研究ノート ~ - smtb.jp · pdf file主成分分析 による方法も

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1. はじめに 本稿では、イールドカーブのモデル化によ るアプローチのうち Nelson-Siegel モデルと主 成分分析による方法を解説し、2 つのモデル の特徴について整理します。また、これらのモ デルを用いてイールドカーブの予測がどのよう に行われるのか最近の研究結果を交えて解説 します。 一般に、金利水準を縦軸にとり期間を横軸 にとった場合に描ける曲線のことをイールドカ ーブといいますが、イールドカーブの変動は大 まかに言って水準、傾斜、曲率の 3 成分で構 成されていると言われています。言い換えると、 各年限の金利は独立に変動するわけではなく、 ある程度相関を持って変動しており、互いに共 通のファクターによって変動しているともいえま す。予測という観点からは、イールドカーブの 各年限の金利を全て予測しなくても、比較的 少数のファクターを予測することで、イールドカ ーブ全体を予測できることになります。 イールドカーブのモデル化に関しては、これ まで学術研究者および実務者により様々な研 究が行われてきましたが、主にデリバティブの プライシングのためのモデル化に関するものが 多く、イールドカーブの予測にフォーカスした 研究は意外と多くありません。本稿では、予測 にフォーカスした研究の中でイールドカーブモ デルがどのように使われているのか解説してい きたいと思います。 2. Nelson-Siegel によるモデル化 Nelson-Siegel モデルでは、各年限のスポッ トレートを特定の関数型で表現します。具体的 には、時刻 における年限 t τ のスポットレート ) ( τ t y を 3 つのファクター t t t 3 2 1 , , β β β を用いて 以下のように表現します。 ] 1 [ ] 1 [ ) ( 3 2 1 τ λ τ λ τ λ τ λ β τ λ β β τ t t t e e e y t t t t t t + + = ただし、 t t t 3 2 1 , , β β β は水準、傾斜、曲率ファ クターであり、それぞれのファクターの係数、1、 ] 1 [ τ λ τ λ t t e ] 1 [ τ λ τ λ τ λ t t e e t は各ファクター のファクターローディングと呼ばれています。 図 1 は Nelson-Siegel モデルに基づく、3 成 分のファクターローディングを記載していま す。 t 1 β に関するファクターローディングは、(1) 式より年限τ (図 1 横軸)に関して一定であり、 t t y 1 ) ( β = ですので、 t 1 β は長期金利の水 (1) 1

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Page 1: 研究ノート ~ - smtb.jp · PDF file主成分分析 による方法も

~~ 研研究究ノノーートト ~~

イイーールルドドカカーーブブののモモデデルル化化とと予予測測方方法法

住住友友信信託託銀銀行行 パパッッシシブブククオオンンツツ運運用用部部 今今 井井 眞眞 樹樹

1. はじめに 本稿では、イールドカーブのモデル化によ

るアプローチのうち Nelson-Siegel モデルと主

成分分析による方法を解説し、2 つのモデル

の特徴について整理します。また、これらのモ

デルを用いてイールドカーブの予測がどのよう

に行われるのか最近の研究結果を交えて解説

します。

一般に、金利水準を縦軸にとり期間を横軸

にとった場合に描ける曲線のことをイールドカ

ーブといいますが、イールドカーブの変動は大

まかに言って水準、傾斜、曲率の 3 成分で構

成されていると言われています。言い換えると、

各年限の金利は独立に変動するわけではなく、

ある程度相関を持って変動しており、互いに共

通のファクターによって変動しているともいえま

す。予測という観点からは、イールドカーブの

各年限の金利を全て予測しなくても、比較的

少数のファクターを予測することで、イールドカ

ーブ全体を予測できることになります。

イールドカーブのモデル化に関しては、これ

まで学術研究者および実務者により様々な研

究が行われてきましたが、主にデリバティブの

プライシングのためのモデル化に関するものが

多く、イールドカーブの予測にフォーカスした

研究は意外と多くありません。本稿では、予測

にフォーカスした研究の中でイールドカーブモ

デルがどのように使われているのか解説してい

きたいと思います。

2. Nelson-Siegelによるモデル化 Nelson-Siegel モデルでは、各年限のスポッ

トレートを特定の関数型で表現します。具体的

には、時刻 における年限t τ のスポットレート)(τty を3つのファクター ttt 321 ,, βββ を用いて

以下のように表現します。

]1[

]1[)(

3

21

τλτλ

τλ

τλβ

τλββτ

tt

t

ee

ey

tt

tttt

−−

−−

+

−+=

ただし、 ttt 321 ,, βββ は水準、傾斜、曲率ファ

クターであり、それぞれのファクターの係数、1、

]1[τλ

τλ

t

te−−、 ]1[ τλ

τλ

τλt

t

ee

t

−−

−−

は各ファクター

のファクターローディングと呼ばれています。

図 1 は Nelson-Siegel モデルに基づく、3 成

分のファクターローディングを記載していま

す。

t1β に関するファクターローディングは、(1)

式より年限τ (図 1 横軸)に関して一定であり、

tty 1)( β=∞ ですので、 t1β は長期金利の水

(1)

1

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準と関連性が高く、イールドカーブの水準を表

していることがわかります。

t2β のファクターローディングは年限τ に関して単調減少しており、傾斜を表していると考

えられます。

t3β は年限が長くなるにしたがって徐々に

上昇し 60 ヶ月近辺で最大値を取り、その後は

減少することがみてとれます。つまりイールドカ

ーブの曲率を表していることがわかります。

3. 主成分分析によるモデル化 Nelson-Siegel による手法ではパラメトリック

に関数形を仮定しましたが、主成分分析による

手法では特定の関数型を仮定せずに、統計

的手法によって互いに独立な成分(ファクタ

ー)を抽出します。主成分分析により抽出した

番目のファクターを とすれば、スポットレー

トは以下のように表現できます。

i itz

∑=

=F

iitit zuy

1)()( ττ

ただし、 はファクター数、F )(τiu はファク

ターローディングです。多くの実証分析によれ

ば、第 3 ファクターまででイールドカーブの変

動成分のほとんどが説明できると言われていま

すので、本稿でも 3 つのファクターを用いて解

説します。

図 1 Nelson-Siegel ファクターローディング

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

0 20 40 60 80 100 120

年限(τ)

β1

β2

β3

1996/01/31~2008/8/29の月次スポットレートデータより算

図 2 に主成分分析によるファクターローディ

ングを記載しています。第 1 ファクターのファク

ターローディングは年限に関してほぼ平行で

あることがわかります。一方、第 2 ファクターの

ファクターローディングは年限が長くなるにした

がって徐々に減少しており、第 3 ファクターは

40 ヶ月近辺を最大値として山型の形状をして

いることが見て取れます。このように、主成分

分析によるファクターもイールドカーブを水準、

傾斜、曲率というファクターに分解していること

がわかります。

4. ファクター値とイールドカーブの推移の関係

図 3~5には、Nelson-Siegel による手法と主

成分分析による手法により算出したファクター

値の推移を記載しています。 t1β ( )が上昇

している局面では、ファクターローディングは

水平(主成分分析ではほぼ水平)であるため、

金利水準全体が上昇していることを意味して

tz1

図 2 主成分分析ファクターローディング

-0.6

-0.5

-0.4

-0.3

-0.2

-0.1

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0 20 40 60 80 100 120

年限(τ)

u1

u2

u3

1996/01/31~2008/8/29の月次スポットレートデータより算

(2)

2

Page 3: 研究ノート ~ - smtb.jp · PDF file主成分分析 による方法も

図 3 ファクター値の推移(第 1 ファクター) 図 4 ファクター値の推移(第 2 ファクター)

0.00

0.01

0.02

0.03

0.04

0.05

0.06

0.07

96/01

97/01

98/01

99/01

00/01

01/01

02/01

03/01

04/01

05/01

06/01

07/01

08/01

0.00

0.01

0.02

0.03

0.04

0.05

0.06

0.07

0.08

0.09

0.10

Nelson-Siegel β1(左軸)

PC z1(右軸)

-0.07

-0.06

-0.05

-0.04

-0.03

-0.02

-0.01

0.00

96/01

97/01

98/01

99/01

00/01

01/01

02/01

03/01

04/01

05/01

06/01

07/01

08/01

-0.02

-0.02

-0.01

-0.01

0.00

0.01

Nelson-Siegel β2(左軸)

PC z2(右軸)

図 5 ファクター値の推移(第 3 ファクター)

-0.06

-0.05

-0.04

-0.03

-0.02

-0.01

0.00

0.01

96/01

97/01

98/01

99/01

00/01

01/01

02/01

03/01

04/01

05/01

06/01

07/01

08/01

-0.01

-0.01

-0.01

-0.01

0.00

0.00

0.00

0.00

0.00

0.00

0.00

Nelson-Siegel β3(左軸)

PC z3(右軸)

1996/01/31~2008/8/29 の月次スポットレー

トより算出

います。また、 t2β ( )が上昇している局面

では、短期ゾーンの方が長期ゾーンに比べて

ファクターローディングは大きいため、イールド

カーブはフラット化していることを意味していま

す。

tz2

t3β ( )が上昇している局面では、中期

ゾーンのファクターローディングが大きいため、

イールドカーブの中期ゾーンのふくらみが大き

くなっていると解釈できます。このように、ファク

ター値の推移を見ることで、イールドカーブが

過去どのような形状で推移してきたかを確認す

ることができます。

tz3

5. モデルの特徴 Nelson-Siegel モデルは先に述べたとおり、

パラメトリックに関数型を仮定するモデルで、非

常にわかりやすいというメリットがあります。また、

第 1 成分の変化はイールドカーブの完全な平

行移動として定義されるため、実務者にとって

も理解しやすいという利点を持っています。し

かし、Nelson-Siegel モデルでは各ファクターは

独立とはなりません。特に、日本市場のように

長らく低金利が続いている環境下では短期金

利はあまり変動しないため、長期金利の変動

のみによってイールドカーブの傾きが変化し、

第 1 成分と第 2 成分の相関が高くなってしまう

ことになります。

一方、主成分分析による方法は関数型を仮

定せずに、統計的手法により独立なファクター

を抽出する方法です。過去の実証分析から、

第 1 成分は概ねイールドカーブの水準、第 2

成分は傾斜、第 3 成分は曲率を表すことがわ

かっていますが、ファクターローディングは分

3

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析期間によって形状が異なる点には注意が必

要です。そこで、実務では直近のデータに重

みを付けて分析したり、分析期間の長さを替え

て検証を行ったりしながら、結果の信頼性を確

認した上で、主成分分析を実行することになり

ます。また、第 1 成分の変動により、イールドカ

ーブが平行移動しない点にも注意が必要です。

もし仮に、平行移動と仮定してしまうと各ファク

ターは独立ではなくなってしまい、主成分分析

の特徴が失われることになります。

6. イールドカーブの予測方法 各年限の金利は独立に変動するわけでなく、

ある程度相関をもって変動するため、少数のフ

ァクターを用いてイールドカーブ全体をモデル

化できることをこれまで見てきました。ここで紹

介する既存の研究も、イールドカーブを少数

のファクターでモデル化し、ファクターを予測

することでイールドカーブを予測しています。

まず、Diebold and Li(2006)に従いイールドカ

ーブのモデル化とイールドカーブの予測方法

を解説します。彼らは、Nelson-Siegel の 3 ファ

クターを予測することで、各年限の金利を予測

することを考えています。 t期における ヶ月

後の各年限の金利の予測値

h)(/ τthty + は、3

ファクターの予測値 hhthhthh /t /3/21 ,, +++ βββがわかれば、以下のように表すことができま

す。

]1[

]1[)(

/3

/2/1/

τλτλ

τλ

τλβ

τλββτ

tt

t

ee

ey

ttht

tthtthttht

−−

+

+++

−−

+

−+=

主成分分析による方法も同様に記述できま

す。どちらの手法を用いるにせよ、3 ファクター

を現時点で知りうる情報を基にいかに予測す

るかがキーポイントとなります。次に、具体的な

研究内容とその結果について見ていきたいと

思います。

Diebold and Li(2006)では、先に述べた

Nelson-Siegel モデルにより、米国のスポットレ

ートをモデル化しています。さらに、抽出したフ

ァクターを時系列分析の手法であるAR(1)モデ

ルを用いて予測することで、イールドカーブの

予測可能性について検証しています。AR(1)

モデルは 1 期前の自分自身の値で将来を予

想するという非常に単純なモデルです。彼らは、

1 ヶ月先、6 ヶ月先、12 ヶ月先と予測ホライゾン

を変えて予測可能性を検証し、6 ヶ月先、12 ヶ

月先の予測力はランダムウォークモデル1を含

むいくつかのモデルと比較して優位であるもの

の、1ヶ月先の予測力は低いと結論付けていま

す。

Reisman and Zohar(2004)では、主成分分析

を用いてイールドカーブの変動をモデル化

し、抽出したファクターを用いてイールド

カーブの変動を予測しています。彼らの分

析では、月次データではなく週次データを

用いて 1 週間後のイールドカーブの変動を

予測しています。週次データを用いた場合

には予測力が確認された一方で、Diebold

and Li(2006)と同様に月次データによる 1ヶ

月先の予測力は低いという結果が得られてい

ます。

Diebold and Li ( 2006 ) や Reisman and

Zohar(2004)では、時系列分析の手法により各

ファクターを予測していますが、これらの時系

列分析の手法を用いるためには、各ファクター

の平均値が変化しないことや、分散が一定と

いった条件を満たしていることが必要となりま

(3)

1 予測対象が 1期前の値と変化しないと予測するモデル

のこと。

4

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す。各ファクターは、ある期間でみればトレンド

を持っているように見えます。仮にトレンドがあ

れば、平均値が変化していることになりますの

で、時系列分析を用いる際にはそのトレンドを

除去するか、トレンドを別の手法でモデル化す

る 必 要 性 が で て き ま す 。 Reisman and

Zohar(2004)のアプローチでは、トレンドを除去

するために、イールドカーブの水準ではなく、

変化幅をモデル化することによって、この問題

に対処しています。

FaBozzi, Martellini and Priaullet(2005)では、

米国スワップカーブを対象とした分析を行って

います。彼らは Nelson-Siegel モデルの第 2成

分と第 3 成分に着目し、第 2 成分、第 3 成分

以外をそれぞれニュートラルにしたバタフライト

レードによって第2成分、第3成分の予測力を

検証しており、第 2 成分にベットした場合に良

好なパフォーマンスが得られることを報告して

います。このように、第 2 成分の予測力が高い

と判断した場合には、その他のファクターに対

してはニュートラルなポジションを構築し、第 2

成分のみにベットできるというのは、イールドカ

ーブをモデル化した場合のメリットです。

また、彼らのアプローチは、各ファクターを

AR(1)モデルのように過去の自分自身の値動

きだけから将来を予測するのではなく、市場変

数やマクロファクターといった外部変数と関連

付けて予測を行っています。

7. まとめ 本稿では、イールドカーブをモデル化する

方法として Nelson-Siegel による方法と主成分

分析による方法を紹介し、またそれぞれのモ

デ ル の 特 徴 に つ い て 整 理 し ま し た 。

Nelson-Siegel の方法はわかりやすいというメリ

ットがある反面、各ファクターが独立にならない

というデメリットもあります。一方、主成分分析

による手法は各ファクターは独立なのですが、

各ファクターの第 1 成分の変化は、イールドカ

ーブの完全な平行移動を意味していないなど、

意味付けが難しくなります。それぞれの手法に

はメリット、デメリットがありますので、利用者は

その特徴をよく踏まえた上で利用することが重

要です。

また、それらのモデルを用いたイールドカー

ブの予測方法を既存の研究を交えて紹介しま

した。イールドカーブの水準、傾斜、曲率は、

それぞれ異なったサイクルで循環、変動し

ているといわれています。水準はインフレ

と相関が高く長いサイクルで循環しており、

傾斜は景気循環との関連性が高く、水準よ

り短いサイクルで変動すると言われていま

す。そのため、利用するデータの頻度(日

次、週次、月次)によっても予測可能なフ

ァクターは異なりますし、予測する期間に

よっても結果は異なりますので、モデル化

に際してはデータの性質をよく調査した上

でモデル構築を行う必要があるといえます。 8. 参考文献 Diebold, F.X., and C. Li ( 2006 ) ,

“Forecasting the term structure of government

bond yields, ” Journal of Econometrics, Vol,

130.

I

Reisman, H., and G. Zohar (2004),

“Short-term predictability of the term

structure,” Journal of Fixed ncome,

December.

Fabozzi, F.J., L. Martellini, and P. Priaulet

(2005), “Predictability in the shape of the term

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Page 6: 研究ノート ~ - smtb.jp · PDF file主成分分析 による方法も

structure of interest rates,” Journal of Fixed

Income, June.

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