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108. 多発性硬化症発症機序の解明と治療法の開発 板東 良雄 Key words:多発性硬化症,プロテアーゼ,オリゴデンドロ サイト 旭川医科大学 医学部 解剖学講座 機能形態学分野 多発性硬化症 (MS) は中枢神経系における炎症性脱髄性疾患であり,再発・寛解を繰り返す自己免疫疾患と考えられてい る.中枢神経系において髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトが炎症などによって傷害されると脱髄および軸索障害が惹起され, 麻痺などの様々な神経症状が現れると考えられているが,発症機序の解明には至っていない.近年,我々は細胞外セリンプロ テアーゼ Kallikrein (KLK6) を同定し,その機能解析を進めてきた. KLK6 は中枢神経系に特異的に発現するカリクレインファミリーに属する因子であるが 1) ,マウス実験的自己免疫性脳脊髄炎 モデル (EAE) や脊髄損傷モデルでは,脱髄時をピークとしてオリゴデンドロサイトから KLK6 が分泌されることを現在までに明 らかにしてきた 2,3,4) .また,KLK6 がミエリン構成蛋白質である MBP を分解する活性を持つことが報告されており 5,6) ,KLK6 が多発性硬化症における脱髄のターゲット分子になる可能性が示唆されている.そこで,我々は KLK6 KO マウスを作成し, EAE モデルにおける KLK6 の役割を明らかにすることを目的とした. 1.実験モデル (Experimental Autoimmune Encephalomyelitis:EAE) の作成と臨床的評価 C57BL/6 マウスを背景にもつ野生型 (wild-type, KLK6 +/+ ) と KLK6 KO マウス(KLK6 -/- )を用いて,アジュバントに 混濁したペプチド(myelin oligodendrocyte glycoprotein 35-55: MOG 35-55 ) の皮下注射および百日咳トキシンの腹腔内 投与による免疫により,ヒト多発性硬化症様の症状を発症させ,臨床的評価を行った.症状の程度は以下のようにスコア化した (0:症状なし 1:尻尾の緊張消失 2:片側下肢の麻痺 3:両側下肢の麻痺 4:自力歩行不可 5:致死). 2.組織学的検討 EAE 発症ピーク時のマウスを 4%PFA にて固定し,脊髄を摘出し,30%シュクロースに置換した後,ドライアイスにて急速 に凍結した.凍結切片はクリオスタットを用いて作成し,髄鞘染色 (LFB/CV 染色) および蛍光抗体を用いた蛍光2重染色法 によって組織学的に検討した.使用した1次抗体は抗 CD45 抗体 (serotec) および抗 F4/80 抗体 (BMA) を用いた.2次 抗体には Alexa-488 抗体 (Molecular Probes) を用いて検出した.各切片の解析は蛍光顕微鏡 (ECLIPSE 80i, Nikon) を用いて行った. 3.血液脳関門破綻の評価 免疫後 10-12 日後の尾静脈から Evans Blue を注入し,2 時間後に脊髄を取り出し,Evans Blue の脊髄への取り込みを 吸光計にて測定し,定量化した. 4.Th17 産生細胞の可視化 深麻酔下において,CAG-EGFP-Tg マウス (6-8 週齢,雌;三協ラボサービス) から脾臓を摘出し,splenocytes を採取 した後,CD4 + CD62L high CD25 - の細胞集団を FACS Aria II (BD bioscience) にてソーティングした.その後,TGF-β お よび IL-6 を培養上清中に添加することによって GFP 陽性 IL-17 産生細胞 (Th17) を得た 7) .次に GFP 陽性 IL-17 細胞を KLK6 +/+ あるいは KLK6 -/- マウスに移植し,その後,上述の方法によって EAE を誘導した. 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 1

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Page 1: 108.多発性硬化症発症機序の解明と治療法の開発 板東 良雄...モデル (EAE) や脊髄損傷モデルでは,脱髄時をピークとしてオリゴデンドロサイトからKLK6が分泌されることを現在までに明

108. 多発性硬化症発症機序の解明と治療法の開発

板東 良雄

Key words:多発性硬化症,プロテアーゼ,オリゴデンドロサイト

旭川医科大学 医学部 解剖学講座機能形態学分野

緒 言

 多発性硬化症 (MS) は中枢神経系における炎症性脱髄性疾患であり,再発・寛解を繰り返す自己免疫疾患と考えられている.中枢神経系において髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトが炎症などによって傷害されると脱髄および軸索障害が惹起され,麻痺などの様々な神経症状が現れると考えられているが,発症機序の解明には至っていない.近年,我々は細胞外セリンプロテアーゼKallikrein (KLK6) を同定し,その機能解析を進めてきた. KLK6 は中枢神経系に特異的に発現するカリクレインファミリーに属する因子であるが 1),マウス実験的自己免疫性脳脊髄炎モデル (EAE) や脊髄損傷モデルでは,脱髄時をピークとしてオリゴデンドロサイトから KLK6 が分泌されることを現在までに明らかにしてきた 2,3,4).また,KLK6 がミエリン構成蛋白質である MBP を分解する活性を持つことが報告されており 5,6),KLK6が多発性硬化症における脱髄のターゲット分子になる可能性が示唆されている.そこで,我々は KLK6 KO マウスを作成し,EAEモデルにおける KLK6 の役割を明らかにすることを目的とした.

方 法

1.実験モデル (Experimental Autoimmune Encephalomyelitis:EAE) の作成と臨床的評価  C57BL/6 マウスを背景にもつ野生型 (wild-type, KLK6+/+) と KLK6 KO マウス(KLK6-/-)を用いて,アジュバントに混濁したペプチド(myelin oligodendrocyte glycoprotein 35-55: MOG35-55) の皮下注射および百日咳トキシンの腹腔内投与による免疫により,ヒト多発性硬化症様の症状を発症させ,臨床的評価を行った.症状の程度は以下のようにスコア化した(0:症状なし 1:尻尾の緊張消失 2:片側下肢の麻痺 3:両側下肢の麻痺 4:自力歩行不可 5:致死).2.組織学的検討  EAE 発症ピーク時のマウスを 4%PFA にて固定し,脊髄を摘出し,30%シュクロースに置換した後,ドライアイスにて急速に凍結した.凍結切片はクリオスタットを用いて作成し,髄鞘染色 (LFB/CV 染色) および蛍光抗体を用いた蛍光2重染色法によって組織学的に検討した.使用した1次抗体は抗 CD45 抗体 (serotec) および抗 F4/80 抗体 (BMA) を用いた.2次抗体には Alexa-488 抗体 (Molecular Probes) を用いて検出した.各切片の解析は蛍光顕微鏡 (ECLIPSE 80i, Nikon)を用いて行った.3.血液脳関門破綻の評価 免疫後 10-12 日後の尾静脈から Evans Blue を注入し,2 時間後に脊髄を取り出し,Evans Blue の脊髄への取り込みを吸光計にて測定し,定量化した.4.Th17 産生細胞の可視化 深麻酔下において,CAG-EGFP-Tg マウス (6-8週齢,雌;三協ラボサービス) から脾臓を摘出し,splenocytes を採取した後,CD4+CD62LhighCD25-の細胞集団を FACS Aria II (BD bioscience) にてソーティングした.その後,TGF-β および IL-6 を培養上清中に添加することによって GFP 陽性 IL-17 産生細胞 (Th17) を得た 7).次に GFP 陽性 IL-17 細胞をKLK6+/+あるいはKLK6-/-マウスに移植し,その後,上述の方法によって EAE を誘導した. 

 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010)

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Page 2: 108.多発性硬化症発症機序の解明と治療法の開発 板東 良雄...モデル (EAE) や脊髄損傷モデルでは,脱髄時をピークとしてオリゴデンドロサイトからKLK6が分泌されることを現在までに明

結 果

1.KLK6 が EAE発症に及ぼす影響  KLK6+/+マウスおよび KLK6-/-マウスを MOG ペプチドにて免疫し,EAE を発症させたところ,KLK6-/-マウスにおいてEAE発症が遅延し,症状も軽減した(図1). 

 図 1. KLK6 KO マウスにおける EAE発症.

KLK6+/+およびKLK6-/-マウスに EAE を誘導し,麻痺の程度を指標にした臨床症状を記録した.  次に EAE/CV染色を行い,髄鞘染色を行ったところ,臨床症状と一致した形態学的変化が認められた.つまり,KLK6+/+マウスでは EAE発症により,脊髄白質において脱髄が認められたが,KLK6-/-マウスでは脱髄が抑制されていた(data not shown).さらに,抗 CD45 抗体および抗 F4/80 抗体を用いた蛍光2重染色によって KLK6+/+マウスではEAE 発症時に炎症細胞の脊髄内への浸潤やマイクログリア/マクロファージの集積が認められたが,KLK6-/-マウスではこのような現象が認められなかった(図 2).

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 図 2. EAE発症ピーク時の脊髄における CD45 および F4/80 染色.

KLK6-/-マウス脊髄では KLK6+/+マウスに比べて,EAE 誘導時における炎症細胞の浸潤が比較的抑制されている.Scar bars: 500μm (A, C) , 100μm (B, D).

 2.Evans Blue による血液脳関門 (BBB) 破綻の評価 図1において,KLK6-/-マウスでは EAE 発症が少し遅延したことから,炎症細胞の脊髄内への浸潤に KLK6 が影響を及ぼす可能性が考えられたため,BBB破綻について検討した.KLK6+/+マウスでは Evans Blue の色素が脊髄に浸透し,脊髄が青色を呈しているが,KLK6-/-マウスでは青色を呈していなっかった(図 3A).一方,腎臓はKLK6+/+, KLK6-/-マウスともに青色を呈していることから,KLK6-/-マウス脊髄における BBB破綻が抑制されていることが示唆された.実際,腎臓における Evans Blue の吸光度に対する相対値で定量化したところ,KLK6-/-マウスで BBB 破綻が抑制されていることが明らかとなった(図 3B).

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 図 3. Evans Blue による BBB破綻の評価.

A: Evans Blue 注入後,取り出された脊髄および腎臓(最下段)中段; scar bar=1 cm B: 脊髄における EvansBlue 色素の定量化 脊髄から色素を溶出し,吸光度を測定し,定量化した.

 3.Th17 産生細胞の可視化 レシピエントに移植された GFP陽性 IL-17 産生細胞 (Th17) はレシピエント生体内において検出することができ,EAE発症と共に脊髄内に浸潤してくる GFP 陽性 IL-17 産生細胞数は増加した (data not shown).現在,さらなる詳細な分子メカニズムについて検討しているところである.

考 察

 本研究において,KLK6-/-マウスでは EAE発症が遅延し,症状が軽減することが明らかとなった. KLK6 が MBP といったミエリン構成蛋白質を分解する活性をもつことから,KLK6 の発現抑制が脱髄やオリゴデンドロサイトの細胞死を抑制した可能性が考えられる.また,KLK6-/-マウスでは脊髄内への炎症細胞の浸潤が抑制されていたが,これは BBB の破綻が抑制されていたことに起因すると考えられた.これらの結果は,オリゴデンドロサイトから分泌される KLK6 は病変周囲の炎症細胞やグリア細胞に影響を及ぼし,炎症細胞の中枢神経内への浸潤を促すことによって脱髄病変を増悪させる可能性を示唆するものである.従来までの概念に反して,本研究結果はオリゴデンドロサイトが極めて動的な細胞であることが示唆された.また,BBBが破綻していると思われる部位から IL-17 産生細胞が中枢神経内に浸潤してくる傾向が認められ,今後詳細な分子メカニズムを検討することによって,多発性硬化症の本質的な病態を明らかにしていきたいと考えている.BBB の破綻に関係する分子はいくつか報告されており,KLK6がこのような因子に影響を及ぼすか否かについては今後検討していく必要があるが,今後,ヒト多発性硬化症患者でのKLK6 の発現検討を含め,KLK6 をターゲットとした多発性硬化症治療法開発が可能か否かについて検討していきたいと考えている. 謝辞 最後に上原記念生命科学財団よりご助成頂きましたことにより,上記研究を推進することが可能となりました.ここに厚く御礼申し上げます.なお,本研究報告書の内容は現在投稿準備中であることを申し添えます.

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文 献

1) Yamanaka, H., He, X. P., Matsumoto, K., Shiosaka, S. & Yoshida, S. : Protease M/neurosin mRNA isexpressed in mature oligodendrocytes. Mol. Brain Res., 71 : 217-224, 1999.

2) Terayama, R., Bando, Y., Takahashi, T. & Yoshida, S. : Differential expression of neuropsin andprotease M/neurosin in oligodendrocytes after injury to the spinal cord. Glia, 48 : 91-101, 2004.

3) Terayama, R., Bando, Y., Jiang, Y. P., Mitrovic, B. & Yoshida, S. : Differential expression of proteaseM/neurosin in oligodendrocytes and their progenitors in an animal model of multiple sclerosis.Neurosci. Lett., 382 : 82-87, 2005.

4) Bando, Y., Ito, S., Nagai, Y., Terayama, R., Kishibe, M., Jiang, Y. P., Mitrovic, B., Takahashi, T. &Yoshida S. : Implications of protease M/neurosin in myelination during experimental demyelinationand remyelination. Neurosci. Lett., 405 : 175-180, 2006.

5) Blaber, S. I., Scarisbrick, I. A., Bernett, M. J., Dhanarajan, P., Sceavy, M. A., Jin, Y., Schwartz, M. A.,Rodtiguez, M. & Blaber, M. : Enzymatic properties of rat myelencephalon-specific protease.Biochemistry, 41 : 1165-1173, 2002.

6) Scarisbrick, I. A., Blaber, S. I., Lucchinetti, C. F., Genain, C. P., Blaber, M. & Rodriguez, M. : Activityof a newly identified serine protease in CNS demyelination. Brain, 125 : 1283-1296, 2002.

7) Bettelli, E., Carrier, Y., Gao, W., Korn, T., Storm, T. B., Oukka, M., Weiner, H. L. & Kuchroo, V. K. :Reciprocal developmental pathways for the generation of pathogenic effector TH17 and regulatory Tcells. Nature, 441 : 235-238, 2006.

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