実施報告書 d16-r-0238 · 2020. 5. 12. · d16-r-0238 完了報告書. 1 . 実施報告書...

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D16-R-0238 完了報告書 1 実施報告書 D16-R-0238 企画題目:モンゴルのウラン鉱床近郊の村民の健康と被ばく対策の地域住民活動の推進に 有効な手法や強化要因の検証 研究代表者:公立大学法人 福島県立医科大学大学院医学研究科 山田 智惠里 研究期間:2017 5 1 日~2019 4 30 日(2 年間) 2019 6 10 日提出

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    実施報告書 D16-R-0238

    企画題目:モンゴルのウラン鉱床近郊の村民の健康と被ばく対策の地域住民活動の推進に

    有効な手法や強化要因の検証

    研究代表者:公立大学法人 福島県立医科大学大学院医学研究科 山田 智惠里 研究期間:2017年 5月 1日~2019年 4月 30日(2年間)

    2019年 6月 10日提出

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    I. 背景

    2011年福島原子力発電所事故後の福島県内では被ばくへの健康不安が最も長く人々に影響を及ぼし

    ている.放射線と被ばくに関し知識を得て自分で日常生活上の事柄を判断できるという経験があれば

    福島県民もまた異なった心理状態となっていたかもしれない.世界のどこかで今後も原子力発電所の

    事故による地域放射能汚染は起こりうる.そのリスクがある地域では事故前から被ばくと健康を理解

    し予防できる体制を整える必要があると考える.

    モンゴルでは 2000年以降国内数か所のウラン鉱床の試験採掘調査を行い,質と埋蔵量の推定を行

    い,ウランの採掘,輸出と引き換えに原子力発電所建設支援を諸外国に要請してきた.この流れの中

    で 2013年ごろドルノゴビ県ウランバドラフ村の遊牧民一家が,村の北端にあるドゥラーンウール・ウ

    ラン鉱床の試験採掘後放置された残土から家畜が被ばくし異常死が突然多くみられたとの訴えを起こ

    した.これに対し国は各種専門家による調査を行い,家畜の死亡は被ばくによるものではないが,原

    因は不明であると公表した.この一家はそれを不服として現在も様々なアッピールを行っている.

    このことから鉱床近郊の人々は残土から放射能が出ている可能性も含め試験採掘に関し何も知らさ

    れていないと考えられた.近い将来身近にあるウラン鉱床からウランの採掘と搬出が行われるであろ

    うことはほぼ確実であり,さらなる将来国内で原子力発電所が稼働することも現実化するであろう.

    この状況のなか住民は正しい知識を得て放射能利用のリスクと安全を認識し,自分と家族の健康を守

    る行動ができることが望ましいと考える.さらに外部からの支援を主体とするのではなく,住民自ら

    が参加し決定してゆくことが被ばく予防と健康の保持増進の活動を持続させてゆく重要な要因になる

    と思われた.

    そこで,モンゴル国の共同研究者も確保し当研究プロジェクトを開始した.プロジェクトサイトは

    ドゥラーンウール鉱床の北約 45㎞にあるドルノゴビ県サインシャンド町ズーンバヤン地区とした.サ

    インシャンド町中心地は首都ウランバートルより南約 400㎞に位置する.

    図 1 モンゴル国ウランバートル市―ドルノゴビ県サインシャンド町と同町ズーンバヤン地区

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    II. 共同研究者および現地協力者

    共同研究者 Enkhtuya Palam, National Center of Public Health, Mongolia Nyamdavaa Enkhjaragal, Nuclear Energy Commission, Mongolia 末永カツ子 福島県立医科大学医学研究科

    反町 篤行 福島県立医科大学医学部

    堀内 輝子 福島県立医科大学看護学部

    大森 康孝 福島県立医科大学医学部

    現地活動協力者 Bolormaa Tzedendamba, Zuumbayan Hospital, Dornogobi, Mongolia Amarbileg Shajbalidir, Department of Monitoring of Meteorology, Hydrant and Environment, Dornogobi, Mongolia

    III. 活動内容

    活動目標1<実態を知る,「被ばくと健康」を住民に動機づける>

    1 研究活動受け入れ地区選定と受諾

    2017年 6月にモンゴル保健省モニタリング局局長から紹介を受けて,ドルノゴビ県知事,県保健局

    局長,県環境モニタリング局局長,サインシャンド村副村長,ズーンバヤン地区長と面会し,研究目

    的説明し対象地とする承諾を全員から得た.同地区人口は 1,950名前後である.95%は地区中心地に居

    住し,5%が地区中心とドゥラーンウール鉱床との間で遊牧をしている.

    2 住民健康診断調査と空間放射線線量測定調査

    同年 7月にドラーンウールウラン鉱床を含むズーンバヤン地区内の空間放射線線量測定調査と住民

    成人(女性 190名,男性 110名)と小児(女児 127名,男児 145名)計 572名を対象とした健康診断調査

    をズーンバヤン地区病院にて実施した.

    写真 1 ドルノゴビ県サインシャンド村ズーンバ

    ヤン地区長,職員らへ研究内容について説明

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    写真 2 採血中(成人のみ) 写真 3 尿検査中

    3 調査結果の報告と説明会

    同年 9月にその結果を報告する集会を開催した.個人の健康診断結果は親展にて手渡し,参加者全体

    の健康状態(詳細な結果は別添 1)と地区内の放射線線量(別添 2)を報告した.

    3-1) 健康診断結果

    健康診断結果において,ウイルス性肝炎が蔓延している可能性が指摘された.小児の約 45%,成人の約 60%の尿中ビリルビン(+)であった.成人の血中 GPT, GOT 値が正常範囲を超えている者の割合は 19~28%であった.

    成人の女性では貧血が半数以上に見られ,肝炎感染を裏付け,かつ生活習慣病が健康課題であると判断された,女性では血糖値の正常値範囲を超える者は 40%,コレステロール値が高い人も 66%

    あった.男性では GPT, GOT 値が正常値範囲を超える者は 12~26%,血糖値が高い者は 28%,コレステロール値が高い者は 43%であった.血圧の高い者(140/90以上)は 9~5%であった.

    女児の 27%は身体の低成長=低栄養状態にあり,一方過体重も 30%に見られた.男児では低成長が19%,過体重は 31%であった.低栄養の女児の割合は男児より有意に高かった(χ2検定,

    p

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    (0.091∼0.416)マイクロシーベルト・時)が,人,家畜とも近づかない場所であることを考慮すれば

    最大値でも健康被害を生じる値ではないと判断した.(別添 2)

    図 2 空間放射線線量測定結果 赤〇内は地区センター,黄色〇内はウラン鉱床及び周辺

    報告会ではこれら結果の意味も説明し,これを住民主体被ばく・健康活動の導入とした.

    この時,地区内 3家族を選定し個人放射線線量測定器(写真 3)を供与し以後定期的に測定することと

    した.

    写真 4 2017年 9月健康診断参加者へ個人 写真 5 3家族へ各 1台配布した個人放射線線量測定器

    結果配布および住民への健康と被ばくに

    関する説明会を開催

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    2017年 6月時点の方針:

    住民に放射線,被ばくと健康について学んでもらい,自らそれに対応できる体制を構築できる能力を持てるよう介入する.

    当地区の被ばく量は安全値内であると予測している.

    一般的健康診断は「(あったとしても)被ばく」による健康問題を把握できるものではないので,健康状態の実態把握と住民への動機づけとして導入する.

    災害への備えと対応には行政との連携が不可欠であるので,常に行政関係者を活動に参加してもらう.

    現地の状況の即した活動を行うため,国立公衆衛生センターと原子力委員会との意見交換を通して連携を保つ.

    活動目標2<地元の人材を育成する>

    1 本邦研修

    2017年 11月にモンゴルから 3名(国立公衆衛生センターの Dr. Enkhtuya,ズーンバヤン病院長 Dr. Bolormaa,県環境モニタリング局職員の Mr. Amarbileg)を 10日間福島県立医科大学に招へいし研修を行った.東日本大震災,原子力事故,住民避難,県民健康調査結果,リスクコミュニケーション,復

    興の歩み,放射線測定方法等研修が行われ,研修員は沿岸部の避難解除地区帰還住民との話し合いに

    も参加,当該研究の目的を良く理解した.配布用教材 3種を作成した.3名と協議し,住民への健

    康,被ばく啓蒙活動はワーキンググループを形成し,彼らがファシリテーターとしてこのグループ会

    合を通じて全戸へ情報伝達することとした.

    追加方針:

    被ばくの可能性は現在のところないことから,防災・緊急時の対応と健康保持増進運動を進めることとする.

    持続性のある活動の基盤として地元の人材を育成する.

    活動目標3<現地のリソースを活用し地域活動を開始する>

    1 ワーキンググループ活動

    ヘルスボランティア,地区役場職員,中学校教員,病院職員からなる約 25名のワーキンググループ

    を形成した.ヘルスボランティアと病院職員は以前より四半期ごとに家庭訪問する活動を行ってい

    た.よって 2017年 12月より約 3カ月ごとにワーキンググループ対象に知識の伝達,演習,グループ

    協議,印刷物等を用いた会合を開催し,その後メンバーが受け持ちの家族を訪問した際に印刷物を配

    布し,会合で得た知識やスキルを各戸に伝達する活動を開始した.

    追加方針:

    地元のリソース(人,システム)を活用し,住民活動を普及させてゆく.

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    当研究責任者からファシリテーターへ,ファシリテータ―からワーキンググループメンバーへ,グループメンバーから各戸へカスケード方式にて全住民へ情報伝達し,住民全体の防災・緊急時

    対策の住民活動を促進する.

    ワーキンググループで導入したことや協議した内容は役場職員を通じて地区長はじめ役場内で共有してもらうことを確実にする.

    活動目標4<地域活動を継続して展開,強化する>

    1 ワーキンググループ活動の充実と住民への伝達

    ワーキンググループ会合で実施した項目は以下のとおりである.健康教育,住民参加型活動,地区

    のリスク事項の洗い出しと協議,リスクコミュニケーションとリスク管理,レジリエンス,緊急時に

    支援を必要とする住民のリスト作成と支援者確保,地区の過去の自然災害等の振り返りと発生可能性

    のある災害・危機の評価協議,地区の災害への脆弱性と対応能力評価,空間放射線線量測定値レビュ

    ーと放射線知識の修得,健康フェアと防災冊子の検討他.ファシリテーターによる指導のほか,グル

    ープメンバー自身が情報を集めて発表し全体で協議するなど能動的な参加を推進した.また空間放射

    線線量に加えて室内ラドン値を約 30か所にて継続的に測定した.3種類の配布物は 1枚のポスターに

    再構成し(図 3),県保健局,ズーンバヤン地区役場及び病院の入り口に常時展示し,だれでも読むこ

    とができるようにした.

    地区役場職員から地区内の避難含む防災計画について情報収集した.

    図 3 3配布物をポスターにしたもの(上から「健康診断結果の読み方と健康のために」,「放射線や被ばくの

    話」,「リスクコミュニケーションと協働」)

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    修正,追加方針:

    自然災害のほとんどない地区であるので,緊急時の備えと対応に焦点を当てる.

    防災,緊急時対応にしても個人と地域のレジリエンスを高めることを目指す.まずは地域の防災の実態とレジリエンス強化を目指し,その後個人のレジリエンス強化へ介入する.

    収集された情報要点/判明した事柄

    ファシリーテーター,ワーキンググループメンバーと地区災害脆弱性アセスメントを行った結果,当地区は自然災害(砂嵐,日照り)の被害が軽微で人口災害(大火災,油田事故等)は過去例

    がないことが明らかになった.一方家畜の感染症(人畜共通感染症)が毎年発生し,経済への

    影響が最も大きく今後も発生する可能性が高いと評価された.

    2017年以前は県都のみ防災訓練を実施していた.2018年県の指導に全域に導入された.ズーンバヤンでは避難訓練実施と緊急連絡網作成(以上役場,学校,幼稚園,病院等公的機関の

    み),地区内避難所の設定と告知(小中学校と地区スポーツセンター),地区外の避難先の告

    知(県で決定された県内の約 200キロ北にあるウヤンガ地区),幼少児や高齢者等の避難介助は

    10世帯ごとに任命されている担当者が担うという内容が策定された.

    活動目標5<住民主体へシフトする>

    1 活動主体を住民に

    2018年 3月からワーキンググループ会合はファシリテーター主体で計画してもらい,同年 6月から

    は彼らが自主的活動を拡大した.8月前後に健康フェアを開催,12月までに防災冊子を作成すること

    が計画された.防災冊子は 2018年福島県の「そなえるふくしまノート」(町内会を通して県内全戸へ

    配布)を参考とした.

    2 健康と防災フェア

    健康・防災フェアは 9月に地区スポーツセンターにて当該プロジェクトと地区役場後援で開催され

    た.ブースには,身長体重測定と BMI計算と健康指導,血圧測定と健康指導,ファーストエイド方法

    演習,非常持ち出し袋の展示と内容物説明,2017年 10月からの空間放射線線量測定値の表示と放射

    線,線量についての説明であった.参加者は約 300名であった.

    3 防災冊子配布

    防災冊子(写真 6)は 2019年 1月に 700部印刷納品され,ワーキンググループメンバーによる配布と

    啓蒙活動を開始した.

    追加方針:

    病院とボランティア,地区役場,中学校が協働して主体的に健康フェアを開催し,研究者は一部支援のみ行う.

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    識字率の高いモンゴルであるが,イラスト主体でわかり易く,親しみやすい防災冊子とする.通常の印刷物より情報量も多いので全戸で保管し備えと発災時に活用されることを目指す.

    地域の災害への脆弱性と対応能力を外部者,国,県ではなく,住民が協議してアセスメントできるシートを用いて住民の実情とレジリエンスへの認識を高める.

    収集した情報要点/判明した事柄:

    健康フェアに参加した住民のうち身体測定に参加したのは女性 96名,男性 61名であった.BMI 18.0未満の者はなく,過体重(BMI 25-29.9)と肥満(BMI 30以上)は女性でそれぞれ 14.6%,23.0%,男性でそれぞれ 8.2%,18.0%であった.男女とも年齢が上がるとともに BMI値も上がる傾

    向が見られた.過体重率,肥満率に関し男女間の有意差はなかった.CIA1によると 2016年モンゴルの肥満率は 192か国中 96位の 20.6%であった.WHO2によればモンゴルは過体重率 40.0-59.9%で肥満率 20.0-29.0%の範囲にある国と評価されている.

    ワーキンググループ会合において,ある小地区には 5歳未満児は 26名,心身障害者が 5名,高齢者が 12人おり,各人どこに居住しているかが地図上で表されていた.さらにこの小地区には失業

    者が 10名いること,家庭内に介護の必要な人があれば家族から 1名介護者が公的に任命され月に

    78,000 Tugricks(当時の換算率で 3,433円)が介護手当として支給されている.

    写真 6 ズーンバヤン防災冊子「あなたの助けに」

    1 CIA. The World Factbook, Obesity-adult prevalence rate. https://www.cia.gov/LIBRARY/publications/the-world-factbook/fields/367.html 2 WHO.Global health Observatory data. Overweight and obesity. https://www.who.int/gho/ncd/risk_factors/overweight/en/

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    活動目標6<活動を評価する>

    1 関係各所へ最終報告,意見交換

    2019年 3月に関係各所にて最終報告と意見交換を行った.

    県保健局局長から研究活動に対し高い評価を受けた.局長は,防災への意識と体制整備が進んでき

    たズーンバヤン地区を県として今後も支援すること,今年度予定されている外国からの招待者も含ま

    れるモンゴル災害対策プログラムがドルノゴビ県で開催されるので,その際ズーンバヤン地区は防災

    活動が進んでいる例として紹介される予定であるとのことであった.防災冊子は大変貴重で重要な成

    果品であり,できれば県内,国内へ拡大してゆきたい.昨年より導入されているウイルス性肝炎の診

    断と治療プログラムは今年度も拡大継続される.国の非感染性疾患(肥満等)対策も開始される予定で

    ある,と話された.

    県環境局の新局長 Dr. Banzragch Khand に面会し,これまでの経緯を説明し,局がこれまで職員を当研究に参加させた協力に感謝した.新局長は当研究に関心を持ち今後も職員を活動に参加させること

    に同意した.

    ズーンバヤン地区長から研究活動に対し謝意を受けた.また地区内の避難含む防災計画について最

    新情報を収集した.地区長は,同月に地区内の避難訓練を実施したが,今回初めて学校等の公的機関

    職員以外の住民が 20名ほど避難訓練に参加した.近くの陸軍基地から手動のサイレンを借用して使用

    したが聞こえる範囲は限局的であった,と話された.

    国立公衆衛生センター副所長 Mr. Tsagaankhuu と面談し,研究に関し説明を行った.開始当時とは所長および副所長が異なっている状況であったので,目的から最終活動までを説明し,以後もセンター

    として協力を継続してもらえることになった.

    原子力委員会の安全・保全部部長で共同研究者である Mr. Naymdavaa と面会し,2年間の協力に感謝した.当プロジェクトへ放射線教育に関する資料を提供し,配布物,スライドの原稿確認を毎回実施

    し,空間放射線線量調査,ラドン測定調査,土壌放射線核種調査に協力したことを感謝し,住民参加

    型活動が健康と被ばく・緊急事態に関する理解に効果が出ていることを話し合った.また当初原子力

    委員会は「住民に放射線や被ばくのことを教えることが原子力による社会の開発への反感をもたらす

    のではないか」と懸念していたが,継続して基本的知識を伝達し,自分たちで放射線線量を測定し安

    心を確認することなどで理解が進み,肯定的な態度に変わってきたことを報告した.これに対し部長

    は良い活動だったと評価した.

    2 終了時評価調査

    住民対象の活動終了時評価調査を実施した.1戸 1名の成人計 249名(650戸の約 3分の 1)が参加し

    た.調査目的,個人情報の保護等について説明したインフォームド・コンセントを配布し,参加承諾

    した人に質問票を渡し,無記名で回答していただいた.調査内容は1)個人基礎情報,2)地域レジ

    リエンス尺度調査,3)当プロジェクトの活動に関する調査,4)Connor-Davidson 個人レジリエンス尺度調査であった.明らかにする項目は,これまで実施した介入活動の普及度と人々の意識や行動,

    地域レジリエンス力の評価(現在判断できる範囲での評価と今後も継続する介入成果を把握するため

    の基礎データ),個人レジリエンスの評価(今後開始する介入の成果を評価する基礎データ)である.

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    IV. 終了時評価調査結果

    質問紙調査に回答したのは女性 150名,男性 99名,計 249名であった.

    1 回答者の基本的情報

    年齢:女性平均 38.6歳(範囲 18歳-84歳),男性平均 36.4歳(範囲 18歳―61歳) ズーンバヤン居住期間:女性平均 25.7年(範囲 1-66年),男性平均 18.6年(1-57年) 公的機関職員:63名(25.3%),軍隊勤務:94名(37.8%) 15歳未満の子供がいる:161家族(64.7%) 高齢者(60歳以上)がいる:41家族(16.5%) 障害者(児)がいる:29家族(11.6%) 学歴:

    なし 小学校

    (5年)

    高校中退

    (10年)

    高校(12

    年)

    職業学校 大学 大学院

    女性 2 (1.3%) 14 (5.6%) 50

    (20.1%)

    63

    (25.3%)

    30

    (12.0%)

    88

    (35.3%)

    2 (1.3%)

    男性 0 3 (3.0%) 19

    (19.2%)

    30

    (30.3%)

    13

    (13.1%)

    33

    (33.3%)

    1 (1.0%)

    * 男女で学歴分類の分布に有意差なし

    2 防災の備え

    家庭での防災準備 有 プロジェクト前 2019年 3月

    食料,水の備蓄 134 (54.0%) 160 (64.3%)

    ファーストエイド用品の備え 54 (21.7%) 87 (35.0%)

    非常持ち出し袋 36 (14.5%) 102 (41.0%)

    *プロジェクト前後において 3項目すべてで 2019年 3月の割合がプロジェクト前より有意に

    高い(p

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    4 各種活動への関心と意識

    居住期間が 15カ月未満の人を除いて,227名が回答した.

    2017年 6月の健康診断に参加した回答者は 159名(70.0%)で,その 97.2%が健康診断を受けたことが家族の健康を考える機会になったと回答した.健康診断結果を受け取り全体の結果報告会に

    参加したのは 157名(69.2%)で,このうち 98.1%が結果の説明を聞いたことが健康を理解する

    のに役立ったと回答した.また 157名中 96.2%が同時に説明を受けた放射線の解説が放射線理解

    に役立ったと回答した.

    「健診結果の解説と健康について」の配布物を 168名(74.0%)が受け取っており,全ての人がこの配布物によって家族の健康の重要さを認識していた.

    「放射線について」の配布物を 167名(73.4%)が受け取っており,このうち 94.3%が放射線理解に役立ったと回答した.

    「リスクコミュニケーションと協働」の配布物を 162名(71.4%)が受け取っており,このうち96.8%がコミュニケーションの重要性を理解したと回答した.

    「あなたの助けに」防災ハンドブックを 169名(74.4%)が受け取っており,このうち 96.8%が災害と緊急にどう備えるか分かったと回答した.

    5 個人のレジリエンス得点

    Connor & Davidson レジリエンス尺度(0-100点)の得点分布(2017年 9月,2019年 3月)は以下の通りであ

    った.両年とも男女の分布に差がないことから統合してまとめた.

    総 数 平 均 標準偏差 中央値 範 囲

    2017 男女 139 67.1 14.1 67.0 31-97

    2019 男女 245 67.4 14.3 68.0 13-100

    2017年と 2019年の得点分布に有意差はなかった.これら 2回の平均値は,日本国内や中国での調査の平均

    と近い値である一方,米国やポルトガルの結果より 10点ほど低いのが特徴である.同一人物で継続して継

    続したのではないが同地区住民を 2度測定し,結果が同じであるので,現在のズーンバヤン地区住民の代表

    的レジリエンス力と判断できよう.

    V. 放射線と被ばく

    2017年 6-7月の空間放射線線量測定,2017年 9月-2019年 3月のラドン測定,2018年 9月のウラン

    鉱床試験採掘残土置き場周辺の土壌放射線核種検査により,幾つかの結論を得た.

    図 4の左図は 2017年 9月時の残土置き場フェンス周辺の放射線量を示し,フェンスを北東から南西へ斜めに横切って線量が高い.右図は土壌検査で同様の結果であったが特に高値は残土からの

    距離に依存せず,高値はおそらく残土ではなくウラン鉱床の一部がもとより自然に地表に露出し

    ているものと考えられた(図 4).

    ラドンの値から内部被ばく量を,空間線量から外部被ばく量を推定し,健康影響は予想されないと判断した.

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    図 4 試験採掘残土置き場周囲の空間放射線量(左)と土壌放射線量

    VI. 考察

    1 「健康と被ばく対策の地域住民活動」はアクション・リサーチ 3として目的を達成したか

    被ばくと健康を切り口として地域住民が知識を得て他の住民と協同,共同してゆく力をつけてゆく

    ことがこのアクション・リサーチの目的であった.人々の知識と対応力,健康の保持増進,住民主体

    をキーワードとしてズーンバヤン地区で人々と研究者らは,現状や事実を把握しつつ協議し活動の焦

    点や具体的方策を修正しながら活動を展開できたことはアクション・リサーチとして妥当であったと

    考える.2年間で諸活動も順調に進み目的達成に向かっていると判断するが,目的を達成するにはも

    う少し活動を継続し展開する必要があると考える.

    2 有効な手法はあったか

    アクション・リサーチではその過程でうまくいく活動は推進し,そうでないものは修正または変更

    しより良い活動を組み立てていく.

    2.1 地元の中心となる人材の育成

    活動遂行のみならず継続発展するためにも地元で中心となる人物を確保し,動機づけ,必要な知識

    と技術・スキルを修得してもらう機会をへて,彼らを地域活動のコアとする方策は有効であった.特

    に言語のみならず現地の人々との良い関係を構築している優秀な人材を確保できたことは通常の人材

    育成より効果的であった.

    2.2 少数のボランティアから全住民へ

    ズーンバヤン地区は人口約 2,000人と小さい集団ではあるが,広大な地に居住しているため物理的

    アウトリーチが難しい.地区全体が活動の対象であるが毎回全人口を対象にすることは現実的でない

    ので,ワーキンググループと共同し,彼らが全住民への伝達と啓蒙を定期的に行うこととした手法は

    有効であった.評価調査の結果よりどの印刷配布物も約 3分の 4の家庭へ届けられ認識されているこ

    とが確認できた.ワーキンググループメンバーの地道な活動がただし,当地区ではすでにヘルスボラ

    ンティア活動が定着していたことがこの手法を可能としたことは重要である.ヘルスボランティア活

    動がすでに忘れ去られている地区等では全住民への伝達により多くの労力と時間を必要とすると考え

    る.

    3 実践家と研究者が協力して、社会生活の改善の理論や方法を具体的に推し進めながら開発するやり方。人間関係の調節や改善、集団活動の効果、技術導入による有効性を対象とする。 小学館 精選版 日本国語大辞典より

    https://kotobank.jp/word/%E7%A0%94%E7%A9%B6-491636https://kotobank.jp/word/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%94%9F%E6%B4%BB-286524

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    2.3 地元の活動発達を見て主導を地元に渡す

    地元で徐々に住民参加のコンセプトが理解されてくるとともに,自主的活動を行うことを後押しし

    たことも研究者側で検討した手法であった.1つは 2018年の健康フェアであり,地区病院と地区役場

    が協賛し(当プロジェクトも含む),ワーキンググループメンバーが参加し健康に関することのみなら

    ず,防災の備えと対応,地区内の放射線線量の結果と質疑応答と当活動とリンクした内容であった.

    2019年には福島県の「そなふくノート」を手本に病院長をリーダーに数人のワーキンググループメン

    バーが地区独自の防災ハンドブックを作成,発行し全戸へ配布した.この冊子はトヨタ財団の助成金

    で印刷された.このような冊子はモンゴルでは初めてであり,国立公衆衛生センター次長,ドルノゴ

    ビ県保健局長は国と県へも拡大したいと話していた.

    2.4 実態に合わせて活動の焦点を変化させ,適応するスキルや情報を提供し協議を促進する

    当初被ばくと健康という切り口で活動を開始したが,被ばくの恐れはないこと,重大な自然災害は

    起こりにくい土地であること,大きな火事や爆発等もないこと,地区内に陸軍駐屯地があり軍人も住

    民の大きな割合を閉め,救急,消防,警察の業務も軍が担い迅速に対応できることなどから,緊急時

    等の備えと対応,回復に関係する人と地域の「レジリエンス」強化に焦点をシフトさせていった.個

    人への強化を働きかける前に地域のレジエリンスを把握,強化するアプローチをとった.つまり,地

    域の防災・緊急時の対応能力と脆弱性を既存のアセスメントシートを用いてワーキンググループで評

    価し認識したこと,地区内の発災時・緊急時の要援護者の位置情報マップ作成と援護者の確認まで進

    んでいる.

    2.5 自分たちが測定すること

    3家族が個人用放射線線量測定器(線量計)で継続して線量を測定し,四半期ごとに住民に報告して

    いることは住民にとって有効なことであった.放射線は感知できないがゆえに不要に恐れたり不安を

    募らせることはあるが,それを可視化した線量計が手元にあることは彼らにとって初めての経験であ

    った.2017年 9月に健康診断と放射線線量の調査結果を住民に報告した際に,個人線量計の説明に続

    き,その場で測定し線量値を出席者に見せた時全員が興味津々にのぞき込む反応が見られた.別の活

    動でワーキンググループメンバー以外の住民から「自分たちで線量を確認していることをとても誇り

    に思う」と話しかけられた.自分たちが測定していること,その値の意味を理解し安全値であること

    は住民に自信を持たせ,放射線の理解を推進したとファシリーテーターらと評価した.

    3 強化要因はあったか

    3.1 動機づけとリテラシー考慮

    活動が良好に推進されることを強化した要因は幾つかあり,それらは事前に推測していたものだけ

    でなく展開中に認識したものもあった.研究者側が意図して導入した要因は,「動機付け」である.

    自分で危険や課題を認識していない場合人はそれらに関心を持たない.日本で言う「寝た子を起こす

    な」的危惧もあったが,健康診断が最も人々の関心を呼んだと考える.3分の 4は初めて健康診断を

    受けたと回答している.この動機づけにより「正しい知識」を「人々の理解や関心に合わせて」「恐

    れさせたりせずに本当のことを」「わかり易く」説明から始めた活動が受け入れやすかったのではな

    いかと考える.

    3.2 専門機関との連携

    次に健康保健に関しては国立公衆衛生センターと県保健局,放射線と被ばくに関しては原子力委員

    会と県環境局が活動に参加してくれたことはこの活動を下支えしたことは明らかである.専門家が関

    与していることが住民の信頼感をもたらした.

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    3.3 防災活動は公的機関との連携が必須

    防災行動は公的な体制と密接に関係しているのでこれら公的機関と継続して協働することは必須と

    考えていたので,地区長及び地区役場との連携が達成できたことは重要な活動強化要因であった.さ

    らに県,町の長も当初より最後までこの活動を肯定的に捉えて支援を継続した事も強化要因であった

    と振り返る.

    3.4 理解する力

    最後にモンゴル人の識字率の高さは,教材などの配布物の有効性を高めたと考えるし,高等教育を

    受けた人が多く新しい事象(放射線量のことなど)を理解し判断する能力も高かったことは明らかで,

    これらもまた活動を強化したと考察する.

    4 「健康と被ばく対策の地域住民活動」は社会の新しい価値を創出したか

    当研究の介入によりモンゴルの一県の一地区で始めた活動は.人々の積極的な参加によって被ばく

    を含む防災と緊急時へのレジリエンスを高めエンパワーされつつある.これはモンゴルの歴史,経

    済,文化の中で新しいコンセプトであったが,人々に受け入れられていることから微小な価値ながら

    発現したと考える.住民参加の重要性は世界の地域保健領域で数十年前から推奨されているが,実際

    に実施し成果が見られた例の報告は少なく,この点でも当研究の成果は希少である.

    ズーンバヤン地区では住民が積極的に防災や緊急時の備えについて学び考え行動するシステムが作

    り出され始めている.2017年までドルノゴビ県の防災対策は県主導で防災訓練も県都のみであった

    が,2018年から各町村で訓練を行うようになった.ズーンバヤン地区でも 2018年公務員のみで訓練

    を実施したが,2019年には住民が希望して訓練に参加している.

    当活動が今後発展し,かつ他所へ拡大されることが予想される.県保健局では 2019年に同県で行わ

    れる全国防災会議でズーンバヤン地区の取り組みをショーケースとして紹介する予定である.またズ

    ーンバヤン地区長は当初より一貫して当該活動に理解を示し自ら活動に参加し職員も会合に派遣した

    が,具体的な住民の変化に驚きつつ活動の成果を目の当たりにしたと話した.

    5 将来計画

    今後も継続して活動を支援する計画である.地域のレジリエンス強化を進め,並行して個人へのレ

    ジリエンス強化アプローチを導入する.

    さいごに

    放射能汚染が広範囲に発生した場合,正確な情報が住民に周知され対応策が決定される社会的シス

    テムは重要である一方,住民と地域がそれらを考慮に入れながら自分たちで対応してゆく力を持つこ

    ともまた有益である.当研究は住民の立場から見てどう対応力をつけてゆくかを探索しつつ介入策を

    考案し,共同研究者,ファシリテーター,ワーキンググループメンバーと協議し進めてきた.モンゴ

    ルで関係した人すべてが積極的に関わったことで 2年の短い期間であったが「住民主体の活動」が定

    着してきていること,態度や行動に変化が出てきていることから,モンゴルの一地域で小さな風が吹

    いていることを実感している.

    謝辞

    このような密度の濃く打てば響く反応が見られた介入研究を支援して下さったトヨタ財団と関係者

    の皆様に心より感謝いたします.共同研究者で環境保健専門家である Dr. Enkhtuya に全ての活動の手

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    配,同行,通訳,翻訳,意見交換ほか最も貢献してくださったことを深謝します.日本側共同研究者

    は全員現地を訪れ,調査,発表等を行い,交流しつつ研究の各過程で大きな貢献をしてくださったこ

    とに感謝いたします.Dr. Bolormaa はじめズーンバヤン,サインシャンド,ドルノゴビ県の関係者,特にズーンバヤン地区の住民の方々に感謝いたします.

    以上

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    別添1

    2017年 6月 健康調査結果

    表 1.参加者年齢分布(単位:年)

    性別 参加数 平均 標準偏差 範囲女児 127 7.2 4.3 0.1-15.7男児 145 6.3 4.0 0.1-15.9女性 190 32.3 7.7 16-45男性 110 32.6 8.4 16-48総計 572

    小児

    成人

    表 2.5歳未満児過体重,低体重または低身長の割合

    女児(37名) 男児(52名)分類 数(%) 数(%)標準 16 (43.3) 26 (50.0)過体重(軽度) 11 (29.7) 12 (23.1)過体重(重度) 0 4 (7.7)低体重または低身長 10 (27.0)* 10 (19.2)* * 発生率の有意差あり(カイ自乗検定) P

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    別添 2

    2017年 6-7月 空間放射線線量調査結果

    Location

    A Zuunbayan 0.108 Apartment buildingsBr Zuunbayan 0.082 Brick houseY1 Zuunbayan 0.088 YurtY2 Zuunbayan 0.099 YurtH Zuunbayan 0.081 Hospital

    W2 Zuunbayan 0.069 WellW3 Zuunbayan 0.082 Well

    WP1 Zuunbayan 0.079 Water placeWP2 Zuunbayan 0.069 Water place

    C Myagmar 0.098 Mining companyP Myagmar 0.091 Pilot minng siteD Myagmar 0.100 Mining dumping siteD Myagmar 0.165 Mining dumping site; distance from fence: 0.6 mD Myagmar 0.416 Mining dumping site; distance from fence: 7 m; height: 1 mD Myagmar 0.165 Mining dumping site; distance from fence: 15 mBl Myagmar 0.134 Black shale

    RemarksCodeAmbient dose

    equivalent rate(μSv/h)

    注:Myagmar = Dulaan Uul (Urenium deposit)

    左上: 地区役場 右上:地区センターにあるアパートメント

    左下: 伝統的移動式家屋(ゲル)とソーラーシステム 右下:地区センターの一般的独立家屋