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空気の振動で音はでない 中野有朋(音の話 21-2015/6) 「音は空気の振動ででる」とは、よく言われることである。しかし、これは誤解である。 空気の振動ででるのは音ではない。音波である。また空気の振動で必ず音波がでるとは限 らないのである。 空気の振動とは一体なんだろう。 振動というと、字の示す通り、物が、時間の経過と共に、例えば前後、左右、上下などと 振れ動く運動である。従って空気の振動とは、空気のこのような運動である。 例えば、うちわで扇ぐ。空気は顔に当たるのを繰り返す。すなわち空気は振れ動く、振動 する。しかし音はしない。手を左右に振って空気を左右に振動させる。同じである。音は しない。音のもとである音波が発生しないからである。 音波はこのような空気の振動では発生しないのである。従って音はでないのである。 音波は空気が振動しても、空気の圧力が変化しなければ発生しないのである。すなわち音 波は空気の圧力変化によって発生するのである。 例えば、板を素早く前方に押す。板の前面の空気が周囲に逃げるより早くである。そうす ると、前面の空気は圧縮され、圧力は上がる。板をもとに戻す。空気は膨張し圧力は下が る。この圧力の変化の波が音波という空気中に発生する縦波である。この波が我々の耳を 通って大脳に伝わり音となるのである。 それでは空気中に圧力変化が起こったら空気はどうなるのだろう。 空気は無数の粒子からなっている。空気が圧縮・膨張するということは、圧縮されるとき は空気の粒子は前へ、膨張するときは後へと振れ動く、つまり空気粒子が振動するという ことになる。 空気の振動とは圧力変化によるこの空気粒子の振動を意味しているのである。しかしこの ような空気粒子の振動ででるのは、やはり音ではなく音波である。 音波が出ているとき、空気粒子はどの位、振れ動いているのだろう。 空気粒子の振動による粒子の位置の変化を粒子変位、変位の大きさすなわち粒子の振れ幅 を変位振幅と言っている。 空気中では、変位振幅の最大値 X mm 音圧実効値 P Pa 周波数 f Hz の間に X 0.6P/f という簡単な関係がある。これは、空気粒子の変位振幅は音波の音圧、従っ て音圧レベルが大きいほど大きく、また周波数が高いほど小さくなることを示している。 例えば、健常者の耳を通して聞こえる一番高い周波数(20000Hz)の音になる音波の、耳が痛 くなる位の音圧レベル 120 ㏈(音圧実効値 20Pa )の変位振幅を求めてみると、およそ 6/10000 ミリくらいになる。 また一番低い周波数(20Hz)の音になる音波の、音圧レベル 120 ㏈の変位振幅は 0.6 ミリく らいになる。音圧レベルが小さくなると、変位振幅はこれらよりさらに小さくなる。 我々には到底実感できない大きさであるが、音波は空気粒子が、これくらい振れ動くこと によって発生するのである。

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空気の振動で音はでない 中野有朋(音の話 21-2015/6)

「音は空気の振動ででる」とは、よく言われることである。しかし、これは誤解である。

空気の振動ででるのは音ではない。音波である。また空気の振動で必ず音波がでるとは限

らないのである。

空気の振動とは一体なんだろう。

振動というと、字の示す通り、物が、時間の経過と共に、例えば前後、左右、上下などと

振れ動く運動である。従って空気の振動とは、空気のこのような運動である。

例えば、うちわで扇ぐ。空気は顔に当たるのを繰り返す。すなわち空気は振れ動く、振動

する。しかし音はしない。手を左右に振って空気を左右に振動させる。同じである。音は

しない。音のもとである音波が発生しないからである。

音波はこのような空気の振動では発生しないのである。従って音はでないのである。

音波は空気が振動しても、空気の圧力が変化しなければ発生しないのである。すなわち音

波は空気の圧力変化によって発生するのである。

例えば、板を素早く前方に押す。板の前面の空気が周囲に逃げるより早くである。そうす

ると、前面の空気は圧縮され、圧力は上がる。板をもとに戻す。空気は膨張し圧力は下が

る。この圧力の変化の波が音波という空気中に発生する縦波である。この波が我々の耳を

通って大脳に伝わり音となるのである。

それでは空気中に圧力変化が起こったら空気はどうなるのだろう。

空気は無数の粒子からなっている。空気が圧縮・膨張するということは、圧縮されるとき

は空気の粒子は前へ、膨張するときは後へと振れ動く、つまり空気粒子が振動するという

ことになる。

空気の振動とは圧力変化によるこの空気粒子の振動を意味しているのである。しかしこの

ような空気粒子の振動ででるのは、やはり音ではなく音波である。

音波が出ているとき、空気粒子はどの位、振れ動いているのだろう。

空気粒子の振動による粒子の位置の変化を粒子変位、変位の大きさすなわち粒子の振れ幅

を変位振幅と言っている。

空気中では、変位振幅の最大値 X mm 音圧実効値 P Pa 周波数 f Hzの間に

X ≒0.6P/f という簡単な関係がある。これは、空気粒子の変位振幅は音波の音圧、従っ

て音圧レベルが大きいほど大きく、また周波数が高いほど小さくなることを示している。

例えば、健常者の耳を通して聞こえる一番高い周波数(20000Hz)の音になる音波の、耳が痛

くなる位の音圧レベル 120 ㏈(音圧実効値 20Pa )の変位振幅を求めてみると、およそ

6/10000ミリくらいになる。

また一番低い周波数(20Hz)の音になる音波の、音圧レベル 120 ㏈の変位振幅は 0.6 ミリく

らいになる。音圧レベルが小さくなると、変位振幅はこれらよりさらに小さくなる。

我々には到底実感できない大きさであるが、音波は空気粒子が、これくらい振れ動くこと

によって発生するのである。

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