光と icg...
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topics vol.15
光と ICG修飾リポソームを用いた次世代がん治療
岡本 芳晴
鳥取大学農学部共同獣医学科獣医外科学教室教授
【要約】
今回新たに開発したICG修飾リポソーム(ICG-lipo)と光源装置を用いたがん
治療の原理を紹介します。本治療は、ICG-lipoを血管内に投与し、EPR効果を期
待して腫瘍組織内に蓄積させた後、外部より光照射するという極めて単純な治
療法です。その結果、温熱効果、光線力学効果、さらには内包された抗がん剤
等の作用により、抗腫瘍効果を発揮させます。今回、この治療法を用いて治療
を実施した症例を紹介します。
【はじめに】
我々は、インドシアニングリーン(ICG)の光特性、すなわち800nmの光を吸
収して発熱(温熱効果)、600-800nmの光を吸収して活性酸素を誘導(光線力学
効果)することに注目して、そのがん治療への応用の可能性を模索してきまし
た。本治療法を光線温熱療法(Photodynamic Hyperthermal Therapy : PHT)と
命名し、さらにPHTに局所抗癌剤を併用する方法を光線温熱化学療法
(Photodynamic Hyperthermal Chemo-Therapy : PHCT)と命名しました。しかし、
この治療法の対象は表在性腫瘍を対象としたものであり、深部の腫瘍には適用
ではありませんでした。また、この治療法にもいくつかの問題点があることが
わかりました。一つは、鼻腔内のような腫瘍の存在が肉眼で十分確認できない
部位においては、色素剤を腫瘍に的確に投与することが困難なことです。他の
問題点として、色素剤を腫瘍組織内に均一に投与することが困難なことがあり
ます。
腫瘍組織に選択的に薬物を蓄積させる方法の一つにEPR効果(Enhanced
Permeability and Retention Effect)があります(図1)。
この理論は、次の通りです。腫瘍血管の血管内皮細胞は正常組織の血管内皮細
胞に比べて、その整列が不均一であることが知られています。そのため、正常
血管内皮細胞間隙からは漏出しない粒子(20-200nm)でも血管外に漏出します。
その結果、腫瘍組織内に粒子が蓄積していきます。現在、細胞膜と同じ材料で
作られた小さな気泡(小胞)、すなわち“リポソーム”をこのような粒径にして、
血管内に投与し病変部に運ぶ研究が進められています。
2010年、千葉大の田村先生らは、このリポソームの膜にICGを結合させること
に成功しました。(図2)はその構造を示したものです。
図1.EPR 効果(Enhanced Permeability and Retention Effect)
正常組織
腫瘍構成細胞
正常血管内皮
20 ~ 200nm> 200nm
< 20nm
がん幹細胞 ニッチ細胞
新生血管内皮
図2.ICG修飾リポソーム
粒子径:200nm
本剤は通常のICGに比べて腫瘍により蓄積することが、動物実験で確認されてい
ます(図3)。
本剤が腫瘍に蓄積した段階で、光照射することにより、温熱療法、光線力学療
法を実施できます。さらにリポソーム内に、抗がん剤等の種々の物質を内包さ
せることにより、より効果的ながん治療が期待できます(図4)。
・抗癌剤・免疫賦活剤・抗体・その他
温熱、PDT効果化学療法、免疫療法
図4.ICG修飾リポソームの可能性
図3.EPR効果による腫瘍組織への集積
粒子径:50nm
Injectionpoint Injection
point
ICG ICG-lipo
Rat F344/Jc1 34-36 weeks 9Lグリオーマ細胞 腫瘍径 約30mm
腫瘍腫瘍
ICGに比べて、ICG-lipoの方が腫瘍(黄色枠)に薬剤(白色物)が集積していることがわかる。
昨年初めより、実験動物を用いたデータを基礎に、実際の犬猫の自然発症症
例に対して本治療法を実施したのでその概要を紹介します。
症例1:猫、雑、雄、15歳、4kg
稟告
数日前より左目の突出と鼻出血のため来院。(図5)は来院時の外観です。左目
は瞬膜の突出と不十分な開眼が確認されます。細胞診により、独立円形細胞が
多数みられたため、リンパ腫を強く疑いました。CT検査では、鼻腔内マスと眼
窩への浸潤が確認されました(図6)。
【治療方針および治療内容】
家族は積極的な治療は望まないとのことだったため、話し合いの結果、ICG修
飾リポソーム(ICG-lipo)による治療を行うこととしました。補助療法として、
丸山ワクチン(週3回)、高濃度ビタミンC療法(週2回)を併用しました。光
照射は半導体レーザー(DVL-15、飛鳥メディカル)を用いて10W, 2秒ON、1秒
OFFの条件で20分間、週3回、計13回実施しました。ICG-lipoにはカルボプラチ
ン(通常量の1/10量)、丸山ワクチンA液を内包しました。治療開始1週間目より
鼻出血は消失し、第35病日には眼球の突出も消失しました(図7)。CT検査にお
いても鼻腔内、眼窩のマスはほとんど消失しました(図8)。現在治療後約1年
が経過ますが、再発はみられていません。
図5.症例1の処置前外観 図6.症例1の処置前CT像
鼻腔内、眼窩にマスがみられる(黄色波線内)
症例2:犬、M.ダックス、♂、9歳、5.6kg
稟告
5日前に一度失神。今朝も失神し、近隣の獣医師に来院。来院時、粘膜蒼白、
Ht:23%、心音不明瞭だった。精査のため本学動物医療センターを紹介されまし
た。
【初診時検査および診断】
血液検査では、重度の貧血と肝酵素の上昇がみられました(表1)。超音波検
査では、右房内マス(図9a)、心嚢水貯留、血様腹水貯留、腹壁にマス(図10)、
脾腫が認められました。
以上より、脾臓由来血管肉腫の破裂および心臓転移と仮診断しました。
【治療方針および治療内容】
飼い主に脾臓由来血管肉腫の心臓転移に関しては極めて予後が悪いこと、ま
た現時点は有効な治療法がないことを説明しました。飼い主との話し合いの結
果、ICG-lipoによる治療を行うこととしました。補助療法は一切行いませんで
した。飼い主が遠方の方だったため、ICG-lipoを血管内投与後、在宅治療とし
ました。具体的には光源装置(Hyper 5000、東京医研)を貸与し、自宅で毎日
左右胸壁より各20分間、腹部20分間の計60分間を光照射するよう指示しました。
【治療経過】
治療後1週間目より元気・食欲が回復してきました。初診時より3週間目の来
院時には、動物は極めて一般状態は良好で、血液検査においても貧血の改善、
図7.治療後35日目の外観 図8.治療後35日目のCT像
鼻腔内、眼窩にマスが消失
肝酵素の正常化がみられ(表1)、超音波検査では腹水の消失、腹部マスの消失、
心タンポナーゼの消失が確認されました。また右心房内のマスに関しては、大
きさに著変はありませんでしたが、エコーフリーの領域が観察(図9b)される
など、腫瘍内部の変性・壊死が示唆されました。
表1 血液検査
検査項目 処置前 処置後 単位
RBC 308 658 x10^4/μl
WBC 258 109 x10^2/μl
HGB 7.2 14.6 g/dl
HCT 19.7 41.8 %
PLT 1 18 x10^4/μl
%EOS 0 6 %
%BASO 0 0 %
%Seg 67 69 %
%Stab 1 0 %
%Lym 30 8 %
%MONO 3 17 %
検査項目 処置前 処置後 単位
ALB 2.7 3.6 g/dl
TP 6.2 7.3 g/dl
ALT 1000 79 U/l
AST 131 54 U/l
ALP 251 191 U/l
GGT 12 16 U/l
TBil 0.6 0.2 mg/dl
TCho 180 289 mg/dl
GLU 92 96 mg/dl
BUN 9.7 25.1 mg/dl
CRE 0.4 0.4 mg/dl
CPK 427 151 mg/dl
表1 血液検査
検査項目 処置前 処置後 単位
RBC 308 658 x10^4/μl
WBC 258 109 x10^2/μl
HGB 7.2 14.6 g/dl
HCT 19.7 41.8 %
PLT 1 18 x10^4/μl
%EOS 0 6 %
%BASO 0 0 %
%Seg 67 69 %
%Stab 1 0 %
%Lym 30 8 %
%MONO 3 17 %
検査項目 処置前 処置後 単位
ALB 2.7 3.6 g/dl
TP 6.2 7.3 g/dl
ALT 1000 79 U/l
AST 131 54 U/l
ALP 251 191 U/l
GGT 12 16 U/l
TBil 0.6 0.2 mg/dl
TCho 180 289 mg/dl
GLU 92 96 mg/dl
BUN 9.7 25.1 mg/dl
CRE 0.4 0.4 mg/dl
CPK 427 151 mg/dl
図9.超音波検査像(心臓)
a. 処置前 b. 処置後3週目
黄色波線は右心房内マス。処置後3週間目では、エコーフリーの部位がみられる。
【まとめ】
これまで深部腫瘍に対しては、放射線治療以外に有効な治療法はありません
でした。特に肺転移症例に関しては、放射線治療も有効ではありません。今回、
ICG修飾リポソームを用いることにより、これまで治療不可能と言われてきた胸
部転移症例などの腫瘍に対しても治療が期待できる可能性が出てきました。
本治療法は、使用する抗がん剤の検討、治療間隔の検討、照射エネルギーの
検討等、今後検討すべき課題があります。これらの一つずつ解決していくこと
で、本治療法は動物の深部に発生したがんに対する治療に関して、一つの選択
肢になり得る可能性があります。
図10.超音波検査像(腹部)
*
黄色波線は腹腔内マス。*は腹水を示す。
【お問合せ先】
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鳥取大学農学部附属動物医療センター
メールアドレス [email protected]