2013年8月10日第522号 日本記者クラブ会報 - amazon s3€¦ · 2013年8月10日第522...

ネット選挙 手探りスタート フェイスブック用に候補者スタッフが出陣式をタブレット端末で撮影 7 4日/名古屋市 撮影:畦地 巧輝 (中日新聞写真部) 日本記者クラブ会報 公益社団法人 日本記者クラブ 〒100 - 0011 東京都千代田区内幸町2 - 2 - 1 日本プレスセンタービル TEL. 03 - 3503 - 2722 http://www.jnpc.or.jp/ 日本記者クラブ2013 2013年8月10日第522号 2 9 4 DLCGB5 6 7 8 9 10 11 12 13 鹿14 15 16 40 19 姿20 BOOKPR21 22

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  • ネット選挙 手探りスタートフェイスブック用に候補者スタッフが出陣式をタブレット端末で撮影 7月4日/名古屋市

    撮影:畦地 巧輝(中日新聞写真部)

    日本記者クラブ会報公益社団法人 日本記者クラブ 〒100-0011 東京都千代田区内幸町2-2-1 日本プレスセンタービル TEL. 03-3503-2722 http://www.jnpc.or.jp/

    Ⓒ日本記者クラブ2013�2013年8月10日第522号

    2

    参院選「9党党首討論会」

    会場の目・記者の声

    クラブゲスト

    4

    青木麗子 DLC・GBコンサルティング社長

    川勝平太 静岡県知事

    5

    谷川浩司 日本将棋連盟会長

    キャンベル 前米国務次官補

    グリーン 元米国家安全保障会議アジア部長

    6

    中尾武彦 アジア開発銀行総裁

    鈴木恵美 早稲田大学イスラーム地域研究機構主任研究員

    横田貴之 日本大学国際関係学部准教授

    7

    松本正生 埼玉大学教授

    渡辺豊博 都留文科大学教授

    8

    パルマ 米ボーイング社バイス・プレジデント

    ブルートン アイルランド雇用・産業・技術相

    9

    田中 

    均 日本総合研究所国際戦略研究所理事長

    近藤誠一 前文化庁長官

    10

    「成長戦略」新しい研究会始まる

    脇祐三企画委員

    記者ゼミ 中国編

    11

    川島 

    真 東京大学大学院准教授

    阿古智子 東京大学大学院准教授

    ワーキングプレス

    12

    ネット選挙解禁

    毎日新聞 

    平田崇浩

    13

    エジプト軍事クーデター

    朝日新聞 

    川上泰徳

    鹿児島発 

    県職員の上海研修

    14

    問われる公費支出の在り方

    南日本新聞 

    種子島時大

    被災地通信 

    福島県いわき市

    15

    複雑な様相見せる「浜通り」

    福島中央テレビ 

    山中利之

    書いた話 書かなかった話(拡大版)

    16

    「拉致事件から40年」の夏

    金大中氏と私 

    反独裁の闘士が大統領となるまでを共に

    長沼節夫

    リレーエッセー

    19

    私が会った大谷直人さん

    富士山と重なる凛とした姿

    静岡新聞 

    植松恒裕

    20

    マイBOOKマイPR

    21

    記者研修会

    震災、原発、沖縄報道を考え直す

    中井良則専務理事

    22

    斎藤明元企画委員長を偲んで

  • No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 2

    若者にもアピールしたい

     

    日本記者クラブでの党首討論

    会も13回目となった。今回は第

    1部にNHK・島田敏男解説主

    幹が司会として初登板。第2部

    では、2001年以来のベテラ

    ン読売・橋本五郎特別編集委員

    をキャップとする4記者が代表

    質問。1、2部とも司会、代表

    質問者の持ち味が出たと思う。

     

    今回の参院選からのネット選

    挙解禁を前にライバルが現れた。

    ニコニコ動画である。ニコ動は

    昨年11月の衆院解散後に続き、

    6月28日に党首討論を主催した。

    視聴者は12万人で、NHK中継

    の当方にはるかに及ばない。だ

    が、こちらの討論会に対しネッ

    トユーザーらはツイッターで「夜

    にやってくれ」などとつぶやいて

    いたそうだ。

     

    若者を引きつける党首討論を

    考えてみたい。

     

    企画委員長 

    共同通信論説委員長

    会田 

    弘継

    〝発言1分以内〟でコンパクト化

     

    9党首そろい踏みの討論。こ

    れを第1部の持ち時間50分間で、

    どこまで活発なぶつかり合いに

    できるか。答えは「発言がコンパ

    クトであることに尽きる」と考え

    た。9人の党首による基本的な

    主張の後、従来は党首同士の質

    問・応答の形での討論1巡で終

    わっていたが、1回の発言を1

    分以内に抑えるように要請して

    2巡に挑戦した。結果は、多く

    の党首が協力してくれたおかげ

    で何とか2巡達成! 

    激しい乱

    打戦を期待したが、野党党首の

    質問は安倍総裁に集中し、自民

    1強の政治状況を象徴していた。

     

    選挙が終わってみると、あの日、

    発言時間を超えがちだった某野

    党党首は結果に恵まれず、「発

    信力の強さは時間厳守から」と

    実感した。

     

    第1部司会 

    NHK解説主幹

    島田 

    敏男

    緊張感とユーモアと

     

    今回の参院選は、争点もポイ

    ントもはっきりしている。アベノ

    ミクスをどう評価するか、「ねじ

    れ」が解消されるかどうかであ

    り、そうなると、かえって質問

    がやりづらくなる。ここはユー

    モアも交えながら質したいこと

    を質し、党首の人柄も浮かび上

    がらせる、という正攻法でいく

    しかないと思って臨んだ。

     

    第2部では、意外な「副産物」

    が出てきた。安倍氏はあらため

    て田中均氏を批判、朝日新聞へ

    の日頃の不満が口に出た。江田

    憲司幹事長との不仲を聞かれた

    渡辺氏は、「そういう報道は読売

    新聞だけだ」と言ってのけた。「連

    立離脱カード」の多用を指摘さ

    れた小沢氏が憤然とする場面で

    はちょっとした緊張感も走った。

    政策論争とは別に、案外「本音」

    が出たのかもしれない。

     

    代表質問 

    読売新聞特別編集委員

    橋本 

    五郎

    9党党首討論会 7.3 公示日前日、2時間にわたって行われた討論会。舌戦後の企画委員や記者の感想は──。

    論戦を前に (左から)社民党の福島瑞穂党首、生活の党の小沢一郎代表、公明党の山口那津男代表、民主党の海江田万里代表、自民党の安倍晋三総裁、日本維新の会の橋下徹共同代表、みんなの党の渡辺喜美代表、共産党の志位和夫委員長、みどりの風の谷岡郁子代表(撮影:栗田格会員)

    第23回参議院選 挙

    (前列手前から)第1部司会の島田、代表質問の星、橋本、倉重、実の各企画委員

    テレビとスチルカメラ計45台が並んだ

  • 3 ⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

    吉田慎一理事長のあいさつ

    ■盛り上がり欠いた論戦 参院選の勝利がようやく手に届くところにきた。余計な失点さえしなければいい──。安倍晋三首相の無難な答弁からはそんな思いが見て取れた。論戦は盛り上がりを欠いたが、それが首相の狙いだったともいえる。一方、野党には結束して首相を攻める気概が感じられなかった。秋の臨時国会が「消化試合」にならないよう願うばかりだ。� 毎日新聞政治部 官邸キャップ 中田卓二■いら立ち、割り切り…個性伝わる 党首のやりとりは質問も回答も 1分間。政策を語るには短いけれど、いら立ちや割り切り、各党首の個性が伝わってきた。また、われわれ現場の記者にとっては、大先輩と党首の丁々発止を間近で見る貴重なチャンス。容赦ない質問と、表情や声の調子ににじむ信頼関係など、選挙公約だけでは分からない、人柄を知ることができる 2時間だった。� テレビ朝日政治部 平河キャップ 藤川みな代■原子力政策 期待はずれ エネルギー政策のうち、原子力政策に注目したが、期待はずれだった。「継続派」には、人道的見地から福島原発事故の被災者にどう“申し開き”するのか、「反対派」には、原発なき後の国民の暮らし、経済をどう維持するのか、責任ある答えを示してもらいたかった。もとより、制約ある時間の中で聞くには難しい問題だったか。� 東奥日報東京支社編集部 福士和久■被災地の声 国政に届くのか 原発の論議は深まらず、被災地復興はテーマにもならなかった。憲法改正や経済対策など政権与党の主張が議論の軸になるのはやむを得ない面もある。ただ、それが大震災と原発事故の「風化」を助長する要因にもなり得ることを自覚する必要がある。安倍晋三首相は地域版公約を「県連の希望」とした。被災地の声は国政に届くのだろうか。� 福島民報編集局次長兼社会部長 早川正也

    ■テレビからも代表質問者を 各党首がどう答えるかに加えて代表質問者の質問にも注目した。質問内容はもちろん、どのように問いかけるかという「聞き方」が勝負を分けるのだ。先輩方の質問の仕方がたいへん勉強になった。尊敬するジャーナリスト池上彰氏の「いい質問が政治家を育てる」という言葉の重みを実感した。代表質問者がテレビからも出ることを願う。� 読売テレビ解説副委員長 春川正明■安倍首相の本音見えた? 選挙前に与野党の党首が討論して議論が深まらないのはある意味仕方がない。時間的な制約に加え、選挙を意識して互いの主張をぶつけ合うか、批判することが多いからだ。党首討論も具体的な政策論争は乏しかったが、 1つだけ、安倍晋三首相の発言が気になった。次期国会で憲法改正について「直ち」に発議しないという。微妙な言い回しだが、環境が整えば会期中に発議するともとれる。安倍氏の本音が透けて見えた。� 沖縄タイムス編集局次長 平良 武■党首同士の議論にもっと時間を 記者団がテンポ良く質問を繰り出す様子には好感がもてた。しかし民主党をはじめ野党の勢いがいまひとつな中、安倍首相に質問が集中してしまった印象だ。各党首の主張に時間を割くよりも、党首同士の議論にもう少し時間を費やしてほしい。テレビ番組主催の党首討論などが短い時間枠で行われる中、日本記者クラブの討論会はじっくり時間が取れて良い。 ダウ・ジョーンズ経済通信東京支局記者� アレキサンダー・マーティン■野党はアピール不足 今回の選挙は与党の暴走を止める選挙だと、民主党の海江田さんが言った。でも、こうした肝心な言葉はこの 1回だけ。野党側はもっと攻め、もっと今回の選挙の重要性をアピールしてほしかった。ちょっと残念。� 中国中央電視台東京支局長 李衛兵

     1990年以来13回目、参議院選挙では 5回目の党首討論会です。各党の主張や選挙の争点のみならず、党首の人柄や政治姿勢も浮き彫りにできる企画として定着し、有権者の皆さん、報道各社の注目

    を集めていると信じております。今回の参院選は安倍政権発足後に打ち出されたアベノミクスのみならず、TPP、原発、被災地、普天間をはじめ、対中韓外交、憲法改正など、盛りだくさんの課題がテーブルにのっており、久々の政策選挙と位置付けられています。この後 3年間、国政選挙がないといった憶測も流れています。そうであるならば、なおのこと2年、3年先をにらんだ本音での議論をお願いいたします。

    自民一強

    野党の攻めは

    7月21日投開票の結

    果、自民党が圧勝。

    衆参の「ねじれ」が解

    消した。

    討論会前の控室で揮ごうを手に。迷わず一気に書き上げた

    政 策論争

    会 場 の 目 ・ 記 者 の 声 ウェブサイトに討論会全文と動画実施要領メモ:10ページに掲載

  • 日本記者クラブチャンネルに会見動画� クラブゲス ト

    No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 4

    川かわ勝かつ 平へい太た 静岡県知事

    7・9︵火︶記者会見/

    司会:川戸惠子委員/

    出席:53人/動画

    青あお木き 麗れい子こ

    DLC・GBコンサルティング社長

    7・8︵月︶シリーズ企画「中国と

    どうつきあうか」⑤/司会:泉宏

    前企画委員/出席:70人/動画

     

    大差で再選を果たした直後に富士

    山の世界文化遺産登録が決定、しか

    もイコモス(国際記念物遺跡会議)が

    構成資産から外すように勧告した三

    保松原も一転、登録された。会見で

    川勝知事は言葉の端々に高揚感をの

    ぞかせながら、富士山が発するメッ

    セージを基本に据えた「ふじのくに」

    づくりの持論を展開した。〝学者知事〟

    の得意分野だけに、持ち前のパフォー

    マーぶりがひときわ、さえた。

     

    自然の産物である富士山が、なぜ

    文化遺産か。知事は人工物を文化と

    とらえる西洋的な考えとは違い、自

    然の中に最高のモデルを見いだす日

    本独自の価値観が根底にあるとした。

    登録の意義を「日本の持つ自然観や

    文化観が、世界に公認された」と強

    調した。富士山が古来から信仰や芸

    術の対象になっている例を挙げ、万

    葉歌人の山部赤人が詠んだ長歌「天地

    の 

    分かれし時ゆ 

    神さびて 

    高く

    貴き 

    駿河なる 

    富士の高嶺

    を…」をよどみなく、そらん

    じてみせた。

     

    各国の代表から後押しの声

    が相次いだユネスコ(国連教

    育科学文化機関)の世界遺産

    委員会を振り返り、「日本と富士山が

    愛されていると感じ、本当に感動し

    た」と声を詰まらせる一幕もあった。

     

    知事は就任時から、ふじのくにづ

    くりを掲げ、「富士山の日」(2月23日)

    を制定した。施策を富士山と関連づ

    けて啓蒙、推進しようとしている。

    富士が「不二」「不死」とも表記される

    ことからオンリーワンや健康長寿を

    目指したり、自然への畏敬の念で危

    機管理意識を高める─などだ。来年

    には「国民の会」を組織し、全国区で

    ふじのくにづくりを進めるという。

     

    だが、現状の富士山は登山者のし

    尿処理など問題が山積し、登録でよ

    り深刻化する可能性がある。知事が

    会見で指摘したように、静岡、山梨両

    県の県民レベルでの富士山への向き合

    い方には隔たりが大きい。スタートラ

    インとの認識が強く求められる。

     

    静岡新聞東京支社編集部長

    川内 

    十郎

     「中国人よりうまい中国語」を駆使

    し、福岡を本拠に約30年にわたり中

    国語通訳業をベースに、日系企業に

    よる対中国ビジネスのサポートなどを

    手がけてきた青木麗子氏。中国人と本

    音で話せる数少ない中国専門家とし

    て、日中のあるべき姿を率直に語った。

     

    父親の仕事の関係から中国の地方

    都市で生まれ育ち、文化大革命も体

    験した。帰国後は自然に身に付いた

    中国語をさらに磨き、福岡県職員を

    経て中国語通訳として独立、習近平

    国家主席ら多くの中国要人訪日の際

    のメーン通訳を担当する一方、日中

    ビジネスのコンサルタントなど幅広

    い活動を続けている。

     

    通訳として接した中国要人たちの

    素顔については「誰もが日本との関

    係改善を望んでいる。『反日家』は実

    は1人もいない」と力説した。尖閣

    問題についても「中国の一般国民は

    ほとんど関心がない」とし、「(外交上)

    これ以上こじれさせるのは日中双方

    にとって得策ではない」という共通

    認識を持って、当面は冷却期間を置

    くことが肝要と強調。日中首脳会談

    については「とりあえず第3国での会

    談を」と欧米での国際会議などで接

    触の道を探るのが早道と指摘した。

     

    その上で今後の日中外交のカギは

    「人」だとし、政界、財界、地方都市

    などによる重層的交流が関係改善に

    結び付くとの考えを示し、安倍晋三

    首相ら政界要人には「成熟した民主

    主義国家として『情』ではなく『理』を

    基本とする日中関係を目指し

    てほしい」と語った。

     「日中の懸け橋になる」こと

    を人生の目標とし、福岡県上

    海事務所上級顧問など多くの

    役職を担っての訪中はすでに

    600回を超す。「中国の心

    が分かる日本人」として中国人の本

    音を聞き、交流の最前線で日中友好

    を切望する青木氏。控室では鑑真和

    上に渡日を決意させたという奈良朝・

    長屋王の招請文にちなみ「風月同天」

    と揮ごうした。

    前企画委員 

    時事通信出身 

    泉 

    世界遺産登録を

    弾みに 

    ふじのくにづくり

    中国要人に

    「反日家」はいない

  • ク ラブゲスト� フェイスブック、ツイッターでホームページの更新情報をお知らせしています

    5⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

     

    ニクソン政権が沖

    縄返還の方針を決め

    た「国家安全保障決

    定メモ13号」のよう

    に、米政府は統合的

    な対日政策をまとめ

    ることが多い。ホワ

    イトハウスや国務省

    の中枢にいたキャン

    ベル(左)、グリーン

    両氏だけに、ワシントンの雰囲気だ

    けでなく内部討議の断片も垣間見え

    ればと期待した。

     

    お二人とも安倍晋三首相の経済政

    策「アベノミクス」には期待をかけて

    いる様子で、経済の復活が日本にとっ

    て最優先課題であることを強調。ま

    た「韓国との関係がここまで悪化し

    てしまったことに危機感を抱いてい

    る」(グリーン氏)というあたりは、様々

    な含意を込めた安倍政権へのシグナ

    ルなのだろう。

     

    時に慎重な物言いだった両氏だが、

    小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参

    拝をめぐって米政府内で集中的な議

    論が交わされ、最終的にはブッシュ

    大統領(同)が不介入政策を決めたこ

    とや、今年6月の米

    中首脳会談の際にオ

    バマ大統領が「日本

    は同盟国であり友人

    だということを、あ

    なた方は理解する必

    要がある」と中国側

    に言い渡していたこ

    となどを明らかにし

    てくれた。抽象的な

    議論よりも、こういう「内幕の暴露」

    に興奮してしまうのはジャーナリス

    トの性か。

     

    両氏はシンクタンク「日本再建イ

    ニシアティブ」の特別招聘スカラー

    として、新しい戦略ビジョンづくり

    に参加する。同じく政権中枢にいた

    ジェフリー・ベーダ―氏は近著『オ

    バマと中国』(東京大学出版会)の中

    で、日本人が米政府高官を「親日」「親

    中」と色分けすることについて「短

    絡的」と批判しているが、「良心的知

    日派による提言」というレッテル貼

    りが堂々とできるような、中身のあ

    る処方箋を両氏に期待したい。

     

    企画委員 

    時事通信解説委員長

    軽部 

    謙介

    谷たに川がわ 浩こう司じ 日本将棋連盟会長

    7・16︵火︶昼食会/司会:面出輝

    幸監事 

    山村英樹毎日新聞学芸部

    編集委員/出席:41人/動画

     

    35年前、谷川さんを神戸市のご実

    家で取材したことがある。高校1年

    生で6段だった谷川少年は周囲から

    将来の名人と騒がれていた。駆け出

    し記者の私は、将棋好きのデスクか

    ら「将棋の強さって何か、の質問だ

    けは外すな」と忠告された。この質

    問に少年は動じる風もなく「大局観

    ですね」と即答した。へぼ将棋の私

    でも「こりゃ確かに天才少年だわ」

    と感じ入った。立ち居振る舞いも流

    れるような優雅さがあり、能の舞い

    を見ている感じだった。年齢を詐称

    していると疑いたくなる落ち着きが

    あった。

     

    35年ぶりに同じ質問をしてみた。

    51歳になられた日本将棋連盟会長は

    「やはり大局観ですね」と答えづらそ

    うだった。この間、名人位に史上最

    年少で就き、数々のタイトルを奪取

    した。最短距離で詰ませる「光速流」

    に多くの将棋ファンが熱狂した。

     

    ところが、最近タイトルに縁遠い。

    自分のことだけを考えていればいい

    勝負師時代と違って、組織の運営に

    も心を砕く股裂き状態が影響してい

    るのか。谷川さんがこのまま終わっ

    ていいはずはない。「40歳を過ぎる

    と記憶力が衰えてきた。研究したこ

    とを整理するのが難しくなった。で

    も年齢に応じた戦い方があるはずで

    す。知識や情報に頼るのではなく、

    前例のない展開に持ち込み、経験が

    生きるような指し方です。ねじり合

    い、力勝負の将棋で活路を見いだし

    たい」。中・終盤のねじり合いでは

    若い者には負けないぞ、の気迫は一

    向に衰えていない。谷川将棋人生の

    大局観はまだまだ健在なのである。

     

    コンピューター将棋ソフトが現役

    プロ棋士を負かしたことが話題になっ

    た。「コンピューターは感情がない

    ので気持ちが折れない。疲れも知ら

    ない。生身の人間とそこが違う」と、

    棋士とソフトの力が拮抗しているこ

    とを認めた。

    元毎日新聞論説委員 

    近藤 

    憲明

    谷川将棋人生の大局観

    いまだ健在

    「良心的知日派」の処方箋に期待

    カート・キャンベル 前米国務次官補

    マイケル・グリーン 元米国家安全保障会議アジア部長

    7・16︵火︶記者会見/

    司会:軽部謙介委員/

    通訳:澄田美都子/出

    席:161人/動画

  • 日本記者クラブチャンネルに会見動画� クラブゲス ト

    No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 6

     

    エジプトで軍がモルシ政権を倒し

    た。ムスリム同胞団はこれに抵抗し、

    流血の衝突が広がった。政変につな

    がった社会の分裂は、「イスラム主義

    か世俗主義かではなく、同胞団支持

    か反同胞団かの対立だ」と鈴木氏は強

    調した。横田氏は「焦点は経済運営。

    生活苦への国民の抗議、政権への支持

    率低下に乗じて軍が動いた」と説いた。

     一昨年のムバラク政権崩壊、そして

    今回と、街頭のデモ拡大を受けて軍

    が大統領に引導を渡した。選挙に基

    づく民主化ではない「路上民主主義」

    (鈴木氏)だ。「制度化された民主主義

    よりも、ストリート・ポリティクスの

    方が強いと人々は考える」(横田氏)。

     

    暫定政権は、法律専門家を中心に

    憲法をつくり、その後に議会と大統

    領の選挙を実施する行程表を示した。

    だが、鈴木氏は「行方を楽観できる要

    素はない」と言い切る。「同胞団の一部

    が過激化し、暴走するリスクもある」

    と横田氏は言う。そして、経済状況

    が好転しないと、国民の不満がまた

    爆発して政治を揺さぶることになる。

     

    同胞団排除を歓迎するアラブ首長

    国連邦(UAE)、サウジアラビアなど

    が、資金繰りの危機が続くエジプトへ

    の援助を約束した。一方で、国際通貨

    基金(IMF)の融資の前提となる補

    助金削減などの実行は難しい。「誰が

    政権に就いても、国民の顔色をうか

    がい、痛みを伴う構造改革に踏み切

    れない」(横田氏)ジレンマだ。

     

    米国や欧州連合(EU)は軍の介入

    と流血拡大に懸念を示しつつも、エ

    ジプト向け援助は続ける。「エジプ

    トの破綻回避が、とりあえず重要だ

    から」と横田氏は指摘した。経済的

    な側面も含めて政治危機の理解を深

    めることができる研究会だった。

     

    企画委員 

    日本経済新聞コラムニスト

    脇 

    祐三

    中なか尾お 武たけ彦ひこ アジア開発銀行(ADB)総裁

    7・17︵水︶記者会見/

    司会:安井孝之委員/

    出席:74人/動画

     

    訪問先のモンゴルからADBの本

    部があるマニラに戻る途中、半日ほ

    ど滞在した東京で会見した。日本の

    アジアでの立ち位置を探り、確認す

    るような発言が続いた。

     

    ADBのトップは1966年の設

    立以来、9代目となる中尾氏を含め

    てずっと日本人。日本は米国と並ぶ

    最大の出資国でもあり、対抗馬が出

    たこともない。一方で、援助を受け

    てきた中国が地域最大の経済規模を

    持つようになり、パワーバランスは

    確実に変わっている。

     「ADBを日本の経済協力の別動

    隊と言う人もいたが、やはり日本へ

    の期待は大きい」「日本はアジアの成

    長を地域の安定と日本企業のビジネ

    スチャンスと考えて支援してきた」

    「戦略、政治、軍事の意図はなかった。

    陰徳を積んできたことへの評価があ

    る」。日本のアジアでの存在感を強

    調した。

     

    減速する中国経済への見方につい

    ても質問が出た。「影の銀行(シャドー

    バンキング)」に象徴される金融不安

    の影響を織り込んでも「大失速はな

    い」。前職の財務官時代、中国政府

    高官と積極的に意見を交わしてきた

    経験を披露し、不動産開発や投資に

    頼った成長を変えようとしている政

    策を評価。その上で「分かっていて

    も、スムーズに移行していけるかど

    うかが課題」と指摘した。

     

    就任2カ月余りで10カ国を歩いた。

    8月中旬には中国を訪ね、財政相と

    会う。総裁訪中の恒例だった首相や

    副首相との会談は実現しそうにない

    が、「ADBと中国の関係に問題は

    感じない」。「中立な国際機関」のトッ

    プとして日中の対立の影響を否定し

    たものの、地域の「2大国」の関係の

    微妙さものぞいた。

     

    会見は予定より30分近く延長され

    た。多様なアジアで、異なる背景を

    持つ相手との対話を楽しむ人柄は強

    みになりそうだ。

    朝日新聞編集委員 

    吉岡 

    桂子

    すでに10カ国訪問 対話楽しむ人柄強みに

    鈴すず木き 恵え美み 早稲田大学イスラーム地域研究機構主任研究員

    横よこ田た 貴たか之ゆき 日本大学国際関係学部准教授

    7・18︵木︶ 

    7・26︵金︶/研究

    会「エジプト情勢 

    これからど

    うなる」① 

    ②/司会:脇祐三

    委員/出席:62人 

    48人/動画

    エジプトの行方経済がカギに

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    7⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

    渡わた辺なべ 豊とよ博ひろ 都留文科大学教授

    7・24︵水︶囲む会/

    司会:瀬口晴義委員/

    出席:62人/動画

    松まつ本もと 正まさ生お 埼玉大学教授

    7・23︵火︶研究会「参院選後の日

    本 

    民意をどう読むか」①/司会:

    川戸惠子委員/出席:91人/動画

     

    裾野に点在するゴルフ場、草むら

    に捨てられた空き缶の固まり、山小

    屋から流れ出たし尿の跡…。映し出

    された画像を前に、渡辺教授は「こ

    れも富士山の実態」と訴えた。富士

    山の環境保全や世界遺産の登録運動

    で活躍した経験を買われ、大学で「富

    士山学」を教える渡辺氏。「世界遺産

    の登録で富士山が壊れてしまうので

    はないか」と危機感を募らせている。

     

    富士山が「壊れる」理由はさまざま。

    ▽登山者の激増と事故の多発化▽弾

    丸登山や無謀登山の増加▽その場し

    のぎで後手の行政の対策▽静岡県と

    山梨県の思惑・利害の相違などと、

    厳しい指摘が相次ぐ。

     「課題が何ひとつ解決していない」

    という現状を踏まえ、富士山を再生

    させるための「処方箋」を提案する。

    ▽「富士山庁」の設置による一元管理

    ▽環境保全法としての「富士山法」の

    制定▽富士山基金の創設など。一番

    の問題は、富士山を管理する体制が

    一本化していない点だと力説する。

    文化遺産としては文化庁、国立公園

    では環境省、その他国土交通省、林

    野庁、地元の静岡県、山梨県…。「縦

    割り行政」の縮図のような保全管理

    の体制は、「欧米の世界遺産(国立公

    園)では考えられない」とした上で、

    責任の所在を明確にし、一元管理を

    する機関を国が設置すべきと主張す

    る。そこには「役人」だけでなく、専

    門家やNPO法人のメンバーも加え

    るべきと考えている。

     

    なぜそこまで富士山にこだわるの

    か。「富士山を変えれば、日本を変

    えられるから」だと説明する。富士

    山の官僚主義的・中央集権的な管理

    の在り方を改め、新しい仕組みをつ

    くるのは、日本の国家システムを変

    えることと同じという。

     

    世界遺産登録の祝賀ムードが漂う

    中、あえて厳しい発言をするのは、

    富士山を愛してやまないか

    らか。「世界基準」で富士山

    を守りたいという渡辺氏の

    今後の活動に注目したい。

     

    NHK解説委員

    柳沢 

    伊佐男

     「アベノミクスには不安もあるも

    のの、それも含めて安倍さんに託す

    しかない。参院選で示された民意は

    そんな感じだったと思います」

     「選挙のたびに投票先を変える『そ

    の都度支持層』は中高年齢者が多く

    なっている。その背景には、社会の

    無縁化がある」

     

    的確な指摘だった。

     

    実際、当社の出口調査では、民主

    党、日本維新の会、みんなの党の支

    持層も、1~2割が選挙区で自民党

    候補に投票していたし、無党派層の

    年齢構成は20~30歳代が特に多いと

    いうわけではなかった。

     

    地域コミュニティーの弱体化で、か

    つてはリタイアした後、特定の支持

    層に組み込まれていた高齢者も、今

    では選挙のたびに支持を変えている

    という分析に共感する。

     

    そんな読みにくくなった民意を測

    る上で、興味深いのが「ビッグデータ」

    だ。今回の参院選から解禁

    されたネット選挙。政党、

    候補者、有権者ともに戸惑

    いながらツイッターなどを

    利用したのが実情だったよ

    うだが、政党向けに「好ま

    れる(嫌われる)キーワード」を提示

    するサービスも始まっているという。

     

    しかし、教授は「政治が企業と同

    じようなリスク管理をやってどうす

    るのか」と疑問を呈す。「炎上」する

    リスクを避け、気に入られる言葉ば

    かり口にする選挙に意味があるのか。

    私もネット選挙を見ていて、街頭演

    説の日程や他愛もない感想が目立つ

    状況に違和感を覚えた。

     

    最近、世論調査などは「スモール

    データ」と呼ばれているという。

     「報道機関が責任を持って品質管

    理している世論調査は社会的財産。

    いろいろな批判はあるが、きちんと

    したデータがあるのは大事なこと。今

    後2~3年国政選挙がないとすれば、

    世論調査は一層重要になってくる」

     

    教授の言葉に、あらためて身が引

    き締まる思いだ。

     

    読売新聞東京本社世論調査部長 

    原田 

    哲哉

    世論調査

    中高年者に増える

    〝その都度支持層〟

    「富士山が壊れる」

    世界基準で

    守りたい

  • 日本記者クラブチャンネルに会見動画� クラブゲス ト

    No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 8

     

    かの国の首都、ダブリンを取材で訪

    ねたことがある。2011年の晩秋、欧

    州債務危機に見舞われた後である。南

    欧の重債務国がデモで揺れていたの

    に、この街はとても落ち着いていた。

     

    銀行が危機に陥り、膨大な財政資

    金を使って穴埋めしたので、しまい

    には政府が傾いた。イソップ物語に

    出てくるアリたちのように、この国

    の人たちは黙々と働き、経済と財政

    の立て直しに取り組んできた。

     

    来日したブルートン氏が語ったの

    も、至って真面目な経済の話だった。

    公務員の人件費を15~20%切り詰め、

    人員も10%削減した。銀行の再建の

    ためには640億ユーロの税金を投

    入した、等々。

     

    640億ユーロといえば、円に換算

    して8・3兆円。人口500万人に満

    たない国の納税者の肩にズシリと重

    い。債務危機前に4%だった失業率

    は13%となったが、産業競争力を高

    め輸出を増やすことで、経済再建を

    軌道に乗せたという。

     

    欧州連合(EU)とユーロ圏の「ゲー

    トウエー(玄関)」として、世界中の

    企業を呼び寄せ、研究開発や先端技

    術の拠点として生き残る。そんな経

    済戦略を国民が共有しているからこ

    そ、財政危機下でも法人税の税率は

    欧州で最低の12・5%に据え置いた。

     

    緊縮策には国民の反発も強かった。

    11年の総選挙では、それまで合わせ

    て86議席あった連立与党3党のうち、

    2党の議席は0に。残り1党も19議

    席に激減した。それでも、経済改革

    を進める以外に道はない、との合意

    は崩れなかったという。

     

    艱難辛苦の末に政府が市場で債券

    を発行することが可能になり、国際

    通貨基金(IMF)による管理体制に

    も終止符が打たれようとしている。

    雇用の創出など課題は多いが、針路

    は誤っていないという自信がブルート

    ン氏の表情からうかがわれた。

     

    しからば、日本の財政立て直しは?

    ふと胸に手を当ててしまった。

    日本経済新聞編集委員 

    滝田 

    洋一

    リチャード・ブルートン

    アイルランド雇用・産業・技術相

    7・25︵木︶記者会見/司会:

    軽部謙介委員/通訳:宇尾真理

    子/出席:30人/動画

    ブライアン・パルマ

    米ボーイング社バイス・プレジデント 

    サイバーセキュリティ担当

    7・24︵水︶研究会「サイバーセキュ

    リティ」⑥/司会:杉田弘毅委員/

    通訳:高松珠子/出席:77人/動画

     

    米ボーイング社と言えば、軍用、民

    間問わず航空機メーカー、あるいは

    世界のトップ防衛産業として知られ

    る。今は防衛の喫緊の課題であるサ

    イバーセキュリティにも力点を置く。

     

    パワーポイントを使った話は分か

    りやすかった。政府組織や企業に対

    するサイバー攻撃の80%は一般的な

    ソフトウエアで阻止できるが、残り

    20%をどれだけ食い止めるかで、「勝

    者と敗者が決まる」。

     

    ボーイング社の企業向けサイバー

    セキュリティ・サービスはこの20%

    の対策のために、①攻撃の評価②攻

    撃を予測した訓練③実際の攻撃の予

    防─を提供する。特に重要なのは②

    の攻撃を予測した訓練だ。徹底した

    シミュレーション訓練で予防するス

    キルを身に付ける。

     

    米大統領らを守るシークレット・

    サービスの特別捜査官をしていた経

    歴を持つだけに、「訓練こそが上達の

    手段」という言葉は迫力がある。

     

    しかし、この20%の阻止は簡単で

    はない。対策を新たに打ち出しても、

    敵はさらに新しい攻撃方法でそれを

    打ち破るというイタチごっこの世界だ。

     

    実際に攻撃があったことが分かる

    のは、攻撃初日から平均して156

    日後。この間被害者は攻撃されたこ

    とも分からずに、ネットワークは機

    能を失いデータを盗まれる。

     

    悪化するサイバーセキュリティ環

    境を改善する決め手は教育だ。サイ

    バー教育、サイバー倫理などを子ど

    もの頃から教えることで、サイバー

    攻撃の犯罪性を意識させる。ボーイ

    ング社も福島県・会津大学のサイ

    バーセキュリティ人材育成講座に、

    人災トレーニング演習装置「クライ

    アブ」を提供し、技術協力を行う。

     「サイバー戦争」といった感のある

    デジタル空間では、「防御という名の

    下でほとんど攻撃と呼ぶべき行為も

    行われている」と語った。「攻撃と防

    御の線引きが難しい」この世界の出

    現に向き合う新たな安全保障政策づ

    くりが迫られている。

     

    企画委員 

    共同通信編集委員室次長

    杉田 

    弘毅

    サイバー戦争

    防御と攻撃は

    表裏一体

    経済再建軌道に乗せた自信と信念

  • ク ラブゲスト� フェイスブック、ツイッターでホームページの更新情報をお知らせしています

    9⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

     

    外務省きっての論客といわれた頃

    からのクラブゲストの常連だ。7度

    目の今回は、民間人の立場で、参院

    選後の日本に求められる外交戦略を

    大いに語ってもらった。

     

    自民党の圧勝によって、この先、

    最大3年間は国政選挙がないと見込

    まれている。1年ごとの首相交代で

    「回転ドア」と揶揄されてきた日本の

    内閣も、ようやく落ち着きそうだ。

    アベノミクス経済の評価もおおむね

    高い。この「大きなチャンス」を安倍

    政権はどう生かすのか。

     

    田中氏によれば、日本外交の最重

    要課題とは、「中国を脅威でないよ

    うにすること」に尽きる。

     

    沖縄県・尖閣諸島周辺では日中の

    緊張が高まり、日本は静かな実効支

    配ができなくなった。中国の軍事的

    膨張の趨勢を見れば、5~10年後に

    圧倒的な軍事力を持つ大国が日本の

    すぐ横に存在するようになる。

     

    急速に大国化する中国には、

    さまざまな懸念がある。

     

    中国を「建設的な国」に変えて

    いくために、「今から戦略を立て

    ていかなければいけない」と、田

    中氏は熱を込めて語った。

     「外交とは、目的達成という結果

    を作り出すこと」というのが持論だ。

     

    東アジア情勢の変化を分析し、中

    国が抱える5つのリスクを列挙して、

    日本がとるべき戦略と目指すべき現

    実的な外交の形を描き出した。興味

    尽きない90分であった。

     

    質疑応答では、安倍首相がフェイ

    スブックで田中氏を「外交を語る資

    格はない」と批判したことに関連し

    て、「何か影響はあったのか」との質

    問も出た。

     「コメントしない」の一言に続けて、

    「自由闊達な議論をしたいという気

    持ちが損なわれているわけではない」

    と、今後も論じ続ける意志を隠そう

    としなかった。

     

    外交戦略家としての矜持だろう。

     

    揮ごうの「正念場」も含蓄に富む。

     

    企画委員 

    読売新聞論説委員

    山岡 

    邦彦

    田た中なか 均

    ひとし

    日本総合研究所国際戦略研究所理事長

    7・26︵金︶研究会「参院選後の日本 

    意をどう読むか」②/司会:山岡邦彦委

    員/出席:117人/動画/会見詳録

    近こん藤どう 誠せい一いち 前文化庁長官

    7・29︵月︶記者会見/司会:

    会田弘継企画委員長/出席:

    37人/動画

     

    6月にカンボジアのプノンペンで

    開かれたユネスコ(国連教育科学文

    化機関)の世界遺産委員会で、富士

    山の世界文化遺産登録が決まった。

    ユネスコの諮問機関・国際記念物遺

    跡会議(イコモス)が、景勝地として

    知られる三保松原を、構成資産から

    除外するよう事前に勧告したが、三

    保松原も含めて登録された。7月に

    文化庁長官を退任した近藤氏は、無

    理とみられた「逆転」の立役者として

    注目されている。

     

    近年、イコモスが「登録延期」など

    を勧告したものが、世界遺産委員会

    で覆る例が見られるようになった。

    登録数の少ない一部途上国が中心に

    なり、委員国に政治的なプレッシャー

    をかけて「逆転」させるのだという。

     

    近藤氏は外交官出身で、ユネスコ

    日本政府代表部大使時代の2007

    年には石見銀山の世界文化遺産登録

    に関わったが、当時から世界遺産の

    「政治化」を懸念していたという。三

    保松原を含めた富士山の登録も「自

    分の案件は政治化してひっくり返し

    た」と見られないよう、気を遣った。

     

    プノンペンではまず、4人の「世

    界遺産委員会の権威」と接触。イコ

    モスが、富士山から45キロ離れてい

    ることを問題視した三保松原につい

    て「目に見えないつながりがある。価

    値を主張しても政治的プレッシャー

    にはならない」との評価を得る。こ

    の評価を後ろ盾に、物的証拠重視の

    イコモス勧告を、厳格に尊重しよう

    とする委員国を説得していった。

     「どんな交渉も人間関係が大事」と

    振り返る近藤氏。委員国の大使らと

    は気心の知れた仲で、趣味や経歴も

    調べて長く関係を維持してきたから

    こそ「最後に分かってくれた」。

     

    今後の世界遺産戦略は「目に見え

    ない価値の主張は、次もうまくいく

    保証はない。物的証拠のあるものに

    絞ることが必要」と指摘。外交交渉

    も世界遺産戦略も、基本を見直す時

    だ、とのメッセージに聞こえた。

     

    朝日新聞文化くらし報道部 

    藤井 

    裕介

    外交も

    世界遺産も 

    カギは

    人間関係

    中国を変える

    戦略的外交を

  • No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 10

    ▼日時 

    7月3日13:05~15:05(公

    示7月4日)▼参加党首 

    安倍晋三自

    民党総裁、海江田万里民主党代表、橋

    下徹日本維新の会共同代表、山口那

    津男公明党代表、渡辺喜美みんなの党

    代表、小沢一郎生活の党代表、志位和

    夫共産党委員長、福島瑞穂社民党党

    首、谷岡郁子みどりの風代表▼会場

    10階ホール。昨年11月30日開催の衆

    院選党首討論会と同様、左壁側にメー

    ンステージを置き縦長に設営▼進行

    第1部=9党党首が有権者に一番訴え

    たいことを、フリップ(控室で記入)を

    用いながら主張(持ち時間1分)。その

    後、党首同士の討論。党首が相手を指

    名して質問し、それに答える形式で

    (持ち時間各1分)、9党順番に2巡

    行った。第2部=会場から寄せられ

    た質問を参考に企画委員会の代表が

    質問した。回答時間は各1分とした

    ▼総合司会:小栗泉、第1部司会:

    島田敏男、代表質問者:橋本五郎、

    星浩、倉重篤郎、実哲也の各企画委

    員▼過去12回の党首討論会同様、現

    役優先でプレス会員社に人数を振り

    分けた。ペン取材174人。スチルカ

    メラは東京写真記者協会8社取材、

    外国通信6社と、在日外国報道協会

    (FPIJ)代表EPA通信。参加総

    数は299人▼放送はNHKが総合テ

    レビで生中継(ラジオも同様)。視聴

    率は関東3・3%、関西3・1%。

    民放はTBSテレビが代表で中継取

    材。情報番組や夕方、夜のニュースで

    取り上げた。ENGはニュース映画協

    会代表テレビ朝日、FPIJ代表新

    華社通信のほか国内5社、外通6社

    が取材。民放ラジオは国会放送記者

    会から7社が取材。カメラは、中継

    や党も含め、テレビ25台、スチル20台

    の計45台が会場に並んだ。

    シリーズ企 画

    ─実─施─要─領─メ─モ─

    「成長戦略には何が必要か 現場からの視点」新しい研究会始まる

    参院選9党

    党首討論会

     参院選での自民党圧勝を受けて、安倍晋三首相は秋の臨時国会を「成長戦略実現国会」とする考えを示した。首相は「実行なくして成長なし」と意欲を見せている。 安倍政権が経済政策の3本の矢に位置付けたのは、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、新たな成長戦略だ。金融緩和と財政出動は、まずデフレから抜け出し、景気を下支えしていくための経済環境整備策であり、民間の投資を引き出して成長につなげる成長戦略が、アベノミクスの成否のカギを握る。 成長戦略とは経済構造を改革する戦略でもある。新たな投資や雇用の妨げになっているさまざまな規制を、どう緩和し、撤廃していくかが、成長戦略の重要なポイントだ。 政府が6月にまとめた戦略のメニューは、過去の政権の成長戦略と似た内容が多く、黒田日銀の金融政策のような異次元性が乏しかった。既得権のからむ農業、医療、雇用などでの「岩盤」の規制をどう改革するかも、秋以降の宿題になった。 成長戦略や規制改革案のとりまとめにあたっている人、新たなビジネス分野の拡大をめざす企業経営者などの声を直接聴き、日本の経済成長に何が必要かを考える場はメディアにとって欠かせない──。 企画委員会での議論を踏まえて、成長戦略研究会がスタートしました。多くの会員、加盟各社の現役記者の参加を期待しています。

    � (企画委員 日本経済新聞コラムニスト 脇 祐三)

    ■会見動画「日本記者クラブチャン

    ネル」でどうぞ 

    ほぼすべての記者

    会見とゲストの了解を得た研究会の

    動画をYouTube日本記者クラブ

    チャンネルで見ることができます。翌

    日か翌々日にはアップしています。ク

    ラブ・ホームページのトップ画面から

    もアクセスできますので、クリックし

    てみてください。ゲストの生の声と

    会見場の雰囲気を〝取材〟できます。

    ■会見の文字アーカイブ 

    会見詳録

    注目の会見や資料価値の高い研究会

    の全文をPDF版でホームページに

    掲載しています。テープ起こしから

    整理・編集に時間がかかりますので

    ホームページにアップされるのは翌

    月以降になりますが、印刷してじっ

    くり読むこともできます。ご活用く

    ださい。

  • 11 ⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

    記 者ゼミ 中国編

     

    中国の習近平国家主席

    が提唱する「中国夢」とは

    何か─。国家の復興、共

    産党統治の安定、人民の

    幸福などと耳当たりの良

    い言葉が並ぶ。だが、川

    島准教授は逆に「中国が夢

    を見られない状況にある

    ということだ」と分析する。

     

    未整備の社会保障制

    度、深刻な就職難など、

    国内問題は多岐にわた

    り、共産党の支配を揺

    るがし始めているとい

    う。将来が見通せない

    不安感から習氏が「夢」を見させざる

    を得ないという背景だ。

     

    ただ、「偉大なる復興を遂げる」こ

    とと定義されるこの「中国夢」。外国

    から領土を奪われ続けたとされる「屈

    辱の歴史」からの復興だとしても、「中

    国がどれだけ領土を広げれば復興と

    言えるのかが見えない」と指摘する。

     

    これまでも香港、マカオを取り戻

    し、台湾で最後かと思われたが、根

    拠の薄い東シナ海と南シナ海での領

    有権も主張し始めた過去がある。国

    境問題を解決したロシアでさえ、さ

    らなる領有権を求めてくるのではな

    いかと危惧しているとみる。

     

    国内問題が深刻化する中、領有権

    を主張することで復興の「夢」を訴え

    続け、国民の支持をつなぎとめてい

    るのだという。だが、「これは危険

    なゲーム。自分たちであおっている

    半面、関連した運動は抑えづらくな

    る。もろ刃の剣だ」と語気を強める。

     

    出席者から6月の米中首脳会談に

    水を向けられると、米国はすべてに

    おいて中国を封じ込めるつもりはな

    く、可能な範囲で協力をする姿勢で

    あると説明。米国に歩調を合わせる

    韓国と、そうでない日本とに対して

    米国の態度に差が出てくるのではな

    いかと懸念を示した。

     

    ゼミ後の懇親会では、今後の日中

    関係の展望に対する見解を求める出

    席者に囲まれた。

    共同通信外信部 

    稲葉 

    俊之

     

    第3回記者ゼミで阿古

    智子東大准教授は、農民

    や農村を立ち位置にした

    中国社会の実風景につい

    て、最近の山東省訪問の

    事例なども交えて話を展

    開した。その実風景は、何

    か不自然で違和感があり、

    農村であって農村でない

    との感覚を生じさせること

    もあるという。不必要な施

    設やポツンと取り残された

    民家など、この不自然さこ

    そ中国農村の問題点を如実

    に示していると主張した。

     

    阿古氏の撮影した写真はあたかも

    「農村は機能不全に陥った」と語って

    いるようでもある。その上で阿古氏

    は、様々な場面で不利な処遇を受け

    る農民に対し中央政府がきめ細かい

    対応をしなければ社会の大きな不安

    定要因になると強調しつつも、その

    改革実現には数多くの足かせがある

    ことを併せて指摘した。

     

    質疑においては、体制批判の広がり

    や中国共産党が農村とどう向き合お

    うとしているのかなど多岐にわたる質

    問が出た。複雑さを極める中国を政治・

    経済・社会など様々な側面でどのよう

    に理解・把握するかは、多くの記者

    にとって悩ましい課題であろう。

     

    小生は大学時代に小島朋之慶応大

    学教授の研究室の門を叩き、地域研

    究では対象への深い愛情と好奇心が

    必要だと諭された。阿古氏は10年以

    上にわたる湖北省農村の定点観測か

    ら「地元政府による地元民の意思に

    そぐわない行動へのいら立ち」を漏ら

    すなど、そこからは研究対象への強

    い愛情とこだわりがうかがえた。

     

    記者ゼミの主目的は「ジャーナリ

    ズム力の増強支援を目指すプログラ

    ムにより取材・報道力のパワーアッ

    プを図ること」に置かれているとい

    う。阿古氏の独自の研究対象へのア

    プローチが、これまでわれわれが気

    づかなかった中国社会理解への術を

    提示したように、記者ゼミは取材対

    象への理解を深め取材の幅を広げる

    有益な場となろう。

    テレビ東京国際デスク 

    庄子 

    6・24︵月︶記者ゼミ②「中国夢」「中華民

    族の偉大な復興」とは何か、なぜ必要か/

    司会:吉田克二特別企画委員/出席:44

    人/会見詳録

    7・11︵木︶記者ゼミ③複雑さを増す都

    市・農村の格差/司会:吉田克二特別企

    画委員/出席:27人/会見詳録

    「中国夢」掲げ

    領有権主張は

    危険なゲーム

    不自然な

    中国農村の

    実風景

    阿あ

    古こ

     智とも

    子こ

     東京大学大学院准教授 川かわ

    島しま

     真しん

     東京大学大学院准教授ゼミ

    記者

  • No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 12

     

    インターネットを利用した選挙運

    動が7月の参院選で解禁され、毎日

    新聞は立命館大学(西田亮介特別招

    聘准教授)とネット選挙の共同研究

    に取り組んだ。

     

    ツイッターやフェイスブックなど

    の膨大な書き込み情報(ビッグデー

    タ)を収集・分析する必要があり、情

    勢取材と世論調査を中心とした選挙

    報道の従来手法だけでは対応できな

    いと考えたからだ。

     

    共同研究を始めるに当たり、立命

    館大学側と目的意識の共有を図った。

    「ネット選挙解禁で日本の政治は変

    わるのか」という課題を設定。第1

    に「ネット世論はリアルな世論なの

    か」、第2に「ネット選挙によって政

    治と有権者の距離は近づくか」とい

    う2つの視点を軸に据えた。

    ネット世論と一般世論のズレ

     

    第1の視点については、昨年12月

    の衆院選の際にネット上にあふれた「脱

    原発」「反原発」の声が選挙結果に反

    映されなかったことを念頭に、「ネッ

    ト世論は偏りやすい」との仮説を立

    てた。

     

    今回の参院選でも、ツイッター利

    用者の投稿(ツイート)から争点にな

    りそうな政策テーマの関連語を集め

    たところ、「原発」が突出して多く、

    ほかにも「憲法」など賛否の分かれる

    テーマに関心が集まる傾向が鮮明に

    表れた。

     一方、通常の電話による世論調査で

    も参院選で重視する政策を質問し、社

    会保障や景気対策など生活に関係す

    る政策が上位に来ることを確認した。

     

    さらに、ツイッター上では特定の

    テーマが転送(リツイート)機能によっ

    て急速に拡散することもデータで示

    し、ネット世論と一般世論のズレを

    記事にまとめた。

    候補者とユーザー 

    かみ合わなかった〝つぶやき〟

     

    では、ネット選挙は無意味なのか

    と言えば、そうではない。だれもが

    情報の発信元と受け手のどちらにも

    なれる双方向性がネットの最大の特

    性だ。政治と有権者をつなぐ重要な

    コミュニケーションツールになり得

    ると考えたのが第2の視点。ツイッ

    ター上での政党・候補者側の発信内

    容を収集し、ツイッター利用者全体

    の発信内容と比較した。

     

    各党候補者のツイートに含まれる

    単語を抽出したところ、「演説」「駅」

    など街頭演説の告知に使われるもの

    が上位を占めた。一方、ツイッター

    上には「原発」関連のツイートが多い

    にもかかわらず、一緒に政党名がつ

    ぶやかれることが少なく、参院選の

    争点としてはあまり認識されていな

    いことがうかがわれた。

    ネットの海で政策対話できるか

     

    そもそも選挙前から「自民党1強」

    の情勢が鮮明だったのが今回の参院

    選だ。選挙戦自体に対する有権者の

    関心が低い中、ネット上でいきなり

    政治と有権者の政策対話が盛り上が

    るはずもない。

     

    今後はソーシャルメディアが中高

    年層にも浸透していくことが予想さ

    れる。政党・政治家も、われわれマ

    スメディアも、手探りでネットの海

    にこぎ出した段階。選挙期間に限ら

    ず、日常的に有権者(読者・視聴者)

    との重要なコミュニケーションツー

    ルとして、ネットを使いこなす努力

    と工夫が求められている。

    ネット選挙解禁�

    平田 崇浩(毎日新聞社)

     

    双方向の対話

      

    政治もメディアも不断の努力を

    ひらた・たかひろ▼1989年入社 

    葉支局 

    政治部 

    北海道報道部などを経

    て 

    2009年4月から政治部副部長

    一線記者の取材リポート� ワーキングプレ ス

    ネット選挙共同研究の記事には、分析結果

    を視覚的に伝えるインフォグラフィックス

    を活用。毎日新聞の総合情報サイト「毎日

    jp」にも特集ページを開設し、ネット利用

    者にも積極的に発信した(毎日新聞社提供)

  • 13 ⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

     「エジプト軍クーデター」の見出し

    が、7月4日の朝日新聞の夕刊一面

    トップになった。日本とカイロの時差

    は7時間。私と応援に来た3人の記

    者は総局で徹夜の作業となった。早

    朝、夕刊早版の刷りを見ても、「クー

    デター」の文字が、よその国のこと

    のように思えた。

     

    中東は一度事態が動き始めると、予

    想を超えて動く。今回のエジプトの

    クーデターもそうだった。

     

    6月30日にイスラム系のムルシ大

    統領の辞任を求める反ムルシ・デモ

    がタハリール広場を埋めた。その一

    方で、ムスリム同胞団が動員したム

    ルシ支持派はカイロ郊外のナスルシ

    ティーに集まった。

     

    ムルシ政権の経済政策の失敗や強

    引な手法に国民の批判は強かった。

    しかし、新聞やテレビの政府批判は

    規制されず、反政府デモが阻止され

    ることもなかった。政治的自由があ

    れば、政治の危機は続いても、体制

    の危機にはならないと思っていた。

     

    しかし、軍の介入で状況が変わっ

    た。軍は政府に「民意の実現」を求め、

    48時間の期限を付けた。それが切れ

    るとシーシ総司令官(国防相)はテレ

    ビ演説し、憲法の停止や暫定大統領

    の就任を発表した。軍は反ムルシ派

    の要求だけを「民意」として、民選大

    統領を排除した。

    報道の自由もなくなった

     

    シーシ演説は、どう考えても現実

    のバランスを無視したものだった。し

    かし、演説の後、ムルシ氏が大統領

    警護隊に拘束されたという情報や、軍

    の戦車が街頭に出動したという情報

    が流れ、時代錯誤の「クーデター」が

    現実味を持ってきた。

     

    その時、はっとする一瞬があった。

    カタールの衛星放送アルジャジーラ

    はタハリール広場の反ムルシ・デモ

    と、ナスルシティーのムルシ支持デ

    モを画面を二分して放送していた。

    シーシ演説の直後に、ムルシ支持派

    デモの映像が真っ黒になった。報道

    の自由はなくなり、「時代が変わった」

    ことを生々しく実感した。

     

    国民の総意に基づく民主的な政治

    基盤がない中東では、秩序や権力が

    崩れる局面はあっけない。2003

    年春のイラク戦争の時のバグダッド

    陥落と、サダム・フセイン政権の崩

    壊は、その例だ。2011年春にム

    バラク前大統領が民衆のデモで辞任

    に追い込まれたのも同じだろう。

     

    革命で強権が崩れ、民主化が始まっ

    たエジプトで、軍のクーデターが起

    きたことは、民主主義が根付いてい

    なかったためと考えるしかない。

     2つの民意は共存できるのか

     

    しかし、クーデターによって革命

    が終わったわけではない。ムルシ支

    持派の大規模なデモは延々と続く。

    私も応援に来た記者たちもナスルシ

    ティーに通った。そこにいるのは、貧

    困救済などを続けてきた同胞団を支

    持して、軍のクーデターに平和的な

    抗議を続ける民衆である。タハリー

    ル広場に集まる群衆に比べれば、明

    らかに貧しい人々が多く、階層間の

    対立も見えてくる。

     

    一方で、タハリール広場のデモ隊

    は同胞団を「国を乗っ取ろうとする

    過激派」と非難する。人々の間にムバ

    ラク政権時代に刷り込まれた同胞団

    への偏見だが、軍のクーデターと同

    様、現実感を欠いている。

     

    この原稿を書いている間に、ムル

    シ支持派のデモ隊に治安部隊が発砲

    し、75人以上の死者が出た。シーシ

    総司令官が国民に軍と警察の「反テ

    ロ」の戦いへの支持を訴え、タハリー

    ル広場が大群衆で埋まった直後の出

    来事だ。原稿が掲載されるとき、エ

    ジプトがどうなっているか想像もつ

    かない。分裂する2つの民意が民主

    的に共存の道を見いだすまで、予測

    できない混乱は続きそうだ。

    エジプト軍事クーデター�

    川上 泰徳(朝日新聞社)

     

    予想超えた展開

      「時代変わった」を生々しく実感

    かわかみ・やすのり▼1981年入社 

    学芸部 

    エルサレム支局長 

    編集委員な

    どを経て 

    2013年6月から2度目

    の中東アフリカ総局長

    7月3日の軍クーデターの後、アルジャジーラの画面は、ムルシ大統領支持派のデモの現場中継が警察に切断され、左側の軍支持のタハリール広場のデモの映像だけになった� (筆者撮影)

    ワ ーキングプレス� 一線記者の取材リポート

  • No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 14

     

    中国・上海で7月10日夕、記者会

    見に臨んだ伊藤祐一郎・鹿児島県知

    事はよどみなく語った。「成果は期

    待しない」「雑踏に2時間でも立って

    上海の息吹を感じることが、やがて

    行政マンとしての糧になる」。この

    日、県職員22人が3泊4日の研修で

    上海入りしており、どんな成果を求

    めるか問われての答え。しらけた空

    気が報道陣の間に広がった。

     

    搭乗率が低迷する中国東方航空の

    上海─鹿児島線を維持するため、県

    は公費3400万円を投じて職員な

    どの上海研修を計画。22人は第1陣

    だった。知事の発言でいきなり、研

    修の意義が搭乗率底上げの一点に絞

    られる形に。もっとも、職員らが出

    発前に「発展する上海に学びたい」と

    意気込んだ研修も、調整・準備不足

    から不十分な結果に終わった。

     

    研修は実質的には11日からの2日

    間のみで、県職員は農政と土木行政

    の2コースに分かれた。11日に同行

    取材した農政コースでは、上海最大

    の市場に入ると同時に「団体客は受

    け入れていない」と警備員から注意

    され、職員らはわずか10分で退場さ

    せられた。当初は1時間を予定して

    いたが、市場についての説明はない

    まま終わった。職員が市場担当者を

    呼んで仕切り直すこともなかった。

    ■反対署名5万人でも実現

     

    上海派遣計画は、県民の批判を浴

    びながら実現した事業だった。

     

    計画が浮上したのは5月半ば。知

    事が会議の席上で明らかにした。日

    中関係が冷え込み、同路線の搭乗率

    が危機的状況に陥っていたからだ。事

    業費約1億1800万円を計上した

    当初案は、来年3月までに県職員と

    教職員計1000人を派遣し、パス

    ポート取得代も負担するというもの。

     

    すぐに本社には「税金の無駄遣い」

    「新聞の力で止めて」といった批判の

    声が電話やメールでひっきりなしに

    寄せられた。鹿児島市の医師が始め

    た反対署名は、県議会が終わる6月

    末までに5万人近く集めた。

     

    知事は県議会でパスポート代負担

    を撤回、民間人も対象にすると修正

    したが批判は続出した。事態が動い

    たのは最終本会議目前で、知事は県

    議会議長に、9月末までに300人

    を送る縮小案を打診。最大会派の自

    民党県議団の大多数が賛成に回り、

    何とか可決する混迷ぶりだった。

     

    その後、県の計画に呼応して、経

    済団体も派遣計画を打ち出している。

    全体の搭乗率は20%程度向上し、当

    面は国際線の採算ラインとされる60%

    に近づくことになった。

    ■さらなる税金投入も

     「上海線は鹿児島が発展するには

    不可欠」と県は主張する。鹿児島─

    東京間とほぼ等距離で栄える上海の

    経済力を取り込みたい姿勢は理解で

    きる。だが、公費による研修の必要

    性、成果は厳しく問われるべきだ。

    こうしている間にも、職員らは次々

    と飛び立っており、県民への合理的

    な説明は今も求められている。

     

    知事は研修に合わせて路線維持を

    要請しようと、中国東方航空本社を

    訪問した。しかし路線維持の確約は

    得られず、逆に発着料の引き下げを

    求められるなど宿題を抱え込んだ。

    本格的な搭乗率向上には上海からの

    誘客策こそ不可欠だが、航空会社救

    済のための新たな税金投入が現実味

    を帯びている状況だ。

     

    10月以降の上海派遣について、県

    は「その時に最も適切な手段を講ず

    る」としており、注視していかねば

    ならない。

    県職員の上海研修

    県民から猛反発 問われる

    公費支出の在り方種子島 時大

    (南日本新聞報道部)

    市場を視察する県職員ら。わずか10分で退場させられた(7月11日/中国・上海/南日本新聞社提供)

    たねがしま・ときひろ▼2003年入社

    社会部などを経て 

    4月から報道部

    一口メモ 鹿児島県の上海研修計画では、県職員、教職員、民間人各100人を派遣する。2 コースに分かれた第 1陣の県職員が視察したのは市場のほか、富裕層向けのスーパーや大型コンテナ港など。県民からの反発は強く、「研修に中身はない」「不当な公金支出」として、事業中止を伊藤祐一郎知事に勧告するよう求める住民監査請求も起きている。

    地元メディアの視点から� 鹿児島 発

     

  • 15 ⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

     

    南北に150キロ続く福島県の太

    平洋沿岸の周辺13市町村は「浜通り」

    と呼ばれる。その南端のいわき市は

    人口33万人、東北では仙台市に次ぐ

    人口規模の中核都市だ。震災では、3

    月の大津波に続いて、4月にはマグ

    ニチュード7の断層直下型地震に見

    舞われ、関連死を含め446人の犠

    牲者が出ている。被災家屋は9万棟、

    罹災証明の発行数は、再調査を含め

    ると12万件にもなり、被災規模でも

    仙台市に次ぐ。

     

    震災と原発事故から2年あまり、

    いわき市では今なお約2万4千人の

    原発避難者が暮らす。その上、事故

    の収束作業や除染作業の拠点にもなっ

    ているため、長期滞在の作業員など

    で、実質人口は36万人ほどに膨れ上

    がっているとみられる。交通量は増

    え、店はにぎわい、賃貸住宅に空き

    はまず見つからない。

     

    その一方で、7千人がいわき市を

    離れて全国に自主避難を続けている。

    沿岸の漁業は操業を自粛したままで、

    また津波被災地の復興も進んでいな

    い。人の数は増えても、震災と原発

    事故が市民の生活に大きな影を落と

    しているのは変わらない。

     市民と避難者との間に不協和音も

     

    自らが被災自治体でありながら、

    原発避難者を受け入れているという

    状況は、複雑な問題を生む。

     

    双葉郡の4つの町は、復興計画で、

    町外コミュニティーいわゆる「仮の

    町」をいわき市やその周辺に設ける

    方針である。町ごとにニュータウンを

    造る集中型の構想が一時話題になっ

    たが、今はいわき市の都市計画に合

    わせて、市街化区域に分散して災害

    復興住宅を整備する方向だ。

     

    市民と避難者との不協和音も聞こ

    える。東京電力からの補償・賠償が

    ある原発避難者に対し、津波被災者

    に補償はない。原発避難者の下水道

    の使用やゴミ収集に関しては国から

    交付金が出るとはいえ、住民票を移

    さず、市民税も納めていない避難者

    に対する市民の視線は、次第に厳し

    くなっている。定住を決めた避難者

    が宅地や住宅を購入するために価格

    が高騰、物件が不足する事態も起き

    て、地域の大きな問題となっている。

    原発再稼働と福島の廃炉

     

    原発の再稼働も争点のひとつになっ

    た7月の参院選。県と県議会が決め

    た福島第一と第二合わせて10基の原

    発の廃炉を多くの県民が支持する一

    方、原発を抱える双葉郡からの避難

    者の中に、賛否を「どちらともいえ

    ない」とする人たちがいた。原発に

    代わる雇用の場が確保されなければ、

    住民は戻れず、町も再生できない。

    悲しい本音なのだろう。

     

    さらに、県外の原発に対しては、

    再稼働を容認する層が予想以上に多

    かった。「代替エネルギーが確保でき

    ていない状態で電力供給が危うい」

    「安全が確認されれば再稼働はやむ

    を得ない」などが理由だ。容認する

    住民は、県内での廃炉と県外での再

    稼働はまったく別物と考えているよ

    うだ。原発事故に遭った福島県民だ

    からといって、必ずしも一様に「脱

    原発」ではないのだ。

     

    その福島で、海に風車を浮かべて

    電気を起こす、世界最大の浮体式洋

    上風力発電の実証研究事業が国主導

    で始まり、7月、原発沖18キロに巨

    大風車が設置された。事業化できれ

    ば、小名浜港に風力関連産業を集積

    し、新たな雇用が生まれるという。

    同じ海を漁場とする漁業者と共存で

    きるかという大きな課題はあるが、

    風車には「ふくしま未来」と名付けら

    れた。再生可能エネルギーは、真の

    福島再生の盟主になるだろうか。

    やまなか・としゆき▼2008年入社

    震災直前の2011年3月1日からい

    わき支社駐在記者

    被災地通信⓯ 福島県いわき市

    複雑な様相見せる「浜通り」

    被災自治体と原発避難者山中 利之

    (福島中央テレビ報道部 いわき支社駐在)

    東京湾から福島沖に曳航される浮体式洋上風力発電の風車(提供:福島中央テレビ)

    被 災地はいま� 東日本大震災から2年が過ぎて

  • No.522 2013.8.10 日本記者クラブ会報⃝ 16

    「拉致事件から40年」の夏  (拡大版)書いた話 書かなかった 話

     

    1973(昭和48)年8月8日の

    白昼、東京都心のホテルから韓国野

    党の大統領候補が突然姿を消した。

    その後長く日本中を震撼させた「金

    大中拉致事件」だ。あれから満40年

    の月日が流れた。

     

    金大中氏との初対面は、事件から

    2年以上前の71年3月、韓国大統領

    選のさなかだった。当時私は大学院

    生・大学新聞記者・夕刊フジ(大阪)

    嘱託記者・予備校教師の4足ワラジ

    の生活だった。韓国での友人兼通訳

    の徐洪錫氏が「朴正凞軍事独裁と闘

    う民主主義者がきょう演説する。一緒

    に見物しよう」と言ってソウル市内

    の小さな国民学校に案内してくれた。

     一見してそれと分かる黒ジャンパー

    のKCIA(韓国中央情報部)が目を

    光らせていたが、校庭に超満員の人

    が集まると弾圧できない。当局は野

    党候補の演説会場には、こんなに小

    さな場所しか許可しなかった。おま

    けに、日曜日というのに、政府は公

    務員に緊急出勤を命じて野党演説を

    聞かせないという嫌がらせまでした

    という。

    ◆強烈な闘争心と気さくな素顔

     

    党幹部が次々前座話を語る途中、

    金候補に会って、「日本から来まし

    た。演説を録音していいですか」と

    聞くと、「もちろん。ほほう、これが

    最近登場したカセット式レコーダー

    というのか。私はまだ持ってないが

    便利な機械だ。よし、私がこれを預

    かって登壇し、演説が終わってから

    お返ししよう。この2つのボタンを

    同時に押せば録音できるんだね」と

    言った。

     「インタビューもしたい」と申し入

    れると、「では明朝早く自宅に来な

    さい。遊説に出かける前に話そう。

    私が出発後は妻にインタビューしな

    さい」と言ってくれた。46歳。若々し

    く精悍な闘志の塊という印象だった。

     

    金候補の演説は原稿なしで約40分。

    強烈な独裁批判と国民への民主主義

    回復の約束だった。

     「この国は完全無欠な独裁国家だ。

    普通の国では新聞は新聞記者が作る。

    しかしわが国ではKCIAが新聞を

    作る。ウソだと思うなら、ここ4年

    間の新聞をひっくり返してみなさい。

    朴大統領やKCIA批判の記事が1

    行でもあるか。政府批判のないもの

    が果たして新聞と言えようか。KC

    IAは学園に浸透して教授と学生の

    間に不信感を植え付け、学者らを恐

    怖に追い込む。与党系の政治家だっ

    て安心できない。大統領の陰口をき

    いたら、たちまち密告され、情報部

    本部地下に連行されて殴る蹴るの拷

    問を受ける。彼らにできないことは

    男を女に、女を男に変えることだけ

    だ。我々が政権を取ったら直ちにこ

    れを廃止する」

     

    校庭では聴衆の多くが涙を流しな

    がら金候補に拍手を送っていた。し

    かし予想通り、翌日のどの新聞にも

    KCIA絡みは1行も載らず、わず

    かに「当選したら徐々に南北交流を

    始める」という演説部分を引用して、

    「これは反共法違反の疑いがある」と

    いうコメントを伝えた程度だった。

     

    選挙結果は金候補の惜敗だった。

    これでは真実が伝わらないとの思い

    ながぬま・せつお1942年長野県飯田市生まれ 72年時事通信入社 経済部 ナイジェリア・ラゴス支局 社会部�整理部など 2008年から個人D会員 現在 日本地域紙図書館および南信州新聞記者

    金大中氏と私

    �反独裁の闘士が大統領となるまでを共に  

    長沼 

    節夫

  • 17 ⃝日本記者クラブ会報 2013.8.10 No.522

    書 いた話 書かなかった話(拡大版)  「拉致事件から40年」の夏

    から帰国後、「エコノミスト」誌にペ

    ンネームで金候補の演説を詳しく書

    いた。この文章は金大中拉致事件発

    生後、いろんなメディアに「事件の

    背景」として引用された。金大中拉

    致・殺害未遂は朴政権とKCIAが

    金候補の演説への恨みを込めて実行

    した報復ともいえる。

     

    演説の翌朝、金候補宅を訪ねると、

    「時間がもったいないから一緒に朝

    食をとりながら話そう」と言う。早

    速箸を上げようとすると、金氏夫妻

    は黙祷して食前の祈りをささげてい

    た。一家は敬虔なキリスト教徒だっ

    た。居間の本棚には、『三国志』とか

    『徳川家康』など歴史小説が全集でびっ

    しりと並んでいた。

    ◆かつての面影なくした金氏と再会

     

    私は翌72年夏上京し、時事通信社

    に就職したが間もなく、金大中氏が

    ひょっこりと訪ねてきた。あの精悍

    な姿はすっかり影を潜め、つえにす

    がるようにして歩くたびに大きく体

    が揺れた。本人が名乗らなければ金

    氏と分からないほどだった。

     「先生、どうしました」と聞いたが、

    私が知らないはずだった。金氏によ

    れば、こういうことだった。

     「大統領選の翌月にあった国会議

    員選挙で地方遊説中、自分の車に大

    型トラックが正面から突っ込んでく

    る事故に遭い、死者3人、重傷3人

    を出したが、当局が私の殺害を狙っ

    た事故だったので、犯人探しも新聞

    報道もなかった。自分は九死に一生

    を得たが、この通りの体になった。

    韓国で治療しても、いつ殺されるか

    分からないので、東京へ来た」

     

    韓国では朴大統領が金氏の出国を

    待っていたかのように「維新宣言」を

    行い、反対派弾圧を強めた。金氏は

    外国人記者クラブで維新反対を表明

    するとともに、帰国を当面、断念し

    た。治療の合間を縫って日米の政治

    家に次々と会って韓国民主化への支

    援を求めた。

     

    73年に入ると金氏は、「韓国大使

    館が尾行を強めている」と言った。よ

    く電話で呼び出され面会したが、そ

    のたびにホテルが変わっていた。私

    は「逃げ回るだけでは危険だ。この

    際、マスコミに登場しましょう」と

    言い、夕刊フジの千野境子記者に写

    真コラムを、朝日新聞の本多勝一記

    者に雑誌インタビューを頼んだ。

     

    ある日、金氏から「移動のたびに

    タクシーでは面倒なので、クルマを

    買ってやろうと言う人がいる。どう

    思うか」と聞かれた。私は「反対です。

    確かに移動には便利だが、それ以上

    に尾行する側にとって便利になる。

    同じクルマを追跡すれば済むので」

    と答えた。金氏も賛同した。