はじめに - ge · 第4章 geの考えるe-health革命と ヘルシーマジネーション...

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はじめに

 e-Health

革命が日本の健康と医療を救う

 

世界最長寿国であり、医療大国として知られる日本の健康と医療が、いま歴史

的な危機に立っています。

 

少子高齢化、慢性疾患の蔓延、医療費の高騰、医者不足……。このままでは日

本の健康も医療も崩壊するのは目に見えています。この問題にどう対処すればい

いのでしょうか?

 

本書で提示する解決案が、e-H

ealth

(eヘルス)革命です。

 

それは医療や健康、福祉の世界でのIT活用を促進することです。自分の健康

を自身で管理できるような体制の構築を目指し、ばらばらに管理されていた個人

の健康情報を電子化して統合し、医療や健康指導に活かすことで、医療水準を上げ、

医療ミスを防ぎ、予防医療を浸透させ、医療費を削減し、国民全体の健康増進を

促進するわけです。

 

ただし個人の健康情報の電子化の普及やITの活用、国や地方自治体、医療機

関や福祉施設をネットワークで結び、個人がより気軽により確実に医療・福祉サ

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はじめに

ービスが受けられる体制を構築するには、国、地方、医療福祉施設、医療従事者、

企業、そして国民一人ひとりが変革を迫られます。

 

本書では、まず各界のプロフェッショナルに、日本の医療と健康の世界でIT

を活用した改革をどう起こせばいいのか、語っていただきます。

 

医療界からは、東京大学医学部名誉教授で政策研究大学院大学教授を務める黒

川清さん。政府の改革については、内閣官房国家戦略室長付参事官を務めた近藤

正晃さん。地方の問題については、宮城県の村井嘉浩知事。そしてシステムやサ

ービスを提供する企業からは、ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフリー・

R・イメルト会長兼CEO。

 

5章は韓国、カナダ、イギリス、米国のeヘルス先進事例を紹介、6章はeヘ

ルスが普及した未来の人々と医療の関係を描いたショートストーリー、7章はe

ヘルスを実現するための具体策を提案します。

 

ITの長所を活かしたeヘルスが当たり前のサービスとなれば、少子高齢化時

代であろうと、国民一人ひとりが健康に過ごせる日本社会が創れるはずです。

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はじめに

 はじめに …2

第1章 日本の健康と医療の未来を考える …7 黒川 清 政策研究大学院大学教授

第2章 日本国の医療改革について …45

近藤 正晃 内閣官房 国家戦略室長付 参事官

第3章 �超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと …63

村井 嘉浩 宮城県知事

第4章 �GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション  …83 ジェフリー・R・イメルト  ゼネラル・エレクトリック(GE)会長兼 CEO

第5章 世界各国における e-Health の取り組み  …101

第6章 e-Health のある未来 〜竹内家のケース  …127

第7章 e-Health 実現への道  …165

 おわりに  …192

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日本の健康と 医療の未来を考える

第1章

黒川 清政策研究大学院大学教授

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東京大学医学部卒業、同大学院医学研究科(医学博士)、同医学部第1内科助手を経て、1969 〜 84年、在米、ペンシルバニア大学医学部、UCLA、南カリフォルニア大学を経て、79年UCLA医学部内科教授。83年東京大学医学部第4内科助教授、89年同大医学部第1内科教授。96年東海大学教授・医学部長、同大学総合医学研究所長など歴任、04年より東海大学総合科学技術研究所教授、東京大学先端科学技術研究センター客員教授。06年より政策研究大学院大学教授。

2003 〜 06年日本学術会議会長、内閣府総合科学技術会議議員。06年より08年まで内閣特別顧問を務める。

2005年特定非営利活動法人日本医療政策機構代表理事。

WHOコミッショナーをはじめ日本内科学会理事長、日本および国際腎臓学会理事長、国際科学者連合体の役員など幅広い分野で活躍。

日本、California州医師免許、日米の内科専門医、腎臓専門医。Master, American College of Physicians, FRCP(London), Member of Institute of Medicine of the National Academies of the USA等。

著書 「世界級キャリアのつくり方」(石倉洋子共著)、「大学病院革命」、「イノベーション思考法」他。ブログ:http://www.kiyoshikurokawa.com

プロフィール

黒川 清(くろかわ・きよし) 政策研究大学院大学教授、 日本医療政策機構代表理事、 東京大学名誉教授

撮影:佐久間哲男

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

健康大国日本の崩壊は医療ではなく社会の問題である

 

日本は世界一の長寿国家であり、また、健康大国とも言われている。

 

しかし、一方でその地位が脅かされようとしている。

 

日本の健康を脅かそうとしているものは何か?

それは、日本という先進国がある種必然的に行き当たった社会的変化である。

 

具体的には、少子高齢化であり、慢性疾患の増加であり、都市と地方の格差、そ

して貧富の差の拡大である。

 

1950年代後半から始まった高度成長期、日本人の健康は大いに増進し、平均

寿命は伸び、人々の平均収入が上がり、生活水準も改善された。けれどもそれから

バブル期を経て、先進国としてピークを迎えた日本は、健康大国としてもピークア

ウトしようとしている。

 

これは避けられない事態であった。

 

先進国では、医療技術が進み、衛生状況もよくなるため、長寿化が進む一方で、

女性の教育・社会進出が進み、避妊技術も普及し、人々のレジャーも増えるために、

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出生率は下がる。結果、少子高齢化社会ができあがる。

 

国民の生活水準が向上し、栄養も行き渡ると、結果として慢性疾患が増える。

 

産業が一次産業から二次、三次へと移れば、人口は都市に集中し、地方は過疎化

する。また、グローバル経済になり、国内外でも貧富の差が再び広がる。

 

かくして健康大国日本の先行きには暗雲が立ち込める。高齢化は、必然的に高齢

者福祉への対応策を強く迫られる。高齢になれば病気がちな人は増えていくのは必

定である。慢性疾患の多くは生活習慣に関係するものだが、都市と地方の格差や、

貧富の差の拡大は、国民が受けられる医療や健康対策に差が出る可能性を生み出す。

 

では、どうすればいいのか?

 

すべては「病気」に帰結する話なのだから、医療で解決すべきだ、という人も多

いだろう。

 

事実、これまでは社会の少子高齢化とそれに伴う老人の増加や慢性疾患の蔓延は、

「医療」で解決すべきこと、すなわち「病気」の一種と捉える傾向が日本国内にあ

った。高齢者の命を保つのは医者の仕事であり、慢性疾患は立派な病気なのだから、

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

やはり医者が対処するべきである、と。

 

けれども、少子高齢化や慢性疾患の増加もあって、日本ではすでに医療費が高騰

している。さらに財政的には公的資金の投下を増やす余裕はない。地方や分野によ

っては医者不足が叫ばれている。まさに医療崩壊の恐れがある。

 

ここでちょっと見方を変えてみよう。少子高齢化や慢性疾患の蔓延を「医療」で

何とかしよう、というのが、そもそも間違っているのだ。

 

私は提言したい。

 

少子高齢化や生活習慣による慢性疾患の増加、都市と地方の格差は、日本人の健

康にとって重大な危機をもたらし得る。だが、これらの問題を「医療」で解決しよ

うと思う前に、やるべきことがある。それは、全てを「医療」問題ではなく、日本

国民の「健康」問題と大きく捉えなおし、医療のお世話になる前に、あらかじめ国

民の健康を増進する策を講じるべきだ、と。

 

簡単に言えば、医者にかかって治してもらう前に、そもそもなるべく医者にかか

らないで済むようにしよう、という考えと実践とを日本人共通の「常識」にすべき

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なのである。

 

すなわち、私たちを脅かす出生率の低下、高齢者の支援や慢性疾患の蔓延は、医

療問題である以前に、健康の問題であり、医者ではなく、まず社会で解決すべき問

題なのである。

 

待合室の混雑を減らせるのは医師ではなく個人だ

 

すでに罹患した患者を診察し、治療するのは医療の役割である。その病が慢性疾

患のような生活習慣病であっても同じことだ。

 

これを大前提とし、改めて、なぜ生活習慣病や慢性疾患が増えているのかを考え

たい。その増加を食い止めることはできないのか。

 

できる。生活習慣病の大半は、発生を未然に防ぐことができるからだ。つまり健

康のための「予防」を行うべきである。

 

生活習慣病増加の主な原因は、文明の発達にある。食生活が豊かになったこと、

交通網が発達し都市化が進んで個人のカロリー消費量が減ったことにある。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

 

国民皆保険が成立した1961年頃は、健康のための「予防」と言えば、栄養失

調になるのを防ぐこと、栄養状態の増進であり、結核など感染病への罹患を防ぐこ

とであった。それが、その後の経済成長に伴い、栄養失調はこの世から姿を消し、

感染病も大半が撲滅された。

 

50年の年月を経て、医療機関は増え、医療技術は進化し、ライフスタイルも変わ

り、防ぐべきは栄養失調ではなく、生活習慣病になった。またがんの早期発見、治

療にも格段の進歩が見られた。生活習慣ででは、具体的には肥満やメタボリックシ

ンドローム、高血圧や糖尿病などが挙げられる。

 

これらは確かに「病気」である。けれどもこれらの「病気」の多くは、運動や食

事の内容への注意やカロリー制限で予防できる。個人が食生活を改善し、意識して

生活に運動を取り入れることで、社会全体からすると相当な予防ができる。

 

生活習慣病の予防には、特別な知識や技術は必要ない。「運動をしましょう」「脂

っこい食事を控えましょう」といったごくごく普通の行動、すなわち生活習慣の改

善を実行するだけである。

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生活習慣病は、病気になる前に予防する。これが私たちがとるべき行動である。

そもそも医療の対象になる前に防ぐ。これが健康大国日本を維持するための重要な

ポイントである。そうすれば、日本の健康は維持できる上に、医療行為を未然に減

らせるため、医療費の高騰も抑えられる。

 

今、病院の待合室は、患者であふれている。けれどもその中の何割かは、「予防」

行為により、医者の世話にならずに済んだ人たちである。あるいは、現段階では病

院で「治療」を受ける必要のない人たちである。

 

病気の仕事はすべて医者の仕事、ゆえに病気を予防するのも医者の仕事

―と

いうのが日本の常識だった。けれども、健康のための予防は医者の仕事である前に、

国民一人ひとりが、社会が自分たちで行う自分たちのための仕事である。

 

日本の健康は、医者に頼る前にまず、自分自身の健康状態を自分で知り、自分で

予防することから始まる。この意識改革とその先にある態度変容が、日本の健康を

守る非常に大きな力となるはずだ。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

誰があなたの健康/医療情報を管理できるのか

 

自分の健康は自分で知り、自分で守る。この意識改革を実行するには、日本人一

人ひとりが自分の健康状態を正確に把握しなければならない。

 

では、実状はどうか。

「あなたは、自分の健康/医療情報を自分で管理していますか?」

 

この質問に、自信を持って「はい」と答えられる人がどれだけいるだろうか。そ

もそも、自分がどんな病気をして、どんな薬を処方され、どんなアレルギーを持っ

ているか、即座に答えられるだろうか。

 

おそらくたいていの人がノーと答えざるを得ないだろう。なぜならば、個人の健

康/医療情報は、通院した病院ごとのカルテにばらばらに書き込まれ、そのまま保

管されているからである。学校や会社で受けた健康診断情報や人間ドックのデータ

もまた然りである。今の日本において、個人の健康についての情報は、一切が統合

されていないのだ。

 

さらに、書式も医師や医療機関ごとに違う。英語で書かれていたり、ドイツ語で

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書かれていたり、日本語で書かれていたり。

 

つまり、あなたの健康/医療情報は、あなた自身はもちろん、医療関係者も、い

やこの世のだれも包括的に管理できていないのである。

 

考えてみるときわめておかしな話である。自分の資産情報ならば、必ず手元に置

いておくはずである。健康に関する情報は、まさに「身体」という資産の重要なデ

ータである。そのデータが自分の手元にない。いかに個々人の健康/医療情報が軽

視されてきた、というよりは自分たちが「お任せ感覚」でいたのかがわかる。

 

日本人が、自らの健康を自分の問題と結びつけず、病気になった時点で医者の問

題にすり替えてしまうのも、もとはといえば、自分の健康に関する情報を一切持ち

合わせておらず、「お任せ」していたところに端を発する。

 

自らの健康データが手元にないがゆえに、適切な健康管理は難しい。いざ病気に

なったときも、自分では既往症をすぐに正確に説明できない。これでは、健康増進

や予防はもちろんのこと、病気になったときも病院で適切な診断を受けられるかど

うかも危うい。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

 

日本が健康な社会であり続けるためには、国民の健康に対する意識改革が必要だ

と書いた。そして、この意識改革を実社会に反映するには、今まで医療機関にばら

ばらに保管されていたカルテや健康診断情報などを統合し、個々人が自分の健康/

医療情報を自分で管理すべきである。

 

具体的な方法は、あとで詳しく述べるが、基本的には電子データ化して、統合す

るのが適切だろう。

 

もしあなたが深刻な病気に罹ったとしよう。

 

詳細な病歴やアレルギー症状など健康データの数々があなたの手元で一括管理さ

れていて、主治医にすぐに見せることができるようになっていれば、医療過誤は未

然に防げ、より的確な治療への道筋が開かれる。

 

海外に視線を転じれば、すでにフランスでは個人が自分の健康/医療情報を管理

している。日本もそうすべき時期に来ている。

 

健康/医療情報を統合して個人の手に。この改革が、病気を未然に防ぎ、健康な

社会を継続的に維持するための大きな力になる。

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個人のデータは全ての人のためになり、あなたのためになる

 

健康/医療情報は個人のものであると同時に、日本の共有財産であってもいい。

個人の健康/医療情報を電子データ化して、共通のデータベースに蓄積していけば、

それは医療従事者や政策決定者にとって重要なデータベースとなりえる。このデー

タは、その後の医療の進歩を加速させ、医療設備の設置などに適切なアドバイスを

与える。

 

これがすなわちe-H

ealth

(eヘルス)である。

 

もちろん、健康/医療情報は個人の重要な財産であり、絶対に守られるべきプラ

イバシーでもある。活用する為に共有するには、国民全体にコンセンサスが必要だ。

また方法論に関しても議論があるだろう。eヘルスの実現についてはさまざまな意

見があるだろうから、大いに検討すればいい。eヘルスについても、マスコミの対

応にも問題はあろうが、いつも「例外的なマイナス面」を強調しすぎる。もっと全

体感を持った議論を構築すべきなのだ。これは一般的な日本人の「マイナス思考」、

「リスク・失敗を恐れる」社会心理的な問題もある。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

 

しかし、情報は個人のものであると同時に、みんなのものでもある。この発想は

すでにITの世界では、クラウドコンピューティングの世界で具現化している。こ

うした発想を健康/医療情報に関して、日本国民の間で共有できるか?

 

そのために最も大事なのは、個人のデータを預かることになる政府が、いかに国

民から信頼されるかということである。

「データが漏れるのではないか」「悪用されるのではないか」「制度が破綻するので

はないか」

 

データを預ける国民側が政府に対してこういった疑心を持っているうちは、決し

てうまくいかないだろう。政府は、第三者機関の知恵も借り、ここから事態を変え

ることが求められる。

 eヘルスを実現するには、その前に政府がさまざまな情報の透明化を図り、国民

の信頼を勝ち取る必要がある。つまりe-Governm

ent

(電子政府)の実現が前提条

件となる。医療/健康情報の電子化や共有は、それを進めながらの話である。その

点はあらかじめ述べておきたい。情報社会における情報漏れの恐ろしさなどについ

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ての例外的な事例を挙げて、マイナス面を指摘しているだけなのかどうか、よく考

えてもらいたい。

カルテを電子化することで共有がしやすくなる

 

次に実際にeヘルスを実現するにはどうすればいいか。

 

基本的には、これまで紙に記されていた健康/医療情報を電子化し、自分で保管

できるようにするのが第一歩である。つまりカルテを電子化するのだ。

 

電子化したカルテは、USBメモリーに入れるのか、ICカードに記録するのか、

あるいは政府の用意したデータベースに登録するのか、方法はいろいろ考えられる。

インターネット上に保管し、IDとパスワード、あるいは生体認証システムを用い

て、必要に応じて呼び出すことも考えられる。

 

肝心なのは、保険証と同じように、個人がそれを管理することだ。

 

そうすれば、通う病院が変わるたびに血液検査を行ったり、レントゲン撮影をし

たりする必要はなくなる。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

 

もちろん、情報をどう理解し、どんな判断をするのかは、医師の役目だ。しかし、

管理そのものは個人で行う。

 

となれば、当然いちばんよい方法は、あらゆる医療情報をIT化し、個人がそれ

をよしとすることで、個人でも病院でも瞬時にチェックできるネットワークを構築

することだ。もちろん、データの標準化も必要だ。せっかくのデータを「読めない」

「規格が違う」などということがあっては、意味がない。フォーマットの統一、す

なわち標準化が求められる。

 

個々人が管理するデータを、ネットワーク上で医療機関同士が容易に共有できる

ようになれば、健康/医療サービスの水準が格段に上がることになる。

 

個々の患者の電子カルテ上の情報を事前にチェックできれば、医療従事者はより

適切な診断と治療を行うことができる。薬などのアレルギーなどに対してもミスを

することが減るだろう。

 

また、個々の患者の健康/医療情報を共有できると、日本全体の病院の適切な配

置や、かかりつけ医と大型病院施設の役割分担も可能になる。

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まずはかかりつけ医に相談する仕組みを整えよ

 

ここで、かねてよりの持論を紹介したい。

 

私は日本の医療に関して、こんな改革案を主張してきた。

 

かかりつけ医と大型病院の組み合わせで、医療を改革する。

 

個々人は必ず自分の住まいの近くにかかりつけ医を持ち、このお医者さんと密接

なコミュニケーションをとって、自分の健康管理を行う。

 

万が一重大な病気に罹ったときは、かかりつけ医が専門医に連絡し、地域の大型

病院施設で適切な治療を受ける。大体、「セカンドオピニオン」などをもらっても

誰に相談しながら決めるのか? 

普段からのお付き合いのある「かかりつけ医」で

はないのか?

 

場合によってはかかりつけ医がその病院施設を使う。

 

つまり、普段の「診断」といざというときの「治療」の役割分担を医療機関の中

でしていく。

 

東京のお茶ノ水周辺には、大規模な大学病院が密集している。もともと日本の大

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

学医学部の発祥の地だから、結果として集積しているわけだが、ひとつのエリアに

これだけたくさんの大規模病院があるのは、不釣合いである。

 

本来ならば、地域ごとに大規模病院の機能を集積、再編成、普段の診断は親しい

かかりつけ医にお願いして、個々人は自分の健康を管理し、いざ重大な病気になっ

たときはかかりつけ医の診断データを携えて、専門治療のできる大規模病院で治療

を受ける。

 

こんな改革ができれば、現在巷で言われる「医師不足」や「たらいまわし」「都

市と地方の医療格差」は相当是正できる。

 

イギリスは歴史的にも公的医療を基本にしていて、すでにこうしたかかりつけ医

の体制が整っている。荒唐無稽な話ではまったくない。しっかりと、世界の各国の

歴史と社会を反映した医療制度を参考にすべきなのだ。米国ばかりが「海外」なの

ではない。

 

そして、私が従前より主張しているかかりつけ医と大規模病院の組み合わせによ

る改革を進めるうえで、個々人の健康/医療情報の電子化と共有化は、大きなサポ

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ートとなるはずである。いや、むしろこのようなかかりつけ医と大病院の連携こそ

が医療情報の共有化をスムーズに実行する必要条件であるとも言える。

 

個々人の健康/医療情報が電子化され、ネットワークで共有できるようになって

いると、かかりつけ医と専門医や大型病院施設の連携がスムーズに行えるからであ

る。効

率化よりも大きな果実は集合知による医療のクラウド化

「Web

1・0」から「Web

2・0」の時代へ

 

健康/医療情報が個人の手に渡り、同時に共有されると医療の合理化や効率化が

著しく進むのは明白である。けれども、それはメリットの一部にすぎない。

 

もっと重要なのは、健康/医療情報を社会で、国民がみんなで共有することで、

医療従事者同士、患者同士、あるいは医療従事者と患者同士から、新しい集合知や

「絆き

ずな

」が生まれ、技術的にも精神的にも、個々の日本人や共同体にメリットが生ま

れることである。 

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

 

特定の疾病に対する治療法や手術法に関する情報や症例、術例を医療従事者同士、

そして患者、国民で共有すれば、単独で治療を行ったり研究を行ったりするよりも、

より適切な方法により早く到達できるようになる。まさにこれが集合知である。こ

のような観察値等のデータが圧倒的に不足している。

 

いわば医療をクラウド化するわけである。かかりつけ医や専門医は、地域ごとの

医療施設をいわばクラウドコンピュータのように活用し、自分の患者さんの治療を

自身で行ったり、場合によっては別の専門医に治療をゆだねたり、ということがで

きるようになる。患者さんも自分の状況について、ほかとの比較もできる、治療の

選択もできる。

 

これまでの医者と患者の関係は、大規模病院と患者という、いわばサーバー・ク

ライアントシステムのようなモデルだった。あるいは、供給側(サプライサイド)

の情報によって決定されていた。けれども患者の医療情報が共有化されることで、

医療と患者の関係は大きく変わる。

もはや、どこの病院(サーバー)にアクセスするか、迷う必要はなくなる。どん

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な症状が起きても、近所のかかりつけの主治医という、もっとも身近なサーバーを

訪ねれば、そこから先は、自在に動く人と技術とハードウエアが、必要最低限のコ

ストで、最適化した状態で解決してくれる。必要に応じて地域の大型病院施設や、

専門医のスキルを活用することもできる。

 

こうすれば、地域的に偏在している医師不足は相対的に解消する。さらに、医師

もひとつの病院に縛られることなく動けるようになり、人材の交流が進み、医療提

供の底上げが期待できる。

情報の共有による“絆”の再生が社会を変える

 

もうひとつ、患者側が得られる集合知として大きいのは、治療法の共有もさるこ

とながら、同じ病状や健康問題を抱えている人同士が情報を共有することで、精神

的な安定を得られるようになる点だ。いわば、仮想空間上に「絆」が誕生すること

になる。

 

今の日本は、もの凄いスピードで地域社会の「絆」が失われている。核家族化が

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

進み、世代間を通じた家族の「絆」が失われ、都市化に伴い、都市でも、地方でも、

地域社会の「絆」が失われ、代わりに誕生したこの50年の企業の中での「絆」も、

終身雇用の崩壊と共に失われようとしている。

 

最近増えている孤独死の問題、100歳を超えているはずの老人の何人もが実際

はすでに亡くなっていた100歳老人問題、さらには児童虐待の問題は、日本人が

さまざまな社会での「絆」を失ったことで起きていると考えられる。精神的な「絆」

というのはそれだけ「社会的動物」である人間にとって重要なのだ。

 

とりわけ、健康に問題を抱えた患者さんは、常に不安な状態にある。彼ら彼女ら

が自分たちの病状をむしろ糸口に「絆」を再構築できれば、それは精神的に大きな

力になることは間違いがない。

 

患者さんが最も欲しがっている医療情報がなんだかご存じだろうか。

 

いい病院はどこにあるの? 

名医はどこにいるの? 

たしかにそういう情報はほ

しい。しかし、こういった情報はすでに、探せばどこかにあるものだ。

 

患者さんが最も欲しがっているのは、今はこの世にはないもの。それは、家族の

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「絆」であり、同じ病気を抱える人、同じ症状に悩む、苦しむ人との気持ちの分か

ち合いである。

 

過去の医療制度から抜け落ち、ないがしろにされてきた、「情報の共有」を超え

た「感情の共有」が求められているのだ。

 

その感情の共有のためにも、自分の健康/医療情報、健康情報を正しく把握して

おくことは重要だ。ITを介して、同じような状況で同じ悩みを持つ人を探し出し、

情報を交換し、感情を共有し、支え合うことができるようになるためには、まず相

対的にみた自分を知る必要があるからだ。

 

もっと身近な例でも同じ話だ。ダイエットをしたり、ジョギングを始めたり、と

いう際に1人より2人、3人、4人と多くの人と目標を共有して取り組んだほうが、

長続きする。複数の人間が同じ目的を持って行動し、お互いを励まし合う。「絆」

の再構築は社会にとって、本当に重要なテーマだ。

 

そして、すでに私たちの身近には、その「絆」の再構築に適したツールがある。

ITである。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

成長産業ITを医療に使わない理由はない

 

ITはこの数年で、大きな変化を遂げた。

 

そもそもIT産業は、1968年のインテルの創業からスタートした。その後、

アップルが立ち上がり、マイクロソフトが巨大化し、インターネットが普及し、グ

ーグルなどが一瞬にして世界を席捲し、ITの波は40年ほどで世界の最新インフラ

になろうとしている。

 

この間、さまざまな変化、そして進化があったが、そのうち最も大きかったのは、

Web1・0からWeb2・0への変化と言えるだろう。Web1・0の頃は、あ

らゆる人がITに触れられる環境にはなく、情報を発信する側は「専門家」サイド

だった。

 

しかし、時代は変わった。2000年頃から、比較的低価格でラストワンマイル

が高速化された。これによって実現したWeb2・0では、誰もが簡単に情報にア

クセスし、手に入れるだけでなく、誰もが情報を発信することも可能になっている。

健康/医療の世界でいうと、かつては医療従事者がもっぱら情報を共有し、時に発

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信していたのが、今や医療従事者も患者もどちらも情報発信を自由にできる、とい

うことだ。

 

ITは、情報のコンパクト化と共有化に向いたツールでもあるが、私がITとい

うツールの活用を考えるのには、もうひとつ理由がある。

 

ITは、グローバル化世界の最新の成長産業である。だから、これを使うべきな

のだ。

 

人類は産業の変化とともに進歩してきた。1780年頃からの60年間は、蒸気機

関などが発明された産業革命の時代。人々が、移動や輸送を船に頼り始めた時期だ。

1840年頃からの60年間は、船が鉄道へとシフトする。鉄道の敷設に資金が投じ

られ、鉄道とその周辺の産業が成長した時代だった。1890年代以降は、モータ

リゼーションの時代。電気や化学の産業もこの時代に発達した。1940年頃から

は、航空機の時代。

 

世界は、いわゆる「コンドラチェフの波」と呼ばれる、50年から60年周期の動き

で、それまでの産業が飽和するのと入れ替わるようにして、新しい産業が立ち上が

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

り、そして成長してきた。

 

もっとも、新しい産業は、急激には立ち上がらない。リスクマネーが投資され、

銀行が資金を融通するという手順を踏んでゆっくりと立ち上がり、あるとき急に成

長し、それからゆっくりと飽和に達する。これらを明らかにしたサセックス大学の

クリストファー・フリーマンの一連の研究はきわめて興味をそそられる。

 

では、最新の成長産業はなんだったか。その答えが、ITということになる。

 

であれば、ITインフラを活用し、いかにして社会を健康にするか知恵を絞るべ

きだ。新しい発想が必要だ。Disruptive Innovation

、すなわち、「破壊的な革新」だ。

個人の意識の変革が、政府を変え、医療を変える

 

さて、健康/医療の世界をITの力で改革するeヘルスの実現には、その前にこ

うしたネットワークを構築する立場にある国や地方自治体が国民にあらゆる行政情

報を電子化して開示し、透明性の高い組織を作り直す、いわばe-Governm

ent

とな

る必要がある、と先に申し上げた。

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政府が電子化を行うと権限を持つ人間による裁量の入り込む隙がなくなる。つま

り透明化するということだ。何にどれだけのコストがかかるかがはっきりするから、

不要な部分の削減ができる。何に私たちのお金を使うべきで、そうではないのか、

議論する下地が整う。これは民主社会の基本だ。

 

それができたうえで、eヘルスの実現が可能となる。その実現にあたっては「消

費者」・「受益者」である国民、「供給者」である医療従事者に加え、「制度設計者」

になるはずの政府、自治体が変わらなければならないわけである。そうしなくては、

改革は前に進まない。

 

なぜ、政府そのものが変わらなければ、健康/医療の改革も進まないのか。この

疑問に対する答えは明確だ。

 

冒頭で述べたように、少子高齢化も医療費の高騰も医療問題である前に、社会全

体の問題である。したがって、それを解決するにあたっても、社会全体の参加を図

る必要がある。するとまず情報開示を行い、電子化すべきは誰なのか? 

健康/医

療の世界でそれを行う前に、日本社会の運営母体である、政府が率先して取り組む

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

べきだ。

 

その一方で、個人が自分の健康情報は自分で管理する、という意識改革も必要だ。

 

これまで述べてきたような健康/医療問題の改革はつきつめると、「お上任せ」

だったこの問題について、日本人一人ひとりが、自分で情報を管理し、自分で決断

を下す、いわば「市民意識」を持つところから始まるからだ。これは何も医療に限

った話ではない。社会の運営全般に関わることだ。

 

ひとつ、例を紹介したい。

 

東欧の国ハンガリーでは、納税額の1%を、国に納める代わりに任意の医療や教

育に関する組織などNGOに寄付できる仕組みがある。これはつまり、国が税金で

公的セクターを運営するという間接民主主義の方法論から、個人が応援したい特定

のNGOに寄付をする、という直接民主主義の方法論に、国家自体が国民に対して

提案したことになる。このプロセスこそが実は「市民社会」の基本である。

 

これから日本を健康で長寿の国とし続けるには、まず個人が、そして医療従事者

が、さらに政府が意識を変えなければならない。そのためにも、国民一人ひとりの

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意識がそのような変化に向かうことが必要だ。

ポーターとクリステンセンが見た医療

 

社会問題と医療問題は、複雑に絡み合っている。

 

医療問題は、この世の全ての問題の縮図で、社会問題を考えるとき、医療の問題

を避けることはできないし、その逆もまた、事実だ。

 

それを踏まえたうえで、具体的な医療の問題について考えていきたい。

 

アメリカでは、医療問題について、経営学の泰斗であるマイケル・E・ポーター

や、イノベーションの神様、クレイトン・クリステンセンが積極的に発言し、将来

のあるべき医療の姿を説いている。

 

ポーターはその著書『医療戦略の本質』(日経BP社)を記すに至った起点を、「な

ぜ医療では競争がうまく機能しないのか?」という疑問だと述べている。そして彼

らは、競争原理がうまく機能しない理由を見つけ出した。

 

つまり、実は医療分野では競争は激しいのだが、そのインセンティブが歪んでい

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

るために、コストの増加という結果を招いているというのだ。

 

クリステンセンも同様のことを指摘している。日本語版が未発売の近著『T

he Innovator's Prescription: A

Disruptive Solution for H

ealth Care

』から、彼の考え

を少し紹介したい。

 

クリステンセンは、病院が『診断』と『治療』という、まったく異なる行為を内

部に共存させようとすることの矛盾が、現在の医療崩壊を導いたと考えている。診

断とは、その結果の内容にかかわらず費用が発生するものだが、一方で治療の場合

は、結果に価格付けができ、また、それに見合うだけの内容の保証も、ある程度は

できる。

 

では、どちらにより高い『価値』があるのかを考えることは、彼得意の表現を借

りれば以下のように例えられる(黒川による意訳)。

“マッキンゼーによる戦略的コンサルティングと、現代自動車による乗用車の製造。

そのどちらにより価値があるのかを、消費者に聞いているようなものである。マッ

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キンゼーの仕事は、施術ごとに費用が支払われる。結果の善し悪しは別問題である。

しかし、現代自動車が乗用車を製造する際の費用は、たいてい当たりが付く”

 

このふたつの、価値を比較できないものをどうやって共存させるかということに

なりそうだが、クリステンセンの解はそこにはない。

 

共存が矛盾するなら分離をすればいいというのが彼の提言だ。

 

つまりは、ふたつの異なるビジネスモデルを分離せよということになる。

 

しかし長い間、このふたつの相反するビジネスモデルは同居を余儀なくされてき

た。その理由は、切り離すためのツールがなかったからだ。

 

再びクリステンセンの言葉を引く。

“病院は患者を、高価な医療機器が中央集権化された場所に誘導する。血液などの

サンプルはそこからさらに中央検査センターに転送され、さらに高性能な機器で検

査が施される。MRIやCTスキャンなどの画像診断装置も、中央集権化されてい

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

る。今日の医療産業は、問題を解決策に結びつけるという構造になっている”

 

問題を抱える側が解決策へ近づいていかなくてはならない構造は、もはや医療機

関くらいにしか残っていない。クリステンセンも本著で指摘しているように、音楽

はコンサートホールではなくポケットの中のMP3プレイヤーで聞けるようになっ

たし、ネットショップは自宅のパソコンに無限の陳列棚を提供している。

 

なぜそれが可能になったのか。

 

答えは簡単。ITが発達したからだ。

 

クリステンセンは、医療産業における破壊的第1波を、さきほど述べたビジネス

モデルの分離と考えている。そして第2波は何かというと、解決策を患者側に引き

寄せるモデルだ。

“検査や施術など、今でこそ医師や看護師が中央で行っていることを、患者の仕事

場で行う。決断アルゴリズムの共有が処方能力を破壊的に向上させ、かかりつけ医

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でも、世界有数の専門医の視点で診断を下せるようになる。技術の発展はまだ途上

だが、相互通信能力は仮想的な非集中化をもたらす。これが遠隔医療という動きで

ある”

 

これは、現在進行中の医療のグローバル化問題とも大変関連の深い話だ。

 

米国内には、高いレベルの処方を求めて、諸外国から患者が多く集まる病院があ

る。

 

逆に、アメリカやヨーロッパからそれ以外の地域の、医療コストと生活費が少な

くてすむ病院へ患者が流出してもいる。

 

なぜか。それぞれそこへ行かないと、求める医療が受けられないからだ。これは、

遠隔医療が現在成立していないこと、そして求められていることを示す顕著な例と

いえる。

 

他の業種に携わるビジネスパーソンは、医療業界に蔓延する旧態依然とした構造

に、あきれるのではないだろうか。

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

これまでの制度を破壊し、すすめるべき3つの私案

 

医療の世界をどうするべきかについて、ポーターやクリステンセンの主張するこ

とに、私もおおむね賛成だ。

 

すでにある医療制度は、医療が産業として成立することを前提としていない。異

なるビジネスモデルや、多くの専門家を束ねて、効率よく全体として運用すること

が考えられていないのだ。プロジェクトマネジャー不在の事実が、医療問題を複雑

化させている。

 

だから、これまでの制度を破壊し、新たな形を作っていく必要がある。

 

その中から3つ、私の腹案を紹介したい。

改革案1 

医者をもっと動かせ!

 

まず、医者はもっと移動させるべきである。すなわち病院の人事をオープンにす

べきである。ひとつの大学、ひとつの派閥、ひとつの病院、ひとつのチームにこだ

わらず、さまざまなパートナーと共に、さまざまな施設で経験を積むべきだ。

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すると自ずと、誰が優秀な医者なのかがはっきりしてくる。そうなると、周囲の

医者は、その優秀な医者を真似る。結果、医療の質が底上げされる。

 

現状では、どの医師が優秀かは曖昧なまま。いい意味で、医者の技術の本当のラ

ンキングがつまびらかにされていない。従って、誰を真似るのかも曖昧で、曖昧な

技量の医師だけが育っている。しかし、もっと腕のいい医者にスポットが当たるよ

うにすべき。そのためには医療界の人材の交流、流動化を進めるのが一番なのだ。

 改革案2 

メディカルスクールの仕組みを入れよう!

 

人材の流動化は、医師になる前の段階、医学生のときにも必要だ。

 

日本の場合、18歳で大学に入る際に、すでに医学部に行くかどうかが決められて

しまう。けれどもアメリカ、カナダなどの「メディカルスクール」制度では、さま

ざまな大学4年制の教養課程を経て、ときにはいったん仕事を持った人間が、自分

の意思で医者への道を選ぶ。

 

医者という仕事は適性が厳しく問われる職業である。ある種の哲学と人生経験が

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

必要な仕事だ。本来、18歳の時点で就くかどうかを決められる仕事ではない。

 

アメリカのメディカルスクール出身者と日本の大学医学部を卒業した人を比べる

と、アメリカのほうが問題解決能力に優れるという調査結果がある。日本はといえ

ば知識面での優位が結果として出ている。

 

そして、現場で医師に求められる能力は、どちらかといえば問題解決能力だ。

 

論理的な、そして体験的な問題解決能力に長けていることが、優秀な医者の条件

なのだ。だから私は、日本にもメディカルスクールのような仕組みがあってもいい

と考える。

 

ゆえに、医学部に入ったものの医者には不向きだと気付いた人への退路も用意し

たい。これまでは、「成績が良かったから」「周りに勧められたから」医学部に進む

学生も少なくなかった。しかし、そういったモチベーションだけでは、医師の仕事

は務まらない。向いていないと気付いた学生が、医学部を辞めても行く先がないの

で、しょうがなく医師になる。他の学部への転部はなぜか難しい。これは本人にと

っても、患者にとっても、不幸なことだ。

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改革案3 

公的病院群のあり方を見直そう!

 

もうひとつ、私は、公的病院群の見直しが必要だと考える。

 

たとえば、社会保険病院(ほかにもいくつもの、同じような病院群がある、自治

体立病院群、国立病院群等々)とは、その名の通り、社会保険庁が設置した病院だ。

これらの多くが、同等規模の民間病院の近くで運営されている。診療科も設備も、

多少の違いはあれ、やっていることはほぼ同じ。なぜ、公立の病院がそのような場

所に存在する理由があるのか? 

なぜ、税金を使って、国が民間病院と同じことを

する必要があるのか?

 

民間にできることは、民間に任せるべきだ。国が急性期医療を担う必要はない。

 

国が管理する病院は、いわゆる難病や特殊疾患への医療など、民間だけでは取り

組みにくい、コストがかさむ分野に絞って、しっかりと取り組むべきだ。

 

では、どんな病院の体制が望ましいのか。

 

ベースは大学病院など、地域にハブとなる病院を明確に定める。ただし、こちら

は施設としての機能がメイン。基本的に多くの医師に対して「オープン」なシステ

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第1章 日本の健康と医療の未来を考える

ムとして運営される。個々の患者さんには、近所に自分のかかりつけの「主治医」

がいる。この主治医が地域の中型、大型病院の設備を柔軟に使えるようにする。そ

して、さらに自分の専門領域外の治療に関しては、専門医にバトンタッチできる仕

組みをつくる。

日本という社会が健康であり続けるために

 

いずれの案も、今、医療の現場にいる人には、考えられない、そして即座には受

け入れがたいものかも知れない。個人個人にとっても、「予防は自分で」「データは

個人で」と言われると、責任を押しつけられているように感じてしまうかも知れな

い。

 

だからこそ、何度も述べてきたように、個々の日本人の意識改革が必要である。

 

変革や改革というものが、その場にいる人たちにとって最初の瞬間はおおむね歓

迎されるものではないことは私も実感をしてきた。しかし、日本という社会とそこ

で暮らす人々が健康であり続けるためには、社会と私たち自身が、変わらなければ

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ならない。ダイナミックな変化こそが、常識を再構築し、変わりゆく社会を健康に

保つ、唯一の方法なのだ。

 

座して死を待つのか、新たなソリューションを自ら手にしようと行動を起こすの

か。

 

選択すべきときは、もうそこまでやってきている。待ったなしなのだ。

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日本国の 医療改革について

第2章

近藤 正晃内閣官房 国家戦略室長付 参事官

(古川元久内閣官房国家戦略室長のスピーチを代読。肩書きは 2010 年 5 月 31 日、GE ヘルシーマジネーションデイ 2010 での講演時のもの)

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プロフィール

近藤正晃(こんどう まさあきら)慶應義塾大学経済学部卒業、ハーバード大学経営大学院修了、イェール大学ワールドフェロー。マッキンゼー・アンド・カンパニー社のコンサルタント、東京大学の教員を経て、日本医療政策機構副代表理事および TABLE FOR TWO 代表理事。2009 年より現職。

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第2章 日本国の医療改革について

日本と世界3つの課題

 

2010年6月、政府は、「『元気な日本』復活のシナリオ」と題した、新・成長

戦略を閣議決定しました。医療は、そのうちの最大の注力分野です。

 

具体的な話をする前に、成長戦略全体を説明したいと思います。

 

まず、成長戦略を考えるに当たって、日本の立ち位置をどう考えるのかという点

です。

 

今、全世界が直面し、克服しなければならない課題が3つあります。それは、

(1)地球の温暖化と資源の枯渇

(2)高齢化

(3)新しい資本主義の模索

 

です。

 

これらのグローバルな課題に対し、我が国日本は、各国に先んじて、深く関わっ

てきました。したがって日本は、「課題先進国」として、イノベーションのリーダ

ーとなる可能性を持っています。

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例えば(1)地球の温暖化と資源の枯渇について、日本が課題先進国である根拠

をご紹介します。

 

GDP当たりの二酸化炭素排出量を比較した、2007年のデータがあります(2

009年、International Energy Agency

)。

 

日本のこの数値は、0・24㎏/USドルです。この数値だけではぴんと来ない

かも知れません。しかし、EUの0・4㎏/USドル、アメリカの0・5㎏/US

ドルと比べると、相当小さな数字であることがご理解いただけるはずです。実にア

メリカの半分という高効率を誇ります。

 

新興国のデータを見ると、インドは1・72㎏/USドル。中国は日本の約10倍

の2・5㎏/USドルです。こういった国々に対しても、日本の持つ世界トップレ

ベルの環境・省エネ技術を生かし、新興国の二酸化炭素の削減と日本の経済成長を

同時に達成していくことが重要なテーマとなります。

(2)の高齢化については、みなさんもよくご存じだと思います。

 

日本人の平均寿命は、男性が79・19歳、女性が86歳。男性の寿命は世界で3位、

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第2章 日本国の医療改革について

0.5

2.52

1.72

0.40.24

00.250.50.751

1.251.51.752

2.252.52.75

日本 EU アメリカ インド 中国出典:International Energy Agency(2009)

キログラム /US ドル

CO2 排出量 /GDP(為替レートベース)国際比較(2007 年)

■ 図1 世界トップレベルの環境・省エネ技術

各国の平均寿命・健康寿命(2007 年)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

平均寿命健康寿命

(歳)

出典:UNDP(国連開発計画)「人間開発報告書」より作成。

アフガニスタン

南アフリカ

エチオピア

インド

ロシア

インドネシア

トルコ

ブラジル

サウジアラビア

中国

アルゼンチン

メキシコ

アメリカ

韓国

イギリス

ドイツ

カナダ

フランス

イタリア

スイス

アイスランド

日本

■ 図2 世界最高の長寿・高齢社会

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女性は23年連続で1位です。平均では1位です。

 

ここで、健康寿命という考え方をご紹介します。これは、日常的に介護を必要と

せず、自立した生活ができる生存期間のことを指します。この数値が高ければ高い

ほど、自立した高齢者が多いことになります(図2)。

 

国連開発計画がまとめた「人間開発報告書」によると、この健康寿命が最長なの

も、私たち日本人です。

 

社会保障の観点では、長寿国家はコスト面での負担が大きいのは事実です。しか

し、人類は長寿を願い続けた生物です。人類史上最長の数値を勝ち得た日本には、

多くの国々が学びたい、導入したい部分があることは確かです。

 

では、(3)の新しい資本主義のあり方はどうでしょうか。

 

2008年のダボス会議で、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が「創

造的資本主義」という言葉を使い、「資本主義には光と陰の部分がある。陰の部分

に対しても、創造的な手法で解決ができるのではないか」と問題提起をするスピー

チをしたのをご記憶の方もいらっしゃることでしょう。

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第2章 日本国の医療改革について

 

創造的資本主義とは、現存する資本主義の枠組みの中で、資本主義の持つ格差の

拡大や貧困問題といった課題を、ビルトインで解決しようというものです。

 

こういった考え方は、ゲイツ氏ひとりのものではありません。

 

例えば、『RED

Project

』というものがあります。赤い色のiPodが売れると、

収益の一部が、アフリカにおけるエイズ対策などに使われるというものです。赤は、

エイズ患者への偏見をなくし、理解を深める活動のイメージカラーです。

 

マーケットと社会的課題解決が連動し、ビジネスと社会的課題の同時解決が図ら

れます。

 

こういったグローバルな取り組みは、リーマンショック以降に重ねられた議論の

中から高まっておりますが、さて、では日本ではどうでしょうか。

 

この点は遅れているとお感じの方もいるかも知れませんが、そうではありません。

日本には、資本主義という言葉が人口に膾炙する前から言い伝えられてきた、ビジ

ネス訓があります。

 

例えば、近江商人の「三方よし」。「売り手よし、買い手よし、世間よし」は、い

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わばw

in-win-w

in

の関係です。

 

そして、「日本資本主義の父」渋沢栄一氏は「右手に算盤、左手に論語」という

経済面と倫理面の両立をどう図るかを投げかける言葉を残し、松下電器産業(現在

のパナソニック)を作り上げた、戦後日本最大のアントレプレナー・松下幸之助氏

は「世の為、人の為になり、ひいては自分の為になるということをやったら、必ず

成就します」と言っていました。

 

資本主義と、社会的な善をどう両立させるかは、日本国内ではずっと昔から考え

られてきたことです。

 

つまり、日本の資本主義は、最初から、創造的資本主義だったわけです。

 

こうした日本の強みと世界的な問題意識をどう結びつけていけるか。

 

これが、新・成長戦略の基本方針を考える上で、私たちが常に意識していたこと

です。

 

そこで、私たちは世界の“フロントランナー”としての日本を打ち出そうと考え

ました。

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第2章 日本国の医療改革について

 

日本は「課題先進国」であり、「課題解決国家」です。世界が直面する課題の前

に立ちすくむことなく、むしろ、世界の模範たる「モデル国」として、世界の課題

の解決にあたるべきです。

社会よし、環境よし、経済よし

 

では具体的に、どうやって課題を解決していけばいいでしょうか。

 

まず、新しい時代の成長とは何か、何を成長とするかを考えたいと思います。

 

近江商人の間に残る言い伝えを真似て言うと、これは「社会よし、環境よし、経

済よし」ということになります。

 

経済さえよければ、格差の問題も環境問題も後回しというのではなく、よい循環

を作らなければならない。

 「社会よし」で表現されるよい社会とは、健康寿命が世界で最も長い社会です。

そして、ニートや引きこもりの問題がありますが、健康な人々の居場所と出番のあ

る社会です。また、民による公共サービス、いわゆる新しい公共の充実も、ここに

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含まれるでしょう。

「環境よし」の示すよい環境とは、世界で最も早く実現される低炭素社会です。日

本の現在のアドバンテージを生かして、これをどう実現するか。私たちは生物多様

性の保たれた豊かな自然の中で、循環型の社会を構築します。

 

良い社会を生み出すためのライフ・イノベーション、そして良い環境を整えるた

めのグリーン・イノベーションは、結果的に、「経済よし」の状況を生み出します。

「経済よし」とは、目標として掲げているGDPの名目3%(実質2%)の成長、

雇用不安を解消するための就労率の向上、産業構造を転換する、高度な技術と専門

性を持つ知識資本の増加、これらが達成された状況を意味します。

 

いずれも、そしてそれぞれの循環も、世界のモデルとなりえます。

日本のライフ・イノベーション

 

さて、いよいよこの本の最大のテーマである医療問題です。医療・健康・介護分

野のイノベーションをまとめて「ライフ・イノベーション」と名付けて追究するこ

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第2章 日本国の医療改革について

ととなりました。

 

まず、現状の把握をしたいと思います。

 

今、日本が世界一の長寿国となっている要因のひとつに、国民皆保険制度により、

全ての人があまねく、低コストで質の高い医療サービスが受けられる状況にあるこ

とが挙げられます。これは世界に誇るべきことです。

 

しかし、昨今は医療崩壊が進み、救急・産科・小児科・外科の労働環境が劣化し

ています。

 

医療崩壊を食い止め、医療を再生するには、医療に対する考え方を、根本的に転

換する必要があります。

 

これまで、医療への資源投入はコストでした。投入した資源は、回収できなくて

も仕方のないものだと思われてきました。

 

しかし、これからは違います。医療への資源投入は、人々の健康と医療産業のグ

ローバル展開を後押しする投資とみなすべきです。

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ここで、診療報酬についてお話をしたいと思います。診療報酬とは言うまでもな

く、保険診療の際に、医療行為等の対価として支給される金額を決定するものです。

 

平成22年度(2010年度)の診療報酬改定は、実に10年ぶりにネットプラスの

改定となりました。全体の改定率はプラス0・19%。原資は約700億円です。

 

この最大の目的は、救急・産科・小児科・外科など崩壊する医療現場の再建と、

病院勤務医の負担軽減です。

 

改定診療報酬の内訳を見ると、診療報酬(本体)はプラス1・55%(約570

0億円)となっています。これをさらに細かく見ると、医科ではプラス1・74%

(約4800億円)、歯科がプラス2・09%(約600億円)、調剤がプラス0・

52%(約300億円)です(左ページ図)。

 

医科をさらに細かく分類すると、入院がプラス3・03%(約4400億円)、

外来がプラス0・31%(約400億円)です。つまり、急性期の入院医療に、あ

らたに約4000億円が振り分けられたことになります。

 

ちなみに、薬価はマイナス1・36%で約5000億円の減少です。

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第2章 日本国の医療改革について

現状認識

医療に対する考え方の根本的転換

平成 22年度診療報酬改定

・国民皆保険、低コストで質の高い医療サービスの提供で日本は世界一の長寿国に。 ・しかし外科医の減少、手術の半年待ちの状況など、医療現場は「医療崩壊」と 呼ばれる 深刻な状況に陥っている。

・診療報酬(本体) +1.55%(約5,700億円)

歯科 +2.09%(約600億円) 調剤 +0.52%(約300億円)

・薬価等 ▲1.36%(約5000億円)

医科 +1.74%(約4800億円) 入院 +3.03%(約4400億円)外来 +0.31%(約400億円)( )

医療への資源投入はコストではなく投資

全体改定率 +0.19% (約 700 億円) 10 年ぶりのネットプラス改定

重点課題・救急、産科、小児科、外科等の医療の再建・病院勤務医の負担軽減

急性期入院医療に概ね

4000億円を配分

■ 医療崩壊から医療再生へ

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繰り返しになりますが、医療崩壊を食い止め、再生へ舵を切り始めたのが、平成

22年度です。今後10年間、どうこの分野を伸ばしていくかが喫緊の課題です。

 

これも踏まえた上で、世界最長の健康寿命を誇り続けるためには、具体的に、ど

のようなライフ・イノベーションを目指すべきでしょうか。

医療機関特区からレセプト情報のIT化まで

 

政府は、09年12月に発表した新・成長戦略の基本方針の中で、2020年までの

目標に、『医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業の育成と雇用の創

出』を掲げています。具体的には、約45兆円規模の新規市場、約280万人の新規

雇用人口を見込んでいます。

 

このための施策としては、以下のようなものが考えられます。

 

まず、医療ツーリズムを推進するため、医療機関特区を制定します。急増するア

ジア人口、あるいは富裕層に対して、シンガポールや韓国、タイで、医療をビジネ

スとして提供する動きが進んでいます。日本も、質の高い医療の提供先を外国人に

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第2章 日本国の医療改革について

も開き、収益基盤としても確立しながら、国際的な医療基準を高めていく、その契

機にしようというものです。諸外国と比較して遅れていたビザの緩和、医療機関の

国際的な認証を、抜本的な規制改革をして、推し進めます。

 

それから、革新的な医薬品・機器の研究開発促進があります。これも、これまで

続いた予算削減の流れの中で、創薬や機器開発といったシーズ開発が国内ではやり

にくい状況がありました。しかし今後は、10ほど重点分野を決め、集中的な予算投

入を大規模な施策として執り行っていきます。これと同時に、

医薬品医療機器総合

機構との連携も深めます。

 

未承認薬についても大きな問題でした。患者さんにとっても、世界では認められ

ている薬や治療法が、日本では使えないという状況が続いてきました。これについ

ては、未承認薬あるいは保険外療法を、従来の療法と併用できるよう、大胆な規制

緩和を進めます。具体的には、国内の100から200の拠点で併用療法ができる

ようにしたいと考えています。

 

現在のところ時間がかかってしまっている治験・承認体制については、数百名単

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位で医薬品医療機器総合機構の人員を強化します。一方で、審査期間を大幅に削減

し、欧米並みの状態にします。

 

そして、レセプト情報のIT化があります。医療の質、安全性、効率性の確保の

ためにはデータが必要なことは明らかですが、長い間抵抗を受け続け、なかなか導

入できずに来ました。しかし今回はようやく、IT戦略本部において、レセプト情

報のIT化を決定しました。ナショナルデータベースの構築も決まっています。2

011年中には、研究者へ開放する際のルールも含めて方向性をとりまとめます。

 

個人の医療情報のポータビリティに関しても、長い間非常に多くの問題提起がさ

れながら、実現に至ることはありませんでした。これを「どこでもマイ病院」とい

うコンセプトの下、2013年までに、患者の医療情報を医療機関の間で連携でき

る制度を導入します。

 

ここでご紹介した代表的な施策はすべて、これまで何度も議論がされながらも、

さまざまな規制、あるいは予算の問題で実現されてこなかったものです。

 

そういった過去も踏まえ、医療分野を重点分野とした今回の成長戦略では、これ

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第2章 日本国の医療改革について

までできなかった分を取り返し、さらに前向きに発展させることにしました。

 

日本の医療はこれまで、官が枠組みを規定して、その枠内で民間と患者が行動す

るという発想がありました。

 

しかし、医療のニーズは患者によって多様であり、決して画一的なものではあり

ません。そして、それぞれのニーズを満たす技術やサービスを開発できるのは民間

です。政府はそれを支援する役割を担いたいと思っています。これは、従来とはま

ったく異なる構造です。

 

大きな発想転換が必要です。時代の大変革期にあっては、過去からの単純な延長

は意味も力も持ちません。診療報酬のプラス改定に留まらず、具体的な施策を打ち

立てたのは、未来から今を見つめ、その未来に向かって、道を自ら切り開いていく

覚悟と勇気が求められていると感じたからです。

 

日本は、世界でも希有な健康長寿大国として、産業面も含めて医療を再生させ、

世界の手本になっていこうとしています。

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超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

第3章

村井 嘉浩宮城県知事

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略歴昭和59年  3月  防衛大学校(理工学専攻)卒業昭和59年  4月  陸上自衛隊幹部候補生学校入校昭和59年  9月  陸上自衛隊東北方面航空隊(ヘリコプターパイロット)平成  3年  4月  自衛隊宮城地方連絡部募集課平成  4年  4月  財団法人松下政経塾入塾平成  7年  4月  宮城県議会議員(第一期)平成11年  4月  宮城県議会議員(第二期)平成11年  5月  宮城県議会保健福祉委員会副委員長平成12年  7月  宮城県議会循環型社会・環境対策特別委員会委員長平成14年  7月  宮城県議会産業経済委員会委員長平成15年  4月  宮城県議会議員(第三期)平成16年  6月  宮城県議会外郭団体等調査特別委員会委員長平成17年11月  宮城県知事(第一期)平成21年11月  宮城県知事(第二期)

プロフィール宮城県知事村井 嘉浩(むらい よしひろ) 生年月日  昭和35(1960)年 

8月20日 出身地 大阪府

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

最大の問題は超高齢社会

 

未曾有の超高齢社会の到来

︱。

 

日本が国として、それから地方として考えなければならない医療と健康の中核に

あるのがこの問題です。いや、日本という国の行く末を左右する最大の問題かもし

れません。

 

しかも、この問題が一番深刻化するのが、これから15年なのです。

 

数字で高齢化の凄まじさを見てみましょう。

 

75歳以上の人口がどう推移するのか。国立社会保障・人口問題研究所が出した都

道府県別の将来推計人口のデータによれば、宮城県の場合、2010年時点で約26

万6000人が2025年には約37万4000人と1・4倍に膨れ上がります。全

国の場合、同約1422万2000人が約2166万7000人とやはり1・5倍

に増える予測です。

 

さらに80歳以上の人口は、全国で見ると2010年約826万8000人から15

年間で500万人以上も増えて2025年には約1338万3000人になる計算

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です。

 

2025年以降は、高齢者の人口増加も頭打ちになります。ゆえに、この15年の

急激な高齢化にどう対処するかが、日本にとっても地方にとっても最大の課題とな

るわけです。

 

では、こうした社会の高齢化が日本の国と地方の医療と健康にどんな問題を巻き

起こすのか?

 

以下の4点が挙げられます。

1 

医師不足と医療費高騰

 

社会が高齢化すれば、当然、お医者さんや病院のお世話になる人の数が増えます。

一方で、すでに医師不足が問題となっています。なかでも、都市部と過疎地の医師

の数の格差は深刻な状況です。宮城県全体で見ると、人口10万人当たりの医師の数

は、約200人です。これは全国の平均とほぼ同じです。けれども平均値を見てい

るだけでは問題は明らかになりません。県庁所在地の仙台市とその他の地域とを比

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

較すると、人口当たりの医師の数の格差は最大で2・6倍にも開いているのです。

 

すでにこうした医師の数の格差が地方では起きています。高齢者人口が先ほど挙

げた数字の勢いで増えていけば、医師不足はますます深刻なものとなるのは論をま

ちません。また、それは、当然医療費の高騰をも意味します。

2 

特別養護老人ホームなど福祉施設の不足

 

高齢者が増えれば、すでに満床状態の特別養護老人ホームなど福祉施設がますま

す不足することになります。人口約233万人の宮城県において、特養ホームへの

入所を待っている待機高齢者が、現在1万人もいらっしゃいます。そのうち介護度

が重くて自宅待機されている方が約2200人です。この方々のために、私は今後

4年間で受け入れられるだけのベッド数の整備を進めるつもりでいます。ただし、

今後の増加数を勘案すると、今の施設数では、そして今の運営体制ではカバー仕切

れません。

 

自宅での介護のサポートも重要です。この在宅介護には、力を入れれば入れるほ

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ど、地域から孤立した高齢者の姿が浮かび上がってきます。2006年から201

0年までの4年間で、宮城県では約40人が孤立死、孤独死をされていました。こう

いった方々をいかにして減らすか? 

高齢者をサポートする地域のネットワーク作

りも喫緊の課題です。

3 

介護人材の不足

 

福祉施設の供給不足と並んで深刻なのが、福祉の現場で介護を行う人材が絶対的

に不足していることです。実はこの不景気でも、介護の世界では求人数が多いので

す。なり手が見つかりにくいからです。若い人たちに人気がないのが一因です。「き

つい」「給料が安い」ために、敬遠されがちで、また離職率も高い、というのが現

状なのです。高齢者が増える今、介護人材の確保は急務です。

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

4 

認知症高齢者の増加

 

75歳以上の高齢者が増加すると、当然増えていくのが認知症の高齢者の数です。

現在、宮城県では要介護認定者の約半数に当たる4万人が認知症患者と見られてい

ます。かつての日本においては、認知症の高齢者の方のケアは、家族と地域が担っ

ていました。けれども核家族化が進み、高齢者の方が子供たちと離れて暮らすのが

当たり前となり、地域の絆が薄れてしまった現代において、家族や地域に頼ること

は困難となってきています。認知症高齢者の増加にどう地方行政として対応してい

くのか、とても重い課題です。

ITの活用こそが、高齢化社会への処方箋となる

 

以上4つが、社会の高齢化に伴って現実に私たちの目の前に突きつけられる課題

です。若年人口が増えない今、どうすればこの困難な課題に応えることができるの

でしょうか?

 

ひとつは予防策です。病気になる人をあらかじめ減らしてしまうわけです。

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宮城県ではすでにさまざまな予防策を講じています。まず、みやぎ21健康プラン

です。具体的には、メタボリックシンドローム対策への先駆的な取り組みです。

 

高血圧や糖尿病につながるメタボについて、しっかりと対策を講じることは、慢

性疾患の予防につながり、多くの方が健康で長生きできます。かつ、行政や医療機

関からみれば、患者の数を減らすことができ、医療費の高騰を抑えることができま

す。

 

直近のデータでは、宮城県の市町村国保の特定健診受診率は、全国で1位です。

今後も、早期診断、早期ケアを徹底することで、宮城県民の健康を維持していきた

いと思っています。

 

もうひとつは、がん予防です。宮城県では、がん対策推進計画を進めています。

 

ここでは、がん検診の受診率と質の向上を目標に掲げています。これももちろん、

早期発見がより早くスムーズな治療をもたらすものだからです。宮城県は国が定め

たがん検診の受診率である50%を大幅に超えた70%を目標に、市町村と連携をしな

がら取り組んでいます。

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

 

このがん検診については、精度管理調査も行っています。市町村や検診実施機関

ごとの結果をホームページで公開し、どの地域がしっかりしているのか、明確にし

ています。

 

さらにもうひとつ、これから最も力を入れていかなければいけないのはITの利

活用です。

 

高齢社会という問題の解決に際して頼りになるのは、やはり技術力、とりわけI

Tです。ITの積極的活用こそが、社会の高齢化への有効な対応策を生んでいく、

と私は考えています。

 

宮城県では、以前よりITを活用した医療/健康分野での実験が取り組まれてき

ました。

 

東北大学病院病理部では、10年前から県内の沿岸部の医療施設

︱気仙沼や石巻

の病院との間で、遠隔病理診断が行われてきました。

 

平成16年度(2004年度)には、県南の中核病院を中心に救急搬送時のデータ

転送実験を国が行っています。

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現在は、NTT東日本のサポートを受けながら、慶應義塾大学医学部付属病院と

栗原市とで、健康指導を遠隔で行う実験をスタートしています。

 

これら以外にも、国、地方自治体、大学病院、そして企業が連携しながら、医療

の世界でのITの活用について、さまざまな実証実験が展開されています。

 

けれども、重大な問題が残されています。

 

それは、こうした実証実験の多くが、実験のままで終わってしまっていることで

す。継続して実用化されていないのです。

 

なぜでしょう。現状において、それぞれの医療施設で行った実験やそこで取り扱

ったデータを他の医療機関と共有することが困難だからです。

 

要するに個別の医療機関ではITを利用できるけれども、情報やシステムの標準

化や共有化が進んでいない。これが医療や福祉の世界でのITの活用を妨げている

最大の問題と捉えています。ある病院で集めた電子データを、他の病院での閲覧や

利用ができなければ、ITの導入の価値は激減してしまいます。個別の病院で管理

している紙のカルテをただ電子化しただけ、と変わりがありません。

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

 

そこで、国にぜひこうした部分の改善について奮闘いただきたいのです。

医療のIT化のカギは医療情報の標準化と共有にあり

 

日本国民の健康情報、医療情報を電子化して、個々人が自分の医療/健康情報を

所有しつつ、ITを活用しながら国と自治体と医療機関で共有する仕組みができれ

ば、医療のIT活用によるさまざまな効果が期待できるのではないでしょうか。

 

具体的なイメージは、健康保険証を全国共通化してICカード化し、そちらに国

民のIDナンバーが記されていて、これまで利用した病院のカルテや薬の処方箋、

健康診断や人間ドックの結果といった情報がすべて管理されている。病院は、患者

のデータを参照して既往症やアレルギーなどをもれなくチェックできるため、誤診

や誤治療を未然に防ぐことができる上、最善の治療法も選びやすくなる。

 

技術的には今あるもので十分に対応可能ですし、既存のネットワークやコンピュ

ータ設備を活用すれば、設備投資もさほど必要ではありません。

 

こうした仕組みが実現すれば、医療資源を有効活用できますし、遠隔地治療も簡

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単になりますから、医師不足にも対応できます。早期治療につながることから、医

療費削減にも寄与します。いいことだらけです。

 

ただし、以上のシステムを実現するには、国民の医療/健康情報が標準化され、

電子化されて、共有できるようになっていなければなりません。

 

IT化のメリットを最大限に享受するためには、扱う情報の標準化と共有化が必

須です。

国にお願いしたいのは、国民の健康情報の電子化と共有化

 

つまり、「『国民総背番号制』のような仕組みとセットで、国単位で行わなければ

ならない改革なのです」と書けば、なぜ医療情報のIT化が難しいか、お分かりに

なりますね。『国民総背番号制』のような仕組みに対し、国民の多くが不安を抱い

ているのではないでしょうか。

 

たしかに個々人の医療情報や健康情報は当人にとって最大のプライバシーであり、

厳重に管理されるべきデータです。漏洩や悪用があっては絶対になりません。でも、

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

だからといって、こうした情報の電子化や共有化を拒否するというのは現実に即し

ていない、と私は思います。

 

今、日本が直面している高齢化問題と、それに伴って起きる医療や健康の問題は、

明日からでもすぐに対応策を講じなければいけないほど、重大かつ喫緊の課題です。

そんな中、ITのメリットを最大限享受できる、国民の医療健康情報の電子化と共

有化はすぐにでも進めるべき施策です。リスクを最大限回避しつつも、私は国が主

導して進めるべきだと考えています。宮城県のような県単位で進められる課題では

ありませんし、また県単位ではメリットも小さいのです。

道州制、企業と大学病院との連携も

 

患者の医療情報が病院間で共有されていないことで、すでにこんな実害が出てい

ます。

 

仙台市内の薬物依存患者の方たちの更生を行っている会の方たちからお聞きした

のですが、いま睡眠薬や向精神薬など、病院が処方する薬の過剰摂取で薬物依存に

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なっている方たちが非常に増えているそうです。

 

なぜそんな事態が起きるのかというと、薬物依存になった方は、病院を次々と変

えては、自分の欲しい薬物をその都度処方してもらい、手に入れているからです。

個々の病院は目の前の患者がこれまでどこの病院でどんな薬を処方されてきたのか

確かめようがないので、こうした事態が起きてしまうわけです。

 

患者の医療/健康情報が電子化されて、病院が患者の情報にアクセスできる体制

があれば、過去の病院歴と薬の利用歴が瞬時にわかります。処方薬の過剰摂取のよ

うな事態は未然に防ぐことができるのです。

 

繰り返しになりますが、国には一刻も早く医療や健康、福祉の世界でITを戦略

的に活用できるよう、国民の医療健康情報の一元化と電子化を実現する策を打って

いただきたい。

 

そうすれば、前述したような悲劇は未然に防げるだけでなく、治療や検査の効率

化、過剰な薬の処方といった無駄をはぶくことができ、医療費の抑制が可能となり

ます。医師不足もある程度解消できますし、医療の地域間格差にも対応できるよう

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

になります。つまり財政面で相当コストダウンできるはずなのです。そして、コス

トダウンした分の予算を、国民の医療/健康情報のセキュリティやプライバシー保

護に投じれば、システムの運用上のリスクも低減できます。

 

ただし、国が動きにくいのであれば、道州制を敷き、道州単位で実施する、とい

うアイデアもあります。

 

超高齢社会への対応、とりわけ住民の医療健康情報の電子化や、地域医療や地域

福祉施設の改善といったテーマは、国単位でも、県単位でもなく、いわゆる道州単

位、宮城県でしたら東北地方を一行政単位として施策を実行するのがより効率がい

いはずです。こうした社会インフラの実験や整備を地方が主導して行い、国は金融

や外交など国政に徹してもらう、という役割分担をする時期が来たのかもしれませ

ん。

 

企業への期待も忘れてはなりません。

 

ITの開発は、ほとんどすべて民間企業の手で行われてきたものです。企業の手

助けなしに、医療や福祉の世界でITを利活用することはできません。民間の技術

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力、民間の人材、そして民間の資金を最大限活かすのが、21世紀の日本の社会イン

フラを建て直す際、絶対欠かせないことだと思っています。医療とITを組み合わ

せたサービスはまだまだ発展途上ですから、企業ならではの独自の開発力をぜひ活

かしていただきたいですね。

 

IT化を進める上で一つネックになるのは、高齢者の多くがパソコンなどIT機

器の利用に関して不得手である、ということです。私の父母もパソコンのマウスが

うまくクリックできません。タッチパネルを使った端末など、高齢者でもスムーズ

に使える医療関連機器の開発なども、ぜひ企業には研究していただきたいと思いま

す。

 

地域の大学医学部と大学病院という医療のプロフェッショナルとの連携ももちろ

ん非常に重要です。宮城県の場合、東北大学病院に地域医療の核となっていただい

ています。東北大学医学部には、人材育成や県庁職員の指導などをお願いしていま

す。医療のIT利活用が現実化する際には、大学医学部との連携は、ますます強固

なものとなることでしょう。

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

日本の改革がアジアの規範となる

 

高齢社会到来を見据えた日本の医療と健康の改革について、いろいろ厳しいこと

も申し上げましたが、実はこれから15年、私たちが汗水流して新しい仕組みを作る

と、それは日本のみならず世界を救うかもしれないのです。

 

というのも、社会の高齢化は日本だけの問題ではないからです。

 

2009年の日本の合計特殊出生率は1・37です。米国は2・09で、フランス

が1・99、英国が1・9と欧米に比べるとたしかに低い。けれどももっと低いの

が東アジア諸国です。韓国は1・15、台湾にいたっては1・0を切っているので

す。中国も長年一人っ子政策をとっていたために、合計特殊出生率はどんどん下が

ると思います。

 

つまり、これからアジアの多くの国が、日本と同じ社会問題、医療問題、健康問

題を抱えることになるのです。ということは、先んじて社会の高齢化を迎えた日本

が、解決策を編み出せば、それはそのままアジア各国のお手本となるだけでなく、

そこで培ったさまざまな技術やサービスがそのままビジネスになり得るわけです。

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日本社会が高齢化する、老人大国になることは、避けられない事実です。ならば、

この事実をまずは正面から受け止めて、建設的にどうすれば私たちの国の、地方の

未来が明るくなるか、みんなで考えて、すぐに実行すべきです。リスクがあるのは

当然です。まだ世界中のどの国も直面していない事態ですから。だからこそ、私た

ちはチャレンジすべきなのです。そのチャレンジは決して無駄にはなりません。

 

15年後、宮城県がどのように高齢社会に対応しているのか。

 

私が理想とするのは、高齢者が自分のふるさとで安全安心に暮らせるシステムが

完備されていることです。

 

近年、人口減少に伴い、地方においては、限界集落化した地域から高齢者を都市

部に引き取り、老人ホームなどに入所していただいてはどうかという議論がありま

す。一見論理的で説得力のある話です。けれども、知事職に就き、地方を回り、お

年寄りと直接お話をする機会がたくさんあると、それはいささか机上の空論という

感があるといわざるを得ません。

 

お年寄りの多くは、たとえ限界集落化しようと自分が住み慣れた場所で余生を過

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第 3 章 超高齢社会を迎える 日本と地方の医療と健康でやるべきこと

ごしたい、という方が大半なのです。こうしたお年寄りを無理やり都会につれてき

て、老人ホームに入所させたりすると、生きがいを失い、認知症になったりする恐

れがあります。

 

そこでITです。ITを駆使した医療システムや福祉システム、さらには老人介

護システムを開発し導入することで、たとえ山村で暮らしていても安全安心な生活

が営めるような体制を整えていきたい。

 

昨今「コンパクトシティ」という言葉をよく聞きます。地域ごとに都市機能を集

約して、効率的な街に作り直そうという構想ですね。でもITをうまく使えば、な

にも物理的にコンパクトにしなくても時間距離的にコンパクトな街づくりはできる

はずです。

 

繰り返します。これから15年はまさに正念場です。けれども逃げることなく、真

正面から対応策を講じ、お年寄りたちが豊かに楽しく暮らせる国づくりを行えば、

その果実は私たち日本人のみならず、アジアの後発高齢社会にも渡すことができま

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す。

 

高齢化に対応した新しい健康大国へ。日本の未来が目指すべき姿です。

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GEの考える e-Health革命と ヘルシーマジネーション

第4章

ジェフリー・R・イメルトゼネラル・エレクトリック(GE)会長兼CEO

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ジェフリー・R・イメルトはGEの9代目会長であり、2001年9月7日から現職。

1982年のGE入社以降、GEのプラスチックス、家電および医療機器などの各事業部門においてグローバルに活躍するリーダーとしての役割を担う。1989年にGEのオフィサーに就任。1997年からGE金融部門の取締役会に参加。そして2000年にプレジデント兼CEOに選出された。

イメルトは、米国のバロンズ誌(Barron’s)から「世界で最も優れたCEO」(World’s Best CEOs)の一人として3回選出。またイメルトがCEOに就任してから、GEは米国のフォーチュン誌(Fortune)の「米国で最も賞賛される企業」(America’s Most Admired Company)として選ばれ、またバロンズ誌および英国のファイナンシャル・タイムズ紙(Financial Times)からは

「世界で最も賞賛される企業」(The World’s Most Respected Companies)の一社として選出されている。

その他、The Business Councilのメンバーや、ニューヨーク連邦準備銀行の委員を務める。

ダートマス大学において応用数学の学士号(1978)、ハーバード大学にて経営学修士(MBA)を取得(1982)。家族は、アンドレア夫人と一女。

プロフィール

ジェフリー・R・イメルト GE会長兼CEO

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

 

私たちGEは、イマジネーションの力で、世界のヘルスケアをよりよい方向に進

める「ヘルシーマジネーション(healthymagination

)」をスタートしました。こ

れは、人類にとって最も困難な課題に向けての挑戦です。

 

私たちがヘルシーマジネーションを開始したのは2009年から。これはまさに

ヘルスケア分野におけるイノベーションそのものを目指しています。

 

現在日本政府では、「ライフ・イノベーション」を打ち出しています。その内容は、

私たちが唱えるヘルシーマジネーションのコンセプトと重なる部分が多々あります。

 

どちらが最初に唱え始めたのかは私は存じませんが、ともあれ私たちはヘルスケ

アの改善を日本政府と同様に重要視しています。

 

では、ヘルシーマジネーションとは、実際に何をするのか? 

ヘルシーマジネー

ションの実現を通じてGEが提供できるのは何か? 

それをご説明いたしましょう。

「イマジネーション」=想像力こそは、GEの創業者トーマス・エジソンがいちば

ん大切にしていたものです。

 

へルシーマジネーションは、このイマジネーションとヘルシーを掛け合わせ、想

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像力を駆使して医療の世界の改善に貢献してゆこうというものです。

 

GEが考えるヘルシーマジネーションにおいて、指標になるのは次の3つです。

1 コスト

2 アクセス

クオリティ

 

言い換えれば、「より身近で」「より質の高い」医療を、「より多くの」人々に提

供できるようにすること。それがヘルシーマジネーションにより目指す理想の医療

のかたちです。

 

私たちGEは、2015年までに60億ドルの投資を行い、医療分野での改革を推

し進め、ヘルシーマジネーションで構想した医療の未来を実現していく目標を立て

ています。

 

私たちが目指すヘルスケアとは、コストパフォーマンスに優れていて、どこでも

誰でも利用でき、最高の品質を誇る医療です。それを提供可能にするのがヘルシー

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

マジネーションの目指す未来です。

 

では、そんな医療を実現するには、どんな改革が具体的に必要でしょうか。

 

私たちが考えるに、主に5つの改革が必要です。

予防的医療、早期発見

早期治療体制の確立

より多様な医療製品やサービスを幅広い価格帯にて届ける体制の確立

インフォメーションテクノロジー=ITの活用

パフォーマンスソリューション=医療の標準化や平均化を進めること 

5 

ホームヘルス/パーソナルヘルス=自宅で適切な医療サービスを受けられる

体制の構築

 

医療改革で大切なのは、人々が病気に罹る前に予防=プリベンション対策をとっ

てあげることがまず先行し、そして病気になった方をいち早く治療することが続く

ことです。こうした予防と早期治療を行う体制が健康な社会をもたらすと同時に、

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■ 図1 GEの考えるe-health

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

医療費の低減をもたらします。

 

一例を挙げましょう。アルツハイマー病では、現在患者さんの病状を画像化でき

る技術が実用化されており、この画像を見ることでより早期の段階でより効果的な

治療を可能とします。その結果、患者さんの病気の進行を止めることができ、結果

として医療費も低減できるわけです。

 

また、このアルツハイマー病の例でもそうですが、さまざまな技術革新を医療分

野に集約して、従来とは桁違いの高水準の医療製品や医薬品、医療サービスの開発

を行うことも、必要となってきます。

 

こうした医療改革全般で絶対に欠かせないのが、ITの積極的な利活用です。I

Tの力を借りることで、医療技術や医療情報、国民健康保険データの標準化、平準

化、共有化を図れば、予防や早期医療対策、新製品の開発などがよりスムーズにで

きるようになるはずです。

 

ただITの利活用による医療改革の実現にあたっては、質の高い診療データの整

備が不可欠です。ただ、電子カルテを導入したところで、それだけでは飛躍的な生

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産性の向上をもたらすことはできません。

 

ヘルシーマジネーションの下で、私たちGEが力を入れていくイノベーションは、

ホームヘルス、つまり家庭内における健康と医療の分野をカバーしていきます。

 

診断や治療に使う機器の小型化・電子化・携帯化・ワイヤレス化が進めば、家庭

においてもこうしたツールを活用することで、糖尿病やがんなどの疾病の診断やケ

アを的確にコントロールできるようになります。

 

さらに、高齢化と都市の人口集中と地方の過疎化が進む中、家庭で医療を気軽に

うけられるホームヘルスやパーソナルヘルスの充実は急務となります。

 

以上が、私たちの考えるヘルシーマジネーションのあり方と、その実現にあたっ

て行うべき5つの改革の内容です。

 

それでは、日本社会に私たちの考えるヘルシーマジネーションを実際に根付かせ

るには、どうすればいいでしょうか。

 

その問いに答える前に、まず今の日本が抱えている、医療と健康の問題とは何か

について考えてみましょう。

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

 

こちらは2つに集約されます。医療費の高騰と慢性疾患の蔓延です。医療費の高

騰は、実は日本だけでなく世界各国の医療行政を圧迫しています。この問題は、社

会の高齢化に直面したあらゆる国にとって共通なのです。

 

社会の高齢化が進んでいく状況で、医療の質を保ちながら、医療費の高騰を抑え

る、というのは簡単ではありません。

 

もうひとつの問題が慢性疾患の蔓延です。日本をはじめ先進国では、運動不足や

栄養過多などからくる生活習慣病、慢性疾患の問題が大きくなる一方です。こちら

も高齢者が増えるにしたがって、患者人数の裾野が広がるのは論をまちません。

 

日本の場合、以上2つの医療問題を解決してはじめてヘルシーマジネーションが

描く、理想的な社会の健康の絵図が具現化できるのです。

 

では、日本の抱える2つの課題に対して、私たちGEはどんなソリューションを

提供できるのでしょうか?

 

その前になしえなければならないのは、まず、ITを活用した医療の標準化です。

すべての国民が主要な疾病に関して、いつも一定の質の治療を受けられるように、

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ITの力を借りて、医療情報を標準化し、個人が所有し、同時に国で共有できるよ

うにすることが重要です。

 

ITによる医療の標準化が、私たちが日本の医療を改革するうえでの大きな前提

条件となるのです。

GEの定義する「eヘルス」

 

ITによる医療の標準化を契機に実現できる医療体制を、私たちはe-H

ealth

(e

ヘルス)と呼ぼうと思います。

 

具体的には、国民一人ひとりの医療情報を標準化し、データをIT化し、国民一

人ひとりが自分の医療情報、健康情報の「所有者」となると同時に、そのデータが

日本の「共有財産」となる世界を築くこと。これがeヘルスの理想形です。

 

これまで国民の医療情報は、紙にかかれた「カルテ」の形で、個々人が利用した

病院に預けられていました。医療情報は病院と医者が個別に所有していたのです。

 

eヘルスを具体化するとどうなるでしょうか? 

こうした「カルテ」の情報をデ

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

ータとして一元化する。そうなると、どんな改革ができるのでしょうか?

 

まず、国民一人ひとりの健康情報が集約されますから、日本における健康問題、

医療問題が徹底的にデータ化されます。どんな病気、どんな症状が流行っているの

か、その原因は何か、といった現状の把握と、原因の究明がいち早くできるように

なります。

 

そうすると、先に挙げた日本の二大医療問題①医療費の高騰②慢性疾患の蔓延の

解決の糸口が明確に見えてくるはずです。

 

医療費の高騰を防ぐもっとも建設的な方法は、国民がそもそも病気にならない状

態を作る、すなわち先に述べた「予防=プリベンション」が必須です。病気になる

前に、食事内容を改善し、適切な運動をする、重病になる前に早期発見で治療を最

小に済ませる、ということが重要となります。

 

こうした予防策や早期発見策は、国民一人ひとりの医療情報が可視化されること

ではじめて、マクロな戦略として具現化できます。

 

また、高齢者の健康管理なども、eヘルス革命で、すなわち医療情報の標準化と

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IT化で、よりコストパフォーマンスの高い、どこでも誰でも利用できる、高品質

の水準で実現可能となります。

 

日本は世界トップの長寿国であり、先進国でも随一の少子高齢化国でもあります。

少子高齢化は日本における最大の「近未来問題」となっています。でも、少子高齢

化は、あらゆる国が先進国化すると必然的に見舞われる状況です。ということは、

日本はいち早く、世界の少子高齢化の波を先取りし、その対策の先陣を切ることに

なっているわけです。

 

言い換えれば、少子高齢化という課題において日本は「世界トップの先進国」な

のです。そう考えて、この課題への対策をいち早く講じることができれば、対策そ

のものが非常に重要な知的財産となり、商品となるはずです。

 

私(ジェフリー・R・イメルト)がもし日本の首相だったら、高齢社会への対策

として、ITの利活用とホームヘルスの充実を進めることを行います。

 

ホームヘルスに関しては、日本が世界のイノベーターとなるべきだと思います。

日本は社会における高齢者の比率がとても高いのですから、ホームヘルスの充実は

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

これからますます求められていくでしょう。

 

だからこそ、日本はホームヘルスにおいてグローバルイノベーターになりうるし、

なるべきだ、というのが私からのアドバイスです。

 

さらに、日本が医療健康分野でイノベーターになれば、世界各国は日本の事例か

ら学ぶことになるでしょう。このようなホームヘルスに関連した日本で新たに開発

されるITやビジネスモデルが、今後展開されてゆくでしょうし、それは世界各国

で利用される技術・ビジネスモデルとなる可能性があります。

 

2009年、米国政府は、医療IT分野に向けて、300億ドルの景気刺激策を

実施しました。この刺激策は、病院におけるITシステムがある一定の規定に沿っ

て運用されていれば医療収入が増加するように仕向けた、ITの意義のある利用を

促す政策でした。

 

この政策は、米国の医療界に大きなインパクトをもたらすでしょう。なぜならば、

ITがもたらしうる標準化を推し進めるために実施された、初めての改革なのです。

 

以上の例は、米国政府が実行した医療改革策の一つです。

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ITによる医療改革を成功させるのに不可欠なのは、質の高い診療データをまず

は整備することです。データの整備なくしては、いかに電子カルテを導入しても、

それだけでは医療界の大幅な生産性向上は望めません。

 

また、ITによる医療改革を成就させるためには、医療産業以上に、医療従事者

へのインセンティブ(動機づけ)がとても大事です。

 

日本においても米国においても医療システムが効率化されていないように見える

理由の一つは、「医療従事者に対するインセンティブが適切に行われていない」こ

とが挙げられるのではないでしょうか?

 

それゆえに私は、診療データの標準化を推進するためのIT投資へのインセンテ

ィブが医療従事者に与えられるべきだ、と考えています。

 

最後にご参考までに申し上げます。

 

130年の歴史を持つGEにおいては、毎年最低でも5%生産性を向上させてい

ますが、なぜそれが可能なのか理由がお分かりになりますでしょうか?

 

それは、私たちがITを活用してきたからなのです。

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

 

ITの効果はそれだけ大きいのです。にもかかわらず、他の分野と比較すると、

医療業界はいまだにITがもたらすであろう品質や生産性を改善する力を十分に享

受できていません。

 

日本が直面している医療問題、健康問題はとても大きく深刻なものです。けれど

も、未来においては、こうした問題をむしろチャンスと捉え、医療分野における今

後の成長の源泉として捉えることも可能です。

 

日本の先進医療技術、医療サービス、そして標準化のためのITの活用は、これ

ら課題に対する解をもたらします。こうした技術とITの活用を前提としたうえで、

近い将来、私たちGEが唱えるヘルシーマジネーション、そしてeヘルスというコ

ンセプトが、高齢化や慢性疾患といった日本の医療と健康の課題に対して最善の解

決策を提供してくれるようになるはずです。

(2010年5月31日 

東京で開かれたGEヘルシーマジネーションデイ2010でのスピーチに加筆)

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ヘルシーマジネーション︱より身近で、質の高い医療を、より多くの人々に

 

トーマス・エジソンによる創業以来、GEは「職場における想像力=イマジネーション」を革新

の原動力としてきました。この企業精神の下、2005年に「エコマジネーション(ecom

agination

)」

を発表、世界が直面する環境問題に果敢に取り組んでいく姿勢を世界に示しました。

 

そして2009年には「ヘルシーマジネーション(healthym

agination

)」を立ち上げ、医療に関

わる世界的な課題に積極的に挑んでいくことを宣言しました。

 

環境と医療の領域において、GEはこれまでも多くの革新的な技術を創造してきました。

 

しかしながら、これら地球規模の課題はグローバル化が進む中で一段と深刻化し、その克服には

新たな枠組みの構築が必至となっています。

 

世界100カ国以上に拠点を置き、それぞれの市場に長く関わってきたGEは、環境・医療にお

ける事業戦略を推進することに留まらず、各国政府や専門家そして民間企業とのパートナーシップ

を通じて、この困難な問題の解決に向け動き始めています。

「より身近で質の高い医療をより多くの人々に」

︱これがヘルシーマジネーションの根幹をなす

理念であり、共通目標です。

 

多くの新興国では医療そのものへのアクセスが大きな課題となっています。病院や医者の数が足

りず、治療自体を受けられない人が数多くいます。

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第 4 章 GE の考える e-Health 革命とヘルシーマジネーション

 

一方で、病の深刻化を防ぐ早期発見のための技術革新は進化し続けており、高度な治療を施す医

療機関ではこれら最先端の医薬品や医療機器を率先して取り入れ、不治とされてきた疾患の治療に

敢然と取り組んでいます。

 

そのような中、GEはヘルシーマジネーションにおいて、2015年までに全世界で60億ドル(約

5、100億円)規模の投資を行い、①コスト(より身近で)、②アクセス(より多くの人々に)、

③クオリティ(質の高い医療を)という3つの指標を15%ずつ改善することを目標に掲げています。

 

加えて、世界指折りのリサーチ・コンサルティング会社である英国オックスフォード・アナリテ

ィカによるヘルシーマジネーション認証制度を設け、2015年までに100以上の認証済み製品

を市場導入することを約束しています。

 

ヘルシーマジネーションはGEの全事業部門が一体となって推し進めているビジョンですが、中

でも主力のヘルスケア事業部門であるGEヘルスケアでは、同社が開発から製造まで一元管理して

いる医療機器において、高度な医療に必要とされる機能の強化に加え、小型化・軽量化、低価格化

といった3指標の改善につながる側面にもたゆまぬ努力を続けています。

 

また、GEヘルスケアは医療機器の領域を超えた医療情報や病歴のデータベース化を推進し、I

Tによる病院内・病院間、地域内・地域間での情報の有効利用や病院運営の効率化を図るソリュー

ション事業も展開しています。従来の医療機関のみならず、介護施設や在宅医療など新しい市場を

開拓し、「より身近で、質の高い医療を、より多くの人々に」というヘルシーマジネーションの目標

の実現に向けて加速を続けています。

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世界各国における e-Healthの取り組み

第5章

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

 

前章までは、なぜ日本の医療界にIT化が必要なのか、そしてどうすればITの

導入が可能となるのかについて、医療界、日本政府、地方行政、そして企業のプロ

フェッショナルの意見を伺うことで、明らかにしてきました。

 

この第5章では、世界各国のe-Health

に対する取り組み、医療のIT化の進捗

についてのケーススタディを紹介していきます。

 

医療のIT化とひとことで言っても、その形は国によってさまざまです。どんな

仕組みでどんな技術を活用することでどんな医療改革に結び付けていくのか。各国

の医療制度や産業、文化と絡み合いながら、それぞれ独自の戦略が展開されていま

す。

 

今後、日本の医療の世界をどのようにIT化していくべきか。そのヒントが、各

国の試みの中から見えてくるはずです。

ケース1 

韓国の取り組み 『u-C

ity

構想』

 

お隣の韓国では、『u-City

構想』が掲げられています。

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Uは、ユビキタスのUです。ITを活用してコンピュータサービスがいつでもど

こでも誰にでも利用できる、そんな都市づくりを目指している、というわけです。

 

韓国のこの構想は、21世紀の情報通信技術を結集し、文字通り住民へあまねく提

供できる情報インフラの仕組みをつくろう、というものです。医療分野はもちろん、

より広い生活や社会全体の改革を目指しています。ITに熱心な韓国ならではの取

り組みです。

 

この構想では、生活のあらゆるシーンにおいてITを活用することを想定してい

ます。ITの活用で、韓国国民が、より便利で快適なサービスを手にすることがで

きるように、さらには分野をまたいで横断的にITインフラを活用できるように、

知識経済省が企業と手を携えて、官民一体となって推し進めています。

 

なかでも進んでいるのが医療分野です。

 

国内外から経験者や有識者を集め、医療情報の標準化を行います。さらに疫学ベ

ースの治療プロトコル構築を目指した医療データの蓄積を目指します。そして、医

療情報収集のプロセスを通じて、さまざまなノウハウを蓄積し、機能横断的な人材

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

を積極的に育成していこう、というわけです。

 

以上の流れでu-City

構想が実現すると、治療そのものも進化していきます。

 

診断にかかる症例の認識、それに基づく治療内容さらに転帰を、統計的に分析可

能な形でデータベース化していく。すると、どのような疾病にはどのような治療計

画を立てていくのかという判断基準、すなわち治療プロトコルが見出せるようにな

るわけです。

 

u-City

構想に基づいた治療プロトコルの構築には、専門家である医師、ケアを総

合的にサポートする看護師、臨床検査技師、また医療の品質管理の専門的スタッフ

なども加わります。

 

したがって、構築されつつある医療データベースへのアクセス権が、治療技術の

研究開発者、そして指定医療機関の医師に対して与えられ、アクセス権は一定のガ

イドラインの下に管理されるわけです。

 

治療プロトコルが作成されると、個々の患者さんに対して、同一・類似疾病にお

ける実際の治療内容や効果を参考としたケア計画の策定が行われるだけでなく、医

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師の臨床研修制度などにも利用できるため、医療の品質を長期的に底上げする効果

も期待されています。

 

韓国の医療レベルは世界的に見ても遜色がないと言われていますが、その一方で、

都市部と非都市部、また都市部内においても医療機関間での施設・設備の水準、人

材の育成制度などに格差があるとも指摘されています。

 

病院経営は非営利が基本的な形態ですが、いわゆる先端医療を積極的に取り入れ

ているような企業系の医療機関がある一方で、設備投資などに後れをとり、人材登

用も伸び悩んでいるような医療機関があるともいわれています。

 

こうした格差が生じる背景として、韓国の医療保険制度の特徴があります。

 

韓国の場合、患者さんの自己負担率は日本に比しても高く(平均50%)、また受

診する際には現金の前払いが通例となっているため、経済的に余裕のある患者さん

が、選択的に先進的な医療機関を訪れる傾向があるのです。

 

u-City

構想に基づく医療分野の取り組みは、このような「医療格差」の是正にも

寄与することが期待されています。

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

 

以上のu-City

構想に基づいた医療のIT化への積極的な取り組みには、韓国政

府のはっきりとした意図が見られます。韓国政府は、医療を半導体に続く国際競争

力のある産業に育てようと注目しているのです。

 

韓国では、企業の自助努力のみならず、国を挙げてこのu-City

構想を推し進め、

企業だけではなかなか手を広げづらい、医療先端分野における治療プロトコルの構

築を急いでいます。

 

日本でも、高い医療技術を国内にとどめずに海外で活用できる仕組み、また、高

品質の医療サービス享受・ノウハウの吸収を求めて海外から日本へとやってくる医

療従事者、患者さんを受け入れる体制を整備するなど、官民一体となった医療改革

の推進が期待されます。

ケース2 

カナダ・オンタリオ州の取り組み

 

病理診断はさまざまな種類のがんや免疫疾患の診断・治療に欠かすことができな

いものですが、病理医の不足と偏在は、世界的に問題となっています。

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カナダ・オンタリオ州でもそれは例外ではなく、遠方の病理医の診断を受けるた

め、また特定分野の専門病理医のコンサルテーションを利用するために、採取・診

断用に処理した病理組織を含むプレパラート・スライドを専用封筒に入れて郵送す

るようなことが日常的に行われてきました。

 

さらにカナダでは、病理診断の精度不足の結果として、本来は不要なはずの病理

検査が高頻度で実施されてきたり、診断精度のチェック(クオリティコントロール)

機能が、患者さんのケアへ影響を及ぼすほどに低下してきたりしているとの懸念が

あり、政府としても改善策を模索していました。

 

オンタリオ州政府は、こうした現状の改善策と、経済効果を一挙両得で達成でき

る施策の推進に、企業、医療機関と共同でデジタル・パソロジーを導入する、とい

う手段を選択しました。

 

デジタル・パソロジーとは文字通り、病理診断プロセスの電子化です。その導入

事業は、カナダ政府が牽引している、オンタリオ・センター・オブ・エクセレンス

(産官学共同プロジェクト)の一環として位置づけられます。

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

 

センター・オブ・エクセレンスの基本的な考え方は、先進技術(デジタル・パソ

ロジーの場合は医療技術)を取り入れ、実運用に向けた研究開発や実証導入を行い、

その過程において人材の活用、新しい職の創生、技術利用ノウハウの商用化なども

視野に入れた共同出資プロジェクトを推進する、というものです。

 

また、デジタル・パソロジーには二つの効果が標榜されています。

 

ひとつは、病理医の不足・地域的専門的偏在を実効的に改善できる、ということ

です。このため、遠隔病理診断のためのインフラを整備しようとしています。例え

ば、オンタリオ州の中心部トロントに病理の専門家を集約させ、トロント市内の病

院では、オンタリオ州の遠隔の病院で採取・電子化された病理組織をバーチャルス

ライドに反映させ診断するという仕組みです。

 

もうひとつは、病理医が、勤務する病院でもコンピュータの特性を利用した病理

分析ができるような仕組みの導入です。病理組織をのせたスライドが電子画像化さ

れることにより、コンピュータによる病理分析補助、組織切片のパターン認識、ひ

とつのスライドの同時期複数病理医による参照が行え、また、データが蓄積された

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症例を利用し、たんぱくなどの染色分析をアルゴリズム化することで、例えば特定

のがんに対する化学治療法の効果分析などのヒントを得られます。

 

こうした改革により、適時適切な専門医による病理診断が行われ、ひいては診断

の精度管理の向上にも寄与するだろうと期待されています。また、このような仕組

みを導入するにあたり、デジタル・パソロジーを扱う人材の育成や、新しい魅力あ

る病理分野へ興味を持つ将来の医師が出てくることも望まれます。

 

以上のスタイルを他の都市へも展開するため、オンタリオ州では、大学や大学病

院と連携して、病理医や、彼らが使うアプリケーションのスペシャリスト、さらに

は経営コンサルティング能力も備える人材の育成にも、力を注いでいます。

 

この試みは、病理診断の精度を底上げするだけでなく、地元の雇用も生み出すた

め、医療界以外からも、大きな期待が寄せられています。

 

日本でも、増え続けるがん患者さんにかかる病理診断の待ち時間や検査入院日数

の短縮への対策を講じるため、病理の仕組みを整えることは喫緊のテーマです。大

学や大学病院に加え、がんセンターなども、こういったデジタル・パソロジーの導

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

入機関として、期待されることでしょう。

ケース3 

イギリスのかかりつけ医制度と医療機関をつなぐIT戦略

 

イギリスは、かかりつけ医制度が整備された国家です。

 

GP(General Practitioner

)と呼ばれる登録かかりつけ医は国から給与を支給

され、患者さんは、一人ひとりが専属のかかりつけ医を持ち、ケアが必要な場合は

まずそのかかりつけ医の診断を受け、その後の検査や専門医による診断・治療を紹

介される、というシステムが根付いています。

 

患者さんがかかりつけ医を受診する際のコストは基本的にゼロ(地域によっては

処方薬などについて一部負担あり)であり、国庫支払いになっています。

 

この背景には、1960年代から、来るべき高齢社会に備え、社会福祉国家を作

ろうという政府の強いリーダーシップがありました。

 

それが奏功し、現在まで、医療費はGDPの10%前後に抑制され続けています。

 

イギリスにおける国民10万人当たりのかかりつけ医は約65人とされており、これ

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は日本において将来あるべき総合医数とされる10万人当たり約20人に比べても相当

多くなります。ただし、このような医師数のみでは推測しにくくなっていますが、

かかりつけ医の存在がその後のケアを受診するための必要条件となっている中、か

かりつけ医に受診できるまでの待ち時間や、専門医紹介までの待ち時間の長さ、ま

たセカンドオピニオンをとりに行く際のアクセスの低さなども懸念されています。

 

また、イギリスでは、かかりつけ医のサービスに対して一定の標準基準を保つこ

とを目指し、近年では、イギリスの国営医療サービス事業であるNHS(N

ational H

ealth Service

)よりかかりつけ医に対して支給される給与の一部を、診療患者数

や一定の品質項目をクリアすることによって得られる、いわゆる部分的インセンテ

ィブ給与に移行する取り組みも行われています。こうした仕組みの整備に際して利

用されているのが、ITにより標準化された医療データというわけです。

 

イギリスでは現在、ヘルス・インフォメーション・エクスチェンジ構想が立ち上

がっています(図1)。これは、簡単に言えば、医療情報共有のためのインフラ構

築のことです。完成すれば、患者さんが病院を移っても、医師は常に目の前の患者

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

A病院

RIS

PACS

B病院

RIS

PACS

C病院

RIS

PACS

画像・診療録の共有診療医向けWeb活用仮想空間でのカンファ実施過去画像へのアクセス

Webによる画像・診療録の参照

画像・診療録の共有

診療医

地域の医院

既存のマルチベンダーシステム環境

※PACS=画像保存通信システム RIS =放射線科情報システム

■ 図1 ヘルス・インフォメーション構想概念図

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さんの最新の医療画像や診療録を参照できるようになります。

 

そうなるためにはまず、機器メーカーの違いに左右されない、ベンダー中立型の

データの標準化、複数の医療機関をまたがる医療データの共有のためのプラットフ

ォームの構築が必要となります。

 

患者さんには、複数の医療機関で共通に使えるIDを発行する必要があります。

これは必ずしも、ひとつのID番号をそのまま複数の医療機関で使用する、という

ものではなくても、特定の患者IDと、それぞれの医療機関で既設されているID

をつなぐ一定のルール・方式があればよいのです。(図2)

 

XDS(医療データを保存するレポジトリと、データの所在を管理し複数医療機

関からのアクセス・データの交通を統括するデータレジストリ)というIT技術を

活用し、コスト面でも効率的で、安定的に運用できるシステムの実現に期待が寄せ

られています。

 

また、検査・診療データなどのフォーマットについても、国際基準に準拠したフ

ォーマットを各ベンダーが取り入れ、患者さんが過去に受けた検査の画像や診療デ

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

■ 図2 1人の患者さんへのケアをつなぐ

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ータなどを複数の医療機関間でやり取りする際にもスムーズな移行ができるよう、

政府のリーダーシップのもとにルール作りを進めています。

 

イギリスでは、全国に配備された社会保障の一部としての医療保険と、かかりつ

け医が果たすゲートキーパーの役割により、地域連携の考え方も根付きやすくなっ

ているようです。ヘルス・インフォメーション・エクスチェンジのシステムの本格

運用が始まれば、地域レベルで最適な診断・検査、それに基づく専門医による診療・

治療が提供される、より強固な地域医療連携が進展することが期待されます。

 

医療・医療技術の進化に伴い、今後、専門医はより専門分化が進み、結果として、

一人の患者を診る医師の数は、増えることが予想されます。このシステムには、数

ある専門機関の中から、適切な設備のある施設で、適切なケアを受けられるよう、

患者を支援する側面もあります。

 

日本でも、かかりつけ医、地域医療の重要性は広く認識されており、以前から政

府の政策にも、イギリスやオーストラリア、ニュージーランドなど、かかりつけ医

と専門医の二重構造を意識したものが数多く見受けられます。イギリスのこの取り

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

組みは、日本にとっても大変参考になります。

ケース4 

米国 

オバマ政権の『H

ITECH

』施策

 

オバマ政権発足後、米国の医療問題と言えば医療保険制度改革が注目されていま

すが、それよりも先に動き出しているのが、『H

ITECH

』施策です。

 

HIT

ECHとはT

he Health Inform

ation Technology for Econom

ic and Clinical H

ealth Act

の略称で、2009年より施行されているオバマ政権主導の経済再生・

効果的産業再投資政策の一部として位置づけられている施策です。

 

医療分野でのIT利用を推進し、経済再生効果、医療コストの適正化と国民の健

康水準の向上に貢献するためのものです(図3)。

 

推進にあたっては、“M

eaningful Use

”が定義されています。これは、直訳する

と「有意義な利活用」となりますが、要するに、医療分野におけるIT、電子医療

記録の利用促進を具体的にどう推進していくかを示したガイドラインです。

 

このガイドラインの設置により、 “医療のIT化”という、漠然としたテーマに

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対して、具体的にどこに注力すべきなのか、重点分野はどこなのかが明確になって

います。

 

大枠のガイドラインとしては、PHR(個人の医療情報)の電子的構築、EHR

(電子医療記録・電子カルテ)の構築・蓄積の促進が記されています。

 

より個別のガイドラインとしては、例えば、投薬・処方情報を標準コードを用い

て電子的に発行する、患者さんの血圧などを標準フォーマットにより継続的に電子

記録する、個人情報保護施策を実行する、疫学データの標準コードによる蓄積とい

ったことが、医療ITの“M

eaningful Use

”として規定されています。

 

米国政府は、これらの条件を満たしたITの利用方法に対して、所掌の医療保険

償還率を実効的に上げることを明らかにしています。こうすることで、医療に関す

る投資に対して、明確な戦略と方向性が生まれます。

 

この施策は時限的に進められており、2014年までは、取り組みを達成した医

療機関・医師に対してボーナス・ペイメント(診療報酬の増額にあたります)が与

えられるインセンティブ・システムが用意され、それ以降は、対策がとられていな

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

■ 図3 アメリカの医療IT推進政策

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い医療機関に罰則(診療報酬の減額にあたります)を与えるペナルティ・システム

が用意されているのも、大きな特徴です。

 

こうしたインセンティブ策をとることによって、医療ITの促進に一定のスピー

ドを担保し、全国で統一のとれた普及を促そうとしているわけです。

 

以上の施策を実行すれば、長期的にはさまざまな改善が果たせるはずです。

 

個人・市民レベルでの医療・健康情報の管理と全体的な医療教育の普及、IT活

用による医療事故の軽減、疫学データの活用による公衆衛生の効率化、医療品質の

向上、検査等の適切な実施などによる総合長期的な医療コストの適正化……。

 

医療コストの抑制には、医療が必要とされる場を、治療中心から予防中心へシフ

トすることも重要です。患者さん中心の意識的な予防医療の実行には啓発活動が効

果的とされますが、この際にもPHRの利用や、統計的データの活用がその推進を

後押しすることが期待されています。

 

また、疾病が確認された後のケア提供における適正な役割分担を促すために、急

性期以降のケアを受け持つ医療機関などへの情報の共有を、データの標準化と医療

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

従事者によるリーダーシップとで推進しようとしています。

 

これらの施策は、医療保険のカバレッジを改善する目的の医療保険制度改革が実

現された際に保険償還が適正に配分されることを保証する上でも大変重要な位置づ

けとなっています。

 

ここで、先進医療情報技術の導入事例もひとつご紹介します。

 

アメリカ・ユタ州にあるインターマウンテン・ヘルスケアという病院グループで

の事例です。同病院グループでは、組織横断的・職能横断的なチームを立ち上げ、

電子カルテへの診断支援機能の付加や、疫学データに基づく治療ガイドライン(プ

ロトコル)の設定へ向けた医療ITの構築・活用を進めています。

 

具体的には、まず各診療科、医事会計課などで入力される医療情報の入力フォー

マットを一元化しました。

 

入力の際に使われる言語(専門用語)を個々の医療従事者の「フリー入力」によ

るものではなく一定のリストからの選択制にすることで、診療データとして蓄積さ

れる情報を標準化します。さらに蓄積された情報を治療ガイドラインに盛り込み、

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結果の有意性について検証するようなプロトコル検証会議が定期的に開かれます。

 

各種の医療情報が定期的に同病院グループ内の医療ITシステムに反映されるよ

うになることで、現在入院している患者さんに対しても、例えば検査異常値などが

出た場合、そのデータをキーとして病棟の看護師へモニター上で注意喚起(アラー

ム)が発信されるような仕組みができました。

 

また蓄積された疫学情報(患者属性、所見内容、主病名、副病名、処置内容、転

帰など)や前述の医療言語リストなどは適宜、公衆衛生や臨床研究など、同病院グ

ループの枠を超えても利用されています。

 

年間45万件を超す救急患者を受け入れている同病院グループは、提供される医療

の品質とコストのバランスの取れた優良病院として、オバマ大統領から議会へ向け

たヘルスケア改革関連の演説中にも紹介され、また著名な医療関係者からも賞賛さ

れています。

 

このように、情報技術の適切な利用と臨床への応用が医療の品質・コスト両面に

及ぼす好影響を自ら実証し、リーダーシップを発揮するような病院には、その手法

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

を学ぼうと国内外より施設見学者が訪れています。

ケース5 

日本

 

これまで見てきたように、医療におけるITの利活用には、目的に応じて多様な

方法があり、各国のさまざまな地域で、個別のニーズに合わせるかたちで、医療や

健康の世界でITの利活用は進んでいます。

 

日本はどうでしょうか。

 

日本の場合、日本の医療制度を文化背景から分析した際に浮かび上がるアドバン

テージがいくつかあります。

 

医療のIT化にとって、「標準化」が重要なキーワードであることは、これまで

繰り返し述べてきました。

 

すでに日本には、標準化が完成されている分野があります。それは、医療保険の

償還メニューです。これは、国の診療報酬制度によって一元的に管理されています。

米国のような医療保険会社による償還率の差がなく、それに対して医療機関が個別

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対応する必要がないため、医療ITの促進についても、一律的に、効率よく、イン

センティブを付与できる土壌があります。

 

各国が推進をもくろみ、日本でもすでに始まっているがん対策推進の一部として

行われている患者登録と転帰のトラッキング・データの蓄積、分析などついても、

一歩先を歩んでいます。

 

また、日本は、他の先進国と比べると、人種や社会経済的条件の偏差が小さいと

いう特性があります。これは一般に、統計的にデータの蓄積及び有意性の確立に好

条件とされています。

 

言語がほぼ共通化されていること、教育水準がおしなべて高いこと、大学医局の

ネットワークが強いことも、「むらなく」「いっぺんに」ものごとを進めるには、有

利と言えるでしょう。

 

では一方で、IT化を進めるにあたって、日本にどんな問題があるかを、改めて

洗い出してみます。

 

ひとつには、診断コードが標準・統一的に整備・使用されていないことです。

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第 5 章 世界各国における e-Health の取り組み

 

現在、日本では、保険求償の際に診療報酬(医事会計)コードが付与されること

になっていますが、医療・検査行為のもととなる所見、診断の記載方法については、

標準化・汎用化が進んでいません。

 

これが、疫学・公衆衛生・統計的データの蓄積が進んでいない一因とも言われて

います。データを揃える前の段階から、手をつける必要があります。効用を享受で

きるまでには中長期のスパンが必要ですが、この標準実用化の着手は急務と言えま

す。

 

また、医療ITを推進する際には、医療従事者の「取り組み姿勢の標準化」も重

要になります。異なる医療機関間で情報を共有すること、統一されたフォーマット

で診療記録などを電子的に入力することなどに対しては、医療従事者によっては「食

わず嫌い」の反応を持っている人もいるようです。

 

医療従事者の年齢や経験にかかわらず、新しいシステムなどが導入される際には、

リーダーシップを発揮し組織内・地域内でスムーズな運用ができるように、ITの

ヘビーユーザーやITの専門家のような人材と臨床・研究に経験豊富な人材を内外

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からバランスよく活用することもひとつのやり方です。

 

医療における専門分化が進む中で、医療ITの利活用は、部門ごとの最適化のみ

ならず、包括的な運用、品質の保証、そして何より患者さんの安全を守ることも不

可欠になります。このような総合的なリーダーシップを発揮できるような人材を今

後登用・育成していくことも重要です。

 

このように日本の医療のIT化は、非常に進めやすい側面と、困難が予測される

側面とがあります。単年度にこだわらない予算の編成・執行や、特区の活用などに

も柔軟性が求められます。日本においてはこういった問題をクリアできる、産官学

プロジェクトのいっそうの推進が望まれています。

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e-Healthのある未来 〜竹内家のケース

第6章

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◦登場人物

祖母  

竹内光子(76歳)長野県千曲市郊外で農業を営む 

一人暮らし 

長男夫婦

は海外在住 

次男の克彦一家は東京に在住

父   

�竹内克彦(40歳)東京で自動車会社勤務 

サッカー部出身 

生活習慣病予

備軍 

脂質異常症で高血圧ぎみ、メタボリック症候群の疑い

母   

竹内裕美(39歳)克彦の大学の後輩 

建築事務所勤務の一級建築士 

妊娠

8カ月

長男  

竹内翔太(11歳)小学5年生 

林間学校での川遊びで骨折 

抗菌薬アレル

ギーあり

長女  

名前はまだなし 

ただいま裕美のお腹の中 

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

シーン1 

長野県千曲市 

祖母・竹内光子 

76歳の日常

 

6月下旬。

 

長野県千曲市。中心地からはずれた集落にある古い家屋に、今年76歳になる竹内

光子はひとりで暮らしている。

 

朝から、庭先にある畑であんずを収穫していたが、暑さが酷くなってきたし、籠

もいっぱいになったので、いったん切り上げた。

 

玄関の引き戸を開けて、上がりかまちに籠を置く。

 

部屋に入る。

 

洗面所で手を洗う。

 

亡くなって17年経つ夫の位牌に線香をあげる。

 

冷蔵庫から麦茶を取り出す。

 

光子は意識していないが、その行動はすべて、家中に設置されたセンサーで逐一

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モニタリングされている(図1)。

 

データは瞬時に医療データ・センターに送信され、リアルタイムに記録される。

アクセス権を持つ人間がチェックをすれば、家のどこに光子がいるのか、確認でき

る。もし一日一度も冷蔵庫を開けなければ、それはアラートとしてかかりつけ医や、

東京で暮らす次男夫婦のもとへ自動的に伝えられる。

 

お茶を飲み終え、よっこらしょっ、と立ち上がる。玄関で、あんずを少し箱に詰

める。東京で暮らす次男夫婦と孫のところへ送るためだ。

 

間もなく、学校は夏休みに入る。そうすれば、海外で暮らしている長男一家も、

東京にいる次男一家も帰ってきて、広すぎる家が賑やかになる。普段から、テレビ

電話で会話はしているが、やはり、実際に会うほうが嬉しい。光子は今年もその日

を、楽しみにしている。

シーン2 

東京 

自動車会社勤務 

父・竹内克彦40歳のメタボ

 

やはり6月下旬、気温が30度を超えた月曜の朝。竹内克彦(40歳)は朝食をとら

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

❶ 動作確認センサー設置

❷ 行動状況の逐次把握

❸ データの送信

❹ 行動パターン・データ解析

❺ データ解析に基づくアラート送信

❻ 遠隔地区からの情報管理・把握

サーバー(データセンター内)

家族 または介護士(高齢者施設スタッフ)

センサー

コミュニケーター(通信機器)

■ 図1 モニタリングの仕組み

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ずに家を出た。起きられなかったのだ。

 

最近仕事が忙しく、帰りが遅い日が続いている。それだけでなく、4年に一度の

ワールドカップが白熱しているのも問題だ。家族が寝静まった夜中に、ついテレビ

の前に陣取ってしまう。深夜の観戦には、ビールと、冷凍食品の鶏の唐揚げが欠か

せない。したがって、さわやかに1週間を始めることができない。

 

満員電車に揺られながら、今日の仕事のことを考える。

 

午前中は会議だ。それからすぐに外回り。途中、どこかで、牛丼かカレーかラー

メンか、それともカツ丼とたぬきそばのセットを食べよう、もちろん大盛りだ。

 

仕事のことを考えていたつもりが、食事のことを考えている。

 

会議は11時に終わった。克彦の勤める会社も、ほかの自動車メーカーと同様、製

造業から環境配慮型企業への転換を目指し、これまでは考えなくても良かったこと

を、顧客からも、社内からも求められるようになっている。

 

やれやれ、と思って伸びをする。なんだか視界がぐるぐるしはじめる。あれ、な

んだかおかしいぞ

︱。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

 

気がつくと、医務室のベッドの上にいた。

 

少し妻の裕美に似た看護師に説明を受けて呆然とする。

 

会議室でめまいだなんて? 

この俺が?

「腕を出してください。採血しますから」

「え、病院に行かなくていいんですか」

 

そんな暇はなかったので、ほっとする。

「遠隔モニターで、先生にご指導いただきました。血圧が高く、疲労も重なってい

たためのめまいではとのことです。血液検査をしますので、チクッとしますが、が

まんしてくださいね」

 

注射針が視界に入り、思わず目をそらす。痛みを紛らせるため、ほかのことを考

える。

 

2カ月前の健康診断では、身長173センチで体重80キロ。褒められたデータで

はないが、そう悪くもないはずだと思っている。しかし、60キロ台だったあの頃が

遠い過去であることは、自覚している。

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子どもの頃から運動神経が良く、社会人になってもサッカーを続けていたから、

健康には自信がある。若くも見られるので、気持ちも身体も若いつもりでいたが、

もしかして、そういう時期は過ぎたのかも知れない。

 

チクリと針で腕が痛むと同時に、胸も痛んだ。血液検査のデータを見た看護師が

追い討ちをかけるようにひとこと言った。

「竹内さん、少し体重コントロールをしなければいけませんね」

 

この俺が、メタボでダイエットか……。

 

瞬間、どっと年をとったような気がした。

シーン3 

東京 

自宅 

母・竹内裕美39歳の怒りと父・克彦の減量

 

いつもより少しだけ早く、午後9時過ぎに克彦が帰宅すると、妻の裕美(39歳、

妊娠8カ月)がダイニングテーブルに資料を広げて持ち帰り残業をしていた。

 

長男の翔太(11歳)は、もう寝ているようだ。

「ただいま」と何事もなかったかのように声をかけると、裕美が鬼の形相で立ち上

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

がった。

「あなた、あれほどいったでしょ!」

「あ、え、な、なんのこと?」

 

会社はぬかりがなかった。しっかりと妻に、今日、体調が悪かったことは伝わっ

ていた。

「こんどこそ、ちゃんとダイエットしてください。おばあちゃんのことばっかり心

配して、自分のことはどうなの?」

 

大学サッカー部の鬼マネージャー時代を彷彿とさせる物言いである。あの頃から、

裕美には頭が上がらない。なぜならば、いつも裕美の言うことの方が正しいからだ。

最近は、メタボメタボと言われるたびに頑張って、うるさいうるさいと口では言い

返していたが、確かに第二子も生まれることだし、なんとかしないと。

 

冷蔵庫の前まで行って、足が止まる。さすがに今日は飲む気にならない。

 

軽く食事をして入浴し、リビングに戻ると裕美が今度はパソコンを見ていた。

「こういうの、やったら?」と示されたのが「ダイエットマラソン」。

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目標を設定し、アドバイスに従って、健康的な生活を取り戻そうというもの。

「まだ病気と決まったわけではないんだし、減量の必要がない、ただの過労かもよ」

と言ってみるが、相手にされない。

 

すごすごと登録し、マイページを作成する。

「あ、途中経過は私のところにもメールで来るように設定してね」

 

攻め込まれ、話題を変えたくて克彦は、長野のおばあちゃんのデータもウェブ上

の「カルテ」でチェックする。

 

家族のカルテには、自分のカルテである「マイページ」からアクセスできる。誰

に自分のカルテを参照させるかは、自分で決定できる。身長、体重、血圧など、最

新の健康診断の結果はここにまとめられている(図2)。

「お袋、強がってるけど、この暑さだからなあ」

 

克彦はひとりごとを言いながら、データを見る。生活パターンに特に変化はない。

毎朝測っている血圧も安定しているし、骨粗鬆症の薬も飲んでいるようだ。

「うん、今日も健康だな」

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

■ 図2 共有されるカルテの仕組み

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「あなた、おばあちゃんの健康を心配するんだったら、おんなじくらい自分の健康

もチェックしなけりゃだめよ」

 

背後から裕美がぴしり。

「はいはい、わかりましたよ」

 

いよいよ後に引けなくなった。

シーン4 

東京 

母・裕美の産休と検診

 

翌日、裕美は午前半休をとって、勤め先の建築事務所を休んだ。現在、妊娠8カ

月。高齢出産という自覚はある。有名人が40代で出産したというニュースを耳にす

ると、勇気づけられるが、それはそれ。身体の変化には気を付けていて、データも

こまめにとっている。

 

今日は2カ月に1回の通院の日だ。病院まで、電車で40分かかる。身重の身には

少々こたえるが、仕方がない。翔太を生んだときは近所にあった産婦人科医が、自

身の高齢化を理由に、廃業してしまったのだ。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

 

それでも、妊娠後期に入って、楽になっているのだ。妊娠4カ月くらいまでは毎

月通院していたが、最近は2カ月に1回になったからだ。

 

代わりに、自宅で毎日とっている各種検査データを毎週先生に診てもらい、遠隔

で診察を受けている。基本的なやりとりは、電話とメールだ。

「順調だが、若干、胎児の成長が遅いかもしれませんね」

 

診察を終えて、裕美はそう指摘された。今後の具体的な対応は先生に任せること

にするが、そう言われると不安は不安だ。

 

病院を後にしながら、あとで、同じようなことを言われた妊婦仲間がいないか、

自宅に戻って医療データサイトにアクセスし、妊婦コミュニティ・サイトで探して

みることにする。

 

このコミュニティ・サイトへは、妊娠した女性は電子データ上の管理リストで自

動的に入会できることになっている。何を話し合ってもいい。医療情報の交換も可

能だが、裕美にとっては、同じように、働きながら高齢出産を目指す、目に見えな

い仲間とのちょっとした会話が支えになっている。

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シーン5 

東京 

父・克彦の診断結果とダイエットマラソン

 

7月上旬。

 

会社で倒れて1週間と少しが過ぎて、克彦の診断結果が出た。医務室に呼ばれて、

裕美似の看護師から宣告を受ける。

「脂質異常症で、高血圧ぎみですね。いわゆるメタボリック症候群の要指導になっ

ています。健康診断時にも注意されませんでしたか?」

「忙しくて、あまり注意していませんでした」

 

上の空で応えながら、克彦は耳を疑っていた。

 

脂質異常症? 

なんだそれ?? 

薬が必要なのか??

 

看護師の後ろのモニターに現れた医師から滔々と説明を受ける。

 

このまま放っておくと、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞などになる可能性が高いとい

う。

 

がっくりとうなだれ、もう若かった頃の自分ではないのだと自覚する。

 

今、自分が病に倒れたらどうなるか。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

 

兄夫婦は海外暮らしがまだしばらく続く。

 

いったい、老母は誰を頼るのか。

 

裕美と翔太と、まだ生まれていない子供を誰に任せるのか。

 

ローンを返しはじめて10年目の家はどうなるのか。

 

深夜に唐揚げ、食べてる場合じゃないな。

 

無自覚だった己を恥じる気持ちが湧いてきた。

 

こうなったら、徹底的にやるぞ。

 

俄然、ダイエットマラソンをやる気が高まる。実はこの一週間は、嘘のデータを

登録していた。食べたものを正直に記録せず、していない運動をしたことにしてい

た。

 

それはもう、やめよう。

 

20時。残業中に後輩が麵をたぐる真似をしながら声をかけてくる。

「先輩、ラーメンいきませんか」

「俺はいい。それより、コンビニでおにぎりと、なにか緑黄色野菜のおかずを買っ

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てきてくれ」

 

後輩が眼を丸くしている。

 

え、竹内先輩が、野菜? 

マジっすか?

シーン6 

長野県千曲市 

祖母・光子 

自宅と病院で遠隔診断

 

7月中旬。

 

長野県千曲市中心部の病院で働く医師は、その日8人目の患者を遠隔診療してい

た。

 

今の日本では、原則として遠隔診療は対面診療が困難な場合を除き認められてい

ないが、この物語の世界では当たり前になっている。モニターの前に陣取り、患者

とテレビ電話のように会話をしていく。手元のモニターには、患者の最新の検査デ

ータが届いている。

 

竹内光子。76歳。データによると、特にこのところ変化はない。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

「最近は暑いですけど、体調はいかがですか?」

「毎朝血圧も測っているし、薬も飲んでいるし、私は大丈夫です。今でも畑仕事に

出てますよ」としっかりした返事が返ってくる。たしかに、体調は良さそうだ。畑

仕事と言えば、前回、6月下旬に来院してもらったときには、お土産をもらってい

た。

「この前、いただいたあんず、おいしかったですよ」

「でしょう。わたしが手塩にかけて育てましたからね。それより先生、脂質異常症

はどうやったら治りますか?」

「し、脂質異常症?」

 

あわててカルテを見直す。いや、その心配はない。

「竹内さん、そっちのほうは問題ないですよ」

「あ、私じゃないの、息子よ息子。東京でサラリーマンやってるんだけど、息子の

『カルテ』を見たら危ないって出ていて」

 

モニターの前で正座する光子は40歳の息子の心配をしているのである。

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解説 

遠隔診療システム

医師と患者が距離を隔てたところでインターネットなどの通信技術を用いて診

断・診療を行う行為。

離島、僻地など、場所に限らず等しく診療を受ける事ができれば長距離移動を

行う無駄が省ける。

また、医師が直接患者宅に行かなくても診療が行えるため、医師不足解消の方

策としても期待される。

シーン7 

東京 

母・裕美 

自宅で仕事をしながら検診

 

7月下旬。

 

本日、裕美は自宅作業。勤務先の建築事務所は考え方が柔軟で、無理な出社は要

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

求しない。自宅にも製図板はあるし、自宅のPCでCADも操作できるから一級建

築士としての仕事は家でもできる。

 

昼が過ぎて、玄関のチャイムが鳴った。

 

パートタイムの助産師さんが、訪ねてくる約束になっていたのだ。

 

彼女は元看護師で、今は大学に通いなおしている。週に2回、パートで今の仕事

をしている。裕美とほぼ同じ年齢で、同じ年の子供もいるので、話もはずむ。

 

彼女が持ってきた携帯型の超音波診断キット(装置)での診察を受けながら、裕

美が言う。

「今度うちの翔太、林間学校で初めてキャンプに行くんですよ」

「楽しみじゃないですか? 

それとも心配?」

「心配。父親に似てそそっかしいし、それに、抗菌薬アレルギー持ちだから」

 

彼女が頷く。

「先生には、あらかじめ相談しておいた方がいいですよ。あと、携帯からの翔太君

のマイページへのアクセス方法、翔太君ともう一度確認をしておいた方がいいわ」

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解説 

超音波キット(診断装置

―エコー)でできること

超音波検査は、人に聞こえない高い周波数の音波(超音波)を使い、身体の中

の状態を調べる検査。肝臓・腎臓といった腹部臓器全般から、心臓などの検査

が可能。放射線の被ばくもなく、安全な検査なので産婦人科の診察でお腹の中

の赤ちゃんの発育具合を検査するのに使用される。ここで想定されている携帯

型の超音波キット(診断装置)は、ポータブルな携帯電話サイズのため、一般

の病院だけでなく、救急現場の災害時や、在宅医療の場まで活用が広がっている。

シーン8 

東京 

父・克彦 

昼ご飯と食後の運動

 

その頃、オフィス近くの居酒屋で昼食の鯖の塩焼き定食(五穀米)を食べ終え、

克彦は8階のオフィスまで階段で上る。まだ昼休みなので、PCで自分のマイペー

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

ジにアクセスし、食べたものを記録する。

 

記録を始めて約1カ月で6キロ減った。

「ほう、けっこうハイペースですねえ。ハイペースすぎて、心配なくらいです」

 

今回を機に出会ったオンライン主治医に指摘され、気分がいい。

「おや、メッセージが届いているぞ」

 

よく見ると、同じダイエットマラソンで競っている「M

aradona

」というIDの

人物からメッセージが届いている。

 

実は、こいつの存在は気になっていた。公開データによると、年齢が同じだし、

背格好も同じくらいだし、この1カ月で8キロも減量している。ライバルと目して

いた人物だ。

 

どれどれ、とメッセージを開封する。思わず声が出た。

「え、孝雄じゃないか」

 

大学時代のサッカー部の同期だった、小杉孝雄だ。「Caniggia1970

」というID

を見て、克彦だと当たりをつけて連絡してきたらしい。

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もう何年も会っていないが、記憶の中の孝雄はスリムだ。

 

それが、8キロも減量しなくてはならない変化を遂げたのか。感慨深いものがあ

る。

「腹がへこんだら会おうぜ、サッカーボール持ってさ」と返事を出す。

 

マイページを閉じた克彦は、ネットショップのサイトでスパイクを物色し始める。

「久しぶりに、燃えてきたぜ」

シーン9 

長野県 

キャンプ場 

長男・竹内翔太11歳 

事故に遭う

 

8月上旬。

「この川をずっとたどっていくと、俺んちのおばあちゃんの家に着くんだぜ」

 

沢の中をジャブジャブと進みながら、翔太は同級生たちに声を上げる。

 

小学5年の仲間たちと長野県までバスにゆられて数時間。林間学校だ。とある清

流沿いにテントを張って、人生初めてのキャンプをすっかり楽しんでいた。

 

ひんやりとした水が流れる川の上流を目指す。岩場が目の前に立ちはだかり、小

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

さな滝から水しぶきが降ってくる。竹内翔太11歳、これは何が何でも上らねばなら

ない。無謀なことに挑戦するのが楽しい年頃なのだ。

「おし、俺から上る!」

 

翔太は、水に濡れた岩に手をかけ、さらに上流を目指そうとした。足が滑る。

「お、危ねー」

 

さらにもう一段。

 

うん、いい調子だ。ほかの連中はまだ川の中だ。俺が一番乗り。

 

後ろで先生の声がした。

「岩は滑るから気をつけてね」

 

あ。

 

そう思ったときは遅かった。足を取られ、身体のバランスを失う。

 

つるつるの岩場を滑落する。たかだか2メートルほどだが、もっと高いところか

ら落ちるような恐怖感が翔太を襲う。

 

下の岩場にたたきつけられた。

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身体の中から、ごきっ、といやな音がして、翔太は一瞬、気が遠くなる。

「翔太君‼ 

大丈夫?」

 

先生は、さっきまで翔太がいたあたりから声をかけてくる。後ろに、同級生の姿

も見える。距離は近いはずなのに、なんだかずいぶん遠くにいるような気がしてく

る。

 

痛い。

 

泣くのはみっともないので泣かないけど、急速に痛みが広がる。

「肩と膝が痛い」

 

言ってみて、自分の声が震えているのがわかる。

 

肩を打ったみたいだ。

 

うつむくと、両方の膝から血が出ているのが眼に入った。

 

水に濡れているので、膝から出血が広がっていく。

 

こんなにたくさんの血を見るのは初めてだ。どうなっちゃうんだろう。

 

翔太はまた気が遠くなる。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

 

先生を見ると、こちらへ下りられず困っている様子だ。

 

このままここで、誰かが助けに来てくれるのを待っていなきゃいけないのかな。

 

不安になって、涙がこぼれそうになる。

 

いや、泣いたらダメだ。

 

声を振り絞る。

「おかあさ、じゃなかった。せんせー、俺、どうしたらいいですか?」

「とりあえず水から上がって、乾いたところで横になって! 

今、カルテ確認する

からね!」

 

先生の指示に従って、翔太は水から上がる。

 

先生は、ほかの子供たちを安全な場所に集合させ、携帯電話で翔太のカルテを参

照する。IDはあらかじめ、全員分を把握している。

「抗菌薬アレルギーあり、か」

 

それから、カルテ画面のひとつのボタンを押す。コールが何度か続き、翔太のか

かりつけ医に電話がつながった。

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「どうしましたか? 

どうも、川沿いにいるみたいですけど」

 

医師の問いかけに一つひとつ答えていく。

「わかりました。先生はとりあえず出血している足の部分を包帯でしばって止血だ

けしてください。あとはこちらで、近隣の医療機関に連絡しますので、その場で待

機していてください」

 

今度は「緊急通報」のボタンを押す。

 

それぞれ仕事中の克彦と裕美の携帯に、すぐに緊急メールが入る。

解説 

医師との連携、緊急時の仕組み 

ここで想定されている仕組みは、事故または病気の際に意識不明、怪我などで

患者自身が救急に連絡できない場合は、アクセス権が付与された者、または医

療従事者がインターネット経由で患者の医療データにアクセスすることにより、

過去の病歴及び診療履歴等参照できる。また同時にかかりつけ医とのコミュニ

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

ケーションが可能となる(ボタンひとつで連絡が取れる仕組み)。このシステム

を活用することにより、救急対応のスピード及び正確さを向上させることがで

きる。

シーン10 

東京 

母・裕美のパニックと2週間早い陣痛

 

会社でデスクワークをしていた克彦はそれほど心配していなかった。

「まあ、男の子だし、そんなこともあるよな。命に別状はないとのことだし」

 

一方自宅でメールを受け取った裕美は軽いパニック状態に陥った。

「ええっ、翔太が川で怪我したって⁉ 

お父さんに似ておっちょこちょいのところ

があるから、もう、心配していたのが的中したわ。あの子、抗菌薬アレルギーがあ

るし、大丈夫かしら」

 

おろおろとしていると、大きくせりだした下腹部が急に痛み始めた。自分でない

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ものが動き回っている。

 

え、予定日までまだ2週間はあるけれど、これはもしかして・・・・・・

シーン11 

長野県 

長男・翔太 

ドクターヘリに乗る

 

ドクターヘリが、沢の上空までやってきた。場所が場所だけに、慎重に着陸をし、

翔太を救出し、再び空へと戻ろうとする。

「翔太君、大丈夫ですか?」

 

離れたところから心配をする先生に「大丈夫です、データに基づいた処置ができ

るだけの用意はありますから」とヘリに同乗してきた救急医は力強く答える。

 

離陸。

「ふむ、翔太君は抗菌薬アレルギーがあるんだね。だったら、抗菌薬は使わない方

がいいね。まずは他の方法で、破傷風にならないようにしよう」

 

機内では、抗菌薬を使わずに処置が行われる。

「肩を見せてくれ。うーん、こいつは骨折かな。痛いだろう。でも、重症ではなさ

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

そうだ。すぐに治るよ。泣かないのは、偉いぞ」

 

そう言われて、翔太の目から大粒の涙がこぼれた。

シーン12 

再び東京 

母・裕美 

救急車の中で翔太の安否を思う

 

このとき、すでに裕美は車中の人になっていた。病院に搬送される救急車の中で、

陣痛が始まっている。

 

救急車の車内にあるモニターには、裕美の最新の診断結果が表示されている。搬

送先の病院へも、同じデータがすでに送られている。

 

裕美は隊員におずおずと訊く。

「あのお、うちの子は、大丈夫でしょうか?」

 

隊員はモニターを見ながら答える。

「はい、ちょっと小さいけれど、とっても丈夫そうなお子さんですよ」

「いえいえ、お腹にいる方ではなくて、長野のキャンプ場にいる方です。さっき、

キャンプ場で怪我をしてしまったみたいで……」

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「え、そりゃ大変だ。お子さんのIDを教えてください」

 

救急隊員に、翔太のデータを呼び出してもらう。病院に到着したと記録されてい

る。命に別状はなさそうだ。

「ふう、よかった」

「よかったですねえ。さあ分娩室の用意は整っています。お母さんも頑張ってくだ

さい」

シーン13 

長野県千曲市 

病院 

長男・翔太 

意外な人物に遭う

 

翔太の怪我は鎖骨の骨折に両膝の擦り傷だった。

 

千曲市内の病院で手当を受け、かつては会計を待つ人が使っていた待合室で、ひ

とりぽつんと座っている。

 

会計システムは、すでにオンライン化がされている。保険証の情報も、オンライ

ンで参照できるため、保険証も現金も持たずに、病院で診察を受けられるようにな

って久しい。

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

 

学校の先生は遅れている。親も来ない。

「どうすりゃいいんだ。はやくキャンプに戻りたいよ」

 

思ったほど怪我が重くなかったので、いつもの翔太に戻っている。

「ちょっと、病院の中を探検するか」

 

翔太にとって病院は、めったに来ない場所だ。何かあってもたいていは、遠隔シ

ステムで済んでいるからだ。お父さんの持っている漫画に出てくる病院と、この病

院はどれだけ違うんだろう。そう思ってきょろきょろしていると、看護師に見つか

った。

「もうちょっと、待っててね」

 

お菓子をくれる。あんずのお菓子である。

 

あんず。あんずっていえば……、あ、おばあちゃん!

「すいません、ここって何市ですか?」

 

翔太が看護師に尋ねる。

「千曲市よ」

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「あ、おばあちゃんのところだ!」

 

おばあちゃんに電話をしようと、携帯電話でアドレス帳を呼び出すと、後ろから

声がした。

「翔太、大丈夫なの?」

 

おばあちゃんだ。

「え、どうしてここにいるってわかったの?」

「〝病院テレビ〟を見たら、翔太が怪我をしたって出てたから」

 〝病院テレビ〟ってのはあれか、と翔太は思い至る。おばあちゃんの家にある遠

隔診療システムだ。ぼくのカルテをあれで見てたのか。

「でも、よくこの病院の場所がわかったね」

「おばあちゃん、3カ月に1回はここに来てるからね」

「へえ。ねえねえ、おばあちゃん、キャンプ場まで僕のこと送ってよ」

「今から参加するつもり?」

「もちろん! 

だって、キャンプファイヤーの司会は僕がやるんだよ!」

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

「それはお医者さんと相談しないとね」

シーン14 

東京 

病院にて 

父・克彦と母・裕美、そしてもう一人

「わ、もう生まれちゃったのか⁉ 

心の準備ができてないよ」

 

克彦が裕美の部屋に着いたときには、隣のベッドに生まれたばかりの赤ちゃんが

寝ていて、看護師がタッチパネル式の電子端末を操作していた。

「最初に、もっといたわりの言葉とかないの?」

 

と、裕美が疲れの残った顔に笑みを浮かべる。

「そうそう、翔太は大丈夫だって。おばあちゃんが病院に行ってくれた」

 

克彦の言葉に、裕美の頬が緩む。

「予定より2週間も早く生まれちゃったなあ。女の子か。秋っぽい名前を考えてた

んだけど。そうそう最初に仕事をやんなくちゃ」

 

生まれたばかりの娘との対面もそこそこに、克彦は看護師からモニターを受け取

り、まだ名前のない娘のマイページを作り始める。

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裕美のページに、翔太へのリンクと同様に、新しいリンクを作って、「名称未設定」

のまま、IDを貼り付けて、情報を入力して

︱。生まれた時間、身長、体重。赤

ん坊の「カルテ」が誕生だ。

「今日は、翔太も大事には至らなかったし、娘も無事生まれたし、それから、俺の

体重がついに65キロになったしで、めでたいことだらけ。そうだろ?」

「そうね」

 

答える裕美は警戒を緩めない。克彦がこう言い出すときは、何かを買おうとして

いるときなのだ。

「だから、サッカースパイク、買おうと思うんだよね」

「ふう、ほんといつも、自分のことしか考えていないのよねえ」

 

呆れ顔の裕美だが、能天気な夫のことも、今日ばかりは許すことにしよう。

シーン15 

長野県千曲市 

祖母・光子の家で翔太、新しい家族を知る

 

宮崎駿の映画に出てきそうな、風情のある古い木造一軒家。障子を開け放した居

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

間には西日が差し込んでいて、しかし、夏の夕方の風が吹き込むため、そう暑くは

ない。

 

光子の家で、翔太が、なれぬ手つきで、左手でそうめんをたぐっている。大事に

至らなかったが、キャンプへの合流は認められず、とりあえず、おばあちゃんの家

に逃げ込んだのだ。

 

デザートはもちろん生のあんず。

「テレビ見てもいい?」

「いいけど、その前に病院テレビを見てみようね」

 

テレビの電源を入れ、リモコンでチャンネル操作をすると、「竹内克彦」「竹内裕

美」「竹内翔太」「名称未設定」というメニューが表われる

「『名称未設定』ってなに?」

「たぶん、生まれたばかりの妹のことよ」

 

ボタンを選択すると、赤ちゃんの画像が表示される。

「おお、これが妹かー」

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「克彦ったら、データ入力する前に、まずおばあちゃんに電話をしなさいっての」

「お父さん、おっちょこちょいだからなあ」

「翔太、あんたが言えた義理じゃないでしょ」

 

大笑いする2人の目の前のモニターが切り替わり、克彦と裕美の顔が大写しにな

る。

「はい、赤ちゃんよ! 

名前はね、いまお父さんが決めたの。ええっと……」

 

夏の風が再び、モニターを前にした2人のわきをすり抜けていく。長い夏は、ま

だ続く。

 

この物語は、今の日本で技術的にはすでに実現していてもよい物語です。

 

個人情報の蓄積があること、それを踏まえITを活用し、ネットワークでつながり、必要

なときにアクセスできることで、医療と生活はここまで変わるのです。

 

次章以降では、こういった世界を作るための現状での課題と、その解決方法を整理してい

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第 6 章 e-Health のある未来~竹内家のケース

きます。

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e-Health 実現への道

第7章

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これまでの章で触れてきたように、日本国民が今後も健康であり続け、必要なと

きに必要な医療を受けられるような仕組みを維持していくためには、克服しなけれ

ばならない課題がいくつもあります。

 

社会の高齢化であり、慢性疾患患者の増加であり、医療環境の地域格差であり、

さらには医療費の高騰であり、医者不足です。

 

本書では、こうした問題の解決には、e-H

ealth

(eヘルス)革命が不可欠である、

との論を展開してきました。では、どうすればITを駆使したこの革命を現実に起

こすことができるのか?

 

この章では、「革命」に至るまでの道のりとその結果得られるであろう成果につ

いて、整理していきます。

 

繰り返しになりますが、日本の医療が直面している問題は大きく4つあります。

 

1 

少子高齢化社会の到来

 

2 

慢性疾患の増加

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第 7 章 e-Health 実現への道

 

3 

医師の相対的な不足

 

4 

医療環境の地域格差

 

これらはいずれも、起こるべくして起きた現象です。社会の高齢者比率を下げた

り、慢性疾患患者をいきなり減らしたり、医師を急増させたり、日本全土をまった

く同じ医療環境に整えることは非現実的であり、荒唐無稽な話です。

 

でも、こうした課題への対応策、解決策を見出すことはできます。それがeヘル

ス革命です。

 

この場合のeヘルスは何を意味するのか。狭義の意味では、電子化された医療健

康情報の活用ということになりますが、ここで言うeヘルスはもっと広くそして深

い意味を持ちます。つまり、「ITを活用し、個人の情報を元に、個人が健康にな

る仕組み」です(図1)。この仕組みが整えば、最終的に、日本国民の生活の質が

向上します。

 

eヘルス革命は、誰が何をすれば実現できるのでしょう?

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■ 図1 健康・医療ITインフラの整備がもたらすもの

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第 7 章 e-Health 実現への道

 

医療には、それを受ける患者=日本国民がいます。施す医療従事者がいます。そ

して、仕組みを整える国あるいは地方自治体という存在があります。

 

つまり、

 

1 

患者=個人の変革

 

2 

医療従事者=医療のプロの変革

 

3 

インフラ整備者=国や自治体、企業の変革

 

以上三者の立場を踏まえて考える必要があります。

 

それぞれがどんな変革を起こすと、eヘルス革命が達成するのか。これまで本書

で識者が述べ、事例から浮かび上がってきたことをまとめてみましょう。

 

患者すなわち国民自身が変わるべき点は何でしょうか?

 

本書の第1章で黒川清教授が主張されているように、「自分の健康データは自分

で把握しよう」という意識改革が、国民に求められます。

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今、多くの人は、自分の身体がどういった状況にあるかを示すデータを、自分の

手元で管理していません。医療や健康の情報は、病院で管理されることが当たり前

になっています。その状態に、安心安全な印象を抱いています。

 

しかし、それは本当の安心であり、安全でしょうか。

 

初めて行く病院には、自分の医療健康にまつわるデータが一切ありません。これ

まであなたが受けてきた治療、これまであなたが受けてきた健康診断、そこで蓄積

されたあなた自身の総合的な医療健康データは、現時点ではどこにも存在していま

せん。

 

考えてみるとかなり不思議な話です。自分の身体という「個人資産」に関する詳

細情報を、あなたはもちろん、病院など医療機関も統合した状態で持ち合わせてい

ないのです。

 

医療健康データを個人が一括して管理する。そのデータをもとに適切な治療やア

ドバイスを医療のプロが下す。こうした状態が実現できれば、医療ミスなどは飛躍

的に減らせますし、国民の健康状況を大幅に改善し得ます。さらには医療コストの

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第 7 章 e-Health 実現への道

低下にもつながります。

 

そうするには、まず国民自身が意識を変えていかなければ話は先に進みません。

医療健康データの管理を医者任せにせず、自分の資産を自分で管理し、自分の時間

を自分でコントロールするように、自分の健康情報のイニシアチブは国民自らがと

っていくことがまず重要なのです。

 

その上で、資産に関してその運用を銀行や投資会社に相談したり、時間の使い方

について旅行代理店やイベント会社の意見を聞いたりすることで、医師の的確なア

ドバイスを得る。これが理想の姿です。

 

医療健康データが国民一人ひとりの「所有物」となったら、今度は同時に電子化

を図り、共有化を図っていきます。このときに重要なのがデータの「標準化」です。

標準化されてはじめて共有化されます。

 

個人の医療健康情報をITを活用して、共有化することで、医療機関は緊急時で

も患者さんのデータを引き出し、的確な治療を行えるようになります。共有化され

た情報は、国にとっても重要なデータとなり、医療技術などの改善に役に立つはず

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です。

 

そのためにも、まず改革の第一歩は、国民一人ひとりが「私の情報は私が管理す

る」という意識を持つことから、すべてが始まります。

  

次に、医療を施す医療機関はどう変わるべきかですが、その前にまず、日本の医

療機関の現状について改めて眺めてみましょう。

 

日本の医療の平均水準は今でも他国に比べればとても高いといっていいでしょう。

医師不足や地域の格差は言われますが、それでももたらされる医療の質、アクセス

のしやすさは、平均的に見て、世界でもトップレベルの水準です。

 

そんな日本の医療を支えているのが、国民皆保険制度です。どの医療機関にかか

るのも自由で、だれもがいつでもどこででも質の高い医療を受けられる状況にあり

ます。この制度が国民の健康を保障しているのは言うまでもありません。

 

ただし、この自由度の高さと人口の高齢化が、日本の医療の屋台骨をぐらつかせ

ている部分があるのも残念ながら事実です。

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第 7 章 e-Health 実現への道

 

日本の医療の現場がとても優秀なために、すでにいつ崩れ始めてもおかしくない

にもかかわらず、なんとか持ちこたえているのが現状なのです。

 

そんな日本の医療に対して、崩壊の足音が聞こえ始めています。それが診療分野

によっては起き始めている医者不足であり、医療費の高騰です。

 

振り返ると、日本は多くの分野で、優秀な現場がなんとか乗り切ることで本質的

な問題をほったらかしにする、ということを繰り返してきました。

 

社会が変化し、ニーズが変化しているにもかかわらず、それに対応するシステム

は変えず、システムを運用する側の創意工夫で、あらゆることを乗り切ってきまし

た。そうするだけの能力があったがために、システムを根本から変えることをしな

いできたのです。

 

したがって、そのシステムに運用の工夫だけではもはや対処できない限界が訪れ

たときには、急激な変革が必要となり、その変革が実現できないときは崩壊への道

をたどるのです。

 

日本の技術が閉ざされた市場で「ガラパゴス化」しやすいのも、現場の創意工夫

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の尖鋭性に比べ、システム全体を経営する視点が常に欠けがちだからです。そのせ

いで、今、医療機関もガラパゴス化の一途をたどっています。

 

現状を見ると、電子カルテの普及は端緒についたばかりであり、それぞれのシス

テムにおけるデータの互換性の整備もまだまだこれからです。

 

ここでひとつ、疑問が生まれるかも知れません。

 

ITが医療現場で有用であることがここまで明白であるにもかかわらず、なぜ、

まだ、仕組みが整っていないのかという疑問です。

 

日々忙しい医療の現場に、新しい仕組みを持ち込む時間や余裕がないのかもしれ

ません。

 

しかし、必要な機器は必要に応じて導入されており、新しい技術や情報も取り入

れられています。

 

医療の現場にすでに新規導入されたものと、そうでないITとの最大の違いは、

それを活用することに対するインセンティブの有無にあります。

 

例えば、2000年以降、日本でもピンクリボン運動が行われるようになりまし

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第 7 章 e-Health 実現への道

た。これはご存じの通り、乳がんの啓発キャンペーンです。

 

アメリカでは1980年代から始まっていた活動ですが、日本で始まったのはそ

の約20年後。開始のきっかけは、1998年の「がん検診の有効性評価に関する研

究班報告書」、いわゆる「久道班」の報告によるものです。日本政府は、それまで

50歳以上が対象だった乳がんの検診年齢を、40歳に下げました。

 

そして、2005年には、「マンモグラフィ緊急整備事業」として、デジタルマ

ンモグラフィ普及のために、39億3000万円の国の予算を計上しています。

 

昨今は、啓発期間の毎年10月には、建物がピンク色にライトアップされたり、イ

ベントが開かれたり、講演が行われたりしており、認知も広がっています。これは

将来の受診者の数の底上げを十分に期待させるものです。

 

今の日本でITの利活用に対してこういったインセンティブを与える制度は、有

効的な活用がされているとは必ずしも言いきれません。このため整備が遅れ、医療

機関をまたいだ情報の共有はほとんどなされていないのが現状です。

 

もし、こういったシステムが整えば、医師不足や医療の地域格差をカバーし、そ

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してよりよい医療を提供できるようになるはずです。

 

ただ、医療従事者も、IT化へのインセンティブ付与を座して待てばいいという

ものではありません。

 

IT化された医療に、実際に取り組んでいくのは医療従事者です。データが電子

化され、共有化されたとき、それを利用し、よりよい医療に結びつけていくのは、

医療従事者にしかできないことです。

 

情報のIT化は、ゴールではありません。医療機関がより良い医療のスタートを

切るための、土台の整備に過ぎません。

 

IT化に伴って、病院内組織の組み替えは必要なのか、そうではないのか。

 

共有化された情報をどこまで利用し、どこからは利用しないのか。

 

情報利用と、それに基づく医療のノウハウは、どう継承していくのか。

 

こうした課題に対する答えを医療機関が主体となって考えていくことが求められ

ます。

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第 7 章 e-Health 実現への道

■ 図2 医療健康データの共有から活用へのステップ

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患者は意識を、医療機関は情報の活用を変えるべきです。しかし、この二者が変

わっても、もっと大きな枠組みが変わらなければ、eヘルス革命は実現できません。

つまり、国であり、地方自治体であり、地域社会です。

 

日本政府は新たな戦略として「国民本位の電子行政の実現」「地域の絆の再生」「新

市場の創出と国際展開」を打ち出しています。これはそのまま医療改革にも当ては

まる課題です。

 

それぞれを医療の問題に落とし込んでみると、「個人がイニシアチブを持つ医療

情報のIT化、共有化」「医療・健康管理における地域連携」「産業としての医療の

確立と海外展開」ということになります。

「個人がイニシアチブを持つ医療情報のIT化、共有化」については、すでに触れ

ましたので、「医療・健康管理における地域連携」「産業としての医療の確立と海外

展開」について、簡単に解説をします。

「医療・健康管理における地域連携」を可能にするのは、医療健康情報の共有です。

しかし、地域の医療機関が、患者の意思なく個人の医療情報を共有するのでは、こ

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第 7 章 e-Health 実現への道

れまでなかなかうまくいかなかった地域連携と同じ轍を踏むことになります。患者

は相変わらず都市部の大病院に集中し、病院間格差はむしろ拡大するでしょう。

 

そうではなく、「個人がイニシアチブを持つ医療情報のIT化、共有化」の先に、

「医療・健康管理における地域連携」があることが重要です。そうなれば、患者は

どこででも一定以上の質の医療を受けられることを、自ずと知っているからです。

 

最後の「産業としての医療の確立と海外展開」については、患者や医師には、直

接的には大きな影響は与えないでしょう。しかし、医療が外貨をかせぐ手段となれ

ば、医療機関経営にとってはプラスになるでしょう。

 

これらの実現には日本政府の強いリーダーシップによる情報インフラの整備が必

要不可欠となります。行政のIT化、公共サービスの電子化、その中の一つに健康・

医療というテーマが存在するということです。また、図3に示すように日本が抱え

る問題に対して、すでに散乱している情報のあり方や標準化への方針、健康促進の

ための予防への施策、これらは政府のイニシアチブなくして考えられないことです。

 

以上、eヘルス革命を実現するにあたっての現状の課題を、患者の立場、医療機

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■ 図3 日本が直面する課題と解決への鍵

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第 7 章 e-Health 実現への道

関の立場、国や地域の立場から整理してきました。それぞれの課題を克服すると、

どういった世界がやってくるのか。

 

なんといっても、医療に対するさまざまな「アクセス」が飛躍的にたやすくなり

ます。まず、国民一人ひとりが自分自身の医療健康情報へ格段にアクセスしやすく

なります。そして、情報へのアクセスのしやすさは、適切な病院、適切な医師、適

切な治療へのアクセスも容易にします。

 

具体的に記すとこうなります。

 

①�

あなた自身、または家族がいつでもあなたの医療健康情報にアクセスできます。

 

②�

かかる病院や医師が変わっても、彼らはあなたの情報に簡単にアクセスできます。

 

③�

救急時にでさえ、あなたの情報が的確に医師に伝わります。

 

こんな「未来」を実現するには、個々人の医療健康データが標準化され、整理さ

れていること、その情報を当人がイニシアチブを持って管理していることが前提で

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す。

 

そうなれば、手元にある通帳を見て預金がいくらあるのかわかるように、あなた

は自分の健康情報をいつでも参照できるようになります。

 

自分の身体の情報に対して、例えば家族の誰にまでアクセスできるようにするか、

といったアクセス制限もあなた自身が決めればいいわけです。

 

また、医師はこうした国民の医療健康データにアクセスできます。これは、住宅

ローンの審査会社が、あなたの資産情報を把握するようなイメージです。患者の健

康状態という「事実」をもとに判断するために必要なことで、もちろん医師には守

秘義務が課せられます。

 

個々の医療健康情報は、すでに繰り返し述べてきたように、電子データの形で整

理するのがベストでしょう。所持しやすく、共有しやすく、そのための通信インフ

ラもすでに整備されつつあります。

 

電子データの形で国民の健康情報を管理するようになれば、ネットワークを介し

て、遠く離れた場所で受けた検査の結果や、撮影された診断画像を、即座に共有で

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第 7 章 e-Health 実現への道

きるようになります。同じ検査を何度も受けなくて済むようになり、あなたの身体

の負担は減り、医療費も削減されます。

 

また、電子化された医療健康情報の管理方式は、さらなるメリットをもたらしま

す。

 

①かかりつけ医と専門医の距離を縮めます。

 

②病院に行かずとも、自宅で的確な指示を受けることができます。

 

本書では、全ての個人がかかりつけ医を持つこと、まずはその医師に相談をし、

必要に応じて専門医の診断を受けるという医師の役割分担制度について、触れてき

ました。第1章では黒川清教授に総論を展開していただき、第5章では、すでに英

国がこうしたかかりつけ医制度を実現していることをレポートしました。

 

普段の健康は、地域のかかりつけ医が相談相手になってくれ、また診断をしてく

れ、いざ高度な治療が必要な際には、かかりつけ医が蓄積してくれた患者の医療健

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康情報を、専門医にバトンタッチして、的確な治療を行う

︱。この連携をスムー

ズに、間違いなく行える仕組みを作るにあたっては、やはり個々人の医療健康情報

が扱いやすく、かつ共有しやすい状態でまとめられていることが絶対条件となりま

す。

 

これまでの場合、はじめて診察する医者はその患者の事前の医療健康情報を持ち

合わせていません。となると、初めて出会う医師がどれだけ患者の状態を把握した

うえで診断を下しているのかとなると疑問符がつきます。患者からすれば、「私に

聞くのではなく、私が前にかかっていた医師に聞いてください」と言いたくなった

こともあるのではないでしょうか。

 

国民の医療健康情報がITで管理されていれば、こうした不安は軽減されます。

はじめて出会う医師に対して、過去の医療健康情報の中身や自分の健康や医療にま

つわる過去のエピソードをあなたが自分で全てを説明する必要はありません。あな

たの医療健康データは、ITを介して当の医師と共有できるようになるからです。

 

また、医療健康情報の電子化が進めば、人々が病院に足を運ぶ回数も減っていく

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第 7 章 e-Health 実現への道

はずです。これまでならば、まず病院へ行き、そこで初めて医師によって「治療が

必要か、否か」を聞かされていましたが、ITの導入により、遠隔での診療行為が

技術的には十分に可能になります。おそらく、テレビ電話のようなシステムを使う

ことになるでしょうが、これも、画面の向こうにいるのが、あなたのデータにアク

セスできる医師だからこそ、成り立つことです。

 

eヘルス革命の先にある未来の前提条件となるのは、先に述べた通り、個々人が

一元的に自分の健康と医療の情報を管理するという意識を持つことです。そうなっ

てはじめて成立する未来であり、何より個々人の健康意識を高め、日々の健康管理

につながります。自分の健康や医療の情報に責任を持つようになれば、間違いなく

自分の身体への関心も高まります。

 

現代人が自分の体に関心を持つときとは、病気をしたり怪我をしたり、といった

具合に、診療行為の対象になるときだけでしょう。

 

繰り返し述べてきたように、多くの病気は、予防策をとることで回避できます。

とりわけ、今問題となっている慢性疾患の多くは、生活習慣の改善で予防できます。

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健康や医療に関心を持つようになれば、予防は自ずと推進されます。言うまでも

なく、ひとりで予防をする必要はありません。家族や医師、看護師のサポートも大

事です。しかし、サポートを得るにしても、主役は本人自身です。どんな予防法を

選択するのか、さらに治療方法を選ぶのかも、専門家や家族のアドバイスを得なが

ら、自分で決めるという覚悟が必要です。もちろん、その上で医師の判断にゆだね

るという選択肢もあるでしょう。

 

医療健康情報の電子化が進み、個人所有されると同時に、ネットワークを介して

共有財産となると、さらにその先には、次のような効果が生まれます。

①同じ病気を持つ人同士で情報を共有することができます。

②あなた自身の医療健康情報が他の人の役にたちます。

 

日本国民一人ひとりが自分の医療健康情報の管理者になるメリットは、実はここ

にあるのです。今は病院のカルテにばらばらに記載されているデータが手元にある

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第 7 章 e-Health 実現への道

■ 図4  個人の医療健康情報の一元ポータル化で見えてくるもの

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ようになり、自分の既往症について正確な情報を知り得るわけです。

 

すると、同じような病気に罹っている人同士で、情報交換ができるようになりま

す。

 

自分の疾患の特徴はどんなもので、同じ病気の患者はどんな苦労をしているのか……。

すると、医者と患者間のみならず、患者同士でお互いの病気について詳しい情報交

換ができるようになりますし、なにより同じ病に罹ったもの同士で励ましあうこと

ができるようになります。こうした「感情の共有」が、医療健康情報を電子化する

ことで可能になるのです。これは、深刻な病気と闘っている患者さんにとっては大

いなる福音です。

 

さらに、これらのデータが共有され、個人が「共有してもいい」という意思を表

示すれば、十分な匿名性を保ったまま、専門家の間で、疾病や治療法のデータが国

に共有されるようになるわけです。

 

それは日本の貴重な医療データベースとなり、あなたによく似た他の誰かの治療

の役に立ちます。言うまでもなく、あなたによく似た他の誰かが提供したデータが、

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第 7 章 e-Health 実現への道

■ 図5 医療データベースの未来の形

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あなたの治療の役にも立ちます。具体的にデータを集めるのは、政府や自治体とい

った団体になり、活用するのは医療機関や製薬企業など多岐に渡るでしょう。

 

医療機関は、これまでとは比べものにならないほど大きなデータベースを活かし、

より的確な診断と治療を施していくことになります(図5)。

 

これが最終的には、医療費の高騰を抑制するはずです。

 

日本国民の一人ひとりが、自分の過去の医療健康情報を、電子化によって自らの

所有物とすること。その情報を今度はITの力で国の共有財産にすること。そこで

集積した医療健康情報をもとに、医療機関は診断と治療の業務を明確にし、効率的

で無駄のない医療体制をつくりあげること。以上の仕組みを実現し維持できるよう、

行政=国や地方自治体は、国民の信頼を得られるために努力し、業務のIT化、社

会基盤のIT化を進めること。

 

そこから日本の医療は大きく変わるはずです。

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第 7 章 e-Health 実現への道

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おわりに

 

本書で標榜した「e-H

ealth

(eヘルス)革命」の目標について、最後にもう一度、

定義したいと思います。

 

自分の健康を自分で管理できるように、日本に暮らすすべての人々が利用する医

療と健康そして介護のシステムを、ITを活用して改善する。そして、みんながよ

り健康に生活できる、すなわち究極的には日本人のクオリティ・オブ・ライフ(Q

OL)を向上させる

︱。これが「eヘルス革命」の目標です。

 

世界最長寿国である日本が、なぜ「eヘルス革命」を必要とするのでしょうか。

それは、日本があらゆる先進国に先んじて、医療と健康の問題に直面するからです。

その問題とは、超高齢社会の到来であり、慢性疾患の増加であり、それに伴う医師

不足や地域格差、医療費高騰です。

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おわりに

 

ただし、以上の問題はあまりに大きく、医療当事者の努力だけで解決するのは不

可能です。

 

そこで、eヘルス革命の登場です。その骨子となるのは2つの策です。ひとつが

社会全体の意識改革であり、もうひとつはITの活用です。

 

まず、今私たちが直面している医療と健康の問題を解決するには、医療当事者の

みならず、政府、企業そしてなにより国民一人ひとりの意識改革が欠かせません。

これからの医療と健康の問題は、社会全体で解決を図ろう

︱。そんなコンセンサ

スを日本全体で持つことが必要です。

 

次に、具体的な策を講じるにあたって欠かせないのがITの活用です。先端的な

ITの導入は、医療や健康、介護システムを質量ともに飛躍的に向上させます。

 

最重要課題は、個々人の医療健康情報を電子化することで統合管理を可能にし、

さらに個々人の情報共有を可能とすること、いわば電子カルテの機能強化を達成す

ることです。

 

個々人の病歴や健康診断の情報を一元管理して、その情報を全医療機関が閲覧で

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きるようになると、誤診のリスクは飛躍的に減りますし、より適切な治療を選択す

ることが容易になります。一方で、不必要な検査や治療、さらには投薬を減らすこ

ともできます。

 

その結果、医療水準の向上、医師の相対的不足の解消、さらには医療費高騰の抑

制が可能となります。

 

また、日本にいる人々の医療健康情報が蓄積され、共有化されることで、

Evidence Based Medicine

(臨床的根拠のある医療)が加速し、また、医療技術の

革新や、医療機器や新薬開発にも寄与することが可能となります。つまり、医療全

体の技術向上に貢献できるのです。

 

さらに、個々人が自らの医療健康情報を医療従事者と共有することで、個人の健

康に関する意識改革も進むはずです。自らの健康状態をリアルに知ることで、健康

意識が向上します。それは結果として生活習慣に起因するあらゆる疾患の予防をも

たらすからです。

 

日本のeヘルス革命が成功すれば、それは世界にとっても福音となるはずです。

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おわりに

■ e-Health革命で国民と日本政府が得られるメリット

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先進国はもちろん、途上国もいずれは皆程度の差こそあれ、高齢化や慢性疾患の蔓

延といった問題を抱えることになるからです。いち早く日本が解決策を講じれば、

それは各国垂涎の的となります。

 eヘルス革命は、日本だけでなく、世界も救う力となり得るのです。

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e-Health革命 ITで変わる日本の健康と医療の未来 2010年11月22日 第一版第一刷発行

    編 日経ビジネス オンライン

寄   稿 黒川 清 近藤 正晃 村井 嘉浩 ジェフリー・R・イメルト編 集 協 力 GEヘルスケア・ジャパン株式会社

江澤 道広/坂木 洋/松葉 香子/鷲足 猛志執 筆 協 力 片瀬 京子

発 行 者 渋谷 和宏発   行 日経BP社発   売 日経BPマーケティング 〒108-8646 東京都港区白金1–17–3 ☎ 03 -6811 -8188(編集) ☎ 03 -6811 -8200(販売) http://ec.nikkeibp.co.jp

装   丁 インフォバーン図   版 スマート組   版 クニメディア株式会社印刷・製本 大日本印刷株式会社

ISBN978-4-8222-0186-9 C0034

本書の無断複製複写(コピー)は、特定の場合を除き、著作者・出版者の権利侵害になります。Printed in Japan  Ⓒ日経BP社、2010

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