2015年度先端情報システム論 生物機能を理解し活用する ·...

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2015年度先端情報システム論 講義資料 http://www.brain.rcast.u-tokyo.ac.jp/ password: be15 神崎亮平 第1回:生物の賢さとモデル生物 第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現 第3回:モデル生物による感覚・脳・行動研究 ロボットの進化 ロボットの進化 センサ・知能化 センサ・知能化 センサ 自然環境下でおこるさまざま な問題を解決する手立て(セ ンサ・脳・行動)を進化を通して 獲得してきた. 生物機能の理解 (センサ・知能) 原子力発電所内探査 ロボットRosemary ロボット化 ロボット化 目的に合わせ, これまでの工学 の知識を利用し た機能の作り込 みによるセンサ・ 知能の構築 クルマ 生物機能の分析 により,原理から 生物機能を再現 する 生物機能を理解し活用する 生物機能の利用と改変 センサ技術(ヒト,特定の匂い (ガン,爆発物,麻薬など) 匂い源探索アルゴリズム 生物自体の制御(センサ昆虫) 2015年度先端情報システム論 講義資料 http://www.brain.rcast.u-tokyo.ac.jp/ password: ais15 神崎亮平 第1回:生物の賢さとモデル生物 第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現 第3回:モデル生物による感覚・脳・行動研究 1.生物の賢さとモデル生物 2.動物の行動のなりたち 3.環境世界 第 1 回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

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Page 1: 2015年度先端情報システム論 生物機能を理解し活用する · 2015年度先端情報システム論 ... 第1回:生物の賢さとモデル生物 第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

2015年度先端情報システム論

講義資料http://www.brain.rcast.u-tokyo.ac.jp/

password: be15

神崎亮平

第1回:生物の賢さとモデル生物

第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

第3回:モデル生物による感覚・脳・行動研究

ロボットの進化ロボットの進化

安全安心・快適社会

安全安心・快適社会

センサ・知能化センサ・知能化

センサ 脳

自然環境下でおこるさまざまな問題を解決する手立て(センサ・脳・行動)を進化を通して獲得してきた.

自然環境下でおこるさまざまな問題を解決する手立て(センサ・脳・行動)を進化を通して獲得してきた.

生物機能の理解(センサ・知能)

原子力発電所内探査ロボットRosemary

ロボット化ロボット化

目的に合わせ,これまでの工学の知識を利用した機能の作り込みによるセンサ・知能の構築

クルマ

生物機能の分析により,原理から生物機能を再現する

生物機能を理解し活用する

生物機能の利用と改変•センサ技術(ヒト,特定の匂い(ガン,爆発物,麻薬など)

•匂い源探索アルゴリズム•生物自体の制御(センサ昆虫)

匂いセンサ 脳型情報処理 生物制御

2015年度先端情報システム論

講義資料http://www.brain.rcast.u-tokyo.ac.jp/

password: ais15

神崎亮平

第1回:生物の賢さとモデル生物

第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

第3回:モデル生物による感覚・脳・行動研究

内 容

1.生物の賢さとモデル生物

2.動物の行動のなりたち

3.環境世界

第 1 回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

Page 2: 2015年度先端情報システム論 生物機能を理解し活用する · 2015年度先端情報システム論 ... 第1回:生物の賢さとモデル生物 第2回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

内 容

1.生物の賢さとモデル生物

2.動物の行動のなりたち

3.環境世界

第 1 回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現 生物の行動環境に応じて適切に行動する能力をもつ

(出展:移動知,放送大学)

出典:放送大学,移動知,nerve,神崎研究室

時々刻々と変化する環境に適応する能力は動物の

もっとも重要な機能

動物の環境適応 脳の階層的な構成

P.D.マクリーン(Paul D. MacLean) の「内臓脳」/「辺縁系」と「三型階層性脳」説

認知過程 新哺乳類脳:新皮質認知過程

反射過程本能過程

原始爬虫類脳:脳幹反射的過程・本能過程

情動過程記憶過程

旧哺乳類脳:辺縁系情動過程・記憶過程

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身 体(行 動)身 体(行 動)

環 境(相互作用)環 境

(相互作用)

感覚器感覚器

認知行動認知行動

情動行動情動行動

反射プログラム行動

反射プログラム行動

脳と身体と環境との相互作用

生物の行動

感覚入力または環境からのフィードバック

行動発現のブロック図

鍵刺激検出機構

司令ニューロン(Command)

運動ニューロンMoto Neuron

刺激(異種感覚)受容機構

中枢パターン発生機構(CPG)

内的環境(情動・動因)

行動

筋肉Muscle

脳 身体

中枢性フィードバック随伴発射・遠心性コピー記憶

環境

感覚入力または環境からのフィードバック

随伴発射と視運動反射

1. プラットホームを時計回りに回す:ハエは反時計回りに回る

2. シリンダーパターンを反時計回りに回す:ハエは反時計回りに回り,シリンダーの動きを追跡する. Open-Loop Response.

3. シリンダーを反時計回りに回し,同時に胸部を固定されたハエにカードを持たせる.ハエは,カードを時計回りに回す.

エーリッヒ・フォン・ホルスト

corollary discharge & Optomotor Reflex

視運動反射

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随伴発射による反射の抑制

下位

感覚中枢

効果器 感覚器官

反 射

下位

運動中枢

外部フィードバック

随伴発射による反射の抑制

運動司令

下位

感覚中枢

効果器 感覚器官

反 射

下位

運動中枢

上位中枢

外部フィードバック

中枢フィードバック

随伴発射による反射の抑制

随伴発射運動司令

効果器 感覚器官

反 射

上位中枢

外部フィードバック

随伴発射運動司令

上位中枢

中枢フィードバック

下位

感覚中枢

下位

運動中枢

システム工学からの定義

1. 二つ以上の要素から成り立っている

2. 各要素は互いに定められた機能を果たす

3. 全体として目的をもっている

4. 単 に 状 態 と し て 存 在 す る だ け で な く ,時間的な流れを持っている

システム

複数の要素が有機的に関係し合って,相互作用を通して全体としてまとまった機能を発現している要素の集まり

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これまでのシステム

『サイバネティックス-動物と機械における制御と通信』(1948)(ノーバート・ウィナー):システムをサイエンスの対象として本格的に取り上げた 初.

フィードバック機構(制御工学)により,安定に動作し,適な特性,効率のよいシステムを求めた.同じ環

境に置かれれば常に同じ応答を示すことが重要

環境の変動を外乱とみなし,システムへの影響を小限に抑え,長期間同じ特性を維持することが重要.

Norbert Wiener (1894-1964)

1990年ごろから,インターネットやロボットなどの新しいシステムの登場

新しいシステム

周りの環境に対して適応性をもつことが重要.変化に対して柔軟に対処できることが重要.安定と効率ではなく,変化と適応.(普遍性を求めると,多

様性,多義性,個性,文脈依存性が無視される.)

神経系(神経と脳)に対する関心.

環境との相互作用.状況や場所的な経過の流れ,システムの時間的・空間的な依存性(文脈依存性)を重視.

システムとしての脳

並列分散性:並列に働く多くの神経回路を構成.素子(ニューロン)の処理速度は遅いが,全体としてリアルタイム性をもつ.

非プログラム性:内的表象(内部モデル)に基づいた行動の発現(フィードフォワード制御,アルゴリズムの獲得)

開放性:開かれたシステム.環境・身体との相互作用によって機能が創発される.

知能(適応能)を獲得

環 境(相互作用)

環 境(相互作用)

身 体(行 動)

身 体(行 動)

感覚器感覚器

認知行動認知行動

情動行動情動行動

反射プログラム行動

反射プログラム行動

感覚・脳と身体と環境との相互作用

感覚・脳・行動から生まれる環境適応(知能)

P.D.マクリーン(Paul D. MacLean) の「内臓脳」/「辺縁系」と「三型階層性脳」説

情動過程記憶過程

反射過程本能過程

認知過程

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工学における“知能(環境適応)”の考え方

「知能」(広辞苑):環境に対する適応能力(環境に適応して新しい問題・状況に対処する知的機能)

知能は機能であり,働きや作用を意味する.知能は「知識(データベース)」とは異なる.知能は,経験を通して形成される.

センシング

モデリング

プランニング

アクション

知能の実現:知能ロボットの動作計画

機能分散型直列型逐次型

工学における“知能(環境適応)”の考え方

知能は機能であり,働きや作用を意味する.知能は「知識(データベース)」とは異なる.知能は,経験を通して形成される.

知能

環境

知覚 行動

知能ロボット

「知能」(広辞苑):環境に対する適応能力(環境に適応して新しい問題・状況に対処する知的機能)

記号着地問題 symbol grounding problem論理的に考えるには事物を記号で表さなくてはならないが,実世界の実体を記号で表すことは困難

枠問題 frame-of-reference problem実世界では,検索すべきデータが無限にある

知能(環境適応)研究の難しさ 記号着地問題

論理的に考えるには事物を記号で表さなくてはならないが,実世界の実体を記号で表すことは困難

symbol grounding problem

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枠問題

実世界では,検索すべきデータが無限にある

frame-of-reference problem

過去100年の主要な脳神経研究の年表構造現象

機能

分子機能

理論

観測データ

これまでの科学(Normal Science)

理論

Jeff Hawkins. 2003 TED

神経科学のサイエンスとしての難しさ

神経科学

生理学データ組織学データ行動学データ

・・・

実験

理論

シミュレーション予測 生物(脳)

刺激 行動

知能(環境適応)の記述の問題

ブラックボックスとして生物(脳)を扱い.入出力の関係から生物(脳)のモデルを作り,内部を推定しても,その正しさを検証できないと,知能(環境適応)は記述できない.

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適応行動の発現機構の解明の方策

1.動物の行動(運動)は全て筋肉の収縮と弛緩の組み合わせ

2.筋肉は運動神経によって支配されコントロールされる

3.運動神経は中枢神経系の情報処理の結果として司令される

4.中枢神経系は神経回路によって構成される

5.神経回路は単一のニューロンの組み合わせからなる

適応行動の発現機構の解明の方策

ボトムアップ(構成論)は有効か?

感覚・脳・行動のしくみが理解できるか?

行動は単一神経の活動の統合された結果として生じる

モデル系生物の利用と比較神経科学

モデル生物:地球に生きるさまざまな動物

環境への適応は動物にとってもっと重要な能力 出典:放送大学,移動知,nerve,神崎研究室

環形動物ミミズ

脱皮動物 輪冠動物

軟体動物イカ・タコ

ナメクジウオウニ・ヒトデ

クマムシ

ヤムシ

プラナリア

へんけい

もうがく

ギボシムシ

ホウキムシ

カギムシ

クラゲ・ヒドラ

脳をつくる神経細胞(ニューロン)の形やはたらきは昆虫・哺乳類をとおして共通.

刺胞動物

オワンクラゲ

モデル生物:動物の系統と脳の進化

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出典:脳神経生物学 岩波書店

脳の階層的な構成 モデル系

ドイツのチュービンゲンにあるマックスプランク協会生物学的サイバネティクス研究所が,2014年9月以来,動物の権利を求める過激な活動家より,研究者本人およびその家族への脅迫を含めた執拗な攻撃を受け,霊長類の動物実験を用いた研究を中止する決定に追い込まれました.

2006年に改正された動物愛護管理法により動物実験の3Rの原則が明文化されました.3Rの原則とは,個々の実験で使用される動物の数は科学的検討に従って 小限に留めるべきであること(Reduction),動物への苦痛を 小限にする

ため,科学的知識の増加や関連技術の進歩に伴って実験動物の飼育法や実験法も絶えず改善されるべきであること(Refinement),科学的な必要性に応じて可能な限り下等な

動物を用い,代替法がある場合には動物実験を避けること(Replacement)です.

その生物自体の行動の神経基盤を明らかにするというのではなく,多数の種で当てはまる原則を解明するのが,モデル系を用いる意義.

動物が直面する問題に対する解決策は進化の早い段階で編み出せれているので,その神経機構は種が違っても相同であることが多い(例:神経興奮の基盤:ヤリイカ,記憶学習の基盤:アメフラシ).

モデル系

モデル系を用いる理由

ヤリイカ アメフラシ

出展:BBC 出展:HHMI

環形動物ミミズ

脱皮動物 輪冠動物

軟体動物イカ・タコ

ナメクジウオウニ・ヒトデ

クマムシ

ヤムシ

プラナリア

へんけい

もうがく

ギボシムシ

ホウキムシ

カギムシ

クラゲ・ヒドラ

脳をつくる神経細胞(ニューロン)の形やはたらきは昆虫・哺乳類をとおして共通.

刺胞動物

オワンクラゲ

モデル生物:動物の系統と脳の進化

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意識には,大きくは2つある(Natsolas1978) .

一つは,知覚的意識.これは,「なにかを心的に意識している,あるいは自覚している状態または機能(オクスフォード大辞典(OED).これはわれわれの意識のもっとも基本的な概念).意識して行動をするとか,行為に対してそれを意識的に行う場合である.

もう一つは,内省的意識.「思考する主体自体が自己の行為または執着に気づいている(OED)」.行っている行為を,自分自身,行為をおこなっていることを意識することである.

意識の定義

「動物のこころ Animal Minds」の一章「意識的な本能」において,以下のように述べている.

「・・・・遺伝的にプログラムされた行動パターンにも意識的な思考がともない,あるいは意識で導かれるかもしれないし,そうでもないかもしれない.遺伝的な影響が,意識的な思考を展開する中枢神経系を導き出していけない理由はない・・・・ある行動が遺伝によってプログラムされたものであれば,それは意識的な思考によって発現するものではないというのが従来の仮説だが,これはどんな証拠によって支持されているわけでもないのだ.」

Donald Redfield Griffin

ドナルド・レッドフィールド グリフィン米国の動物生理学者ハーバード大学教授,ロックフェラー大学教授

(1915~2003)

「生き物が外界の条件に反応だけしていればいいうちは,すなわち下等動物の脳なら,意識はなくてもいい.脳には,剰余がなく,自分の中で何が起こっているか,「知る」だけの容量がない.しかし,ヒトの脳ほど大きくなれば,中身のことがある程度わかって不思議はない.つまり,ヒトの脳は,外界だけでなく,自分の脳に気がついてしまった.」

脳は,末梢神経系を張り巡らすことで,脳以外の身体についての情報を知る.同様に,脳は脳自身に神経を張り巡らすことによって,脳自身に関する情報を得る.これが「意識」である.意識とは,「脳が脳のことを知るあり方」

養老孟司「唯脳論」 計算機から心へ

計算機と脳の比較

思考というものは人間の脳細胞で行われていようと,マイクロチップそのほか何によっておこなわれようと,思考であることに変わりはない.

Alan Mathison Turing 1912-1954

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内 容

1.生物の賢さとモデル生物

2.動物の行動のなりたち

3.環境世界

第 1 回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現 動物行動学

動物の個体が外界に対して能動的に示す(運動),その個体の生活になんらかの意味が裏付けられているような動き(適応的,合目的的)TaskをもったAgentの振る舞い

行動 (behavior)とは?

適応:生物がその環境中で上手く生活していけるような特徴(表現型)を持っていること(環境下の新しい問題・状況に対処する知的機能)

ウミウシの逃避行動

軟体動物門マキガイ綱ウミウシ目 出典:BBC Nerve

行動のなりたち?単位は?

反射

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行動の単位は?

条件反射学 (conditioned reflex)Ivan Petrovich Pavlov 1849~1936 (1904)

動物の行動は無条件反射と学習による条件反射の積み重ね

古典的条件付け(レスポンデント条件づけ )

昆虫の古典的条件付け

ミツバチの吻(口)を伸ばす反射行動を利用して匂いの識別能力をみる

動物行動学を築いた3人の研究者

ティンバーゲン ローレンツローレンツを追う

ガチョウの子どもたち(刷り込み imprinting)

フリッシュ

イトヨの配偶行動・攻撃行動

出典:放送大学

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セグロカモメ 雛の餌ねだり行動

出典:放送大学Tinbergen and Perdeck, 1950

行動の単位:反射とプログラム行動

1)2)と,3)から5)は行動でも性質が異なる.

獲物を捕獲する直前 (3) に獲物を取り除いても,捕獲から口をぬぐう行動が起こる

1) 獲物の動きを検出2) 獲物に向き直り,両眼の視

野に獲物を固定3) 舌を伸ばしてからめ獲る4) 飲み込む5) 前足で口をぬぐう

1)から5)へと行動が連鎖的におこる.

ヒキガエルの捕獲行動

行動の単位:反射とプログラム行動

1)2)は,反射行動3)から5)はプログラム行動

生得的行動パターン(定型的行動パターン)

1) 獲物の動きを検出2) 獲物に向き直り,両眼の視

野に獲物を固定3) 舌を伸ばしてからめ獲る4) 飲み込む5) 前足で口をぬぐう

獲物を捕獲する直前 (3) に獲物を取り除いても,捕獲から口をぬぐう行動が起こる

1)から5)へと行動が連鎖的におこる.

ヒキガエルの捕獲行動

鍵刺激が眼前に現れても,内的な動機づけができていないときには定型行動の閾値は高く,強力な刺激が入力されても行動は発現しない.逆に,ある動因が激しく上昇すれば,鍵刺激なしに行動が起こることがある(行動閾値(behavioral threshold) が下がっている)

例)ケ−ジ内に巣作りの材料なしで入れておくと,nest-building behaviorを何もない状況下で行う.

真空行動vacuum activities

行動パターンが遺伝的に組込まれている

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行動の単位

反射 プログラム行動(定型的行動パターン)

中枢パターン発生器(CPG)

中枢性または感覚入力

協調の取れた運動出力

中枢内での中継

感覚入力

運動出力

(生得的行動パターン:反射,プログラム行動(定型的行動パターン)を含む)

連鎖 連鎖

環境にはどのように動けばよいかの情報がある.

一部の環境情報(鍵刺激)で動き方がきまる.

解発因(鍵刺激) 解発機構 生得的行動パターン

1. 感覚器(解発因(リリーサ),鍵刺激)2. 中枢神経系(解発機構)3. 効果器(生得的行動パターン)

感覚器 中枢神経系 効果器

行動を解発する3つの柱

Lorenz 「行動の生得的解発機構」

1. 行動形質

動物の行動は形態的特徴と同様に,その種固有に遺伝的に備わっている.

2. 定型的(生得的)行動パターン, 行動単位

遺伝的に組み込まれた,プログラムされた完結性のある行動パターンが備わっている.

3. 解発因(リリーサ,信号刺激,鍵刺激)

生得的行動パターンは,遺伝的に決められた特定の因子によって,ひとまとまりの動作として解発される.

イトヨの雄の闘争行動トゲウオでは,赤い腹部がすべて必要なのではなく,本質的には,赤い色が鍵刺激となる.ライバル雄の赤い腹が背側にあると意味がない.

鍵刺激

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カモメの仲間は,素嚢に多くの食物を蓄えることができる.これを吐き出して,つがいの相手やヒナに餌を与える.行動の鍵となる刺激は,黄色いくちばしの赤いスポット.

セグロカモメ (Larus argentatus) の雛の餌乞いつつき行動

鍵刺激

超正常刺激(supernormal stimulus)

自然の解発因よりも大きな反応を動物に呼び起こす刺激.

セグロカモメ (Larus argentatus) の雛の餌乞いつつき行動

鍵刺激とゲシュタルト受容

ヴィレンドルフのヴィーナス.胸と胴体が現実の女性以上に誇張されている.

ヒトの唇も口紅によって超正常化される

“男”らしさを強調.南アメリカワイカインデアン,日本の歌舞伎役者,ロシアのアレキサンダー二世(from Eibl-Eibesfeldt I, 1974)

supernormal stimulus

超正常刺激

1. 生得的(遺伝的)innate, genetical2. 階層構造 hierarchy3. 動機付け motivation4. 完了行動 consummatory behavior5. 適応的 adaptation

定型的行動パターンの特徴

頑強性(robust)と適応性(adaptive)

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Tinbergen, 1942

イトヨの雄の生殖本能に見られる階層的編成の原則

生殖本能

闘争

営巣

配偶

子供の世話

追跡

かみつき

威嚇

その他

掘る材料の検査

穴を開ける固着させるその他

ジグザグ・ダンス巣へ雌を誘導する入り口を示す体をふるわせる

卵を受精させるその他

ファンニング卵の救出

その他

行動を生み出す機構の階層構造

(Tinbergen, 1951 を改変)

中枢

連続的なインパルス発火を阻止する障壁

活性化された中枢から来る動機づけインパルス

IRM

次の低いレベルの中枢

解発因(鍵刺激,信号刺激)

中枢 中枢 中枢

行動中枢

内 容

1.生物の賢さとモデル生物

2.動物の行動のなりたち

3.環境世界

第 1 回:ニューロンのしくみと感覚情報の表現

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感 覚

動物が体の各受容器(感覚器)で受け取った刺激が感覚神経により脳に伝えられるとき,そこに生じた反応

感覚<知覚<認知(性質・要素)<(全体)<(関係・意義)

例:リンゴ 赤い,冷たい,丸い<全体<食べ物,くちびる

岩波生物学辞典第4版を簡略

sense

感覚のパラメータ

種類:modality

視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚

質: quality

波長(色),頻度(調子),波形(音色)

量:quantity

強さ,振幅,濃度

環境世界

• サイズの世界

神崎亮平著,茂利勝彦絵 「昆虫ロボットの夢」より

• 時間の世界

• 感覚の世界1. 紫外線,偏光を感知するミツバチの複眼

2. 1Hzの音を感知するゾウ

3. 8万Hzの音を感知するネズミ

4. ヒトの100万倍の匂い(汗に含まれる酒石酸など)感知能力をもつイヌ

5. 100個の目をもつホタテガイ

6. 360度の視野を持つヤマシギ(ヒトは260度)

動物によって異なる感覚能力

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ヤーコブ・フォン・ユクスキュル

バルトの男爵Jakob von Uexkull(1864-1944)

感覚の世界

『生物から見た世界』ユクスキュル, 1933

ヒトの世界 イヌの世界

ハエの世界

動物の系統と脳の進化

刺胞動物

オワンクラゲ

脳をつくるニューロンの形やはたらきは昆虫・哺乳類をとおして共通.

ミツバチの環境と環境世界

『生物から見た世界』ユクスキュル, 1933

ユクスキュルの原図をプリシラ・バレットが模写

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昆虫の複眼:視力は?

クロマルハナバチの複眼

クロマルハナバチ

昆虫の眼は,複眼.

1000個から10000個

の個眼からできている.こ が ん

ヒトの眼は 1つ.

Kirschfeld, 1976より

うおー,眼ばっかり

うおー,眼ばっかり

昆虫の視力は,0.01以下.

立体視を構造上このままでは使えない.

昆虫の複眼:視力は?

驚異の昆虫力:複眼センサ

■ 立体視を構造上使えない■ 低空間分解能(視力<0.01) 1) 背景の流れ

2) 対象物検知

背景の流れを見るエビガラスズメの視運動反応

低い空間分解能センサによる高速・適応処理

対象物検知による危険予知と回避

[mm]

[mm

]

0

200

400

600

800

-200 200

-200

400-400

障害物(球)

仮想空間

障害物:半径 50 mm,速度200 mm/sec

物体の接近による危険を回避

背中を固定されたコオロギ(メス)がボール上を歩行する.ボールの回転からコオロギの移動方向を算出し,その動きに伴い背景が変化するVR-閉ループ環境.

ボール

コオロギ

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視覚:識別波長域 (波長分布特性)

視力は,0.01以下

出典:放送大学

モンシロチョウのオスとメスミツバチがみたアブラナ

昆虫がみた世界

ヒトとミツバチの色相環

補色: 一定の割合で混ぜ合わせると光では白色光になる関係にある二つの色.色相環の反対側に位置する二色.

ヒトの色相環 ミツバチの色相環

補色

400nm 800nm 390nm

300nm

650

500

450

410

残像

出典:オリンパス わくわく科学教室

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出典:オリンパス わくわく科学教室 出典:オリンパス わくわく科学教室

出典:オリンパス わくわく科学教室

昆虫は“偏光”を見ている

偏光のしくみ

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太陽の方向

ミツバチの尻振りダンス

太陽の方向

巣箱えさ場

えさ場

重力

天球上の偏光パターン

時間の世界

『生物から見た世界』ユクスキュル, 1933

生物における“一瞬”

電球を点滅させて,1秒間に点滅させる回数(頻度)をあげていくと,点滅しているのか,連続に光っているのかが区別できなくなる.

りんかいゆうごうひんど

臨界融合頻度(CFF)

頻度小 大

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さまざまな動物のCFFCFF (Hz)

哺乳類

ヒト 15-60(網膜中心)

5-20(網膜周辺15度)

ネコ 15-60

モルモット 10-40

鳥類

ハト 150

魚類

コイ 14-18

スナキュウリウオ 67

昆虫

セイヨウミツバチ 60-310

クロバエ 60-260

ミドリヒョウモン 150

コオロギ 5-40

頭足類

タコ 20-70

照明:弱-強.値が日筒のものは照明強.

出典;鈴木光太郎著「動物は世界をどう見るか」

サイズの世界

長さ12

14

18

116

面積14

116

164

1256

体積18

164

1512

14096

面積体積

21

41

81

161

寸法(スケール)効果

体積=たて xよこx高さ

面積=たて xよこ

表面積

体積

大きい 小さい長さ

2面積体積

÷14

18 ==

大きさが小さくなるほど,空気はネバネバしてくる

(粘性力)

大きさが小さくなるほど,摩擦力がおおきくなる

スケール効果

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環境世界

同じ環境(場所)にいても,動物によって見たり,聞いたり,においの感じ方は,ちがう.

■ サイズの世界

■ 感覚の世界

■ 時間の世界

これを「環境世界」がちがうといいます.

動物によって,世界はちがう! 「見る」とはどういうことか 藤田一郎 化学同人

180度回転

制約された知覚

7月29日(火)刊行

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