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- 484 - 12-17 茨城沖におけるアスペリティと地下構造 Relationship between a seismic asperity and subsurface structure off Ibaraki 望月 公廣(東京大学地震研究所) Kimihiro Mochizuki (Earthquake Research Institute, University of Tokyo) 1.はじめに プレート境界面上のアスペリティの形成について,その形状が要因となっているであろう 1) こと は想像しやすい.沈み込む海側プレートの表面はどこも平坦というわけではなく,例えば日本海溝 南部に沈み込む太平洋プレートの表面には富士山と同規模かそれよりも大きい海山がいくつも存在 し,茨城沖では第一鹿島海山がまさに沈み込みを始めている(第 1 図).また茨城沖日本海溝周辺 の海底地形を見ると,海山が沈み込んだ後にできる特徴的な凹みが見られ,過去に海山が沈み込ん だであろうことがわかる(第 2 図).海山が沈み込んだ場合,プレート境界面で上盤側との引っ掛 かりとなってプレート間摩擦は大きくなるであろうと考えられ,したがってそこがアスペリティに なるだろうと考えられてきた.しかし最近になって,南海トラフ沿いやコスタリカ沖での詳細な 3 次元地震探査の結果から,海山がその形状を保ったまま上盤側底部を削り取って沈み込んでいく様 子が明らかとなってきた 2) .このメカニズムとしては,海山上のプレート境界では間隙水圧が上昇 し,上盤側底部を破壊してしまっている可能性も議論されている.実際に沈み込んだ海山の後方に は,堆積層から多くの水が湧き出していることが発見された.その結果,沈み込んだ海山上のプ レート境界では歪エネルギーを蓄積することができず,したがって地震を起こすことができないだ ろうということが考えられる 3) .南海トラフ沿いやコスタリカ沖での海山が沈み込んでいると考え られる場所では大地震の発生周期が長いために,沈み込んだ海山とアスペリティとの関係について 詳しく理解するためには非常に長い時間が必要となる.これに対し茨城沖では,これまでに 20 年 のほぼ決まった間隔でマグニチュード(M)7 級の地震が繰り返し発生してきており,このような 研究を行うには世界的にも有益な場所である.東京大学地震研究所では海域における地震波構造調 査と自然地震観測を行い,この茨城沖アスペリティと構造との関係について研究を行った.その結 果,M7 級繰り返し地震震源域に隣接して沈み込んだ海山を同定し,海山の場所がアスペリティと は一致しないことを明らかにした. 2.茨城沖地震震源領域周辺の沈み込んだ海山と地震活動 1982 年 7 月 23 日および 2008 年 5 月 8 日には,これまで 20 年周期で繰り返し M7 級地震が発生 して来た茨城沖で,M7 の地震が発生した.その余震分布はこれまでの地震の余震分布と良い一致 を示し,プレート境界面の同じ領域が滑ったものと考えられる.余震分布の広がりや海底地形か ら,沈み込んだ海山がアスペリティとなっていると考えられてきた.この震源領域でのプレート境 界の形状を調査し,沈み込んでいるであろう海山とアスペリティとの関係を詳しく理解するため に,2004 年に海底地震計 27 台とエアガンを人工震源とした海域構造調査を行った.周辺海域では それまでに反射法地震調査も行われていたが,構造が非常に複雑なために震源域周辺のプレート境 界の形状を決定することは困難であった.本調査で得られた海底地震計の記録には,プレート境界 からの特徴的な反射波が記録されており,初動走時インバージョンで得られた速度構造にこの反射 波をマッピングし,さらにこれまでの反射断面図に見られるプレート境界とあわせ,プレート境界

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12-17 茨城沖におけるアスペリティと地下構造 RelationshipbetweenaseismicasperityandsubsurfacestructureoffIbaraki

望月 公廣(東京大学地震研究所)Kimihiro Mochizuki (Earthquake Research Institute, University of Tokyo)

1.はじめにプレート境界面上のアスペリティの形成について,その形状が要因となっているであろう 1)こと

は想像しやすい.沈み込む海側プレートの表面はどこも平坦というわけではなく,例えば日本海溝南部に沈み込む太平洋プレートの表面には富士山と同規模かそれよりも大きい海山がいくつも存在し,茨城沖では第一鹿島海山がまさに沈み込みを始めている(第 1図).また茨城沖日本海溝周辺の海底地形を見ると,海山が沈み込んだ後にできる特徴的な凹みが見られ,過去に海山が沈み込んだであろうことがわかる(第 2図).海山が沈み込んだ場合,プレート境界面で上盤側との引っ掛かりとなってプレート間摩擦は大きくなるであろうと考えられ,したがってそこがアスペリティになるだろうと考えられてきた.しかし最近になって,南海トラフ沿いやコスタリカ沖での詳細な 3次元地震探査の結果から,海山がその形状を保ったまま上盤側底部を削り取って沈み込んでいく様子が明らかとなってきた 2).このメカニズムとしては,海山上のプレート境界では間隙水圧が上昇し,上盤側底部を破壊してしまっている可能性も議論されている.実際に沈み込んだ海山の後方には,堆積層から多くの水が湧き出していることが発見された.その結果,沈み込んだ海山上のプレート境界では歪エネルギーを蓄積することができず,したがって地震を起こすことができないだろうということが考えられる 3).南海トラフ沿いやコスタリカ沖での海山が沈み込んでいると考えられる場所では大地震の発生周期が長いために,沈み込んだ海山とアスペリティとの関係について詳しく理解するためには非常に長い時間が必要となる.これに対し茨城沖では,これまでに 20 年のほぼ決まった間隔でマグニチュード(M)7級の地震が繰り返し発生してきており,このような研究を行うには世界的にも有益な場所である.東京大学地震研究所では海域における地震波構造調査と自然地震観測を行い,この茨城沖アスペリティと構造との関係について研究を行った.その結果,M7級繰り返し地震震源域に隣接して沈み込んだ海山を同定し,海山の場所がアスペリティとは一致しないことを明らかにした.

2.茨城沖地震震源領域周辺の沈み込んだ海山と地震活動1982 年 7 月 23 日および 2008 年 5 月 8 日には,これまで 20 年周期で繰り返しM7級地震が発生して来た茨城沖で,M7の地震が発生した.その余震分布はこれまでの地震の余震分布と良い一致を示し,プレート境界面の同じ領域が滑ったものと考えられる.余震分布の広がりや海底地形から,沈み込んだ海山がアスペリティとなっていると考えられてきた.この震源領域でのプレート境界の形状を調査し,沈み込んでいるであろう海山とアスペリティとの関係を詳しく理解するために,2004 年に海底地震計 27 台とエアガンを人工震源とした海域構造調査を行った.周辺海域ではそれまでに反射法地震調査も行われていたが,構造が非常に複雑なために震源域周辺のプレート境界の形状を決定することは困難であった.本調査で得られた海底地震計の記録には,プレート境界からの特徴的な反射波が記録されており,初動走時インバージョンで得られた速度構造にこの反射波をマッピングし,さらにこれまでの反射断面図に見られるプレート境界とあわせ,プレート境界

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面上に沈み込んだ海山を同定した.2005 年には海底地震計 27 台を用いた自然地震観測を行い,震源周辺域における地震活動の詳しい調査を行った.ここで得られたプレート境界の形状と震源とを比較したところ,海山上のプレート境界では地震が発生しておらず,海山の麓周辺で集中的に発生していることがわかった.1982 年 7 月のM7地震の震源も海山の麓に位置し,地震時の滑りは海山の沈み込み前方に進み,海山上のプレート境界は滑っていないことがわかった(第 3図).本海域における上盤側底部周辺の地殻構造の複雑さは,この海山の沈み込みによるものと考えられ,南海トラフやコスタリカで得られた 3次元地震波構造調査の結果を踏まえると,この海山の沈み込みに伴って上盤側底部が破壊されることによって歪エネルギーを蓄えることができないために地震活動が非活発である可能性が考えられる 4).

3.プレート境界の形状とアスペリティこれまでは海山のような凸構造がプレート境界に存在する場所では必然的にプレート間摩擦が大きくなり,そのためにアスペリティとして働くことが考えられてきた.しかし実際のプレート境界における摩擦の大きさはその形状だけによってのみ決まるものではなく,水の分布に代表される物性にも支配されている.さらに特徴的な形状の沈み込みによる物性の変化が,有効摩擦力の大きさに影響を及ぼす可能性が明らかとなってきた.今後は特徴的なプレート境界の構造を把握するのみならず,海底地殻変動の観測等から,その沈み込みに伴うプレート境界の挙動を理解する必要があると考えられる.

参 考 文 献1) C.H.Scholz andC.Small (1997),Theeffect of seamount subductionon seismic coupling,Geology,25,487-490.

2) N.L.B.Bangs,S.P.S.GulickandT.H.Shipley(2006),SeamountsubductionerosionintheNankaiTroughanditspotentialimpactontheseismogeniczone,Geology,34,701-704.

3) R.vonHuene(2008),Whenseamountssubduct,Science,321,1165-1166.4) K.Mochizuki,T.Yamada,M. Shinohara,Y.Yamanaka andT.Kanazawa (2008),WeakinterpolatecouplingbyseamountsandrepeatingM~7earthquakes,Science,321,1194-1197.

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第 1図 日本海溝南部周辺の海底地形.陸域の標高と同じカラースケールを用いて,水深6000メートルを0メートルとして海底地形を表した.太平洋プレート上には標高 3000 メートルを超え,また直径が 50kmよりも大きい,富士山と同じあるいは大きい規模の海山が存在する.

Fig.1 SeafloortopographyaroundthesouthernJapanTrench.Thecolorcodeaslandisappliedtotheseafloorof6000mdepth.TherearegroupsofseamountsofasizeequaltoorgreaterthanMt.Fuji.Theirrelativeheightsexceed3000m,anddiameters50km.

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第 2図 茨城沖日本海溝沿いの海底地形に見られる,海山の沈み込みによると考えられるくぼみ.Fig.2. Seafloordepressions in the landward slope along the JapanTrenchoff Ibaraki.Theyare

consideredtobeformedasaresultofsubductionofaseamount.

第 3 図 茨城沖における海山の沈み込みとM7級繰り返し地震のアスペリティとの関係.Fig.3. RelationshipbetweenthesubductedseamountandasperityofrepeatingM7-classearthquakes

offIbaraki.