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1 IT業界における 「サービス」とは ITIL を論じていく際にサービス,特に「IT サービス」という言葉が頻繁に使用さ れるため,その理解をあらかじめしておく必要がある。本章では,「IT サービス」と は何か,求められることは何か,誰が「IT サービス」の責任者たるべきかについて取 り上げ,その重要性や運用上のポイントについて述べる。 ITIL を論じていく際にサービス,特に「IT サービス」という言葉が頻繁に使用さ れるため,その理解をあらかじめしておく必要がある。本章では,「IT サービス」と は何か,求められることは何か,誰が「IT サービス」の責任者たるべきかについて取 り上げ,その重要性や運用上のポイントについて述べる。 1.1 IT サービスとは 1.1 IT サービスとは コンピューターシステムは,各種の問題解決の道具である。問題解決の内容として は,会社の給与計算であったり,銀行の ATM に預金したり,預金の引き出しを可能 したり,インターネットの情報検索であったり,株式の購入を自宅に居ながらリアル タイムに可能にしたりすることを指している。これらの問題解決の道具であるコン ピューターシステムとそれを運用し管理することを問題解決の遂行を手助けすること から「IT サービス」と呼んでいる。 問題解決を確実に実現できるように,IT サービスの品質の維持・向上,効率化をよ り図っていこうとするのが「IT サービスマネジメント( ITSM)」である。ITIL では, ITSM を日常的にユーザが必要な IT サービスを利用できるようサポートする領域と して「サービスサポート」,IT サービスを高い投資効率で長期的に改善していく領域 として「サービスデリバリ」と 2 つに分けて定義している。この「IT サービスマネジ メント」の部分を,ITIL 以前では,IT 部門において「システムの運用管理」と呼ん でいた。 13

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Page 1: 1 IT業界における 「サービス」とは - src-j.com · 表1.1 運用として求められること オープン系システム環境における 求められる主な運用業務

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IT 業界における 「サービス」とは

ITIL を論じていく際にサービス,特に「IT サービス」という言葉が頻繁に使用さ

れるため,その理解をあらかじめしておく必要がある。本章では,「IT サービス」と

は何か,求められることは何か,誰が「IT サービス」の責任者たるべきかについて取

り上げ,その重要性や運用上のポイントについて述べる。

ITIL を論じていく際にサービス,特に「IT サービス」という言葉が頻繁に使用さ

れるため,その理解をあらかじめしておく必要がある。本章では,「IT サービス」と

は何か,求められることは何か,誰が「IT サービス」の責任者たるべきかについて取

り上げ,その重要性や運用上のポイントについて述べる。

1.1 IT サービスとは 1.1 IT サービスとは

コンピューターシステムは,各種の問題解決の道具である。問題解決の内容として

は,会社の給与計算であったり,銀行の ATM に預金したり,預金の引き出しを可能

したり,インターネットの情報検索であったり,株式の購入を自宅に居ながらリアル

タイムに可能にしたりすることを指している。これらの問題解決の道具であるコン

ピューターシステムとそれを運用し管理することを問題解決の遂行を手助けすること

から「IT サービス」と呼んでいる。

問題解決を確実に実現できるように,IT サービスの品質の維持・向上,効率化をよ

り図っていこうとするのが「IT サービスマネジメント(ITSM)」である。ITIL では,

ITSM を日常的にユーザが必要な IT サービスを利用できるようサポートする領域と

して「サービスサポート」,IT サービスを高い投資効率で長期的に改善していく領域

として「サービスデリバリ」と 2 つに分けて定義している。この「IT サービスマネジ

メント」の部分を,ITIL 以前では,IT 部門において「システムの運用管理」と呼ん

でいた。

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Page 2: 1 IT業界における 「サービス」とは - src-j.com · 表1.1 運用として求められること オープン系システム環境における 求められる主な運用業務

1. IT 業界における「サービス」とは

1.2 IT サービスに求められること

「IT サービス」は,電気や水と同じように,いつでもどこでも(どこからでも)使え

るように要求されてきている。「IT サービス」は,いつでも使えて,どこでも使える

ことが望まれているのである。これを,特に課題となっているオープン系システム環

境における IT サービスに求められる主な運用要件としてまとめてみた。

表 1.1 に示す『運用として求められること』をご覧いただきたい。今,「IT サービ

ス」には何が求められているのか? 1 つ目として,いつでも使えることを満足させ

るための高可用性の実現がある。利用者が「IT サービス」を使いたいと思ったときに

使えるように,止まらないこと(高可用性)が求められる。2 つ目に,「IT サービス」

を使用したときに良好な応答時間が確保されなければならない。最近は,個人情報の

保護もあいまって,安全なセキュリティの確保も必須要件である。これらのことを実

現するためには,費用がいくらかかってもよいということではない。限られた(適正な)

費用(コスト)でサービスの水準(レベル)が基準の範囲内であることが求められるので

ある。いわゆる,サービスレベル管理の実施が求められている。

これらの運用要件を実現していくためにシステムの運用管理に求められることとし

て,「求められる主な運用業務」を表内にまとめた。「IT サービス」を提供していく

には,これらの運用業務(IT サービスマネジメント)が求められているのである。

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Page 3: 1 IT業界における 「サービス」とは - src-j.com · 表1.1 運用として求められること オープン系システム環境における 求められる主な運用業務

表 1.1 運用として求められること

オープン系システム環境における

ITサービスに求められる主な運用要件 求められる主な運用業務

1. 高可用性の実現 -サービス構成要素の監視

(ネットワーク機器,サーバ,プロセスの UP/

DOWN,資源使用状況,各種エラーログ)

2. 良好な応答時間の確保

-リアルタイムでの性能監視と履歴管理

(ネットワークトラフィック,各種機能サーバ,

ネットワーク機器負荷,OS レベルの資源使用

状況:CPU,メモリー,I/O など,アプリケーショ

ンレベルでのレスポンス値,資源使用状況)

3. 安全なセキュリティの確保

-リアルタイムでのモニターと発生イベント

への対応

-ログの解析とレポート,監査資料としての

保存・活用

4. サービスレベル管理の実施 -サービスレベル項目,目標値の監視・評価

とベースとなる問題管理,変更管理,キャ

パシティ管理など

5. その他

・ファイヤーウォールを介した管理監視の

実現

・管理対象の冗長化構成が必要

・管理サーバ自体の冗長化構成が必要

など

-監視・管理内容の重要度による監視の

必要性決定

-その時点の冗長化構成に合わせた監視・

管理

-管理システムそのものの稼働監視

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Page 4: 1 IT業界における 「サービス」とは - src-j.com · 表1.1 運用として求められること オープン系システム環境における 求められる主な運用業務

1. IT 業界における「サービス」とは

1.3 運用管理への課題

次に,「IT サービス」に求められているものを,もう少し把握しておくために「外

部環境変化などからの運用管理への課題」について捉えておきたい。

図 1.1 に示す『運用管理への課題』をご覧いただきたい。ビジネス面やシステム環

境の変化から,常にシステムの運用管理では,新たな対応を求められていることを理

解いただきたい。IT サービスの重要度が増すにつれ,行政からの種々の要請が増すと

ともに,運用業務そのものも自立が求められている。一方,刻々と変化を遂げていく

システム環境に対しては,より柔軟な対応をスピーディに実施できるよう求められて

いる。最近では,リスク管理への対応も大きな課題の 1 つになっている。

外部環境変化などからの運用管理への課題外部環境変化などからの運用管理への課題

システム環境の変化ビジネス面からの要求

セキュリティ/プライバシー

グローバルスタンダードに基づくセキュリティ管理の確立法律に沿ったプライバシー保護管理の確立

災害対策ビジネス戦略に基づく災害対策対応の確立

24×365 サービス最適なコストで信頼性の高いITサービスの提供サービス体制の確立

運用部門

行政からの要請 ・セキュリティ確保 ・不正アクセス禁止法の 成立 ・『個人情報保護法』の 成立

運用部門(アウトソーシング企業などとしての自立)とし

て管理体系の確立 ・運用コストのさらなる低減 ・お客様や社会の信頼に 応える

e-ビジネスの普及 ・利用ユーザの拡 多様化 ・利用形態の多様化

環境変化へのス

技術変化ビジネス環境変化

ピーディな対応

への柔軟な対応への迅速な対応

リスク管理

大・

システム構成の変化 ・システムの分散化 ・対外接続の多様化 ・システム技術の 急速な変化

図 1.1 運用管理への課題

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Page 5: 1 IT業界における 「サービス」とは - src-j.com · 表1.1 運用として求められること オープン系システム環境における 求められる主な運用業務

1.4 サービス提供は,ユーザー視点に立って

1.4 サービス提供は,ユーザー視点に立って

「IT サービス」を提供する側は,いわゆる開発部門や運用部門といった組織機能の

縦割り型の対応をすべきではない。図 1.2 に示す『ユーザーの視点に立ったサービス

提供のあり方』で示されるように,ユーザー(利用者)は,あくまで業務の視点から,

提供される「IT サービス」を 1 つのものと捉えているのである。

ユーザー(利用者)の立場に立って

両者のギャップを埋めるためには

↓アプリやインフラを

含めた“サービス”をユーザーに提供する

という考え方

ユーザーに対するITサービス提供責任の一元化が

 ■ ユーザーに対する一貫した責任ある対応が可能 ■ ITサービス全体に責任を持つことでの,全体の品質 アップが期待できる

望ましい

向上, レベル

開発部門

アプリケーションを提供

開発部門

アプリケーションを提供

運用部門

インフラ+オペレーション

を提供

運用部門

インフラ+オペレーション

を提供

ITサービス提供組織の視点 ユーザー(利用者)の視点

1

ーザーはあくまで業務の視点から,“ITサービス”をつのものと捉えている

サービス提供者の論理で組織別,構成要素別の提供体制になっている

ユーザー部門(利用者)

“ITサービス”を利用

ユーザー部門(利用者)

“ITサービス”を利用

図 1.2 ユーザーの視点に立ったサービス提供のあり方

サービス提供者の論理で組織別,構成要素別の提供体制になっている場合,例えば

ユーザーは,要求を別々の部門に対して行わなければならない。ユーザー(利用者)の

立場に立って両者のギャップを埋めるためには,サービス提供側は,あくまでもアプ

リケーションやインフラストラクチャーを含めた「サービス」をユーザーに提供する

という考え方に変えていくべきである。そのためには,ユーザーに対する IT サービ

ス提供責任の一元化を実施すべきである。

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1. IT 業界における「サービス」とは

ITIL では,「サービスデスク」という機能でユーザーからの要求などを一元的に管

理できるようにすることを求めている。IT サービス提供責任の一元化を実施すること

により,以下が実現できるようになる。

① ユーザーに対する一貫した責任ある対応が可能となる。

② IT サービス全体に責任を持つことで,IT サービス全体の品質向上,レベルアッ

プが期待できる。

1.5 開発部門と運用部門のあり方

それでは,IT サービス提供責任の一元化はどう実現するかを考えてみよう。開発し

たシステムやアプリケーションを最終的に引き受けて運用管理するのは,運用部門で

ある。その観点から「IT サービス」の最終責任を果たすためには,図 1.3 に示す『開

発部門と運用部門のあり方』で示されるように,運用部門が IT サービスに対する最

終責任を持つ体制を構築することが最も望ましい形といえる。その場合は,運用部門

は,「IT サービス」の最終責任部門としてユーザー部門に対して IT サービス全体(ア

プリケーションも含む)の一義的な責任を負うことになる。

また,運用部門は,提供する IT サービスの品質についても,主体となって維持・

向上に努める責務を負うことになる。この場合,アプリケーションについては,開発

部門に対して,品質を保証するよう牽制を働かせることが必要となる。こうすること

によって開発部門は,日々の運用に関することから解放されて,本来持っているスキ

ルを最大限に生かすべく,役割としてはアプリケーションの開発・保守に専念し,そ

の責任は,アプリケーションの品質,コスト,納期と明確にすることができる。一方,

運用部門の役割は IT サービスの提供であり,その責任は IT サービスに対する品質(信

頼性,可用性,安全性等)の維持・向上になる。

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1.5 開発部門と運用部門のあり方

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運用

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運用

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発部

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ー部

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図1.3 開

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運用

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要件

提示

とレ

ビュ

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1. IT 業界における「サービス」とは

1.6 IT サービス提供責任部門として必要なプロセスは何か?

運用部門が IT サービスの最終責任部門としての責務を果たすために必要となるプ

ロセスとは,いったい何か? ここでは,あるべき姿として図 1.4 に『運用部門に必

要なプロセス』としてまとめてみた。

あるべき姿

システム

高品質アプリケーション

高品質ITサービス

アプリケーションシステムの移管

運用要件提示運用要件レビュー

サービユー

開発部門開発部門

高品質・効率的運用

運用管理

運用設計

移管・変更運行

問題管理回復管理構成管理

性能管理災害対策

セキュリティ・・・

運用部門=ITサービス提供責任部門

プロセス

スケーラビリティ 保守容易性

標準化 自動化 単純化 効率化 集中化

信頼性

セキュリティ 構成 開発テスト環境

PDC

A

ユーザー部門

ユーザー部門問合せ

各種要求害対応依頼

スレベル管理ザー満足度管理

対ユーザー

操作性・効率性

他システム連携

図 1.4 運用部門に必要なプロセス

ポイントとなる所について解説すると,1 つ目は,守りから攻めの運用に変えてい

くための運用設計にまつわる部分のプロセスである(ITIL では,リリース管理と可用

性管理のプロセス部分)。新規にシステム(アプリケーション)を構築する際に,企画・

開発の段階から運用時に必要となる要件を企画・開発部門に提示し,システム(アプリ

ケーション)に組み込んでもらう。これにより,開発したシステムを引き継ぐとき,「こ

んなシステムでは,安定した運用はできない」などとサービス・インの直前になって

問題となるようなことを事前に防ぐことができるようになる。

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1.6 IT サービス提供責任部門として必要なプロセスは何か?

2 つ目は,システムのインフラの選定や構築に積極的にかかわっていくプロセスで

ある。合意したサービスレベルを達成するためには,図に示されるようなシステムの

信頼性や変化に柔軟に対応するためのスケーラビリティなどは重要な要件となる。こ

の部分をしっかり押さえておくことは,委託者(顧客)と合意したサービスレベルを達

成していく制御部分を持つことに他ならない。

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