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薬剤を用いた NiTi ファイル破折片除去に関する研究 2 種類の薬剤が異なる表面性状を有する市販 NiTi ファイルの 腐食に及ぼす影響- 髙橋 哲哉 1§ 小林 健二 1 牛込 瑛子 1 小谷 依子 1 基喆 1, 2 1 明海大学歯学部機能保存回復学講座歯内療法学分野 2 明海大学歯学部口腔生物再生医工学講座歯周病学分野 要旨本研究の目的は,2 種類の薬剤が,異なる表面性状を有する破折器具の腐食に及ぼす影響を調査することであ る. 2 種類の薬剤(NCN APF)は,10NaClO19NaCl,リン酸を加えた 2NaFpH 4.5)を使用した.NiTi ファ イルは表面が未処理のものおよび電解研磨を施したものを使用した.先端より 5 mm の部位で破断させた NiTi ファイル を,それぞれ NCN および APF に浸漬した.そして,試料は重量変化の測定を行った.また,X 線マイクロアナライザ ーを用い SEI を撮影して形態学的変化を観察し,さらに Ni Ti の定量分析を行った. 結果は以下のとおりである. 1 NCN に浸漬した NiTi ファイル破折片は,表面未処理のものでは破断側からの腐食溶解を認めた.しかし,電解研磨 処理されたものでは腐食溶解を認めなかった. 2 APF では表面性状にかかわらずすべてのファイルで腐食溶解を認めた. 3 NCN に浸漬した場合,電解研磨された NiTi ファイル破折片は,Ni Ti の定量分析において,どちらの溶出も認め なかった. 以上より,NiTi ファイル破折片の腐食反応は,NCN においては表面性状に依存するが,APF では依存しないことが示 された. 索引用語ニッケルチタンファイル,破折器具,腐食,除去,電解研磨処理 A Study on Removing Broken NiTi Endodontic Files by Using Solution Effect of Two Solutions on the Corrosion of Commercially Available NiTi Endodontic Files Possessing Different Surface PropertiesTetsuya TAKAHASHI , Kenji KOBAYASHI 1 , Eiko USHIGOME 1 , Yoriko KOTANI 1 and Kitetsu SHIN 1, 2 1 Division of Endodontics, Department of Restorative & Biomaterials Sciences, Meikai University School of Dentistry 2 Division of Periodontology, Department of Oral Biology & Tissue Engineering, Meikai University School of Dentistry Abstract : The purpose of this study was to investigate the effect of two solutions on the corrosion of broken instruments pos- sessing different surface properties. The first solution, NCN, was composed of 10NaClO and 19NaCl. The second solution, APF, was composed of 2NaF pH 4.5and phosphoric acid. NiTi files that were not ground and those ground electrolytically on the surface were used. The NiTi files were rotated and separated at a point 5 mm from the tip. The weight change of the files was measured after immersion in NCN or APF. The morphologic changes of the files were also observed, and quantitative analysis of Ni and Ti was performed us- 明海歯学(J Meikai Dent Med 40 2, 155-161, 2011 155

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薬剤を用いた NiTi ファイル破折片除去に関する研究-2種類の薬剤が異なる表面性状を有する市販 NiTi ファイルの腐食に及ぼす影響-

髙橋 哲哉1§ 小林 健二1 牛込 瑛子1

小谷 依子1 申 基喆1, 2

1明海大学歯学部機能保存回復学講座歯内療法学分野2明海大学歯学部口腔生物再生医工学講座歯周病学分野

要旨:本研究の目的は,2種類の薬剤が,異なる表面性状を有する破折器具の腐食に及ぼす影響を調査することである.

2種類の薬剤(NCN と APF)は,10% NaClO+19% NaCl,リン酸を加えた 2% NaF(pH 4.5)を使用した.NiTi ファイルは表面が未処理のものおよび電解研磨を施したものを使用した.先端より 5 mm の部位で破断させた NiTi ファイルを,それぞれ NCN および APF に浸漬した.そして,試料は重量変化の測定を行った.また,X 線マイクロアナライザーを用い SEI を撮影して形態学的変化を観察し,さらに Ni と Ti の定量分析を行った.結果は以下のとおりである.

1.NCN に浸漬した NiTi ファイル破折片は,表面未処理のものでは破断側からの腐食溶解を認めた.しかし,電解研磨処理されたものでは腐食溶解を認めなかった.

2.APF では表面性状にかかわらずすべてのファイルで腐食溶解を認めた.3.NCN に浸漬した場合,電解研磨された NiTi ファイル破折片は,Ni と Ti の定量分析において,どちらの溶出も認めなかった.以上より,NiTi ファイル破折片の腐食反応は,NCN においては表面性状に依存するが,APF では依存しないことが示された.

索引用語:ニッケルチタンファイル,破折器具,腐食,除去,電解研磨処理

A Study on Removing Broken NiTi Endodontic Filesby Using Solution-Effect of Two Solutions on the Corrosion of Commercially Available NiTi

Endodontic Files Possessing Different Surface Properties-

Tetsuya TAKAHASHI1§, Kenji KOBAYASHI1, Eiko USHIGOME1,Yoriko KOTANI1 and Kitetsu SHIN1, 2

1Division of Endodontics, Department of Restorative & Biomaterials Sciences, Meikai University School of Dentistry2Division of Periodontology, Department of Oral Biology & Tissue Engineering, Meikai University School of Dentistry

Abstract : The purpose of this study was to investigate the effect of two solutions on the corrosion of broken instruments pos-

sessing different surface properties.

The first solution, NCN, was composed of 10% NaClO and 19% NaCl. The second solution, APF, was composed of 2% NaF

(pH 4.5)and phosphoric acid. NiTi files that were not ground and those ground electrolytically on the surface were used. The NiTi

files were rotated and separated at a point 5 mm from the tip. The weight change of the files was measured after immersion in

NCN or APF. The morphologic changes of the files were also observed, and quantitative analysis of Ni and Ti was performed us-

明海歯学(J Meikai Dent Med)40(2), 155−161, 2011 155

緒 言

歯内療法処置を行う時の偶発症の一つに根管内での器具破折が挙げられる.根管内に器具破折片が残留した場合,患歯の予後に重大な影響を与えることになる1).このため従来から残留した器具破折片に対して,機械的2−6),化学的7−11),あるいは外科的な除去法3, 12)が試みられている.しかし,破折片を把持したり超音波振動を利用する機械的除去法は歯質の削除量が多く,根管の穿孔や器具の根尖からの押し出しといった更なる偶発症の危険性がある5, 6, 13).過剰な歯質の切削を避けることは,歯根破折の危険を回避する上で必要なことである14, 15).また薬剤を用いる化学的な除去法は,歯質の溶解や周囲組織への刺激といった生体への侵襲が問題となることも報告されている7).

NiTi ファイルは超弾性という機械的特性により,根管形成における有効性が数多く報告されている16, 17).その反面,ステンレススチール製の手用ファイルに比べると,弾性域が大きいことから塑性変形が少なく16, 18),使用後のファイル刃部の伸びを肉眼で確認することが困難である.さらに破断に至るまでの応力は一定の割合で増加するため18),突然破断するなど予測がつきにくく16),根管内での破折が問題とされている.また,NiTi 合金は弾性域が大きく把持しにくいことから,根管内で NiTi

ファイルを破折させた場合,破折片の除去は容易でないことが推察される16).そのため破折した NiTi ファイルの除去に関する報告は極めて少なく4, 11, 19),除去法につ

いては未だに確立されていない.これまでに我々は,根管内から NiTi ファイル破折片

を除去するための基礎的な実験を行い,次亜塩素酸ナトリウムおよびフッ化ナトリウムを含む薬剤への浸漬がNiTi ファイル破折片を腐食させることを報告した20, 21).近年では,医療用のチタン系材料の表面処理技術の開発22)により,形態が複雑で機械的研磨の困難な NiTi ファイルにおいても,電解研磨処理を施すことで鏡面仕上げを行うことが可能となり,金属表面の均一な不動態被膜の形成により耐食性が向上されている.そこで本研究では,表面性状の異なる市販 NiTi ファイルを使用して,表面処理加工状態が薬剤による NiTi ファイルの腐食にどのような影響を及ぼすかを検討したので報告する.

材料と方法

1.実験材料1)NiTi ファイル実験に使用した 4種の NiTi ファイルを Table 1に示

す.すなわち,削りだされたままで表面が未処理の NiTi

ファイルとして TACTENDO FILEⓇ(以下,TE とする),ProTaperⓇ(以下,PT とする)を用い,電解研磨処理が施された NiTi ファイルとして EndoWaveⓇ(以下,EW とする),RaCeⓇ(以下,RC とする)を使用した.TE, EW および RC は#25, 0.04テーパーのものを用い,PT は#25, F 2のものを使用した.各ファイルは,それぞれ先端から 5 mm の部位でバイスにより固定し,回転して破断させ,試料とした(Fig 1).2)薬剤の調製浸漬薬剤には,以下のものを調製し,1試料当たり 5

ml を用いた.

ing an X-ray microanalyzer.

The results were as follows :

1. In NCN, the NiTi files that were not ground on the surface demonstrated corrosion progressing from the broken edge, which re-

sulting in rugged borders. However, the NiTi files that were ground electrolytically on the surface did not demonstrate corro-

sion.

2. In APF, pitting corrosion progressed gradually and uniformly over the entire surface of all NiTi files.

3. In NCN, the NiTi files that were electrolytically ground on the surface did not elute either Ni or Ti as shown by quantitative

analysis.

Therefore, the results of this study suggest that the corrosion reaction of NiTi files depends on the surface property in NCN, but

not in APF.

Key words : nickel-titanium file, broken instruments, corrosion, removal, electrolytically ground

─────────────────────────────§別刷請求先:髙橋哲哉,〒350-0283埼玉県坂戸市けやき台 1-1明海大学歯学部機能保存回復学講座歯内療法学分野本研究の一部は,平成 22~24年度日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究(B),課題番号 22791844)の補助により行われた.

156 髙橋哲哉・小林健二・牛込瑛子ほか 明海歯学 40, 2011

5mm

Solution(NCN, APF)or control

(1)10%(w/v)次亜塩素酸ナトリウム-19%(w/v)塩化ナトリウム溶液(以下,NCN とする)ネオクリーナー「セキネ」(ネオ製薬工業株式会社,

東京)に塩化ナトリウム(試薬特級,和光純薬工業株式会社,大阪)を加えて調製した.pH メーター(HM-25

R,東亜ディーケーケー株式会社,東京)による計測では pH 12.48を示した.(2)pH 4.5に調整したリン酸酸性 2.0%(w/v)フッ化ナトリウム溶液(以下,APF とする)フッ化ナトリウム(試薬特級,和光純薬工業株式会

社,大阪)の 2.0%(w/v)水溶液を調製したものに,正リン酸(試薬特級,和光純薬工業株式会社,大阪)を加え,pH メーターを使用して pH 4.5(±0.05)に調整した.(3)対照群(control)脱イオン水を対照群として使用した.

2.実験方法1)浸漬試験における経時的な重量変化の測定実験には各ファイルの試料を 15 本ずつ用い,NCN,

APF,対照群に各 5本ずつ使用した.初めに浸漬前の試料の重量を電子天秤(Sartorius, Gottingen, Germany,秤量感度 0.1 mg)にて計量した.その後,試料を各薬剤に浸漬し,37℃恒温槽中で保存して,1, 3, 6, 9, 12および 24時間後の重量を計量し,浸漬前の試料の重量に対する重量変化率を算出した.計量方法は,10 ml の脱イ

オン水の入った試験管に試料を移し,試験管ミキサー(NS-80,井内盛栄堂,大阪)で 10秒間洗浄後,乾燥させて電子天秤により計量を行い,ただちに元の薬剤に戻した.各種ファイル間の重量変化率は Non-repeated meas-

ures ANOVA 法による検定後,有意水準 5%で Student-

Newman-Keuls 検定により多重比較を行った.2)表面観察浸漬前の試料について X 線マイクロアナライザー

(JCMA-733, JEOL,昭島,東京,以下,EPMA とする)により SEI を撮影して観察した.そして各薬剤に 3時間浸漬し,上記の方法で洗浄後,破断側と先端側の表面について EPMA により SEI を撮影して観察した.3)Ti/Ni 比浸漬前の試料および各薬剤に 3時間浸漬した試料について,EPMA を用いて破断側および先端側からおよそ100 μm の領域において定性・定量分析を行い,Ti/Ni

比を算出した.

結 果

1.浸漬試験における経時的な重量変化NiTi ファイル破折片の経時的な重量変化は,NCN と

APF で大きな違いが認められた.すなわち NCN では TE

および PT において重量減少は浸漬 1~3時間後より始まり,その後急速に減少する傾向を示し,24時間後にはほぼ完全に溶解した(Fig 2).それに対して,EW および RC では浸漬 24時間後にも重量減少はなかった.3

・6・9・12・24時間後に TE および PT は EW およびRC との間に有意差を認めた(p<0.05).一方,APF ではいずれのファイルにおいても浸漬 3~

6時間後に重量減少が始まり,24時間後には約 60~90

%の重量となった(Fig 3).観察を行った浸漬 24時間以内において,各種ファイル間に統計的有意差は認められなかった(p>0.05).対照群では 24時間後においても重量減少を認めなか

った(Fig 4).

Table 1 Materials examined

Brand Manufacture Surface Lot No. Code

TACTENDO FILEⓇ Micro-Mega, Besancon, France Not ground 0609071 TE

ProTaperⓇ Dentsply Maillefer, Ballaigues, Switzerland Not ground 1197220 PT

EndoWaveⓇ FKG Dentaire, La Chaux-de-Fonds, Switzerland Electrolytically ground 7598 EW

RaCeⓇ FKG Dentaire, La Chaux-de-Fonds, Switzerland Electrolytically ground 6788 RC

Fig 1 NiTi files were made to rotate and separated at a point5 mm from the tip. The files were immersed in NCN, APF orcontrol.

異なる表面性状を有する市販ファイルの腐食 157

2.浸漬後の形態学的変化薬剤に浸漬する前の試料において,TE および PT は

凹凸の多い粗造な表面を呈していたが,EW および RC

では凹凸が少なく平滑な表面が観察された(Fig 5).また,破断部付近にわずかな塑性変形が認められた.

NCN に 3時間浸漬させた場合,TE および PT の破断側では凹凸の顕著な崩壊像と腐食生成物の付着が観察されたものの,EW および RC の破断側では腐食溶解を示す像は認めなかった(Fig 6).また,いずれのファイルも先端側では腐食溶解を示す像は認めなかった(Fig 7).一方,APF に 3時間浸漬した場合,いずれのファイ

ルも破断側において孔食による溶解を示す像が観察された(Fig 8).そして,いずれのファイルもこの孔食は破断側だけでなく先端側にも観察され(Fig 7),試料全体におよんでいた.また,ファイルを浸漬した薬剤中には,すべての観察期間において沈殿物等はみられなかった.対照群では破断部付近にわずかな塑性変形が認められたが,破断側・先端側ともに腐食溶解を示す像は認めなかった(Figs 7, 9).

3.破断側および先端側における Ti/Ni 比薬剤に浸漬する前および各薬剤に 3 時間浸漬した

NiTi ファイル破折片について,破断側および先端側における Ni と Ti の定量分析結果から算出した Ti/Ni 比を示す(Figs 10, 11).

Fig 2 The weight change of various NiTi files immersed inNCN.

Fig 3 The weight change of various NiTi files immersed inAPF.

Fig 4 The weight change of various NiTi files immersed incontrol.

Fig 5 SEI observation of various NiTi files at broken edge, be-fore immersion(×100). The arrow shows the plastic strain.

Fig 6 SEI observation of various NiTi files at broken edge, af-ter immersion in NCN for 3 hours(×100).

158 髙橋哲哉・小林健二・牛込瑛子ほか 明海歯学 40, 2011

NCN に浸漬した場合,TE および PT において浸漬前と比較して破断側における Ti/Ni 比が高い値を示し,崩壊部表面の Ni が減少していることが確認された.EW

および RC では浸漬前との差異はほとんどみられず,Ni

と Ti の構成比の変化は認められなかった.また,先端側においてはいずれのファイルにおいても浸漬前との差異はほとんどみられず,Ni と Ti の構成比の変化は認められなかった.一方,APF に浸漬したファイルは浸漬前と比較し

て,破断側および先端側においても,Ti/Ni 比が同等の値を示し,Ni と Ti の構成比に大きな変化が認められな

かった.また,対照群は浸漬前と比較して,破断側および先端側のいずれも Ti/Ni 比が同等の値を示した.

考 察

近年,医療用のチタン系材料の表面処理技術の開発22)

Fig 7 SEI observation of PT and EW at tip, after immersion inNCN, APF and control for 3 hours(×100). Magnification insquare area(×600). The arrow shows the pitting corrosion.

Fig 8 SEI observation of various NiTi files at broken edge, af-ter immersion in APF for 3 hours(×100). The arrow shows thepitting corrosion.

Fig 9 SEI observation of various NiTi files at broken edge, af-ter immersion in control for 3 hours(×100). The arrow showsthe plastic strain.

Fig 10 Ti/Ni ratio of various NiTi files at broken edge, beforeand after immersion for 3 hours in NCN and APF.

Fig 11 Ti/Ni ratio of various NiTi files at tip, before and afterimmersion for 3 hours in NCN and APF.

異なる表面性状を有する市販ファイルの腐食 159

により,形態が複雑で機械的研磨の困難な NiTi ファイルにおいても,電解研磨処理を施すことで鏡面仕上げが可能となっている.Ti 合金を含めた他の歯科用合金は金属表面の研磨状態が良好になると耐食性が向上する23, 24)と言われており,さらに電解研磨処理はバフ研磨のような機械的研磨処理にくらべ,加工ひずみがないことや表面が均質な酸化被膜で覆われることによって耐食性が高いと考えられている.我々はこれまでに根管内で破折した NiTi ファイルを除去することを目的に,薬剤による破折片の腐蝕について検討を重ねてきた.そこで今回,電解研磨処理された NiTi ファイル破折片を NCN

・APF の各薬剤へ浸漬することで,腐食にどのような影響を及ぼすかを,削り出されたままの状態のファイルと比較検討した.通常,金属材料などの腐食を評価する試験方法には,電気化学的試験や浸漬腐食試験,応力腐食割れ試験などが用いられているが,今回は各薬剤のNiTi ファイルに対する腐食溶解効果の検討が目的であるため,静的な全浸漬腐食試験による試料の重量変化により評価を行った.今回の結果では,NCN への浸漬において電解研磨処

理されたファイルに腐食は生じなかった.一般に金属の腐蝕速度は粗い表面よりも平滑な表面の方が小さく,平滑な表面は局部電池が抑制され腐食の発生率が低いといわれている25).また荘村26)は,NiTi 合金において表面粗さが粗くなると耐食性が低下することを明確にしている.これらのことから,今回使用した EW および RC

のように電解研磨処理された表面は凹凸も少なく非常に平滑な面を呈しており,局部電池が形成されにくい状態となっていたものと思われる.また Fukushima ら27)は,電解研磨処理を施すことにより NiTi 合金の不動態被膜は厚くなり,さらに金属表面の酸化被膜中の Ni 成分が減少すると共に Ti 成分の増加がみられたことを報告している.このことにより濃厚アルカリの環境下での TiO2

の溶解や Cl-による Ni の放出が生じにくくなったものと考えられる.一方,TE および PT の表面は削り出されたままの状態のため,凹凸の多い粗造な面を呈しており,局部電池が形成されやすい環境であったものと推測される.すなわち,削り出されたままの粗造な面は,試料作製時のファイルの破断側付近への応力の集中28)により,金属のすべり変形や格子欠陥を起こしていた場合に,正常格子との間の応力電池を形成しやすい環境になっていたと考えられる.一方,APF への浸漬では腐食が試料全体から発生し

ており,いずれのファイルでも同様に腐食が進行してい

た.APF に含まれる F-は NCN に含まれる Cl-より反応性が高く,Ti の酸化被膜に作用して安定なフルオロ錯体を生じ溶解する29)ため,APF では金属の表面性状に左右されにくい腐食様態を呈していたと考えられる.

Ti/Ni 比の結果からみると,NCN への浸漬では,削り出しにより製作された TE および PT において Ti/Ni 比が浸漬前に比べて高くなっていたことから Ni の相対的な減少が確認された.これは Ti より Ni のほうが溶出量が多いか,早く溶出するためと考えられる.このことについては,われわれがこれまでに行った GT Rotary

FileⓇや ProFileⓇでの結果20, 21)や Sarkar ら30),Oshida ら31)

の報告とも一致する.これに対して電解研磨処理されたEW および RC は Ti/Ni 比が浸漬前と同様であったが,これは Ti と Ni のどちらも溶出されることがなく,腐食が起こっていないと考えられる.また APF への浸漬では,表面性状にかかわらず Ti と Ni が同等に溶出されると考えられる.今回の実験結果から,NCN への浸漬は一度腐食反応

が始まれば 24時間以内の浸漬で試料がすべて溶解するような著しい腐食様態を呈するものの,腐食反応の開始は残留応力の状態や表面性状などに左右されることが推察される.また,APF への浸漬は応力や表面性状に左右されにくい腐食様態であると考えられる.今後は,薬剤温度の上昇,通電,NCN と APF の交互使用などを行うことで,EW および RC のように電解研磨処理された NiTi ファイルであっても効率的に溶解する方法を検討する必要があると思われた.

結 論

薬剤の応用により,NiTi ファイル破折片を腐食溶解させて除去を容易にする方法を確立することを目的として,NCN および APF の 2 種類の薬剤を用いて,NiTi

ファイルの腐食に表面処理加工状態がどのような影響を及ぼすかを検討した.すなわち,表面性状の異なる NiTi

ファイル破折片をこれらの薬剤に浸漬した時の経時的な重量変化の測定,ファイル表面の形態学的変化の観察,Ni と Ti の定量分析を施行した.その結果,以下の結論を得た.1.NCN への浸漬において,TE, PT では重量減少が認められ,SEI 観察で腐食溶解が認められた.しかし,EW, RC は 24時間の浸漬でも重量減少および SEI 観察による腐食溶解は認められなかった.

2.APF への浸漬において,表面性状にかかわらずすべてのファイルで重量減少および SEI 観察による腐

160 髙橋哲哉・小林健二・牛込瑛子ほか 明海歯学 40, 2011

食溶解が認められた.3.EW, RC のように表面を電解研磨処理した NiTi ファイルは,Ni と Ti の定量分析において,Ti と Ni どちらの溶出も認められなかった.以上の結果から,NCN への浸漬は,一度腐食反応が

始まれば 24時間以内の浸漬で今回の試料がすべて溶解するような著しい腐食様態を呈するものの,腐食反応の開始は表面性状に依存することが示唆された.一方,APF

への浸漬は,NCN と比べて反応が緩やかではあるが,表面性状に左右されにくい腐食様態であると考えられた.

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(受付日:2011年 5月 31日 受理日:2011年 6月 16日)

異なる表面性状を有する市販ファイルの腐食 161