九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 第14...

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〒819-0395 福岡市西区元岡744番地 TEL:092-802-4402 FAX:092-802-4405 ホームページ http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/ 共同利用・共同研究拠点事務アドレス [email protected] 1 ピタゴラス な年に 平成も30年を数え、残すところ1年となりました。昭和から平成に変 わったころ、私は助手として大学教員の道を歩み始めたばかりでした が、大学はちょっとした拡張期にありました。第2次ベビーブームの波が 押し寄せ、どの大学も軒並み入学が難化し、国立大学は入学定員を増や す措置をとりました。日本は第2位の経済大国の地位をゆるぎないもの にし、メードインジャパンが世界を席巻していました。世の中はバブル景 気に踊り、株価が下がることは想像だにしませんでした。あれから30 年、予期された第3次ベビーブームは起こらず、逆に、超高齢化社会に 突入しています。景気が回復したと聞いてもピンときません。当時の高 揚感とは比べるべくもありません。国立大学の予算削減は延々と続い ています。インダストリ4.0の掛け声とともにビッグデータ、AIブームが 訪れていますが、ここでは、日本の発信力も色褪せているようです。 マス・フォア・インダストリ研究所(IMI)は、H29年度も、数学の産官 学連携を推進する活動を力強く展開しています。H22年度開始のス タディグループは8回を数え、企業から出題される問題も数学のチャレ ンジを要求する本格的なものになりました。芸術工学研究院ソーシャ ルアートラボからは音楽への反応の数理モデル化という難しいお題を 頂戴し、参加者を手こずらせました。アジア・太平洋産業数学コンソーシ アム参加国のもちまわり開催となったForum “Math-for Industry” (FMfI)は、Chyba教授の協力を得てハワイ大学で開催しました。クリー ンエネルギーをテーマに、北米・南米から関連分野の一流の研究者を招 き、学内からもI CNERや応用力学研究所からSofronis所長や大屋前 所長から直々にご講演いただきました。選抜された15名ほどの数理学 府学生も、ポスターセッションで大いに気を吐いてくれました。次回 FMfI2018は上海開催で、経済、ファイナンス、ビッグデータがテーマ です。La Trobe大学(メルボルン)とのTV会議システムによる合同セミ ナーは、H30年1月時点で31回を数えました。H29年4月着任の Gaina卓越研究員(=テニュアトラック助教)が、10月よりLa Trobe大 学に渡って、オーストラリア分室の活動を支えてくれています。H29年 度から、新たな取り組みもいくつか開始しました。文部科学省「数理・ データサイエンス教育強化拠点」(全国6大学)への九州大学の選定に 貢献しています。システム情報科学・数理学研究院と並んで九州大学数 理データ―サイエンス教育研究センターの中核部局を構成し、全学的 な学部カリキュラム編成および教材作りに携わり、全国標準カリキュラ ム作成への貢献も期待されています。また、「数学協働プログラム(数 学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための 研究促進プログラム)」 (中核機関:統計数理研究所, H24-28年度)の 後継として、H29年度より始まった文部科学省委託事業「数学アドバン ストイノベーションプラットフォーム」(H29-33年度)をIMIが幹事機関 として受託しました。全国12の有力数学・数理科学研究機関の協力を 得て、潜在する数学・数理科学へのニーズを積極的に発掘し、その問題 解決にふさわしい数学・数理科学研究者との協働を促進する活動を展 開しています。略称をAIMaP(=Advanced Innovation powered by Mathematics Platform)と定めました。この事業の推進役として雇用 した棚橋助教やサポートスタッフは、早速、大車輪の活躍です。 昨年末、ベンチャービジネス育成をグローバルに支援しておられる方 より、アメリカ西海岸では、若手を世間から隔離して研究に専念させて いる。数学者も多い。中国 の深圳には成功を夢見る 若者が集い、北京大学・清華 大学をはじめ世界中から有 力大学が進出して、活況を 呈している。日本は蚊帳の 外だ...等々刺激的な話をう かがいました。韓国も産業 数学振興に力を入れていま す。昨年8月、釜山大学に設 置されたビッグデータ基盤 金融·水産·製造革新産業数 学センターの運営に携わる平坂貢教授から声を掛けられて、開所式に 参列しました。写真はその一コマです。このような場に出るにつけ、 IMI には、我が国の産業数学の研究・教育を盛り上げる責務があることをひ しひしと感じます。 IMIでは、産業数学の地平の拡大に絶えず努めております。最近では、 金融・保険など経済関連分野のみならず、人間の行動・心理のモデル化 や社会システムの構築や制度設計に関わる社会科学・人文科学分野か らも数学への期待が高まっています。ビッグデータを利活用する技術開 発、公平で安心な社会システムのデザインに数学は不可欠なのです。富 士通ソーシャル数理共同研究部門(H26.9~29.8)はこの分野を大き く開拓しました。福岡空港の混雑緩和や警備計画、糸島の空き家への都 会からの移住マッチング、さいたま市の保育園のマッチング問題などで 顕著な成果をあげ、日本OR学会2016年度実施賞を受賞しました。 ビッグデータ処理速度を競う国際ベンチマークコンテストGraph500 において6連覇中の藤澤教授は、H29年度科学技術分野の文部科学 大臣表彰・科学技術賞を受賞しました。いま変貌を遂げつつある産業数 学を紹介するために、近代科学社から叢書「IMIシリーズ:進化する産業 数学」の刊行を開始します。記念すべき第1巻「確率的シミュレーション の基礎」(手塚集著)が本年1月に世に出ました。 さて、昨年末、Bob Anderssen博士(CSIRO、キャンベラ)より、年 賀の挨拶メッセージが届きました。フィボナッチ数列をなす美しい花び らの画像とともに。これに返信する形で、この道のプロより、年号にまつ わるピタゴラス素数に関する深い考察が発信されました。このニューレ ターの読者なら、いずれ、その御方よりウンチクをたっぷり聴かされるで しょうから、ネタばらしは控えます。その考察にいたく感銘を受けたの で、私も、正月、獺祭をチビリながら年号について考えてみました。まず はWikipediaで:2018=13 +43 , 2018=7 +8 +9 +10 +11 +12 +13 +14 +15 +16 +17 +18 、おっと、かなりめでたい。自 分でも少しいじってみました。2018=2 4 +3 4 +5 4 +6 4 、なんと、4つの 数字の4乗の和でかけてしまいます。ついでに平成も:30=1 +2 +3 +4 、これはロイヤルストレートフラッシュ。共同利用・共同研究拠点の 中間評価、国際共・共拠点申請等々、今年もややこしいことが一杯控え ていますが、こんな風にぱぁぱぁーっと括りたいものですなぁ、ぱぁ ぱぁーっと! NEWS LETTER 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 所長 福本 康秀 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 ニュースレター 14平成30年2月発行

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Page 1: 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 第14 …...展開形ゲームによる社会システムのモデリングとデザイン 吉良 知文(群馬大・社会情報)

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〒819-0395 福岡市西区元岡744番地TEL: 092-802-4402 FAX: 092-802-4405ホームページ▶ http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/共同利用・共同研究拠点事務アドレス▼        [email protected]

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ピタゴラス2な年に 平成も30年を数え、残すところ1年となりました。昭和から平成に変わったころ、私は助手として大学教員の道を歩み始めたばかりでしたが、大学はちょっとした拡張期にありました。第2次ベビーブームの波が押し寄せ、どの大学も軒並み入学が難化し、国立大学は入学定員を増やす措置をとりました。日本は第2位の経済大国の地位をゆるぎないものにし、メードインジャパンが世界を席巻していました。世の中はバブル景気に踊り、株価が下がることは想像だにしませんでした。あれから30年、予期された第3次ベビーブームは起こらず、逆に、超高齢化社会に突入しています。景気が回復したと聞いてもピンときません。当時の高揚感とは比べるべくもありません。国立大学の予算削減は延々と続いています。インダストリ4.0の掛け声とともにビッグデータ、AIブームが訪れていますが、ここでは、日本の発信力も色褪せているようです。 マス・フォア・インダストリ研究所(IMI)は、H29年度も、数学の産官学連携を推進する活動を力強く展開しています。H22年度開始のスタディグループは8回を数え、企業から出題される問題も数学のチャレンジを要求する本格的なものになりました。芸術工学研究院ソーシャルアートラボからは音楽への反応の数理モデル化という難しいお題を頂戴し、参加者を手こずらせました。アジア・太平洋産業数学コンソーシアム参加国のもちまわり開催となったForum “Math-for Industry”(FMfI)は、Chyba教授の協力を得てハワイ大学で開催しました。クリーンエネルギーをテーマに、北米・南米から関連分野の一流の研究者を招き、学内からもI2CNERや応用力学研究所からSofronis所長や大屋前所長から直々にご講演いただきました。選抜された15名ほどの数理学府学生も、ポスターセッションで大いに気を吐いてくれました。次回FMfI2018は上海開催で、経済、ファイナンス、ビッグデータがテーマです。La Trobe大学(メルボルン)とのTV会議システムによる合同セミナーは、H30年1月時点で31回を数えました。H29年4月着任のGaina卓越研究員(=テニュアトラック助教)が、10月よりLa Trobe大学に渡って、オーストラリア分室の活動を支えてくれています。H29年度から、新たな取り組みもいくつか開始しました。文部科学省「数理・データサイエンス教育強化拠点」(全国6大学)への九州大学の選定に貢献しています。システム情報科学・数理学研究院と並んで九州大学数理データ―サイエンス教育研究センターの中核部局を構成し、全学的な学部カリキュラム編成および教材作りに携わり、全国標準カリキュラム作成への貢献も期待されています。また、「数学協働プログラム(数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム)」(中核機関:統計数理研究所, H24-28年度)の後継として、H29年度より始まった文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」(H29-33年度)をIMIが幹事機関として受託しました。全国12の有力数学・数理科学研究機関の協力を得て、潜在する数学・数理科学へのニーズを積極的に発掘し、その問題解決にふさわしい数学・数理科学研究者との協働を促進する活動を展開しています。略称をAIMaP(=Advanced Innovation powered by Mathematics Platform)と定めました。この事業の推進役として雇用した棚橋助教やサポートスタッフは、早速、大車輪の活躍です。 昨年末、ベンチャービジネス育成をグローバルに支援しておられる方より、アメリカ西海岸では、若手を世間から隔離して研究に専念させて

いる。数学者も多い。中国の深圳には成功を夢見る若者が集い、北京大学・清華大学をはじめ世界中から有力大学が進出して、活況を呈している。日本は蚊帳の外だ...等々刺激的な話をうかがいました。韓国も産業数学振興に力を入れています。昨年8月、釜山大学に設置されたビッグデータ基盤金融·水産·製造革新産業数学センターの運営に携わる平坂貢教授から声を掛けられて、開所式に参列しました。写真はその一コマです。このような場に出るにつけ、IMIには、我が国の産業数学の研究・教育を盛り上げる責務があることをひしひしと感じます。 IMIでは、産業数学の地平の拡大に絶えず努めております。最近では、金融・保険など経済関連分野のみならず、人間の行動・心理のモデル化や社会システムの構築や制度設計に関わる社会科学・人文科学分野からも数学への期待が高まっています。ビッグデータを利活用する技術開発、公平で安心な社会システムのデザインに数学は不可欠なのです。富士通ソーシャル数理共同研究部門(H26.9~29.8)はこの分野を大きく開拓しました。福岡空港の混雑緩和や警備計画、糸島の空き家への都会からの移住マッチング、さいたま市の保育園のマッチング問題などで顕著な成果をあげ、日本OR学会2016年度実施賞を受賞しました。ビッグデータ処理速度を競う国際ベンチマークコンテストGraph500において6連覇中の藤澤教授は、H29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞しました。いま変貌を遂げつつある産業数学を紹介するために、近代科学社から叢書「IMIシリーズ:進化する産業数学」の刊行を開始します。記念すべき第1巻「確率的シミュレーションの基礎」(手塚集著)が本年1月に世に出ました。 さて、昨年末、Bob Anderssen博士(CSIRO、キャンベラ)より、年賀の挨拶メッセージが届きました。フィボナッチ数列をなす美しい花びらの画像とともに。これに返信する形で、この道のプロより、年号にまつわるピタゴラス素数に関する深い考察が発信されました。このニューレターの読者なら、いずれ、その御方よりウンチクをたっぷり聴かされるでしょうから、ネタばらしは控えます。その考察にいたく感銘を受けたので、私も、正月、獺祭をチビリながら年号について考えてみました。まずはWikipediaで:2018=132+432, 2018=72+82+92+102+112

+122+132+142+152+162+172+182、おっと、かなりめでたい。自分でも少しいじってみました。2018=24+34+54+64、なんと、4つの数字の4乗の和でかけてしまいます。ついでに平成も:30=12+22+32

+42、これはロイヤルストレートフラッシュ。共同利用・共同研究拠点の中間評価、国際共・共拠点申請等々、今年もややこしいことが一杯控えていますが、こんな風にぱぁぱぁーっと括りたいものですなぁ、ぱぁぱぁーっと!

NEWS LETTER

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 所長

福本 康秀

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所ニュースレター

第14号平成30年2月発行

IMI主催イベント▶ H30.2.12-2.16 LAC2018:Workshop on Logic, Algebra and Category Theory http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/̃lac2018/

▶ H30.2.20-2.21 Workshop on Data driven crop design technology http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/̃nishii/custom52.html

IMIコロキウム▶ H30.2.14 センサー、ビッグデータ、そしてマーケティング 矢田 勝俊 (関西大学・データマイニング応用研究センター)

プロジェクト研究 平成29年度テーマ「よりよい都市・社会の構築のための基盤技術としての離散最適化の研究」プロジェクト代表者 小林 和博(東京理科大学), 神山 直之(九州大学)

プロジェクト研究 研究集会Ⅰ▶ 防災・避難計画の数理モデルの高度化と社会実装へ向けて  瀧澤 重志(阪市大・工)

プロジェクト研究 短期研究員▶ 展開形ゲームによる社会システムのモデリングとデザイン  吉良 知文(群馬大・社会情報)  

一般研究 研究集会Ⅰ▶ デジタル映像表現のための数理的手法  岩崎 慶(和歌山大・システム工)▶ 結晶の界面、転位、構造の数理  松谷 茂樹(佐世保高専・情報科学)▶ ネットワークストレージを安全にするための暗号技術とその数学モデリング  Kirill Morozov(東工大・数理・計算科学)

一般研究 研究集会Ⅱ▶ 産学・学際連携を基とする実用逆問題  滝口 孝志(防衛大・数学教育)▶ 代数的手法による数理暗号解析に関する研究集会  高島 克幸(三菱電機株式会社)

一般研究 短期共同研究▶ 土木工学とデータ科学の融合による土木構造物の革新的な健全度診断手法の開発  珠玖 隆行(岡山大・環境生命科学)▶ ドレスト光子の関連技術推進の為の基礎研究  佐久間 弘文(ドレスト光子研究起点・理事)▶ 三次元幾何モデリング評価手法の提案とソフトウェア開発  山口 大介(株式会社エス・イー・エー創研)▶ レーザー同位体分離の実用化における量子ウォークの数理  鈴木 章斗(信州大・工)▶ ベクトル値滑層分割Morse理論の構築による多数目的最適化問題の解集合の可視化  濱田 直希(株式会社富士通研究所)▶ 地震ビッグデータに基づく新しい震源決定手法の理論的研究  長尾 大道(東大・地震研究所)▶ 均質化理論と局所体積平均理論の融合及びその新展開~構造体の迷路性と機械的分散効果に迫る~  佐野 吉彦(静岡大・総合科学技術)

一般研究 短期研究員▶ アナログ・デジタル変換器と力学系  篠原 克寿(一橋大・商)▶ スパースな統計モデリングと情報量基準: 因子分析への応用  鈴木 譲(阪大・基礎工)▶ 固液二相流の現象解明に向けた数学的考察とその周辺  友枝 恭子(摂南大・理工)▶ 魚群の回遊過程で最小化される目的関数の導出と解析  吉岡 秀和(島根大・生物資源科学)▶ 爆発解に対する数値的検証理論の構築  高安 亮紀(筑波大・システム情報)

▶ MI Lecture Note, Vol.75-77 (http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/publishes/pub_inner/id:2を参照)▶ Mathematics for Industry, Vol. 27, 29, 30, 31 (http://www.springer.com/series/13254を参照)▶ MI Preprint Series, 2017-1-2017-8 (http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/publishes/pub_inner/id:3を参照)

▶ 藤澤克樹教授: Graph500ベンチマークテストで6期連続(通算7期)世界1位を達成        平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞▶ 糸島市/マス・フォア・インダストリ研究所:日経コンピュータ主催 IT Japan Award 2017 特別賞

今後の予定

本年度の共同利用

本年度の表彰等

本年度の刊行物

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文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」

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九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

溝口 佳寛九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

高木 剛

6期連続で藤澤教授の研究チームがGraph500ベンチマークテストで世界1位を達成

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

藤澤 克樹

 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所、東京工業大学、スペインのバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、理化学研究所らの共同研究チームは、大規模なグラフを処理するソフトウェアを独自に開発し、京コンピュータなど様々なスーパーコンピュータ上でビッグデータ処理性能を計測するGraph500ベンチマークテストを実施した結果、Graph500では6期連続(通算7期)で世界第1位となったことが、アメリカのデンバーで開催されたスーパーコンピュータの国際会議「SC17」で2017年11月15日(現地時間)に発表されました。特に京コンピュータでは約1兆頂点、約16兆枝からなる超巨大グ

ラフに対する幅優先探索において38621.4 GTEPS(Giga TEPS)の性能(世界記録)を達成しました。大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は正式運用開始から5年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。

量子計算機でも解読困難となる新しい原理に基づく公開鍵暗号を開発 高木剛教授の研究グループは、量子計算機でも解読が困難な新しい原理に基づく公開鍵暗号を、東芝研究開発センター、北海道教育大学、産業技術総合研究所との共同研究で開発しました。この暗号は、量子計算機でも計算が困難と期待される非線形不定方程式の最小解問題に基づいて構成しており、この領域で有力な格子暗号と比較して同等またはそれ以上の安全性と計算効率性が期待できます。 大手IT企業や政府による大規模な投資により、量子計算機の開発は急ピッチで進んでいます。量子計算機が開発されると、現行の公開鍵暗号が安全性の根拠としている素因数分解問題や離散対数問題が、量子計算の原理を用いて短時間に解け、暗号が解読されてしまうことから、量子計算

機でも解読が困難な耐量子公開鍵暗号の研究開発が近年活発に行われています。そこで当研究グループは、格子暗号などの従来の耐量子公開鍵暗号が安全性の根拠としている線形方程式の求解問題よりも計算困難である非線形方程式の求解問題に安全性の根拠を求める新たな方式を開発しました。これにより、線形方程式に適用できていた有力な解法が直接的に適用できなくなるため、安全性の向上が期待できます。  詳細については、2017年8月16日から18日にオタワにて開催された国際会議SAC 2017で発表しました。

 「数学イノベーション」とは、平成26年の文部科学省科学技術・学術審議会先端研究基盤部会資料「数学イノベーション戦略(p.11)」によりますと、「諸科学の共通言語である数学の持つ力(具体的実体を抽象化してその本質を抽出し、一般化・普遍化する力)を十分に活用して、様々な科学的発見や技術的発明を発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を創出する革新を生み出していくこと」とあります。 数学イノベーションに期待される効果例として「より少ないデータで多くのことが表現可能」、「変化が起こる前に兆しを検出し、事前の効果的対策が可能」、「産業現場における熟練者の経験や勘の定式化・定量化による技能の伝承や性能向上が可能」などが考えられています。 数学イノベーションを推進するためにH28年度まで統計数理研究所を中核機関とする「数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム(略称:数学協働プログラム)」が実施されました。そこで構築された研究活動のネットワーク型基盤を受けて数学イノベーションをさらに推進するための全国的なプログラムが「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(略称:AIMaP(Advanced Innovation powered by Mathematics Platform))」です。平成29年度より5年間にわたって九州大学IMIが幹事拠点となり、全国12の協力拠点(数学・数理科学機関)と一体となって事業を推進します。 本事業には、数学・数理科学と産業・諸科学の研究者とのワークショップ開催支援などの個別の活動推進のみでなく、全国的な体制作りが望まれています。具体的には、(a)諸科学・産業からの相談に対応する総合診断機能のための研究事例や研究者情報の集約とデータベースの構築、(b)数学的シーズの共有・発信のための数学・数理科学研究者のための意見交換会や諸科学・産業の研究者・技術者向けの講習会の実施、(c)数学・数理科学専攻の若手研究者や学生に諸科学や産業の問題に触れる機会や企業関係者との直接交流の機会を全国規模で提供することによる人材育成などを行います。 昨年5月にIMIが提案したAIMaP事業計画が採択され、7月に協力拠点運営委員等とともにキックオフミーティングを九州大学西新プラザで開催し、本事業がスタートしました。本年度は約40企画を協力拠点とともに実施予定です。詳細はホームページのカレンダー等をご確認下さい。これらの開催関連データや各種研究事例等を集約・整理し、

協力拠点とともに数理技術相談データベースとして「見える化」し、諸科学・産業に潜在する数学へのニーズに応える礎を作るという役を私が担当しています。また、幹事拠点IMIとして、ハブとなる機能を担う事務局、全国的な企画立案なども担当しています。九州大学大学院数理学府学生への諸科学や産業の問題に触れる機会提供(インターンシップ・スタディグループワークショップ・産学官共同研究等)の経験を活かしつつ、協力拠点とともに全国プログラムとしての若手人材育成を行うことも大切です。昨年11月、日本数学会社会連携協議会により明治大学で開催された数学・数理科学専攻若手研究者のための異分野・異業種研究交流会にはAIMaPの共催で私も参加しました。企業のニーズは大きいのですが、さまざまな理由で数学イノベーションを担う人材の層が厚くないことを実感し、このさまざまな理由を克服するためにもAIMaP事業は必要と感じています。みなさまに、AIMaP事業に関心を持って頂き、そして、さまざまな立場から、ご協力いただけますようお願い申し上げます。

AIMaPホームページhttps://aimap.imi.kyushu-u.ac.jp/

図:量子計算機でも解読困難な新しい原理に基づく公開鍵暗号を開発

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文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」

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九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

溝口 佳寛九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

高木 剛

6期連続で藤澤教授の研究チームがGraph500ベンチマークテストで世界1位を達成

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

藤澤 克樹

 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所、東京工業大学、スペインのバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通株式会社、理化学研究所らの共同研究チームは、大規模なグラフを処理するソフトウェアを独自に開発し、京コンピュータなど様々なスーパーコンピュータ上でビッグデータ処理性能を計測するGraph500ベンチマークテストを実施した結果、Graph500では6期連続(通算7期)で世界第1位となったことが、アメリカのデンバーで開催されたスーパーコンピュータの国際会議「SC17」で2017年11月15日(現地時間)に発表されました。特に京コンピュータでは約1兆頂点、約16兆枝からなる超巨大グ

ラフに対する幅優先探索において38621.4 GTEPS(Giga TEPS)の性能(世界記録)を達成しました。大規模グラフ解析の性能は、大規模かつ複雑なデータ処理が求められるビッグデータの解析において重要となるもので、「京」は正式運用開始から5年以上が経過していますが、今回のランキング結果によって、現在でもビッグデータ解析に関して世界トップクラスの極めて高い能力を有することが実証されました。

量子計算機でも解読困難となる新しい原理に基づく公開鍵暗号を開発 高木剛教授の研究グループは、量子計算機でも解読が困難な新しい原理に基づく公開鍵暗号を、東芝研究開発センター、北海道教育大学、産業技術総合研究所との共同研究で開発しました。この暗号は、量子計算機でも計算が困難と期待される非線形不定方程式の最小解問題に基づいて構成しており、この領域で有力な格子暗号と比較して同等またはそれ以上の安全性と計算効率性が期待できます。 大手IT企業や政府による大規模な投資により、量子計算機の開発は急ピッチで進んでいます。量子計算機が開発されると、現行の公開鍵暗号が安全性の根拠としている素因数分解問題や離散対数問題が、量子計算の原理を用いて短時間に解け、暗号が解読されてしまうことから、量子計算

機でも解読が困難な耐量子公開鍵暗号の研究開発が近年活発に行われています。そこで当研究グループは、格子暗号などの従来の耐量子公開鍵暗号が安全性の根拠としている線形方程式の求解問題よりも計算困難である非線形方程式の求解問題に安全性の根拠を求める新たな方式を開発しました。これにより、線形方程式に適用できていた有力な解法が直接的に適用できなくなるため、安全性の向上が期待できます。  詳細については、2017年8月16日から18日にオタワにて開催された国際会議SAC 2017で発表しました。

 「数学イノベーション」とは、平成26年の文部科学省科学技術・学術審議会先端研究基盤部会資料「数学イノベーション戦略(p.11)」によりますと、「諸科学の共通言語である数学の持つ力(具体的実体を抽象化してその本質を抽出し、一般化・普遍化する力)を十分に活用して、様々な科学的発見や技術的発明を発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を創出する革新を生み出していくこと」とあります。 数学イノベーションに期待される効果例として「より少ないデータで多くのことが表現可能」、「変化が起こる前に兆しを検出し、事前の効果的対策が可能」、「産業現場における熟練者の経験や勘の定式化・定量化による技能の伝承や性能向上が可能」などが考えられています。 数学イノベーションを推進するためにH28年度まで統計数理研究所を中核機関とする「数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム(略称:数学協働プログラム)」が実施されました。そこで構築された研究活動のネットワーク型基盤を受けて数学イノベーションをさらに推進するための全国的なプログラムが「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(略称:AIMaP(Advanced Innovation powered by Mathematics Platform))」です。平成29年度より5年間にわたって九州大学IMIが幹事拠点となり、全国12の協力拠点(数学・数理科学機関)と一体となって事業を推進します。 本事業には、数学・数理科学と産業・諸科学の研究者とのワークショップ開催支援などの個別の活動推進のみでなく、全国的な体制作りが望まれています。具体的には、(a)諸科学・産業からの相談に対応する総合診断機能のための研究事例や研究者情報の集約とデータベースの構築、(b)数学的シーズの共有・発信のための数学・数理科学研究者のための意見交換会や諸科学・産業の研究者・技術者向けの講習会の実施、(c)数学・数理科学専攻の若手研究者や学生に諸科学や産業の問題に触れる機会や企業関係者との直接交流の機会を全国規模で提供することによる人材育成などを行います。 昨年5月にIMIが提案したAIMaP事業計画が採択され、7月に協力拠点運営委員等とともにキックオフミーティングを九州大学西新プラザで開催し、本事業がスタートしました。本年度は約40企画を協力拠点とともに実施予定です。詳細はホームページのカレンダー等をご確認下さい。これらの開催関連データや各種研究事例等を集約・整理し、

協力拠点とともに数理技術相談データベースとして「見える化」し、諸科学・産業に潜在する数学へのニーズに応える礎を作るという役を私が担当しています。また、幹事拠点IMIとして、ハブとなる機能を担う事務局、全国的な企画立案なども担当しています。九州大学大学院数理学府学生への諸科学や産業の問題に触れる機会提供(インターンシップ・スタディグループワークショップ・産学官共同研究等)の経験を活かしつつ、協力拠点とともに全国プログラムとしての若手人材育成を行うことも大切です。昨年11月、日本数学会社会連携協議会により明治大学で開催された数学・数理科学専攻若手研究者のための異分野・異業種研究交流会にはAIMaPの共催で私も参加しました。企業のニーズは大きいのですが、さまざまな理由で数学イノベーションを担う人材の層が厚くないことを実感し、このさまざまな理由を克服するためにもAIMaP事業は必要と感じています。みなさまに、AIMaP事業に関心を持って頂き、そして、さまざまな立場から、ご協力いただけますようお願い申し上げます。

AIMaPホームページhttps://aimap.imi.kyushu-u.ac.jp/

図:量子計算機でも解読困難な新しい原理に基づく公開鍵暗号を開発

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 自治体による保育所入所選考では、「きょうだいが同じ保育所になることを優先してほしい」「別々の保育所でも良いが、きょうだいの片方しか入れないのなら辞退する」といった複雑な条件を含む申請者の希望や、自治体ごとに決めている申請者の優先順位をもとに、申請者の希望ができる限りかなう最適な割り当てを行います。申請者全員が不満を持たない割り当ての自動化は困難であるため、各自治体では、人手による試行錯誤で全申請者の希望を調整しています。自治体によっては、調整に数週間かかってしまい申請者への結果通知に時間を要したり、申請者の希望が通らずにきょうだいが別々の保育所に入所することになるなどが問題となっています。 富士通ソーシャル数理共同研究部門では、きょうだいを含む複雑な希望条件の依存関係をゲーム理論の手法によりモデル

化することで、優先順位に沿って全員が可能な限り高い希望をかなえられる割り当て方を見つけることを可能にしました。本技術を、埼玉県さいたま市の申請者約8,000人の匿名化データを用いて検証したところ、わずか数秒で最適な選考結果を算出することに成功しました。

株式会社富士通研究所

岩下 洋哲

最適な保育所入所選考を実現するマッチング技術を開発(2017年8月30日プレスリリース)

 科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、もって我が国の科学技術水準の向上に寄与することを目的とする標記の賞を受賞しました。今回の受賞理由や研究業績の概要は以下の通りです。実社会で要求されるグラフ解析などの大規模最適化問題を解決するためには、短時間に膨大な計算量とデータ量を処理するための新技術が必要となる。特に発生後に早急な解決が望まれる現実問題においては、計算量やデータ量などの規模が大きく従来の手法では処理が困難である。本研究では最先端理論 (Algorithm Theory)+大規模実データ(Big Data)+最新計算技術 (Computation) の有機的な組合せによって、スーパーコンピュータ上での並列数の爆発的増大や記憶装置の多階層

化、さらに計算量とデータ移動量の正確な推定による性能最適化及び省電力計算の実現などの課題に取り組んだ。本研究により今後予想され得る実データの大規模化及び複雑化に対処可能となり、さらに世界最高レベルの性能を持つグラフ探索及び最適化ソフトウェアの開発に成功した(Graph500ベンチマーク4期連続(通算5期)世界第1位など)。本研究は大規模データに対するリアルタイム処理などを活用して、オープンデータやセンサーデータを活用した都市機能の最適化などの実社会への応用などに寄与することが期待される。

藤澤教授が平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」を受賞

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 助教

棚橋 典大九州大学 マス・フォアインダストリ研究所 教授

藤澤 克樹

新任紹介Dr. Daniel Gaina joined the Australian branch of IMI on April 1st, 2017. Previous to this appointment, Dr. Gaina was an assistant professor for (a) Research Center for Software verification (2010 - 2015), and (b) Research Center for Theoretical Computer Science (2015 - 2017), at Japan Advanced Institute of Science and Technology (JAIST). Here, he was mainly involved in advancing the logical foundations of CafeOBJ, an advanced algebraic specification language developed with a large support from the Japanese government. CafeOBJ is used for writing formal specifications of models for a wide variety of software and hardware systems, and verifying properties of them. Dr. Gaina obtained a PhD in Theoretical Computer Science from JAIST, in September 2009. He has a master degree from (a) Normal Superior School of Bucharest (2006) in Algebraic Specifications, and another from (b) University of Bucharest (2005) in Fundamentals of Computer Science. He was awarded a bachelor degree from University of Bucharest (2003) in Computer Science.

Dr. Gaina's reasearch is rooted within universal logic, a general study of logical structures with no commitment to any particular logical system. Universal logic is to logic what universal algebra is to the study of algebraic structures. The term "universal" refers to the collection of global concepts that allow one to unify the treatment of the logical systems and avoid repetition of similar results. One major approach to universal logic, in terms of both number of research contributions and significance of the results, is institution theory. This relies upon a category-based definition of the informal notion of logical system, called institution, which includes both syntax and semantics as well as the satisfaction relation between them. As opposed to the bottom-up methodology of conventional logic tradition, the institution theory approach is top-down: the concepts describe the features that a logic may have and they are defined at the most appropriate level of abstraction; the hypothesis are kept as general as possible and they are introduced only on by-need basis. This has the advantage of proving uniformly results for a multitude of logical systems. It leads to a deeper understanding of the logic ideas since the irrelevant details of particular logics are removed and the results are structurally obtained by clean causality. Dr Gaina applies institution theory to the development of algebraic specification languages. He is also maintaining a proof management tool, Constructor-based Theorem Prover (CITP), for verifying properties of transition systems.

 2017年10月1日付でIMIの助教に着任いたしました。私の専門は重力理論を中心とする理論物理学で、重力理論とその応用に関する理論物理・数理科学の研究に携わっています。重力の理論である一般相対性理論は、物理学分野においては天文学・宇宙論の基礎を与え、また素粒子論とも関係する理論となっています。また、この理論は時空のゆがみの時間発展を記述するもので、数学的には幾何学・解析学と密接な関係にあります。私自身の研究としては、一般相対性理論の数学的性質、修正重力理論と宇宙論、素粒子理論における動的現象への応用といったテーマに多角的に取り組んできました。これらの研究は、幾何学、解析学、力学系とカオス、流体力学といった分野と関連する応用数学の研究と見なすことができます。これらの分野における数学的手法と私のこれまでの経験を組み合わせ、より発展的な研究課題に今後取り組んでいきたいと思います。また、私が担当している文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(AIMaP)」のもと行われる数学と諸科学・産業界との連携のための諸活動にも、私の経験を活かしつつ貢献してまいりますので、皆様のお力添えを何卒よろしくお願いいたします。

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所オーストラリア分室 助教

Daniel Gaina

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 自治体による保育所入所選考では、「きょうだいが同じ保育所になることを優先してほしい」「別々の保育所でも良いが、きょうだいの片方しか入れないのなら辞退する」といった複雑な条件を含む申請者の希望や、自治体ごとに決めている申請者の優先順位をもとに、申請者の希望ができる限りかなう最適な割り当てを行います。申請者全員が不満を持たない割り当ての自動化は困難であるため、各自治体では、人手による試行錯誤で全申請者の希望を調整しています。自治体によっては、調整に数週間かかってしまい申請者への結果通知に時間を要したり、申請者の希望が通らずにきょうだいが別々の保育所に入所することになるなどが問題となっています。 富士通ソーシャル数理共同研究部門では、きょうだいを含む複雑な希望条件の依存関係をゲーム理論の手法によりモデル

化することで、優先順位に沿って全員が可能な限り高い希望をかなえられる割り当て方を見つけることを可能にしました。本技術を、埼玉県さいたま市の申請者約8,000人の匿名化データを用いて検証したところ、わずか数秒で最適な選考結果を算出することに成功しました。

株式会社富士通研究所

岩下 洋哲

最適な保育所入所選考を実現するマッチング技術を開発(2017年8月30日プレスリリース)

 科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、もって我が国の科学技術水準の向上に寄与することを目的とする標記の賞を受賞しました。今回の受賞理由や研究業績の概要は以下の通りです。実社会で要求されるグラフ解析などの大規模最適化問題を解決するためには、短時間に膨大な計算量とデータ量を処理するための新技術が必要となる。特に発生後に早急な解決が望まれる現実問題においては、計算量やデータ量などの規模が大きく従来の手法では処理が困難である。本研究では最先端理論 (Algorithm Theory)+大規模実データ(Big Data)+最新計算技術 (Computation) の有機的な組合せによって、スーパーコンピュータ上での並列数の爆発的増大や記憶装置の多階層

化、さらに計算量とデータ移動量の正確な推定による性能最適化及び省電力計算の実現などの課題に取り組んだ。本研究により今後予想され得る実データの大規模化及び複雑化に対処可能となり、さらに世界最高レベルの性能を持つグラフ探索及び最適化ソフトウェアの開発に成功した(Graph500ベンチマーク4期連続(通算5期)世界第1位など)。本研究は大規模データに対するリアルタイム処理などを活用して、オープンデータやセンサーデータを活用した都市機能の最適化などの実社会への応用などに寄与することが期待される。

藤澤教授が平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」を受賞

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 助教

棚橋 典大九州大学 マス・フォアインダストリ研究所 教授

藤澤 克樹

新任紹介Dr. Daniel Gaina joined the Australian branch of IMI on April 1st, 2017. Previous to this appointment, Dr. Gaina was an assistant professor for (a) Research Center for Software verification (2010 - 2015), and (b) Research Center for Theoretical Computer Science (2015 - 2017), at Japan Advanced Institute of Science and Technology (JAIST). Here, he was mainly involved in advancing the logical foundations of CafeOBJ, an advanced algebraic specification language developed with a large support from the Japanese government. CafeOBJ is used for writing formal specifications of models for a wide variety of software and hardware systems, and verifying properties of them. Dr. Gaina obtained a PhD in Theoretical Computer Science from JAIST, in September 2009. He has a master degree from (a) Normal Superior School of Bucharest (2006) in Algebraic Specifications, and another from (b) University of Bucharest (2005) in Fundamentals of Computer Science. He was awarded a bachelor degree from University of Bucharest (2003) in Computer Science.

Dr. Gaina's reasearch is rooted within universal logic, a general study of logical structures with no commitment to any particular logical system. Universal logic is to logic what universal algebra is to the study of algebraic structures. The term "universal" refers to the collection of global concepts that allow one to unify the treatment of the logical systems and avoid repetition of similar results. One major approach to universal logic, in terms of both number of research contributions and significance of the results, is institution theory. This relies upon a category-based definition of the informal notion of logical system, called institution, which includes both syntax and semantics as well as the satisfaction relation between them. As opposed to the bottom-up methodology of conventional logic tradition, the institution theory approach is top-down: the concepts describe the features that a logic may have and they are defined at the most appropriate level of abstraction; the hypothesis are kept as general as possible and they are introduced only on by-need basis. This has the advantage of proving uniformly results for a multitude of logical systems. It leads to a deeper understanding of the logic ideas since the irrelevant details of particular logics are removed and the results are structurally obtained by clean causality. Dr Gaina applies institution theory to the development of algebraic specification languages. He is also maintaining a proof management tool, Constructor-based Theorem Prover (CITP), for verifying properties of transition systems.

 2017年10月1日付でIMIの助教に着任いたしました。私の専門は重力理論を中心とする理論物理学で、重力理論とその応用に関する理論物理・数理科学の研究に携わっています。重力の理論である一般相対性理論は、物理学分野においては天文学・宇宙論の基礎を与え、また素粒子論とも関係する理論となっています。また、この理論は時空のゆがみの時間発展を記述するもので、数学的には幾何学・解析学と密接な関係にあります。私自身の研究としては、一般相対性理論の数学的性質、修正重力理論と宇宙論、素粒子理論における動的現象への応用といったテーマに多角的に取り組んできました。これらの研究は、幾何学、解析学、力学系とカオス、流体力学といった分野と関連する応用数学の研究と見なすことができます。これらの分野における数学的手法と私のこれまでの経験を組み合わせ、より発展的な研究課題に今後取り組んでいきたいと思います。また、私が担当している文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(AIMaP)」のもと行われる数学と諸科学・産業界との連携のための諸活動にも、私の経験を活かしつつ貢献してまいりますので、皆様のお力添えを何卒よろしくお願いいたします。

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所オーストラリア分室 助教

Daniel Gaina

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SGW2017報告

Forum “Math-for-Industry” 2017̶Responding to the Challenges of Climate Change: Exploiting, Harnessing and Enhancing the Opportunities of Clean Energy

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

手塚 集

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

佐伯 修

 今年度のスタディグループワークショップ(SGW2017)は、 2017年7月26日(水)から7月28日(金)まで九州大学伊都キャンパス・ウエスト1号館IMIオーディトリアム及び講義室で、7月31日(月)と8月1日(火)は東京大学大学院数理科学研究科で開催されました。このように、前半を九州大学、後半を東京大学で行う形のSGWを初めて開催したのは2010年で、今回が8回目となります。今回は、日本の企業から5件、さらに、九州大学大学院芸術工学研究院からの課題提供がありました。従来通り、初日は各課題を40分で説明していただき、出席者にどの課題のグループに参加するかを決めるための情報を提供しました。2日目からは各グループに分かれて議論し、最終日8月1日の午後に全体報告会で各グループの成果が報告されました。 今年の課題は、相転移によって生じる結晶方向の関係性の代数的解析、イメージセンサーの欠陥の数を予測するための回帰モデル、ショッピングモールにおける顧客行動のモデル化およびそのエージェントシミュレーション、バイオセンシングデータを用いた自律神経指標の推定、プラズマを用いた成膜装置内に表れる数理、音楽聴取によってヒトに生じる反応の数理モデル化といった材料、製造、社会、人間、音楽に係る内容でした。最終日の成果報告会では、5日間の研究成果の発表と活発な質疑応答が行わ

れました。産業界の実問題や音楽に関連する問題に対して数学や統計学ならではの厳密で普遍性のある問題設定や応用性に富むアプローチが取られており、マス・フォア・インダストリのスタディグループとして期待を上回る成果が報告されて、報告会のみに参加された方々からも評価していただくことができました。今後は大学内や企業内で、あるいはSGWの参加者との共同研究という形態でさらに深化発展していくことを期待しています。

 Forum“Math-for-Industry”2017は、第10回目の節目となる集会として、そしてアジア太平洋産業数学コンソーシアム(APCMfI)主催の第3回目として、2017年10月23日から26日にハワイ大学のEast-West Centerにて行われました。テーマは、全地球規模的な重要課題でありハワイでも研究の盛んなクリーン・エネルギーでした。ハワイは2008年にクリーン・エネルギー・イニシアチブを策定し、2030年までにエネルギーの70%をクリーン・エネルギーに転換する目標を掲げ、2045年までに再生可能エネルギー100%を目指しています。ハワイ大学にはHawaii Natural Energy Instituteも置かれ、エネルギー政策上重要な研究所として位置づけられています。そうした背景のもと、エネルギーや地球環境問題、関連する数学に関する講演が23件、若手によるポスター発表が23件行われ、活発な質疑応答と議論が行われました。参加者はハワイ、米国本土のほか、日本からは九大、国立環境研究所などから31名(うち大学院生15名)が参加、またオーストラリア、ニュージーランド、アイスランド、中国、韓国、カナダ、チリなど、合わせて84名の参加がありました。九大からは、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所、応用力学研究所からも講演者が参加し、活発な国際交流、異分野交流が行われました。

ポスター発表から5件を選び(日本4件、ハワイ1件)、優秀ポスター賞が授与され、特にハワイ大の1名(女性)は副賞として2月にIMIに招かれ、交流を深めることになっています。 詳細はウェブページ http://apcmfi.org/fmfi2017/をご覧下さい。なお、FMfI2018は2018年11月に、Finance, Economy, Big Dataをメインテーマとして中国の復旦大学で開催される予定です。

「IMIシリーズ:進化する産業数学」の第1巻「確率的シミュレーションの基礎」(手塚集著) が刊行

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 所長

福本 康秀

 「マス・フォア・インダストリ」とは純粋数学・応用数学を流動性・汎用性をもつ形に融合再編しつつ産業界からの要請に応えようとすることで生まれる、未来技術の創出基盤となる数学の研究領域である。従来は、物理、化学、生物学などの科学を介して、それらを記述する言語として、数学が技術と結びつくのが普通であった。IoT時代にあっては、数学が技術と直接結びつくようになった。 2006年5月に発表された文科省科学技術政策研究所報告書「忘れられた科学̶数学」では、欧米の先進国に比べて、我が国における、数学と産業界や諸科学分野との連携の取り組みが大きく遅れていることが指摘された。しかるに、欧米諸国、近隣の中国や韓国、そして、インドは数学の重要性の認識し、国家として数学の教育と研究支援に乗り出していた。そのような状況のもと、当時の九州大学大学院数理学研究院の若山正人研究院長(現九州大学理事・副学長)中心として、文部科学省グローバルCOEプログラム(2008-2012年度)を立案する中で発想したのがマス・フォア・インダストリである。この活動を本格化するため、2011年4月、数理学研究院を分割改組して、マス・フォア・インダストリ研究所(IMI)が誕生した。 産業数学は英語では一般に `Industrial Mathematics' をあてるが、欧米では学会名に ̀ Mathematics in Industry' を用いている。̀Mathematics for Indusry' は案外見当たらない。欧米では、産業数学は専ら応用数学分野を指す。マス・フォア・インダストリと片仮名を用いるのは、応用数学に加えて、純粋数学分野をも産業技術開発に巻き込もうという意図がある。数学は自由である。柔軟である。発端が実際の問題であるにせよ好奇心からであるにせよ、そこから解き放たれ、想像の柔らかい羽を自由にのばすことによって、壮麗で精緻な世界を築き上げてきた。美しい様式はしばしば力強い機能を併せ持つ。コンピュータの進化はその機能実現を可能にする。暗号など情報セキュリティ技術は数論に、われわれの体内の様子を3次元的に映し出すことができるCTスキャンやMRIは、ラドン変換など積分幾何学・表現論に基礎をおく。産業界は問題の宝庫である。開発現場の生の要請をフィードバックすることによって数学の世界をより豊かにしたい、マス・フォア・インダストリにはこのような願いが込められている。 ディープラーニング (AI) の登場は現代社会や産業のありようを一変させつつある。ドイツが官民を挙げて取り組む

「Industry 4.0(第4次産業革命)」が世界を席巻している。我が国でもこれに呼応した動きは急で、第5期科学技術基本計画(2016-2021年度)では「超スマート社会(Society 5.0)」実現が構想され、それを横断する基盤技術としての数学・数理科学の振興が謳われている。もの作り現場においては、要素技術の開発だけでは立ち行かなくなり、ビッグデータを操作して最適化し、それを利活用するための大がかりなシステム作りに重心がシフトしつつある。第4次産業革命はコト(サービスや概念)の生産革命で、概念操作を表現する数学が表舞台に躍り出るようになった。 マス・フォア・インダストリは、今求められる問題解決にあたると同時に、予見できない未来の技術イノベーションを生み出すシーズとなるよう数学を深化させる。逆に、産業界から新たな問題を取り込んで現代数学の裾野を広げていく。さらに、社会科学分野にも翼を広げている。巨大システムである社会を扱う諸分野において数学へのニーズが高まっている。 本シリーズは、この新領域を代表する分野を精選して、各分野の最前線で活躍している研究者たちに基礎から応用までをわかりやすく説き起こしてもらい、使える形で技術開発現場に届けるのが狙いである。読者として、大学院生から企業の研究者まで様々な層を想定している。現場から刺激を得ることが異分野協働の醍醐味である。それぞれに多様な形で役立てていただき、本シリーズから、アカデミアと産業界・社会の双方的展開が新たに興ることを願ってやまない。

(「確率的シミューレーションの基礎」の序文より引用)

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SGW2017報告

Forum “Math-for-Industry” 2017̶Responding to the Challenges of Climate Change: Exploiting, Harnessing and Enhancing the Opportunities of Clean Energy

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

手塚 集

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授

佐伯 修

 今年度のスタディグループワークショップ(SGW2017)は、 2017年7月26日(水)から7月28日(金)まで九州大学伊都キャンパス・ウエスト1号館IMIオーディトリアム及び講義室で、7月31日(月)と8月1日(火)は東京大学大学院数理科学研究科で開催されました。このように、前半を九州大学、後半を東京大学で行う形のSGWを初めて開催したのは2010年で、今回が8回目となります。今回は、日本の企業から5件、さらに、九州大学大学院芸術工学研究院からの課題提供がありました。従来通り、初日は各課題を40分で説明していただき、出席者にどの課題のグループに参加するかを決めるための情報を提供しました。2日目からは各グループに分かれて議論し、最終日8月1日の午後に全体報告会で各グループの成果が報告されました。 今年の課題は、相転移によって生じる結晶方向の関係性の代数的解析、イメージセンサーの欠陥の数を予測するための回帰モデル、ショッピングモールにおける顧客行動のモデル化およびそのエージェントシミュレーション、バイオセンシングデータを用いた自律神経指標の推定、プラズマを用いた成膜装置内に表れる数理、音楽聴取によってヒトに生じる反応の数理モデル化といった材料、製造、社会、人間、音楽に係る内容でした。最終日の成果報告会では、5日間の研究成果の発表と活発な質疑応答が行わ

れました。産業界の実問題や音楽に関連する問題に対して数学や統計学ならではの厳密で普遍性のある問題設定や応用性に富むアプローチが取られており、マス・フォア・インダストリのスタディグループとして期待を上回る成果が報告されて、報告会のみに参加された方々からも評価していただくことができました。今後は大学内や企業内で、あるいはSGWの参加者との共同研究という形態でさらに深化発展していくことを期待しています。

 Forum“Math-for-Industry”2017は、第10回目の節目となる集会として、そしてアジア太平洋産業数学コンソーシアム(APCMfI)主催の第3回目として、2017年10月23日から26日にハワイ大学のEast-West Centerにて行われました。テーマは、全地球規模的な重要課題でありハワイでも研究の盛んなクリーン・エネルギーでした。ハワイは2008年にクリーン・エネルギー・イニシアチブを策定し、2030年までにエネルギーの70%をクリーン・エネルギーに転換する目標を掲げ、2045年までに再生可能エネルギー100%を目指しています。ハワイ大学にはHawaii Natural Energy Instituteも置かれ、エネルギー政策上重要な研究所として位置づけられています。そうした背景のもと、エネルギーや地球環境問題、関連する数学に関する講演が23件、若手によるポスター発表が23件行われ、活発な質疑応答と議論が行われました。参加者はハワイ、米国本土のほか、日本からは九大、国立環境研究所などから31名(うち大学院生15名)が参加、またオーストラリア、ニュージーランド、アイスランド、中国、韓国、カナダ、チリなど、合わせて84名の参加がありました。九大からは、カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所、応用力学研究所からも講演者が参加し、活発な国際交流、異分野交流が行われました。

ポスター発表から5件を選び(日本4件、ハワイ1件)、優秀ポスター賞が授与され、特にハワイ大の1名(女性)は副賞として2月にIMIに招かれ、交流を深めることになっています。 詳細はウェブページ http://apcmfi.org/fmfi2017/をご覧下さい。なお、FMfI2018は2018年11月に、Finance, Economy, Big Dataをメインテーマとして中国の復旦大学で開催される予定です。

「IMIシリーズ:進化する産業数学」の第1巻「確率的シミュレーションの基礎」(手塚集著) が刊行

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 所長

福本 康秀

 「マス・フォア・インダストリ」とは純粋数学・応用数学を流動性・汎用性をもつ形に融合再編しつつ産業界からの要請に応えようとすることで生まれる、未来技術の創出基盤となる数学の研究領域である。従来は、物理、化学、生物学などの科学を介して、それらを記述する言語として、数学が技術と結びつくのが普通であった。IoT時代にあっては、数学が技術と直接結びつくようになった。 2006年5月に発表された文科省科学技術政策研究所報告書「忘れられた科学̶数学」では、欧米の先進国に比べて、我が国における、数学と産業界や諸科学分野との連携の取り組みが大きく遅れていることが指摘された。しかるに、欧米諸国、近隣の中国や韓国、そして、インドは数学の重要性の認識し、国家として数学の教育と研究支援に乗り出していた。そのような状況のもと、当時の九州大学大学院数理学研究院の若山正人研究院長(現九州大学理事・副学長)中心として、文部科学省グローバルCOEプログラム(2008-2012年度)を立案する中で発想したのがマス・フォア・インダストリである。この活動を本格化するため、2011年4月、数理学研究院を分割改組して、マス・フォア・インダストリ研究所(IMI)が誕生した。 産業数学は英語では一般に `Industrial Mathematics' をあてるが、欧米では学会名に ̀ Mathematics in Industry' を用いている。̀Mathematics for Indusry' は案外見当たらない。欧米では、産業数学は専ら応用数学分野を指す。マス・フォア・インダストリと片仮名を用いるのは、応用数学に加えて、純粋数学分野をも産業技術開発に巻き込もうという意図がある。数学は自由である。柔軟である。発端が実際の問題であるにせよ好奇心からであるにせよ、そこから解き放たれ、想像の柔らかい羽を自由にのばすことによって、壮麗で精緻な世界を築き上げてきた。美しい様式はしばしば力強い機能を併せ持つ。コンピュータの進化はその機能実現を可能にする。暗号など情報セキュリティ技術は数論に、われわれの体内の様子を3次元的に映し出すことができるCTスキャンやMRIは、ラドン変換など積分幾何学・表現論に基礎をおく。産業界は問題の宝庫である。開発現場の生の要請をフィードバックすることによって数学の世界をより豊かにしたい、マス・フォア・インダストリにはこのような願いが込められている。 ディープラーニング (AI) の登場は現代社会や産業のありようを一変させつつある。ドイツが官民を挙げて取り組む

「Industry 4.0(第4次産業革命)」が世界を席巻している。我が国でもこれに呼応した動きは急で、第5期科学技術基本計画(2016-2021年度)では「超スマート社会(Society 5.0)」実現が構想され、それを横断する基盤技術としての数学・数理科学の振興が謳われている。もの作り現場においては、要素技術の開発だけでは立ち行かなくなり、ビッグデータを操作して最適化し、それを利活用するための大がかりなシステム作りに重心がシフトしつつある。第4次産業革命はコト(サービスや概念)の生産革命で、概念操作を表現する数学が表舞台に躍り出るようになった。 マス・フォア・インダストリは、今求められる問題解決にあたると同時に、予見できない未来の技術イノベーションを生み出すシーズとなるよう数学を深化させる。逆に、産業界から新たな問題を取り込んで現代数学の裾野を広げていく。さらに、社会科学分野にも翼を広げている。巨大システムである社会を扱う諸分野において数学へのニーズが高まっている。 本シリーズは、この新領域を代表する分野を精選して、各分野の最前線で活躍している研究者たちに基礎から応用までをわかりやすく説き起こしてもらい、使える形で技術開発現場に届けるのが狙いである。読者として、大学院生から企業の研究者まで様々な層を想定している。現場から刺激を得ることが異分野協働の醍醐味である。それぞれに多様な形で役立てていただき、本シリーズから、アカデミアと産業界・社会の双方的展開が新たに興ることを願ってやまない。

(「確率的シミューレーションの基礎」の序文より引用)

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〒819-0395 福岡市西区元岡744番地TEL: 092-802-4402 FAX: 092-802-4405ホームページ▶ http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/共同利用・共同研究拠点事務アドレス▼        [email protected]

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ピタゴラス2な年に 平成も30年を数え、残すところ1年となりました。昭和から平成に変わったころ、私は助手として大学教員の道を歩み始めたばかりでしたが、大学はちょっとした拡張期にありました。第2次ベビーブームの波が押し寄せ、どの大学も軒並み入学が難化し、国立大学は入学定員を増やす措置をとりました。日本は第2位の経済大国の地位をゆるぎないものにし、メードインジャパンが世界を席巻していました。世の中はバブル景気に踊り、株価が下がることは想像だにしませんでした。あれから30年、予期された第3次ベビーブームは起こらず、逆に、超高齢化社会に突入しています。景気が回復したと聞いてもピンときません。当時の高揚感とは比べるべくもありません。国立大学の予算削減は延々と続いています。インダストリ4.0の掛け声とともにビッグデータ、AIブームが訪れていますが、ここでは、日本の発信力も色褪せているようです。 マス・フォア・インダストリ研究所(IMI)は、H29年度も、数学の産官学連携を推進する活動を力強く展開しています。H22年度開始のスタディグループは8回を数え、企業から出題される問題も数学のチャレンジを要求する本格的なものになりました。芸術工学研究院ソーシャルアートラボからは音楽への反応の数理モデル化という難しいお題を頂戴し、参加者を手こずらせました。アジア・太平洋産業数学コンソーシアム参加国のもちまわり開催となったForum “Math-for Industry”(FMfI)は、Chyba教授の協力を得てハワイ大学で開催しました。クリーンエネルギーをテーマに、北米・南米から関連分野の一流の研究者を招き、学内からもI2CNERや応用力学研究所からSofronis所長や大屋前所長から直々にご講演いただきました。選抜された15名ほどの数理学府学生も、ポスターセッションで大いに気を吐いてくれました。次回FMfI2018は上海開催で、経済、ファイナンス、ビッグデータがテーマです。La Trobe大学(メルボルン)とのTV会議システムによる合同セミナーは、H30年1月時点で31回を数えました。H29年4月着任のGaina卓越研究員(=テニュアトラック助教)が、10月よりLa Trobe大学に渡って、オーストラリア分室の活動を支えてくれています。H29年度から、新たな取り組みもいくつか開始しました。文部科学省「数理・データサイエンス教育強化拠点」(全国6大学)への九州大学の選定に貢献しています。システム情報科学・数理学研究院と並んで九州大学数理データ―サイエンス教育研究センターの中核部局を構成し、全学的な学部カリキュラム編成および教材作りに携わり、全国標準カリキュラム作成への貢献も期待されています。また、「数学協働プログラム(数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム)」(中核機関:統計数理研究所, H24-28年度)の後継として、H29年度より始まった文部科学省委託事業「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム」(H29-33年度)をIMIが幹事機関として受託しました。全国12の有力数学・数理科学研究機関の協力を得て、潜在する数学・数理科学へのニーズを積極的に発掘し、その問題解決にふさわしい数学・数理科学研究者との協働を促進する活動を展開しています。略称をAIMaP(=Advanced Innovation powered by Mathematics Platform)と定めました。この事業の推進役として雇用した棚橋助教やサポートスタッフは、早速、大車輪の活躍です。 昨年末、ベンチャービジネス育成をグローバルに支援しておられる方より、アメリカ西海岸では、若手を世間から隔離して研究に専念させて

いる。数学者も多い。中国の深圳には成功を夢見る若者が集い、北京大学・清華大学をはじめ世界中から有力大学が進出して、活況を呈している。日本は蚊帳の外だ...等々刺激的な話をうかがいました。韓国も産業数学振興に力を入れています。昨年8月、釜山大学に設置されたビッグデータ基盤金融·水産·製造革新産業数学センターの運営に携わる平坂貢教授から声を掛けられて、開所式に参列しました。写真はその一コマです。このような場に出るにつけ、IMIには、我が国の産業数学の研究・教育を盛り上げる責務があることをひしひしと感じます。 IMIでは、産業数学の地平の拡大に絶えず努めております。最近では、金融・保険など経済関連分野のみならず、人間の行動・心理のモデル化や社会システムの構築や制度設計に関わる社会科学・人文科学分野からも数学への期待が高まっています。ビッグデータを利活用する技術開発、公平で安心な社会システムのデザインに数学は不可欠なのです。富士通ソーシャル数理共同研究部門(H26.9~29.8)はこの分野を大きく開拓しました。福岡空港の混雑緩和や警備計画、糸島の空き家への都会からの移住マッチング、さいたま市の保育園のマッチング問題などで顕著な成果をあげ、日本OR学会2016年度実施賞を受賞しました。ビッグデータ処理速度を競う国際ベンチマークコンテストGraph500において6連覇中の藤澤教授は、H29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞しました。いま変貌を遂げつつある産業数学を紹介するために、近代科学社から叢書「IMIシリーズ:進化する産業数学」の刊行を開始します。記念すべき第1巻「確率的シミュレーションの基礎」(手塚集著)が本年1月に世に出ました。 さて、昨年末、Bob Anderssen博士(CSIRO、キャンベラ)より、年賀の挨拶メッセージが届きました。フィボナッチ数列をなす美しい花びらの画像とともに。これに返信する形で、この道のプロより、年号にまつわるピタゴラス素数に関する深い考察が発信されました。このニューレターの読者なら、いずれ、その御方よりウンチクをたっぷり聴かされるでしょうから、ネタばらしは控えます。その考察にいたく感銘を受けたので、私も、正月、獺祭をチビリながら年号について考えてみました。まずはWikipediaで:2018=132+432, 2018=72+82+92+102+112

+122+132+142+152+162+172+182、おっと、かなりめでたい。自分でも少しいじってみました。2018=24+34+54+64、なんと、4つの数字の4乗の和でかけてしまいます。ついでに平成も:30=12+22+32

+42、これはロイヤルストレートフラッシュ。共同利用・共同研究拠点の中間評価、国際共・共拠点申請等々、今年もややこしいことが一杯控えていますが、こんな風にぱぁぱぁーっと括りたいものですなぁ、ぱぁぱぁーっと!

NEWS LETTER

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 所長

福本 康秀

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所ニュースレター

第14号平成30年2月発行

IMI主催イベント▶ H30.2.12-2.16 LAC2018:Workshop on Logic, Algebra and Category Theory http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/̃lac2018/

▶ H30.2.20-2.21 Workshop on Data driven crop design technology http://www2.math.kyushu-u.ac.jp/̃nishii/custom52.html

IMIコロキウム▶ H30.2.14 センサー、ビッグデータ、そしてマーケティング 矢田 勝俊 (関西大学・データマイニング応用研究センター)

プロジェクト研究 平成29年度テーマ「よりよい都市・社会の構築のための基盤技術としての離散最適化の研究」プロジェクト代表者 小林 和博(東京理科大学), 神山 直之(九州大学)

プロジェクト研究 研究集会Ⅰ▶ 防災・避難計画の数理モデルの高度化と社会実装へ向けて  瀧澤 重志(阪市大・工)

プロジェクト研究 短期研究員▶ 展開形ゲームによる社会システムのモデリングとデザイン  吉良 知文(群馬大・社会情報)  

一般研究 研究集会Ⅰ▶ デジタル映像表現のための数理的手法  岩崎 慶(和歌山大・システム工)▶ 結晶の界面、転位、構造の数理  松谷 茂樹(佐世保高専・情報科学)▶ ネットワークストレージを安全にするための暗号技術とその数学モデリング  Kirill Morozov(東工大・数理・計算科学)

一般研究 研究集会Ⅱ▶ 産学・学際連携を基とする実用逆問題  滝口 孝志(防衛大・数学教育)▶ 代数的手法による数理暗号解析に関する研究集会  高島 克幸(三菱電機株式会社)

一般研究 短期共同研究▶ 土木工学とデータ科学の融合による土木構造物の革新的な健全度診断手法の開発  珠玖 隆行(岡山大・環境生命科学)▶ ドレスト光子の関連技術推進の為の基礎研究  佐久間 弘文(ドレスト光子研究起点・理事)▶ 三次元幾何モデリング評価手法の提案とソフトウェア開発  山口 大介(株式会社エス・イー・エー創研)▶ レーザー同位体分離の実用化における量子ウォークの数理  鈴木 章斗(信州大・工)▶ ベクトル値滑層分割Morse理論の構築による多数目的最適化問題の解集合の可視化  濱田 直希(株式会社富士通研究所)▶ 地震ビッグデータに基づく新しい震源決定手法の理論的研究  長尾 大道(東大・地震研究所)▶ 均質化理論と局所体積平均理論の融合及びその新展開~構造体の迷路性と機械的分散効果に迫る~  佐野 吉彦(静岡大・総合科学技術)

一般研究 短期研究員▶ アナログ・デジタル変換器と力学系  篠原 克寿(一橋大・商)▶ スパースな統計モデリングと情報量基準: 因子分析への応用  鈴木 譲(阪大・基礎工)▶ 固液二相流の現象解明に向けた数学的考察とその周辺  友枝 恭子(摂南大・理工)▶ 魚群の回遊過程で最小化される目的関数の導出と解析  吉岡 秀和(島根大・生物資源科学)▶ 爆発解に対する数値的検証理論の構築  高安 亮紀(筑波大・システム情報)

▶ MI Lecture Note, Vol.75-77 (http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/publishes/pub_inner/id:2を参照)▶ Mathematics for Industry, Vol. 27, 29, 30, 31 (http://www.springer.com/series/13254を参照)▶ MI Preprint Series, 2017-1-2017-8 (http://www.imi.kyushu-u.ac.jp/publishes/pub_inner/id:3を参照)

▶ 藤澤克樹教授: Graph500ベンチマークテストで6期連続(通算7期)世界1位を達成        平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞▶ 糸島市/マス・フォア・インダストリ研究所:日経コンピュータ主催 IT Japan Award 2017 特別賞

今後の予定

本年度の共同利用

本年度の表彰等

本年度の刊行物