2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

16
2014年度秋学期人工知能論 コミュニケーションする知能の “すごさ” を考える (3) ―ことばを使わないコミュニケーション― 11. 13. 2014 大学院政策・メディア研究科後期博士課程 坂井田 瑠衣 http://web.sfc.keio.ac.jp/~lui/

Upload: rui-sakaida

Post on 13-Jul-2015

151 views

Category:

Education


2 download

TRANSCRIPT

Page 1: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

2014年度秋学期人工知能論 コミュニケーションする知能の “すごさ” を考える (3) ―ことばを使わないコミュニケーション―

11. 13. 2014 大学院政策・メディア研究科後期博士課程 坂井田 瑠衣 http://web.sfc.keio.ac.jp/~lui/

Page 2: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

原点に戻って考える: コミュニケーションとは何か?

•  コミュニケーションの必要条件を定義することは難しい ü 言葉を交わしていること?

Ø  ジェスチャーだけでもコミュニケーションはできる? ü  2人以上が対面していること?

Ø  電話での会話もコミュニケーションではないか? ü 特定の相手にメッセージを伝えていること?

Ø  街頭演説はコミュニケーションか? ü 誰かが発したメッセージを誰かが受け取ること?

Ø  …

2

Page 3: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

コミュニケーションとは何か

•  どのような意味でコミュニケーションなのか/コミュニケーションではないのか,考えてください ü  2人で会話している ü  2人で黙ってジグソーパズルを組み立てている ü  映画館で,2人で並んで映画を見ている ü  2人で食卓を囲み,一言も話さず食事をしている ü  他人同士が狭い道ですれ違う ü  同僚の2人が,同じオフィスで別々の仕事をしている ü  他人同士がカフェにいて,各々くつろいでいる ü  他人同士が広場にいて,各々くつろいでいる ü  1人で部屋にいて,独り言をつぶやく ü  1人で部屋にいて,本を読んでいる

3

Page 4: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

「コミュニケーション」のモデル

•  (狭い意味での) コミュニケーション ü 話し手 (発信者) が,聞き手 (受信者) に,メッセージ

を伝える意図がある

4

情報送出 行為

情報受信 行為

聞き手 アドレス 行為

話し手 アドレス 行為

話し手(発信者)

聞き手(受信者)

発話・動作 (情報)

話し手と聞き手の図式 (木村 (2010) を一部改変)

受信機

発信機

情報源

宛 先

ネル メ

セー

セー

信号

受信信号

ノイズ源

シャノンとウィーバーのコミュニケーションモデル (Shannon and Weaver, 1949)

Page 5: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

Erving Goffman (1922-1982)

•  アメリカの社会学者 ü  コミュニケーションにおける身体の重要性         

を論じた第一人者 ü  精神病院のフィールドワーク

Ø  公共の場における人々の “一般的な”               振る舞いの重要性に気づく

•  従来の社会学 ü  暴動,群集,パニックなどの “異常事態” を研究

•  Goffmanの仕事 ü  ごくありふれた公共の場における社会的接触を,研究の俎上に

載せた ü  のちの「会話分析」等に影響を与えた

5

Page 6: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

焦点の定まった/定まっていない相互行為 (Goffman, 1963)

•  焦点の定まった相互行為 ü  話をしながら注意を単一の焦点に維持しようと協力

し合っている状態 Ø  e.g. 日常会話,会議,商談,共同作業 Ø  (狭い意味でのコミュニケーションに相当)

•  焦点の定まっていない相互行為

ü  その場に居合わせた他人を一瞬見て,その人の情報を集めているだけの状態 Ø  e.g. 街角,カフェ,教室 Ø  「人は同じ場に居合わせているだけでコミュニケーション

している」という考え方 6

Page 7: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

焦点の定まった/定まっていない相互行為 という観点から見ると

ü  2人で会話している ü  2人で黙ってジグソーパズルを組み立てている ü  映画館で,2人で並んで映画を見ている ü  2人で食卓を囲み,一言も話さず食事をしている ü  他人同士が狭い道ですれ違う ü  同僚の2人が,同じオフィスで別々の仕事をしている ü  他人同士がカフェにいて,各々くつろいでいる ü  他人同士が広場にいて,各々くつろいでいる ü  1人で部屋にいて,独り言をつぶやく ü  1人で部屋にいて,本を読んでいる

7

焦点の 定まって いない 相互行為

焦点の 定まった 相互行為

グレー ゾーン

相互行為 ではない

Page 8: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

焦点の定まっていない相互行為は どのような点でコミュニケーションなのか?

•  周囲に他者がいると,人の振る舞いは変化する ü 「相手に見られている」ことを前提とした振る舞い

になる ü  e.g. 公共空間では,感情を露骨に表出することはでき

ない Ø  独り言を言う,突然笑う…

•  社会生活は広い意味での相互行為 (interaction) として成り立っている ü コミュニケーションは,焦点の定まった活動にとどま

らない 8

Page 9: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

焦点の定まっていない相互行為の「作法」

•  儀礼的無関心 (civil inattention) (Goffman, 1963) ü 相手をちらっと見て,すぐに目をそらし,相手に対し

て特別の好奇心/意図がないことを示すこと ü 「焦点の定まっていない相互行為」で多発する

•  他人と道ですれ違う場合 (※1960年代アメリカ文化) ü 約8ft (2.4m) の距離に至るまでに,相手を観察する

Ø  その間に,道のどちら側を通るか決める ü すれ違うときには,視線を伏せる

Ø  個人間の儀式を最小限に抑えようとしている

9

Page 10: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

儀礼的無関心がもたらす 社会秩序

•  儀礼的無関心の役割 ü 他人に対して,疑っていない/恐れていない/敵意を

持っていない/避けていないことをほのめかす

•  儀礼的無関心の「違反」の顕在化 ü 相手が自分を見ていない状態で相手を観察していると,

突然相手の視線が自分に向けられる Ø  恥じ入って視線をそらす Ø  礼儀上許される範囲で見ていたふりをする

10

Page 11: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

「コミュニケーション」の定義を再考する

•  以下の3つの現象はコミュニケーションか? 1.  Aが凍った地面を見て,滑らないように気をつける 2.  AがBから「地面が凍っているよ」というを警告を受

け,滑らないように気をつける 3.  Bが凍った地面を見て滑らないように気をつけている

のを見て,Aも滑らないように気をつける •  どのような意味でコミュニケーションなのか/

コミュニケーションではないのか,考えてください

11

Page 12: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

他者の認知の利用: 情報伝達意図のないコミュニケーション

•  「他者の認知の利用」(高梨, 2010) ü 相手の身体を観察し,相手の認知状態を推論するこ

とで,環境の情報を間接的に獲得すること

12

滑りそうだな…⋯

滑りそうだな…⋯ 直接認知 他者の認知の利用

滑りそうだな…⋯

Page 13: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

「直接認知」と「コミュニケーション」の 中間にある「他者の認知の利用」

•  直接認知 ü  Aが凍った地面を見て,滑らないように気をつける

Ø  環境から自分に必要な行為を見出している

•  (狭義の) コミュニケーション ü  AがBから「地面が凍っているよ」というを警告を受け,滑らな

いように気をつける Ø  明確なコミュニケーションが行われている

•  他者の認知の利用 ü  Bが凍った地面を見て滑らないように気をつけているのを見て,

Aも滑らないように気をつける Ø  Aの一方的観察によるという意味では直接認知 Ø  他者から情報を得ているという意味ではコミュニケーション

13

Page 14: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

さまざまな場面での 「他者の認知の利用」

•  他者の認知の利用は,他人同士で頻繁に生じる ü 駅のフォームへ駆け上がる人を見て,電車の到着が近

いことを知る ü 前を走る車のブレーキランプが点灯したのを見て,

自分もブレーキを踏む •  サッカーにおける他者の認知の利用 (高梨・関根,

2010) ü ボールを持った選手のパス準備動作

Ø  味方選手への意図的な合図としては「コミュニケーション」 Ø  敵選手がパスを予測するプロセスは「他者の認知の利用」

14

Page 15: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

総括: コミュニケーションする知能の “すごさ” を考える

•  知能の本質=動的対応力 (諏訪, 2013) ü 人は予め記述された知識を運用するだけではない ü 現実世界に身を置きながら,臨機応変に知識を作り

出すことができる

•  コミュニケーションの知能の本質 ü 言語能力や情報伝達能力ではない ü 相手の出方に合わせて,そのつど振る舞いをデザイン

する能力 (串田, 2006) Ø  コミュニケーションする人工知能を作るためには,まだまだ

多くの側面からの探究が必要 15

Page 16: 2014年秋学期「人工知能論」(2014年11月13日分)

参考文献

1.  Goffman, E. (1963). Behavior in Public Places: Notes on the Organization of Gatherings. The Free Press. (丸木 恵祐・本名 信行 (訳) (1980). 『集まりの構造―新しい日常行動論をもとめて』. 誠信書房.)

2.  木村 大治 (2010). 「Co-act」と「切断」 ―バカ・ピグミーとボンガンドにおける行為接続. 木村 大治・中村 美知夫・高梨 克也 (編) (2010). 『インタラクションの境界と接続 ―サル・人・会話研究から―』, 231-253. 昭和堂.

3.  串田 秀也 (2006). 会話分析の方法と論理 ―談話データの「質的」分析における妥当性と信頼性. 伝 康晴・田中 ゆかり (編), 『講座社会言語科学6 方法』, 188-206. ひつじ書房.

4.  Shannon, C. E. & Weaver, W. (1949). A Mathematical Model of Communication. Urbana, IL: University of Illinois Press.

5.  諏訪 正樹 (2013). 見せて魅せる研究土壌 ―研究者が学びあうために―. 『人工知能学会誌』, 28 (5), 695-701.

6.  高梨 克也 (2010). インタラクションにおける偶有性と接続. 木村 大治・中村 美知夫・高梨 克也 (編) (2010). 『インタラクションの境界と接続 ―サル・人・会話研究から―』, 39-68. 昭和堂.

7.  高梨 克也・関根 和生 (2010). サッカーにおける身体の観察可能性の調整と利用の微視的分析. 『認知科学』, 17 (1), 236-240.

16