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Page 1: 各論 - 日本神経学会¯,フレームシフトは生じず(inframe),異常なサイズのジストロフィンが合成される。 女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

各 論

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第 �� 章 未成年で発症する疾患

デュシェンヌ型筋ジストロフィー及びベッカー型筋ジストロフィー

Duchenne muscular dystrophy(DMD) and

Becker muscular dystrophy(BMD)ICD-��コード:G �.�

A.臨床 【疾患概説】

筋細胞の細胞膜下に存在する巨大なタンパク質であるジストロフィン(dystrophin)の異

常,すなわち,ジストロフィン欠損症による筋ジストロフィーである。臨床スペクトラム

は,血清 CK の高値と筋痛以外は無症状のもの,ベッカー型筋ジストロフィー,拡張型心

筋症を主症状とするもの,骨格筋症状の進行が速く重症のデュシェンヌ型筋ジストロ

フィーまで幅広い。

�) デュシェンヌ型筋ジストロフィー Duchenne muscular dystrophy(DMD)

ICD-��コード:G �.� MIM#������

デュシェンヌ型筋ジストロフィーではジストロフィン遺伝子変異によって,ジストロ

フィンが欠損している。人口 jk 万人当たり p-r 人,男児出生 p,rkk に j 人の頻度で発生

する。女性保因者の一部も発症する場合があるがデュシェンヌ型筋ジストロフィーより軽

症である。運動発達の遅れ,歩行開始の遅れ,転びやすい,段差があっても飛び降りな

い,階段昇降をいやがるなどで �-p 歳で気づかれる。採血にてクレアチンキナーゼ(crea-

tine kinase ; CK),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspartate aminotransfer-

ase ; AST),アラニンアミノトランスフェラーゼ(alanine aminotransferase ; ALT)の高値

で診断されることもある。CK 値は歩行不可能になると低下する。歩行可能年齢におい

て,下腿腓腹筋の仮性肥大が著しく,尖足歩行となり,運動後に筋痛を訴えることが多く

認められる。近位筋の筋力低下によって,次第に動揺性歩行やガワーズ徴候(Gowers’

sign)を示すようになり,j� 歳までには車椅子となる。脊柱側弯,腰椎前弯,足,股,膝

関節,手,肘関節の拘縮が進む。jò 歳を過ぎると j/p の症例に心筋障害を生じる。呼吸

不全と心筋障害が死亡原因である。デュシェンヌ型筋ジストロフィーでは知能障害を認め

ない例から知能障害を認める例まである。知能指数(intelligence quotient ; IQ)の平均は約

k であり,言語性知能指数のほうが動作性知能指数より障害されている。知能障害を示

す例では自閉的傾向がある例も存在する。�歳前後から副腎皮質ステロイドホルモンの投

与が行われている。これによって,運動機能障害の進展をわずかながら遅らせている。jk

+, 各論

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歳を過ぎると運動の減少によってデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは骨密度が低く,骨

折しやすくなる。運動機能障害の進展に伴い,排痰の介助,介助咳などの理学療法が有用

である。近年の鼻マスクによる非侵襲的な体外式人工呼吸の導入によって気管切開の時期

を遅らせ,適切な人工呼吸管理により生命予後は延長している。

/) ベッカー型筋ジストロフィー Becker muscular dystrophy(BMD)

ICD-��コード:G �.� MIM#���� �

ベッカー型筋ジストロフィーは DMD遺伝子に変異が生じた疾患であるが軽症であり,

異常なジストロフィンが存在している。臨床的には j�歳以降に車椅子使用となる。拡張

型心筋症を主要症状とする例がある。成人に達しても筋力低下を示さず,運動時の筋痛が

唯一の軽症例もある。血清 CK 値の高値を認めるが,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの

ピークよりは低い。j�-j�歳までに車椅子使用となる例は中間型と呼ぶ。

【公的補助制度・患者サポート組織】

● 公的補助制度:障害者自立支援法,身体障害者手帳制度による重度障害者医療費助成障

害基礎年金(国民年金と厚生年金の被保険者が対象),障害厚生年金(厚生年金の被保険

者が対象)

● 特別児童扶養手当

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL :

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)がある。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *����

遺伝子記号:DMD

遺伝子名: dystrophin

染色体座: Xp��.�

遺伝子産物:dystrophin

DMD遺伝子はゲノムサイズが約 �,pkk kbで }~ 個のエクソンからなっており,ヒトの

遺伝子の中で最もサイズが大きい。その mRNA のサイズは jò kbであり,遺伝子産物ジ

ストロフィンは p,� r個のアミノ酸で分子量 ò�} kDの巨大なタンパク質である。ジスト

ロフィンはアミノ末端が細胞質のアクチンフィラメントに結合し,カルボキシル末端に近

い部分が b-サルコグリカンに結合して細胞膜に固定され,細胞膜の裏打ちをするように

して存在している。この DMD遺伝子変異によって,ジストロフィンが合成されない場合

はデュシェンヌ型筋ジストロフィーに,ジストロフィンの合成量の減少または異常なサイ

ズの場合はベッカー型筋ジストロフィーとなる。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 +-

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【遺伝学的特徴】

デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーは X 染色体の短腕

Xp�j.� に原因遺伝子が存在しており,遺伝形式は X 連鎖劣性遺伝である。約 j/p に新生

突然変異(de novo mutation)を認める。生殖細胞における新生突然変異による生殖細胞モ

ザイクや体細胞モザイクも存在する。女性の保因者の中に筋力低下,運動時の筋痛,腓腹

筋の仮性肥大などの症状を示す例(manifesting carrier)がある。

【遺伝子変異(異常)と遺伝子診断】

DMD遺伝子変異はデュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーに

おいて表 P のような頻度で認められる。侵襲性のない遺伝子診断を先に行い,DMD遺伝

子欠失と重複を調べ,変異の認められない例において,筋生検を行い,免疫組織染色によ

り確定診断を行う。生検筋組織から mRNA を調製し,RT-PCR 法により得られた cDNA

の塩基配列を同定する。

ジストロフィン mRNA からタンパク質に翻訳されるときに,デュシェンヌ型筋ジスト

ロフィーではフレームシフトのために,変異(欠失)の領域より下流で,タンパク質合成停

止の指令となり,ジストロフィンが合成されない。一方,ベッカー型筋ジストロフィーで

は,フレームシフトは生じず(in frame),異常なサイズのジストロフィンが合成される。

女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

ジストロフィーの発端者の遺伝子変異がエクソン欠失,エクソン重複の場合には,遺伝子

量の定量的分析をリアルタイム PCR 法やMLPA法で行う。微小変異の場合には,塩基

配列同定法で保因者診断をする。発端者の遺伝子変異が同定されていない場合には,罹患

者が少なくとも家系に � 人いる場合に,多型マーカーを用いた連鎖解析を行うことがある

が,DMD遺伝子が j� cM(センチモルガン)と巨大であるために遺伝子内の組換えを起こ

しやすい。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

DMD遺伝子はデュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの唯一

の原因遺伝子であり,確定診断としての意義がある。適切な治療方針や対策を考えること

+. 各論

表 P デュシェンヌ型とベッカー型筋ジストロフィーにおける遺伝子診断

方 法遺伝子変異

の 種 類

変 異 の 頻 度

デュシェンヌ型

筋ジストロフィー

ベッカー型

筋ジストロフィー

PCR 法または

MLPA 法*

エクソン欠失 ∼�T% ∼VT%

エクソン重複 ∼ -��% ∼�-��%

塩基配列同定法

微小変異

(挿入,欠失,

点変異,スプラ

イシング変異)

∼�T-��% ∼T-��%

*:multiple ligation probe amplification

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ができ,また,遺伝カウンセリングにおいて有用な情報を提供できる。臨床症状からデュ

シェンヌ型筋ジストロフィーは先天性筋ジストロフィーと,ベッカー型筋ジストロフィー

は肢帯型筋ジストロフィー,エメリ・ドレフュス症候群(Emery-Dreifuss syndrome),

脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy ; SMA)などと鑑別が必要であるが,遺伝子診断

により多くの症例で,侵襲的な筋生検を行わずに診断可能となる。一方,微小変異同定の

ための塩基配列同定法には cDNA 合成のための試料採取の目的で筋生検が必要となる場

合がある。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの鑑別診断は臨床症状

の軽重,進行のスピード,CK の値などによる。生検筋のジストロフィン染色とウエスタ

ンブロット法にてデュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの鑑別

ができる。遺伝子診断によるデュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロ

フィーの鑑別は,わずかの例外を除き,欠失/重複しているエクソンの塩基数が p の倍数

でない場合(frame shift)にはデュシェンヌ型筋ジストロフィー,p の倍数の場合(in

frame)にはベッカー型筋ジストロフィーと診断される。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋ジストロフィーの家系の女性にお

ける保因者診断は,血清 CK 値はデュシェンヌ型筋ジストロフィー保因者の半数,ベッ

カー型筋ジストロフィー保因者の pk%で高値を示すが,その女性の年齢や妊娠・非妊娠

によって CK 値は変化する。家系の発端者における遺伝子変異が明らかである場合には,

遺伝子診断によって可能である。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの家系の保因者女性が出生前診断を希望する場合に

は,遺伝子変異が明らかであることが必須である。妊娠 jk週以降に可能である絨毛穿刺,

または妊娠 jr週以降に可能である羊水穿刺によって胎児の細胞を採取し,男女性別判定

と遺伝子変異の同定を行う。近年,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの着床前診断が日本

産科婦人科学会の倫理委員会の審査・承認の下で臨床研究として実施可能となった。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

臨床経過,家族歴,診察所見,血清 CK 値の高値によってデュシェンヌ型筋ジストロ

フィーの診断が可能である。ベッカー型筋ジストロフィーについては,肢帯型筋ジストロ

フィーと鑑別が困難な例がある。遺伝子診断の実施にあたっては,PCR 法またはMLPA

法による遺伝子診断を行い,エクソン欠失や重複を認めない場合に生検筋のジストロフィ

ン染色を施行する方法が主流になってきている。その場合には,生検筋の抗ジストロフィ

ン抗体による免疫染色が確定診断となる。ベッカー型筋ジストロフィーと肢帯型筋ジスト

ロフィーの鑑別診断は遺伝子診断と生検筋組織のジストロフィン免疫染色,サルコグリカ

ン免疫染色による。

保因者診断は家系図の聴取,血清 CK 値によって確定する場合がある。保因者診断は,

その検査が直接その女性本人の健康管理に役立つ情報を得る目的よりは,その女性の子の

遺伝学的情報を得るために行われるものであることを,遺伝カウンセリングにおいて十分

に説明し,当事者の理解を得ることが必須である。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 +/

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出生前診断は胎児の診断が妊娠中絶の選択につながる医療行為である。着床前診断にお

いては妊娠中絶の機会を避けられるメリットがあるが,受精卵においてデュシェンヌ型筋

ジストロフィーか否かを選別する方法である。日本産科婦人科学会の倫理審査の下に限ら

れた施設で実施されているのみである。日本では,臨床研究として実施されており,体外

受精にかかる費用は自己負担で実施されている。十分な遺伝カウンセリングが必須であ

る。ベッカー型筋ジストロフィーにおいては,日本では適応外とされている。

E.その他

�) 遺伝子診断の保険適応

デュシェンヌ型筋ジストロフィーおよびベッカー型筋ジストロフィーにおいて,患者の

遺伝子診断は「筋ジストロフィーの遺伝子診断」として �kk�年(平成 j 年)ò月から健康保

険の適応となった。詳細は第 �章参照。

/) 遺伝子診断の影響

デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの遺伝子診断は検査を

受けた本人ばかりでなく,家族や血縁者にも関わる可能性があり,検査の結果によって

は,本人はじめ家族にも,かえって心配や不安などの精神的心理的問題が生じる可能性が

ある。デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーの遺伝子診断にあ

たっては,本人,家族へのサポート,学校や社会に対する疾患への理解を深めるための対

応が必要である。本症は小児期に遺伝子診断を受ける場合が多い。病名や病状を本人に告

げる時期について,いつ,誰が,どのように話すか,医療スタッフが相談に応じサポート

していくことが必要である。また,子どもが遺伝子診断によってデュシェンヌ型筋ジスト

ロフィーまたはベッカー型筋ジストロフィーと確定診断された場合には,母親が本症の保

因者である可能性が �/p,保因者でなく突然変異の可能性が j/p である。本人のみなら

ず,母親,家族に対する遺伝カウンセリングが求められる。臨床遺伝医学について経験の

乏しい場合は,臨床遺伝医学の専門的知識及び経験を有する臨床遺伝専門医などとの連

携,遺伝子診療部門への紹介など,適切な専門的対応にゆだねることが推奨される。

福山型先天性筋ジストロフィー

Fukuyama congenital muscular dystrophy(FCMD)

ICD-��コード:G �.� MIM#�T�V��

A.臨床 【疾患概説】

福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)は日本人に多く,jk 万人あたり j.~�-p.� 人の

頻度で認められ,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの次に頻度の高い筋ジストロフィー

(注:筋強直性ジストロフィーはミオトニア症候群に分類し,含めない)である。骨格筋病

変とともに,神経細胞遊走障害に起因する中枢神経病変を特徴とする。乳児期には従来で

きていた運動機能が失われるのではなく,運動機能の発達が遅れることが特徴であり,発

+9 各論

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症時期はとらえにくい。自発運動が少ない,体がやわらかいなどが初発症状である。筋緊

張低下,運動減少があり,腱反射の欠如がある。生後 �-j� カ月頃から股,膝関節の屈曲

拘縮,下腿筋の仮性肥大,顔面表情筋の罹患(ミオパチー顔貌)に気づかれる。関節の拘

縮,変形は経過とともに徐々に増強し,ミオパチー顔貌の程度も強くなり,仮面状とな

る。中枢神経症状が特徴的であり,知能発達遅滞を認める。言語発達も遅れ,二語文を話

す例は一部である。症状の軽重にかかわらず,有熱時,無熱時の痙攣発作は約 }割の例に

みられる。本症では大部分は座位をとり,床上座位での移動(carrying oneself on one’s

haunches)にとどまる。つかまり立ち以上の起立歩行機能を獲得する例は約 j割である。

一方,首がすわらず,支えなしでは座位保持が不可能な例も約 j割である。近視,遠視,

斜視,眼底における網膜の形成不全を認めることもある。血清 CK 値の高値(数千 IU/L)

を示す。頭部MRIでは脳回の異常(厚脳回,小多脳回)や髄鞘の形成不全を呈し,MRI上

の異常の程度と運動機能の臨床的重症度が一致している。

ウイルス性の上気道感染に引き続いて全身の筋力低下が急激に生じ,急性ミオグロビン

尿症を呈する場合があり,腎不全,呼吸不全により生命の危険がある。ケトン性低血糖

(注:いわゆる自家中毒で,アセトン血性嘔吐症と同様のメカニズム。骨格筋におけるグ

リコゲンの貯蔵が少ない状態で低血糖が生じ,血糖上昇のためにケトン体が上昇する)の

合併もある。心臓の障害は jk 歳以降に心筋の線維化として現れ,jr 歳以上では,左心室

の収縮機能の低下を示す。

患児は成長とともに �歳頃まで,運動機能を獲得する。それをピークに徐々に運動機能

の喪失をみる。関節拘縮と変形が進行し,摂食が困難となり誤嚥や横隔膜ヘルニアによる

胃食道逆流が生じる。下気道感染時の無気肺や呼吸不全が死因となり得る。近年,人工呼

吸管理によって成人となる症例が出てきている。

【公的補助制度・患者サポート組織】

● 公的補助制度:小児慢性特定疾患治療研究事業〔注:小児慢性特定疾患治療研究事業は,

小児の慢性疾患のうち,特定の疾患において,その治療が長期間にわたり,医療費の負

担も高額となることから,その治療の確立と普及を図り,患者家庭の医療費の負担軽減

にも資するため,医療費の自己負担分を補助するもの。�kk 年(平成 �k 年)ò月現在,

対象疾患は rjò疾患,対象年齢は j 歳未満としている〕

● 障害者自立支援法

● 身体障害者手帳制度による重度障害者医療費助成

● 障害基礎年金(国民年金と厚生年金の被保険者が対象),障害厚生年金(厚生年金の被保

険者が対象)

● 特別児童扶養手当

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL :

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)がある。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 ++

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B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *�� tt�

遺伝子記号:FKTN

遺伝子名: fukutin

染色体座: wq��

遺伝子産物:fukutin

FKTN遺伝子は染色体 ~qpj に存在する。翻訳領域は計 },pò~ bp,タンパク質はフクチ

ン(fukutin)と名付けられ,ò�j個のアミノ酸からなる分泌タンパク質である。フクチンは

糖鎖修飾酵素モチーフを持っていること,福山型先天性筋ジストロフィーで基底膜のラミ

ニンと結合する a-ジストログリカン(dystroglycan)の糖鎖修飾に異常があること,福山

型先天性筋ジストロフィーと臨床像が似ている先天性筋ジストロフィー(congenital muscular

dystrophy ; CMD)である筋眼脳病(muscle-eye-brain disease ;MEBD,サンタヴォリ病;

Santavuori disease),ウォーカー・ワールブルク症候群(Walker-Warburg syndrome ;

WWS)の原因が糖鎖修飾酵素の異常であることから,フクチンは糖鎖合成酵素のひとつ

で,糖鎖修飾に関与していると考えられている。細胞内では,ゴルジ装置に存在してい

る。フクチンは,a-ジストログリカンへの糖鎖付加に関与し,福山型先天性筋ジストロ

フィーでは a-ジストログリカン形成に先天的な異常があることから,ジストログリカノ

パチー(dystroglycanopathy)とも称される。福山型先天性筋ジストロフィーでは,基底膜

と筋細胞膜が結合できないため,筋肉が障害され,神経細胞では胎生期に神経細胞遊走障

害をきたして滑脳症をきたす。

【遺伝学的特徴】

常染色体劣性遺伝性疾患であり,両親が福山型先天性筋ジストロフィーの保因者として

遺伝子変異をヘテロ接合性に有している。両親は生涯,本症の症状は示さない。患児の同

胞は �r%の確率で罹患,rk%の確率で保因者,�r%の確率で非保因者である。両親の同

胞は rk%の確率で保因者である。日本人における保因者の頻度は 人に j 人である。保

因者同士の結婚は j/ ×j/ =j/},}òò の確率であり。子が福山型先天性筋ジストロ

フィーとなる可能性は j/},}òò×j/ò=j/pk,~}�となる。

【遺伝子変異(異常)と遺伝子診断】

FKTN遺伝子の p’非翻訳領域における p kbのレトロトランズポゾンの挿入変異が日本

人の福山型先天性筋ジストロフィーに特有に認められ,創始者効果と考えられている。福

山型先天性筋ジストロフィーの約 k%は創始者変異をホモ接合性に,残りはヘテロ接合

性に有しており,創始者変異を j本も有さない例は稀である。ヘテロ接合性の場合には,

創始者変異とともにミスセンス変異やナンセンス変異を示す。p kbの挿入変異をホモ接

合性に有する場合に,臨床的には典型∼軽症を示し,ナンセンス変異を持つアレルとのヘ

テロ接合の場合には臨床的に重症を示す。ナンセンス変異のホモ接合体では,極度に重症

となるか胎児致死となる。遺伝子診断は日本人においては,創始者変異の同定のために,

+: 各論

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PCR 法によって,p kbの挿入変異を証明する。p kbの挿入変異以外の変異の同定には,

塩基配列同定法を行う。現在,数種類の変異が報告されている。保因者診断は PCR 法に

より p kbの挿入変異を証明することで創始者変異の同定が可能である。両親の同胞では

多型解析によっても可能である。出生前診断は患児と両親及び,絨毛細胞または羊水細胞

の DNA を用いて,マイクロサテライト DNA 多型解析によって行う。適切な遺伝カウン

セリングとともに,妊娠の前にあらかじめ本人と両親の DNA を用いて,マイクロサテラ

イト DNA 多型解析で,創始者(祖先)型ハプロタイプの確認を行っておくことが,迅速な

出生前診断のために必要である。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

FKTN遺伝子は福山型先天性筋ジストロフィーの唯一の原因遺伝子であり,確定診断

としての意義がある。神経細胞遊走障害による滑脳症を示す先天性筋ジストロフィーであ

る筋眼脳病,ウォーカー・ワールブルク症候群との鑑別にも有用である。福山型先天性筋

ジストロフィーの遺伝子診断では p kbの挿入変異をホモ接合性に有するか否かによって,

臨床的重症度を推定すること可能となる。適切な治療方針や対策を考えることができ,ま

た,遺伝カウンセリングにおいて有用な情報を提供できる。福山型先天性筋ジストロ

フィーでは両親が保因者であるため,次子が罹患する確率が �r%である。次子の出生前

診断は本人と両親の DNA を用いることによるマイクロサテライト DNA 多型解析によっ

て可能である。出生前診断の前提として,その家系のマイクロサテライト DNA 多型解析

により創始者ハプロタイプの確認を行うか遺伝子変異を明らかにすることが必要である。

妊娠 jk週以降に可能である絨毛穿刺,または妊娠 jr週以降に可能である羊水穿刺によっ

て胎児の細胞を採取し,遺伝子変異の同定を行う。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

臨床経過,家族歴,診察所見,血清 CK 値,頭部MRI所見によって臨床的に福山型先天性

筋ジストロフィーが疑われる場合に,確定診断として遺伝子診断の実施を考慮する。福山

型先天性筋ジストロフィーの患者の血縁者において保因者診断を希望する場合がある。

福山型先天性筋ジストロフィーの保因者は,生涯,無症状であり,その検査が直接本人の健康

管理に役立つ情報を得る目的よりは,子の遺伝学的情報を得るために行われるものである

ことを,遺伝カウンセリングにおいて十分に説明し,当事者の理解を得なければならない。

出生前診断は胎児の診断が妊娠中絶の選択に繋がる医療行為である。福山型先天性筋ジ

ストロフィーの着床前診断は未だなされていない。いずれも臨床遺伝の十分な知識を有す

る者(臨床遺伝専門医など)による適切な遺伝カウンセリングが必須である。

E.その他

�) 遺伝子診断の保険適応

福山型先天性筋ジストロフィーにおいてもデュシェンヌ型筋ジストロフィーと同様に患

者の遺伝子診断は �kk� 年(平成 j 年)ò 月から健康保険の適応となった。「筋ジストロ

第 �� 章 未成年で発症する疾患 +;

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フィーの遺伝子検査」として �,kkk点である。�kk 年(平成 �k 年)ò月から,検体検査判断

料として,臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師が患者またはその家族に対し当該

検査の結果に基づいて療養上の指導を行った場合に,遺伝カウンセリング加算が可能と

なった。詳細は第 �章を参照されたい。

/) 遺伝子診断の影響

福山型先天性筋ジストロフィーの遺伝子診断は確定診断による患児の療育や医療の方針

決定に有用であるが,保因者頻度が日本人に高いこともあり,血縁者にも関わる可能性が

ある。検査の結果から,血縁者への心配や不安などの精神的心理的問題が生じる可能性が

ある。福山型先天性筋ジストロフィーの遺伝子診断にあたっては,本人,家族,血縁者へ

のサポートが必要である。臨床遺伝医学について経験の乏しい場合は,臨床遺伝医学の専

門的知識及び経験を有する臨床遺伝専門医などとの連携,遺伝子診療部門への紹介など,

適切な専門的対応にゆだねることが推奨される。

肢帯型筋ジストロフィー

limb-girdle muscular dystrophy(LGMD)ICD-��コード:G �.�

A.臨床 【疾患概説】

筋ジストロフィーや多発性筋炎といった筋原性疾患(myopathy)は一般的には体幹やそ

れに近い腰帯筋や肩甲筋などの近位筋に優位な障害がみられる。肢帯型筋ジストロフィー

(limb-girdle muscular dystrophy ; LGMD)もこの近位筋に優位な障害が認められるが,デュ

シェンヌ型筋ジストロフィーやベッカー型筋ジストロフィーといったジストロフィノパチー

(dystrophinopathy)や顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーなどの他の筋ジストロフィーを

除外した残りの筋ジストロフィーを肢帯型筋ジストロフィーと定義し,X連鎖の疾患は含

まれない。従来は全く原因や病態は不明で分類も不明な一群の疾患を含む疾患群であった。

しかしながら,近年の分子遺伝学の進歩により,その遺伝子座及び原因遺伝子が次々に

明らかにされ,判明した責任遺伝子による再分類が進み,新たな疾患概念が構築されてい

る。歴史的には,このなかでも小児期に発症してデュシェンヌ型筋ジストロフィーに多少

似ているが常染色体劣性遺伝形式をとる疾患を日本では悪性肢帯型筋ジストロフィー(三

好)として,アラブ諸国,特にチュニジアに多くみられる患者は重症小児常染色体劣性筋

ジストロフィー(severe childhood autosomal recessive muscular dystrophy ; SCARMD)と

して報告されていたが,これらも肢帯型筋ジストロフィーに分類される。

【公的補助制度・患者サポート組織】

● 公的補助制度:障害者自立支援法,身体障害者手帳制度による重度障害者医療費助成

● 障害基礎年金(国民年金と厚生年金の被保険者が対象),障害厚生年金(厚生年金の被保

険者が対象)

+B 各論

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● 特別児童扶養手当

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL :

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)がある。

B.遺伝学及び遺伝子診断

肢帯型筋ジストロフィー(LGMD)は遺伝形式に基づいて常染色体優性遺伝形式をとる

ものを肢帯型筋ジストロフィー j 型(LGMDj),常染色体劣性遺伝形式をとるものを肢帯

型筋ジストロフィー � 型(LGMD�)と大きく分類し,さらには遺伝子座が確定した順番に

アルファベット順に分類・命名されている(表 o,p)。肢帯型筋ジストロフィー � 型

第 �� 章 未成年で発症する疾患 +C

表 o 常染色体優性肢帯型筋ジストロフィー

病名 病型 遺伝子座 遺伝子産物 臨床的特徴

myotiliopathy LGMD�A Tq�� myotilin 鼻声を伴う構音障害

アキレス腱拘縮

laminopathy LGMD�B �q�� lamin A/C AV ブロックの合併

caveolinoapthy LGMD�C �q�T caveolin � 有痛性筋痙攣

遠位型の報告あり

LGMD�D* q 不明

LGMD�E* �q�� 不明 心伝導障害・拡張型心筋症

LGMD�F q�� 不明

LGMD�G tp�� 不明

*:LGMD�D と LGMD�E とは,報告に混乱があるが,HUGO 及び OMIM の定義に従った。

表 p 常染色体劣性肢帯型筋ジストロフィー

病名 病型 遺伝子座 遺伝子産物 臨床的特徴

sarcoglycanopathy 重症例は DMD と同様に小

児期に発症

精神発達遅延はない

a-sarcoglycanopathy LGMD�D � q�� a-sarcoglycan

b-sarcoglycanopathy LGMD�E tq�� b-sarcoglycan

g-sarcoglycanopathy LGMD�C ��q�� g-sarcoglycan

d-sarcoglycanopathy LGMD�F Tq�� d-sarcoglycan

calpainopathy LGMD�A �Tq�T.�-q��.� calpain � �-T�(平均 ��.w)歳発症

dysferlinopathy LGMD�B �p�� dysferlin

telethoninopathy LGMD�G � q�� telethonin たれ足などの遠位筋障害

LGMD�H LGMD�H wq��-q�t TRIM�� �-w 歳発症

LGMD�I LGMD�I �wq��.� fukutin related

protein

�.T-� (平均 ��.T)歳発症

titinopathy LGMD�J �q�t titin(connectin) tibial muscular dystrophy

と同じ遺伝子が原因

LGMD�K LGMD�K wq�t.� POMT� � 歳までに発症,小頭症・

精神発達遅延

Walker-Warburg 症候群と

同じ遺伝子が原因

LGMD�L LGMD�L ��p��-q�� 不明

LGMD�M LGMD�M wq�� fukutin 福山型と同じ遺伝子が原因

Page 12: 各論 - 日本神経学会¯,フレームシフトは生じず(inframe),異常なサイズのジストロフィンが合成される。 女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

(LGMD�)の中でも a,b,g,d-サルコグリカン(sarcoglycan)の異常はいずれもジストロ

フィン・糖タンパク質複合体(dystrophin-glycoprotein complex ; DGC)の中でサルコグリ

カン複合体を構成するすべての構成成分に影響をきたすために,肢帯型筋ジストロフィー

�C 型,�D型,�E型,�F型をまとめてサルコグリカノパチー(sarcoglycanopathy)とも

呼ばれる(表 p)。肢帯型筋ジストロフィーの中では肢帯型筋ジストロフィー j 型

(LGMDj)は非常に頻度が低く,多くは肢帯型筋ジストロフィー � 型(LGMD�)である。

日本では肢帯型筋ジストロフィー j 型(LGMDj)は肢帯型筋ジストロフィー全体の r%以

下と推定されている。

国立精神・神経センター疾病研究第 j 部によると,同センター筋バンクにおける �kkk-

�kkò 年の r 年間での計 j ~例の解析では,筋ジストロフィー患者骨格筋標本に占める肢

帯型筋ジストロフィー(LGMD)筋標本の頻度は約 j/p程度であり,このうち,肢帯型筋

ジストロフィー �A 型(LGMD�A)は約 jp%,肢帯型筋ジストロフィー �B型(LGMD�B)

は約 j}%,その他が約 jk%,診断のつかないものが約 �k%であった。

�) 肢帯型筋ジストロフィー /A型 limb-girdle muscular dystrophy type /A(LGMD/A)

MIM#�T����

【遺伝子】 MIM : *��t�t�

遺伝子記号:CAPN3

遺伝子名: calpain �,(pwt)

染色体座: �Tq�T.�-q��.�

遺伝子産物:calpain �

筋特異的なカルシウム依存性タンパク質分解酵素であるカルパイン p(calpain p)の遺伝

子 CAPN3の変異が原因である。発症年齢は小児期から成人 rk 歳代まで幅が広く,わが

国の報告でも �-r� 歳にわたる(平均発症年齢は �j 歳)[D��]。文献例では � 歳発症の報告

もある。経過はデュシェンヌ型筋ジストロフィーやサルコグリカノパチーに比較すると緩

徐であるとされる。筋病理では分葉線維(lobulated fiber)が高頻度で認められる一方で,

不透明線維(opaque fiber)はほとんど認めない[D��]。診断のためには,生検筋を用いた

ウエスタンブロットが必要であるが,カルパイン p は速やかに自己消化を起こすので,注

意を要する。わが国の症例では CAPN3遺伝子の c.�~ G>T(p.Gly�ppVal),c.jp jC>T

(p.Argò�jCys),c.�j�kA>G(p.Asp}k}Gly),c.j}~rdupA(p.Thrrr~AsnfsX�p)の òつの

変異が約 �割をしめることがわかっているので[D��],血液からの DNA でまずこの òつ

の変異をスクリーニングする方法もあるが,ウエスタンブロット法の結果と組み合わせて

診断方法の検討を進めるのが,現在のところ現実的である。

/) 肢帯型筋ジストロフィー /B型 limb-girdle muscular dystrophy type /B(LGMD/B)

ò.ジスフェルリノパチー参照

:, 各論

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C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

肢帯型筋ジストロフィー(LGMD)において遺伝子診断を臨床現場で鑑別に用いること

は必ずしも実用的ではない。臨床型および生検筋の病理,免疫組織化学あるいはウエスタ

ンブロット法によるスクリーニングによってデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの他の

筋ジストロフィーや多発性筋炎,ポンペ病などの筋疾患との鑑別を最初に行う。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

診断確定を目的に遺伝子診断が行われることがあるが,あくまでも筋病理,免疫組織化

学あるいはウエスタンブロット法による診断が優先される。

E.その他 患者・家族から遺伝についての相談を受けることは非常に多い。まずは,家系図の作成

による遺伝形式の確認及び筋病理その他による診断の確定が大切である。

� ジスフェルリノパチー dysferlinopathy

A.臨床 【疾患概説】

j~~ 年にボストンのグループがポジショナルクローニングにより三好型ミオパチーの

原因遺伝子の同定に成功し,原因遺伝子は DYSF(dysferlin:ジスフェルリン)と命名され

た[D��]。同時に近位筋に優位な障害を認め,常染色体劣性の遺伝形式を示す肢帯型筋ジ

ストロフィー �B型(LGMD�B)も同じ DYSF遺伝子が原因であることが明らかになった。

さらには distal myopathy with anterior tibial onset あるいは distal anterior compartment

myopathy と呼ばれる前脛骨筋の萎縮を特徴とする筋ジストロフィーを含めたいくつかの

臨床像を呈する疾患群から DYSFの遺伝子異常が発見された。このように DYSF遺伝子

異常は多様な表現型を呈することがわかり,ジスフェルリノパチー(dysferlinopathy)と

いう筋ジストロフィーないしミオパチーの疾患概念が提唱された[D��]。

�) 三好型ミオパチー Miyoshi myopathy(MM)

ICD-��コード:G �.� MIM#�Tt���

三好型ミオパチーはわが国の三好らの記載により臨床型が確立された疾患であり,常染

色体劣性の遺伝形式を示す。発症年齢は j�-pk 歳であることが多く,筋萎縮は下腿後面,

特に腓腹筋に優位に認められる。筋病理学的には純粋な筋ジストロフィーの像を呈し,血

清 CK 値は著しく高値である。この原因遺伝子は,ジストロフィンと同じようにポジショ

ナルクローニングという手法を用いて同定されジスフェルリン(DYSF : dysferlin)と名づ

けられた。ジスフェルリンタンパク質は筋細胞膜に存在し,その抗体を利用することによ

り,生検筋を利用したスクリーニングも可能となった。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 :-

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/) 肢帯型筋ジストロフィー /B型 limb-girdle muscular dystrophy type /B(LGMD/B)

ICD-��コード:G �.� MIM#�T����

j~~ò 年英国の Bashir らは肢帯型筋ジストロフィーのなかで常染色体劣性遺伝形式を示

すパレスチナとシチリア家系が第 �番染色体短腕 �pj�-j� 領域に連鎖することを報告し,

肢帯型筋ジストロフィー �B型(LGMD�B)とした。ほぼ同時期にやはり常染色体劣性遺伝

形式をとる筋ジストロフィーで遠位から発症する三好型ミオパチーがほぼ同じ領域に連鎖

することが明らかになった。この �つの疾患は同一遺伝子の変異の違いによる表現型の違

いなのか,それぞれ異なる原因遺伝子が近傍に存在し,異なった変異を有するのか興味の

もたれるところであった。前述のように j~~ 年にボストンのグループが最初に三好型ミ

オパチーの原因遺伝子としてジスフェルリンの同定に成功し,肢帯型筋ジストロフィー

�B型(LGMD�B)も同じ DYSF遺伝子が原因であることが明らかになった[D��]。

【公的補助制度・患者サポート組織】

● 公的補助制度:障害者自立支援法,身体障害者手帳制度による重度障害者医療費助成

● 障害基礎年金(国民年金と厚生年金の被保険者が対象),障害厚生年金(厚生年金の被保

険者が対象)

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL:

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)及び �kk 年 ò月か

らは遠位型ミオパチーの患者会が立ち上がった(http://enigata.com/,TEL:kp-òr~k-

j�kò)。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *�����w

遺伝子記号:DYSF

遺伝子名: dysferlin, limb girdle muscular dystrophy �B(autosomal recessive)

染色体座: �p��.�

遺伝子産物:dysferlin

DYSFの遺伝子診断も可能ではあるが,同遺伝子はエクソン rr個を持つ大きな遺伝子

であり,現在のところ通常の遺伝子検査としては容易ではない。生検筋による抗体による

免疫組織化学よりもウエスタンブロット法のほうが特異性が高いとされるが,それでも二

次性の発現低下と区別できない症例が存在する。

�) 三好型ミオパチー

前述のように j~~ 年に原因遺伝子が同定されジスフェルリンと命名された。日本人の

三好型ミオパチー患者では dysferlin 遺伝子の c.jr��C>G(p.Tyrr��X)(Cj~p~G)変異,

c.�~~}G>T(p.Trp~~~Cys)(Gpp}kT)変異,c.pp}pdelG(p.Glujj�rLysfsX )(p}ò�delG)変

異,c.òò~}delT(p.Phejò~~LeufsXp)(ò }kdelT)変異の òつの変異が多くみられ ò %を占

:. 各論

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めている。患者の発症年齢は j�-ò 歳に及び平均発症年齢は ��:~歳であった。発症時の

血清 CK 値の平均は r, �~±ò,�}p IU/L であった。c.pjp}G>T(p.Argjkò�His)(GprjkA)変

異に伴う症例は平均発症年齢が jp.p 歳と早く,c.�~~}G>T(p.Trp~~~Cys)(Gpp}kT)変異

を持つ症例は p�.�:ò. 歳と遅かった[D�V]。

/) 肢帯型筋ジストロフィー /B型(LGMD/B)

これまでの東北大学で遺伝子検索を行いジスフェルリンの遺伝子変異が確定した症例で

は,発症年齢は jj-òp 歳にわたり(平均発症年齢は ��歳)であり,青年期からの発症が多

い。また CK 値は平均 p, kk IU/L とかなり高めであることが特徴である。c .�~~}G>T

(p.Trp~~~Cys)(Gpp}kT)変異が pp.p%,c.jr��C>G(p.Tyrr��X)(Cj~p~G)変異が jr.�%,

c.òò~}delT(p.Phejò~~LeufsXp)(ò }kdelT)変異が }.�%と pつの変異の頻度が比較的高

い。c.�~~}G>T(p.Trp~~~Cys)(Gpp}kT)変異を有すると発症年齢は遅く,血清 CK 値は

低い傾向にある。三好型ミオパチーとの異同が問題となったように早期から下肢遠位筋,

特に下腿屈筋の筋力低下をきたす例がある。また同一家系内に三好型ミオパチーの表現型

を示す症例も存在する。筋 CT では発症早期から大腿屈筋にのみならずひらめ筋,腓腹筋

及び傍脊柱筋に脂肪変化が認められることが参考になる。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

ジスフェルリノパチーにおいて遺伝子診断を鑑別に用いることは現実的ではない。筋萎

縮の分布や CK 値などの臨床型および生検筋の病理,免疫組織化学あるいはウエスタンブ

ロット法によるスクリーニングによってデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの他の筋ジ

ストロフィーや多発性筋炎,ポンペ病などの筋疾患との鑑別を最初に行う。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

臨床型,筋病理,免疫組織化学あるいはウエスタンブロット法による診断が優先され

る。診断確定を目的に遺伝子診断が行われることがある。

E.その他 患者・家族から遺伝についての相談を受けることは非常に多い。まずは,家系図の作成

による遺伝形式の確認および筋病理その他による診断の確定が大切である。

�遠位型ミオパチー distal myopathyICD-��コード:G �.�

A.臨床 【疾患概説】

筋ジストロフィーや多発性筋炎といった多くの筋原性疾患(myopathy)は一般的には体

幹やそれに近い近位筋に優位な障害がみられる。逆に,前腕や下腿といった四肢の遠位筋

が優位に障害を受けるのは神経原性疾患のことが多いが,筋原性にこのような病態を生じ

ることがあり,遠位型ミオパチーとよばれる。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 :/

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わが国では遠位型ミオパチーとしては三好型ミオパチーおよび縁取り空胞を伴う遠位型

ミオパチー(distal myopathy with rimmed vacuoles ; DMRV)の �つが多く報告されてい

る。いずれも常染色体劣性遺伝形式をとり,jk 歳代後半から pk 歳位までが好発年齢であ

るが,jk 歳代前半からの発症も報告されている。臨床的には共通点もあるが,筋の変性

過程は大きく異なることが想定される。

�) 三好型ミオパチー Miyoshi myopathy(MM)

ò.ジスフェルリノパチー参照

/) 縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー

distal myopathy associated with rimmed vacuole(DMRV)

別称:Nonaka Myopathy MIM#��TV��

前述の三好型ミオパチーとは異なり,縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(DMRV)の

筋病理所見の最も特徴的なものは多数の縁取り空胞(rimmed vacuole ; RV)とよばれる空

胞の存在である。この縁取り空胞はしばしば酸性フォスファターゼの活性が高いことよ

り,ライソゾーム系あるいは非ライソゾーム系のプロテアーゼの異常な活性化を反映し,

自己貪食反応空胞が形成されることが推定されている。空胞を伴う遠位型ミオパチーにお

ける CK 値は正常か軽度上昇にとどまる(表 �)。前脛骨筋が好んで侵され,垂れ足を初発

症状とすることが多い。一方で,大腿四頭筋は比較的後期まで保たれる。三好型ミオパ

チー,空胞を伴う遠位型ミオパチーいずれも心筋障害などの合併は比較的少ないとされ

る。しかし,空胞を伴う遠位型ミオパチーでは突然死した兄弟例も報告されており,心伝

導系をふくめた心機能には注意を要する。

�kkj 年に原因遺伝子がシアル酸合成酵素の律速酵素グルコサミン(UDP-N-アセチル)-

�-エピメラーゼ/N-アセチルマンノサミンキナーゼ〔glucosamine(UDP-N-acetyl)-�-epi-

merase/N-acetylmannosamin kinase〕遺伝子 GNEであることが判明し,空胞を伴う遠位

型ミオパチーは GNE遺伝子の機能喪失変異によることが明らかになった。患者培養細胞

で,シアル化の減少が確認されたことより,シアル化の改善による治療法の開発が期待さ

れる。

:9 各論

表 � 日本における主たる遠位型ミオパチーの特徴

三好型ミオパチー(MM)縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー

(DMRV)

遺伝形式 常染色体劣性遺伝(AR) 常染色体劣性遺伝(AR)

発症時期 ��-t� 歳 ��-t� 歳

初発部位 下腿後面 下腿前面

CK 値 正常値の �� 倍以上に上昇 正常から軽度の上昇

筋電図 筋原性が主体 筋原性に神経原性が混在

筋生検 ジストロフィー変化 縁取り空胞(rimmed vacuole)

遺伝子座 �p��.� wp��.�

原因遺伝子 DYSF GNE

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【公的補助制度・患者サポート組織】

● 公的補助制度:障害者自立支援法,身体障害者手帳制度による重度障害者医療費助成

● 障害基礎年金(国民年金と厚生年金の被保険者が対象),障害厚生年金(厚生年金の被保

険者が対象)

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL:

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)及び �kk 年 ò月か

らは遠位型ミオパチーの患者会が立ち上がった(http://enigata.com/,TEL:kp-òr~k-

j�kò)。

B.遺伝学及び遺伝子診断

�) 三好型ミオパチー

ò.ジスフェルリノパチー参照

/) 縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(DMRV)

【遺伝子】 MIM : *���V�t

遺伝子記号:GNE

遺伝子名: glucosamine(UDP-N-acetyl)-�-epimerase/

N-acetylmannosamine kinase

染色体座: wp��.�

遺伝子産物:glucosamine(UDP-N-acetyl)-�-epimerase/

N-acetylmannosamine kinase

わが国の水澤ら,埜中らによって報告された縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチーは病名

が示すとおり筋線維の著明な空胞を特徴とする。三好型ミオパチーとは異なる新しい病型

として主としてわが国で多くの症例が蓄積された。一方,封入体筋炎(inclusion body

myopathy ; IBM)として報告されたものの中には筋病理学的には空胞を伴う遠位型ミオパ

チーと類似したものがある。j~~�年にはユダヤ人の遺伝性封入体筋炎(hereditary inclu-

sion body myopathy ; HIBM)の遺伝子座が ~番染色体にあると報告され,わが国の縁取り

空胞を伴う遠位型ミオパチーの遺伝子座も同じ領域に存在することが判明した。�kkj 年

には遺伝性封入体筋炎の原因遺伝子が GNEであることが判明し,その後空胞を伴う遠位

型ミオパチーの原因遺伝子も同遺伝子であることが判明している[D��,D��,D��]。

わが国の症例では GNE 遺伝子のエクソン jk における c .j}jòG>C(p .Valr}�Leu)

(Gj}�rC)変異が最も頻度が高い[D��]。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

遠位型ミオパチーにおいて遺伝子診断を臨床現場において鑑別に用いることは必ずしも

実用的ではない。筋萎縮の分布や CK 値などの臨床型および生検筋の病理,免疫組織化学

あるいはウエスタンブロット法によるスクリーニングによって筋強直性ジストロフィーな

どの他の筋ジストロフィーや多発性筋炎などの筋疾患との鑑別を最初に行う。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 :+

Page 18: 各論 - 日本神経学会¯,フレームシフトは生じず(inframe),異常なサイズのジストロフィンが合成される。 女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

臨床型,筋病理,免疫組織化学あるいはウエスタンブロット法による診断が優先され

る。診断確定を目的に遺伝子診断が行われることがある。

E.その他 患者・家族から遺伝についての相談を受けることは非常に多い。まずは,家系図の作成

による遺伝形式の確認および筋病理その他による診断の確定が大切である。

筋強直性ジストロフィー - 型

dystrophia myotonica -(DM-)[A�T,B��,C��]

別称:筋緊張性ジストロフィー,Steinert病

ICD-��コード:G �.� MIM#���w��

A.臨床 【疾患概説】

筋強直性ジストロフィー j 型(DMj)は,骨格筋,平滑筋とともに眼,心臓,内分泌臓

器,中枢神経系など多臓器を侵す疾患である。発症頻度は人口 jk 万人に対して r 人程度

である。臨床所見は,重症度に多様性があり,軽症から重症まで連続的に移行するが,便

宜的に pつの病型(古典型,軽症型,先天性)に分類されている。古典型の筋強直性ジスト

ロフィー j 型はミオトニア(筋強直),筋萎縮,筋力低下を主徴として主に成人期に発症す

る。発症年齢は �k-pk 歳代に多い。筋症状以外に糖尿病,白内障,前頭部脱毛,心伝導障

害,知能低下,性腺機能障害などをきたす。成人患者は身体の自由が効かなくなり,生命

予後も短くなる場合がある。軽症型筋強直性ジストロフィー j 型は白内障と軽度のミオト

ニアが特徴であり,生命予後は良好である。先天性筋強直性ジストロフィー j 型は生下時

より筋緊張の低下と重篤な全身の脱力が見られ,しばしば呼吸不全をきたして早期に死亡

する。また精神発達遅滞もよく見られる。

鑑別診断として,最も類似した病態は筋強直性ジストロフィー � 型(DM�)/近位型筋強

直性ミオパチー(proximal myotonic myopathy ; PROMM)である。常染色体優性遺伝形式

をとり,pk-òk 歳代に発症し,近位筋の筋力低下,ミオトニア,白内障などを主徴とす

る。両者の臨床的差異は筋強直性ジストロフィー � 型では筋力低下が近位筋優位であるの

に対して筋強直性ジストロフィー j 型では遠位筋優位である点である。筋強直性ジストロ

フィー j 型に見られる先天性筋強直性ジストロフィーは知られていない。日本での遺伝子

診断報告例はまだ j家系だけである。

遠位筋優位の障害をきたす遺伝性ミオパチーの鑑別として,縁取り空胞を伴う遠位型ミ

オパチー,遺伝性ミオチュブラーミオパチー,三好型ミオパチーなどを鑑別する。ミオト

ニアに関連した他の遺伝性疾患として,先天性ミオトニア,先天性パラミオトニア,高カ

リウム血性周期性四肢麻痺がある。

【公的補助制度】

● 障害者自立支援法での対応が中心となるが,各都道府県で異なる。一部の都道府県では

:: 各論

Page 19: 各論 - 日本神経学会¯,フレームシフトは生じず(inframe),異常なサイズのジストロフィンが合成される。 女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

医療費の公的補助の対象疾患である。東京都難病医療費等助成制度では,ミオトニア症

候群に含まれる。

● 患者サポート組織:日本筋ジストロフィー協会(URL : http://www.jmda.or.jp/,TEL:

kp-r�}p-�~pk)が各地の支部とともに幅広く活動をしている。また,東京進行性筋萎縮

症協会(URL : http://www.to-kin-kyo.or.jp/,TEL:kp-p}}p- ppj)がある。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *��T�

遺伝子記号:DMPK

遺伝子名: dystrophia myotonica-protein kinase

染色体座: �wq��.�-q��.�

遺伝子産物:dystrophia myotonica-protein kinase

【遺伝学的特徴】

常染色体優性遺伝形式をとり,再発危険率は rk%。白人,日本人ともに創始者効果が

見られ,ともに共通する j-�種の変異に由来すると考えられる。浸透率はほぼ jkk%であ

り,新生突然変異は極めて少ないと考えられる。また世代を経るに従って発症年齢が早ま

り重症化する表現促進現象(anticipation)が見られる。

【遺伝子変異(異常)と遺伝子診断】

j~qjp.p上の遺伝子 DMPK(myotonin protein kinase)の p’非翻訳領域の CTGリピート

の異常な伸長が原因である。CTGリピートが正常では r-p}回繰り返すのに対して患者で

は rk-p,kkk回と増加する。リピート数と発症年齢や重症度の間には負の相関が認められ,

臨床的にはある程度重複する pつの病型(軽症型,古典型,先天性)に分類されているが,

これらはおおまかに CTGリピート数と関連する(表 �)。先天性筋強直性ジストロフィー j

第 �� 章 未成年で発症する疾患 :;

表 � 筋強直性ジストロフィー �型における臨床型とCTGリピート数との対応

臨床型 臨床症候CTG

リピート数*�

発病年齢

(歳)

平均死亡年齢

(歳)

前変異 なし �V∼tw 一般集団と同じ

軽症型白内障,軽度のミオト

ニアT�∼�T� ��∼ � ��∼

古典型

筋力低下,ミオトニア,

白内障,前 頭 部禿頭,

心臓不整脈,その他

∼���∼�,���-�,T�� ��∼�� tV∼TT

先天性

乳児筋緊張低下,呼吸

障害,精神発達遅滞,

古典型の症状

∼�,���

∼�,��� 以上*�生下時∼�� tT*�

*�:臨床病型間には CTGリピート数の重複が知られている。

*�:Redman ら(�ww�)は CTGリピート数 ��-�,��� の先天性強直性ジストロフィー � 型患者を報

告している[D��]。

*�:新生児期の死亡は含まない。

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型罹患児の CTGリピート数はおよそ }kk回以上(大半が j,kkk回以上)とされる。

筋強直性ジストロフィー j 型と類似した症候を呈するが,DMPK内の CTGリピート

の異常伸長がなく,pq�j.p に連鎖する家系が知られていることから従来の筋強直性ジス

トロフィーを筋強直性ジストロフィー j 型,pq�j に連鎖する筋強直性ジストロフィーを

筋強直性ジストロフィー � 型あるいは近位型筋強直性ミオパチー(proximal myotonic

myopathy ; PROMM)と称するようになった。筋強直性ジストロフィー � 型では遺伝子

ZNF9(zinc finger protein ~)のイントロン j内にある CCTGリピートの異常伸長が確認さ

れた。

伸長したリピート RNA に特異的に結合するタンパク質があって,正常ではスプライシ

ング調節をしているこのタンパク質が伸長リピートに捕捉され,ミオトニアの原因となる

クロライドチャネル遺伝子などに異常スプライシングが起きる,と考えられている。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

遺伝子診断の臨床的意義としては,確定診断及び除外診断において確実な結果を得ら

れ,疾患の症状,予後,不整脈などさまざまな症状に対する対処法,介護等に関する幅広

い情報の提供できること,遺伝カウンセリングにおいて有用な情報の提供できることにあ

る。

親が患者である場合には rk%の確率で遺伝子変異を受け継ぐ。表現促進現象が見られ,

子どもでは親より CTGリピート数が増大し,それに伴って臨床症状が重症化する。

pつの病型はおおまかに CTGリピート数と関連するが,表 � に示すようにリピート数

は臨床型でかなりの重複があるため CTGリピート数を基に病気の重症度を予測する際に

は十分な注意が必要である。

また先天性筋強直性ジストロフィー j 型の症例はほとんどが母親由来である。先天性筋

強直性ジストロフィー j 型症例では他病型に比べてリピート回数が多い傾向にあるが,リ

ピート数の間にはかなりの重なりがある。父親から遺伝子変異を受け継ぐ場合に世代間で

CTGリピート数が減少し,臨床的にも軽症化ないしは稀であるが正常化する場合がある

ことが知られている。

罹患した母親では,胎動減少,羊水過多,遷延分娩,分娩後子宮出血,自然流死産など

の妊娠・分娩合併症を生じる頻度が高い。また母親が本症罹患者の場合,子どもの rk%

が正常,約 pk%が通常の筋強直性ジストロフィー j 型,約 �k%が先天性筋強直性ジスト

ロフィー j 型となる。ただし先天性筋強直性ジストロフィー j 型罹患児の約半数は流死産

に至ると推測されている。また第 j 子が先天性筋強直性ジストロフィー j 型罹患児であれ

ばその母親は第 � 子以降も同様に先天性筋強直性ジストロフィー j 型罹患児を産む確率が

高いことが経験的に知られている。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

古典型の患者(発症者)の診断においては,臨床経過,症候,家族歴,血清 CK,筋電

図,筋生検などから臨床的に筋強直性ジストロフィー j 型と診断できる場合が多い。確定

:B 各論

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診断を得るには,遺伝子診断を行うことが必要となることがある。一方,遺伝子診断は,

患者自身の診断という面だけでなく,非発症者も含めた親族全体の診断という面を持って

いる点にも十分な配慮を行う必要がある。

(1)筋強直性ジストロフィー j 型が強く示唆され確定診断を考慮している場合,遺伝子

診断の結果がなくとも筋強直性ジストロフィー j 型との診断を高い確度でいえる場

合もあれば,遺伝子診断結果が診断において重要な診断根拠となる場合もある。遺

伝子診断の有用性は大きいが,その必要性は,臨床診断の確度により異なってく

る。

(2)筋強直性ジストロフィー j 型であることが確定診断されている家系の一員の発症者

についての診断において,診断確定のためには,遺伝子診断は必ずしも必須ではな

いが,上記(C項)のような意義がある。

(3)患者家族のリスクについて,患者の中には片親が明らかに罹患している場合もあれ

ばそうでない場合もある。親が軽症筋強直性ジストロフィー j 型の症状を有してい

ながら気づかれていない場合もあれば,CTGリピートが病的範囲ではあるけれど

も伸長の程度が軽いために無症状である場合がある。

(4)特に,先述したように先天性筋強直性ジストロフィー j 型症例は,ほとんどが母親

由来である。先天性筋強直性ジストロフィー j 型の児の誕生にて,母親が筋強直性

ジストロフィー j 型と初めてわかることがある。または先天性筋強直性ジストロ

フィー j 型の母親が病的対立遺伝子(アレル)を有しながら,無症状である場合もあ

る。いずれも妊娠・分娩合併症を生じる頻度が高く,将来不整脈など合併症を起こ

しやすいので臨床診断,遺伝子診断を行う場合も多い。この場合,発症前遺伝子診

断及びそれに関連した遺伝カウンセリングの対応が必要となる。

(5)遺伝子診断を行った結果,初めて,当該患者の診断のみならず同時に家族の診断に

つながるという遺伝学的問題が出現するわけではなく,筋強直性ジストロフィーを

疑った時点より,このことについての配慮が必要で,遺伝学的問題も含めて患者及

び家族に説明し理解を得るようにしていく必要がある。病名と検査のみが先行し

て,遺伝子検査結果を得た時点において遺伝学的問題がクローズアップされるよう

なことは好ましい診療とはいえない。

E.その他 患者家族,親族より発症前診断,出生前診断を含む遺伝学的相談を受けることがある。

臨床遺伝医学について経験の乏しい場合は,所属医療機関の臨床遺伝医学の専門的知識及

び経験を有する臨床遺伝専門医などとの連携ないし臨床遺伝医療部門への紹介,臨床遺伝

医療部門のある他の医療機関への紹介など,適切な専門的対応にゆだねることが推奨され

る。

(1)発症前診断:発症前診断の適応となるのは,確実な筋強直性ジストロフィー家系の

発症のリスクを有し,十分な判断能力のある成人で,他から強制されずに自律的意思

により希望する場合に実施することが日本では多い[A�T]。妊娠・分娩合併症を生

じる頻度が高く,将来不整脈など合併症を起こしやすいので臨床診断に注意する。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 :C

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(2)出生前診断:rk%のリスクを持つ胎児の出生前診断は分子遺伝学的検査の項目で

述べたのと同じ手法を用いて可能である。この場合,妊娠 jk週以降に可能である

絨毛穿刺あるいは妊娠 jr週以降に可能である羊水穿刺にて採取した胎児細胞から

抽出した DNA を用いる。注意すべきは検査結果が陽性であっても発症年齢や重症

度までは予測できないことである。その理由は pつの臨床型には CTGリピート数

のオーバーラップがあることと CTGリピート数には体細胞モザイクが存在する可

能性があるからである。しかしながら j,kkk回あるいはそれ以上の CTGリピート

数であれば胎児は先天性筋強直性ジストロフィー j 型に罹患している可能性が高

い。妊娠中期,後期の超音波検査では胎動の減少や羊水過多を描出できることがあ

り,これらの所見は先天性筋強直性ジストロフィー j 型を示唆する。また罹患女性

の CTGリピート数から先天性筋強直性ジストロフィー j 型の発症を正確に予測す

ることはできないが,一般に母親のリピート数が多いほど先天性筋強直性ジストロ

フィー j 型罹患児を産む可能性が高いことが示唆されている。

ミトコンドリア脳筋症

mitochondrial encephalomyopathyICD��コード:G �.�

A.臨床 【疾患概説】

脳と筋肉のミトコンドリアの形態的,機能的異常をきたす疾患として提唱された。骨格

筋生検凍結標本では,ゴモリトリクローム変法染色(modified Gomori trichrome staining)

にて赤色ぼろ線維(ragged-red fiber ; RRF)が認められることが多く,電子顕微鏡では,

ミトコンドリアの異常集積,巨大化,結晶様封入体などがみられる。遺伝形式は,母系遺

伝を示す場合が多いが,常染色体優性遺伝,常染色体劣性遺伝を示す疾患も報告されてい

る。遺伝子異常としては,ミトコンドリア DNA(mtDNA)の欠失,点変異,減少などが

認められることが多いが[C�T,C��],最近は核 DNA 異常の解明が進んでいる(表 �,�)

[D�t,D�T]。臨床的には,筋力低下のみの例から,発育不全,てんかん発作,運動失調,

精神発達遅滞,筋緊張低下など全身性の障害を示す病型まで臨床症状が非常に多様である

ことが特徴である。ミトコンドリア異常による疾患は,単に脳・骨格筋にとどまらず,難

聴,網膜症,糖尿病,心筋症,腎疾患,血液疾患など全身の臓器に及んでいる点から,ミ

トコンドリア医学という概念が提唱されている。ミトコンドリア脳筋症の診断のために必

要な臨床検査法として,電気生理学的検査〔針筋電図,末梢神経伝導検査,短潜時体性感

覚誘発電位(short latency somatosensory evoked potential ; SSEP)〕,脳波検査,聴力検

査,頭部 CT・MRI,脳血流単一フォトン断層撮影(single photon emission computed

tomography ; SPECT),髄液検査,心機能検査(心電図,心エコー,心カテ,心筋シンチ,

心筋生検),自転車エルゴメーター運動負荷試験,無酸素性作業閾値(AT)の測定,組織

内酸化ヘモグロビンの測定,pjP磁気共鳴スペクトロスコピー(magnetic resonance spec-

troscopy ;MRS)(クレアチンリン酸/無機リン比の変化),筋生検(病理所見,生化学検査,

;, 各論

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Rhok 細胞を用いた検討)などがある。診断は,臨床症状及び臨床検査所見に基づいて行わ

れるが,最終的には遺伝子異常の確認が必要となることが多い。

臨床的特徴から以下のような疾患が分類されている。

・慢性進行性外眼筋麻痺(chronic progressive external ophthalmoplegia ; CPEO),

・網膜症,

・カーンズ・セイヤー症候群(Kearns-Sayre syndrome ; KSS),

・ 赤色ぼろ線維,ミオクローヌスてんかん症候群(福原病)(myoclonus epilepsy associ-

第 �� 章 未成年で発症する疾患 ;-

表 � 遺伝学的,生化学的異常に基づくミトコンドリア病の分類

A.遺伝的要因によるミトコンドリア病 疾 患(原因遺伝子)

�) 核 DNA 異常によるもの

(メンデル遺伝または孤発性)

a) 基質の転送異常 カルニチンパルミトイル転換酵素欠損症(CPT1A,CPT2)

カルニチン欠損症(SLC22A5)

b) 基質の利用障害 ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症(PDH),b酸化異常

c) クレブス(TCA)回路異常 フマルラーゼ欠損症(FH)

aケトグルタール酸脱水素酵素欠損症

サクシニル CoA 合成酵素 bサブユニット(SUCLA�)

d) 電子伝達系の異常 複合体Ⅰ欠損症(NDUF,B17.2Lなど)

複合体Ⅱ欠損症(SDHA)

複合体Ⅲ欠損症(BCS1L)

複合体Ⅳ欠損症(SURF1,COX10,SCO2など)

複合体Ⅴ欠損症(ATP12)

コエンザイムQ�� 欠損症(PDSS2,APTXなど)

e) ミトコンドリア膜障害 Barth 症候群(G4.5),難聴・ジストニア(TIMM8A)

f) シグナル伝達障害 mtDNA の多重欠失:MNGIE(ECGF1)

g) ミトコンドリア金属代謝異常 Friedreich 失調症(FRX),鉄芽球性貧血(ABCB7)

h) ミトコンドリア融合異常 CMT�A(MFN2),遺伝性痙性麻痺(KIF5A)

i ) DNA 合成障害 mtDNA減少(RRM2Bなど)

PEO+他臓器障害(POLG1,ANT1)

Alpers 症候群(mtDNA減少:POLG1)

mtDNA減少(TK2,DGUOK,MPV17など)

j) その他 遺伝性痙性麻痺(SPG7)

�) ミトコンドリア DNA(mtDNA)異常

(母系遺伝または孤発性)

a) tRNA/rRNA 遺伝子の点変異 MELAS, MERRF,多発性脂肪腫,心筋症など

b) タンパク質合成遺伝子の点変

異・小欠失

LHON,両側線条体壊死,運動ニューロン疾患など

c) 孤発性の mtDNA大欠失 KSS, Pearson 症候群

d) 母性遺伝を示す mtDNA大欠失 ミオパチー,PEO

B.後天的要因によるミトコンドリア障害

a) 感染性 Reye 症候群

b) 中毒性 MPTP*�

c) 医原性 zidovudine*�

d) 加齢

*�:�-methyl-t-phenyl-�, �, �, �-tetrahydropyridine

*�:日本薬局方名。AZT。HIV逆転写酵素阻害剤

*�:他の略語は表 w参照

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ated with ragged-red fibers ;MERRF),

・ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(mitochondrial

myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes ;MELAS),

・ニューロパチー・運動失調・網膜色素変性症候群(neuropathy, ataxia and retinitis

pigmentosa ; NARP)または,神経原性脱力・運動失調・網膜色素変性症候群(neuro-

genic muscle weakness, ataxia and retinitis pigmentosa),

・母性遺伝リー症候群(maternally inherited Leigh syndrome ;MILS),

・ミトコンドリア神経胃腸管脳筋症(mitochondrial neurogastrointestinal encephalo-

myopathy ;MNGIE),

・レーバー遺伝性視神経萎縮症(Leber’s hereditary optic neuropathy ; LHON),

などがある。

�) カーンズ・セイヤー症候群 Kearns-Sayre syndrome(KSS)

MIM#T�����

j~r 年に Kearns TPと Sayre GPによって報告された。�k 歳頃までに発症する外眼筋

麻痺,網膜変性,心伝導障害を主徴とし,筋力低下・萎縮,易疲労性,小脳性運動失調,

;. 各論

表 � 主なミトコンドリアDNA変異と臨床病型

mtDNA 変異 遺伝子 臨床型/症状

m. �TTTA>G ��S rRNA アミノグリコシドによる難聴

m. ��t�A>G tRNA-Leu(UUR) MELAS,CPEO,MIDD,心筋症

m. ��T�A>G tRNA-Leu(UUR) MELAS,多臓器障害

m. ��T�C>T tRNA-Leu(UUR) MELAS,CPEO,多臓器障害

m. �� �T>C tRNA-Leu(UUR) MELAS

m. �� �delT tRNA-Leu(UUR) MELAS

m. ��w�T>C tRNA-Leu(UUR) MELAS

m. �t��G>A ND� LHON

m. V�ttA>G tRNA-Lys MERRF,多発性脂肪腫

m. V�T�T>C tRNA-Lys MERRF,MELAS

m. Vww�T>G ATPase NARP,MILS

m. Vww�T>C ATPase NARP,MILS

m. �� VG>A NDt LHON,大脳白質病変

大欠失 KSS,CPEO,Pearson 症候群,多発性脂肪腫,加齢

多重欠失 CPEO+多臓器障害,MNGIE

mtDNA減少 ミオパチー,多臓器障害

KSS : Kearns-Sayre syndrome

CPEO : chronic progressive external ophthalmoplegia

MERRF : myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers

MELAS : mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes

NARP : neuropathy, ataxia and retinitis pigmentosa

MILS : maternally inherited Leigh syndrome

LHON : Leber’s hereditary optic neuropathy

MNGIE : mitochondrial neurogastrointestinal encephalomyopathy

MIDD : maternal inherited diabetes and deafness

CMT : Charcot-Marie-Tooth disease

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感音性難聴,末梢神経障害,内分泌・代謝障害(糖尿病,甲状腺異常など),髄液タンパク

質高値などを種々の組み合わせで伴う全身性のミトコンドリア異常症である。ミトコンド

リア形態異常が各臓器に認められ,骨格筋生検では赤色ぼろ線維(ragged-red fiber)が認

められ,電子顕微鏡ではミトコンドリアの異常集積,巨大化,結晶様封入体などがみられ

る。多くの例で mtDNA の大欠失が認められ,正常の mtDNA と欠失のある mtDNA が

混在して認められる(ヘテロプラスミー)。一部の例では mtDNA の m.p�òpA>G 変異を

認める。一般的に孤発性である。カーンズ・セイヤー症候群としての診断基準を満たさ

ず,不全型カーンズ・セイヤー症候群とされる例もある。孤発性の進行性外眼筋麻痺

(progressive external ophthalmoplegia ; PEO)の中の特殊型とする意見と,それぞれひと

つの臨床疾患単位とする考えがある。鑑別診断としては,重症筋無力症,眼咽頭型筋ジス

トロフィー,眼咽頭遠位型ミオパチー,フィンランド型アミロイドーシスなどがある。

/) 赤色ぼろ線維,ミオクローヌスてんかん症候群

myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers(MERRF)

MIM#TtT���

j~ k 年福原信義らによって報告された疾患で,jk 歳代にミオクローヌスで発症し,小

脳性運動失調,全般性痙攣発作,知能障害,視神経萎縮,聴力障害,筋萎縮,低身長,腱

反射低下などを生じる。検査所見では,脳波異常,小脳萎縮を認めることが多い。病理学

的には小脳歯状核の変性,脊髄後索の変性が顕著である。mtDNA の tRNALys内の

m. pòòA>G点変異をしめす例が多い。鑑別診断として,歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮

症,脊髄小脳変性症,ウンフェルリヒト・ルントボルグ病(Unverricht-Lundborg dis-

ease)などの進行性ミオクローヌスてんかんなどがある。

P) ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群 mitochondrial

myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes(MELAS)

MIM#Tt����

j~ ò 年 Pavlakis らによって提唱された疾患で,多くは小児期に発症し,脳卒中様発作,

激しい頭痛・嘔吐発作,筋力低下,進行性知能低下,精神症状,低身長,感音性難聴など

を高率に認める。心症状や多臓器不全にて死亡することが多い。高齢発症例もある。

mtDNA の tRNALeu(UUR)内の m.p�òpA>G 変異が約 割に見られるが,他の部位の点変異

も報告されている。頭部MRI T�強調画像にて大脳皮質を含む広範な病変を示すことが

多く,病変部位は必ずしも血管支配とは一致しない。遺伝形式は,母系遺伝を示すが,一

般的に母親は無症状か,ごく軽症のことが多い。MELAS患者では,点変異を持つ異常

mtDNA と正常 mtDNA が混在している(ヘテロプラスミー)が,異常 mtDNA の割合があ

る閾値を超えた場合に症状が出現すると推定されている。鑑別疾患として,脳血栓,脳塞

栓,脳腫瘍,脳炎などがある。

なお,母系遺伝を示す糖尿病+難聴例(maternal inherited diabetes and deafness :

MIDD)が m.p�òpA>G 変異と関連していることが報告されており,MIDDは全糖尿病患

第 �� 章 未成年で発症する疾患 ;/

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者の k.r∼p.k%を占めると言われている。

o) レーバー遺伝性視神経萎縮症 Leber’s hereditary optic neuropathy(LHON)

MIM#T�T���

j }j 年 Leber によって報告された遺伝性視神経萎縮症であり,レーバー遺伝性視神経

萎縮症(LHON)または単にレーバー病と呼ばれる。一般的に,jk-�k代の男性に両眼の急

性視神経炎で発症し,その後,視神経萎縮による視力低下と中心暗点をきたす。母系遺伝

を示し,患者の約 k%が男性で女性は保因者にとどまることが多い。j~ 年にWallace

らによってミトコンドリア電子伝達系複合体 Iサブユニット ò をコードする mtDNA NDò

遺伝子上の m.jj}} G>A点変異が報告された。jj}} 変異以外に m.pò�kG>A点変異な

ども報告されているが,わが国のレーバー病患者の約 ~k%に m.jj}} G>A 変異を認め

る。筋生検では軽度の筋原性変化を認めることがあるが,RRFはない。頭部MRI異常,

運動失調,不随意運動,不整脈などを合併することがある。頭部 MRI異常,運動失調,

ジストニア,ミオクローヌス,不整脈などを合併する場合には,レーバー・プラス(Leb-

er plus,LHON plus)と呼ばれることがある。鑑別診断として,脊髄小脳変性症,多発性

硬化症などがある。

【公的補助制度】

● 障害者自立支援法での対応が中心となるが,各都道府県で異なる。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】

ヒトミトコンドリア DNA(mtDNA)は,j�,r�~ 塩基よりなる環状二本鎖 DNA であり,

核 DNA に比較して変異を起こしやすい,ヌクレオゾームがない,イントロンがない,遺

伝子コードが一部異なる,mtDNA の複製に重要な非コード領域(D-ループ領域)がある

などの特徴がある。進化の過程で,元来約 ò,kkk程度あった遺伝子の多くは消失し,現在

は p}遺伝子のみになっている。消失した多くの遺伝子は核内に取り込まれ,ミトコンド

リアタンパク質(前駆体タンパク質)をコードし,その前駆体タンパク質はミトコンドリア

に取り込まれ,ミトコンドリア内で機能を発現している。ミトコンドリア DNA からは,

�種類の rRNA,��種類の tRNA,jp種類のタンパク質がコードされる。jp種類のタン

パク質は,核由来のタンパク質と複合体Ⅰ,複合体Ⅲ,複合体Ⅳ,複合体Ⅴを形成する。

【遺伝学的特徴】

非メンデル遺伝を示す細胞質遺伝のうち,母方の細胞小器官 DNA のみが子に伝達され

る様式を母系遺伝(maternal inheritance)という。ミトコンドリアは,母親のミトコンド

リアのみ子孫に伝えられるが,この機序として,

(1)受精時に精子の頭部(ミトコンドリアはない)のみが卵子に入る。

(2)卵細胞に入る精子のミトコンドリア量は,卵細胞のミトコンドリア量に比べてはる

;9 各論

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かに少なく,胎児に受け継がれる精子由来のミトコンドリアはほとんどない。

(3)精子のミトコンドリアは卵細胞に入るが,それを“異物”として排除する機構が卵細

胞に存在する。

という pつの仮説がある。正常の mtDNA と異常(点変異,欠失)のある mtDNA が混在

して認められるヘテロプラスミーという状態が見られることが特徴である。mtDNA の多

重欠失や量的減少が見られる場合には,核 DNA の責任遺伝子の変異を病因とすることが

多い(表 �)。

【遺伝子変異(異常)と遺伝子診断】

ミトコンドリア脳筋症の遺伝子診断を行う上で注意すべき点は,mtDNA および核

DNA の異常は非常に多様であり,既知の異常が検出されなくても遺伝子異常がないとは

言い切れないこと,逆に,遺伝子変異があってもそれが病的変異なのか単なる遺伝子多型

なのかが問題となる。正常と異常の mtDNA が混在しているヘテロプラスミーの状態を

示すことがあるため,異常 mtDNA の検出感度が問題となる。特に,末梢血 DNA と骨格

筋などの組織由来 DNA ではヘテロプラスミーの程度が異なることに留意する必要があ

る。また,同じ mtDNA 変異でも異なる臨床病型を示すことがあり,ミトコンドリア病

における遺伝子型表現型相関はいまだ十分には解明されていない。

ミトコンドア脳筋症の遺伝子診断は,mtDNA の点変異の場合は白血球の mtDNA分析

をすることにより診断できるが,mtDNA の大欠失/多重欠失,減少症の場合は組織(骨格

筋など)から抽出された mtDNA のサザンブロット解析が必要である。さらに,mtDNA

の多重欠失,減少症が疑われる場合は核 DNA の解析が必要となる。近年,POLG,

DGUOK,TK2,SUCLA2,MPV17,RRM2B,NDUF,ECGF1,FRXなどミトコン

ドリア病に関連する多数の核 DNA 遺伝子が報告されている[C��]。

遺伝子診断の方法としては,末梢血,生検組織,培養細胞などの試料を用いて,PCR

法,直接塩基配列決定法,ミトコンドリア DNAマイクロアレイ法,SSCP 法,DHPLC

法,ヘテロデュプレックス DGGE 法,サザンブロット法,マイクロサテライト多型マー

カーを用いた連鎖解析法などが必要に応じて用いられる。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

KSS,MERRF,MELAS などの場合は臨床症状から診断が可能な場合も多いが,ミト

コンドリア脳筋症の臨床的多様性から確定診断のための遺伝子診断は有用である。ミトコ

ンドリア脳筋症の効果的な治療法は確立されていないが,MELAS等の場合はアルギニン

などの治療が試みられており,遺伝子診断を行うことは臨床的意義が大きいと言える。ま

た,日常生活上の注意や合併症の早期発見のためにもミトコンドリア脳筋症の遺伝子診断

は有用である。ただし,前述したように mtDNA および核 DNA 異常の多様性から遺伝子

診断が困難な例も多い点に留意する必要がある。

第 �� 章 未成年で発症する疾患 ;+

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D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

臨床経過,神経所見,家族歴,画像診断から臨床的にミトコンドリア脳筋症が疑われ,

安静空腹時の血液・髄液中の乳酸・ピルビン酸比の上昇,エルゴメーター運動負荷試験に

よる乳酸・ピルビン酸比の上昇,RRF,ミトコンドリア形態異常,ミトコンドリア酵素

活性低下などのうち,いずれかの異常所見が検出された場合は遺伝子診断を考慮してよ

い。ただし,これらの異常が認められない症例もあり,判断に迷うこともある。

E.その他 ミトコンドリア脳筋症の臨床遺伝医学について経験が乏しい場合は,所属医療機関の臨

床遺伝医学の専門的知識及び経験を有する臨床遺伝医学専門医などとの連携ないし臨床遺

伝医学診療部門への紹介,臨床遺伝医学診療部門のある他の医療機関への紹介など,適切

な専門的対応にゆだねることが推奨される。なお,ヘテロプラスミーの検出感度の問題も

あり,末梢血を用いた保因者診断は困難な場合がある。また,出生前診断,発症前診断は

きわめて困難である。

;: 各論

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第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患

ハンチントン病 Huntington disease

別称:ハンチントン舞踏病 Huntington chorea

ICD-��コード:G�� MIM+������

A.臨床 【疾患概説】

緩徐進行性の中枢神経の変性疾患で,本邦の有病率は特定疾患申請書からは人口 56 万

人当たり 6.< 人と推定される。発症年齢は G6 歳代をピークとするが,小児期から S6 歳代

まで広範である。臨床症状は,舞踏運動などの不随意運動を特徴とする運動障害と巧緻障

害,易怒性やうつ,その他の精神症状および認知障害(皮質下痴呆)である。運動障害につ

いては,若年発症では,しばしば舞踏運動ではなく,ジストニアやミオクローヌス,さら

には無動や筋強剛などのパーキンソン症候を呈する(Westphal 型)。�6 歳以下の発症の場

合を若年型ハンチントン病という。罹病期間は 5<-�6 年で,進行期にはてんかん発作を認

めることが多い。

成人例で舞踏運動などの不随意運動を呈する場合は,常染色体優性遺伝性疾患として,

歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症,脊髄小脳運動失調症 5½ 型(SCA5½),神経フェリチノ

パチー(neuroferritinopathy,成人発症基底核病;adult-onset basal ganglia disease),良

性遺伝性舞踏病などを鑑別疾患として考慮する。有棘赤血球症を伴う舞踏病は常染色体劣

性遺伝性疾患であるが,臨床像はハンチントン病と類似するので,家族性がはっきりしな

い場合には鑑別疾患として考慮する。この他に,非遺伝性神経疾患として,老人性舞踏

病,薬物性舞踏病(遅発性ジスキネジアなど),小舞踏病(シデナム舞踏病;Sydenham

chorea)などとの鑑別を要することがある。また初発症状が精神症状のこともまれではな

く,統合失調症として治療されている場合もある。

若年例では,ウィルソン病,ハラーフォルデン・シュパッツ病(Hallervorden-Spatz

disease),GM5 ガングリオシドーシスなどの脂質蓄積症も鑑別疾患として考慮する。

【公的補助制度】

厚生労働省の特定疾患治療研究事業[C��]の対象としての難病(特定疾患)に該当し,医

療費の公的補助の対象疾患である。

介護保険制度ではハンチントン病としては,�6-��歳でサービスを利用できる特定疾病

(�号被保険者)には該当しない。しかし,「初老期に発症する痴呆」を適応することによ

り,利用可能である。

��

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[患者友の会]

日本ハンチントン病ネットワーク(Japanese Huntington’s Disease Network ; JHDN)

ホームページ :http://www.jhdn.org/

相談携帯電話 :6<6-�G½G-<�S6

事務局メールアドレス :[email protected]

相談携帯電話メールアドレス:[email protected]

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : +������

遺伝子記号:HTT

遺伝子名: huntingtin

別称等: HD,IT�,

染色体座: �p��.�

遺伝子産物:huntingtin

【遺伝学的特徴】

遺伝形式は常染色体性優性遺伝で,浸透率は 566%に近く,S6 歳代までにはほとんど

が発症する。突然変異率は極めて低いと推定されている。世代を経るごとに発症年齢が早

まる表現促進現象が見られ,特に男親から遺伝する場合に顕著である。したがって,若年

型では父親が罹患者であることが多い。

【遺伝子変異(異常)と遺伝子診断】

ハンチントン病の原因遺伝子変異(異常)は,遺伝子 HTT のエクソン 5 に位置する

CAG三塩基反復配列(triplet repeat)の異常伸長である。遺伝子診断は当該反復配列の反

復回数の分析に基づき行われる。反復回数による診断については,表 $%に示すアメリカ

遺伝医学協会(American College of Medical Genetics ; ACMG)/アメリカ人類遺伝学会

(American Society of Human Genetics ; ASHG)の指針[D��]に従うことが推奨される。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

遺伝子診断の臨床的意義とは,確定診断及び除外診断において確実な結果を得られ,疾

�� 各論

表 $% CAG反復配列の反復回数によるハンチントン病の遺伝子診断

反復回数 遺伝学的分類 臨床像(表現型)

E� 回以下 正常対立遺伝子(アレル) 正常

EO-�, 回変異原性正常

対立遺伝子(アレル)*正常

��-�U 回低浸透率ハンチントン病

対立遺伝子(アレル)正常またはハンチントン病

�� 回以上ハンチントン病

対立遺伝子(アレル)ハンチントン病

*:次世代においてハンチントン病を発症することがあり得る。

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患の症状,予後,さまざまな症状に対する対処法,介護等に関する幅広い情報が提供でき

ること,遺伝カウンセリングにおいて有用な情報が提供できることにある。さらに,

CAG反復回数と重症度,臨床症状などについての情報(遺伝子型表現型相関)を提供でき

る。すなわち,疾患対立遺伝子(アレル)の CAG反復回数と発症年齢との間には,負の相

関があり,反復回数が多いほど,発症年齢が早く臨床経過が早い傾向にある。しかし,こ

の傾向は多数例を対象とした結果に基づくものであり,個々の例については該当しない場

合もあり,繰り返し数でのみ臨床像を推定することには限界がある。表現促進現象は,

HTT遺伝子内の伸長 CAG リピートが親から子に伝えられる場合に世代間で伸長しやす

いことによる。この現象は,父親から伝えられる時のほうが,母親から伝えられる場合に

比較して強い。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

患者(発症者)の診断においては,臨床経過,症候,家族歴,画像診断から臨床的にハン

チントン病と診断できる場合が多いが,舞踏運動及び類似の不随意運動を呈する疾患は前

述したように多々あり,確定診断を得るには,遺伝子診断を行うことが必要となる。一

方,ハンチントン病の遺伝子診断の施行にあたっては,当該患者の診断と同時にその血縁

者の診断にもつながるという遺伝学的特性についての配慮が事前に必要である。

臨床場面において遺伝子診断の適応を考慮する場面は画一的ではなく,ハンチントン病

であることが確定診断されている家系の一員の発症者についての診断,臨床的にハンチン

トン病が強く示唆され確定診断を考慮している場合,鑑別ないし除外診断を目的とした場

合などさまざまである。さらに本ガイドラインの範囲を越えてはいるが,発症前診断や出

生前診断の可能性が考慮される場合がある。具体的ないくつかの診療場面を以下に示す。

臨床的にハンチントン病が強く示唆され確定診断を考慮している場合,遺伝子診断の結

果がなくともハンチントン病との診断を高い確度でいえる場合もあれば,遺伝子診断結果

が診断において重要な診断根拠となる場合もある。遺伝子診断の有用性は大きいが,その

必要性は,臨床診断の確度により異なってくる。

(1)ハンチントン病であることが確定診断されている家系の一員の発症者についての診

断において,診断確定のためには,遺伝子診断は必ずしも必須ではないが,上記

(C項)のような意義がある。

(2)遺伝子診断を行った結果,初めて,当該患者の診断のみならず同時に家族の診断に

つながるという遺伝学的問題が出現するわけではなく,ハンチントン病を疑った時

点から遺伝的な問題についての配慮が必要となる。すなわち,遺伝学的問題も含め

て患者及び家族に説明し理解が得られるような配慮である。推定病名告知と検査の

みが先行して,遺伝子検査結果を得た時点において遺伝学的問題がクローズアップ

されるようなことは好ましい診療とはいえない。また難病(特定疾患)認定申請にあ

たっては,遺伝子診断を強制する結果とならないように注意すべきである。

(3)小児発症例では,親,多くは男親が未発症または発症早期であることがあり,患児

の診断は親の発症前診断または早期診断につながり得ることを認識しておくべきで

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 ��

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ある。患児の診断のみならず,家族に対する適切な対応が必要である。

(4)鑑別診断ないし除外診断目的で,遺伝子診断を行う場合,予測に反して遺伝子診断

にてハンチントン病と診断されることも,稀ではあるがあり得る。明らかな家族歴

を有している場合は,遺伝医学的問題は容易に認識されうるが,家族歴が明らかで

ない一見非遺伝性(孤発性)の場合にはあまり考慮されないことも少なくないと考え

られ,注意を要する。

E.その他 患者家族,親族より発症前診断,出生前診断を含む遺伝学的相談を受けることがある。

臨床遺伝医学について経験の乏しい場合は,所属医療機関の臨床遺伝医学の専門的知識及

び経験を有する臨床遺伝専門医などとの連携ないし臨床遺伝医療部門への紹介,臨床遺伝

医療部門のある他の医療機関への紹介など,適切な専門的対応にゆだねることが推奨され

る。

(1)発症前診断:発症前診断の適応となるのは,確実なハンチントン病家系の発症のリ

スクを有し,十分な判断能力のある成人で,他から強制されずに自律的意思により

希望する場合,さらに遺伝子診断で診断確定となった場合の心理的サポート体制が

ある場合に実施することが日本では多い[A�,]。

(2)出生前診断:成人発症の遅発性疾患は,一般に本邦では適応外とされている。

�脊髄小脳変性症 spinocerebellar degeneration

ICD-��コード:G�� 遺伝性運動失調(症)

A.臨床 【疾患概説】

ICD-��コード:G��.E 晩発性小脳性運動失調症

ICD-��コード:G��.� 遺伝性痙性対麻痺

$) 遺伝性脊髄小脳運動失調症

a) 常染色体優性脊髄小脳運動失調症

厚生労働省運動失調症調査研究班の統計によると,日本においては脊髄小脳変性症

(spinocerebellar degeneration ; SCD)の �½.�%は孤発性の運動失調症であり,遺伝性疾患

は G�.�%と推定されている。後者の大部分は常染色体優性疾患からなり,その他の遺伝形

式の疾患は少ない[DE�](図 $Y)。遺伝性脊髄小脳運動失調症の遺伝子座は SCA(spinocere-

bellar ataxia)をシンボルとして,報告された順に登録されてきた。ヒトゲノム国際機構

(The Human Genome Organization ; HUGO)には現時点で SCA�< まで登録されている

[C��]。この中で SCA<は欠番であり,脊髄小脳運動失調症 5�型(SCA5�)は脊髄小脳運

動失調症 5< 型(SCA5<)と同一疾患であることが明らかになったので,SCA5�は HUGO

の登録から撤回された[C�E]。脊髄小脳運動失調症 ��型(SCA��)は常染色体劣性疾患で

あるので,常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 �型(spinocerebellar ataxia, autosomal re-

cessive � ; SCAR�)[D�U]もしくは衝動性眼球運動障害を伴う脊髄小脳運動失調症(spino-

�! 各論

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cerebellar ataxia with saccadic intrusions ; SCASI)として再登録された。さらに歯状核赤

核・淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubro-pallidoluysian atrophy ; DRPLA)や 5�q連鎖常染

色体優性小脳運動失調症(autosomal dominant cerebellar ataxia ; ADCA)など,SCA番号

として登録されていない疾患もある。脊髄小脳運動失調症 �型(SCA�)と 5�q連鎖常染色

体優性小脳運動失調症,及び脊髄小脳運動失調症 5<型(SCA5<)と脊髄小脳運動失調症 ��

型(SCA��)は,各々同一遺伝子座に登録されている。ともに当該遺伝子と病因変異につ

いても未同定である。脊髄小脳運動失調症 �型(SCA�)と 5�q連鎖常染色体優性小脳運動

失調症については,臨床症状に相違が大きい。一方,脊髄小脳運動失調症 5<型(SCA5<)

と脊髄小脳運動失調症 �� 型(SCA��)は腱反射減弱と軽度の認知機能障害などの若干の相

違があるが,ともに成年期に発病する小脳性運動失調を主徴とする疾患であることから,

現時点では同一疾患と推定されている。

各疾患の頻度には地域差がある。表 $$に既報告の主な疾患について臨床的特徴の概要

を示した。日本で頻度の高い疾患はマシャド・ジョセフ病(Machado-Joseph disease ;

MJD),歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症,脊髄小脳運動失調症 �型(SCA�),5�q連鎖

常染色体優性小脳運動失調症,脊髄小脳運動失調症 5 型(SCA5),脊髄小脳運動失調症 �

型(SCA�)である。脊髄小脳運動失調症 ½ 型(SCA½),脊髄小脳運動失調症 S 型(SCAS),

脊髄小脳運動失調症 5�型(SCA5�),脊髄小脳運動失調症 5< 型(SCA5<),脊髄小脳運動

失調症 5½ 型(SCA5½)は稀である。それ以外に世界各地より多数の常染色体優性脊髄小脳

運動失調症が登録されている。その一群の中で,脊髄小脳運動失調症 < 型(SCA<),脊髄

小脳運動失調症 56 型(SCA56),脊髄小脳運動失調症 55 型(SCA55),脊髄小脳運動失調

症 5� 型(SCA5�),脊髄小脳運動失調症 5G 型(SCA5G),脊髄小脳運動失調症 �½ 型

(SCA�½)においては当該遺伝子と病因変異が同定されているが,現時点ではいずれも日

本では報告されていない。さらに脊髄小脳運動失調症 5S-�G,�<,��,�S,�< 型

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �"

家族性痙性対麻痺 3.4%その他(遺伝形式不明)0.6%

孤発性脊髄小脳変性症67.2%

常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症27.0%

常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症

1.8%

図 $Y 日本における脊髄小脳変性症(SCD)の疾患構成(文献[DE�]より改

変)

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�# 各論

表 $$ 常染色体優性脊髄小脳運動失調症の臨床像

疾 患遺伝子座*E 臨床像

略号 MIM*�

SCA� #������ �pE�小脳性運動失調で初発,錐体路障害を伴う。進行期には筋萎縮,不随意運動,声帯麻痺などをきたす。

SCAE #����U� �EqE�小脳性運動失調で初発,錐体路障害を伴う。若年発症では腱反射は減弱し,緩徐眼球運動を伴う。進行期には舞踏運動や筋萎縮を伴う。一部はパーキンソニズムに終始する。

MJD(SCA�)

#��U�,� ��qE�.�-q��発症年齢により病像が異なる。若年発症では運動緩慢やジストニアと痙縮,成年期の発病では小脳性運動失調と痙縮,中年以降の発症では主に小脳性運動失調,稀にパーキンソニズムが前景となり,それに末梢神経障害を伴う。

SCA� %���EE� ��qEE.�小脳性運動失調に感覚性ニューロパチーを合併する。下肢の深部覚障害と腱反射消失が特徴。成年期に発病。

SCA, #���EE� ��q�� 発病は成年期が多いが,幅がある。小脳症候に終始。

SCA� #������ �Up�� 成年期に発病し,小脳症候に終始。

SCAO #���,�� �pE�.�-p�E 発病年齢に幅がある。運動失調もしくは視力障害で発病し,黄斑変性を伴う。

SCA� #���O�� ��qE� 小脳性運動失調と痙縮が中心。稀に錐体外路症候を伴う。

SCA�� #���,�� EEq�� 小脳性運動失調にてんかんを合併。発症は成年期であるが,幅がある。

SCA�� #�����E �,q�,.E 成年期に発病し,小脳症候を中核とする。

SCA�E #����E� ,q��-q��発病は成年期に多いが幅がある。小脳性運動失調を中核とし,強い動作性振戦を伴う。進行例にはパーキンソニズム,腱反射亢進,認知機能障害などを伴う。

SCA�� #��,E,U�Uq��.�-q��.�

成年期に発病して小脳性運動失調に終始する報告の一方で,幼年期に小脳性運動失調で発病して精神運動発達遅滞などを伴う報告がある。

SCA�� #��,��� �Uq��.� 小脳性運動失調が主要症候。若年発症では振戦発作を伴うことがある。

SCA�, #����,� �pE�-pE,.�主に成年期に発病。小脳性運動失調を中核として,頸部と四肢に姿勢時振戦や動作性振戦の目立つ例がある。“SCA��”は同一疾患。

SCA�O #��O��� �qEO 小脳性運動失調,パーキンソニズム,認知症など多彩。

SCA�� %��O�,� OqEE-q�E成年期に発病。深部覚障害による感覚性運動失調と筋萎縮に凹足を伴う。ニューロパチーは軸索障害。画像性診断で軽度の小脳萎縮あり。

SCA�U *� %��O��� �pE�-qE�成年期に小脳性運動失調で発病。一部にミオクローヌスや腱反射減弱,軽度の認知機能低下などを伴う。“SCAEE”と同一遺伝子座。

SCAE� %�����O ��p��-q��成年期に攣縮性発声障害で発病。小脳性運動失調を中核とし,一部に軟口蓋ミオクローヌスを伴う。

SCAE� %��O�,�OpE�.�-p�,.�

発病は幼少時から成年期まで幅がある。小脳性運動失調,パーキンソニズム,軽度の認知機能障害を伴う。

SCAE� %���E�, E�p��-p�E.� 中年期に発病。小脳性運動失調を中核とする。

SCAE, %���O�� EpE�-p�� 小脳性運動失調に感覚性ニューロパチーを伴う。小児期から成年期にかけて発病。

SCAE� %��U��� ��p��.� 小脳性運動失調に終始。発病は中年期に多いが幅あり。

SCAEO #��U��O ��q��小児期に手の振るえで発病し,小脳性運動失調が加わる。頭部振戦,精神発達遅滞,怒りの爆発,口部顔面ジスキネジアなどを伴う。

SCAE� %���E����p��.EE-q��.E

若年発症の小脳性運動失調。進行期に外眼筋麻痺,眼瞼下垂,緩徐衝動性眼球運動(slow saccade)を伴う。

SCAEU %��O��� �pE� 小脳虫部に限局した萎縮。小脳性運動失調は非進行性。

(SCA番号の付いていないもの)

DRPLA #�E,�O� �Ep��.��発症年齢により病像が異なる。E�歳以下の発症では進行性ミオクローヌスてんかん,��歳以降の発病では小脳性運動失調と舞踏様アテトーゼ,E�-��歳の発病では両者の移行型。

��q-linkedADCA

#��OE�� ��qEE.� 成年期以降に発病し小脳性運動失調に終始する。

* �:MIMは OMIM(Online Mendelian Inheritance in Man)の登録番号[C�E]。疾患と遺伝子は異なった番号に注意。

* E:p;短腕,q;長腕。

* �:SCAU と SCA�� は欠番。

* �:SCAEE は SCA�U と同一疾患の可能性あり。

* ,:SCAE� は SCAR� として再登録。

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(SCA5S-�G,�<,��,�S,�<)などは,いずれも遺伝子座は決定されているが,現時点で

は当該遺伝子や変異は未報告である。日本の常染色体優性脊髄小脳運動失調症において

�6%程度は未だ原因が特定されていない。

b) 常染色体劣性及びX連鎖脊髄小脳運動失調症

フリードライヒ運動失調症(Friedreich ataxia ; FRDA)を筆頭に複数の疾患において当

該遺伝子と病因変異が同定されている(表 $h)。いずれも若年発症である。フリードライ

ヒ運動失調症は小脳性運動失調,下肢深部覚障害,腱反射消失,足底反射異常を呈し,凹

み足,糖尿病,心筋症を合併する疾患として知られている。臨床症候がフリードライヒ運

動失調症と類似している疾患群の中から,病因変異の解明されたものがある。

その第一は家族性ビタミン E 単独欠乏症(familial isolated deficiency of vitamin E ;

VED)で,日本人ではよく網膜色素変性を伴い,aトコフェロール転移タンパク(a-toco-

pherol transfer protein ; TTPA)の変異による疾患である。

第二はCharlevoix-Saguenay 症候群(autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-

Saguenay ; ARSACS)である。運動失調と痙縮を中核とし,網膜有髄線維を伴うとされる

が必発ではない。本疾患は複合型痙性対麻痺として分類されることがある。

第三は眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発性運動失調症(early-onset ataxia

with oculomotor apraxia and hypoalbuminemia ; EOAH)である。軸索性ニューロパチー,

精神運動発達遅滞,舞踏アテトーゼなどを呈し,低アルブミン血症や高コレステロール血

症などを伴う疾患がある。運動失調・眼球運動失行 5 型(ataxia-oculomotor apraxia 5 ;

AOA5)など種々の別称でも呼ばれてきた。

第四はセナタキシン(senataxin ; SETX)変異による疾患で,運動失調・眼球運動失行 �

型(ataxia-oculomotor apraxia � ; AOA�)とも言われるが,常染色体劣性脊髄小脳運動失

調症 5型(spinocerebellar ataxia, autosomal recessive 5 ; SCAR5)とされている。血液中の

a-フェトプロテイン(a-fetoprotein ; AFP)高値を特徴とする。非典型例では眼球運動失行

を欠き,運動失調と末梢神経障害のみを呈することがある。

毛細血管拡張運動失調症(ataxia telangiectasia ; AT,別名 Louis-Bar 症候群)は ATM

遺伝子の変異による疾患で,幼年期に小脳性運動失調で発病し,毛細血管拡張を伴い,先

天性免疫不全による易感染性と悪性腫瘍の高率な合併を特徴とする。

これ以外に,日本では報告されていない疾患も多数報告されている。常染色体劣性運

動失調症として,カリブ海のケイマン諸島からケイマン運動失調症(Cayman ataxia ;

ATCAY)が,フィンランドからは乳児発症脊髄小脳運動失調症(infantile-onset spinocer-

ebellar ataxia ; IOSCA)が報告されている。さらに,最近では SCARのシンボルで多数の

疾患が登録されている。X連鎖脊髄小脳運動失調症としては脆弱X振戦/運動失調症候群

(fragile X tremor/ataxia syndrome ; FXTAS),X 連鎖脊髄小脳運動失調症 5 型

(SCAX5),X連鎖脊髄小脳運動失調症 < 型(SCAX<)がある。SCAX�-�については現時

点では確実性に乏しいので表には記載していない。これらの疾患の中には,小児期に発病

して進行性経過をとるもの,乳児期より運動失調があり経過が非進行性である常染色体劣

性脊髄小脳運動失調症 � 型(SCAR�),常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 < 型(SCAR<),

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �$

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�% 各論

表 $h 常染色体劣性及びX連鎖脊髄小脳運動失調症の臨床像

疾 患遺伝子座 臨 床 像

疾 患 名 略号 MIM

Friedreich ataxia FRDA #EEU��� Uq��小脳性運動失調,深部覚障害,錐体路障害,腱反射消失,凹み足,末梢神経障害を呈する。糖尿病や心筋症を合併。

Familial isolateddeficiency of vitamin E*� VED*� #EOO��� �q��.�-q��.�

FRDA類似の運動失調。日本では網膜色素変性を伴う例がある。血中ビタミン Eが低値。

Autosomal recessive spasticataxia of Charlevoix-Saguenay

ARSACS #EO�,,� ��q�E小脳性運動失調と痙性対麻痺,凹み足,神経因性膀胱,進行期の筋萎縮など。網膜有髄線維を伴うことあり。

Early-onset ataxia withoculomotor apraxia andhypoalbuminemia*E

EAOH*E #E��UE� Up��.�

小脳性運動失調,眼球運動失行,舞踏アテトーゼ,精神運動発達遅滞,軸索性末梢神経障害を呈し,低アルブミン血症,高コレステロール血症を伴う。足変形や心筋症を欠く。

Ataxia-telangiectasia AT� #E��U�� ��qEE.�

小脳性運動失調を中核として,球結膜や皮膚の毛細血管拡張症,免疫不全による易感染性,二次性徴の発現遅滞を伴い,悪性リンパ腫などを合併しやすい。IgA・IgEは欠如∼低値。

Cerebellar ataxia,Cayman type

ATCAY #���E�� �Up��.� 精神運動発達遅滞,非進行性小脳性運動失調

Infantile-onset spinocer-ebellar ataxia

IOSCA #EO�E�, ��qE�小児期に小脳性運動失調で発病し進行性。後に感覚性ニューロパチー,外眼筋麻痺,聴力障害,てんかん等を併発する。

Posterior column ataxiawith retinitis pigmentosa

AXPC�(PCARP)

%��U��� �q��-q�E小児期に発症し網膜色素変性と後索失調をきたす。進行性視力障害と下肢深部覚障害,腱反射消失をきたす。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive �*� SCAR�*� #�����E Uq��

FRDA類似の進行性運動失調に眼球運動失行,舞踏アテトーゼ,末梢神経障害,血中 CK・g-グロブリン・AFP 高値を伴う。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive E

SCARE %E��E�� Uq��-qter先天性小脳性運動失調で非進行性。低身長を伴う。小脳では顆粒細胞が選択的に萎縮。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive �

SCAR� %EO�E,� �pE�-pE�小児期に FRDA 類似の運動失調で発病し進行性。視神経萎縮による視力障害,蝸牛神経の変性により聴力障害を伴う。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive �

SCAR� %��O��O �p��E�歳代に運動失調で発病し進行性。軸索性ニューロパチーによる下肢感覚障害を伴う。眼球の衝動性運動障害を伴う。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive ,

SCAR, %���U�O �,qE�-qE�先天性小脳性運動失調症で非進行性。視神経萎縮,精神発達遅滞を伴う。皮膚血管内皮細胞に微小線維が沈着してオスミウム好性を呈する。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive �

SCAR� %����EU E�q��-q��小児期に小脳性運動失調で発病し,非進行性。低身長を伴う。知的発達は保たれる。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive O

SCARO %��UEO� ��p�,小児期に発病する小脳性運動失調で進行性。錐体路徴候を伴う。知的発達は保たれる。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive �

SCAR� #���O�� �qE,成年期に発病する小脳性運動失調症で進行性。他の系統障害を伴わない。

Spinocerebellar ataxia,autosomal recessive U

SCARU #��E��� �q�E.E小児期に発症する小脳性運動失調で進行性経過。てんかん,精神運動発達遅滞などを伴う。骨格筋の CoQ��濃度が低値。血中と髄液中の乳酸値が軽度に上昇。

Fragile X tremor/ataxiasyndrome

FXTAS #����E� XqEO.�,�歳以降の男子で振戦と小脳失調で発症。進行期に認知機能障害,パーキンソニズム,自律神経障害などを伴う。

Spinocerebellar ataxia,X-linked �

SCAX� %��E,�� Xp��.E�-qE�.�先天性小脳性運動失調で進行性。知的発達は保たれる。

Spinocerebellar ataxia,X-linked ,

SCAX, %���O�� XqE,-qEO.�先天性小脳性運動失調で非進行性。知的発達は保たれる。運動発達遅滞はあるが成長とともに軽度に改善。

*�:別称:Friedreich-like ataxia with slected vitamin E deficiency(AVED)

*E:別称:Ataxia-oculomotor apraxia �(AOA�),Ataxia-oculomotor apraxia syndrome(AOA),Early-onset cerebellar ataxia with

hypoalbuminemia(EOCAHA)

*�:別称:Ataxia-oculomotor apraxia E(AOAE)

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常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 � 型(SCAR�),X 連鎖脊髄小脳運動失調症 < 型

(SCAX<),成年期以降に発病する常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 S型(SCARS),脆弱

X振戦/運動失調症候群(FXTAS)など,多様な疾患が含まれている。以上の疾患の報告

例は未だ少なく,報告も特定の地域に偏っている。日本において診断未確定の運動失調症

の中に,これらの疾患群が含まれている可能性は残っている。

h) 遺伝性痙性対麻痺

緩慢進行性の痙性対麻痺を中核症候とする一群の疾患からなり,先の疫学統計によると

脊髄小脳変性症全体の �.½%を占める[DE�]。臨床症候から痙性対麻痺に終始するものを

“純粋型”,精神運動発達遅滞などさまざまな附帯症候を伴うものを“複合型”として,二群

に大別されて臨床診断される。本疾患群は発病年齢,遺伝様式,ともにさまざまである。

�66S 年 5�月の時点で,遺伝性痙性対麻痺の遺伝子座位は SPG(spastic paraplegia)のシン

ボルで SPGG<まで登録されている。各々の臨床像の概略を表 $qに示した。遺伝性痙性対

麻痺 5 型(SPG5)など �疾患は X連鎖遺伝,遺伝性痙性対麻痺 GA 型(SPGGA)など 5< 疾

患が常染色体優性遺伝,遺伝性痙性対麻痺 <A 型(SPG<A)以下の 5S 疾患は常染色体劣性

遺伝である。さらに新たな疾患が追加されつつある。国内の遺伝性痙性対麻痺疾患構成に

ついては,常染色体優性遺伝が 5/G,常染色体劣性遺伝が 5/56-5/<程度,家族歴を認め

ないものが 5/�程度あり,X連鎖遺伝は稀である(図 $r)[D�U]。全国規模の分子疫学資料

は得られていない。既存の遺伝子解析例の集計によると,遺伝性痙性対麻痺 �型(SPG�)

は常染色体優性痙性対麻痺の 5�%を占めていた。それ以外には,日本国内からは遺伝性

痙性対麻痺 5 型(SPG5),遺伝性痙性対麻痺 � 型(SPG�),遺伝性痙性対麻痺 GA 型

(SPGGA),遺伝性痙性対麻痺 55 型(SPG55),遺伝性痙性対麻痺 5�型(SPG5�),遺伝性痙

性対麻痺 �6 型(SPG�6,トロヤー症候群;Troyer syndrome),シェーグレン・ラルソン

症候群(Sjögren-Larsson syndrome ; SLS)などが報告されている。痙性対麻痺の臨床像を

呈する疾患は多数あり,当該遺伝子と変異の同定により,日本で認められる疾患リストに

新たな疾患が加わる可能性は高い。

【公的助成制度・その他】

厚生労働省の難治性疾患克服研究事業[C��]に指定されているので,申請により特定疾

患医療受受給者証が交付される。重症度によっては障害者自立支援法による各種等級認

定,介護保険制度の早期利用(�6 歳以上),障害年金の受給なども可能である。いずれも

障害の程度や生活環境に応じて対応する。

[患者サポート組織]

(各地に友の会組織あり,代表的なもの �組織を掲載)

5) 全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会:http://homepageG.nifty.com/jscda/

�) 近畿脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会:http://www.kinki-scd.sakura.ne.jp/

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �&

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�' 各論

表 $q 遺伝性痙性対麻痺

疾 患 遺伝形式*� 遺伝子座 臨床像

略号*� MIM

SPG� #����,� XL XqE�若年発症の複合型で,精神運動発達遅滞,言語の発達障害,母指の内転障害,中脳水道狭窄による水頭症や脳梁低形成などを伴う。別名はMASA症候群。

SPGE #��EUE� XL XqEE若年発症。純粋型の他に,小脳症候・視神経萎縮・精神運動発達遅滞などを伴う複合型もある。

SPG�A #��E��� AD ��q��-qE� 純粋型。若年でも発症。

SPG� #��E��� AD EpEE-pE� 純粋型。発症年齢には幅があるが,成年期の発症が多い。

SPG,A #EO���� AR �qE�.� 純粋型。成年期に発症。

SPG� #������ AD �,q��.� 純粋型。��-E�歳代の若年発症

SPGO #��OE,U AR ��qE�.�純粋型のこともあるが,視神経乳頭萎縮や小脳症候などを伴う例がある。発症は成年期に多いが幅あり。画像診断では小脳や前頭葉萎縮を伴う。筋生検では raged-red fiberあり。

SPG� #���,�� AD �qE�.�� 純粋型。成年期に発症。

SPGU %�����E AD ��qE�.�-qE�.�白内障や四肢筋萎縮を伴う複合型。胃食道裂孔ヘルニアによる嘔吐を伴う。小児期から成年期にかけて発病。

SPG�� #�����O AD �Eq�� 純粋型痙性対麻痺。小児期から成年期にかけて発病。

SPG�� #������ AR �,q��-q�, 若年発症の複合型痙性対麻痺。精神運動発達障害,脳梁の菲薄化を伴う。

SPG�E %�����, AD �Uq�� 純粋型。��歳代に発病。

SPG�� #��,E�� AD Eq��.� 純粋型。成年期に発病。

SPG�� %��,EEU AR �qEO-qE� 純粋型で,成年期に発症。四肢遠位の筋萎縮を伴う。

SPG�, #EO�O�� AR ��qE�.�網膜色素変性を伴う痙性対麻痺。下肢遠位部の筋萎縮,小脳症候,末梢神経障害,認知機能障害などを伴う。発症は成年期に多いが幅あり。

SPG�� %���E�� XL Xq��.E痙性四肢麻痺に精神運動発達遅滞などを伴う。乳児期に発病。他に純粋型の報告もあり。

SPG�O #EO���, AD ��q��痙性対麻痺で発病。筋萎縮を四肢末梢に伴うが,手固有筋に限局することもある。若年期から成年期に発病。

SPG�U %��O�,E AD Uq��-q�� 純粋型。成年期に発病。

SPGE� #EO,U�� AR ��q�E.�痙性対麻痺に四肢遠位部,特に手固有筋の萎縮を伴う。別名 Troyer症候群。幼少時に発病。

SPGE� #E��U�� AR �,qE�-qEE複合型で,別名はMast 症候群。学童期に潜行性に発症。E�-��歳前後には歩行障害や知的障害が顕在化。痙性対麻痺,小脳症候,不随意運動,進行性認知機能障害を呈す。大脳白質の広汎な脱髄と脳梁の菲薄化を伴う。

SPGE� %EO�O,� AR �qE�-q�E 小児期に発病する複合型。皮膚白斑,白髪,軸索ニューロパチー,等を伴う。

SPGE� %��O,�� AR ��q�� 純粋型? 小児期に発病。

SPGE, *���EE� AR �qE�-qE�.� 純粋型で成年期に発病。脊椎椎間板症を合併。

SPGE� %��U�U, AR �Ep��.�-q�� 純粋型で,若年発症。四肢遠位の筋萎縮を伴う。

SPGEO %��U��� AR ��qEE.�-qE�.� 純粋型で成年期に発病。

SPGE� %��U��� AR ��qE�.�-qEE.� 純粋型? 下肢の感覚障害を伴う例あり。��歳代に発病。

SPGEU %��UOEO AD �p��.�-pE�.�複合型で聴力障害,食道裂孔ヘルニアによる嘔吐,出生直後に一過性の高ビリルビン血症を伴う。若年発症。

SPG�� %����,O AR Eq�O.� ��歳代-E�歳代前半に発病する複合型。小脳症候と末梢神経障害を伴う。

SPG�� #���E,� AD Ep��.E 純粋型。発病は成年期だが,幅がある。

SPG�E*� %���E,E AR ��q�E-qE�幼少時に発病。精神運動発達遅滞を伴う複合型。画像診断で大脳萎縮,脳梁の菲薄化,小脳萎縮などを伴う。

SPG�� #���E�� AD ��qE�.E 純粋型で成年期に発病。

SPG�� %���O,� XL XqE�-qE, 純粋型で若年発症。進行は緩慢。

SPG�, %��E��U AR ��qE�-qE�.�純粋型? 学童期に発症。歩行障害の進行が速い。一部にてんかん,精神運動発達遅滞あり。

SPG�O %���U�, AD �pE�.�-q��.� 純粋型。発病は成年期が多いが幅がある。

SPG�� %��E��, AD �p��-p�, ��歳代後半に発病し,痙性対麻痺に固有筋の萎縮を伴う。

SPG�U #��E�E� AR �Up��.� 学童期に発症。軸索性ニューロパチーにより四肢末梢の筋萎縮を伴う。

SLS*E #EO�E�� AR �Op��.E 魚鱗癬,精神運動発達遅滞,網膜色素変性症を伴う複合型痙性対麻痺。*�:SPG ; spastic paraplegia。*E:SLS ; Sjögren-Larsson 症候群。*�:AD;常染色体優性,AR;常染色体劣性,XL ; X 連鎖。*�:SLC16A2変異によるAllan-Herndon-Dudley症候群(AHDS,#���,E�)が SPGEE として提案されたが,登録は未確定。*,:SPG�� は欠番のまま。

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B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】

$) 常染色体優性脊髄小脳運動失調症(表 $t)

病因変異は二群に大別される。その第一は,特定の繰り返し配列(short tandem re-

peat)の異常伸長を病因とするものである。脊髄小脳運動失調症 5 型(SCA5),脊髄小脳

運動失調症 �型(SCA�),マシャド・ジョセフ病(MJD),歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 ��

表 $t 反復配列の異常伸長による常染色体優性脊髄小脳運動失調症

疾患

略号

病因遺伝子 リピート

配列

リピート数

遺伝子名 記号 MIM 正常 発病

SCA� Ataxin � ATXN1*���,,� (CAG)n �-�U ��-��

SCAE Ataxin E ATXN2*���,�O (CAG)n ��-�� ��-��

MJD/

SCA�Ataxin � ATXN3

*��O��O (CAG)n �E-�� ,�-��

DRPLA DRPLA protein(atrophin �) ATN1*��O��E (CAG)n �-�, ��-U�

SCA�P/Q type, voltage-dependent

Ca channel, a�A subunitCACNA1A

*������ (CAG)n �-�� E�-��

SCAO Ataxin O ATXN7*��O��� (CAG)n O-�O �O-���

SCA�Ataxin �

opposite strandATXN8OS

*������ (CTG)n �,-�� �U-�,,

SCA�� Ataxin �� ATXN10*����,� (ATTCT)n ��-EE E��-�,���

SCA�EProtein phosphatase E,

regulatory subunit BPPP2R2B

*����E, (CAG)n U-�� ,�-O�

SCA�O TATA box binding protein TBP*����O, (CAG)n EU-�E ��-,,

孤発例 53.5%

常染色体優性遺伝31.8%

常染色体劣性遺伝13.6%

X連鎖劣性遺伝 0.6%不明 0.4%

図 $r 遺伝性痙性対麻痺の疾患構成(文献[D�U]による)

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症(DRPLA),脊髄小脳運動失調症 ½型(SCA½),脊髄小脳運動失調症 5½ 型(SCA5½)はエ

クソン領域の(CAG)n が異常伸長するので,CAG リピート病と総称される。タンパク質

に翻訳されると異常伸長したグルタミンリピートとなることから,ポリグルタミン病とも

称される。すなわち,ハンチントン病と類似の変異である。脊髄小脳運動失調症 � 型

(SCA�)は電位依存性Ca チャネル a5Aサブユニット(CACNA1A)の C末端側のグルタミ

ンリピートが軽度に伸長することによる。伸長程度は少ないが,同じくポリグルタミン病

として分類されることが多い。これ以外では脊髄小脳運動失調症 56 型(SCA56)はイント

ロン領域の(ATTCT)n,脊髄小脳運動失調症 5� 型(SCA5�)ではプロモーター領域の

(CAG)n が異常伸長して転写阻害をきたすとされる。いわゆる “toxic RNA” 仮説である。

脊髄小脳運動失調症 S型(SCAS)では(CTG)n を含むゲノム遺伝子が双方向に転写されと

考えられている。逆向きに転写されて翻訳されたアタキシン S(ATXNSOS)には異常伸長

したグルタミンリピートが含まれる。すなわち,脊髄小脳運動失調症 S 型(SCAS)の病態

には転写障害と翻訳産物の新たな機能獲得という両方の分子機構が作用しているものと推

定されている。脊髄小脳運動失調症 56 型(SCA56)はアタキシン 56(ataxin 56 ; ATXN10)

遺伝子のイントロンにおいて(ATTCT)n が,脊髄小脳運動失調症 5� 型(SCA5�)は

PPP2R2B(protein phosphatase �, regulatory subunit B, b isoform)のプロモーター領域の

(CAG)n が異常伸長することに起因する疾患である。ともに現時点では,日本国内から

は,報告されていない。

第二群は塩基の置換,挿入,欠失などの“古典的な変異”に起因する疾患群である(表

$Y)。第一群に比較して頻度は少なく,日本ではタンパクキナーゼ C である PKCG(pro-

tein kinase C g-subunit)遺伝子のミスセンス変異による脊髄小脳運動失調症 5� 型

(SCA5�)がある。脊髄小脳運動失調症 5< 型(SCA5<)はイノシトール 5,�,<三リン酸受容

体(ITPR1)遺伝子の部分欠失によるが,一部にミスセンス変異を病因とするものがある。

日本では未だ報告をみていない疾患としては,b-スペクトリン(spectrin b, non-erythro-

cytic � ; SPTBN2)の変異による脊髄小脳運動失調症 < 型(SCA<),tau tubulin kinase �

(TTBK2)の変異による脊髄小脳運動失調症 55 型(SCA55),電位依存性カリウムチャネ

ル(potassium voltage-gated channel, Shaw-related subfamily,member G ; KCNC3)の変異

�� 各論

表 $Y 古典的な変異による常染色体優性脊髄小脳運動失調症

疾患

略号

原因遺伝子

遺伝子名 遺伝子記号 MIM

SCA, Spectrin b, non-erythrocytic E SPTBN2*���U�,

SCA�� Tau tubulin kinase E TTBK2*����U,

SCA��Potassium voltage-gated channel,

Shaw-related subfamily, member � ; KCNC�KCNC3

*�O�E��

SCA�� Protein kinase C, gamma PRKCG*�O�U��

SCA�, Inositol �, �, ,-triphosphate receptor ITPR1*��OE�,

SCAEO Fibroblast growth factor �� FGF14*���,�,

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による脊髄小脳運動失調症 5G 型(SCA5G),線維芽細胞増殖因子である FGF14(fibroblast

growth factor 5�)の変異による脊髄小脳運動失調症 �½ 型(SCA�½)がある。

これらの疾患では同一遺伝子であっても,変異の内容や部位により臨床像は修飾されて

いることが稀でない。遺伝子未同定の遺伝性運動失調症において,今後,頻度は少ないも

のの,当該遺伝子の古典的変異(点変異,欠失,挿入,重複など)によるものが増えてくると予

想される。それに伴い,日本でも新たな脊髄小脳運動失調症の加わる可能性は十分にある。

h) 常染色体劣性及びX連鎖脊髄小脳運動失調症(表 $r)

フリードライヒ運動失調症はフラタキシン遺伝子の第 5 イントロンに位置する(GAA)n

が異常伸長することに起因する疾患である。一部の患者は点変異を伴うアリルとの複合ヘ

テロ接合体である。欧米では頻度の高い疾患であるが,日本では未だ報告されていない。

日本で診療対象となる常染色体劣性脊髄小脳運動失調症は,家族性ビタミン E 単独欠

乏症(VED),Charlevoix-Saguenay 症候群(ARSACS),眼球運動失行と低アルブミン血

症を伴う早発性運動失調症(EOAH),常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 5 型(spinocere-

bellar ataxia, autosomal recessive 5 ; SCAR5),毛細血管拡張運動失調症(Louis-Bar 症候

群)の < 疾患が主なものとしてあげられる。フリードライヒ運動失調症以外は塩基置換,

挿入,欠失などによる“古典的な変異”によるものである。いずれも機能喪失変異によ

る。当該遺伝子の変異がもたらす転写への影響やタンパク質分子の機能障害の程度によ

り,予後や臨床症状は異なる。これ以外に,ATCAY遺伝子,ミトコンドリアに発現す

る C10ORF2遺伝子,SYNE1遺伝子の古典的変異を病因とする疾患がある。CABC1遺

伝子の変異による常染色体劣性脊髄小脳運動失調症 <型(SCAR<)は Coenzyme Q56補充

療法が有効なので,診断は治療法の選択にもなる。特異なものとして,脆弱X振戦/運動

失調症候群(FXTAS)が FMR1遺伝子における(CGG)n の軽度伸長を病因とすることであ

る。しかし,上記のいずれの疾患も,日本国内からは現時点では報告されていない。

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 ��

表 $r 常染色体劣性及びX連鎖脊髄小脳運動失調症の原因遺伝子

疾患

略号

病因遺伝子

遺伝子名 遺伝子記号 MIM

FRDA Frataxin FXN*����EU

AVED Tocopherol transfer protein, alpha TTPA*�����,

ARSACS Sacsin SACS*����U�

EAOH Aprataxin APTX*����,�

IOSCA Chromosome �� open reading frame E C10ORF2*����O,

SCAR� Senataxin SETX*�����,

SCAR� Synaptic nuclear envelope protein � SYNE1*������

SCARU Chaperone-activity of BC� complex-like CABC1*���U��

AT Ataxia-telangiectasia mutated gene ATM*��O,�,

ATCAY Caytaxin ATCAY*����OU

FXTAS Fragile X mental retardation � FMR1*��U,,�

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q) 遺伝性痙性対麻痺

現時点で当該遺伝子の解明されている 5<疾患について,表 $|に示した。いずれも古典

的な変異によるものであり,変異の部位により臨床症状も修飾される。表の中には,日本

ではまだ解析されていない疾患も多い。スクリーニング技術の進歩により,各疾患の頻度

は今後に明らかにされるものと期待される。

【遺伝学的特徴】

遺伝性脊髄小脳運動失調症の中で,ショートタンデムリピート(short tandem repeat ;

STR)の異常伸長を病因とする疾患には,共通した特徴がある。すなわち,リピート数と

発症年齢や疾患重篤度もしくは病型が相関することである。リピート数が多い程,発症年

齢は若年化し病像も多彩かつ重篤となる。反対にリピート数が少ない程に発症年齢は高齢

化し,緩慢進行性の小脳性運動失調が前景となり,附帯症候も目立たなくなる。浸透率は

高いとはいえ,リピート伸長程度が少ない場合には高齢発症となり,発病しても軽症とな

り,かつ進行も遅い。中でも脊髄小脳運動失調症 5 型(SCA5),脊髄小脳運動失調症 � 型

(SCA�),脊髄小脳運動失調症 �型(SCA�),脊髄小脳運動失調症 5½ 型(SCA5½)において

は,正常とされた母集団と高齢発症の患者群では,リピート数の境界が接近しており,一

�! 各論

表 $| 遺伝性痙性対麻痺の当該遺伝子と変異

疾患

略号

原因遺伝子

遺伝子名 遺伝子記号 MIM

SPG� L� cell adhesion molecule L1CAM*������

SPGE Myelin proteolipid protein PLP1*������

SPG�A Atlastin� ATL1*�����U

SPG� Spastin SPAST*���EOO

SPG,A Cytochrome P�,�, subfamily ⅦB, polypeptide � CYP7B1 +���O��

SPG�Nonimprinted gene in Prader-Willi syndrome/

Angelman syndrome chromosome region �NIPA1

*�����,

SPGO Spastic paraplegia O(pure and complicated autosomal recessive) SPG7*��EO��

SPG� KIAA��U� gene(Strumpellin) KIAA0196*����,O

SPG�� Kinesin family member ,A KIF5A*��E�E�

SPG�� Spastic paraplegia ��(autosomal recessive) SPG11*������

SPG�� Heat-shock �� kD protein �(chaperonin) HSPD1*����U�

SPG�, Zinc finger, FYVE domain containing E� ZFYVE26*��E��E

SPG�O Berardinelli-Seip congenital lipdystrophy E(Seipin) BSCL2*����,�

SPGE� Spastic paraplegia E�(Troyer syndrome) SPG20*��O���

SPGE� Spastic paraplegia E�(autosomal recessive, Mast syndrome) SPG21*������

SPG�� Receptor accessory protein � REEP1*��U��U

SPG�� Zinc finger, FYVE domain-containing EO ZFYVE27*���E��

SPG�U Patatin-like phospholipase domain-containing � PNPLA6*����UO

SLS Aldehyde dehydrogenase � family, member AE ALDH3A2*��U,E�

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部に重複のあることに十分な注意が必要である(表 $t)。さらに SCA�においては,正常

母集団において伸長程度が上限サイズのアリルのホモ接合体では,発病することがある。

このことから,遺伝カウンセリングにおいてクライアントの遺伝子伸長程度が境界領域で

ある場合には慎重な対応が必要となる。リピート数は生殖細胞系列の複製過程で不安定で

あるので,罹患している親と子どもでは当該遺伝子のリピート数が異なることも稀でな

い。一般に,父親から子どもへ疾患遺伝子が伝達される場合にはリピート数が伸長しやす

く,病像も重篤かつ多彩となることがある。これは表現促進現象と呼ばれる。結果として

同一家系内では発病年齢の異なった罹患者が混在するので,同一疾患とは思えない程に臨

床像に差をみることがある。この現象はマシャド・ジョセフ病や歯状核赤核・淡蒼球ルイ

体萎縮症で認められることが多い。一方,脊髄小脳運動失調症 S 型(SCAS)は(CTG)n が

伸長しても未発病例のあることに特徴がある。

塩基の挿入・置換・欠失などを病因とする脊髄小脳変性症において遺伝様式の違いは,

転写への影響,異常翻訳産物や翻訳タンパク質における分子機能の違いなどによる。この

群に属する常染色体優性脊髄小脳運動失調症としては,脊髄小脳運動失調症 5� 型

(SCA5�)と脊髄小脳運動失調症 5< 型(SCA5<)がある。発病年齢や附帯症候は,同一変異

であっても家系内で幅があり,さらに同一遺伝子の異なった部位の変異により臨床像は修

飾される。同様の傾向は常染色体劣性脊髄小脳運動失調症や遺伝性痙性対麻痺にも該当す

る。すなわち,単一遺伝子疾患においては,発病年齢や臨床像は当該遺伝子の変異に加え

て内因・外因で修飾されていることが普通である。

【遺伝子変異と遺伝子診断】

遺伝子異常が判明している疾患の当該遺伝子と変異については表 $t-$|にまとめて示し

た。

この中で,ショートタンデムリピート(STR)の異常伸長を病因とする脊髄小脳運動失

調症 5 型(SCA5),脊髄小脳運動失調症 � 型(SCA�),マシャド・ジョセフ病(MJD),歯

状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA),脊髄小脳運動失調症 �型(SCA�),脊髄小脳

運動失調症 ½ 型(SCA½),脊髄小脳運動失調症 S 型(SCAS),脊髄小脳運動失調症 5½ 型

(SCA5½)などの疾患群の遺伝子診断はリピートの反復回数を分析することで行われる。

これらの疾患の遺伝子診断においては,以下の � 項目に特に注意を払う必要がある。

(1)リピート数が少ない程に高齢発症かつ軽症となる。

(2)脊髄小脳運動失調症 S 型(SCAS)には(CTG)n が伸長していても未発症のことがあ

る。

(3)脊髄小脳運動失調症 5 型(SCA5),脊髄小脳運動失調症 � 型(SCA�),脊髄小脳運

動失調症 �型(SCA�)ではリピート数の伸長程度が少ないと発症と未発症の境界は

必ずしも明確ではない。

(4)稀に正常アリルの中間サイズのものが伸長して発病する新生突然変異(de novo mu-

tation)がある。

家族歴が不明で,臨床像が孤発性脊髄小脳変性症としては非典型例に対して,遺伝子診

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �"

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断を鑑別診断の目的で行う場合,結果として遺伝性脊髄小脳変性症であることが判明する

ことも稀でないので注意することが必要である。

一方,当該遺伝子の古典的変異による疾患の遺伝子診断では,病因となる遺伝子変異の

有無は当該ゲノム遺伝子領域の直接塩基配列決定法(シークエンス法)で行われることが多

い。予測された変異を認めない場合には,実質的には診断確定に至らないことも多い。結

論の出ない場合のあることを被検者に予め説明しておくことが必要である。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

遺伝性脊髄小脳変性症においては当該遺伝子の変異と疾患との関係が確立しているもの

については,病型診断の確定と除外診断ができることが遺伝子診断の意義である。さらに

孤発性脊髄小脳変性症であっても,発病年齢が若く,症状や経過が孤発性脊髄小脳変性症

としては非典型的な場合には,遺伝性脊髄小脳変性症との鑑別を要することがある。また

“皮質性小脳萎縮症”とされている症例の中には高齢発症であることから遺伝性疾患として

認識されていないことがある。一方,常染色体劣性脊髄小脳変性症においては常に家族歴

が得られるとは限らない。すなわち,臨床所見から遺伝性脊髄小脳変性症が疑われる場合

には,遺伝子診断の意義は高いと言える。しかし,臨床診断において最初は臨床情報に基

づいて病型診断の可能性を検討することが肝要である。すなわち,二次性運動失調症を鑑

別した後に,二世代以上にわたる家族歴,経過を踏まえた基本臨床症候,画像診断等の補

助検査を検討することである。血縁の発症者に関する臨床情報は重要であるが,個人情報

の取り扱いには慎重さを要する。臨床情報による病型診断は典型例では可能である。とは

いえ,早期の病型診断や,小脳性運動失調を主徴とした高齢発症者では,正確な病型診断

は遺伝子診断によらざるを得ない場合も多い。遺伝性痙性対麻痺や常染色体劣性脊髄小脳

運動失調症では臨床症候のみから病型診断するのは困難であるので,遺伝子診断の意義は

高い。遺伝子診断を単なる確定診断のための補助診断検査にとどめずに,結果を治療や療

養に活かすことが大切である。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

常染色体優性脊髄小脳運動失調症や遺伝性痙性対麻痺において,発端者の臨床診断は血

縁の罹患者の診断名につながり,未発症世代がいる場合にはその中に保因者のいる可能性

も示唆している。臨床情報にもとづく推定診断が,遺伝子診断により確定されても,遺伝

学的状況に何ら変化はない。しかし,遺伝子診断により確定診断したという確実性がもた

らす心理的負担は診療において十分に配慮されるべきである。遺伝子診断は被検者の同意

が原則であり,強要すべきものではない。稀な例として,若年発症例の常染色体優性脊髄

小脳運動失調症においては,両親の片方が軽症もしくは未発症である場合がある。この場

合,患児の確定診断は親の発症前診断に直結するので注意を要する。

常染色体劣性脊髄小脳変性症においては,遺伝子診断による診断確定は,両親の保因者

診断となることを考慮しておく。両親は同じ変異を有するとは限らず,異なった変異によ

る複合ヘテロ接合体による発病も稀でない。

�# 各論

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E.遺伝相談

以下に,診療において遭遇する代表的な事項について,ガイドラインを参考にまとめた

[A�E,A�U,A�E]。

(1)夫婦の片方が発病している場合には,健常な配偶者にも特別な配慮が望まれる。発

病者には家族の理解と支援が必要となるからである。

(2)遺伝情報の管理と開示の問題

家族や血縁者が患者の検遺伝子査結果を知りたいと希望する場合がある。その場合

の対応は被検者の承諾を原則とすることが望ましいが,同意の有無にかかわらず,

開示すべき場合もある。開示条件は「遺伝学的検査に関するガイドライン」(遺伝医

学関連 56学会)[A�E]が参考となる。教育,雇用,保険等においては,遺伝情報が

差別につながる危険性を考慮して開示は原則,禁止されている。

(3)発病前診断

患者の同胞や子供が発症前診断を希望する場合がある。具体的には,age at riskの

成人が希望する場合と,患者が子どもの検査を希望する場合がある。未成年の発症

前診断は被検者の将来の自由意思の確保と,養育への悪影響を考慮して,基本的に

は行われるべきでない。成人が発症前診断を希望する場合には,その背景を十分に

考慮した上で,臨床遺伝専門医を紹介する。

(4)出生前診断

遺伝性脊髄小脳変性症の多くは成人発症であるので,夫婦が子どもを産む年齢にお

いて未発症である場合も稀でない。祖父母が発病している場合の,出生前診断は親

の発病前診断の問題と直結する問題である。また,日本では一部の小児期の重篤な

単一遺伝子疾患に対する出生前診断は認められているが,遅発性の遺伝性疾患の出

生前診断は原則として認められていない。

�プリオン病 prion diseaseICD-��コード:A��

【概説】

プリオン病とは,�6番染色体短腕(�6pter-p5�)に位置する PRNP遺伝子にコードされ

るプリオン(prion)のコンフォーメーション変化が,病因・病態の中核をなすと考えられ

る,進行性の海綿状脳症(spongiform encephalopathy)の総称で,病像・病態の異なる複数

の疾患が含まれる。疾患概念の原型は,孤発性のクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-

Jakob disease ; CJD)であるが,発症機序・病態より大きく Gつに分類される。

(1)孤発性プリオン病

●クロイツフェルト・ヤコブ病(sCJD) ICD-��コード:A��.� MIM#�E����

ハイデンハイン(Heidenhain)病 ICD-��コード:A��.�

運動失調型クロイツフェルト・ヤコブ病

痙性偽硬化症 ICD-��コード:A��.�,F�E.�

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �$

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(2)PRNPの変異による遺伝性プリオン病

●家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(fCJD)

● ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(Gerstmann-Sträussler-

Scheinker disease ; GSS, GSD) ICD-��コード:A��.� MIM#��O���

● 致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia ; FFI)

ICD-��コード:A��.� MIM#����OE

(3)コンフォーメーション変化のあるプリオンによる獲得性プリオン病

●医原性クロイツフェルト・ヤコブ病;死体成長ホルモン,死体硬膜,脳波深部電極,

角膜など

●クールー(kuru) ICD-��コード:A��.� MIM#E�,���

ニューギニアにおける儀礼的人喰い習慣

●変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)

ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy ; BSE,俗にいう“狂牛病”)罹

患牛からの感染・伝播

臨床遺伝学的あるいは遺伝子診断・遺伝子解析という観点から注目すべき点として以下

の G点が挙げられる。

(1)プリオン病のうち,遺伝性のものは全体の約 5<%を占める。

(2)遺伝性のものの中には,不完全浸透の変異(遺伝性の約 �6%)によるものがあり,

一見孤発性のクロイツフェルト・ヤコブ病と考えられながら,不完全浸透の変異に

よる家族性クロイツフェルト・ヤコブ病であることがある。

(3)PRNPの変異には,遺伝性プリオン病の原因となるものとそうでない多型とがあ

るが,後者に関してプリオン病の病態を修飾する多型(modifier;修飾因子)が知ら

れている。

日常診療において,プリオン病一般の病態を理解するために,PRNP遺伝子の解析(遺

伝子診断)が考慮されることが少なからずあると推測される。その場合,修飾因子となる

多型のみの検索の場合と,遺伝性プリオン病の原因変異を含めた遺伝子解析(遺伝子診断)

の場合とでは,解析結果の持つ意味合いが大きく異なることを十分に理解して,遺伝子解

析・遺伝子診断を進める必要があり,被検者ないし代諾者・家族への事前の説明・カウン

セリングを適切に行うことが肝要である。後者の場合には,孤発性プリオン病と一見考え

られても,ある率で,遺伝性のプリオン病の原因変異が同定される。

A.臨床 【疾患概説】

$) 孤発性プリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病;Creutzfeldt-Jakob disease)

罹患率は人口 566 万人に 5人で,地域差はない。

古典型では,発症年齢は <6-�6 歳代が最も多い。初発症状は,記銘力,集中力,注意

力,判断力の低下,人格変化,異常行動,不眠などの精神症状が多い。続いて,歩行が緩

�% 各論

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徐になる,動作がのろい,手のふるえなどを認める。この時期が 5-数カ月続き,その後

認知障害(痴呆)が急速に進行するとともに,構音障害や発話の減少,小脳失調が進み,本

症に特徴的なミオクローヌスが加わる。症例によっては,小脳失調などが目立つ場合(運動

失調型)や,病初期に視覚失認等の後頭葉症状が前景にでること(ハイデンハイン病)がある。

経過は常に進行性で,最後は特徴的な無動性無言の状態から失外套状態となる。末期に

はミオクローヌスは消えることが多い。発症から死亡まで 5�.�±5�.Sカ月である。

検査所見は,血液生化学,髄液に特異的な異常はない。髄液中の 5�-G-Gタンパク質,

微小管タウタンパク質,あるいは神経細胞特異性エノラーゼ(neuron specific enolase ;

NSE)高値を早期に認める。

脳波は,初期は非特異的な徐波異常を呈するのみであるが,ミオクローヌスの出現する

ころからはこれと同期して,頭皮上の広い範囲から,周期的に繰り返す周期性同期性放電

(periodic synchronous discharge ; PSD)が出現する。進行するにつれ,基礎律動の周波数

は低くなり,PSD ばかりが目立ち,末期には消失し,低振幅の徐波のみとなる。この

PSDの出ている時期は巨大感覚誘発反応(giant sensory evoked response)が出現する。

CTスキャン,MRIでは,病初期には萎縮像はない。拡散強調MRIで,基底核,視床,

大脳皮質に異常高信号がみられる。進行してから急速に萎縮像が出現してくる。

コドン 5�<の多型と蓄積する異常プリオンタンパク質の組み合わせから,自律神経症状

の目立つ視床型,運動失調症状の目立つ運動失調型,認知症状の目立つ皮質型などのやや

非典型的な症候を示す症例がまれに存在する。

h) 遺伝性プリオン病

a) 家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(familial Creutzfeldt-Jakob disease)

遺伝形式は常染色体性優性である。

臨床症状は古典型の孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病と似ているが,中には非典型的

な症例もある。プリオン遺伝子に種々の変異がみいだされ,これが原因と考えられている。

b) ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(Gerstmann-Sträussler-

Scheinker disease)

遺伝形式は常染色体性優性である。

慢性の小脳症状と認知障害(痴呆)を呈しミオクローヌスを欠く。発症は �6-�6 代で,頻

度は極めて稀である。小脳失調または認知障害(痴呆)で発症し,慢性進行性の経過で,5-

56 年で死にいたる。痙性対麻痺の臨床像を呈する場合もあり,遺伝性脊髄小脳変性症,

遺伝性痙性対麻痺の鑑別診断としても重要である。

プリオンタンパク質から構成されるアミロイド斑(クールー斑)が病理学的特徴である。

脳組織の接種等により伝播が可能である。

プリオン遺伝子に種々の変異がみいだされ,これが病因であると考えられている。

c) 致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia ; FFI)

遺伝形式は常染色体性優性である。

初期には不眠や種々の自律神経障害が中心となり,その後小脳症状やミオクローヌスが

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 �&

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加わって,5年前後で死亡する。

PRNP遺伝子の c.<G�G>A(p.Asp5½SAsn)変異などが知られている。

なお,この Gつの病型に当てはまらないような症例も存在すること,同じ変異あるいは

同じ家系であっても症例により症候が異なることがあることに注意が必要である。

q) 獲得性プリオン病

a) 医原性クロイツフェルト・ヤコブ病

日本における報告は,ほとんど硬膜移植後の症例である。若年発症の傾向がある。古典

的な孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病と同様の症状,経過,病理を呈するものと,緩徐

に進行し,脳波で周期性同期性放電(PSD)を認めない,非典型的な症例とがある。後者

は,約 G6%を占める。

b) 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病

5<<�年,イギリスより報告された,ウシ海綿状脳症罹患牛から感染し,新たに発生し

たプリオン病である。若年者が多く,緩徐に進行し,脳波で周期性同期性放電(PSD)を認

めず,MRI-T�WIにて,視床枕に信号異常を認める。

【公的補助制度・その他】

●公的補助:厚生労働省の特定疾患治療研究事業の対象としての難病(特定疾患)に該当

し,医療費の公的補助の対象疾患である。

●サーベイランス:厚生労働省特定疾患対策研究事業として遅発性ウイルス感染調査研究

班(現,プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班)[C��]により,�666

年(平成 5� 年)より全国を 56ブロックに分けて,「クロイツフェルト・ヤコブ病サーベ

イランス」調査が行われている。

●支援団体:ヤコブ病サポートネットワーク http://www.cjd-net.jp/

代表:上田 宗 〒<6S-66�5 岐阜県中津川市本町 �-�-�S

TEL/FAX 6<½G-��-�<½6

連絡先;北海道 TEL 655-S5G-½6�<

東日本 TEL 6G-<G<5-�566

中 部 TEL 6<½G-��-�<½6

西日本 TEL 6½�S-½�-5�½S

メール;[email protected]

�' 各論

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B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *�O����

遺伝子記号:PRNP

遺伝子名: Prion protein

別称等: CDE��,PRP

染色体座: E�pter-p�E

遺伝子産物:Prion protein

【遺伝学的特徴】

孤発性及び獲得性のプリオン病においては,病因となる PRNP遺伝子変異は伴わない。

ただし,PRNP遺伝子コドン 5�<などの多型により病態や感染性が修飾される。

遺伝性プリオン病の場合,遺伝形式は常染色体性優性遺伝で,浸透率は PRNP遺伝子

変異によって異なる。

【遺伝子変異(病因変異及び多型)と遺伝子診断】

プリオン遺伝子(PRNP)は,� つのエクソンよりなるが,翻訳領域はすべてエクソン �

に含まれる。読み取り枠(open reading frame ; ORF)は �<G アミノ酸残基で,コドン <5 か

ら <5 には,コドン <5-<<のナノペプチド,それに続く � 回のオクタペプチドからなる計

<回の繰り返し配列が存在する。

遺伝子変異としては,繰り返し部分の欠失・挿入及び翻訳領域の一塩基置換が報告され

ている。疾患と関連する変異としては,遺伝性プリオン病の原因変異として,繰り返し部

分の挿入変異,一塩基置換のうち,ナンセンス変異とミスセンス変異とが知られ,約 G6

種の変異が遺伝性プリオン病の病因となる変異として報告されている。ミスセンス変異に

は,遺伝性プリオン病の病因とはならない多型が複数知られている。多型のうちには,c.

GS<A>G(p. Met5�<Val)多型のように,プリオン病の修飾因子あるいは疾患感受性に関連

するものが知られている。個々の変異についての詳細については,[D�U,C�E,C�O,

D��]の参考文献やデータベース及び各原著報告が参考となる。以下に,代表的ないくつ

かの変異を挙げておく。

$) 遺伝性プリオン病の原因変異

(1)挿入変異:コドン <5-<5 の部位にオクタペプチド(�� 塩基)の繰り返し配列が G回

以上挿入されている。日本では,� 回(<� 塩基),� 回(5�� 塩基),½回(5�S塩基)の

ものが報告されている。臨床像には幅があり,若年性アルツハイマー病,前頭側頭

型認知症(痴呆)との鑑別を要する場合もある。海外の報告家系であるが,S回(5<S

塩基)挿入例は,ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病及び類ハンチ

ントン病 5型(Huntington disease-like 5 ; HDL5)の家系である。

(2)c.G6<C>T(p.Pro56�Leu):ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病の

病因変異として最初に報告された変異である。失調型ゲルストマン・シュトロイス

ラー・シャインカー病を呈する。

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 ��

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(3)c.<G�G>A(p.Asp5½SAsn):家族性クロイツフェルト・ヤコブ病または致死性家族

性不眠症の病因変異である。同一アレルのコドン 5�<が Val の場合前者を,Met

の場合後者を呈する。

(4)c.<GSG>A(p.Val5S6Ile):高齢発症で,比較的緩徐な経過で,予後は �-�年。認知

症(痴呆)あるいは不安などの精神症状または運動失調で発症し,脳波で周期性同期

性放電(PSD)を認めないことが多い。c. GS<A>G(p. Met5�<Val)多型にて,パーキ

ンソン症状を呈する。

(5)c.<<SG>A(p.Glu�66Lys):家族性クロイツフェルト・ヤコブ病の病因変異として,

世界的に最も頻度が高く,日本においても多い。孤発性クロイツフェルト・ヤコブ

病と臨床像は類似している。

h) プリオン病の修飾または感受性多型

(1)c.GS<A>G(p.Met5�<Val)多型:すべてのプリオン病に影響する。孤発性クロイツ

フェルト・ヤコブ病では,p.Met5�< ホモ接合体では古典型または視床型を呈する。

ヘテロ接合体では,古典型またはアミロイド斑を伴う非典型例(運動失調を呈し,

PSDを呈することが少ない)を呈する。p.5�<Valホモ接合体はアミロイド斑を伴う

非典型例を呈する。遺伝性プリオン病においても,p.Asp5½SAsn 変異におけるよ

うに修飾因子となっている。伝播(感染)性プリオン病に関しても,変異型クロイツ

フェルト・ヤコブ病に関して,ほぼ全例が p.Met5�< ホモ接合体で,p.5�<Val は防

御的に働いていると考えられている。

(2)c.�<<A>G(p.Glu�5<Lys)多型:日本人において,p.�5<Lys アレルが遺伝子頻度と

して約 �%存在する。p.�5<Lys アレルは,PrPC から PrPScへの転換を抑制する可

能性が示唆されている。孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病でこの多型についてヘ

テロ接合体の症例は報告されていない。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

$) 孤発性プリオン病

孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病では,PRNP遺伝子の病因変異は存在しない。

遺伝性プリオン病との鑑別診断としての意義がある。また,遺伝性プリオン病の �6%

の症例は,不完全浸透の変異によるもので,家族歴が必ずしも明らかでなく,一見孤発性

と考えられるクロイツフェルト・ヤコブ病症例の中には,遺伝性プリオン病も含まれてお

り,そうした症例の確定診断には有用である。

コドン 5�<などの多型は,病因診断に関しては,直接的意義はなく,その意味では限界

があるが,前項〔B-�)-(5)〕に述べたように,病態・病型の修飾因子となっており,病態

の理解やサーベイランスにおいて有用で,一定の意義がある。

h) 遺伝性プリオン病

診断確定の上で,意義は大きい。家族性に発症が見られ,病原性と考えられる変異が見

�� 各論

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いだされれば,確定診断が得られる。遺伝子型・表現型(臨床病型)相関,すなわち遺伝子

変異によってある程度臨床病型との対応があるので,疾患の特徴や臨床経過を説明する上

でも意義がある。不完全浸透の変異が遺伝性プリオン病の �6%を占めることは,注意を

要する。

q) 獲得性プリオン病

確定診断の上では,意義は低い。コドン 5�<などの多型の解析は,感受性の検討など

サーベイランスや研究上,一定の意義を有する。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

プリオン遺伝子の遺伝子診断・遺伝子解析を実施する上では,

(1)遺伝性プリオン病の診断確定を目的とする場合

(2)孤発性プリオン病の臨床病型の修飾因子,または獲得性プリオン病における感受性

要因としてプリオン遺伝子多型を検索する場合

の異なる位置づけを明確に理解して行うことが必要である。さらに注意すべき点として

は,当初,孤発性プリオン病と考えて,上記(�)の目的で,プリオン遺伝子を調べたとこ

ろ,病原性の変異が見いだされる場合があり得ることである。遺伝性プリオン病の �6%

の症例は,不完全浸透の変異により家族歴が明らかでないことがある。すなわち,臨床像

及び家族歴のみにて,孤発性プリオン病との診断は必ずしもできない。孤発性と考えられ

る症例に対して,修飾因子となる多型に限定して解析を行う以外,プリオン遺伝子を解析

する場合には,特に遺伝性プリオン病の診断がつくことが常にあることを前提として,患

者ないし代諾者・家族への事前の説明ないしカウンセリングを行い,インフォームド・コ

ンセントを得ることが肝要である。遺伝性プリオン病の原因変異が同定された場合には,

血縁者に対する遺伝カウンセリング等,十分なフォローアップ体制を用意して対応してい

く必要がある。

E.その他 遺伝性プリオン病の病因変異に関して,個々の変異についての浸透率の正確なデータ

は,完備していない。

修飾因子となる多型は,病因ではないことを誤解なく理解する必要がある。また,不完

全浸透ということについての正確な理解,一般的な疾患感受性や修飾因子とを混同しない

ように注意が必要がある。

第 �� 章 治療法が未確立の遅発性の疾患 ��

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第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患

� 根治を目指した治療が可能となってきた遺伝性神経疾患

神経系の遺伝性疾患の中で,治療が可能になった疾患は,原因遺伝子が明らかになった

疾患に比べ,数は多くないが徐々に増えてきている。一般的に,これらの疾患は症状が進

行すると治療による改善は限定的になる特徴があるため,早期の診断確定と治療開始が重

要である。

遺伝性疾患の治療は原理的には遺伝子治療が根本的治療と考えられがちだが,遺伝性神

経疾患の治療において,通常の臨床に導入されたものはない。一方で,遺伝子治療によら

ない治療として,疾患の病態や代謝の特徴に応じた治療法が開発され,臨床的有用性が証

明されてきている。歴史的に,制限食や薬物療法により発症予防や早期治療の方法が明ら

かにされてきた。近年,疾患により酵素補充療法(enzyme replacement therapy ; ERT)や

移植治療の有効性が明らかになった。

治療の臨床的有用性が確立している疾患の多くは,先天性代謝異常症であり,通常は代

謝異常の特徴を証明することによって診断する。酵素補充療法の適応となる疾患では,さ

らに酵素学的な診断も必要となる。遺伝子レベルの診断が可能な疾患の場合は,保因者診

断や発症前診断等が行えるため,遺伝子診断の重要性は高い。遺伝子診断は,遺伝カウン

セリング上も大変重要な情報を提供する。

一般論として,治療ないし発症予防可能な場合,発症前診断により以下のことが可能と

なる。常染色体優性疾患では,発症前から治療を開始し,早期治療だけでなく,発症予防

を行える可能性がある。常染色体劣性疾患では,同胞(兄弟姉妹)に対して,早期に治療や

発症予防を行える。X連鎖疾患では,男性発症者に対して対応するだけではなく,母親

や姉妹などの保因者や女性発症者への対応を進めていける。

治療可能な遺伝性疾患については,一般に,早期に確定診断し,治療を開始することが

基本と考えられる。現に診療を行っている患者(発端者)のみならず,その家族・家系内の

治療対象者に対しても適切なアプローチを考慮する必要がある。以下の点を十分踏まえ

て,患者(発端者)及びその家族に遺伝カウンセリングを含めて診療を行う必要がある。

(1)家族・家系内の治療対象者を同定し,早期に治療プログラムを導入し,治療による

恩恵を最大限享受できることが理想と考えられる。遺伝カウンセリングと並行し

て,遺伝子診断をすすめられれば治療可能対象者の同定が容易なため,遺伝カウン

セリング体制の充実が重要である。

(2)いつから,どのような治療を開始すべきか医学的に検討する必要がある。

��� 各論

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(3)治療に対する動機付け,患者のアドヒアランス(adherence)を確立するため適切な

働きかけが必要である。

(4)早期診断・発症前診断の際の不安,結果告知の際の喪失感に対して,心理的サポー

トを行う中で,悲嘆ケアや包括的ケアサポートを行う必要がある。

疾患専門の神経内科専門医のみならず,疾患横断的な臨床遺伝専門医,遺伝カウンセ

ラー,看護師,臨床心理士などと密に連携をはかり,多専門職種アプローチを行うことが

重要である。

現在,治療法の確立している疾患のいくつかについて以下に概説する。

�) ライソゾーム病

ライソゾーム病は末梢血リンパ球や線維芽細胞などのライソゾーム酵素の活性測定で診

断することができる。いくつかの疾患においては,酵素補充療法によって症状を改善でき

ることが示されており,遺伝子組換え技術を用いて合成した酵素が治療薬として承認され

ている。いずれも,定期的な静脈注射を行う。タンパク質製剤であるため,IgE抗体の産

生にともなうアナフィラキシー反応の危険性や中和抗体の産生に伴って効果が減弱する可

能性があり投与には注意が必要である。免疫反応の特徴に応じて,ステロイド薬,抗ヒス

タミン薬,解熱鎮痛薬や抗炎症薬などの投与を併用するが,アドレナリンを使うなど継続

困難になる例もある。健康保険が適応され現在酵素補充療法が可能なものは,ファブリ

病,ゴーシェ病,糖原病Ⅱ型,ムコ多糖類症Ⅰ型,ムコ多糖類症Ⅱ型,ムコ多糖類症Ⅵ型

である。いずれも臨床症状から疾患を疑って,酵素診断によって診断を確定できる。遺伝

子診断は必ずしも一般的にはなっていない。酵素活性による保因者の診断は確実ではな

い。

ファブリ病(Fabry disease ; ICD-wx コード Eyz.| ;MIM#�xwzxx)は a-ガラクトシダー

ゼ(a-galactosidase)欠損で,遺伝子 GLAは Xq|w.�-q||に位置する。X連鎖劣性遺伝と

されるが,女性も発症することが多く,女性保因者と発症者の対応をする必要がある。男

児が発症している場合にその母などを含めた家系図上保因者となり得る女性への対応を考

慮する(注:一般的に,X 連鎖劣性遺伝と記載されるが,女性保因者の発症は稀ではな

く,厳密には劣性ではない。女性発症者は男性患者と比較して軽症の傾向にある)。

ゴーシェ病(Gaucher disease ; ICD-wx コード Eyz.| ;MIM#|�x�xx, #|�x�xx, #|�wxxx,

#|�wxxz, #�x�xw�)は b-グルコシダーゼ(b-glucosidase)欠損で,遺伝子 GBAは wq||に

位置し,遺伝形式は常染色体劣性遺伝である。酵素補充療法は,肝脾腫などには有効であ

るが,中枢神経症状に対する改善効果はあまり期待できないとされており今後の検討が必

要である。患者団体として,ゴーシェ病患者及び親の会(http://www�|.ocn.ne.jp/~mega-

pon/)がある。

糖原病Ⅱ型(ポンペ病;Pompe disease ; ICD-wx コード Ey¯.x ;MIM#|�|�xx)は酸性 a-

w,¯-グルコシダーゼ(acid a-w,¯-glucosidase)欠損で,遺伝子 GAAは wyq|z.|-q|z.�に位置

し,遺伝形式は常染色体劣性遺伝である。心不全を合併し重篤な転帰をたどる乳児型以外

に,遅発型(小児・成人型)があり,呼吸不全を伴う肢帯型筋ジストロフィー類似の症状を

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ���

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呈することがある。筋生検,酵素診断,遺伝子検査を組み合わせて早期に診断を確定する

必要がある。早期に酵素補充療法を行うほど,四肢・体幹の骨格筋や呼吸筋群の機能回復

による肺活量の増大の効果があがる酵素補充療法にリハビリテーションを併用することが

筋の機能回復に重要である。呼吸リハビリテーションも重要である。患者団体として,ポ

ンペ病の会(http://pompe.moo.jp/)がある。

ムコ多糖類症Ⅰ型(ハーラー/シャイエ症候群;Hurler/Scheie syndrome ; ICD-wx コー

ド Ey�.x ;MIM#�xyxw¯, #�xyxwz)は a-L-イズロニダーゼ(a-L-iduronidase)欠損で,遺伝

子 IDUAは ¯pw�.�に位置し,遺伝形式は常染色体劣性遺伝である。特有な顔貌(ガーゴイ

ル),低身長,肝脾腫,精神運動発達遅滞,関節拘縮,心疾患,角膜混濁を呈する。ムコ

多糖類症Ⅱ型(ハンター症候群;Hunter syndrome ; ICD-wx コード Ey�.w ;MIM+�x��xx)

もほぼ同様の症状だが,角膜混濁は呈さず,X連鎖劣性遺伝で,男性のみの発症である。

Xq|y.�-q|�に位置する遺伝子 IDSの変異によるイズロン酸 |-サルファターゼ(iduronate

|-sulfatase)欠損である。ムコ多糖類症Ⅵ型(マロトー・ラミー病;Maroteaux-Lamy dis-

ease ; ICD-wx コード Ey�.| ;MIM#|z�|xx)は,zpww-qw�に位置する遺伝子 ARSBの変異

によるアリルサルファターゼ B(arylsulfatase B)欠損である。患者団体として,日本ムコ

多糖症親の会(http://www.mps-japan.org/)がある。

酵素補充療法は高額であるが,健康保険が適応となっており,さらに自己負担分に対し

て成人は特定疾患治療研究事業により,小児は小児慢性特定疾患治療研究事業で自己負担

軽減措置が受けられる。

�) 遺伝性銅代謝異常症

ウィルソン病(Wilson disease ; ICD-wx コード E��.x ;MIM#|yy�xx)は,w�qw¯.�-q|w.w

に位置する遺伝子 ATP7Bの変異による銅輸送ATPアーゼ bポリペプチドの欠損または

異常によっておきる常染色体劣性遺伝性疾患である。発症頻度は,日本では出生人口当た

りで,�z,xxx 人に w 人と高頻度である。臨床症状やMRIの大脳基底核などの異常所見に

より疑い,血液・尿中銅,血清セルロプラスミン値などの特徴的検査所見から診断を確定

し治療を行う。肝生検やカイザー・フライシャー輪(Kayser-Fleischer ring)の存在も診断

に有用なことがある。ATP7B遺伝子変異による遺伝子診断レベルでも �x%くらいが診

断確定できる。一般的に診断が遅れることがあり問題である。早期診断後,キレート剤療

法(ペニシラミン,塩酸トリエンチン)や亜鉛(酢酸亜鉛水和物)の内服療法を早期に行うこ

とにより症状の改善と安定化が可能である。いずれも保険適応である。進行した症例など

では肝臓移植も行われることがあり,有効である。小児慢性疾患治療研究事業対象疾患で

あるが成人には適用されない(東京都では成人にも特定疾患制度が適用されている)。ウイ

ルソン病友の会(http;//www.jawd.org/)で患者支援の活動や情報提供が行われている。

セルロプラスミン遺伝子(CP)の異常による無セルロプラスミン血症(ICD-wx コード

E��.x ;MIM#�x¯|�x)や銅輸送ATPアーゼ aポリペプチド(ATP7A)遺伝子異常によるメ

ンケス病(Menkes disease ; ICD-wx コード E��.x ;MIM#�x�¯xx)なども治療法の検討がな

されている。

��� 各論

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�) アミノ酸代謝異常,尿素サイクル代謝異常,ガラクトース血症[D��,D��]

早期の制限食事療法などによる効果が期待できる先天性代謝異常症として,新生児マス

スクリーニング(newborn mass screening)の対象となっている遺伝性アミノ酸代謝異常

症があり,フェニルケトン尿症,メープルシロップ(楓糖)尿症,ホモシスチン尿症がガス

リー法(出生後,日齢 z 日に足底穿刺により採血,それを濾紙に染み込ませたもので行わ

れる)によるスクリーニング検査の対象となっている。同様に,遺伝性糖代謝異常のガラ

クトース血症もマススクリーニング検査の対象疾患となっている。新生児マススクリーニ

ングの対象疾患であっても,遅発発症もあり成人を含め,全年齢で対応する必要がある。

a) 芳香族アミノ酸代謝に関連した代謝異常症

フェニルケトン尿症(phenylketonuria ; PKU ; ICD-wx コード Eyx.x ;MIM#|�w�xx)は常

染色体劣性遺伝形式をとり,フェニルアラニン水酸化酵素(phenylalanine hydroxylase)欠

損により起きる。遺伝子 PAHは,w|q||-q|¯.|に位置する。出生時は正常だが,出生後

w 年以内に精神運動発達遅滞,振戦,痙攣などで発症し進行する。早期に診断確定し,

フェニルアラニン制限食を行えば,発症予防や症状改善が可能である。食事療法は,生涯

継続する必要がある。

異型フェニルケトン尿症は,古典的フェニルケトン尿症とは異なり,テトラヒドロビオ

プテリン(tetrahydrobiopterin ; BH¯)合成障害による BH¯の欠損により,高フェニルアラ

ニン血症をきたす。常染色体劣性疾患としてさまざまな疾患がある。いずれも,早期診断

後,天然型 R-BH¯の合成体である塩酸サプロプテリン(sapropterin hydrochloride)を投

与することで症状を改善可能である。また BH¯の合成障害によらないフェニルケトン尿

症であっても,w/�の症例で,BH¯ 投与で血清フェニルアラニンが低下する。BH¯ 負荷試

験で反応する場合は,BH¯療法により,フェニルアラニン制限食事療法を軽減できる可

能性がある。

常染色体優性遺伝形式をとる瀬川病(ICD-wx コード G|¯.w ;MIM#w|�|�x)は GTP シク

ロヒドラーゼ I(GTP cyclohydrolase I)の遺伝子異常によって BH¯の低下を呈するが,欠

損しないため高フェニルアラニン血症は生じず,レボドパの内服治療が標準とされる。遺

伝子 GCH1は,w¯q||.w-q||.|に位置する。

b) 分枝アミノ酸代謝異常

メープルシロップ(楓糖)尿症(maple syrup urine disease ;MSUD ; ICD-wx コード

Eyw.x ;MIM#|¯��xx)は常染色体劣性遺伝形式をとり,ケト酸が蓄積し,生後 w週以内に

筋緊張低下,嗜眠,摂食障害,低血糖,痙攣を示す。分枝鎖 aケト酸ジヒドロゲナーゼ

複合体(branched-chain a-keto acid dehydrogenase complex ; BCKD)のサブユニットの

うち,Ew aサブユニット(遺伝子 BCKDHA;遺伝子座 w�qw�.w-qw�.|),Ew bサブユニッ

ト(遺伝子 BCKDHB;遺伝子座 �qw¯),E| サブユニット(遺伝子 DBT;遺伝子座 wp�w),

E� サブユニット(遺伝子 DLD;遺伝子座 yq�w-q�|)の ¯つのサブユニットの変異が知ら

れている。分枝アミノ酸制限食により治療する。大量のビタミン Bwに反応する亜型が存

在する。

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ���

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c) 含硫アミノ酸代謝異常

ホモシスチン尿症(homocystinuria ; ICD-wx コード Ey|.w ;MIM+|��|xx)を呈する症例

の大半をシスタチオニン合成酵素(CBS ; cystathionine b synthase)欠損症が占め,新生児

マススクリーニングもこれを対象としている。単に「ホモシスチン尿症」という際には

CBS 欠損症を指すことが多い。生後徐々に症状を呈する。症状の基本病態は高ホモシス

テイン血症であり,これにより知能障害,水晶体脱臼,側彎,病的骨折,血栓・塞栓症な

どを呈する。治療として障害されている代謝経路へのメチオニンの負荷を軽減することに

よりホモシステインの生成を抑制し,不足するシスチンを食事に添加するため,低メチオ

ニン・高シスチン食事療法を行う。欧米では約半数にビタミン B� 反応性が認められ薬理

量の B�内服が奏効するが,本邦では B� 反応型は少数のみである。

CBS 欠損症のほかにもビタミン Bw|(コバラミン)吸収・代謝障害(メチオニン合成酵素

欠損症など)や葉酸代謝障害 (z,wx-methylenetetrahydrofolate reductase deficiency ;

MTHFR欠損症)でも尿中ホモシスチンの排泄を認め,それぞれビタミン Bw|,葉酸を投

与する。

d) 尿素サイクル代謝異常・高アンモニア血症

早期の治療介入という点で,尿素サイクル異常症(ICD-wx コード Ey|.|)が重要である。

尿素サイクルは zつの酵素による酵素反応により成り立つが,それぞれの段階の障害によ

り高アンモニア血症(ICD-wx コード Ey|.|)が起きる。高アンモニア血症と関連し神経伝

達物質代謝の障害や脳神経障害が起きる。カルバミルリン酸合成酵素 I(carbamoyl-phos-

phate synthase I ; CPS I)欠損症(MIM#|�y�xx;常染色体劣性遺伝;遺伝子 CPS1;遺伝

子座 |q�z),オルニチントランスカルバミラーゼ(ornithine transcarbamylase ; OTC)欠損

(MIM#�ww|zx ; X 連鎖劣性遺伝;遺伝子 OTC;遺伝子座 Xp|w.w,一般的に X連鎖劣性

遺伝と記載されているが,女性発症者もしばしばみられ,厳密には劣性でなく,semi-

dominant),シトルリン血症Ⅰ型〔アルギニノコハク酸合成酵素(argininosuccinate syn-

thase ; ASS)欠損症;MIM#|wzyxx;常染色体劣性遺伝;遺伝子 ASS1;遺伝子座

�q�¯.w〕,アルギニノコハク酸尿症〔アルギニノコハク酸リアーゼ(argininosuccinate

lyase ; ASL)欠損症;MIM#|xy�xx;常染色体劣性遺伝;遺伝子 ASL;遺伝子座 ypter-

q||〕,アルギニン血症〔アルギナーゼ(arginase)欠損症;MIM#|xy�xx;常染色体劣性遺

伝;遺伝子 ARG1;遺伝子座 �q|�〕が知られている。酵素活性の高低により新生児期に発

症する重篤なものから,遅発軽症型まであり得る。いずれも高アンモニア血症と意識障

害,精神運動発達遅滞などの中枢神経症状を引き起こす。シトルリン血症Ⅱ型については

次項参照。一般に,タンパク質摂取制限を行うが成長発達に必要な必須アミノ酸を補充す

る必要がある。アンモニアの排泄を促すため安息香酸ナトリウム投与により治療を試み

る。海外では,N-カルバミルグルタメート投与が行われているが,日本では入手できな

い。急性増悪などには,透析またはアルギナーゼ欠損症をのぞいてアルギニン静注療法を

検討する。近年,肝臓移植治療による成功例が報告されている。そのほか,OTC 欠損症

では女性も保因者か遅発軽症型となり,男性も遅発型もあるため,成人においても,鑑別

と診断・治療が重要である。

��� 各論

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高オルニチン血症・高アンモニア血症・ホモシトルリン尿症症候群(hyperornithine-

mia-hyperammonemia-homocitrullinuria syndrome ; HHH症候群;MIM#|���yx)は,常

染色体劣性疾患で,ミトコンドリア膜のオルニチントランスポーターの障害により高アン

モニア血症等をきたす疾患である。原因遺伝子は w�qw¯に位置する SLC25A15〔solute

carrier family |z(mitochondrial carrier ; ornithine transporter)member wz〕である。精神

運動発達遅滞や失調性歩行が認められるが,新生児期に発症するものから成人期に発症す

るものまであるので注意が必要である。治療では低タンパク質食の他,オルニチン投与の

効果が認められる症例も報告されている。

e) ガラクトース血症

ガラクトース血症(galactosemia ; ICD-wx コード Ey¯.|)は,ガラクトース代謝関連酵素

の異常による疾患で,ガラクトース w-リン酸ウリジルトランスフェラーゼ(galactose-w-

phosphate uridyltransferase ; GALT)欠損症(古典的ガラクトース血症;MIM#|�x¯xx;

遺伝子 GALT;遺伝子座 �pw�),ガラクトキナーゼ(galactokinase ; GALK)欠損症(ガラ

クトース血症Ⅱ型;MIM#|�x|xx;遺伝子 GALK1;遺伝子座 wyq|¯),ウリジン |-リン

酸ガラクトース-¯-エピメラーゼ(UDP-galactose-¯-epimerase ; GALE)欠損症(ガラク

トース血症Ⅲ型;MIM#|�x�zx;遺伝子 GALE;遺伝子座 wp��-p�z)が知られ,いずれ

も常染色体劣性遺伝形式をとる。GALT欠損症,GALK欠損症では治療としては乳児期

から,大豆乳や乳糖除去ミルクを与え乳製品などの乳糖を含む食品の摂取を一切禁止する

が,GALE欠損症では一般に無治療でよい。GALT欠損症では,知能障害,白内障,肝

硬変を呈し長期予後は症例ごとに異なる。

$) 成人型シトルリン血症(ICD-wx コード:Ey|.|,MIM#�x�¯yw)

成人型シトルリン血症(Ⅱ型シトルリン血症,CTLN|)は肝臓におけるアルギニノコハ

ク酸合成酵素(argininosuccinate synthetase ; ASS)の量的低下により,高アンモニア血症

と脳症をきたす常染色体劣性遺伝性疾患である。SLC25A13遺伝子(遺伝子座;yq|w.�,

遺伝子産物;シトリン)の異常によるシトリン欠損症で,小児発症の ASS遺伝子の異常に

よる古典的シトルリン血症(Ⅰ型,Ⅲ型)とは異なる。

成人型シトルリン血症は日本人を含む東アジアに多い疾患であり,日本人でのヘテロ接

合体の頻度は w/��程度と推測され,遺伝子頻度が高いため注意が必要である。多くの場

合 |x-¯x歳代に種々の程度の意識障害,痙攣発作,性格変化,行動異常を反復して気づか

れるが,臨床症状が多彩であるため診断が遅れることも多い。たとえば,抑うつ,幻覚,

妄想などを呈して精神疾患として加療されている場合,あるいはてんかんとして加療され

ている場合もある。患者は,大豆・乳製品・肉類など高タンパク質食を好み(特にピー

ナッツに対する嗜好が有名),糖質や飲酒を嫌う傾向があるので食癖に関する問診はとり

わけ重要である。

原因遺伝子の同定以降,シトリン欠損症の自然史が解明されてきている。それによれ

ば,シトリン欠損症では新生児期に胆汁うっ滞性黄疸や肝機能異常を呈する患者がいる

(シトリン欠損性新生児肝内胆汁うっ滞;neonatal intrahepatic cholestasis caused by

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ���

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citrin deficiency ; NICCD)。新生児肝内胆汁うっ滞は通常,一過性で比較的軽症に経過す

るが,その後,適応期(代償期)を経て,成人型シトルリン血症を発症するに至る。また適

応期以降に急性・慢性膵炎や肝癌を併発する症例が知られている。非アルコール性の膵炎

や非ウイルス性の肝癌患者を診た場合には,シトリン欠損症の可能性を念頭に置く必要が

ある。

成人型シトルリン血症の検査所見では高アンモニア血症,高シトルリン血症に加えて,

血漿アミノ酸分析でアルギニンの軽度上昇,スレオニン/セリン比の上昇が見られる。ま

た血中膵分泌性トリプシンインヒビター(pancreatic secretory trypsin inhibitor ; PSTI)の

高値は本症の補助診断として有用である。

根治療法は肝臓移植と考えられ,成功例が報告されている。不可逆的な脳症に至る前

に,診断確定後早期の肝臓移植が望まれる。肝臓移植までの治療は肝性脳症に準じて,血

漿アンモニア値のコントロールを行うが,食事療法として長期におよぶ高度なタンパク質

制限食は肝細胞の脂肪変性を促進させるので要注意である。脳症悪化時の脳浮腫に対し

て,グリセロールの使用は細胞質内 NADHの蓄積を助長し,病態を悪化させるので禁忌

である。肝臓移植ができない場合も考えて,現在,内科的原因治療として,低炭水化物・

高脂肪食,アルギニン製剤やピルビン酸製剤の有効性が検討されている。

家族性アミロイド多発ニューロパチー

familial amyloid polyneuropathy(FAP)[C�7,C�8,D�9]

別称:トランスサイレチンアミロイドーシス

ICD-��コード:E�@.�,G98.8

A.臨床 【疾患概説】

トランスサイレチン(transthyretin ; TTR)遺伝子の変異を病因とする,全身性のアミ

ロイド沈着症である。疾患頻度には民族差,地域差が極めて大きい。日本での患者数は約

|xx-�xx 人と推定される。

感覚・運動型の多発ニューロパチー,自律神経症状を主体とするニューロパチー型

(neuropathy type)と非ニューロパチー型(non-neuropathy type)が知られる。後者には心

筋症,不整脈,狭心痛などの心症状を主体とする心臓アミロイドーシス(cardiac amyloi-

dosis)と認知症,運動失調,脳出血,痙攣などの中枢神経症状を主体とする軟膜・中枢神

経アミロイドーシス(leptomeningeal/CNS amyloidosis)が知られている。これらの臨床像

の差異は主として遺伝子変異の差異による。

最も高頻度に見られる V�xM[c.w¯�G>A(p.ValzxMet)](補足参照)では,典型的には下

肢末梢から始まる感覚・運動ニューロパチーと自律神経症状を主徴とする(トランスサイ

レチン家族性アミロイド多発ニューロパチーⅠ型:TTR familial amyloid polyneuropathy

type Ⅰ)。発症年齢は成人期,特に �x-¯x歳代が多いが,より高齢発症も見られる。自律

神経症状としては,起立性低血圧,交代性の下痢・便秘,周期性の嘔気・嘔吐,陰萎,排

尿障害,発汗異常などが高頻度に見られる。感覚・運動ニューロパチーは次第に上行し

��A 各論

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て,体幹,上肢に至る。進行期には心・腎アミロイドーシスによる心・腎機能障害,硝子

体混濁をきたす。通常,中枢神経系は障害されない。手根管症候群を主症状とするトラン

スサイレチン家族性アミロイド多発ニューロパチーⅡ型(TTR familial amyloid polyneur-

opathy type Ⅱ)も知られる。末梢神経障害を主徴とするⅠ型,Ⅱ型患者で見られる代表

的な変異は V�xM[c.w¯�G>A(p.ValzxMet)]の他には V|�M[c.w¯|G>A(p.Val¯�Met)],

Lz�H[c .|��T>A(p .Leuy�His)],Lz�R[c .|��T>G(p .Leuy�Arg)],KyxN[c .|yxA>C

(p .Lys�xAsn)],Yy�F [c .|��A>T(p .Tyr��Phe)],I�¯S [c .�wwT>G (p . I lewx¯Ser)],

Yww¯H[c.¯xxT>C(p.Tyrw�¯His)]などである。

心臓アミロイドーシスでは Dw�N[c .ww|G>A (p .Asp��Asn)],Dw�E [c .ww¯T>A

(p.Asp��Glu)],V|xI[c.ww�G>A(p.Val¯xIle)],P|¯S[c.w�xC>T(p.Pro¯¯Ser)],A|zT

[c .w��G>A (p .A la¯zThr)],E¯|D [c .w��G>T (p .G lu¯|Asp)],A¯zT [c .w��G>A

(p.Ala�zThr)],T¯�P[c.|xzA>C(p.Thr��Pro)],SzxI[c.|x�G>T(p.SeryxIle)],Hz�R

[c .||yA>G (p .Hisy�Arg)], I��L [c .|�|A>C (p . I le��Leu)], I��L [c .|�|A>T

(p .Ile��Leu)],A�wT[c .�xwG>A(p .AlawxwThr)],Q�|K[c .��¯G>A(p .Gluww|Lys)],

Rwx�S [c .��yC>A (p .Argw|�Ser)],LwwwM [c .��wC>A (p .Leuw�wMet)],Vw||I

[c.¯|¯G>A(p.Valw¯|Ile)]などの変異が知られている。鑑別すべき類似の病態として,老

人性全身性アミロイドーシス(senile systemic amyloidosis ; SSA)がある。これは高齢者に

おいて野生型 TTR が沈着する病態であるが,特に心臓への沈着が目立つため,以前は老

人性心アミロイドーシスと呼ばれていた。しばしば無症状であり,偶発的に胸部 X線や

心電図の異常により発見されることが多い。また野生型 TTRの沈着により手根管症候群

をきたすことも知られている。しばしば両側性であり,心アミロイドーシスよりも若年発

症の傾向がある。これらの患者では無症状ながら消化管へのアミロイド沈着も確認されて

いる。いずれにしてもTTRは野生型であっても,加齢などの他の要因と複合してアミロ

イド原性(amyloidogenic)になり得ると考えられる。

軟膜・中枢神経アミロイドーシスでは軟膜,クモ膜,あるいはクモ膜下腔の血管壁にア

ミロイドが沈着する。Lw|P[c.�zT>C(p.Leu�|Pro)],Dw�G[c.ww�A>G(p.Asp��Gly)],

V�xG [c .w¯�T>G (p .ValzxG ly)],A��P [c .w��G>C (p .A laz�Pro)],Gz�E [c .|w�G>A

(p .G lyy�G lu)],F�¯S [c .|zwT>C (p .Phe�¯Ser)],Y��H [c .|�zT>C (p .Tyr��His)],

Yww¯C[c.¯xwA>G(p.Tyrw�¯Cys)]が代表的な変異である。この中で硝子体混濁を伴う病

型は眼・軟膜アミロイドーシス(oculoleptomeningeal amyloidosis)と称される。

現時点で有効な治療法は肝臓移植である。肝臓移植により変異TTRの主要な産生源で

ある肝臓を取り除くことにより,末梢神経障害の進展を阻止できる。肝臓移植の適応とし

て,以下が挙げられる。

(1)zx歳以下

(2)発症から z年以内

(3)多発ニューロパチーが下肢に限局しているか,または自律神経症状のみ

(4)明らかな心・腎障害がない

一方,経験的に以下の場合,肝臓移植の機能予後が悪い。すなわち,術前の栄養状態が

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ��B

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悪い場合,多発ニューロパチーが重度な場合,高度の起立性低血圧や尿失禁など,著しい

自律神経障害がある場合,などである。また,非ニューロパチー型(心臓アミロイドーシ

ス,軟膜・中枢神経アミロイドーシス)では移植は有効ではないとされる。

本症患者から摘出された肝臓はドミノ移植に使用され得るが,ドミノ移植されたレシピ

エントが ¯年後に消化管のアミロイド沈着をきたした,あるいは �-�年後に本症を発症し

たことが報告されている。

【公的補助制度】

厚生労働省の特定疾患治療研究事業の対象としての難病(特定疾患)に該当し,医療費の

公的補助の対象疾患である。サポート組織として,家族性アミロイド多発ニューロパチー

の患者・家族,支援者で組織する「道しるべの会」(http://homepage|.nifty.com/fap/)がある。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : +�F98��

遺伝子記号: TTR

遺伝子名: transthyretin

染色体座位: ��q��.7-q�7.�

遺伝子産物: transthyretin

【遺伝学的特徴】

遺伝形式は常染色体優性遺伝。片親に遺伝子変異がある場合,再発危険率は zx%であ

る。ただし浸透率は wxx%ではない。遺伝子変異を有しながら高齢になっても無症状の場

合がある。浸透率は遺伝子変異,民族・地域によって異なる。一般に集積地では非集積地

に比べ,浸透率が高いとされている。

【遺伝子変異と遺伝子診断】

TTR変異の大半は一塩基置換であり,現在までに wxx以上の異なる変異が同定されて

いる。全世界的に最も高頻度に見られる変異は V�xM[c.w¯�G>A(p.ValzxMet)]である。

大半の患者は遺伝子変異のヘテロ接合体であるが,ホモ接合体の患者も報告されている。

V�xM[c .w¯�G>A(p .ValzxMet)]は PCR-RFLP により容易に検出される。V�xM

[c.w¯�G>A(p.ValzxMet)]が同定されない場合,TTRの ¯つのエクソン,およびエクソ

ン・イントロン境界部の PCR-直接シークエンス解析を行う。遺伝子診断の前に血清中の

トランスサイレチンの質量解析により変異トランスサイレチンの存在を検出できる場合が

ある。

家族性アミロイド多発ニューロパチー(家族性アミロイドーシス)の遺伝子診断は |xx�

年(平成 |x年)¯月から保険収載されたが,安定的な検査体制は整備されていない。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

病歴,臨床所見から本症を疑った場合,まず生検組織におけるアミロイド沈着の証明を

��C 各論

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行う。生検部位としては,腹壁脂肪組織,胃粘膜,腓腹神経などである。生検組織の抗ト

ランスサイレチン抗体を用いた免疫染色により診断は確定される。遺伝子診断は最終的な

診断の確認のために行われる。遺伝子変異の同定により,ある程度,臨床病型,予後を予

測することができる(表 �S)。また肝臓移植後の予後は遺伝子変異の種類によって異なる

可能性があるため,肝臓移植を考慮する際には,遺伝子変異の同定は必須である。罹患

者における遺伝子変異情報は生体肝臓移植のドナー候補の選定の際にも不可欠の情報とな

る。

【発症前診断】

発症後の早期の肝臓移植に向けた準備の意向のある場合や,生体肝臓移植のドナー候補

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ��D

表 �S 家族性アミロイド多発ニューロパチーの臨床病型と遺伝子型

臨床病型 症 状 遺伝子変異(補足)

アミロイド多発ニュー

ロパチー

感覚・運動障害型の多発ニューロパチー,

自律神経症状,

手根管症候群

進行期には心・腎アミロイドーシス,

硝子体混濁,など

V7�M[c. ��7G>A(p. Val��Met)],

V8�M[c. ���G>A(p. Val@�Met)],

L@�H[c. 788T>A(p. LeuF9His)],

L@�R[c. 788T>G(p. LeuF�Arg)],

KF�N[c. 7F�A>C(p. Lys��Asn)],

YF�F[c. 7�8A>T(p. Tyr��Phe)],

I��S[c. 8��T>G(p. Ile���Ser)],

Y���H[c. ���T>C(p. Tyr�8�His)]

心臓アミロイドーシス 心拡大,

不整脈,

狭心痛,

うっ血性心不全,

突然死

D��N[c. ��7G>A(p. Asp8�Asn)],

D��E[c. ���T>A(p. Asp8�Glu)],

V7�I[c. ���G>A(p. Val��Ile)],

P7�S[c. �8�C>T(p. Pro��Ser)],

A7@T[c. �88G>A(p. Ala�@Thr)],

E�7D[c. ��9G>T(p. Glu�7Asp)],

A�@T[c. ��8G>A(p. Ala9@Thr)],

T��P[c. 7�@A>C(p. Thr9�Pro)],

S@�I[c. 7��G>T(p. SerF�Ile)],

H@9R[c. 77FA>G(p. HisF9Arg)],

I9�L[c. 797A>C(p. Ile��Leu)],

I9�L[c. 797A>T(p. Ile��Leu)],

A��T[c. 8��G>A(p. Ala���Thr)],

Q�7K[c. 88�G>A(p. Glu��7Lys)],

R��8S[c. 89FC>A(p. Arg�78Ser)],

L���M[c. 8��C>A(p. Leu�8�Met)],

V�77I[c. �7�G>A(p. Val��7Ile)]

軟膜・中枢神経アミロ

イドーシス

認知症,

運動失調,

痙攣,

痙性麻痺,

脳出血,精神異常,

水頭症

L�7P[c. �@T>C(p. Leu87Pro)],

D��G[c. ��8A>G(p. Asp8�Gly)],

V8�G[c. ���T>G(p. Val@�Gly)],

A89P[c. �99G>C(p. Ala@9Pro)],

G@8E[c. 7��G>A(p. GlyF8Glu)],

F9�S[c. 7@�T>C(p. Phe��Ser)],

Y9�H[c. 79@T>C(p. Tyr��His)],

Y���C[c. ���A>G(p. Tyr�8�Cys)]

Page 62: 各論 - 日本神経学会¯,フレームシフトは生じず(inframe),異常なサイズのジストロフィンが合成される。 女性保因者の診断は,その家系のデュシェンヌ型筋ジストロフィーないしベッカー型筋

の選定などの目的で家系内のアット・リスク(at risk)の健常者が発症前診断を受けること

がしばしばある。

特にドナー候補の選定を目的とする場合は,いくつか注意すべき点がある。まず生体肝

臓移植のドナー候補となり得る家族に対して,発症前診断が強要されやすい状況が想定さ

れる。発症前診断を受けようとする被検者の自発的な意思,目的を慎重に見極めることが

とりわけ重要である。発症前診断は通常,成人が対象であるが,未成年の子どもが,罹患

した片親に対する肝移植のドナー候補になることを希望するという場合があり得る。この

場合には未成年であるという理由だけで一律に発症前診断を拒否することは問題である。

当事者の意思,家庭の事情など十分に精査した上で個別の事例毎に慎重に対処,判断すべ

きである。

本症は遅発性疾患であり,原則的に認知・精神機能が障害されず,肝臓移植が治療法と

して定着してきていることから通常,出生前診断は適応にならない。

将来的に,アミロイド生成の抑制効果を持つ薬剤が広く使用できるようになれば,発症

前診断の臨床的意義はさらに増すことが予測される。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

罹患者では生検組織でアミロイドーシスであることを確認することが必要である。浸透

率は wxx%ではないため,TTR変異を有することがただちに症状に結びつくとは限らな

いからである。可能であれば,抗トランスサイレチン抗体を用いた免疫染色により生検組

織中のアミロイドがトランスサイレチン由来であることを確認する。

E.その他 本症の発症機序として,遺伝子変異によりトランスサイレチンの安定性が低下すること

が推察されている。すなわち変異によりトランスサイレチンの構造変化が生じ,安定な四

量体が単量体に乖離しやすくなることがアミロイド生成を加速すると考えられている。現

在,トランスサイレチン四量体の安定性を高める薬剤の臨床試験が進行中である。

【補足】

TTRの変異の表記については,一般に,シグナルペプチドが除かれた成熟トランスサ

イレチンタンパク質のアミノ末端(N末)を w番としたアミノ酸残基(ないしコドン)番号

のアミノ酸置換によって変異を示していることが多い。本ガイドラインでもこの表記に

従ったが,[ ]に,ヒトゲノム変異学会(Human Genome Variation Society ; HGVS)の勧

告による,オープンリーディングフレーム(ORF)を基準とした表記を示した。

��� 各論

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副腎白質ジストロフィー

adrenoleukodystrophy(ALD)[C�7,D�F,D�7,D�@,D�F]

ICD-��コード:EF�.8A MIM#8�����

A.臨床 【疾患概説】

主として中枢神経系の広範な脱髄を示す X連鎖劣性遺伝疾患である。好発年齢は,z-

wz歳くらいであるが,成人発症例もある。神経症状の出現に先立って,皮膚の色素沈着

など副腎皮質機能低下が見られることもあるが,臨床的に明らかな副腎不全症状を合併す

る例はむしろ少ない。

小児期発症例では,行動異常,知能低下,性格変化,視力低下などの症状で始まり,進

行性の経過をとる。通常 |-�年で除皮質硬直ないし除脳硬直を示すようになる。経過中,

痙攣発作が高頻度に出現する。

思春期あるいは成人発症例で多く見られるのは,痙性対麻痺を主症状とする副腎脊髄

ニューロパチー(adrenomyeloneuropathy ; AMN)である。歩行障害,四肢の腱反射の亢

進,知覚障害(脊髄性のことが多い),尿失禁,軽度の末梢神経障害(電気生理学的に証明

できる程度の軽度のものが多い)などが特徴である。このほかにも,病初期に脱髄病巣が

小脳白質,脳幹部の錐体路に見られる例や,成人発症例で,小児期に見られるのと同様の

広範な大脳白質の脱髄を示し進行性の経過を示す例もある。

通常女性保因者は発症しないが,中には,高齢になってから軽度の痙性対麻痺で発症す

るマニフェスティングキャリアー(manifesting carrier)の存在も知られている。

画像診断にて白質ジストロフィーの所見を認めることが特徴である。CT,MRIで,脱

髄の進行している領域に一致して造影効果が認められる。血中 ACTHの高値,血中コル

チゾールの低下や,ACTH刺激試験で副腎皮質機能低下を示す例があり,これを認めた

場合は診断の参考になる。副腎脊髄ニューロパチーでは,通常,画像所見では異常を認め

ない。

生化学的異常としては,炭素数 |z:x,|�:xなどの極長鎖飽和脂肪酸の増加が血清や,

全身の細胞で認められ,生化学的診断法として用いられている。

白質ジストロフィー(leukodystrophy)をきたす疾患の鑑別としては,異染性白質ジス

トロフィー(metachromatic leukodystrophy ;MLD),クラッベ病(Krabbe disease),カナ

ヴァン病(Canavan disease),アレキサンダー病(Alexander disease),那須・ハコラ病

(Nasu-Hakola disease),ヴァニッシングホワイトマター病(vanishing white matter dis-

ease ; VWM),ミトコンドリア脳筋症などがある。進行性多巣性白質脳症(progressive

multifocal leukoencephalopathy ; PML),中枢神経系ループスなど膠原病に伴う中枢性病

変などとの鑑別も必要である。また,ズダン好性白質ジストロフィー(sudanophilic leuko-

dystrophy)と呼ばれ病因の確定していない白質ジストロフィーも鑑別が必要である。

小児大脳型については,発症早期の段階(動作性知能指数が �x以上)で,造血幹細胞移

植の治療効果が確認されてきている。移植後,病状が安定するまでに w年から w年半程度

を要すると言われており,早期に診断を確定し,造血幹細胞移植の適応を検討することが

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ���

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大切である。発症早期の症状から本疾患の可能性を積極的に考えることが何よりも重要で

ある。副腎不全があれば,ステロイドホルモンの補充療法を行うが,神経症状に対しては

治療効果はない。

【公的補助制度】

厚生労働省の特定疾患治療研究事業の対象としての難病(特定疾患)に該当し,医療費の

公的補助の対象疾患である。

B.遺伝学及び遺伝子診断

【遺伝子】 MIM : *8��8F�

遺伝子記号: ABCD1

遺伝子名: ATP binding cassette, subfamily D, member �

染色体座: Xq7�

遺伝子産物: ATP binding cassette, subfamily D, member �

(Adrenoleukodystrophy protein, ALDP)

【遺伝学的特徴】

遺伝形式は X連鎖劣性遺伝である。発症年齢は非常に幅広いが,全体としてみれば浸

透率は高い疾患であると考えられている。稀に,女性で,高齢になって痙性対麻痺の症状

を呈することがある。発症年齢は �歳頃から成人まで幅が広い。

【遺伝子変異と遺伝子診断】

ABCD1の遺伝子変異により診断が確定する。遺伝子変異の種類は,点変異,欠失など

種類が多く,特定の遺伝子変異が多いということはない(創始者効果はみられない)。した

がって,遺伝子診断に際しては,エクソン,スプライス部位などの全塩基配列を調べる必

要がある。また,同一の遺伝子変異を有していても,小児期発症の大脳型を示す場合もあ

れば,成人発症の副腎脊髄ニューロパチーを示す場合まで,さまざまであり,遺伝子変異

から病型を予測することができない。同一家系においてもさまざまな病型の存在が知ら

れ,遺伝子型と表現型に相関はない。現在のところ,臨床病型(表現型)を修飾する因子が

何によって規定されているか解明されていない。

C.臨床神経学における遺伝子診断の意義,有用性

副腎白質ジストロフィーの臨床病型は,小児大脳型から副腎脊髄ニューロパチー,副腎

不全のみというように幅が広いこと,小児大脳型に対しては早期の造血幹細胞移植が望ま

しいこともあり,本疾患の可能性を積極的に考慮して診断を進めることが必要である。小

児の場合は,家族や校医などによって気づかれるのが遅くなりがちであり,学童男児で学

業成績の低下や,軽度の行動異常,視力の低下など何らかの神経症状が疑われる場合は本

疾患の可能性を考慮し,極長鎖脂肪酸の検査や画像診断を積極的に行う。思春期∼成人で

は,痙性不全対麻痺を呈することが多いが,時に錐体路徴候を示さず,性格変化や知的機

��� 各論

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能の低下などで発症することもある。

以上のように,発症年齢,臨床所見から,本疾患の可能性を考慮することがポイントで

あり,診断に際しては,画像所見,生理学的検査,極長鎖脂肪酸の検査を進めることが重

要である。診断については,通常,極長鎖脂肪酸の増加と,臨床所見から診断の確定は可

能であり,診断確定のために遺伝子診断は必須ではない。ただし,極長鎖脂肪酸の増加が

軽度であり臨床的に本疾患の可能性が疑われる場合は,遺伝子診断によって診断を確定す

ることが必要となる。極長鎖脂肪酸の増加は,ツェルヴェーガー症候群(Zellweger syn-

drome)などのペルオキシソーム病でも上昇するので,診断にあたってはこのことも考慮

に入れる必要がある。上述したように,遺伝子変異から発症年齢,臨床病型を予測するこ

とはできないので,遺伝子診断の臨床的意義は診断の確定にとどまる。

D.遺伝子診断の適応を考慮する上でのポイント

診断を進める上で,極長鎖脂肪酸の検査,画像診断,生理学的検査が重要であり,遺伝

子診断の適応はその上で判断する。極長鎖脂肪酸の上昇が軽度の場合は,判断に苦慮する

場合があり,遺伝子診断による確定が必要となる。小児大脳型のように,早期の造血幹細

胞移植の適応が考慮される場合は,診断の確定をできるだけ急いで行うことが重要であ

る。遺伝子診断が迅速に実施できる状況があれば,遺伝子診断により,早期に確実な診断

を得ることができる。遺伝子診断の結果については,診断確定についての説明,疾患の臨

床症状,予後,治療法などについての説明を行い,十分な情報提供を行う。

E.その他 本疾患は,X連鎖劣性遺伝で,家族に対する遺伝カウンセリングが重要となる。遺伝

カウンセリングに際しては,遺伝についての家族に対する説明,特に母親への説明は心理

的ストレスなどがかかりやすい状況も考慮し,十分に配慮をする。心理及び精神面でのサ

ポート体制の準備も重要となる。

本疾患の遺伝カウンセリングについて特に配慮すべきことは,家系内で遺伝子変異を共

有している可能性のある男性がいる場合である。小児大脳型に対しては,動作性知能指数

が �x以上の発症早期の段階での造血幹細胞移植の治療効果が確認されてきているので,

基本的に,遺伝子変異を共有している可能性のある男児がいる場合は,診断確定を積極的

に進めることが望ましい。家族への説明,さらに血縁者に説明を拡げていく場合,本疾患

についての十分な理解を得つつ,時間をかけて慎重に進めていく配慮も必要である。これ

までの造血幹細胞移植の治療効果をレビューすると,家系内で遺伝子変異を共有している

可能性のある男児を早期に見出して,適切なタイミングで造血幹細胞移植を実施した場合

の治療成績がよい。

保因者診断については,極長鎖脂肪酸の分析では wz%程度が正常域と重なることに留

意する。したがって,保因者診断については,遺伝子診断を行うことが必要となる。患者

の母親は,一般に保因者であることが多いが,稀に母親が保因者でなく,新生突然変異や

母親の生殖細胞モザイシズムにて子どもに発症することもある。

第 �� 章 治療法が具体化しつつある疾患 ���