1.エタノール/コイルethanol / coils department of diagnostic and interventional radiology,...

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40 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」:作原祐介 1 . エタノール/コイル 北海道大学病院 放射線診断科 作原祐介 はじめに ここで挙げる“エタノール”と“コイル”は,一つの チャプターで並べて取りあげるにはあまりに対照的な 塞栓物質である。強いて共通点を挙げれば, 「塞栓物 質としては“古典的”な部類である」という点であろう か。しかし,コイルは様々な場面で広く使われている のに対し,エタノールは適応疾患が限られており,エ キスパートでも「あまり使用経験が無い」というドク ターが少なくないかも知れない。 手技におけるポイントは多岐にわたるが,ここでは 初学者を対象に「基本中の基本」について解説する。 エタノール 1 .特 徴 エタノールは歴史が古く,かつ塞栓効果の高い塞栓 物質の一つである。主な塞栓機序は赤血球の破壊に よる泥状化(sludging),血栓形成,および血管内皮障 害で,注入量によっては血管周囲組織にも障害が及ぶ (図 1) 1。血管内皮および血管周囲組織の障害は比較的 速やかに起こり,これは塞栓後の側副血行路の発達も 抑える効果がある。強い血管攣縮も血管閉塞を助長す る。また,注入量のみならず注入速度も塞栓効果に影 響を及ぼしうることも知っておきたい 1。粘稠度が低 く非接着性であるため,細い末梢の血管でも広く塞栓 効果を及ぼすことができるのも利点である。 エタノールによる塞栓術は,腫瘍,動静脈奇形(AVM等の様々な疾患や,臓器廃絶,門脈塞栓術での使用報 告がされてきた 24。特に腎疾患(腎細胞癌,腎血管筋 脂肪腫,コントロール不良なネフローゼ症候群による 低タンパク血症等)においては非常に有効な塞栓物質と して多くの報告がある。その特性を理解し,注入量・ 速度を誤らなければ,安全に,かつ高い塞栓効果を得 血管塞栓物質 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第 40 回日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ることができる。高い効果が得られるのは,換言すれ ば“細胞傷害性/毒性”によるもので,過去の論文で は“ablation (焼灼)”と表現されている場合もあり,単 なる塞栓物質としてのみではなく多少の血管内皮・血 管周囲組織の障害をも期待した疾患に使用するのが良 い。時に「エタノールによる塞栓は不十分に終わり, 再発(再開通)が多い」という意見を耳にすることがあ る。確かに,エタノール注入時の血管攣縮で,直後に は血流が大幅に停滞しても,時間が経つと攣縮が軽減 して血流が回復することを経験する。しかし理論上は 最も細胞障害の強い塞栓物質であり,むしろ適応判断 や使用法等に問題がある場合も少なくないと推測する。 2 .使用方法とコツ エタノールの様に X 線透過性(radiolucent)である液 Ethanol / Coils Department of Diagnostic and Interventional Radiology, Hokkaido University Hospital Yusuke Sakuhara Ethanol, Coils, Embolization Key words 32573 図 1 ブタ静脈血に無水エタノールを混合したもの 赤血球の泥状化(sludging),血栓形成を生じる。

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  • 第40回日本 IVR学会総会「技術教育セミナー」:作原祐介

    1 . エタノール/コイル北海道大学病院 放射線診断科

    作原祐介

    はじめに

     ここで挙げる“エタノール”と“コイル”は,一つのチャプターで並べて取りあげるにはあまりに対照的な塞栓物質である。強いて共通点を挙げれば, 「塞栓物質としては“古典的”な部類である」という点であろうか。しかし,コイルは様々な場面で広く使われているのに対し,エタノールは適応疾患が限られており,エキスパートでも「あまり使用経験が無い」というドクターが少なくないかも知れない。 手技におけるポイントは多岐にわたるが,ここでは初学者を対象に「基本中の基本」について解説する。

    エタノール

    1.特 徴 エタノールは歴史が古く,かつ塞栓効果の高い塞栓物質の一つである。主な塞栓機序は赤血球の破壊による泥状化(sludging),血栓形成,および血管内皮障害で,注入量によっては血管周囲組織にも障害が及ぶ

    (図1)1)。血管内皮および血管周囲組織の障害は比較的速やかに起こり,これは塞栓後の側副血行路の発達も抑える効果がある。強い血管攣縮も血管閉塞を助長する。また,注入量のみならず注入速度も塞栓効果に影響を及ぼしうることも知っておきたい1)。粘稠度が低く非接着性であるため,細い末梢の血管でも広く塞栓効果を及ぼすことができるのも利点である。 エタノールによる塞栓術は,腫瘍,動静脈奇形(AVM)等の様々な疾患や,臓器廃絶,門脈塞栓術での使用報告がされてきた2~4)。特に腎疾患(腎細胞癌,腎血管筋脂肪腫,コントロール不良なネフローゼ症候群による低タンパク血症等)においては非常に有効な塞栓物質として多くの報告がある。その特性を理解し,注入量・速度を誤らなければ,安全に,かつ高い塞栓効果を得

    血管塞栓物質‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第40回日本IVR学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    ることができる。高い効果が得られるのは,換言すれば“細胞傷害性/毒性”によるもので,過去の論文では“ablation(焼灼)”と表現されている場合もあり,単なる塞栓物質としてのみではなく多少の血管内皮・血管周囲組織の障害をも期待した疾患に使用するのが良い。時に「エタノールによる塞栓は不十分に終わり,再発(再開通)が多い」という意見を耳にすることがある。確かに,エタノール注入時の血管攣縮で,直後には血流が大幅に停滞しても,時間が経つと攣縮が軽減して血流が回復することを経験する。しかし理論上は最も細胞障害の強い塞栓物質であり,むしろ適応判断や使用法等に問題がある場合も少なくないと推測する。

    2.使用方法とコツ エタノールの様にX線透過性(radiolucent)である液

    Ethanol / Coils

    Department of Diagnostic and Interventional Radiology, Hokkaido University HospitalYusuke Sakuhara

    Ethanol, Coils, EmbolizationKey words

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    図1 ブタ静脈血に無水エタノールを混合したもの 赤血球の泥状化(sludging),血栓形成を生じる。

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    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

    状塞栓物質は,注入時に動態が見えず,異所性塞栓を生じる可能性があるため,やや扱いにくく感じるかも知れない。以下に基本的な注入法を述べる(図2)。

    ①注入量の見積もり エタノールの注入量は,塞栓対象血管を造影した時に注入した造影剤の量を基準にするが,バルーンカテーテルによるフローコントロールの有無で注入量が異なる。筆者は,フローコントロールを行う場合,エタノール注入量は造影剤量の8割~同量としている2,4)。一方,フローコントロールを行わない場合は,血栓化によるエタノールの逆流の予測が難しいため,少量(1~2割程度)にとどめておくのが安全である。例えば,塞栓対象血管の造影に5㎖の造影剤を要した場合,フローコントロールで行う場合は5㎖,行わない場合は1㎖のエタノールを注入する。完全塞栓を得るまで繰り返し注入を行うが,血流が停滞してくると,より少量のエタノールで血管が閉塞してくるので,繰り返す度に少しずつエタノールを減らすとより安全である。

     注入速度は状況によって異なるが,基本的には対象病変の大きさ,血流量・速度,血管床の大きさにより,血管造影で血行動態を丹念に観察して判断する。一概には言えないものの,毎秒0.5~1.0㎖くらいの注入速度であれば,安全性を保ちつつ塞栓効果を得られると考える。慣れてくると,流速の高い血管では毎秒2.0㎖程度で注入を行うこともある。 1回の治療に於ける極量は,AVMの場合で1.0㎖/㎏とされている5)。筆者は原則として0.5~0.6㎖/㎏の使用にとどめており,この範囲だとエタノールの毒性の影響は非常に少ない。

    ②フローコントロール バルーンカテーテルのメリットは,1)血中のエタノール濃度を高める,3)血栓形成を促進させる,3)逆流を防ぐという点である。ただし3)は完全では無いので過信は禁物である。デメリットは,1)バルーンの過拡張による内膜損傷,2)マイクロカテーテルと比較して選択性が低いという点だが,2)については,細径

    図2 30歳台女性 腹痛を契機に右腎の血管筋脂肪腫を発見された。初診時の造影CT(a)では巨大な血管筋脂肪腫を認め(白矢印),腫

    瘤の表面に血腫(白矢頭),腫瘤内に動脈瘤(黒矢頭)を認める。右腎動脈造影(b)では著明に拡張した分枝(白矢頭)から多数分岐する口径不正な腫瘍血管の増生(黒矢印)を認める。バルーン閉塞下での腫瘍栄養血管の選択的造影(c)で注入量を見積もり,エタノールを注入して血管を塞栓した(複数回に分けて注入)。塞栓後の右腎動脈造影(d)では,腫瘍の栄養血管の血流が完全に消失している。治療後1年目の造影CT(e)で腫瘍の著明な縮小を認める。

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    (2~3 F)のバルーンカテーテルが販売されたことでかなり使いやすくなった。

    ③Sandwich technique/造影剤との混和 筆者はエタノール注入時に“sandwich technique”を用いている。まず造影剤を注入して血管を確認し,続いてエタノールを注入する。最後に造影剤でカテーテル内のエタノールを後押しする。後押しに造影剤を使用することで,カテーテル内に残ったエタノールを判別しやすくなるだけでなく,過剰な後押しによる血栓の逆流を防ぐこともできる。X線透視での視認性が必要な場合はリピオドールと混和すると,エタノール自体の塞栓効果を失うことなく視認性を得られる(図3)。リピオドールは50%まで混合してもエタノールの塞栓効果が落ちないとされているが1),視認性は20~30%程度の混合で十分に確保できる。また,リピオドール自体が持つ毒性が加わって,エタノール単独で注入するよりも内皮障害が強く起こるという報告もある。筆者は必ずしも混和せず使用しているが,フローコントロールができない等,難しい状況では非常に有用である。

    3.合併症 上記の点に十分留意していれば,重篤な合併症を生じる可能性は低い。最大の欠点は注入時の強い疼痛で

    ある。エタノール注入前の鎮痛剤投与は必須で,筆者はフェンタニル50~100㎍(年齢,注入量により調整)を静注している。また,塞栓する血管内にも,注入するエタノールと同量の0.5%リドカイン(静注用2%リドカインを希釈)を注入している。注入直後に強い痛みがあるが,注入終了後は速やかに軽減するので,持続注入は不要である。治療終了後に生じる塞栓後症候群の疼痛は,他の塞栓物質と同様の管理で行う。形成された血栓やエタノールの逆流による異所性塞栓も重要で,非常に稀ながら腎動脈塞栓時に脊髄梗塞や腸管梗塞を生じた症例報告がある6,7)。塞栓効果が高い故に,過剰な注入による逆流は絶対に避けなければならない。他に,上肢や胸部の病変(主にAVM),肝細胞癌に対するエタノール焼灼(PEIT)でのエタノール注入で肺高血圧が報告されている8)。高濃度のエタノールを含んだ血液が肺動脈へ流入し,血管床を障害して肺高血圧を生じるという機序で,これも稀な合併症だが,留意しておくこと。 エタノールの血管内投与はoff-label useであり,必ず院内の自主臨床試験事務局/倫理委員会の許可を得,患者にも適応外使用であることを伝え,了承を得た上で使用すること。日本インターベンショナルラジオロジー学会のホームページに,「血管内投与禁忌物質に関するステートメント」が掲載されている(http://

    図3 60歳台男性肝門部胆管癌の術前に,残肝容積増大目的で右門脈に対する経皮経肝的門脈塞栓術を施行。経皮経肝的門脈造影(a)では,右門脈後区域枝(黒矢印)が門脈本幹から分岐し,その後右門脈前区域枝(白矢印)と左門脈(黒矢頭)が分岐している。バルーン閉塞下でのエタノール注入を試みたが,シースイントロデューサーを留置した前区域枝に対して,後区域枝の分岐角度が急峻だったため,バルーンカテーテルを挿入できなかった。挿入可能な血管造影用カテーテルを後区域枝に挿入しこれを造影(b),リピオドールを混合したエタノールを注入して塞栓を行った(c)。前区域枝はバルーン閉塞下でエタノールを注入し塞栓を行った。塞栓後の造影(d)では,右門脈前・後区域枝とも完全に塞栓され,かつ左門脈の描出は良好である。

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    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

    www.jsivr.jp/jimukyoku/0805kekkan.pdf)。使用承認(倫理委員会・自主臨床試験)の手続きや患者さんへの説明には非常に便利である。

    コイル

    1.特 徴 コイルも古典的な塞栓物質の一つで,非常に使いやすく適応範囲も広い。市場には多種多様のコイルが販売されており,コイル径やコイル長,形状,デリバリーシステム(プッシャブル型,離脱型)など,状況に応じた使い分けが必要である。 コイルの塞栓効果は,コイル自体の物理的な局所血流遮断と,コイル周囲に形成される血栓の2つの効果が重なって得られるので,限局した場所に,可能な限り密に充填することが最大のポイントである。 コイルの利点は,X線透視での視認性に優れること,塞栓部位のコントロールが比較的容易であること,非接着性であること,コイル留置部周囲の組織障害がほとんど無いこと,等が挙げられる。

    2.使用法とコツ 造影CT/ CT-angiographyやMR-angiography,超

    音波(US)による術前評価は,適応判断,治療計画において非常に重要である(図4,5)。動脈瘤や動静脈瘻(AVF)では,事前に病変の形態・径,流入・流出血管を確認し,使用すべきコイル径やコイル形状を見積もっておく。正確に血管径を測定する方法は血管内エコー(IVUS)以外には無いので,造影CT画像やX線透視下でスケールを使っておよその径を推測するが,コイルの形状や柔軟性等によっても適合サイズの選択は異なることがあり,判断は経験によるところも大きい。近年は出し入れが自由な離脱型コイルの選択肢が拡大したので,サイズの選択に自信が無い場合は積極的に離脱型コイルを使用することで,逸脱などの合併症を防ぐことができる9,10)。 肝動注リザーバー留置時等の血流改変,AVF,仮性動脈瘤等で,末梢側へコイルを逸脱させずに,限局した部分にのみコイルを充填させなければならないという状況に遭遇する。この場合,最初に留置するコイルをアンカーあるいはフレームとして使い,以後に留置するコイルが末梢側へ逸脱しないようにする。その際,カテーテルから出たコイルに,血管内で安定するループを作ることが重要である。コイル径が大きすぎると伸びたまま末梢側へ進んでしまい,小さすぎるとリリース

    図4 60歳台女性検診で右腎動脈瘤を発見された。CT-angiography(a)および右腎動脈造影(b)で右腎動脈背側枝から分岐する

    2.8㎝径の嚢状動脈瘤を認める。瘤内にカテーテルを挿入,3D形状のコイルで framingを行った後に,内部にコイルを充填し(filling,finishing),完全に塞栓した。塞栓後の右腎動脈造影(d)では,動脈瘤内の血流が消失し,親血管および末梢側の分枝の血流は良好に温存されている。

    ca b

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    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

    した途端に末梢側へ飛んでしまう。最初のループを作る方法はいくつかあるが,以下に主なものを紹介する。

    1 カテーテルからコイルを少し出し,血管壁にコイル端をぶつけてカテーテルを前後させる。操作を粗雑に行うと強い攣縮や内膜損傷を起こしてしまうので注意する。

    2 Anchor technique:細い側枝にカテーテルを挿入し,コイルを途中まで出す(伸びた状態で良い)。コイルをカテーテル内に残したまま,塞栓する親血管までカテーテルを引き戻し,側枝に入れた部分のコイルが抜けないようにカテーテル内のコイルを押し出すと,ループを容易に作成できる(図6)。

    3 コイル自体の最初のループが最大径より少し小さいコイルを使用する。離脱型コイルでは特に有用である。

    4 先端にアングル形状がついたマイクロカテーテルはループを作りやすい。ただしアングル径より細径の血管では有用ではない。

     親カテーテル(ガイディングカテーテル)の役割も重要である。コイル留置部のみを注視している間に親カテーテルが逸脱し(kickback phenomenon),留置の途中で操作が全くできなくなってしまうこともある。コ

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    イル留置中には留置部のみでなく親カテーテルの動きにも注意を払い,動脈硬化や屈曲蛇行が強く,不安定な場合は太め(5Fあるいは6F)の親カテーテルを使用することも考慮する。 離脱型コイルを使用する場合は,原則として動作が保証されている離脱型コイル専用の2マーカーカテーテルを使用する。ただし2マーカーカテーテルは一般に耐圧性能が低く造影能が劣るものが多いので,確認造影では親カテーテルからの造影も良い(特に流速の高い血管)。2マーカーではないマイクロカテーテルからプッシャブルコイルを留置している途中で,補助的に離脱型コイルを使用したい状況に遭遇することがある。筆者も使用することがあるが,メーカー推奨ではないので適合性を十分に確認しておく(例えば,内腔が広めのマイクロカテーテルでは,機械式離脱型コイルのロックがカテーテル内ではずれることがある)。なお,言うまでも無くヘパリン加生理食塩水の持続潅流は,血栓によるコイルの固着を防ぐために必須である(仮に少数のみの使用であったとしても)。 コイルをコンパクトに充填するためのもう一つのポイントは, “paint-brush movement”(あるいは“swaying movement”)と呼ばれる,コイルをマイクロカテーテ

    図5 30歳台女性血尿の精査で左腎動静脈瘻を発見された(幼少期に腎生検の既往あり)。CT-angiography(a)では拡張した左腎動脈(白矢印)と,著明に拡張した左腎静脈(白矢頭)を認める。左腎動脈造影(b)でも拡張した左腎動脈(黒矢印)と著明に拡張した左腎静脈の早期描出(黒矢頭)を認めるが,短絡部は同定できない。バルーン閉塞(白矢印)下の左腎動脈造影では短絡部が同定され(黒矢印),短絡部をまたいで遠位側から近位側までコイルを充填して塞栓を行った(d)。塞栓後の左腎動脈造影(e)では正常血管のみ描出され,静脈の早期描出は消失している。

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    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

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    図6 30歳台男性 繰り返す膵炎によるhemosaccus pancreaticusの診断で血管造影を施行。脾動脈造

    影(a)では脾動脈近位部に造影剤の血管外漏出(黒矢印)を認め,親血管のコイル塞栓を試みた。遠位側のコイルの固定は,背側膵動脈(黒矢頭)を利用したanchor techniqueで行った(b~d)。まずマイクロカテーテルを背側膵動脈へ挿入し(黒矢印),コイルの遠位側(黒矢頭)を挿入する(b)。コイルを背側膵動脈内に残しつつカテーテルを引き戻し(黒矢印),コイルのループを形成する(黒矢頭)(c)。ループが安定していることを確認し,残りのコイル(黒矢頭)を充填する(d)。さらに血管破綻部の近医側までコイルを充填する(e)。塞栓後の脾動脈造影(f)では,脾動脈が完全に閉塞し,溢れた造影剤により総肝動脈(黒矢印),左胃動脈(黒矢頭)が描出されている。

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  • 第40回日本 IVR学会総会「技術教育セミナー」:作原祐介

    ルから出す時に見られるカテーテル先端部の動きである。コイルを充填していくと,カテーテル先端部が上下左右にうねるような動きをする。この動きを利用すると,高密度のコイル充填が非常にスムーズに行える。コイル留置中にカテーテル先端部の位置を微調整しながらコイルを出し,paint-brush movementを利用することを心がける。 動脈瘤,あるいはAVF等に生じるvenous sacにコイルを充填する場合,まずコイルで枠組みを作り(fram-ing),次いで内部にコイルを隙間無く充填していく(fillingおよびfinishing)(図4,5)。Framingのコイルは

    2D形状でも良いが,近年は色々な形状の瘤に適合しやすい優れた3D形状のコイルがリリースされており,形状や柔軟性など各メーカーが特色を出している。動脈瘤内にコイルを留置する際に,カテーテル先端が瘤の壁に当たった状態でコイルを出すと,コイルの形状が正しく作られない上に,壁に過剰な力が加わり破裂を来す危険もある。カテーテルの先端を常に適切な場所に少しずつ動かしながらコイルをゆっくりと密に積み重ね,コイル密度が低い部分ができないように注意する(compartmentalization)。

    3 . 合併症 コイル逸脱(migration),および逸脱による正常臓器の血流障害が最も危惧される。前述の様に適切なコイル選択は経験に拠るところが大きく,自信が無ければ径がやや小さい離脱型コイルから試すのが良いだろう(径が小さければ,回収して後の充填に使用する)。しかし慎重を期していても逸脱は起こりうるもので,回収用デバイスを必ず用意する。離脱型コイルでは,コイルを出し入れしている最中にコイルワイヤが解けて際限なく伸びてしまう(unraveling)ことがあり,対処に非常に苦慮する。Unravelingへの対処はケースバイケースで,症例報告が出ているので読んでおくのが望ましい11,12)。近年はunravelingを起こしにくいstretch resistance(SR)機構を有する離脱型コイルが多くリリースされているので,積極的に活用したい(勿論,絶対起きないとは言えないので過信しないこと)。

    まとめ

     エタノール,コイルそれぞれについて基本的な使用法について述べた。エタノールは慣れないと少々使いにくいところがあるが,部位を問わず基本的な使用法はほぼ同じである。例えば「腎腫瘍の塞栓で覚えた方法をAVMに応用する」といったことが可能なので,一度使用法を習得すると様々な状況で応用が利く。コイルも,適切なコイル選択やカテーテル操作法が全ての基本だが,本稿では紹介していない手法(動脈瘤に対するバルーンアシスト法/ステントアシスト法,ダブルカテーテル法,等)も多くあるので,論文や教科書・学会誌を参照して頂きたい。

    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

    【参考文献】1) Konya A, Van Pelt CS, Wright KC: Ethiodized oil-

    ethanol capillary embolization in rabbit kidneys: temporal histopathologic findings. Radiology 232: 147 -153, 2004.

    2) Kothary N, Soulen MC, Clark TW, et al: Renal an-giomyolipoma: long-term results after arterial embo-lization. J Vasc Interv Radiol 16: 45 -50, 2005.

    3) Do YS, Yakes WF, Shin SW, et al: Ethanol emboliza-tion of arteriovenous malformations: interim results. Radiology 235: 674 -682, 2005.

    4) Sakuhara Y, Abo D, Hasegawa Y, et al: Preoperative percutaneous transhepatic portal vein embolization with ethanol injection. AJR Am J Roentgenol 198: 914 -922, 2012.

    5) Mason KP, Michna E, Zurakowski D, et al: Serum ethanol levels in children and adults after ethanol embolization or sclerotherapy for vascular anoma-lies. Radiology 217: 127 -132, 2000.

    6) Gang DL, Dole KB, Adelman LS: Spinal cord infarc-tion following therapeutic renal artery embolization. JAMA 237: 2841 -2842, 1977.

    7) Cox GG, Lee KR, Price HI, et al: Colonic infarction following ethanol embolization of renal-cell carci-noma. Radiology 145: 343 -345, 1982.

    8) Mitchell SE, Shah AM, Schwengel D: Pulmonary artery pressure changes during ethanol emboliza-tion procedures to treat vascular malformations: can cardiovascular collapse be predicted? J Vasc Interv Radiol 17: 253 -262, 2006.

    9) Klein GE, Szolar DH, Karaic R, et al: Extracranial aneurysm and arteriovenous fistula: embolization with the Guglielmi detachable coil. Radiology 201: 489 -494, 1996.

    10) Dinkel HP, Triller J: Pulmonar y ar teriovenous malformations: embolotherapy with superselective coaxial catheter placement and filling of venous sac with Guglielmi detachable coils. Radiology 223: 709 -714, 2002.

    11) Standard SC, Chavis TD, Wakhloo AK, et al: Retriev-al of a Guglielmi detachable coil after unraveling and fracture: case report and experimental results. Neurosurgery 35: 994 -998; discussion 9, 1994.

    12) Sedat J, Chau Y, Litrico S, et al: Stretched platinum coil during cerebral aneurysm embolization after di-rect carotid puncture: two case reports. Cardiovasc Intervent Radiol 30: 1248 -1251, 2007.

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  • 第40回日本 IVR学会総会「技術教育セミナー」:田上秀一,他

    2 . 液体塞栓物質大分大学臨床医学系 放射線医学講座

    田上秀一,清末一路,本郷哲央,森 宣

    はじめに

     経カテーテル的塞栓術は,様々な疾患に対する低侵襲かつ有効な治療方法として広く普及している。塞栓術に使用される塞栓物質には主に粒子塞栓物質,液体塞栓物質,硬化剤,金属コイルなどがあり,その種類は疾患や標的血管の状態,カテーテルの到達度,塞栓する領域,患者の全身状態などの多くの要素を考慮し決定される。そのうち,液体塞栓物質はカテーテルから注入後に物質そのものが固体化することで塞栓効果を発揮する物質である。代表的なものには,NBCA

    血管塞栓物質‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第40回日本IVR学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    (n-butyl cyanoacrylate),Onyx,Eudragit-E,PVAc(polyvinyl acetate)などがあり,主には動静脈奇形に対する塞栓物質として開発が進められてきた(図1)。 そのうち,NBCAは動静脈奇形のみでなく,出血,動脈瘤,静脈瘤,多血性腫瘍など多くの疾患に適用可能で,使用されてきた歴史も長く,非常に有用で信頼性の高い液体塞栓物質である。しかし,本剤は外科用接着剤として市販されているものであり,血管内への適応は添付文書上禁忌であり,また塞栓術に使用する際にはその固化時間の短さと接着性により,取り扱いには習熟を要する。一方で,Onyxは新しい塞栓物質

    Liquid Embolic Materials

    Department of Radiology, Oita University Faculty of MedicineShuichi Tanoue, Hiro Kiyosue, Norio Hongo, Hiromu Mori

    Liquid embolic materials, N-butyl cyanoacrylate, OnyxKey words

    図1 30歳台女性。破裂髄内AVMにて両下肢麻痺で発症。 a : T2強調画像矢状断にてTh4~5レベルに髄内AVMを認める(矢印)。 b : 左第9肋間動脈造影で,Adamkiewicz動脈から拡張蛇行した前脊髄動脈が見られ,intra-nidal

    aneurysm(矢頭)を伴うAVM(矢印)が描出された。 c : 流入動脈に超選択的にmicrocatheterを進め,nidusとaneurysmの描出(矢頭)を確認。 d : 33% NBCA-Lipiodolにてaneurysmとnidusの一部を塞栓した。 e : 肋間動脈造影でaneurysmとnidusの大部分の消失,前脊髄動脈の開存を確認した。

    a b c d e

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  • 第40回日本 IVR学会総会「技術教育セミナー」:田上秀一,他

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    技術教育セミナー / 血管塞栓物質

    であり,脳動静脈奇形の術前塞栓に限定されるが,本邦で唯一の保険適用薬剤として市販されている液体塞栓物質である。 本稿では,液体塞栓物質のうち代表的なNBCAとOnyxについて,その基本的事項から臨床応用までを概説する。

    各塞栓物質の特徴

    1.NBCA(n−butyl cyanoacrylate)①固体化の機序 シアノアクリレートは構造式

             

    CN

    CH2C

    CO2R

    で表される物質で,接着剤として開発されてきた物質である。モノマーの状態では粘性の低い液体で,水やイオンの存在下に瞬時に重合し,ポリマー

          

    CN

    COH- H+H2C

    CO2R

    n

    を形成して固化し,接着能を発揮する。 このモノマーのR部分を置換するアルキル基(メチル基,エチル基,ブチル基など)の分子量の違いにより,重合時間や重合後の柔軟性を調節できる。そのうちのブチル基を使用したものがNBCAである。

    ②固体化の速度と調整 固体化する機序である重合反応の時間を調節するには,NBCAとリピオドールの混合比を変えることによって調整する。NBCA:リピオドールの混合比を1:0.25(80%濃度)から1:9(10%濃度)までの間で調整し,濃度が高いほど重合時間は早く1),接着性も増し,コントロールは難しくなる。混合比は血管径,血流速度,血管蛇行の有無,塞栓範囲,カテーテル先端から標的部位への距離など様々な因子を考慮して決定されるが,大部分の病変には20~33%の低濃度の混合比で対応可能である。頭蓋内high-flow shuntなどの塞栓物質のmigrationの危険性が高い場合には50%以上の高濃度を使用する場合もあるが,その際にはリピオドールの造影能が低くなるため,場合によっては金属粉末であるタンタルパウダーを混合する必要があり,また瞬時に重合しかつ接着性も高くなるため使用には熟練を要する。 NBCAの到達性には血管径や注入血管の屈曲度,血流速度,注入速度,血圧,NBCA濃度などの因子が影響する。NBCA濃度は低いほど重合時間は遅くなるが,混合するリピオドールの粘度によって粘稠性が高くなるため,到達性は低下する。その場合は油の加温によ

    る粘性低下の性質を利用し,使用する際に湯せんやドライヤーでリピオドール,あるいはNBCAとの混合液を加温することで,低濃度NBCAをより末梢に到達させることが可能となる1)。この方法は,硬膜動静脈瘻に対する経動脈的塞栓術などの微細で多数の吻合枝を有する血管床を広範囲に閉塞させる場合に,特に有効である(図2)。

    ③NBCA注入の手順物品の準備 NBCAはイオンの存在下で重合する物質であり,少量の血液や生理食塩水などの存在でも影響を受ける。従って注入前の準備は別の清潔野を用意し,それまでの手技で血液が付着した手袋は新しいものに取り替える。注入にはプライミング用の5%糖液,希釈用のリピオドール,NBCA,それらを吸引,混和,注入するためのシリンジや針,三方活栓が必要である。それらの数や種類は各施設の準備の手順により異なるが,必要な物品のリストあるいはセットを予め用意していつでも使えるようにしておくと良い。

    選択的造影での確認 まずは注入する血管の選択的造影を行い,カテーテル先端位置,血管径,血管の走行,血流速度,標的領域を充填する造影剤量などを確認する。また,それらの状況が観察しやすい角度に血管造影装置のC-アームを合わせておくことも重要である。動静脈瘻で流速が早い場合には,バルーンカテーテル・バルーン付きガイディングカテーテルでflow controlを行う準備も必要である。

    カテーテルのプライミング 血液を生理食塩水でフラッシュした後,5%糖液でプライミングを行う。カテーテル内腔を十分に満たすとともにハブの部分も5%糖液で洗っておく。直ちにNBCA-リピオドール混合液を充填した1㎖シリンジをセットし,注入する準備を行う。

    NBCA注入 引き続いてゆっくりとNBCAの注入を開始する。この際,強い圧をかけ過ぎるとカテーテル周囲への逆流を早期に引き起こすので,注意が必要である。注入は透視下,DSA下,blank-roadmap下で行う方法があり,脳神経・頭頸部領域では必ずDSAまたはblank-roadmap下,体幹部でも息止めや浅めの呼吸調節に患者の協力が得られれば,可能な限りDSA下で行う方が望ましい。注入方法としては持続的にNBCAを注入して標的領域に到達した時点でカテーテルを抜去するcontinuous column法と,少量のNBCAをカテーテル内に注入の後に5%糖液で後押しするsandwich法がある2)。Sandwich法は同じカテーテルを使用して再注入

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    できる利点や遠位側へ到達しやすいなどの利点があるが,continuous column法のほうが塞栓範囲をコントロールし易く,状況に応じた使い分けが必要である。

    カテーテル抜去 NBCAが標的とした領域に十分に到達した場合や,カテーテル先端周囲に逆流を来した場合,NBCAの飛散を避けるために注入するシリンジに陰圧をかけつつ,カテーテルを素早く引いて抜去する。抜去する段階でも注入したNBCAが末梢側に移動することや,カテーテル先端にNBCA塊が付着してくることもあるので,必ず抜去が完了する時まで透視またはDSAやblank-roadmapで観察しておく。抜去後に直ちにガイディングカテーテル内の血液を十分に吸引して洗浄し,塞栓後の状態をDSAにて確認する。

    2.Onyx①適応症例と使用資格・実施施設基準 Onyxの使用適応は脳動静脈奇形の術前塞栓術に限られ,実施医・実施施設としては右記のような基準が定められている。

    学会資格日本脳神経血管内治療学会または日本 IVR学会の専門医

    治療経験・ 脳血管内治療を術者として200例以上経験・ 術者または助手として液体塞栓物質での脳動静脈奇形の塞栓術を5例以上経験・ Onyxの研修プログラムを終了し,研修指導医が実施するOnyxを使用した脳動静脈奇形塞栓術を1例以上見学し,Onyxを使用した脳動静脈奇形塞栓術を研修指導医の監督の下に1例以上施行

    施設基準脳血管内治療に適切な血管造影装置が手術室もしくは血管造影室に設置され,常時脳神経外科手術を行える環境を有すること

     現在は,承認後3年間のOnyxによるAVM塞栓術全症例の製造販売後使用成績調査が実施されている段階である。

    ②固体化の機序 Onyxはエチレンビニルアルコール共重合樹脂

    図270歳台男性。傍矢状部髄膜腫の術後に発生した上矢状静脈胴部硬膜動静脈瘻a, b : 右中硬膜動脈造影(a : 正面像,

    b : 側面像)。カテーテル先端はanterior convexity branch末梢(矢頭)まで先進しているが,シャント部位を形成する静脈洞(矢印)までは距離が長く,かつ広範囲で微細な feederが流入している。

    c : NBCA注入(DSA正面像)。低濃度(20% NBCA-lipiodol)を加温し,ゆっくりと注入する。標的部位に向かってNBCAが先進しない場合(矢頭)は,数秒~十数秒の時間をおいて再注入する。

    d : 再注入開始後にNBCAは進む方向を変えて進み始め(矢頭),シャント部位に到達する(矢印)。

    ca b

    d

    82(334)

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    (335)83

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    (EVOH:Ethylene Vinyl Alcohol Copolymer

          CH2 CH2 CH2 CH

    m

    OH

    n

    を有機化合物であるDMSO(Dimethyl Sulfoxide)

            SCH3 O

    CH

    に溶解した液体である。また,その溶液にはX線透視下での視認性を持たせるために,タンタリウム微粒子パウダーが添加されている。固体化はNBCAのような化学反応によるものではなく,カテーテルから血管内への注入後にDMSOの液体中への拡散に伴うEVOHの析出による。Onyxが血液中に注入されると,DMSOが直ちに血液中に拡散して消失し,溶解していたOnyxが析出して固体化する3,4)。

    ③固体化の速度と調整 Onyxの固化は,NBCAのそれと比べると非常に緩徐に進行する。固化は注入したOnyx塊の最外層から膜状にゆっくりと始まるが,その段階では内層は未だ液状を保っている。その後のDMSO拡散の進行とともに次第に析出が内層へと広がり,最終的にスポンジ状の柔軟なポリマー塊を形成する(図3a)。 本邦で市販されているOnyxは,Onyx 18とOnyx 34という2種類が存在し,病変の性状に応じて使い分ける。Onyx 18とOnyx 34は,それぞれポリマー濃度は6%,8%となっている。40℃での液体としての

    粘度はOnyx 18が16.8 cSt(センチストークス),Onyx 34が31.4 cStであり3),おおよそ規格の数値に一致し,Onyx 18の粘度が25% NBCA-Lipiodolとほぼ同等である。高濃度で粘調度の高いOnyx 34の方が早く析出し,後述するplug-and-push法の際に早くplugを形成できる。末梢への到達性は低濃度で低粘調度のOnyx 18の方が高い。

    ④Onyx注入の手順物品の準備 Onyxを使用する際には,カテーテルの破損を避けるためにDMSO耐性のカテーテルを使用する必要があり,本邦で市販されているものではUltraflowとMarathon(ev3)のみである。両者を比較すると,Ultraflowはより柔軟で末梢への到達性が高く,Marathonは内部にナイチノールコイルを有するカテーテルで耐伸張,耐破裂性に優れている。Onyxを使用する際には注入時,カテーテル抜去時のトラブルを避けるためにMarathonを選択する方が望ましい。両者とも内腔径に適合するガイドワイヤは0.010”以下のサイズとなる。 Onyxの製品には 1.5㎖のOnyxバイアル,1.5㎖のDMSOバイアルに加えて,注入に必要なOnyx用1㎖ルアーロックシリンジ(白色)2本と,DMSO用1㎖ルアーロックシリンジ(黄色)1本が同梱されている。

    選択的造影での確認 NBCA注入と同様であるが,塞栓する流入動脈の選択的造影を行い,カテーテル先端位置,血管径,血管の走行,血流速度などを確認し,最適なworking angle

    図3 Onyxの固化と注入の手順 a : Onyxを生理食塩水で満たした注射器内に金属針より注入した状態。注射針より出たOnyxは

    DMSOの揮発により析出し,スポンジ状に固化する(矢印)。 b : 注入直前までOnyxバイアルは専用のミキサーで20分以上撹拌する必要がある。 c : DMSOを専用シリンジでカテーテル内に注入し,最後にハブの部分に滴下して満たし,周囲

    も洗浄する。 d : Onyxを満たした専用シリンジを接続し,ハブの部分を垂直に立ててDMSOをOnyxで押し上

    げるように注入を開始する。

    a b c d

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    の設定も行っておく。流速が早い場合やfistulous feeder(Onyxには不向き)に対しては,バルーンカテーテル・バルーン付きガイディングカテーテルでflow controlを行う準備も必要である。

    Onyxの準備とカテーテルのプライミング Onyxはパッケージから取り出した後,タンタルパウダーの混和性を高めるために指定のミキサーにて20分以上,使用する直前まで撹拌する必要がある(図3b)。注入の前には生理食塩水でマイクロカテーテルを十分フラッシュする。その後,DMSO用シリンジにてDMSOをバイアルから吸引し,DMSOがカテーテルの内腔を十分満たすまで,ゆっくりと注入する(血管壊死やれん縮を予防する為,推奨の注入速度は0.1~0.16㎖/min以下)。またプライミングの最後にはカテーテルのハブの部分を垂直にし,DMSOを滴下してハブを洗浄するとともにハブから溢れる直前まで満たす

    (図3c)。

    Onyx注入 Onyxを吸引した専用シリンジを接続し,はじめはカテーテル側を上に垂直にしてDMSOをOnyxで押し上げるように注入する(図3d)。Onyxがハブを通過し

    たら水平に戻し,blank roadmap下に注入を開始する。

    *plug & push technique Onyxのような非接着性液体塞栓物質を使用して,より遠位側へ塞栓物質を浸透させるための方法である5)。注入を開始してカテーテル先端からOnyxが押し出された際に一旦注入を休止する。時間をおいて再注入すると,最初に押し出されたOnyxは固化し,再注入したOnyxがカテーテル先端周囲に逆流し, “plug”を作る。Plugが形成されてカテーテル側への逆流が止まり,その後にゆっくり注入再開するとOnyxは遠位側へ充填され始める(図4)。その後も中断をすることにより,Onyxの進行方向(圧のかかる方向)を変えることもできる(waiting technique)。中断は通常,30秒から2分の間で行う。

    カテーテル抜去 Onyxが標的とした領域に十分に到達した場合や,カテーテル先端周囲に必要以上に逆流を来した場合,抜去を開始する。カテーテルの抜去もblank roadmap下に数㎝きざみでゆっくりと行い,tensionがかかる程度までカテーテルを引き,保持する。それで抜去できなければ,さらに数㎝の tensionをかける。これを

    図4 AVM 塞栓術の際の,Onyx を使用した plug-and-push technique

    a : 左内頸動脈造影正面像。前頭葉,頭頂葉のAVMが描出される。

    b : Microcatheterをparietal branchのfeederに進め(矢頭),選択的造影(正面像)にてnidusの範囲を確認する(矢印)。

    c : Blank-roadmap下でのOnyx注入。注入されたOnyxが末梢に進んだ後に(矢印),注入を休止する。

    d : 再注入するとOnyxがcatheter周囲に逆流し,plugが形成される(矢印)。

    e : Plug形成後に時間をおいて再注入すると,Onyxはnidus内に浸透し始める(矢頭)。

    da b c

    e

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    繰り返し,カテ先がOnyx塊から離断されるのを待つ。抜去後に直ちにガイディングカテーテル内の血液を吸引して洗浄し,塞栓後の状態をDSAにて確認する。

    3.各塞栓物質使用の注意点カテーテル接着 接着性の性質を有するNBCA使用時に,より高頻度に起こりうる合併症である6,7)。特にLipiodolとの混合比においてNBCA濃度を高く調整している場合に接着を来しやすく,少量でもNBCAのcolumnがカテーテル先端部に到達した場合は,素早くカテーテルを引き抜く必要がある。逆に低濃度で使用する場合の接着の危険性は低いと考えられ,Onyx使用時のようにplug-and-push法でより広範囲・末梢側に到達させる方法もあるが,手技に習熟した医師あるいはその指導下で行うべきである。 カテーテルの接着を確認した場合,無理にマイクロカテーテルを牽引することは,近位側の血管れん縮,さらには裂傷による重度の出血を引き起こす危険性がある。牽引によって接着部を離断できない場合は,unravelingした detachable coilの回収の如く goose-neck snareを使用して回収を試みる,あるいは問題ない場所であれば近位部を離断させて皮下に埋伏する,直達手術による摘出,などの他の処置を検討する。

    カテーテル破損 塞栓物質がカテーテル先端部内腔で固化した際,無理に注入を継続すると破損を来す。金属ブレードで補強されたカテーテルを使用している場合には比較的起こりにくいが,注入時に異常な抵抗を感じた際には,注入を中止してカテーテル抜去を行うべきである。カテーテル閉塞後の無理な注入継続は,破損による近位側での塞栓物質の leak,まれにカテーテルがバルーン状に拡張することによる血管破裂の危険性を有する。

    液体塞栓物質のmigration 液体塞栓物質による塞栓範囲は,対象とする血管側の因子,濃度の設定,注入する技術的因子など多くの要因により決定され,時に正確な制御は困難な場合もある。特にmigrationを来す状況として,動静脈シャント疾患における静脈側へのmigration,注入血管側への逆流による正常枝の閉塞,内在性の血管吻合を介した正常枝の閉塞,などが考えられる。シャントを介したmigrationは,完全に静脈側に流出した場合は肺塞栓を起こすことになるが8),特に脳動静脈奇形における静脈側へのmigrationは導出静脈を閉塞することによる圧上昇により致命的な出血を来す危険性があり,特に細心の注意を要する。注入血管側への逆流は

    濃度や注入量,注入部位,注入圧の問題で引きおこされる。内在性の吻合を介したmigrationは,特に頭蓋内では内頸動脈・眼動脈・椎骨動脈と外頸動脈分枝間の吻合(いわゆる“dangerous anastomosis”),硬膜動脈間の吻合に留意する必要があり,体幹部においては肋間動脈や腰動脈などの分節動脈同志,あるいは気管支動脈と肋間動脈の吻合を介した脊髄動脈へのmigration,腹部の間膜動脈間の吻合を介した腸間膜動脈へのmigrationに注意すべきである。

    おわりに

     液体塞栓物質(NBCA,Onyx)の基礎,使用方法,注意点について概説した。液体塞栓物質は,臨床的に様々な病態に対して有用性の高い塞栓物質であるが,その使用の際には様々な注意点が存在する。効果的な塞栓効果,合併症の予防のためには,その特性や使用手順,注意点を十分理解し,経験のある指導者の元でのトレーニングの後に使用するのが望ましい。

    【参考文献】1) 中澤和智, 村尾健一 : 液体塞栓物質. 臨床神経学

    29: 471 -475, 2011.2) 血管塞栓術に用いるNBCAのガイドライン 2012, 日本 IVR学会編. 2012.

    3) ONYX液体塞栓物質LD添付文書. 日本メドトロニック株式会社(2), 2/5, 2009.

    4) van Rooij WJ, Sluzewski M, Beute GN: Brain AVM embolization with Onyx. AJNR Am J Neuroradiol 28: 172 -177, 2007.

    5) Weber W, Kis B, Siekmann R, et al: Endovascular treatment of intracranial arteriovenous malforma-tions with Onyx: Technical aspects. AJNR Am J Neu-roradiol 28: 371 -377, 2007.

    6) Barr JD, Hoffman EJ, Davis BR, et al: Microcatheter adhesion of cyanoacrylates: comparison of normal butyl cyanoacrylate to 2-hexyl cyanoacrylate. J Vasc Interv Radiol. 10: 165 -168, 1999.

    7) Mathis JM, Evans AJ, DeNardo AJ, et al: Hydrophil-ic coatings diminish adhesion of glue to catheter: an in vitro simulation of NBCA embolization. AJNR Am J Neuroradiol 18: 1087 -1091, 1997.

    8) Kjellin IB, Boechat MI, Vinuela F, et al: Pulmonary emboli following therapeutic embolization of cere-bral arteriovenous malformations in children. Pedi-atr Radiol 30: 279 -283, 2000.

    9) Mascalchi M, Cosottini M, Ferrito G, et al: Posterior spinal artery infarct. AJNR Am J Neuroradiol 18: 1087 -1091, 1998.

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    3 . 球状塞栓物質奈良県立医科大学 放射線科(現 松原徳洲会病院 大動脈ステントグラフト・血管内治療科)

    高橋正秀

    はじめに

     球状塞栓物質(microspheres)は,断片化しやすいゼラチンスポンジ(GS)1)や凝集しやすいポリビニルアルコール粒子(PVA)2)に比べて,塞栓される血管径を予測しやすく,マイクロカテーテルの閉塞を起こさないという扱いやすさから,欧米では臨床で既に十数年来定着している。その適応は,子宮筋腫や肝腫瘍の他にも,軟部組織腫瘍全般や血管奇形,あるいは気管支動脈塞栓術などと幅広い。これに加えて欧州では,抗癌剤を徐放する球状塞栓物質“drug eluting beads : DEB”が盛んに臨床使用3)されている。本邦では,厚生労働省開催「医療ニーズの高い医療機器等の早期導入に関する検討会(通称:ニーズ検討会)」において,4製品の「血管塞栓用ビーズ」すなわち球状塞栓物質が,特に優先度の高いものとして選定されたのが平成20年

    血管塞栓物質‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 第40回日本IVR学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

    度末のことである。この決定を受けて現在までに,国内1社が2製品の治験を終了し承認申請中,別の1社が1製品の承認取得済(保険未収載)(表1参照)である。ニーズ検討会での決定から5年が経過するものの,向う一年以内には,ようやく本邦の臨床現場にも最初の球状塞栓物質が登場する見込みである。来るべきその日に備え本稿では,球状塞栓物質を使用する場合に理解しておかなければならない事項について,できるかぎり実践的に解説する。

    球状塞栓物質における,製品毎の特徴

     平成20年度のニーズ検討会で選定された4種類の球状塞栓物質について,表1に特徴をまとめた。表の上側二つはTAE(trans-catheter arterial embolization=bland embolization)に汎用されるもので,下側二つはDEBとして3)肝腫瘍のTACE(trans-catheter arterial

    Spherical Embolic Agents (Microspheres)

    Department of Radiology, Nara Medical University(Department of T/ EVAR and EVT, Matsubara Tokushukai Hospital)

    Masahide Takahashi

    Microspheres, Embolization, Embolic materialKey words

    商品名(欧州) 球体構成 特  徴 規格(サイズ)

    Embosphere* アクリルポリマー(tris−acryl)にgelatin含浸樹脂架橋構造で弾性硬。1990年代からの歴史を持ち症例数豊富。 6規格・40−120〜900−1200㎛

    Embozene ポリメチルメタクリレート・ハイドロジェルコアにPolyzene−Fコーティング懸濁性良好。粒子径を狭い範囲に揃えてある。粒子径で異なる着色。

    10規格・40, 75, 100, 250, 400, 500, 700, 900, 1100, 1300㎛

    DC Bead** PVA・マクロマー(DEB***) スルフォネート基(SO3−)で陰性荷

    電。DOXやイリノテカンを吸着可。 4規格・100−300〜700−900㎛

    Hepasphere* PVA・アクリル酸共合体(DEB***) 非イオン性造影剤で4倍に膨張。リザーバーエフェクトで抗癌剤吸収。3規格(膨張前)・50−100,100−150, 150−200㎛

    * 本邦治験終了(薬剤未吸着の状態における使用)・40−120㎛の導入予定なし。** 本邦承認済(薬剤未吸着の状態における使用)・保険未収載*** DEBの商品名について:表にある2種類のDEBは,薬剤未吸着でも塞栓効果を有するため,FDAは塞栓物質としてのみ認可し,DEBとしての抗腫

    瘍効果を認めていない。このため米国における商品名が別途設定されている。 DC BeadTM =LC BeadTM;Low Compressible Beadの略で,内部のスルフォネート基を増加させた球状PVAは硬度が増すことから命名。 HepasphereTM =QuadrasphereTM;粒子径が4倍に膨張することから命名。

    表1 ニーズ検討会選定4製品

    86(338)

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    chemo-embolization)に用いられる。各製品の詳細については IVR会誌に記載4)しているので参照されたい。ここでは概略の紹介のみにとどめる。

    1.EmbosphereTM

     フランス発で2000年にFDA認可を取得。子宮筋腫に対する塞栓術において特に症例実績が豊富である。また,原発性肝癌に対するbland embolizationでの良好な成績も発表5,6)されている。構造は中空で(懸濁液中では内腔が周囲の液体で満たされる),他の製品と比較して硬度・弾性が強い2)(潰れにくく,潰れても元に戻りやすい)。このため変形・凝集の頻度が低く,深達性が良好とされる。本邦治験終了,認可申請中。

    2.EmbozeneTM

     ドイツ製で米国から発売。2008年にFDAの認可を取得した。構造は,粒子核となるポリメチルメタアクリレート・ハイドロジェルコアの周囲をPolyzene-Fというポリマーでコーティングしたもので,Polyzene-Fには二つの働きがある。一つは,懸濁性を良好にするとともに凝集を防ぐ働き,もう一つは体内で免疫反応を惹起しないようにする働きである。粒子径毎に異なる着色を施してあるのが特徴。治験予定は無く,個人輸入で入手可能。

    3.DC BeadTM

     米国製で英国の会社が発売,drug chargeable beadの頭文字を取ってDC BeadTMと名づけられ,主に欧州でTACEに広く使われている。DC BeadTMはPVAを球状にしたものであるが,内部のスルフォネート基(SO3-)を増加させてマイナス電荷を増やし,ここにプラスの電荷を持つ抗癌剤(ドキソルビシン・イリノテカン)を吸着・徐放させることができる。本邦治験では肝TAEで,薬剤未吸着状態の塞栓効果をエンドポイントとしている。

    4.HepasphereTM

     日本国内でSAPとして知られているものと同一で,EmbosphereTMを扱うフランスのメーカーが2006年にFDA認可を取得。乾燥粉末の状態で販売される唯一の球状塞栓物質である。非イオン性造影剤によって4倍に膨張する過程で,そのリザーバー効果により薬剤を含むため,荷電していない抗癌剤(例えばシスプラチン)でも含浸させることができる。本邦治験では薬剤未吸着状態の塞栓効果をエンドポイントとしている。本邦認可申請中。

    使用方法とコツ

    1.凝集と再分布(aggregation and redistribution) 球状塞栓物質が持つ最大の利点は,粒子が集まって塊を作る「凝集」が起こりにくいということにある。球状塞栓物質の製造過程では,粒子径を正確にふるい分け(sieve)するため,直径のばらつきが少ない。例えば 100~300㎛という幅を持った規格の製品でも,実際には平均サイズの200㎛付近に粒子分布のピークがあり,分布両端部のサイズは相対的に少なくなっている(図1)。こうした性能により,主に塞栓される血管径(塞栓深度)を比較的容易に予測することができる。また,カテーテル閉塞の発生頻度が極めて少ない。 たった今,球状塞栓物質は「凝集しにくい」と述べたが,これはGSやPVAと比較した場合の相対的な表現である。実際には,懸濁液中の粒子数に比例して,血管内近位で凝集を生じる(図2)。ただし球状塞栓物質の場合,凝集は一時的なものであり,再分布現象(血管内で一旦停止した塞栓物質が血圧で再び遠位へ移動

    図1 EmbosphereTM(100~300㎛)の粒子分布測定。 提供Biosphere Medical社(提供当時)

    0.00 100.00 200.00 300.00 400.00 500.00

    20.0%

    10.0%

    0.0%

    Number[%] Granulometry syudy of Embosphere(100~300㎛)

    Diameter[㎛]

    図2 動物実験(家兎) 血管内で変形・凝集したEmbosphereTM(40~

    120㎛)。肝動脈TAE直後の状態。バイアル懸濁液に,等量の造影剤を加えただけの注入結果。希釈が不十分。

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    すること)によってやがて凝集は解ける。しかし,これが顕著に繰り返されるような場合には,塞栓深度をコントロールできなくなり,結局は塞栓が十分行われない状態で手技を終了せざるを得ないことになる。球状塞栓物質を上手く使用する一番のコツは,「いかにして凝集を防ぐか」につきると言っても過言ではないだろう。

    2.希釈(dilution) 凝集を防ぐということは,適度な粒子間距離を保つということである。そのためには球状塞栓物質を含んだ懸濁液を希釈(液体を多く)し,単位体積あたりの粒子数を少なくする必要がある。特に微小粒子を使用する場合にはこれが塞栓効果を左右する重要因子となる。例えば700~900㎛の球状塞栓物質では0.1㎖の体積あたり100個の粒子が存在するに過ぎないが,40~120㎛となると,同じ体積で比較するとその千倍,すなわち10万個もの粒子数となることから,粒子が塊となりやすい(図2)。ある文献 2)では600㎛以上の粒子なら10倍希釈の,それ以下の粒子であれば100倍希釈の懸濁液とすることを推奨している。 球状塞栓物質はシリンジまたはバイアルに入った状態で供給されている。粒子プラス生理食塩水の体積(全量)は6㎖であったり,10㎖であったり,あるいは粒子のみの乾燥粉末であったりと,製品毎に異なるが,粒子のみの体積は2㎖である場合が多い。この際,例えば100倍希釈を行うという意味は,「造影剤や希釈造影剤をプラスして全量を200㎖にする」ということである。これは本当に必要な処置であろうか?使用される造影剤の量や塞栓にかかる時間に鑑み,その正当性について以下で検討してみることにする。 凝集と再分布の起こりやすさは,血流速度にも依存する。血流が速い場合には大きな粒子を使っても深達性が良好であり,小さな粒子を使用するとしても血管内で自然に希釈されるため,カテーテル注入前に100倍希釈する必要性は乏しい。しかし,血流が遅い場合には,十分希釈した小さな粒子を使用しなければ,近位塞栓となって効果が得られない。したがってこの場合には,やはり100倍希釈が推奨される。 100倍希釈法の一例であるが,10㎖の懸濁液で販売されている粒子であれば,2倍希釈の造影剤10㎖を加えて全体をまず[2㎖粒子/20㎖]=[1㎖粒子/10㎖]の10倍希釈とし,ここから1㎖(粒子体積0.1㎖)を取って9㎖の二倍希釈造影剤を加え,10㎖の100倍希釈懸濁液を得る。これで最初の塞栓を行い,必要に応じて,順次10㎖の懸濁液を反復作成しながらTAEを行う。塞栓が進んで目標深度が浅くなって来たら,大きい粒子ないし10倍希釈の懸濁液(凝集のため,粒子を大きくするのと同等の意味がある)に変えればTAEにかかる時間,被曝,塞栓物質,そして造影剤の量を節減することができる。

     球状塞栓物質を用いたTAEでは,こうした「血流速度と粒子径・希釈度を上手く合わせる」ということが極めて重要である。この選択を誤り,小さすぎる粒子や過度に希釈した粒子を使用した場合は,例えばシャントを介しての逸流などが危惧される。 なお,球状塞栓物質注入にあたっては,シリンジ内に沈殿したままの状態でカテーテルのハブを通過させてはならない。これは凝集の誘因となる粒子の変形をもたらすからである。また,自然な血流(free flow)に球状塞栓物質を乗せることが大切で,決してwedgeさせたカテーテルやspasmを生じた血管から圧入してはならない。 以上に述べてきたような,希釈や注入の感覚は,十分なトレーニングを積んで体得することが必要であり,安易に従来使用してきたGSの使用経験に頼ることは危険である。

    3.再開通(recanalization) 球状塞栓物質はかつて,しばしば「永久塞栓物質」と呼ばれた。この呼称は,球状塞栓物質が合成樹脂などの非吸収性物質で作られていることから来ているが,あまり現実を反映していない。TAEで,動脈が“枯れ枝状(tree-in-winter appearance)”になるまで塞栓しても,前述の再分布現象により球状塞栓物質はやがて遠位に移動する6)ため,DSAで描出されるレベルの動脈に閉塞は起こらず,側副血行路が形成されるような状況にはなり得ない。深部に移動した球状塞栓物質はさらに,炎症細胞によって貪食されて(図3)消滅したり,血管の弾性板を破って血管外へ逸脱したりすることが確認されており,血管の「再開通」(一度器質的に閉塞した血管に血流が再開すること)2,7)が起こり得る。ただし,どのような条件下で血管が永久に閉塞したり,再開通したりするのかは解明されていない。

    図3 動物実験(家兎) 粒子サイズ(50~100㎛)が大きいにも関わらず,肝

    動脈注入後3週間で肝被膜(→)下にまで移動し,そこで炎症細胞に貪食されている球状PVA(水色)。

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    合併症

    1.シャント逸流 球状塞栓物質はPVAやGSと比較して深部血管へと到達しやすい。このことから,動静脈シャントを介する粒子の逸流も生じやすいことになる。第一に避けなければならないのは,少量でも重篤な脳梗塞や心筋梗塞を引き起こす,肺静脈への粒子流入である。これを念頭に置き,気管支動脈や下横隔膜動脈など,胸腔に近い部位でのTAEでは,肺静脈へのシャントが無いかどうかをDSAで入念にチェックする必要がある。シャントが明らかな場合には球状塞栓物質の使用は原則禁忌である。仮にDSAで描出されなくても潜在的シャントは存在しうるので,塞栓が進むにつれてそれが顕性化することもある。従って球状塞栓物質は少量ずつ注入し,500㎛より小さな粒子の使用は,慎重にその適応を検討しなければならない。さらには,粒子を注入しながらのDSAを撮像するなどして,経時的な血行動態の変化を把握することが不可欠である。一方,体静脈系(右心系)へのシャントは,少量であれば問題ないが,大量になると肺塞栓と同じ状態になり,致死的となり得る。文献的には,EmbosphereTM 40~120㎛による肝腫瘍塞栓術で,肺塞栓による3例の死

    亡が報告8)されているが,いずれもかなり大量(10バイアルなど)の塞栓物質が使用されており,このような使用方法は避けるべきであろう。体静脈へのシャントが疑われる場合に,それを証明する方法として,少量のHepasphereTMを使うテクニックがある。粒子径が大きいHepasphereTMは,造影剤を含んだ状態になると,透視で視認可能であり,その際はシャントの証明に効力を発揮する(図4)。

    2.Distal migration(遠位迷入) Barcelona Clinic Liver Cancer(BCLC)Groupが2007年に報告した,肝癌におけるDC BeadTM-TACEの臨床試験 9)では,37例中2例の肝膿瘍発現が報告され,このうち1例は死亡している。この数字は,われわれが知るLipiodol-TACEの成績と比較して多い印象を受ける。原因については定かでないものの,胆管周囲の血管叢が塞栓された可能性が示唆される。使用されたDC BeadTMの粒子径は血管叢の血管径よりも有意に大きかったにも関わらずこのような結果になったということは,想像の域をでないものの,粒子が変形して遠位に移動し胆管周囲血管叢へ進入したかもしれないという考察にいたる。PVAを球状にしたタイプの塞栓物質では,自験の動物実験7)でも遠位への移動(図3)を認めており,この危険性について留意しておかなければならない。

    3.Miss−targeted embolization(標的外塞栓) どのような塞栓物質でも標的以外の領域を塞栓してしまうというリスクがあるのは同じである。しかしDEBの場合,さらにその部位で薬剤を放出することで組織壊死を誘発するため,標的外塞栓のもたらす結果はより重篤となりうる。この根拠として,DC BeadTMを豚肝に注入した実験結果10)があり,薬剤を含浸させた状態とさせていない状態では,前者(薬剤あり)の方が,明らかに組織壊死が強く誘導されたと報告されている。DEB-TACEでは,したがって,極力正常肝を塞栓しないように細心の注意を払う必要がある。

    おわりに

     球状塞栓物質の臨床について実践的に述べた。本邦使用開始にあたっては,販売企業による術者認定トレーニングプログラムの実施が,安全性担保のために望ましいと考える。

    【参考文献】1) 大須賀慶悟, 穴井 洋, 高橋正秀, 他 : 肝動脈塞栓材・多孔性ゼラチン粒(ジェルパート)のマイクロカテーテル通過前後の粒子径と断片化に関する検討. 癌と化学療法 36: 437 - 442, 2009.

    図4 HepasphereTM(150~200㎛,膨潤状態で600~800㎛)を用いた骨盤底ASPS(胞巣状軟部肉腫)のTAE

    造影剤を含んだ粒子がシャントをすり抜けて下大静脈へ逸流している(⇨)のがDSAで明確に証明されている。この症例ではnBCA-TAEに切り替えた。

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    2) Laurent A: Microspheres and nonspherical particles for embolization. Tech Vasc Interv Radiol 10: 248 -256, 2007.

    3) 高橋正秀, 高安賢一, 荒井保明 : TACE ; 新しい塞栓物質. 肝胆膵 59: 819 -829, 2009.

    4) 大須賀慶悟, 高橋正秀, 前田 登, 他 : 球状塞栓物質. IVR会誌 25: 291 -297, 2010.

    5) Maluccio MA, Covey AM, Porat LB, et al: Transcath-eter arterial embolization with only particles for the treatment of unresectable hepatocellular carcinoma. J Vasc Interv Radiol 19: 862 -869, 2008.

    6) Takahashi M: Bland embolization with micro-spheres (Symposium 6, SY36). The 9th International Symposium on Interventional Radiology and New Vascular Imaging; Awaji, Japan, 2005.

    7) Takahashi M, Ogata T, Minami M: Acute and chron-ic tissue reaction to microspheres injected into the hepatic arteries of rabbits: Angiographic and micro-scopic comparison of spherical PVA and tris-acryl gelatin microspheres. (FP6). The 34th meeting of JSAIR; Awaji, Japan, 2005.

    8) Brown KT: Fatal pulmonary complications after arterial embolization with 40-120- micro m tris-acryl gelatin microspheres. J Vasc Interv Radiol 15: 197 -200, 2004.

    9) Varela M, Real MI, Burrel M, et al: Chemoemboliza-tion of hepatocellular carcinoma with drug eluting beads: efficacy and doxorubicin pharmacokinetics. J Hepatol 46: 474 -481, 2007.

    10) Lewis AL, Taylor RR, Hall B, et al: Pharmacokinetic and safety study of doxorubicin-eluting beads in a porcine model of hepatic arterial embolization. J Vasc Interv Radiol 17: 1335 -1343, 2006.

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