(指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるpair-wordの音韻の研究

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1 平成 23 年度 卒業論文 『マレー語における Pair-Word の音韻の研究』 東京外国語大学 外国語学部 東南アジア課程 7407160 マレーシア語専攻 城田 彩香

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平成 23 年度 卒業論文

『マレー語における Pair-Word の音韻の研究』

東京外国語大学 外国語学部

東南アジア課程

7407160 マレーシア語専攻

城田 彩香

Page 2: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

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目次

第一章 はじめに ................................................................................................................... 3

第二章 Pair-Word とは何か ................................................................................................. 5

2-1.先行研究と本稿での定義 ........................................................................................... 5

2-1-1.先行研究における定義 ........................................................................................ 5

2-1-2.問題の所在 .......................................................................................................... 7

2-2.本論における定義 ...................................................................................................... 8

2-3.データについて .......................................................................................................... 8

第三章 母音の変化のルール ................................................................................................. 9

3-1.母音の変化のルールの提示 ........................................................................................ 9

3-2.ルールの検証............................................................................................................ 12

第四章 子音の変化のルール ............................................................................................... 15

4-1. ルールの提示........................................................................................................... 15

4-2. ルールの検証 ........................................................................................................ 18

4-2-1.Final Rhyming ................................................................................................. 19

4-2-2. Initial Rhyming............................................................................................... 24

4-3. 弁別的特徴による分析を選んだ理由 ...................................................................... 29

第五章 変化の頻度 ............................................................................................................. 31

5-1. 母音の変化の出現頻度 ............................................................................................ 31

5-2. 子音の変化の出現頻度 ............................................................................................ 32

第六章 結論 ........................................................................................................................ 33

6-1. 検証全体のまとめ ................................................................................................... 33

6-2. Chiming についてのまとめ .................................................................................... 33

6-2. Rhyming ................................................................................................................. 34

6-3. 今後の課題 .............................................................................................................. 36

参考文献 ............................................................................................................................... 37

付録:対訳付き Gandaan rentak 一覧 ................................................................................ 38

Page 3: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

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第一章 はじめに

本稿では、マレー語における pair-Word という現象、その中でも特に gandaan

rentak について分析する。pair-Word とは語の重複語(kata gandaan)の一種

であり、元となる語とその語を部分的に変化させた語を組み合わせた2語から

なるものである。

マレー語における pair-word は以下の表 1 のように整理することができる。

(表 1):pair-word の整理

本稿では、複合語(kata majmuk)については取り上げず、gandaan rentak の

下位分類である Chiming、Rhyming に着目する。以下にそれぞれの例と和訳を

いくつか挙げておく。

(1)

a. Kata Majmuk:kaki tangan (社員・従業員)、

atas bawah (上下)、

anak pinak (子孫)、

sakit pening (眩暈がする)、

budi bahasa(行動・態度)

b. Chiming: asal-usul (起源)、gunung-ganang (山々)、

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compang-camping (すりきれた)

tindak-tanduk (行動・活動)、

sakali-sakala (時々)、

c. Final Rhyming:cerai-berai (別れる)、

hingar-bingar (とても五月蠅い)、

tunggang-langgang (頭から落ちること)、

pindah-randah (絶えず引っ越す)、

kacau-balau (ぐちゃぐちゃにする)、

d. Initial Rhyming: remuk-redam (粉砕される)、batu-batan (石)、

licin-licau (とても滑りやすい)、

次に本稿の構成について述べる。第一章「はじめに」では、取り上げる現象

の紹介と具体例を挙げる。第二章「pair-word とは何か」では、先行研究に触れ、

今まではどのような分類がされてきたか、その問題点を指摘し本稿における定

義づけの統一を行う。第三章「母音のルール」では、gandaan rentak において

母音がどのようなルールで変化しているのかを考察する。第一節では、

Boyé(2006)で提唱されたルールを改変するという形をとり、変化の並びを循環

型で示すこととした。第二節でこのルールを母音の変化が関与している現象で

ある Chiming の例を使って検証していく。その中で具体的母音の変化の組み合

わせも挙げる。

第四章「子音の変化のルール」では、まずは第一節でその変化に関与する子

音、そしてその組み合わせを明示し、どのような規則性を以て変化しているか

を述べる。gandaan rentak に関与している子音は全部で 13 でありその組み合

わせは 19 通りである。Jakobson(1965)の弁別的特徴をもとに分析すると子音は

全部で 13 の特徴の内 5 から 10 が一致する比較的「近い」子音に変化する。第

二節では、子音の変化が主に関与している Rhyming の例を用いてこのルールの

検証を行う。また、子音だけでなく、母音の変化も伴う Rhyming の例もここで

扱うものとする。この順番で分析を行うのは、母音・子音の両方の変化を伴う

gandaan rentak は結局第三章第一節のルールと第四章第一節のルールの組み

合わせで起こるものだからである。第三節では、うまくいかなかった分析法を

とりあげ、弁別的特徴を分析に用いた理由を明らかにしていく。

第五章「変化の頻度」では、第三章、第四章で挙げた変化がどのくらいの頻

度で起こるかを私が収集した具体例の数をもとに整理している。この頻度はデ

ータの収集方法を変えることでも変動するものなのであくまでも参考程度と考

えていただきたい。

第六章では、検証のまとめを行う。ルールの検証、頻度の分析からの考察を

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ここにまとめていく。第一節では Chiming のまとめ、第二節では Rhyming の

まとめを行い、Final Rhyming と Initial Rhyming の相関関係についても述べ

る。第三節では、母音のルールは Chiming だけに関わるのではなく、Rhyming

でも見ることができ、そのため、この変化のルールの適用範囲は gandaan

rentak すべてということについてまとめておく。

最後に参考文献とデータ収集に用いた辞書などをあげ、付録として対訳付き

の Pair-Word 表を添付しておく。参考になれば幸いである。

第二章 Pair-Word とは何か

2-1.先行研究と本稿での定義

ここでは、先行研究における Pair-Words の定義についてとりあげる。2-1-1

節で先行研究を紹介し、2-1-2 節において本稿で取り上げる問題の所在について

明らかにしていく。

2-1-1.先行研究における定義

Pair-words に関する先行研究は多くはなく、主なものは Za‘ba (1924)、Tham

(1979)、Boyé (2006)によるものである。その内、“Pair-Words”という用語が

初めて用いられたのは Za‘ba (1924)である。その中では、The pair-words

discussed here are set-phrases consisting of two words combined which

retain fully their literal meaning「文字通りの意味を維持した2つの語からな

るセットフレーズ」と定義されている。

また、本来の意味を維持するという点に関しては全てではないが、Za‘ba は以下

の(2)に挙げる3つを指摘している。

(2) Za‛ba の三分類

① 先の語の意味合いを強める、もしくは複数であることを表すもの

② 繰り返しや組み合わせ、連続性、量を表すもの

③ 名詞に多く見られるパターンで、普遍的な意味合いや、全ての種類

を含むという意味を表し、しばしば banyak や habis、segala といっ

た語と共に現れるもの

この意味における特徴は、ほかの重複語(kata ganda)にも共通して言えることで

あり、pair-words 独自のものではないため、Za‘ba の中では触れられた複合語

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(kata majmuk)との区別をするためのみのものである。

また Abdullah Hassan (2006)では、pair-words という名称は用いられていない

ものの、重複語の一種として取り上げられており、同じ語を繰り返す完全重複

(gandaan penuh)や、元の語の頭子音+e や最終音節が前に表れる形で形成され

る部分重複(gandaan separa)とは区別され、gandaan rentak という名称で説明

がなされている。その内容は、「完全重複と部分重複に当てはまらず、語幹の一

部が繰り返される、または母音が変化する形のもの」というものである。

(3) Abdullah Hassan の分類

a. Gandaan penuh :

rumah(家)→rumah-rumah

perusahaan(産業・貿易)→perusahaan-perusahaan

b. Gandaan separa :

rumah(家)→re-rumah

pohon(木)→pe-pohon

hitam(黒い)→tam-hitam

besar(大きい)→sar-besar

c. Gandaan rentak :

beli(買う)→beli-belah

bukit(丘)→bukit-bukau

duduk(座る)→duduk-dadak

さらに先行研究では、Pair-Words は大きく、Chiming と Rhyming に分類さ

れるている。(Tham(1979)、Boyé(2005)、FARID M. ONN(1980) )まず、Chiming

の定義は「子音を残し、母音が変化するもの」(Farid 1980:p.)、「母音が全て交

替しているもの」(Tham1979)、「最終母音が変化しているもの、もしくは最終

母音以外の母音が変化しているもの」(Boyé.2005)とそれぞれされている。

(4) 先行研究における Chiming の例

asal-usul (起源)、suku-sakat (親戚)、cucu-cicit (子孫)

kenduri-kendara (全ての種類の祝宴)、mandi-manda (入浴)

次に、Rhyming は「頭音節か最終音節の音が残るもの」(Farid1980)、「母音

の一部が変化しているもので、その中でも 2 通りに分けられており、一つ目は

先の語の最初の音節が一致しているもの、二つ目は先の語の最後の音節もしく

は音が一致しているもの」(Tham1979)とされている。

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(5) 先行研究における Rhyming の例

batu-batan (石)、bukit-bukau (丘)、kuih-muih (お菓子)、kaya-raya (裕

福な)

さらに、ZA’BA の述べる pair-words の分類を加えると全体は以下の表 2 よ

うに整理することができる。

(表 2):pair-word の分類

本稿ではこのうち、Chiming と Rhyming の分類に焦点を絞り進めていく。

分類を進めるにしたがって下位階層を形成すること、その下位階層の分類や

Chiming と Rhyming に関与する音交替の規則性を明確化することが本稿の目

標でもある。

2-1-2.問題の所在

主な先行研究は 2-1-1 で挙げた Za‛ba と Boyé と Tham によるものであるが

pair-words の定義もばらつきがあり、分類のための判断基準も明確ではない。

上記の定義のままでは、Chiming は母音に関するものだと推察はできるものの、

どの範囲で変化するのかという点は明確ではなく、Rhyming もどの音が変化し、

どの音が変化しないのかという基準が曖昧である。ZA’BA では、この

pair-words の持つ意味に焦点があたっており、Boyé では母音のみに着目してい

るほか、Tham では、Chiming の分類は説明がついているが Rhyming の細か

い分類に関しては疑問が残る。例えば、anak-pinak という語は Rhyming に含

められているが、語の成り立ちから、kata majmuk に分類すべきであると本

稿では提案したい。

また、1979 年の Tham の研究以降の資料は私の知る限りでは無い。

そのため、この論文では主に Chiming と Rhyming の分類、そしてその形成の

規則性について調べていくことにする。

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2-2.本論における定義

ここでは、本論の出発点として、2-1 で取り上げた先行研究をもとに gandaan

rentak の定義の統一をはかる。それをもとに分析対象となる語を明確にするの

が目的である。

上記のにおける定義を踏まえ、本論における gandaan retank は以下の通り

とする。

(6)「重複語(kata ganda)の中でも、先の語の一部の繰り返し、または母音

や子音の変化を伴い、元々の意味を維持した 2 語からなるセットフレー

ズ。さらに、2 語目にくる語は独立して使用されることがないもの」

具体的な例としては、gunung-ganang「山々」や cerai-berai「別れ」といっ

た語が挙げられる。「後にくる語が独立不可」という制約において、先行研究で

Chiming もしくは Rhyming に分類されていた以下のような語をそこから除外

し、複合語とすることになる。

(7) senyap-sunyi, pantang-larang, tungkus-lumus, jimat-cermat,

anak-pinak, caci-maki, haru-biru, sangkut-paut

これらの語は、Kamus Dewan にも後にくる語が独立して使用され、辞書形

として登場している。例えば、pantang-larang は pantang が「禁止する」とい

う意味で、larang も「禁止する」という意味のため、意味が似ている語を組み

合わせ、意味を強めるもしくは付加するものであり、音が似ているのは偶然の

一致であると考えられる。

以上より、先行研究では、atas-bawah や tua-muda といった反義語の組み合

わせや 2 語の組み合わせで別の意味を持つ語すなわち複合語である

kaki-tangan なども gandaan rentak に含められている場合があるが、本論では

定義外のものであるとし、分析を進めていく。

2-3.データについて

本稿に使用するデータは Za‘ba (1924)、Tham (1979)、Boyé (2006)、また Intelek

Malay-English Dictionary と Kamus Dewan から収集した。以下の章の分析対

象になる gandaan rentak は全部で 82 語となった。リストは付録を参照してい

ただきたい。

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第三章 母音の変化のルール

ここでは、gandaan rentak の母音の変化のルールについて取り上げる。3-1

でルールを提示し、3-2 で検証を行う。またマレー語に見られる一般的な音変化

との関連性についても取り上げる。

3-1.母音の変化のルールの提示

母音に関する分析を中心に行っているのは Boyé の研究である。そこで用いら

れているのが、Apophonic Path という考え方である。Apophony とは「一つ

の言語の中で、母音が変化することにより単語が別の単語に変化(派生)した

り、文法上の機能が変化(活用や格変化など)したり、あるいは環境によって

(他の語との合成語形成などで)母音が変化する現象」(Wikipedia:母音交替)

のことである。母音交替もしくは母音変異と呼ばれるもので、英語にも見るこ

とができ、swim-swam-swum のような動詞の変化や goose-geese のような名詞

における母音の変化を指している。Apophonic Path とはその現象の起こる道

筋を示したものである。

先行研究の中でマレー語に対して用いられているのは Guerssel &

Lowenstamm (1996)によってにアラビア語の動詞変化の中での母音交替を分析

するために提唱されたもので、その母音交替が以下のような並びを辿って変化

するというルールを示したものである。

(8) Apophonic Path ① (Guerssel & Lowenstamm)

φ → I → A → U → U

例えば、完了形’labisa’という語から半過去形’jalbasu’という語に変化させると

き、分節音をそれぞれ CaCVCa、jaCCVCu と表すと、V の部分の母音が i から

a に交替している。この動詞の変化形を作るときの母音の選択は上記の並びに沿

っていくということである。

しかしこのままではマレー語に対応してはいないので、Boyé はこれをもとに

Apophonic Path を修正している。それが以下のものである。

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(9) Apophonic Path ② (Boyé)

I → A → O/U → A

例えば、「座る」という意味の duduk-dadak という語を見ると、元となる語の

u が後ろの語では a へと変化している。これも、Guerssel & Lowenstamm の

Apophonic Path と使用方法は同じであり、この並びに沿って母音の交替が起こ

ることを表している。

一見正しいようではあるが、このままでは、Chiming に見られた corat-coret

のような a→e の変化、teka-teki のような a→i という2種類のパターンを説明

することができない。

また、記述レベルでは、母音は以下の表 3 のように変化しており、前の元と

なる語を第一要素、後ろに来る変化後の語を第二要素とし、それぞれの母音を

V1、V2 とすると、どちらかは必ず a になっていることがわかる。

(表 3):記述レベルでの母音の変化

V1 V2

第一要素 a i/e/u/o

第二要素 i/u/o a

そこでさらに、Boyé の Apophonic Path に修正を加える。それは以下の表 4

の通りである。

(表 4):本稿の提案する Apophonic Path

※I→A を①、A→O/U を②、O/U→A を③、A→I を④とする。

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これをもって、gandaan rentak における母音の全変化を説明することが可能で

ある。①から③の変化は Boyé にも示されているが④の変化は本稿が独自に提案

するものである。実際には teka-teki、olak-alik、tindak-tanduk などがある。

関与する母音はマレー語に見られる母音 6 個のうちの/ə/と/e/以外の 4 個であ

り、このように、マレー語の pair-words に対応する Apophonic Path は直線

的ではなく、循環型とすることで、上記の例外にも対応できるようになる。

一語しか例の見つからない a→e の変化は、綴り上は e が出現しているが、基

底の音韻表示では i だったのであると考えられる。そのため、この表4からは

除外してある。その説明に関しては下記に示してある。

ただし、上記のような母音の変化は、マレー語に見られるこの他の一般的な

音変化の後で起こることをここで、前提として述べておく。例えば、/saya/(私)

が[sajə]と発音されたり、/pilih/(選ぶ)が[pileh]と発音されるというものである。

したがって、Gandaan rentak も以下に挙げるような順番で音の変化が起きてい

くことになる。そのため、3-1 内での循環型 Apophonic Path に[e]と[ə]は登場

していない。

(10) a → ə / _# : 語末の a が əに変化する

例)

基底: /baru/

重複 : baru-baru

Apophonic path③: baru-bara

最終母音曖昧化: baru-barə

表層: [baru-barə]

(11) i → e / C_C : 閉音節内の i が e に変化する

例)

基底 : /dolak/

重複 : dolak・dolak.

Apophonic Path③④: dolak・dalik

声門閉鎖化: dolaʔ-daliʔ

閉音節内の/i/が変化: dolaʔ・doleʔ

表層: [dolaʔ・doleʔ]

例)

基底: /corat/

重複: corat・corat

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Apophonic Path ④: corat・corit

閉音節内の/i/が変化: corat・coret

表層: [corat・coret]

(12) u → o / C_C: 閉音節内の u が o に変化する

基底: /asal/

重複: asal・asal

Apophonic Path②: asal・usul

閉音節内の u が変化: asal・usol

表層: [asal・usol]

以上のルールは 3-2 で具体的な例を用い検証していく。その際は母音の変化の

みを扱う Chiming を主に対象とする。

3-2.ルールの検証

ここでは、3-1 で述べた母音変化のルールに関わる現象である Chiming に属

する語の規則性の分析を進めるとともに、ルールの検証をおこなっていく。ま

ず、先に述べたように、「元となる語と、その語の子音は残り母音のみが変化し

た語という組み合わせからなるもの」を本論では Chiming と設定する。子音の

変化はこれに関与しない。私の集めたデータでは 100 語の内 48 語をこの

Chiming に分類した。ここで用いる変化のパターンは以下の4通りであった。

(13) a. 2つの母音が同じ変化をするもの: huru-hara (12/48)

b. 2つの母音が違う変化をしているもの: untang-anting (15/48)

c. 最後の母音が変化しているもの: baru-bara (18/48)

d. 最初の母音が変化しているもの: romping-ramping (3/48)

括弧内の数字は Chiming に分類したうちのいくつが(13a)~(13d)のパターンに

当てはまるかを示したものである。Boyé の研究では多い順に(13c)→(13b)→

(13a)→(13d)とされており、今回私が集めた例でも(13c)→(13b)→(13a)→(13d)

となったため、サンプル数は少ないものの、同じ結果となった。しかし、今回

は Boyé とは違う分類方法を用いて分析を進めている。2章で挙げた定義を元に、

Boyé では Chiming には分類されておらず、Tham では Rhyming に分類されて

いた語も本論では改めて Chiming に分類しなおしたり、その逆の場合は

Rhyming に分類しなおしている。その例としては lesap-lesup (Tham の分類で

は Initial Rhyming に分類されていた)などがある。そのため、分類方法が違っ

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ても同じ結果が出たということから、この変化のパターンは決まった形である

ことが言える。

さらに、上記の例を細かく変化のパターンごとに整理していく。上で大きく

(13a)から(13d)までの変化に分けたが、その中にもさらに複数のパターンが存在

していることがわかった。Boyé の研究をもとに、説明を付け加えると以下の通

りである。また、私が収集したデータでの語数を括弧内に示してある。

まずは(13a)を(14)に示す。

(14) 3 パターンの変化がある。

a. a → u:asal-usul (1 語)

b. o → a:porok-parak (3 語)

c. u → a:duduk-dadak (8 語)

多い順に③→②→①であり、[i]は現れることがない。(14a)の変化は挙げた例の

みである。次に(13b)を(15)に示す。

(15) 3 パターンの母音の変化の組み合わせがある。

a. {o→a,a→i}:bongkar-bangkir (9 語)

b. {u→a,a→i}:kumat-kamit (5 語)

c. {i→a,a→u}:tindak-tanduk (1 語)

この場合、③はこの tindak-tanduk のみであり、①が最も多い。先にくる母音

の変化の先は必ず[a]である。また後ろにくる母音が[a]の場合必ず変化が起き、

変化の先は[i]、もしくは[u]となる。次に(13c)を(16)に示す。

(16) 6 パターンの変化がある

a. a→o:dempang-dempong (3 語)

b. a→u:cepak-cepuk (7 語)

c. a→i:serbah-serbih (3 語)

d. a→e:corat-coret (1 語)

e. u→a:baru-bara (1 語)

f. i→a:mandi-manda (2 語)

多い順に②→①③→⑥→④⑤であり、④⑤のパターンは挙げた例のみである。

後ろの母音が[a]の場合、必ず変化が起き、変化の先は[i]、[u]、[e]、[o]である。

次に(13d)を(17)に示す。

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14

(17) 2つのパターンがある。

a. o→a:ongkoh-angoh romping-ramping

b. u→a:gelusur-gelasur

ここで挙げた(17b)の el は接中辞であると考えられる。この変化のパターンはこ

こに挙げたもののみである。i は現れることはなく、先にくる母音の変化の先は

必ず[a]である。

以上の分析をもとに、3-1 のルールの検証を行う。Boyé は Apophonic Path

を修正しているが、そのパターンだけでは上に挙げた(2)(3)の変化が説明でき

ないことが上記の例からも見て取れるだろう。全てがこの並びにそのまま当て

はまるわけではないため、個々に Apophonic Path の使用条件、つまりどの程

度当てはめことができるかを調べる必要がありそうである。そこで、Boyé の分

析に説明を付け加えるとともに、母音の変化ごとに個別に条件を付加していく。

(14)と(17) 母音が2つとも同じ変化を辿るこの場合、この Boyé によって

修正された Apophonic Path をそのまま使用できる。

(15) 母音2つが違う変化をするこの場合、最初の母音はこの Boyé の

Apophonic Path 通りの変化をするが、後ろの母音は a→i と a→u の2通

りしかない。これも Boyé の Apophonic Path に沿っている。全体でも上に

挙げた3パターンしか変化がないのがこの種類の Chiming である。

(16) 最終母音のみが変化するこの場合、Boyé の Apophonic Path に登場

しない e の現れる corat-coret を例外とすれば、a→i 以外はこの Boyé の

Apophonic Path に沿っている。そこで、この場合は a→i も例外と考える

か、Boyé の Apophonic Path の逆行が起きる例であると考えられる。

以上のように個別に見ていくと、Boyé の Apophonic Path は母音が2つある

語の場合、最初に現れる母音に対しては適用できると言えそうである。しかし、

もう一方の母音、後ろに現れる母音に対しては、適用できるパターンと、例外

があることになる。よって、Boyé のものには修正の余地がありそうである。

ここで、3-1 の表 4 を見ると、この Boyé の分析では例外扱いになってしまった

(8-2)を Apophonic Path④で説明することが出来る。Corat-coret については、

Page 15: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

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前述の通り、綴り上では[e]であるが、実際は[i]の扱いをすることができると考

えられる。

以上の検証の結果、Chiming に現れる母音の変化は全て 3-1 で述べたルール

に従って起きていることがわかった。直線ではなく、[i]をさらに加えた循環型

の表4のようなApophonic Pathに沿って母音の変化が起こっているというこ

とである。

続いて次章では、子音の変化のルールを提示し、それを検証していくととも

に、母音の変化のルールが Chiming 以外にも適用できるのかどうかの分析お行

っていく。

第四章 子音の変化のルール

4-1. ルールの提示

Gandaan rentak における子音の変化は主に 4-2-1、4-2-2 で取り上げる

Rhyming の語の形成に関与するものである。Gandaan rentak に現れる全ての

子音が従うルールを以下に述べていく。

まず、Gandaan rentak に現れる子音を以下に列挙する。

(18) p, b, t, d, k, s, h, c1, m, n, ŋ, l, r

どのような特徴を持った音が特に多いということはないが、口蓋垂音と唇歯

音は登場しておらず、破裂音は多く見られる結果となった。つまり、マレー語

に元々ある音が多く、f や v といった借用の音が入ったものはないということで

ある。

この(18)うち、4-2-2 に関わる子音は以下に挙げるもののみである。

(19) p, t, d, k, h, m, n, ŋ

子音は、Gandaan rentak を第一要素、第二要素に分けた場合、第一要素の子

音がなんらかの操作によって第二要素に変化していると考えられる。また、起

こり得る子音の変化の組み合わせはランダムに起こるわけではなく以下に列挙

1 ここで c と書くのは[ʧ]のことである。

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16

するパターンに限定されている。第一要素の変化前の子音を左に、第二要素の

変化後の子音を右に書き、矢印で操作を表すと次のようになる。全部で 18 通り

ある。

(20) p→n, p→r, t→l, k→b, k→m, k→r, s→b, s→m, s→l, h→p, h→b,

h→d, c→b, c→m, ŋ→t, ŋ→k, l→p, r→t

上記の内、変化前変化後の両方に見られるのは[k]、[t]、[r]、[p]、[l]の 5 個の

みであり、それ以外の子音は変化前・変化後のどちらかのみに関与している。

以下にまとめておく。

(21) 変化前のみ:[c]、[s]、[h]、[ŋ]、

変化後のみ:[m]、[n]、[d]、[b]

両方 :[k]、[t]、[r]、[p]、[l]

こうしてみると、変化前のみの音に共通性はないが、変化後の音のみに現れ

る子音は、有声音に限定されていることがわかる。

次にこの 14 通りの子音の変化の規則性を弁別的特徴をもとにみていく。今回

はより細かい特徴の一致まで見ていくために、調音位置と調音方法という 2 元

的な表し方をしている調音音声学的記述ではなく、こちらをもとにする。しか

し、検証の過程では参考までに用いる。なぜ調音音声学的記述を使用しなかっ

たかについては 4-3 で後述する。

変化の規則性を考察するため、マレー語の子音の弁別的特徴は Zaharani

Ahmad(2006)の表(表 5)を用いる。この表では調音位置や調音方法に加え、

sonorant など音響的な特徴のほか、解放の有無も含めて取り上げられている。

もともとは Jakobson によって提唱された 15 の弁別的特徴によって子音を区別

するものであるが、マレー語における子音を定義づける為には、以下の 13 通り

で充分である。プラスがついているものはその特徴を持ち、マイナスの場合は

持たないことを示している。以下にその表 4 を示す。

(22) [b]は

+ Kons.

+ Ant.

+ Suara

Page 17: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

17

[p]は

+ Kons.

+ Ant.

- Suara

(表 5)

b d g p t k ʤ c s l r m n ɲ ŋ w y h ʔ

Silabik - - - - - - - - - - - - - - - - - - -Konsonantal + + + + + + + + + + + + + + + + + + +Sonorant - - - - - - - - - + + + + + + + + - -Nasal - - - - - - - - - - - + + + + - - - -Belakang - - + - - + - - - - - - - - + - - - -

Tinggi - - + - - + + + - - - - - + + + + - -Bundar - - - - - - - - - - - - - - - + - - -Kontinuous - - - - - - - - + + + - - - - + + + -Antelior + + - + + - - - + + - + + - - - - - -Koronal - + - - + - + + + + - - + + - - - - -Strident - - - - - - + + + - - - - - - - - - -Suara + + + - - - + - - + + + + + + + + - -Letupan Lewat - - - - - - + + - - - - - - - - - - -

今回はこの表 5 を基に以下の(23)の計算方法を用い、子音が変化する前のもの

と後のものでどのくらい変化しているかを調べる。

(23) a. 特徴の一致をプラス1とし計算する。

b. 変域は1≦X≦12である。(理論値は 0≦X≦13 であるが、

Gandaan rentak の定義上全て違うこともないため、完全一致・

完全不一致は無い。)

この計算方法でいくと、数が大きいほど、一致する特徴が多く、似た性質を

持つ音になるということである。たとえば、k と m は、Silabic、Konsonantal、

Bundar、Kontinuous、Koronal、Strident、Letupan Lewat の 7 つの弁別的特

徴が一致している。そのため、今回の指標となる一致数は 7 であるとする。具

体的な例をいくつか挙げておく。

(24) selok-belok:[s→b]=10, lauk-pauk:[l→p]=9,

remeh-temh:[r→t]=8, Kuih-muih:[k→m]=7

Page 18: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

18

cerai-berai:[c→b]=7, sayur-mayur :[s→m]=6

(23)の計算を数直線で表すと以下のようになった。

(表 6)

(ŋ→k)

(p→n) (s→l)

(ŋ→t) (c→m) (r→t) (l→p) (s→b)

(c→m) (s→m) (k→m) (k→r) (h→d) (h→b)

0―1―2―3―4―5―――6――――7――――8――――9――――10―――11―12―13

理論上は(23b)に挙げた範囲で変化が起きうるが、今回の分析では5から10の

範囲に収まる結果となった。

このことから、次のようなことを、子音の変化のルールとして定めることが

できる。

(25) a. 変化できる子音は(9)の 13 個、組み合わせは(11)の 19 通りに限

られる。

b. 子音は変化する場合は同じ特徴を 5こ以上 10こ以下持った比較

的近い音に変化する。

c. 調音位置は変化してもしなくてもよいが、変化する場合は

bilabial もしくは alveolar である。例えば、k→m はあるが m→

k はない。

d. 調音方法は必ず変化する

このルールの検証は主に子音の変化を伴う Rhyming を扱い、4-2-1、4-2-2 でそ

れぞれ具体的な例を用いて行うこととする。

4-2. ルールの検証

ここでは、子音の変化のみられる Gandaan rentak の一つである Rhyming の分

析を進めると共に、4-1 で挙げた子音の変化のルールの検証を行う。Rhyming

はその特徴から大きく 2 つに分けられ、それぞれを Final Rhyming、Initial

Rhyming と呼称する。細かい分類は以下でそれぞれ行う。

Page 19: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

19

4-2-1.Final Rhyming

一般にRhymingとはGandaan rentakを元となる語の第一要素と変化したあ

との語の第二要素に分け、それぞれを C1-1V1-1C1-2、C2-1V2-1C2-2と表した場合、

V1-1C1-2とV2-1C2-2が一致する現象を指す。ここでは、「Gandaan rentakのうち、

子音のみ、または子音と母音の両方の変化を伴うもの」と定義する。つまり

Rhyme と呼ばれる部分を含み、さらに範囲を広げて、語の後ろの部分の一致が

見られるものを Final Rhyming と呼ぶ。中には、Onset や音節までの一致が見

られるものや子音が二つ以上変化するものも存在している。Final Rhyming に

分類される語には以下のような語がある。

(26) Calar-balar、halai-balai、tunggang-langgang、kacau-balau…など

こうして並べてみると、一致している部分ごとに分けることができそうであ

る。後ろから見て、一致部分を囲むと以下のような5通りの変化が存在する(少

なくとも存在する可能性が考えられる)とわかった。私が Pair-Words と定義し

たもののうち、27 語をこの Final Rhyming に分類することができた。カッコ内

にはその語数を示してある。

(27)

a. C1V1C2.C3V2C4 (23 語)

b. C1V1C2.C3V2C4 (2 語)

c. C1V1C2.C3V2C4 (0 語)

d. C1V1C2.C3V2C4 (2 語)

e. C1V1C2.C3V2C4 (0 語)

このような 5 パターンになるのは (27a)が最も多く、(27b)と(27d)は、例は発

見できたものの少なく、(27c)と(27e)は一つも発見できなかった。しかし、理論

上は存在しているといえるため、このまとめには示しておく。また(27e)は理論

上では存在すると言えるが、実際にはほぼどんな語の組み合わせでもよくなっ

てしまうため、限りなく少ないと言うにとどめておく。

次に、先の 3-1 の(11)でも挙げた 19 通りのうち、Final Rhyming に出現する

変化のパターンを全て明らかにしておく。

(28)

c→m:ceret-meret、condong-mondong

Page 20: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

20

k→m:karut-marut、kuih-muih

s→m:sayur-mayur、sending-mending

c→b:calar-balar、cerai-berai

h→b:halai-balai、hingar-bingar

s→b:selok-belok、saka-baka

h→d:hina-dina

k→r:kaya-raya

r→t:remeh-temeh

s→l:senang-lenang

l→p:lauk-pauk

t→l:tunggang-langgang

k→b:kacau-balau

h→p:hiruk-pikuk

p→r:pindah-randah

この変化を(27)の a から e と照らし合わせて示してみる。

(29) a. C1V1C2・C3V2C4:c→b、c→m、h→d、

h→b、k→m、s→m、

s→b、l→p、k→r、

r→t、s→l、

b. C1V1C2・C3V2C4:t→l、p→r

c. C1V1C2・C3V2C4:無し

d. C1V1C2・C3V2C4:k→b、h→p

e. C1V1C2・C3V2C4:無し

以上のようになり、gandaan rentak 全体で見られる変化の組み合わせのうち、

Final Rhyming で現れたのは、15 通りであった。また、a から e の変化のパタ

ーンの中で、同じ子音の変化が見られることはなかった。つまり、a で見られる

子音の変化が、b 以下で現れることはないということである。変化のパターンが

重複することがないというのは、Chiming には見られない特徴である。

次に、最も数の多かった(27a)の具体例を用い、ルールの検証に移る。

Calar-balar の子音の変化は c→b である。3-1 の表 5 を見て必要な部分を抜き出

すと次の(30)のようになる。

Page 21: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

21

(30)

sil. kon. son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

c - + - - - + - - - + + - +

b - + - - - - - - + - - + -

一致する部分は色を付けた部分であり、一致数は7となる。IPA 表を参照する

と、この2つの音は調音位置も調音方法も異なり一見共通点がないようである

が、この弁別的特徴という観点から見ると、半分以上の特徴が一致する「近い」

音であることがわかる。このことから、この c→b という変化は 4-1 の(25)で挙

げたルールに当てはまるといえる。

(27b)についても同様に検証する。私が発見できたのは以下に挙げる2例のみ

であった。

この例は、子音の変化だけでなく、母音の変化も一つずつ見られるパターン

である。母音の変化については以下にまとめて行うため、ここでは子音の変化

のみに注目する。

tunggang-langgang の母音の変化は u→a、子音の変化は t→l である。この変化

に関する表 5 の部分を抜き出すと以下の(31)ようになる。

(31)

Sil. Kon Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

t - + - - - - - - + + - - -

l - + + - - - - + + + - + -

一致するのは色を付けた部分であり、一致数 10 はとなる。このことから、この

変化もルールに従っているといえる。実際に IPA 表を参照してみると、[t]と[l]

は同じ歯茎音の位置で調音されるという点が共通している。弁別的特徴という

観点と IPA という観点のどちらから見ても共通点のある音ということである。

次に Pindah-randah の母音の変化は i→a、子音の変化は p→r である。

表 5 で対応している部分を抜き出すと以下の(32)ようになる。

(32)

Sil kon son. Nas Bel. Ting Bund Kont Ant Kor. Stri. Sua l.l.

p - + - - - - - - + - - - -

r - + + - - - - + - - - + -

Page 22: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

22

一致するのは色を付けた部分であり、一致数は 9 となる。よって、この子音

の変化も 4-1 の(25)のルールに従っていると言える。IPA 表を参照すると、先に

挙げた t→l のような変化とは違い、調音方法も調音位置も異なる音であるが、

このように弁別的特徴による分類を用いて比較すると、かなり近い音であると

いうことが可能である。

次に(27d)の検証を行う。母音の変化が見られないが、子音の変化が二つ起こる

ことがこのパターンの特徴である。

kacau-balau2の母音の変化はなく子音の変化は一組目が k→b、二組目が c

→l である。子音の変化のルールを検証するために再び表 5 で対応している部分

を以下に抜粋する。変化が二つの音で起こっているので、そのどちらも検証対

象とする。

(33)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kon

t.

Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

k - + - - + + - - - - - - -

b - + - - - - - - + - - + -

一致する部分は色を付けた部分であり、一致数は 9 である。このことから、

この変化もルールに従っていると言える。また、IPA 表を参照すると、k と b

は破裂音に位置する音であるという共通点はあるが、調音位置に関しては異な

っている。しかし弁別的特徴という観点からみれば、今までの検証を同様に近

い音である。

さらに二組目の変化も検証していく。

(34)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bun

d.

Kont. Ant. Kor. Strid. Su

a.

l.l.

c - + - - - + - - - + + - +

l - + + - - - - + + + - + -

二組目の変化も、色を付けた部分が一致する項目であり、一致数は 6 である。

IPA 表を参照してみるとこの2つの音は共通点がない。またべ弁別的特徴の面

2 Kacau-bilau という語も別に存在している

Page 23: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

23

から見ても、一致数は少ないほうである。しかし、4-1 の(25)で挙げたルールの

範囲内に収まっており、ルールがあてはまっているということが出来る。

次に hiruk-pikuk を見ると、母音の変化はなく、子音の変化は一組目が h→p、

二組目が r→kである。また検証のため、表 5 の必要な部分のみ以下に抜粋する。

まず一組目は以下の(35)ようになった。

(35)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

h - + - - - - - + - - - - -

p - + - - - - - - + - - - -

一致する項目は色を付けた部分であり、一致数は 11 である。かなり近い音へ

の変化であることがここからうかがえる。そして、(25)のルールに従っての変化

である。

次に二組目も表 5 を抜粋して検証をしていく。以下の(36)のようになる。

(36)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

r - + + - - - - + - - - + -

k - + - - + + - - - - - - -

一致する項目は色を付けた部分であり、一致数は 8 となるため(25)のルールに

従って変化していると言える。

以上のような検証によって、Rhyming において子音が三組の変化を持つもの

は発見できなかったが、2つ以上変化してもルールがおそらく適用されるとい

うことが言えるだろう。一組目と二組目の変化の関係性に関しては、どちらか

の音が有声音から無声音に変化するということは言えるようであるが、具体例

が少ないため、さらなる検証が必要であり今後の課題である。

次に、母音の変化に焦点を当て、ルールの検証を行う。

Final Rhyming に見られた母音の変化は以下のもののみであった。Chiming に

比べ、その数は少なくかなり限定されている。

(37) [u]→[a]、[i]→[a]

Page 24: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

24

この母音の変化が見られたのは、パターン(27b)のみであった。他のパターンで

も母音は変化すると考えられるが、今回は具体例が見つからなかったため、分

析対象外とする。

上記の2通りの母音の変化は 3-1 で挙げた Apophonic Path 表 3 に従って変

化していると言える。また、u→a という変化は 3-2-1 で検証した Chiming でも

多くの例が見つかった組み合わせである。変化後の音[a]は Pair-Words 全体を通

して最も多い変化であるということが出来る。

以上より、Final Rhyming でも母音・子音の変化のルールは適用されており、

特に母音のルールに関しては Chiming のみに関与するわけではないのではない

かと考えられる。この点に関しては以下の Initial Rhyming における検証を終え

たのちに判断するものとする。

4-2-2. Initial Rhyming

ここでは gandaan rentak のうち、Chiming にも Final Rhyming にも分類さ

れないが、変化のパターンが Final Rhyming と近いものを、Initial Rhyming

と呼称し、検証を行っていく。

Initial Rhyming は Final Rhyming に比べ母音の変化が多い。また二重母音が

現れるという特徴もある。そのため先行研究では Chiming との境界が曖昧にな

っているのがいくつか見受けられた。

そこでまずは、Initial Rhyming が具体的にどのような語なのかを明らかにす

る。先行研究では alliteration と言われることもあり、いわゆる頭韻に似ている。

しかし、頭韻よりも一致する範囲の幅を広げたものがこの Initial Rhyming であ

る。

Final Rhyming と比較すると、一致する部分を前から見ていくことのできる

ものである。いうなれば逆の Rhyme のような現象で、具体的には、子音のみ、

または子音と母音の両方の変化を伴う語がこれに当てはまる。

比較しやすいように Final Rhyming と同様に前の語と後ろの語の一致する部

分を囲む表記を用いると以下のようになった。pair-words のうち 17 語をこれに

分類することができ、カッコ内にその変化をする語数を示した。

(38) a. C1V1C2.C3V2C4 (0 語)

b. C1V1C2.C3V2C4 (2 語) :liang-liok、remuk-redam

c. C1V1C2.C3V2C4 (0 語)

d. C1V1C2.C3V2C4 (15 語) :batu-batan、sorak-sorai など

e. C1V1C2.C3V2C4 (0 語)

Page 25: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

25

上記のことから Initial Rhyming は Pair-Wordsの中では具体例の少ない変化

である。今回は、②、④以外の具体例は発見することができなかった。②も発

見できたのは上に挙げた 2 語のみである。しかし理論上は 5 通り全てが存在し

ているといえる。ただ、①に関しては存在しても限りなく少ない例であること

は Final Rhyming と同様である。Intial Rhyming において最も多いはずの⑤

が発見できなかった理由は今回の検証ではわからなかった。

そして、この変化に関わる子音の変化は 4-1 でも触れたが以下の 8 音のみであ

る。この子音の特徴を比べていくと、関与している音はこの8音に限定されて

おりかつすべて破裂音と鼻音の交替であることがわかった。

(39) p, t, d, k, h, m, n, ŋ

また、子音同士の交替の組み合わせは以下の 5 通りのみである。括弧内に何

例発見できたかを示してある。

(40) ŋ→k: liang-liok (3 語)

ŋ→t: gediang-gediut (3 語)

p→n: tegap-tegun (1 語)

k→m: remuk-redam (1 語)

m→d: remuk-redam (1 語)

上記の一致する範囲による分類(38)と(40)とを対応させると次のようになる。

(41) a. C1-1V1-1C1-2・C2-1V2-1C2-2 :無し

b. C1-1V1-1C1-2・C2-1V2-1C2-2 :(ŋ→k)、(m→d)、(k→m)

c. C1-1V1-1C1-2・C2-1V2-1C2-2 :無し

d. C1-1V1-1C1-2・C2-1V2-1C2-2 :(ŋ→k)、(ŋ→t)、(p→n)、

e. C1-1V1-1C1-2・C2-1V2-1C2-2 :無し

このように Final Rhyming とは異なり、例も少なく、変化のパターンも少な

い。また、Final Rhyming と重なる変化は k→m のみであり、その他 4 通りは

Initial Rhyming のみに見られるものであった。また、一致する範囲ごとに見て

いった場合、Final Rhyming のように同じ変化が違うとこに現れることがない

というわけではなく、ŋ→k は(38b)と(38d)の両方に見られた組み合わせであっ

た。

Page 26: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

26

次に、上の(38)の中で例の見つかった、(38b)と(38d)の具体例を用いて、音変化

のルールの検証を行っていく。第一に主に子音の交替に着目し、3-1 に挙げた子

音の変化のルールに従っているかを確かめ、規則性についても分析を行ってい

く。ただし k→m のついては Final Rhyming ですでに検証したので繰り返し取

り上げない。また母音の変化も見られるが以下にまとめて行うのでここでは注

目しない。

まず(38b)の例では、liang-liok があり、その母音の変化は a→o、子音の変化は

ŋ→k である。子音の変化についてはここでまた Final Rhyming と同様に表 5

の必要な部分を抜粋し、一致数を調べると以下の(42)のようになる。

(42)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

ŋ - + + + + + - - - - - + -

k - + - - + + - - - - - - -

色を付けた部分が一致する項目であり、一致数 10 である。よって、3-1 の子

音の変化のルール(25)に従っていると言える。

次に remuk-redam の母音の変化は u→a、子音の変化は d→m、k→m の二組

である。例 1 との違いは最初の音節が母音で終わっているか、子音で終わって

いるかであり、子音で終わっている場合、②のパターンではその子音も変化す

るため、二組の変化が起きるものである。表 5 を用いて一致数を確かめると以

下の(43)のようになった。

(43)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting

.

Bund

.

Kont

.

Ant. Kor

.

Strid

.

Sua. l.l.

d - + - - - - - - + + - + -

m - + + + - - - - + - - + -

一致する項目は色を付けた部分であり、一致数は 10 になった。よってルール(25)

に従っての変化であると言える。

さらに、(38d)の例のなかでとくに上に挙げた 7 音の子音の変化が現れているも

ので検証を行う。まず gediang-gediut の母音の変化は a→u、子音の変化は ŋ→

t である。表 5 を用いて一致数の検証を行い、(44)に示す。

Page 27: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

27

(44)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. Kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

ŋ - + + + + + - - - - - + -

t - + - - - - - - + + - - -

一致する項目は色を付けた部分であり、一致数は 6 となった。よって、これ

も子音の変化のルール(25)に従っている。

次に tegap-tegun では母音の変化は a→u、子音の変化は p→n である。この子

音の変化を表 5 を用いて検証すると以下の(45)の通りである。

(45)

Sil. Kon. Son. Nas. Bel. Ting. Bund. kont. Ant. Kor. Strid. Sua. l.l.

p - + - - - - - - + - - - -

n - + + + - - - - + + - + -

一致する項目は色を付けた部分であり、一致数は9である。よってルール(25)

に従っていると言える。

また本節の最後に、gandaan rentak のうち Initial Rhyming のみに起こる子音

の出現・消失についても述べておく。

ここで見られる具体例は以下に挙げるもののみであり、その数は少ない。

(46)

(出現) (消失)

φ [n] [k]

[ŋ] [t] φ

[n]

[h]

子音が出現するのは、第一要素の最終音節が母音で終わっている場合であり、

消滅は第一要素の最終音節が上の3音で終わっている場合である。また、子音

が消滅した場合、語末が二重母音になる。おそらく音節の「重さ」を保とうす

るため起こるものであると考えられる。gerak-geri は母音の変化が起き[i]が出

Page 28: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

28

てきた時点でマレー語には[i]が先に来る二重母音が存在しないため、そのまま

留まったのではないだろうか。この 2 語以外の語には当てはまる規則である。

具体的な例を以下に示す。

(47) 出現の例

batu-batan 子音の変化は[Φ]→[n]

lalu-lalang 子音の変化は[Φ]→[ŋ]

beli-belah3 :母音の変化は[i]→[a]、子音の変化は[Φ]→[h]

(48) 消失の例

bukit-bukau :母音の変化は[i]→[au]、子音の変化は[t]→[Φ]

gerak-geri :母音の変化は[a]→[i]、子音の変化は[k]→[Φ]である

licin-licau :母音の変化は[i]→[au]、子音の変化は[n]→[au]である。

(40)と(46)の分析から、子音の変化は①鼻音⇒摩擦音または破裂音、②阻害音

⇒鼻音の二パターンのみである。また、阻害音から阻害音、鼻音から鼻音への

変化はなく、この変化をするかもしくは消失する。

そして子音の消失というのは、上に挙げた3音の前が i である時に起こり、かつ

変化の先は二重母音[au]である。よって gerak-geri の変化は例外である。

さらに、母音のみの変化に着目してルールの検証・規則性の分析を行ってい

く。

Initial Rhyming に見られる母音の変化をまとめると以下のようになる。

(49) [u]→[a]:remuk-redam

[i]→[a]:beli-belah

[i]→[ua]:jeling-jeluat

[i]→[au]:bukit-bukau

[a]→[o]:becang-becok

[a]→[u]:kibang-kibut

このように具体例を見ていくと、前の語が開音節で終わる場合、母音は必ず a

に変化している。a の音は自身も変化しやすいが、変化の先としてもよく現れる

音である。

二重母音が現れるのは、前の語の[i]の変化の先としてであり、具体的には

3 [h]が出現するのはこの例のみであり、例外的なものであると考えられる。

Page 29: (指導教員:野元 裕樹)マレー語におけるPair-Wordの音韻の研究

29

jeling-jeluat と bukit-bukau、licin-licau の 3 語のみである。jeling-jeluat では

二重母音ではなく母音連続になっているが、これも「重さ」保持のためではな

いかと考えられる。この二重母音が現れるのは gandaan rentak のうちこの

Initial Rhyming のみである。ただし、純粋に母音のみの変化を見た場合、ここ

に挙げた変化は表 3 の循環型 Apophonic Path に従っている。

また、母音と子音の組み合わせに着目する。上記の例から、母音+子音の変化

にもパターンが見受けられたため、ここでまとめておく。

(50) [u]→[an] [ap]→[un]

[in]→[au] [ak]→[i]

[it] [aŋ]→[ok]

[i]→[ah] [ut]

[iŋ]→[uat]

組みあわせは以上の9通りとなった。例は少なく、これ以外のパターンが存在

する可能性もあるが、母音、子音をバラバラに見ると、それぞれの変化は一定

のルールに従っている。

4-3. 弁別的特徴による分析を選んだ理由

ここでは、弁別的特徴ではなく、調音音声学的記述を用いた分析がなぜうま

くいかなかったに触れ、弁別的特徴を用いた分析の有用性を確認する。

まずは、gandaan rentak に見られた特徴を以下の表 7 をもとに(51)の計算方

法で分析する。表 7 は、マレー語の子音を音素レベルで示したものである。

(表 7:Carta Konsonan BM)

両唇音 唇歯音 歯茎音 硬 口 蓋

軟口蓋

口 蓋 垂

声門音

破裂音 p b t d k g q ʔ

鼻音 m n ɲ ŋ

震え音 r

摩擦音 f v s z ʃ x ɣ h

破擦音 ʧ ʤ

側面音 l

半母音 w j

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(51) a. 調音位置が後ろに下がることを+1、前に前に来ることを-1

(変域は-6≦X≦6)

b. 調音方法が表の下に行くことを+1、上に上がることを-1と

する。(変域は-6≦X≦6)

c. (調音位置,調音方法)と表す。

例えば、c→m の組み合わせなら、調音位置は c が硬口蓋音、m が両唇音なの

で前に移動しているため、-3 となり、調音方法は cが破擦音、m が鼻音であ

り、IPA の表においては上に動いているため-3 となる。よって、この組み合わ

せを(51)の方法で表すと(-3,-3)である。

4-1(20)で挙げた 18 通りの変化のパターンをこの計算方法で示すと以下の通

りである。

(52) p→n=(+2,-1), p→r=(+2,-2), t→l=(0,+5),

k→b=(-4,0), k→m=(-4,+1), k→r=(-2,+3),

ŋ→t=(-2,-1), ŋ→k=(0,-1), s→b=(-2,-3),

s→m=(-2,+2), s→l=(0,+2), h→p=(-6,-3),

h→b=(-6,-3), h→d=(-4,-3), c→b=(-3,-4),

c→m=(-3,-3), r→t=(0,-2), l→p=(-2,-5)

そしてグラフに表すと次の表 8 のようになる。

(表 8):調音音声学的記述を元にした変化の度合い

以上のような計算方法を用いると、調音位置の変化、調音方法の変化いずれに

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関してもどこの範囲でしか動かないといった制約も見られず、統一性がないの

が表からもわかる。一方で、弁別的特徴を用いた分析では表 6 のように動く範

囲に制限を持った統一性のある変化を見て取ることが可能である。

よって、この表 8 のような調音音声学的記述ではなく、表 5 の弁別的特徴を用

いた分析を本稿では採用した。

第五章 変化の頻度

ここでは、3-2、4-2 での分析をもとに、変化のパターンがどの程度起こるかを、

母音、子音に分けて検証する。

5-1. 母音の変化の出現頻度

ここでは、3-2 の Chiming の分析をもとに、変化のパターンがどの程度起こ

るかについて述べる。しかし、今回は発見できたデータに限りがあるため、参

考程度の数字である。

3-1 で a→e、a→i という2種類の例外が出てしまったため、さらに、変化の出

現数という視点からの分析をしていく。変化のパターンは全体を通して 7 通り

であり、以下に列挙する。数字は母音一つの変化に付き1ずつ足していったも

のである。この計算法方法によって、どの変化が多く起きているかを判断でき

る。例えば、 Huru-hara なら u が二回あるので u→a に+2、bongkar-bangkir

なら o→a に+1、a→i に+1 である。

(表 9) 母音の出現数

a→u : 10 a→o : 3

u→a : 26 i→a : 3

o→a : 17 a→i : 17

a→e : 1

表 9 より、調音位置の変化は、前母音から後ろ母音、狭母音から広母音と変化

の幅が大きく、規則性は特に見られないが、a は比較的変化しやすい音であるこ

とがうかがえる。またその変化の先はマレー語の e 以外の音全てであり得る。

前述の通り、/e/は/i/として分析している。中でも最も多いのが、a→i というパ

ターンである。また、a は変化の先の音としても出現数が多い。その例が全変化

の中で最も多い u→a というパターンである。これは 3-1 で見ていた Boyé の

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Apophonic Path でも A が繰り返し現れていることにも関係しているだろう。

表 8 では(15)の母音2つが違う変化する場合も加えたが、(15)の場合は変化の組

み合わせは決まった3パターンなので、(15)に分類した 15 語を除外して考える

こともできる。その場合は以下の表 10 のようになる。

(表 10)

a→u : 9 a→o : 3

u→a : 21 i→a : 2

o→a : 8 a→i : 3

a→e : 1

ここでも、最も多い母音の変化は(14)の例に頻出の u→a であることに変わりは

なく、また次に多いのが a→u、o→a であることにも変わりがなかった。また、

それ以外の数はほぼ横並びになるという結果になった。

現れる割合が他のパターンとほとんど変わらないということから、Boyé の

Apophonic Path には逆行する変化である a→i というパターンと、Apophonic

Path に登場しないパターンである a→e も例外と考えるよりは、変化の一つと

して捉える方が良さそうである。

5-2. 子音の変化の出現頻度

ここでは、4-2 の Rhyming の分析をもとに、子音の変化の出現頻度に関して

のべておく。5-1 と同様に、何をデータの収集元とするかで数が変動する可能性

があるため、参考程度の数字である。

一つ一つの変化が27語のうちどのくらい見られたかを調べてみた結果を以下の

表にまとめた。

(表 11)

c→m = 4 k→m = 2 s→m = 3 c→b = 2

h→b = 3 s→b = 3 h→d = 1 k→r = 1

r→t = 1 s→l = 2 l→p = 1 k→b = 1

t→l = 1 h→p = 1 p→r = 1

この表より、どの変化が突出して多い、ということはなさそうである。しかし、

よく変化が起こる音として、[c]や[h]、[s]を、変化した後の音よくとして登場す

るものに[m]、[b]を挙げることは可能であろう。そのことから、無声音が有声音

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に変化しやすいということも言えるのではないだろうか。またこの表に出現し

ない音もある。調音位置でいえば唇歯音に属する音と口蓋垂音に属する音はこ

の Rhyming の変化に関与しないというルールの検証ができたことになる。

第六章 結論

以下に 6-1、6-2 で第三章、第四章の検証のまとめを、6-3 で今後の課題につ

いて述べる。

6-1. 検証全体のまとめ

3-2 における検証により、母音のルールは、Chiming のみで注目されがちだ

が Rhyming にも当てはまることがわかった。すなわち、この母音のルールは

gandaan rentak 全体に作用するものである。子音のルールも同様であると考え

られるが、Chiming は母音の変化のみを扱うものなので、結局 Rhyming のみ

に作用しているように見える。さらに、Chiming、Rhyming を通して、最も多

い母音の変化のパターンは[u]→[a]という共通点もあった。子音の変化は、Initial

Rhyming では、子音の消滅・出現という他には見られない変化も存在したが、

子音交替という点では Final Rhyming と同じルールに従っていた。

以上より、ここから導き出されることは、「関与する子音・母音は限定されてい

る」ということ、「Gandaan rentak は、全て同じルールのもとで母音・子音の

変化が起きている」ということである。

6-2. Chimingについてのまとめ

Chiming について定義、分類に関する規則性、特徴は以下のようにまとめるこ

とができる。なお、括弧内に当該の節を示してある。

主に Boyé の先行研究を参考に、修正を加え、pair-words のうち「母音のみ

が変化するもの」を Chiming と定義する。すなわち、beli-belah のような

語と baru-bara のような語は C1-1から C2-1までの分節音が一致していると

いう点では共通性があるが、後者は子音の変化が見られるため、区別される。

(3-1)

母音の変化のパターンは全体で7通りとなり、最も多いのが[u]→[a]、最も

少ないのが[a]→[e]というものである。(3-1)

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変化する母音の数によって大きく4通りに分けられ、その中でもさらに細か

く分類することができる。それぞれ、決まったパターンにしか変化しない。

(3-1)

Apophonic Path は表4の循環型に修正することが可能であり、全ての母

音変化はその循環の並びの通りに変化する。(3-1)

2 音節の語の第一母音のみの変化を見た場合、変化の先は必ず[a]である。

(3-1)

マレー語で使用される6つの母音のうち、[a][i][u][e][o]は変化するが、[ə]

は登場しなかった。また、[e]もひとつの例のみであった。その理由はマレー

語に見られる一般的な音素変化は、この gandaan rentak 形成の変化のあと

に起こるものであるからである。すなわち、発音される段階にいたって初め

て[ə]が登場する。(3-1)

6-2. Rhyming

Rhyming についての定義、分類、変化の規則性をまとめると以下の通りであ

る。

pair-words のうち「子音のみ、または子音と母音の両方の変化が起きるも

の」を Rhyming と定義し、さらに下位分類として Final Rhyming と Initial

Rhyming に二分することが可能である。(4-1)

Final Rhyming とは前の語と後ろの語の音が一致する部分を後ろから見て

いく分類で、所謂 rhyme を含み、一致の韻を踏んでいる範囲がさらに大き

いものである。2 音節の単語の場合、最大で第一音節の母音までの一致が見

られる。(4-2)

Initial Rhyming は、Final Rhyming と比較すると、一致する部分を前から

見ていく分類で、2 音節の単語の場合、最大で最終音節の母音までの一致が

見られる。理論上は Final Rhyming と同じ範囲で変化が起きるはずだが、

例はごく少数となった。(6-2-1)

変化前にしか現れない子音、変化後にしか現れない子音、どちらにも現れう

る子音がある。そのうち、変化前のみの子音には特に共通性は見当たらない

が、変化後のみに現れる子音は有声音に限定されている。(4-1)

Final Rhyming に見られる子音の変化の組み合わせは、一致する範囲によ

って決まっており、同じ組み合わせが他の一致範囲のパターンに出現しない。

これは Chiming とは異なる大きな特徴である。Initial Rhyming にもこの特

徴は見られなかった。(4-2(20))

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Initial Rhyming に現れる子音の変化は Final Rhyming よりも範囲が限定

されており、鼻音と阻害音との交替である。鼻音同士、阻害音同士の変化は

見られない。(4-2(24))

Initial Rhyming では、子音の出現と消滅という、他の Pair-Words には見

られない変化が起こる。特徴的には Final Rhyming でも起こり得るが存在

しないのでこの分類を特徴づける変化のパターンである。(4-2(27)、(28))

子音の変化はすべて、弁別的特徴を用いた変化のルールに従っていた。また

母音の変化も見られるが、Chiming と同じ母音の変化のルールに従ってい

た。(4-2)

さらに、4-2 で検証した 2 つの Rhyming を見ていくと一致するセグメントの数

に相関関係が見つかった。あるパターンの例が少ない理由をこの関係性から明

らかにすることができる。

(表 12)

Initial Rhyming Final Rhyming

① CVC.CVC ① CVC.CVC

② CVC.CVC ② CVC.CVC

③ CVC.CVC ③ CVC.CVC

④ CVC.CVC ④ CVC.CVC

⑤ CVC.CVC ⑤ CVC.CVC

この一致する部分の増減の関係を図で表すと以下の様になる。

(表 13)

① ② ③ ④ ⑤

Initial Rhyming

Final Rhyming

上記の表 11 と表 12 のそれぞれ①から⑤が対応している。すなわち、Final

Rhyming の例が多く見られる部分では Initial Rhyming は少なく、その逆も言

うことができる。

(Initial Rhyming は①から⑤の順で例が増える、Final Rhyming は①から⑤で

例が減る)

それぞれ最も多いのは Initial Rhyming の④、Final Rhyming の①である。

Initial Rhyming の①、Final Rhyming の⑤は限りなく少ない例とみられ、私も

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発見できなかった。その理由は最初の子音もしくは最後の子音さえあっていれ

ば何でもいいことになってしまうためである。Initial Rhyming の⑤が発見でき

なかった理由は本稿ではわからなかった。

6-3. 今後の課題

本論では分析対象を先行研究、辞書から探したが、見つけられなかった例

もあった。そこでさらに分析対象となる語を増やしてのルールの検証も今後

の課題である。本論で見つからなかった例を発見できれば、より厳密なルー

ルに改変することも可能かもしれない。たとえば、3 音節からなる

gelusor-gelasor を接中辞が存在するとして2音節の語とみなして分析をし

た点も要検討である。さらに、Rhyming の分析を行う際、開音節か閉音節

かという基準での分類をしなかったため、表 10 の②と③の区別が曖昧でも

ある。また、⑤の存在に関しても疑問が残る。そのため、さらに細かく分類

する必要もあるかもしれない。

また、残された問題には日本語に見られる pair-words に類似した現象が

ある。例えば、「てきぱき」や「めちゃくちゃ」といった語の形成に関して

である。具体的には「てきぱき」を teki・paki 表すと ki の部分が一致して

いるので、本稿の提案する Final Rhyming と考えることができる。しかし、

母音[e]から[a]への変化や子音[t]から[p]への変化は発見できなかったため、

マレー語とは異なるルールに基づいて形成されているのかもしれない。本論

で取り上げることが出来なかったため、さらなる研究が必要である

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参考文献

文献

Abudullah Hassan. “MORPHOLOGI Siri Pengajaran dan

Pembelajaran Bahasa Melayu.” Kuala Lumpur. PTS

PROFESSIONAL. 2006.

Boye, Gilles. “Apophony and Chiming Words in Malay.” Universite Nancy.

2005

FARID M. ONN. Aspects of Malay Phonology And Morphology A

GENERATIVE APPROACH.Penerbit Universiti Malaya.1980

:p.68~70

Tham, Seong Chee. “Vowel patterning and meaning in Malay

Pair-Words." 1979.:p.365-377

Zaharani Ahmad,Teoh Boon Seong. Fonologi Autosegmental:

penerapannya pada Bahasa Melayu:Dewan Bahasa dan Pustaka.

2006.:p.61

Zainu‘l-Abidin Bin Ahmad. “Pair-Words in Malay”. 1924

Wikipedia:「母音交替」

アクセス

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8D%E9%9F%B3%E4%BA%A4%E6%

9B%BF) 12 月 15 日

データ収集元

Daud Baharum. INTELEK MALAY-ENGLISH DICTIONARY.

Kuala Lumpur. Arus Intelek. 1996

Hajah Noresah bt. Baharom. Kamus Dewan. Ed. 4

Kuala Lumpur. Dewan Bahasa dan Pustaka. 2005

Ujang.『Aku Budak Minag』. Creative Enterprise. 2010

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付録:対訳付き Gandaan rentak 一覧

以下に、本論で取り上げた Pair-Words の一覧を英訳和訳付きで添付する。

参考にしていただければ幸いである。

Chiming 母音のみが変化①母音が2つ同じ変化 ②母音二つが違う変化

英訳 和訳 英訳 和訳asal usul history, origin 起源 bongkar bangkir the chaos 混沌duduk dadak sit down suddenly 突然すわる bulang baling windmill 風車gopoh gapah in haste 急いで compang camping in rags 着古されたgunung ganang all sorts of mountains 色々な山々 dolak dalik undecided 決められていないhukum hakam laws of islam イスラム教の色々なルール komat kamit muttering ぼそぼそと言うhulur halar make something long 伸ばす kopak kapik dilapidated おんぼろのhuru hara disturbance かき乱すこと kotak katik indication 指示huyumg hayang to reel 巻き取ること kucar kacir in disorder むちゃくちゃにnonok nanak genitals 女性器 kumat kamit lips moving 唇を動かすporok parak small tree 小さな木 morat marit confused 混乱したsuku sakat to be related 関係がある mundar mandir back and forth 前後にsusup sasap to creep or slip under 這う olak alik backwards and forwards 前後する

robak rabik torn in shreds 細かく裂くtindak tanduk behaviour 行動untang anting jolt 揺さぶる

③最終母音一つが変化 ④最初の母音が変化英訳 和訳 英訳 和訳

baru bara new in travel 旅行の新しさ ongkoh angkoh walking about with a stoop 歩き回るcepak cepuk sounds of eating 食べる音 romping ramping partly eaten away 取り除かれるcorat coret draft 漂流するdegab degob sounds of stamping 繰り返し足を踏み鳴らす音 gelusor gelasor drag 引っ張るdegap degup sounds of stamping 繰り返し足を踏み鳴らす音dempang dempong hollow sounding 空洞の音dentam dentum sounds of hitting 繰り返したたく音desas desus whispering ささやくgembar gembur to cry out 叫ぶことje lepak je lepok fall sitting 座って落ちるjenggar jenggur fastly growing すぐに成長するlesak lesuk crumpling cloths 硬い布が縮むような音mandi manda to bathe 入浴するsekali sekala once in a while たまには

serbah serbih improperly fastened 不当に拘束されるtanah tanih soil 土壌teka teki puzzle なぞなぞ

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Final Rhyming① 英訳 和訳 ② 英訳 和訳calar balar covered with scratches 湿疹で覆われた pindah randah to be constantly moving house こまめに引っ越すcembeng membeng cry out 泣く tunggang langgang to fall headlong 頭から落ちるcerai berai broken up 別れるceret meret kettle やかんcomot momot very dirty とても汚いcondong mondong slanting 傾いているcoreng moreng full of streaks and scratches 湿疹でいっぱいのhalai balai in a mess ぐちゃぐちゃであるhalau balau herd 群れるhina dina the poorest 最も貧しいhingar bingar very noisy とてもうるさいkarut marut very messy とても乱雑なkaya raya very rich とても裕福であるkuih muih all sorts of cookies 色々なクッキーlauk pauk all sorts of side dishes 色々な副菜remeh temeh not important 重要でないsaka baka ancestor on both sides 子孫saki baki balance バランスsayur mayur all kinds of vegetables 色々な野菜selok belok subtleties 巧妙さsenang lenang very comfortable とても快適なsending mending angle 角度senget menget high and low 高低

③ ④ 英訳 和訳 ⑤hiruk pikuk din 騒音kacau balau not tidy 片付いていない

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