怪盗クイーンと魔界の陰陽師 - kodansha
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★怪盗クイーン お蔵出し その2★
Scene 08・01
「ゲルブくん、速は
や
くなったねぇ。」
ウルリッヒが、ゲルブの動う
ご
きを見み
て感か
ん
心しん
した声こ
え
をあげる。
「ええ……まぁ。」
ぼそぼそとこたえるゲルブ。ほめられることになれてないのだ。
「そういうあんたは、なにいってんだい。ゲルブちゃんの何な
ん
万まん
倍ばい
も作さ
業ぎょう
してんのに、あっという間ま
にぬかれちまったじゃないか。」
ウルリッヒの妻つ
ま
──アネッテが、腰こ
し
に手て
をあててウルリッヒをにらむ。
「まったく、手て
はおそいくせに、口く
ち
だけはよく動う
ご
くんだからね。こまっ
たもんだよ。この間あ
いだ
だって、台だ
い
所どころ
の棚た
な
を直な
お
すのにまるまる二ふ
つ
日か
もかかる
んだもんね。あんなの、釘く
ぎ
を数す
う
本ほん
打う
つだけの作さ
業ぎょう
じゃないか。庭に
わ
の柵さ
く
を
直なお
すときは、おとなりのヴォルフさんと話は
な
しこんで一か月げ
つ
もかけちまっ
て、まったくあきれたよ。ヴォルフさんも、こまってたじゃないか。ほ
んとうに、口く
ち
より先さ
き
に手て
を動う
ご
かしてほしいもんだよ、まったく。」
雷ら
い
雨う
のようなアネッテのことばを浴あ
びながら、
「いや……おまえには負ま
ける……。」
ウルリッヒがぼそりといった。もちろん、きこえないように。
すると、遠と
お
くからパトカーのサイレンがきこえてきた。
「なんだろうね、こんな時じ
間かん
に……。」
不ふ
安あん
そうなアネッテの声こ
え
。
「また、泥シ
ュラムプッペ
人形の宝ほ
う
石せき
泥どろ
棒ぼう
がでたんじゃないか?」
ウルリッヒが、ゲルブに視し
線せん
をうつす。
「ゲルブくんも気き
をつけるんだよ。宝ほ
う
石せき
を盗ぬ
す
むためなら、相あ
い
手て
が女お
んな
子こ
ど
★怪盗クイーン お蔵出し その2★
もでも、やつらは平へ
い
気き
で傷き
ず
つけるっていうからな。君く
ん
子し
あやうきに近ち
か
よ
らず。わしらは、あんな物ぶ
っ
騒そう
な連れ
ん
中ちゅう
にかかわらないことだ。」
「はい。」
そうこたえながらも、ゲルブは心こ
ころ
の中な
か
で苦く
笑しょう
する。
ホテルベルリンは、ドイツに害が
い
をなす泥シ
ュラムプッペ
人形を退た
い
治じ
することを、今き
ょう日
の会か
い
議ぎ
で決け
っ
定てい
するのだ。
──でも、ウルリッヒさんたちが心し
ん
配ぱい
しないよう、うまくやりますか
ら。
ひとたび、手て
をとめたウルリッヒは、なかなか作さ
業ぎょう
にもどらない。
「そういやゲルブくんは、最さ
い
速そく
の郵ゆ
う
便びん
配はい
達たつ
員いん
の話は
なし
を知し
ってるかな?」
「最さ
い
速そく
ですか? ……いえ、知し
りません。」
こたえながらも、手て
の動う
ご
きはとまらない。
「じゃあ、わたしが教お
し
えてあげようね。」
ほかの話わ
題だい
ならウルリッヒをとめるアネッテは、自じ
分ぶん
も話は
な
したいので
会かい
話わ
に参さ
ん
加か
してくる。
「最さ
い
速そく
の郵ゆ
う
便びん
配はい
達たつ
員いん
は、人に
ん
間げん
じゃないの。伝で
ん
書しょ
鳩ばと
なのよ。」
「鳩は
と
……? 鳩は
と
って、あのクルックゥって鳴な
く鳩は
と
のことですか?」
「そうよ。ちょっとビックリするでしょ。」
「でもな、ゲルブくん。鳩は
と
には地ち
上じょう
のように信し
ん
号ごう
機き
や制せ
い
限げん
速そく
度ど
がないか
らな。自じ
転てん
車しゃ
や車く
るま
より、速は
や
く配は
い
達たつ
できるんだ。」
口く
ち
をはさむウルリッヒ。得と
く
意い
げにアネッテを見み
る。
悔く
や
しそうなアネッテは、
「そこまで知し
ってるあんたも、ポッポのことはきいたことないだろ?」
ウルリッヒにむかって、大お
お
きな胸む
ね
を張は
った。
★怪盗クイーン お蔵出し その2★
「ポッポ?」
そのかわいい名な
前まえ
に、ゲルブも手て
をとめた。
ゲルブとウルリッヒを前ま
え
に、アネッテが人ひ
と
差さ
し指ゆ
び
をのばした。
「ポッポが歴れ
き
史し
に初は
じ
めて名な
前まえ
をあらわしたのは、第だ
い
二に
次じ
世せ
界かい
大たい
戦せん
中ちゅう
。無む
線せん
が使つ
か
えなくなった戦せ
ん
場じょう
で、ヘリの救き
ゅう
出しゅつ
地ち
点てん
を書か
いた紙か
み
をとどけたのが
最さい
初しょ
。」
「ちょっと待ま
ってください。第だ
い
二に
次じ
世せ
界かい
大たい
戦せん
って、何な
ん
十じゅう
年ねん
もむかしの話は
なし
じゃないですか。鳩は
と
って、そんなに長な
が
生い
きするんですか?」
いい質し
つ
問もん
だというように、アネッテはうなずく。
「ポッポは、一い
ち
羽わ
の鳩は
と
の名な
前まえ
ではなく、超ち
ょう
スピードで郵ゆ
う
便びん
物ぶつ
をはこぶ伝で
ん
書しょ
鳩ばと
全ぜん
般ぱん
の名な
前まえ
なの。」
おどろくゲルブとウルリッヒ。
「戦せ
ん
争そう
がおわってからも、ポッポはあらわれたわ。いろんな場ば
所しょ
、いろ
んな時じ
代だい
で、なによりも速は
や
く手て
紙がみ
をとどけたのよ。」
「でも、鳥と
り
目め
だから夜よ
る
はむりでしょ。」
ゲルブがいうと、アネッテは指ゆ
び
をチッチッチとふった。
「最さ
い
近きん
のポッポは、暗あ
ん
視し
ゴーグルをかけてるそうよ。だから、夜よ
る
もバッ
チリ!」
─すげぇ……。
ゲルブもつねにゴーグルを持も
っている。それは、長ち
ょう
距きょ
離り
狙そ
撃げき
用よう
のもの
だ。
─鳩は
と
なのに、仕し
事ごと
用よう
のゴーグルを持も
ってるなんて……。
親し
ん
近きん
感かん
を持も
つゲルブだった。
「いまも、ポッポはいるんですか?」
★怪盗クイーン お蔵出し その2★
思お
も
わずゲルブはきいた。
アネッテは、大お
お
きくうなずく。
「ええ。世せ
界かい
のどこかで、休や
す
みなく飛と
びつづけてるのよ。」
「はっ、どうせ都と
市し
伝でん
説せつ
だろ。」
バカにしたように、ウルリッヒが肩か
た
をすくめる。ポッポの話は
なし
を知し
らな
かったのが、悔く
や
しいのだ。
「現げ
ん
代だい
は、ネットで世せ
界かい
中じゅう
がつながってるんだぜ。郵ゆ
う
便びん
物ぶつ
がへってきて
ることからも、わかるだろ。そんな時じ
代だい
に、ポッポみたいな伝で
ん
書しょ
鳩ばと
がい
るわけないだろ。」
そして、ゲルブの肩か
た
を抱だ
いていう。
「こんなバカな話は
なし
をきく暇ひ
ま
があったら、さっさと仕し
事ごと
をかたづけてうち
にこないかい? 朝あ
さ
飯めし
を食た
べがてら、一い
っ
杯ぱい
やろう。娘む
すめ
も、ゲルブくんに
会あ
いたがってる。」
「いえ、その……おれ、未み
成せい
年ねん
ですし、酒さ
け
はちょっと……。」
ゲルブがこまってると、こんどは反は
ん
対たい
側がわ
からアネッテが肩か
た
を抱だ
く。
「そうそう、こんな夢ゆ
め
のないじいさんは、一ひ
とり人で飲の
ましとけばいいんだ
よ。それより、ゲルブちゃんは、わたしのつくった朝あ
さ
ご飯は
ん
を食た
べなさい。
むかしからいうでしょ、『朝あ
さ
ご飯は
ん
は皇こ
う
帝てい
のように食た
べなさい。』ってね。」
「おいおい、一い
ち
人にん
前まえ
の男お
とこ
に『ちゃん』づけはないだろ!」
ウルリッヒがいうと、
「いいじゃないの! ねぇ、ゲルブちゃん。」
台せ
りふ詞
の後こ
う
半はん
は、ゲルブを見み
ていう。
「ええ、まぁ……。」
あいまいにほほえみながら、ゲルブは考か
んが
える。
★怪盗クイーン お蔵出し その2★
──どちらに味み
方かた
しても、結け
っ
局きょく
は家い
え
につれていかれる。ここは、はや
くことわるのがベスト。
「誘さ
そ
ってもらうのは、うれしいんですが──。おれ、このあと別べ
つ
の仕し
事ごと
がはいってるんです。」
うそではない。九時じ
から、ドライ・ドラッヘンだけの秘ひ
密みつ
会かい
議ぎ
がおこ
なわれる。
「そんなにはたらいて、だいじょうぶなの?」
「フッ、わかってないなおまえは。まだ、ゲルブくんはプレゼント代だ
い
が
貯た
まらない。だから、いっしょうけんめいはたらいてるんじゃないか!
なぁ、ゲルブくん!」
「そんな金か
ね
のかかる女お
んな
の子こ
は、やめちまいな。うちにも、娘む
すめ
はいるんだ
よ。」
「安あ
ん
心しん
しな。うちの娘む
すめ
は、母は
は
親おや
にはすこしも似に
てないから。」
二ふ
たり人のことばをビシバシ受う
けとめながら、ゲルブは必ひ
っ
死し
でいった。
「いやぁ、べつに女お
んな
の子こ
にプレゼントしようと思ってバイトしてるわけ
じゃないですから──。」
うそである。
「あら、そうだったわね。」
楽た
の
しそうに笑わ
ら
う、ウルリッヒとアネッテ。
バレているのである。
「でもね、若わ
か
いからといって、むりしちゃダメよ。朝あ
さ
ご飯は
ん
ぐらいは、ちゃ
んと食た
べなきゃ。」
「食た
べるのも大だ
い
事じ
だが、そろそろゲルブくんも酒さ
け
の味あ
じ
をおぼえなきゃ
な。」