者は井口(1995, 2002)において,この点およびアスペクトにかんする特性を考慮した上で,fondre, sécher など,フランス語の非再帰形自動詞は,非対格動詞ではあるが,同時に「非能格的」性格をあわせもつものであり,このことはこれらの動詞が完了の助動詞としてavoir を選択することとも関連するものであることを主張した。 一方,再帰形自動詞が非対格であるのに対して,非再帰形自動詞は非能格である,という立場をさらに鮮明にしているのは Labelle(1992)である。Labelleはこれに基づき,それぞれに対して異なる統語構造を想定している。 ただ,fondre, sécher 等を「非能格」と言い切ってしまうことに対しては抵抗を感じる。いくつかの非対格性のテストにかんして,これらの動詞のふるまいが非対格的だからである。たとえば非対格動詞の場合,過去分詞が完了の意味をもって,形容詞的に名詞を修飾すること,および分詞節を形成することが可能である。非能格動詞の場合にはこれらは許容されない。

( 6 )a.des fruits tombés( = qui sont tombés)   b.*un homme dansé( = qui a dansé)

( 7 )a.Partis de bonne heures, ils sont arrivés à Paris avant midi.   b.*Travaillé toute la matinée, il dormit tout l’après-midi.     (Legendre 1989)fondre, sécher は,この 2 つの現象にかんして非対格性を示す。

( 8 )a.la neige fondue   b.le linge séché

( 9 ) Fondue, la cire avait pris une couleur plus claire.(Legendre 1989)

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 ここで注目したいのは,この 2 つの非対格性のテストはいずれも語彙的アスペクトとしての「完了性」に関与するということである。(6 a),(7 a),(8 a-b),

(9)において過去分詞が表しているのは,出来事の結果到達した状態なのである。逆に言えばこのような「結果状態」を含意しない非能格動詞は,これらの構文を許容しないことになる。 Levin & Rappaport Hovav(1995)が提案する 4 つのリンキング規則のなかに « Directed Change Linking Rule »という規則があり,これによると方向付けられた変化(directed change)を受ける対象は内項として実現される 2)。この「方向付けられた変化」という概念は,アスペクト的な「完了性」に非常に近いものであるといえる 3)。Levin & Rappaport Hovav(1995)は,« Immediate Cause Linking Rule »と « Directed Change Linking Rule »が異なるリンキング結果を予測する場合,« Directed Change Linking Rule »の方が優先的に適用されるものとする(p. 159–162)。そうであるならば,fondre, sécher 等は,内的原因によって生じる事象を記述するものであっても,「非対格」ということになる。これらの動詞は状態変化を表すものであり,「方向付けられた変化」を受ける対象と見なすことができるからである。 以上の分析を整理してみると次のようになる。Rothemberg(1974)が指摘 するように,フランス語においては,再帰形自動詞が外的原因によって引き起こされる事象を表すのに対して,非再帰形自動詞は,内的原因によって自発的に生じる出来事を表す。あるいは少なくともそのような傾向をもつ。ここまでは認めてよいものと思われる 4)。問題はこのことと非対格性とのからみである。再帰形自動詞は問題なく非対格として分類されるが,非再帰形自動詞の中には,純粋な非能格動詞として分類しうるものと,非対格的な性質をあわせもつものがある。fondre, sécher 等はこの後者にあたる。grandir, fleurir, vieillir などの,生物が時とともにたどっていく変化,変遷を表す動詞はどうか。これらは内的エネルギー,もしくは主語の指示対象に内在する特性によって生じる出来事の最たるものであり,非能格と考えたいところである。ただアスペクト的にはこれらの動詞は完了的であり,それにともなって過去分詞の分詞節を許容するなど,非対格的なふるまいをみせる。

(10) Vieillie d’au moins dix ans, la mère de Pierre était méconnaissable.    (Legendre 1989 : 125)

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 fondre, sécher 等が「非対格」であるのか「非能格」であるのかという点は,ここではまだオープンにしておきたい。従来「非対格性」を表すものとされてきた特性のうちには,上記のようなアスペクト的な「完了性」にかかわるもの,統語的な特性に密接にかかわるものなど,性質の異なるものが混在しているという感を受ける。特に近年,統語理論の進展により非対格性の議論もさらに精緻化する必要が生じてきている(cf. Alexiadou, Anagnostopoulou & Everaert

[eds] 2004)。非対格性の問題にかんしては,引き続き検討していきたい。

2 .語彙意味論的分析

2.1.使役化と反使役化

 本節においてはフランス語の中立的代名動詞にかんして,語彙概念構造の記述をこころみる。一般言語学において使役・起動交替を論じる際のひとつの問題として,自動詞をより基本的なものとし,他動詞は「使役化」によって派生されたものと見なすのか,それとも逆に他動詞が基本であって,自動詞は「反他動化(もしくは反使役化)」によって派生されたものと考えるのか,という派生の方向性の問題がある。これは対象とする動詞の概念によって,あるいは言語によっても異なり得る。 フランス語の briser — se briser のようなペアはどうであろうか。再帰形の自動詞形態は,内発的に起こる事態ではなく,外的原因によって引き起こされる事態を表すというフランス語の状況を考えると,このタイプの自他交替はあくまで他動詞的意味構造を基本とし,自動詞的な意味はそこから派生されたものと考える方が妥当であると思われる。つまり「使役化」ではなく,「反他動化」もしくは「反使役化」という方向性である。 このことは形態的にも裏付けられるものである。Haspelmath(1993)は,形態的な派生の方向性が意味的な派生の方向性に対応するという,Haiman(1980)等のいう「図像性の原則 principle of iconicity」が,使役・起動交替においても成り立っていると考える。この観点からすると,対応する他動詞に比して形態的により複雑な構造をもつフランス語の再帰形自動詞は,意味的にも「他動詞→自動詞」という派生の方向性が考えられることになる。 使役・起動交替をめぐっては,さまざまな語彙意味論的記述モデルが提案されているが,ここでは Levin & Rappaport Hovav(1995)のものと影山(1996)

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のものをとりあげて考察してみたい。いずれも他動詞的意味構造を基本とするということ,さらに他動詞用法の主語に相当する項,意味的にいえば「使役主」に相当する項を,自動詞用法の概念構造の記述においてどう扱うのかという点において,この 2 つが興味深い対照を示しているからである。2.2.Levin & Rappaport Hovav(1995)

 Levin & Rappaport Hovav(1995)は,英語の break のような使役・起動交替をおこす動詞にかんして,これらは他動詞的な概念を基本とすると考える。次の(11),(12)は break の他動詞用法,自動詞用法それぞれについて,Levin & Rappaport Hovav が示した LSR(lexical semantic representation)から項構造へのリンキングである。

(11) Transitive break   LSR [[x DO-SOMETHING] CAUSE [y BECOME BROKEN]]   Linking rules   Argument structure

(12) Intransitive break   LSR [[x DO-SOMETHING] CAUSE [y BECOME BROKEN]]

   Lexical binding   Linking rules   Argument structure    (以上,Levin & Rappaport Hovav 1995 : 108)これによると,break は語彙意味レベルにおいては他動詞用法,自動詞用法ともに,共通の使役的構造をもつ。他動詞用法の break の場合,出来事を引き起こす起因者である x,状態変化を被る対象である y のいずれもが項構造(argument structure)においてリンクされ,両者とも統語的に実現されることになる。これに対して自動詞用法の break においては,語彙的束縛規則(lexical binding)が適用されて,変項 x は存在量化により充足される。この結果,項構造にリンクされて統語的に実現されるのは y 項のみとなる。 Levin & Rappaport Hovav(1995)の上記のような分析は,彼女らがこれらの動詞が表す事象を外的原因によって引き起こされるものと見なしていることを反映するということができる。The glass broke. というような自動詞によって

↓x

↓<y>

↓φ

↓<y>

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表される事象においても,それを引き起こす外的な原因が存在する,と Levin & Rappaport Hovav は考えるのである。自然力(natural force)のような無生の原因が想定される場合もあるし,(13)にみられるように人間の動作主(agent)の場合もあり得る。

(13) I threw the plate against the wall, and it broke.    (Levin & Rappaport Hovav 1995 : 107)2.3.影山(1996)

 影山(1996)も(英語の)break のような動詞にかんして,自動詞・他動詞ともに基盤の意味構造としては,使役的な構造をもつと考える 5)。ただ,自動詞化の過程が Levin & Rappaport Hovav(1995)のそれとは大きく異なっている。影山はこれらの動詞の自動詞用法は,対象物と使役主が同定されるという,

「再帰的」な意味構造をもつものであると考える。基盤の構造から自動詞的な語彙概念構造を導き出す過程は,(14)のような「反使役化 anti-causativization」として定式化される。

(14) [x CONTROL [y BECOME [y BE AT-z]]]   → [x = y CONTROL [y BECOME [y BE AT-z]]]      (影山 1996:145)影山の「反使役化」においては,使役主が変化対象と同定され,意味的に束縛される。たとえば The door opened. という場合,「ドア」は変化対象であると同時に使役主でもある,と影山は考える。(14)の x = y という表記は,使役主が変化対象である y と同一物であることを示している。主語名詞の自発性,自力性を重視し,「他力によるのではなく,自力で~した」と見なされる場合に自動詞文が得られる,と影山は言う(影山 2001:29)。ただ(14)で表される事象は,自動ドアのように自らの力で開くような場合だけを指すのではない。人間が開けたり,風が吹いて開いたりする場合も含まれている。影山のいう「使役主と対象の同定」とは,主語(ここでは「ドア」)が「その本来的な性質のために,状態変化に〈責任〉をもっている」(影山 1996:144)ということを示すのである 6)。

3 .フランス語の中立的代名動詞の語彙概念構造

 以上,使役・起動交替にあずかる動詞の概念構造の記述にかんして,Levin &

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Rappaport Hovav(1995)と影山(1996)の分析を見てきた。この 2 つの記述モデルは,他動詞的な概念構造をより基本的なものととらえる点においては共通しているが,自動詞の概念構造を派生させる過程において「使役主」と「対象」の関係をどうとらえるか,という点において大きく異なる。 Levin & Rappaport Hovav(1995)は,自動詞的概念を表す場合においても,使役主 x と対象 y は別の存在(entity)であるととらえている。自動詞的概念を表す場合には,x が存在量化によって充足されることにより統語的には実現されない。つまり外的な使役主もしくは原因の存在は意識されているのではあるが,それが何であるかは不問に付すということになる。一方,影山(1996)は,これとは異なり,「使役主と対象の同定」という,意味的に「再帰」に近い考え方をとる。 本節においてはこれらを基に,フランス語の再帰的自動詞の概念構造がいかなるものであるのか考察していく。3.1.外的原因性

 フランス語の se briser, se noircir 等の再帰形自動詞は,本稿 1 節において見てきたように,外的原因によって引き起こされる事象と意識されていることが,非再帰形自動詞形態との対立のもとに明らかになっている。このことを考慮すると,「使役主もしくは事態を引き起こす原因と,対象とは異なる存在(entity)である」という点を,概念構造の記述においても明示的(explicit)に示すべきであろう。この観点からいえば,se briser のようなフランス語の再帰形自動詞には,Levin & Rappaport Hovav(1995)にみられるような,使役主と対象を別の存在(x≠y)と見なす表記の方がふさわしいのではないかと考えられる。3.2.非具体的事象を表す再帰形自動詞

 ただフランス語の場合,すべての再帰形自動詞にかんしてこれが成り立つわけではない。se briser や se noircir のような具体的,物理的状態変化を表す動詞の中立的代名動詞の場合は,たしかに Rothemberg(1974)が指摘するように外的原因性が明瞭に感じられるが,非具体的事象を表す動詞の場合には必ずしもそうではないように思われる。se développer, se réaliser 等がそれに当たる。se développer にかんして具体例を見てみよう。

(15) L’affaire s’est rapidement développée grâce à une augmentation de capital.

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    (『小学館ロベール仏和大辞典』)(16) C’est ce dernier point de vue qui a été adopté ici : les langues de l’Eu-

rope y sont présentées en relation à la fois avec les populations qui les parlent ou les ont parlées, et avec les lieux où elles se sont développées au cours des siècles.

    (Walter, H., L’aventure des langues en occident, p. 13)(17) L’enjeu décisif de la négociation de Copenhague est d’aider financière-

ment les pays les plus pauvres à se développer tout en limitant leur con- sommation d’énergie.

    (Le Monde. fr, 2009. 9. 24)(15)においては grâce à une augmentation de capital という句が付加されており,外的な原因が感じられる。だが,他の例,特に(16)などにおいてはむしろ「発展」の内発性がより強く感じられるのである。 事業や国などが発展するという場合,事態の成立のために人間の営み,あるいは経済状況など諸々の外的要因がかかわってくることはたしかである。ただそのかかわり方は,具体的,物理的な変化を表す La porte s’est ouverte.(ドアが開いた)のような文において,不問には付されているがその存在が推定される動作主の場合のような,直接的なかかわり方ではない。事象を成立させるための原因となっているさまざまな要素のひとつを構成しているにすぎない。 se développer や se réaliser のような抽象的概念を表す代名動詞は,そもそも「中立的用法」といえるのか,それとも伝統文法でいう「再帰的用法」として分類すべきものなのか。主語が無生[– animé]という点においては「中立的用法」に近い。この点においては,少なくとも se lever のような「身体動作の中相 body action middle」や s’étonner のような「心理動詞の中相」とは異なる。だが,主語が無生の状態変化動詞ということだけで,中立的代名動詞とひと括りにするのも望ましいこととは思われない。 se développer の場合,以下のような主語が有生[+ animé]の用例も認められる。

(18) a.L’enfant se développe rapidement.   b.Cette plante se développe bien en serre.   c.Cellules qui se développent de façon anarchique.

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     (以上,『小学館ロベール仏和大辞典』)これらは生物の自然な成長を記述するものであり,まさに内発的事象を表すものである。(18 a)などは, 1 節においてみた「非能格」に近い性質をもつ grandir のような非再帰形自動詞に,意味的には近い。 se développer は再帰的用法と中立的用法の中間的性格をもつものと考えられないか。中相範疇の機能拡張の過程において,再帰から自発への拡張は,一種メタフォリックなプロセスを含むものであると考えられるが,(18 a-c)のような再帰に近い用法を基とし,それに擬した形で(15)–(17)のような主語が無生の用法がでてきたのではないか。そしてこのような性格を考えたとき,se développer の概念構造は,むしろ影山(1996)が提案する「反使役化」──すなわち使役主と対象の同定(x = y)というプロセス──によって導き出される構造により近いものであると思われるのである。3.3.「受動」により近い再帰形自動詞

 一方,se développer のような例とは逆に,フランス語には se briser 等よりもさらに外的原因性が強く感じられ,その意味において「受動」により近づいていると感じられる例もある。(19)のような文にみられる s’éclairer のような場合である。

(19) a.La scène s’éclaira tout à coup.     舞台が急に明るくなった。   b.Le paysage s’est éclairé au lever du soleil.     日の出とともにあたりが白んできた。      (以上,『小学館ロベール仏和大辞典』)これらを(20)の s’oxyder の例と比較すると,同じ「外的原因によって引き起こされた事象」といっても,かなり性質が異なることが認められる。

(20) Ma bague en argent s’est oxydée.「銀の指輪が錆びた」などという場合,たしかに湿気など外的原因が必要なのであるが,銀という素材のもつ性質,いいかえれば主語名詞句の内在的属性もまた,出来事の成立に大きく関与している。湿気等はこの状態変化をひきおこすための「きっかけ trigger」にすぎない。この「きっかけ」がいったん与えられるや,主語に内在する属性によって事象が進行していくという点において,これらは Talmy(1985)のいう「オンセット使役」であると考えることができる。

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 これに対して (19) の場合,原因の外在性は明らかである。(19 a) においてはおそらく人為的な照明によって,(19 b) においては « au lever du soleil » が示すように太陽によって外部から光をあてられ,その結果,主語の指示対象が明るい状態になっているのである。この点において,同じ s’éclairer の用例であっても,La lampe s’éclaire.(電灯がつく)というような,主語名詞句そのものが光源となっている例とは異なる。さらに(19 a-b)の「明るい状態」を継続させるためには,外部から光をあて続けることが必要である。照明が切られたり,太陽が雲に隠れたりするとたちまち暗くなってしまうのである。(19 a-b)の s’éclairer の概念構造の記述にかんしては,Levin & Rappaport Hovav(1995)の (12) の方がふさわしいといえるだろう。

4 .再帰・自発・受動

 ここまでフランス語の中立的代名動詞の概念構造にかんして考察してきた。本節では「中相範疇の機能拡張」という観点から,この問題を考えてみたい。 「再帰的」な性格をもつ影山(1996)の「反使役化」は,se lever, se coucher, s’habiller のような「身体動作の中相 body action middle」,および s’étonner, s’inquiéter のような「心理動詞の中相」と,中立的代名動詞(「自発的中相spontaneous middle」)との連続性をとらえることができるという利点がある。3.2.節でみた非具体的事象を表す se développer のようなタイプは,この記述モデルが非常にしっくりと当てはまる例であるといえる。 他方,1 節においてみたように se briser, se noircir 等の典型的な中立的代名動詞は,事象を引き起こす原因の外在性において,非再帰形自動詞(ex. fondre, noircir, grandir 等)とはっきりとした対照を示している。この点を考えると,少なくとも se briser のような具体的もしくは物理的事象における状態変化を表す中立的代名動詞にかんしては,Levin & Rappaport Hovav(1995)の「反他動化」のような,使役主と対象が別の存在であることを明示する記述モデルが妥当であるように思われる。そしてこのような概念構造をもっているからこそ,(19 a-b)の s’éclairer のような事例を経て,「受動的中相 passive middle」へと連続していくのではないだろうか。 中相範疇のさまざまな機能が織り成すネットワークは,Kemmer(1993, 1994),柴谷(1997),Haspelmath(2003),中村(2004)等によって記述されて

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きた。このうち Kemmer(1994)は,「参与者の識別可能性 relative distiguisha-bility of participants」という概念を導入する。これによるとフランス語の代名動詞やドイツ語の再帰動詞等の諸機能は,「二参与者による事象 two-participant event」から「一参与者による事象 one-participant event」にむかってしだいに減少していく「参与者の識別可能性」のスケールの上に位置するものということになる。そして se regarder のような純然たる「再帰」は「二参与者による事象」に比較的近いスケール上の高い位置に,se lever のような「身体動作の中相 body action middle」は「一参与者による事象」に近い,スケール上の低いところに位置するものとされる。 Kemmer(1994)のこの考え方は,「再帰」から「自発」にいたる機能拡張の過程を説明する上で有効といえる。この拡張過程は,一項述語にむかって事態の参与者の識別可能性が減少していく過程であるということができるのである。 本稿で考察したフランス語の中立的代名動詞の概念構造は,さらにその先の

「受動的中相」にむかう過程について示唆を与えるものであると考えられる。「再帰」から「自発」へという拡張過程において,一貫して二項述語から一項述語にむかっての収斂が行われてきた。だが se briser, s’allumer といったプロトタイプ的な「自発」にいたって,それ以前の段階の中相構文とは異なり,対象との同一指示物ではなく,「外的」な存在(entity)が使役主(原因)として導入されることになる。これにより,これまでとは逆の方向の二項述語へと広がっていく可能性が生まれた。すなわち「受動」にむかって広がる可能性である。

(19 a-b)の s’éclairer のような外的原因の存在をより強く感じさせる事例を経て,受動的中相にいたるものと考えられる。「自発」と「受動」の境界を,我々は「(状態)変化」に焦点を当てた事態の捉え方から,行為そのものに焦点を当てた捉え方への切り替えにあると考える。いずれにしても,使役主として概念構造に外的存在を導入することなくしては,「受動」への拡張はありえない。

5 . 結 語

 以上,フランス語の中立的代名動詞にかんして,意味的側面に特に注目しながら考察をおこなった。対応する他動詞との間に使役・起動交替の関係をもち,無生(inanimé)の名詞句を主語とするフランス語の再帰形自動詞は,se briser, s’allumer のようなプロトタイプ的な中立的代名動詞をはじめ,その多くが(変

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化)対象とは異なる使役主(すなわち外的原因)を想定する概念構造をもつ。だがその一方で,特に非具体的な概念を表す再帰形自動詞には,se développer のように再帰的な概念構造をもつと考えられるものも存在する。この後者は,中相範疇の機能拡張という観点からいえば,身体動作の中相や心理動詞の中相との連続性において捉えることができる。 他方,se briser 等は,外的存在としての使役主を含む概念構造をもつものであるがゆえに,受動的中相へと拡張していく可能性をはらんでいるといえるのである。

1 ) Immediate Cause Linking Rule の原文は以下のとおり── « The argument of a verb that denotes the immediate cause of the eventuality described by that verb is its external argument. »(Levin & Rappaport Hovav 1995 : 135).

2 ) Directed Change Linking Rule の原文は以下のとおり── « The argument of a verb that corresponds to the entity undergoing the directed change described by that verb is its direct internal argument. » (Levin & Rappaport Hovav 1995 : 146).

3 ) Levin & Rappaport Hovav(1995)の「方向付けられた変化」は,厳密に言えば「完了性」と完全に重なるものではない。「方向付けられた変化」を表しながらアスペクト的に atelic な用法をもつ動詞が,少数ではあるが存在するからである。英語の descend 等がこれに当たる。(ex. « The plane descended for fifteen minutes. » Levin & Rappaport Hovav 1995 : 172-173).

4 ) ただ,非具体的事象を表す再帰形自動詞にかんしては,必ずしもこれが当てはまらない場合がある。これについては,本稿 3.2.節において詳述する。

5 ) 影山(1996)は英語の能格動詞(使役・起動交替として記述しうる意味構造をもつ,自他対応動詞)の原型となる概念構造が使役の構造様式であることにかんして,英語がいわゆる「スル型」を土台として成り立っている言語であることを反映するもの,としている(p. 275)。

6 ) 影山(1996)が(14)において,意味述語として CAUSE ではなく CONTROL を用いていることも,これを反映するものである。

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