2016/04/03 『ロクな死にかた2016 - アマヤドリ...2016/04/03...

59
2016/04/03 『ロクな死にかた20161 2010.11.18- 2016.3.13-

Upload: others

Post on 27-Jan-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 1

    ロクな

    死にかた 作・

    広田淳一

    2010.11.18-

    2016.3.13-

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 2

    【前提】

    ◎戯曲世界の設定

    現代日本。

    と、もう一つの並行世界。

    ◎想定している装置

    椅子。

    柱。

    散らかった衣服たち。

    ◎表記について

    ――同じ数字の☆印を、同時に言う。

    ――前の台詞の語尾に重ねて言う。いわゆる「食い気味」。

    ――台詞の調子・方向性を切り替える。あるいは後続の台詞に断ち切られる。

    ――そでにはけながら言う。

    ――言いながら登場する。

    ……

    ――時間的な「間」、または意味的な断絶を示す。

    ――間を取らない読点。

    ト書きの「間」と「一拍」は、「一拍」の方が短い。

    (このような)括弧内の文字は発音されない。

    「このような

    、、、、、」傍点付きの台詞は強調の意味。強調して発音するとは限らない。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 3

    【登場人物/配役】

    毬井 ……死んでしまった男。

    水野チサト

    ……毬井の元・恋人。

    水野ハルカ

    ……その姉。会社員。

    ……二人の母。

    生方

    ……水野ハルカの同僚。

    武田

    ……毬井の学生時代からの友人。

    白井

    ……武田の後輩。ダーツが大好き。

    みい

    ……武田の恋人。結婚願望が強い。

    村瀬

    ……毬井死亡時の毬井の恋人。

    たっくん

    ……冥界と現世をうろつく謎の少年。

    一平

    ……恋人を看病する男。

    看病される女

    ……看病される女。

    吉久(友人1)

    ……学生時代の毬井・武田の友人。

    五戸(友人2)

    ……学生時代の毬井・武田の友人。

    佐川(友人3)

    ……学生時代の毬井・武田の友人。

    スズキ

    ……

    たっくん父

    ……

    たっくん母

    ……

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 4

    【0】

    たちあがれ

    【始動】

    ◎【始動】

    開演前

    開場。劇場内は無音。

    やがて一人の俳優がラジカセをもって登場。

    ラジカセを地面に置き、ボタンを押す。と、音楽が流れ始める。

    ▼音響:曲in

    俳優が徐々に舞台上に現れてきて、準備体操を始める。

    俳優同士が会話を交わしたりもする。

    俳優たちはまだ役柄としてではなく、単に一人の人間として存在している。

    劇場空間に漲る緊張感はゆっくりと高まっていく。

    ▼音響:曲in

    やがて最初のダンス曲が始まる。

    準備運動をしていた役者たちが徐々にクラッピングをはじめ、やがてそれはダンスへと発展してい

    く。ラジカセから流れていた音楽がスピーカからも流れ出し、大音量になる。緊張した空気のある

    頂点において、劇が始まる。踊っていた俳優たちが全員倒れる。

    ▽音響:Cutout

    。俳優はその場に皆、倒れる。

    照明変化。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 5

    ◎【始動】

    寸止め女と崖っぷち男・1

    静寂。

    一人の女がうずくまって座っている。そこへ一人の男がやってきて、女の顔を覗き込む。

    女、その視線に気づき、

    ん、なに?

    一平

    いや、大丈夫かなあ、って思って。

    一拍。

    ダイジョバなかったからどうかするの?

    一平

    いや、どうっていうわけじゃないんだけど――。

    一拍。

    ねえ、あたしが死んだあともあの金魚って育てる?

    一平

    なに、どうしたの急に?

    いや、どうすんのかなあって思って。

    一平

    考えないでいいよ、そんなこと。全然別に。

    うん。

    一平

    ちゃんと育てとくからさ。心配しないでも。ちゃんと餌やって。

    んー、そうやってまた金魚の歴史は続いていくんだねえ。

    一平

    (笑)まあね。そうやってまた金魚の歴史は続いていくんだろうけども。

    間。

    ねえ、なんかまたお話してよ。

    一平

    うーん。無いなあ、今日は。

    えー。なんでもいいからさ。適当に作って。

    一平

    適当に作ってェ?

    いいじゃん、いいじゃん。

    一拍。

    一平

    じゃあ今日はね、「死んだと思ったらやっぱり生きてた」ていう話にしようか。

    なにそれ。「死んだと思ったらやっぱり生きてた」?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 6

    ▼音響:曲in

    倒れている俳優たちがゆっくり立ち上がり動き始める。

    一平

    まずそのお話っていうのはさ、――ある男が死んじゃった、てとこから始まるんだけどね、そ

    いつは「毬井くん」て奴なんだけどさ、

    マリイくん?

    一平

    その、毬井くんの友達とか、彼女さんとかがいつまでもダダこねてるんだ。「毬井くんが死ん

    だなんて嘘だ、ゼッタイ認めない!」ていって。そういうお話。

    マリイくんて何(笑)? 苗字なの?

    一平

    そうそう。えーとね、毬つきの毬に井戸の井でさ。

    (笑)。なんか女の子の名前みたい。

    ▼音響:曲in

    俳優たち、再び一斉に倒れる。ただ、全員ではない。男が一人だけ立ったまま残っている。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 7

    【1】

    あの人は死んでない

    【希望的】

    ◎【希望的】

    毬井の手記・1『超電子バイオマン』

    一人の男(毬井)がいる。

    毬井はテープレコーダーを持っていて、以下の台詞はそれに向けて話す。

    毬井

    いつもいつも、死に方について考えてきました。自分は一体、どんな風にして死んでいくんだ

    ろうって、そんなことばっかり考えてきたんです。最初のきっかけは幼稚園のころに見た戦隊もの、

    『超電子バイオマン』でした。当時『バイオマン』は一番カッコイイ無敵のスーパーヒーローだった

    んですが、ある時メンバーの一人、イエロー・フォーが殺されてしまったんです。イエロー・フォー

    はかわいい女の子で、カメラのフラッシュみたいなよく分からない武器で必死になって戦うんですが、

    「イヤーっ!」とか「きゃー!」とか散々いじめられたあげく、結局、悪の手先によってぶち殺され

    てしまうんです。――自分は悔しくて悲しくて、そして殺されていくイエローがやらしてくてなまめ

    かしくて、エロくてエロくて、ムチャクチャに興奮したんです。しばらくすると二代目のイエローが

    登場し、初代イエローは死んだままになりました。ハハハ。「死んだら死んだままになる」ていう、

    こんな当たり前のことが当時の自分には衝撃的で、それ以来、「自分は一体、どんな風にして死んで

    いくんだろう?」ていうそのことが、心の中で大きな位置を占めるようになったんです。

    倒れていた俳優がここで一斉に起き上がる。

    ▼音響:SE車の通過音、のち、町の雑踏。

    毬井

    死ぬことになったその日、自分は池袋に来ていました。そう、この町です。

    俳優たちが一斉に走り去って、毬井がそれを見送る。

    毬井、改めて正面を向き、

    毬井

    今からするのはそのあとのこと、自分が死んだあとのお話です。

    ▽音響:out

    ◎【希望的】

    水野家・1

    場面は水野家、チサトの部屋となる。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 8

    ハルカと生方がパソコンを覗いているところへチサトが近づいてきて、それを隠したのだ。

    チサト

    ちょっとお姉ちゃん何やってんの?

    ハルカ

    ああ、ごめんごめん。電源つきっぱなしだったから、

    チサト

    はあ?

    電源つきっぱなしだったら人のパソコン覗くわけ?

    そんなの全然言い訳になって

    ないし、

    ハルカ

    ごめん、言い訳するつもりはなかったんだけど/

    チサト

    ★してんじゃん言い訳。現にしてるでしょ?

    ハルカ

    うん。そうだね。ごめんなさい。

    チサト、コートなど、外出着を脱いで部屋着となる。

    ハルカ

    あれ?

    あんたバイト行ってたんじゃなかったの?

    チサト

    なんか暇だったから帰されて。気楽でいいよ、使われる側は。

    ハルカ

    そう。

    チサト

    て、え、どちら様?

    そこのチンポコ野郎は?

    ハルカ

    止めてよそういうの。

    チサト

    ★どちら様?(一度目よりも少し大きな声)

    ハルカ

    これは友達で、いろいろ相談してたらあんたとお話したいって、

    生方

    あ、あの、生方と申します。

    チサト

    なに医者?

    カウンセラーとかそういうヤツ?

    生方

    いや、別にそういうんじゃなくて、

    チサト

    ★じゃ、なに?

    ハルカ

    だから友達。ホラ、たまには別の人がいたら空気変わるかなー、と思って。

    生方

    どうぞよろしく。

    チサト

    フフ。

    生方

    何か可笑しかったですか?

    チサト

    や、自由だな、と思って。

    生方

    自由?

    チサト

    別に会いたいともいってない人を勝手に連れてきて?

    いいなー、頭の狂ってない人は、と

    思って。

    生方

    今日は急に来てごめんなさい、僕がちょっと無理をいってしまったんで。

    チサト

    いや、深い意味無いんで別にいいんですけど。あ、なんかお話あるんだったらどうぞ?

    たしに言いたいことあるんですよね?

    生方

    と、いうよりはむしろお話を聞かせてもらおうかなと思って、

    チサト

    じゃどーぞ、質問どしどし。

    生方

    うーんと、まあ、そんな質問とかっていうよりは普通にこう、仲良くなれればな、ぐらいの感

    じだったんですけど。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 9

    チサト

    ★早くしてください。

    生方

    はい。じゃあ、あの、――お姉さんから少しお話を伺ったんですけど、あの、チサトさんが以

    前おつきあいしていた人をその、――亡くされて、それでその、まあ、かなり思い入れのある方だっ

    たといいますか、その方が、

    チサト

    なにゴニョゴニョいってんの。毬井くんのこと?

    生方

    そうです、その、あっ、チサトさんとその毬井さんとの関係ていうか、チサトさんにとって毬

    井さん、ていうのは、どんな人だったのかなあ、とか、まずはそういったお話を/

    チサト

    ★好きです。

    生方

    ――好き、というのは、それは恋愛感情として?

    チサト

    はい。

    生方

    ええっと、でもお二人は毬井さんが亡くなる大分前に別れてたんですよね?

    チサト

    ――だったらなんなんですか?

    生方

    ええっとだからその、

    チサト

    なに?

    生方

    その、毬井さんという方にも亡くなる前には別の恋人がいらしたんですよね?

    チサト

    あの、さっきから「亡くなった亡くなった」って死んだ前提で話進めるのやめていただけま

    す?

    生方

    ああ、すみません。

    チサト

    あんたも毬井くんが死んじゃったと思ってるわけでしょ? もうその時点であんまりお話す

    ることないですからあたし的には、

    生方

    その辺りも含めてお話を、って思ってるんだけど――、

    チサト、生方の顔をまじまじと覗き込む。

    生方

    はい?

    チサト

    不思議ですよね。えっと――?

    生方

    生方です。

    チサト

    生方さんは、あたしを分析してそれでお姉ちゃんになんかお礼をされるわけでしょ?

    生方

    いや別に、

    チサト

    あたしにそれだけの「価値」があるってわけでもないのにどこからその「価値」が生まれて

    きたんですかね?

    「頭がおかしい」てことがなんらかの「価値」を生んだってことですかね?

    生方

    いや、そういったあの、興味本位のアレとして受け取られてしまうのも無理は無いと思うんで

    すけど、

    チサト

    残念ですけど、ホントに毬井くんは今も生きてるし、周りの人がそれを信じてくれなくても

    あたしは全然いいですから。

    ハルカ

    言ってないでしょ、「頭がおかしい」とか、そんな。

    生方

    ★いや、これは全然、僕の失言ですから。

    チサト

    (どこへともなく)うーわ、余裕ぶっちゃってやだねー。(生方に)あたし話しませんよ。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 10

    生方

    え?

    チサト

    肝心なことなんか何一つ話しませんから。

    生方

    それは、どうして?

    チサト

    だってあなたにはそのことの「価値」がわからないですから。

    生方

    価値?

    チサト

    ええ。誰だって自分の大切な宝物をあけ渡さなくちゃいけないって時には、せめて相手にそ

    の宝物がどんな価値を持ってるのか、とかそれぐらいわかっていてほしいじゃないですか?

    ――い

    や、別に生方さんには恨みとか全然ないですけど、だけど多分、ていうか、これはほぼ絶対といって

    間違いないと思うんですけど、生方さんは全然、あたしみたいな生き方をしてきた人間とは、生き方

    がちょっと、いくらなんでも違いすぎちゃってまったく理解できないと思うんですね、

    生方

    でも、君だってまだ僕のことをよく知らないわけでしょ?

    チサト

    そりゃそうですけど、でも、絶対わかんないですって。なんか、わかってくれそうなオーラ

    無いですもん、まったく。

    生方

    もう少し様子見てから判断するってわけにはいかないの?

    チサト

    いかないです。

    生方

    どうして?

    チサト

    どうしても!

    だからもー話すことはござーせんっ!

    現場からは以上でーすっ!

    ハルカ

    あんたふざけてないで、もうちょっとちゃんと話しなよ。

    チサト

    お姉ちゃんこそふざけないでよ、人に断りもなく。こんなよくわかんない人連れてきたり、

    勝手に人のパソコンも見るしさ、

    ハルカ

    だからそれは悪かったって言ってるじゃない。

    チサト

    その態度で?

    ハルカ

    ごめんなさい。

    チサト

    別に謝んなくていいし。

    ハルカ、少し移動して。

    ハルカ

    あんたも良かったよね、ホントにさ。

    チサト

    は?

    何が?

    ハルカ

    あんたがちょっとヘンになったおかげでみんなあんたのこと構ってくれるようになったわけ

    じゃない?

    良かったね、ホント。

    チサト

    え?

    だったら放っておいてくれればいいじゃん?

    構ってくれなくて結構なんですけど別

    に?

    生方

    冷静に話ましょう、水野さん。

    ハルカ

    ★あんたの言ってることは全然分かりやすい話じゃないんだよ?

    もう死んじゃった人のこ

    とを「生きてる生きてる」いって、そんなの普通にわかってもらえるわけないでしょ?

    チサト

    も・いーからどっかいってよ!

    わかんなくていいっていってんじゃん。何言ってんの、全

    然意味わかんないし、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 11

    ハルカ

    ★わかりたいと思ってなきゃ聞かないでしょ!

    一拍。

    ハルカ

    あんたの言ってることをわかりたいの。だから、そのためにはあんたにもわからせる気がな

    きゃ無理だよっていってんの。――ちゃんとわかろうとするから、ちゃんと教えてよ。

    チサト

    元気ハツラツだね。

    一拍。

    チサト

    そうやってたまには大きい声出すと健康にいーんじゃない?

    怒鳴られる方はたまったもん

    じゃないですけど。

    ハルカ

    ★別にあたしだって、こんな風にしゃべるつもりは全くなかったんだけど、

    チサト

    ★だったら黙ってれば?

    つもりもないのに勝手にしゃべっちゃうんだ?

    おもしろーい。

    間。

    生方

    それで――。どうして毬井さんていう人が生きてると思うのか、チサトさんの考えを聞かせて

    もらえませんか?

    チサト、しばしの沈黙の後、ノートパソコン、あるいは携帯端末を生方に渡す。

    チサト

    はい。

    生方

    これは――。

    チサト

    ★いいから読んで。

    生方

    毬井さんがやってたblog

    ですよね。

    チサト

    なんか毬井くんと会えなくなってから、しばらく経ってそのページ見てみたんだけどさ、そ

    したら普通に更新されてて、「ええー」てなって、

    生方

    はいはい。

    チサト

    そっからはホント毎日ぐらい見るようになったんだけど、なんか結構長い文章とかもあった

    りしてさ、

    生方

    誰が書いてるんでしょうね。

    チサト

    そりゃ毬井くんでしょ。

    生方

    ああ、そう、ですか。

    一拍。

    チサト

    「なるほどー、これは頭がおかしい」って?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 12

    生方

    いやいやいや――。

    チサト

    いーよもう別に。そう思いたい人には思わせとけばいいし。ただ更新されてんのは事実だか

    ら。ホラ、一番新しい記事の日付、一昨日とかになってんでしょ?

    しょっちゅう更新されてんだよ。

    生方

    えーと、ちょっと待って下さい、あの、チサトさんこれ、

    チサト

    わかった?

    生方

    いや、ついさっき更新されたみたいであの、記事が新しく――。

    チサト

    ★うそ。

    ▼音響・曲fade in

    チサト、生方が見ているパソコンを素早く取り返し、記事を読みはじめる。

    ◎【希望的】

    毬井の手記・2『池袋から池袋まで』

    生方

    自分が死ぬことになったその日、自分は池袋に来ていました。彼女がパルコで買い物をしたい

    っていうから、それに付き合って池袋までいったんです。

    舞台上、別の場所に毬井1と村瀬。

    毬井1

    そんじゃ、あそこのマックにでもいるから。終わったら電話ちょうだいよ。

    村瀬

    じゃ一時間くらいで戻ってくるから。

    毬井1

    ゆっくりでいいよ。

    村瀬

    ごめんね待たせちゃって。

    毬井1

    いーいーいー

    村瀬

    じゃあとでまた。

    毬井1

    はーい。

    二人、軽く手を振って別れる。

    雑踏。歩き出す人々。

    生方

    当時付き合っていた彼女は買物が好きでした。もうそれなりに付き合いも長かったんで、自分

    がああいうお店を苦手だってこともちゃんとわかってくれてたんです。

    毬井2が登場。毬井2は武田役の俳優が演じる。

    行き交う人々、道路を眺める毬井。

    毬井2

    道路の向かい側を眺めながら、自分はまた死に方について考えていました。昨日観たサスペ

    ンスドラマに出てきた死に方が「いかにも」って感じでつまらなかったんで、もうちょっとポップな

    死に方はないもんかな、ってイメージをふくらませていたんです。たとえば、んー、たとえば、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 13

    毬井1

    駅のホームいっぱいにずらーっと吊るされた、大きなてるてる坊主みたいな女子高生たち、

    毬井2

    とか。たとえば、

    毬井1

    音楽に合わせて次々爆発してゆくサラリーマンたち、

    毬井2

    とか。

    毬井1

    そんなことを考えてる自分の目の前で、事故が起きました。

    ▼音響・効果音。車の急ブレーキ。衝突音。

    毬井2

    ママチャリがホンダ・フィットとぶつかって倒れ、倒れたところをヒノ自動車の大型トラッ

    クに踏まれてしまったんです。

    俳優たち、動く。

    毬井2

    ママチャリの男はヒノ自動車に頭を踏まれてしまったみたいで、頭蓋骨の中からウニとイク

    ラがいっぺんに飛び出したみたいになって、潰れて混ざってさあ大変、といった状態で、どう見たっ

    て助かる感じじゃあなかったんです。

    俳優たち、動く。

    毬井2

    すぐに救急車と2台のパトカーがやってきて、トラックからは運転手も降りてきて事情聴取

    が始まりました。

    毬井1

    ドキドキしていました。人が死ぬ瞬間を見たのなんて生まれて初めてのことだったし、それ

    より何より、目の前で人が一人死んだっていうのに、それと何の関わりも持てなかった自分に、とに

    かくびっくりしていたんです。

    毬井2

    「人ひとり助けるためなら多少の犠牲は覚悟すべきなんじゃないのか?」「いや、そんなも

    の所詮、偽善にすぎない」「助けるか?」「やめとけって」「助けよう」「見捨てちまえ」「ビビッ

    てんじゃねえよ」「いや、早まんなって!」

    毬井1

    とか、こういう葛藤みたいなものが、まったく起きなかったんです。「死」は、完全に自分

    を追い越していきました。いつもいつも待ち構えていて、絶対に見逃すはずはないと思っていた「死」

    というものは、いとも簡単に、あっさりと自分を置きざりにして去っていったんです。

    一拍。

    毬井2

    やがて、わずかな事故の残骸を残して道路は元の状態へ戻っていきました。「まるで何事も

    なかったように」ていう表現は、こういう時に使うんだな。そう、思いました。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 14

    ▽音響:直前の台詞最中で曲out

    ▼音響:いったん無音状態になってから、SE・雑踏in

    。 村瀬、登場。花束を手にしている。

    村瀬

    ごめんね遅くなって。何回か電話したんだけどさ――。

    毬井1

    おう、いーよいーよ別に。や、それよりさ、

    村瀬

    一時間で戻るっていったのにね。なのにあたし、二時間以上買い物してて。――最悪だよホン

    ト。ごめんね。

    毬井1

    いいよ別に怒ってないし。それより聞いてよ、なんかもうだいぶ片付いちゃったけどさっき

    俺のすっごい目の前で事故があってさ、て、何?

    どうしたの?

    村瀬

    ごめんね。――本当にごめんね。

    村瀬、泣いている。

    ▼音響:曲in

    毬井1

    おーい?

    ちょっと。ねえ、聞こえてますかー? あれ?

    おーいちょっと?

    毬井、村瀬に呼びかけるが聞こえていない様子。

    やがて村瀬のそばに、女の友人が近づいてきて、そっと彼女に触れる。

    村瀬、手にしていた花束を毬井の足元に置き、友人と共に去る。

    毬井2

    気がつくと自分は、ひとりきりになっていました。あんなに大勢いた池袋の人たちはみな、

    どこかへいってしまったんです。

    ガードレールに座っている毬井。

    毬井、何も出来ずに呆然としていると、そばに子ども(たっくん)がやってくる。

    たっくん

    にいちゃん、ショックだろうけど元気出せよ。ホラ、麦チョコあるぜ?

    毬井1

    いや、あの――。

    たっくん

    わかるぜえ気持ちは。わかるよ。

    毬井1

    えーと、あの、誰?

    たっくん

    ん?

    俺?

    たっくんだよ。

    毬井1

    や、「たっくん」知らないんですけど、

    たっくん

    ま、ちょっといいにくいんだけどさ、にいちゃんこれ、――死んだんだぜ。

    毬井1

    死んだんだぜって、――え、いつ?

    たっくん

    いつ、って(笑)。「オイオーイ(小さく突っ込む)」。にいちゃんそれ「時間」のこと

    いってんだろ?

    それがそもそも勘違いってもんだ、いいかい?

    「時間」てえのは生きてる間に流

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 15

    れてるもんだろ?

    にいちゃんはもう死んでっから「時間」とか関係ねんだよ。ホラ、麦チョコある

    ぜ?

    毬井1

    いや、食べないです、麦チョコ。それよりあの、

    たっくん

    ★一応いっとくぜ、にいちゃん。

    毬井1

    なんですか?

    たっくん

    逃げられないぜえ。や、わかるけどな。逃げたいよなって。うん。そりゃたっくんだって

    逃げたいし。にいちゃんだって逃げたいし。やっぱ俺たちゃ気が合うし。

    毬井1

    はい?

    たっくん

    たっくんもどうにかこっから逃げられないかって思っていろいろやってみてるんだけどさ、

    結局この場面からでられない。何度やっても同じシーンの繰り返しなんだ。

    毬井1

    あの、何をいっているのかまったくわからないんですけど――。

    たっくん

    まあ、まあ、最初はそんなもんだったよ俺も。とりあえずホラ、これ持ってけよ。にいち

    ゃんのだろ?

    といって、たっくん、先ほど村瀬が置いていった花束を渡す。

    毬井、後ずさる。

    たっくん

    ほら、彼女さんがせっかく、あ――。

    毬井、花束を持ったまま、走って逃げる。たっくんはける。

    ▼音響:曲のりかえ。

    以下、群衆を使った演出。

    録音された音声テープ、のようなセリフが波になって聞こえてくる。

    時報や、株価の読み上げ、競馬中継、津波注意報、天気予報、などなど。

    毬井2

    なんだかよくわかりませんでした。よくはわかりませんでしたけど、逃げました。とりあえ

    ず逃げて、とりあえず家に帰って考えようって、そう思って駅に向かったんです。当時自分は下北沢

    に住んでいましたから、とりあえず新宿に行こうと思って山手線のホームに向かったんです。が、そ

    こにも、誰ひとり人がいませんでした。それでも山手線は当たり前のように走っています。乗客の誰

    もいない新宿・品川方面行の列車が六番ホームに滑りこみ、僕だけを乗せるとドアを閉めました。―

    ―ゆっくり走りだした山手線の車内で僕は、なんだかとても落ち着かなくなって、ずっと窓際に立っ

    て新宿駅に着くのを待ちました。――新宿になら誰か人がいるかもしれない。新宿になら、他人のこ

    となんて一切関係ないように続いていく「動く歩道」みたいなあの日常が、今も変わらず続いていて

    くれるかもしれない、――そう思って新宿を待ちました。

    毬井1

    けれど列車は、いつまでたっても新宿には着きません。池袋の次は池袋。その次もまた池袋。

    その次もやはりまた、池袋です。世界にはもう池袋と僕しか残っていないのかもしれません。いや、

    というより、僕が、僕と池袋の方が、世界から跡形もなく、何事もなかったかのように消えてしまっ

    たのかもしれません。いや、そんなはずはありません。けれど列車は、三つ目の池袋を過ぎたあたり

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 16

    から、駅に近づいても速度を落とすことはなく、むしろ徐々にスピードをあげて、山手線、新宿・品

    川方面行列車は今や信じられないほどの猛スピードになって、次々に池袋駅を通過してゆきます。無

    限に数珠つなぎになった池袋駅を、次々、次々――。僕はよろめくフラフラの足どりで、なんとかシ

    ルバーシートに腰をおろし、今、目の前で起きていることがなんなのか、それを確かめる方法につい

    て考えました。

    毬井2

    そうしてそれを確かめる方法が自分にはもう、何ひとつ残っていない、

    毬井1

    ということが、やがてはっきりわかったんです。

    二人

    そうしておそらく、

    毬井1

    僕は死にました。

    群衆の動きが止まる。

    毬井1

    それが、生まれてはじめて死んだ時の思い出です。

    シーンが唐突に終わる。

    ▼音響:毬井のセリフ後半はマイクで集音。同時に楽曲。背景的な音声として、録音テープ風の話し

    声が帰ってくる(俳優)。

    ◎【希望的】

    水野家・2

    場面、水野家に戻る。

    チサト

    ハイ、もうおしまい。やめよ今日は。なんか今日の記事すっごいヘンだもんなんか。――た

    まにあんの、こういうヘンなとき。「僕は死にました」って、じゃあ、それ書いてんの誰だよ、みた

    いなさ。なんかすっごいヘンなんだよね。あーあ。

    少し離れた場所から生方が声をかける、

    生方

    チサトさん、これはあの、全然もしもの話なんですけど、

    チサト

    なに?

    生方

    もしあの、このblog

    を書いている人と連絡が取れて、――ってことになったら、その人に会い

    たくないですか?

    チサト、無言。少し動いて生方との距離を確認しなおすようにして、

    チサト

    なに勝手にクビ突っ込もうとしてるわけこの人?

    生方

    いや、あくまでも例えばっていう話なんですけど、

    チサト

    最初にいいましたけど、あたし別に理解してもらおうなんて思ってませんから。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 17

    生方

    ええ、でも、

    ハルカ

    やっぱりさ、ちょっと普通には理解しづらいことだと思うの、あんたの言ってることは。ま、

    気持ちはわかるんだけどさ、

    チサト

    ★ありがとう。じゃあ、気持ちだけわかっててくださいずっと。

    ハルカ

    もうちょっと、ちゃんと話そうよ。

    チサト

    いーよもう。あたしもお姉ちゃんのことは放置しとくんだからお互いさまでしょ?

    ハルカ

    それは違うでしょ全然。

    チサト

    なんで?

    そうじゃん。それともなに?

    「あたしの言ってることはメチャクチャで、お姉

    ちゃんの言ってることは正しい」?

    そういう考えだからお互い認め合いましょうとか、そういうの

    が一切できないんじゃないお姉ちゃんはいっつも?

    一拍。

    ハルカ

    じゃあ一つだけ確認させて欲しいんだけどね、

    チサト

    なに?

    ハルカ

    あんた毬井くんの死に顔を見てるわけだよね?

    チサト

    ★だから死んでませんって。

    ハルカ

    でもその、安らかに眠ってるとこていうかさ、そういうのをちゃんと見てるわけでしょ?

    チサト

    それがなにか?

    ハルカ

    ちゃんと覚えてるんだよね?

    チサト

    覚えてるけど。

    ハルカ

    うん、だったらさ、プログ書いてるのが彼じゃないってことぐらい/

    チサト

    ★ま、でも泣いてないから。

    ハルカ

    泣いてない?

    チサト

    そうそうそう、泣いてなくてあたし。そりゃ見たけどね、毬井くんの顔は。だけど、毬井く

    んの顔見て泣かないとかって、なんかありえなくない?

    と思って。おかしいと思うんだよ、あたし

    それは。

    ハルカ

    泣いてないからなんだっていうの?

    チサト

    ★や、おかしいじゃん。だってね、あれがもし本当の本当の毬井くんの顔だったらもう、条

    件反射ていうか、自動的に涙出ちゃうと思うし、そんなの我慢とかできるわけないし、そりゃそうで

    しょだって普通に考えたらさ、

    ハルカ

    じゃなに?

    あんたが泣いてないから、毬井くんはまだ生きてますっていうの?

    チサト

    だって生きてるじゃん実際(パソコンを示して)?

    「今日も更新されました」って、それ

    十分生きてる証拠にならない?

    ハルカ

    そんなの誰か、代わりの人にだって書けるわけでしょ?

    チサト

    わかってるよあたしだって。わかってる!

    誰か知らない人が成りすましてんじゃないかっ

    て私だって思ったけど、むしろすっげー気持ち悪いやつがいてサイアクとか思ったけど、でも内容が

    さ――。もうしょうがないんだよだって、これは毬井くんが書いてんじゃなきゃ意味、全然わかんな

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 18

    いってレベルなんだもん。ずっと読んでたらなんか、毬井くん本人が書いてんじゃないかって気がし

    てきちゃって、それ以外ないんじゃないかって思えてきちゃって――。

    ◎【希望的】

    水野家・3

    と、ここで水野家の母が部屋に入ってくる。

    生方を接待するためのお茶菓子的なものを持っている。

    ガチャリ、と。ハイ失礼いたしますぅー。もーね、ようこそおいでくださいましたこんな小汚い

    マイ・ハウスに。

    生方

    あ、や、お気づかいなく、

    ホント狭くて、ねえ。うさぎ小屋みたいでしょ?

    あ、ちょうどあの引っ越した時にうさぎ年だ

    ったもんだからそれにちなんでこぢんまりしたお家にしたわけでは、ありませんっ!

    アハハハ。

    生方

    あ、なんか、すみません。

    あ、申し遅れましたが私あの、二人の姪のユキちゃんです。

    生方

    あ、そうですか、どうもォ。

    ――いーんですよ突っ込んでー、おそれずに。

    生方

    ちょっと文化がよくわからなくて、

    ハルカ

    お母さん(たしなめるように)

    ハイ正解!

    そう、お母さんです。姪でもなく姉でもく叔母でもなく、ハ、ハなんです。

    ハルカ

    わかってるよそんなの、

    ちょっとちょっと見事に戸惑ってんじゃないのお客さん。ええ?

    ちゃんとリードしてあげて時

    代をリードする娘たち。You

    とYou

    と。あら?

    考えてみれば「お客さん」に対して「お客さん」て呼

    ぶのも失礼ね、ウカツウカツ。あの、大変失礼なんですが名前を名乗ったらどうだ?

    生方

    え、え?

    ハルカ

    生方さんて、職場の友達、

    生方

    お邪魔してます。

    あー、ウブカタさん、てそれどういう字をお書きになるのかしら?

    漢字、漢字。

    生方

    あ、えーとですね、

    もしかして産毛のウブに、産毛のゲ?

    ウブゲにしかなってねーっ!

    もーねー。

    生方

    ――うす。

    (姉妹の目線に気づき)あら、また怒られるわこれ。こんな怖い顔して、見て、理性を失う寸前

    のチワワみたいな顔して、うーわ、こっちには遺伝子組み換え食物によって巨大化してしまったかわ

    うそが、(瞬時に姉妹を見比べて)――やー、獰猛だ。生き残るのはどっちだあ?

    んー。ファイト!

    て、あら?

    生方さんちょっとゴミついてらっしゃるわよって眉毛だヘイヘーイ!

    あーあ。お腹空

    いちゃったと(取り出したジャムパンを食べる)。

    ハルカ

    ムチャクチャじゃん。

    あ、食べます(生方に)?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 19

    生方

    いえ、――ああ、一気に疲れましたね。

    ハルカ

    すみませんホント。ホント恥ずかしいもう。

    チサト

    カッコつけたってしょうがないじゃん。

    ハルカ

    そういう次元超えてんでしょ。

    ちょっと何?

    今日カッコつける日そういう日?

    いってよモー。だったらこんなもっさい菓子

    パンなんか、ああ、もうっ(パンを床に叩きつける)。

    ハルカ

    お母さん!

    カッコつける日だったら何?

    「あ、お飲み物をどうぞー」かなんか言って挨拶がわりのジャッ

    ク・ダニエル・ツーフィンガー。「実家は実家でも、ちょいワル紳士の隠れ家的な実家です」てそう

    いう演出したのにー。

    チサト

    要らない要らない。

    ハルカ

    ホントいいからもう、どっかいってて。

    おおっと・ナイス・コンビネーション・シスターズの登場か?

    そんじゃ、ゴージャス・プロポ

    ーションのマザーは退場か?

    ハルカ

    退場だよ。

    そんじゃごゆっくりー。土方さーん。

    生方

    生方です。

    母、はけてゆく。

    ハルカ

    えーと、なに話してたんでしたっけ――、

    ★尖閣問題についてじゃなかったかしら?

    ハルカ

    ★だからいーよもう出てこないでっ!

    いいじゃない一緒にくつろいだって!

    (生方に)ねえっ!

    生方

    あ、はい。僕は別に。

    ハルカ

    もォ――。

    チサト、コートを着て、外へ出て行こうとする様子。

    なにあんたどっか行くの?

    チサト

    その人帰るまで外出てくる。

    やめときなさいよ、屋外で待機ってそんな警備員じゃない警備員じゃない警備員じゃないんだか

    らあんた、

    チサト

    外っていったって別に、――家の外だけど、どっか部屋の中だよ、

    なぞなぞ?

    「家の外だけど部屋の中なモノなーんだ」って、んー、電話ボックス!

    チサト

    ガストだよ。

    よしきた。ガストだったらTポイントカード持って行きな。(財布からカードを取り出して)

    チサト

    いーよそんなの、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 20

    いいからお母さんのだからもってきなって、ね。いーからいーから。貯めてきて貯めてきて。

    チサト

    え、貯めてくるの?

    そうだよ。集めてんだから母さん。ね?

    チサト

    わかったよ。

    じゃ行ってらっしゃい、はい、はーい。

    チサト、退場。

    ◎【希望的】

    水野家・4

    ハルカ

    すみませんもう、家族総出で失礼を――。

    生方

    いや、びっくりしました。あんなにバーって話されると思ってなかったんで、

    ハルカ

    ですよね、

    歯に衣着せないからねあれは、水野家のジャック・ナイフって呼ばれてっから。別名、おもち。

    ハルカ

    別名違いすぎるでしょ。

    にしても汚いわねホントこの部屋。(生方に)や、もともとはね、(ハルカを指し)この子なん

    かよりよっぽどチサトのがキレイ好きだったんだけど、もーね近頃はダメね。

    生方

    あー、やっぱり気持ち的な問題というか?

    ハルカ

    ま、ホラ、結局、毬井さん亡くなってから仕事も辞めちゃったわけだしさ、いろいろ整理つ

    かないっていうのはあんじゃないかな?

    生方

    お仕事は何をされてたんでしたっけ?

    レストランよだから。

    ハルカ

    結構、がんばってたんだよね?

    そうよ、ちゃんと出世してね。店長より偉い、なんか、エリアチャレンジャーになったとかって

    言って、

    生方

    マネージャー。

    ハルカ

    ほっとんど休みなくてさあ。

    生方

    あー、大変だっていいますもんね、飲食関係は。

    で、仕事辞めたあと彼氏くんとも別れちゃったでしょ?

    ちょいとしたイケメンだったのに。ね

    え?

    ハルカ

    んー、そうだったっけ?

    そうだったでしょ、ちょいイケよ、ちょいイケ。

    生方

    あの、ちょっと無神経なこと聞くようなんですけど――、

    あー、あんたもちょいイケよ。大丈夫よ。

    生方

    あ、いや、そういうことじゃなくて、あの、――毬井さんてのは何でお亡くなりになったんで

    すかね?

    病気とか事故とか。

    ハルカ

    んーとまあ、それはね、

    自殺?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 21

    ハルカ

    違うでしょ、事故だっていってたじゃん、

    あんなもん自殺みたいなもんじゃないのよだって。

    ハルカ

    わかんないでしょそんなの。(生方に)

    なんか事故らしいんですけどね、あんまり詳しいこと

    は私たちもよく知らなくて、

    いずれにせよあの子が自殺だと思っちゃってるってことは確かよ。

    生方

    そうなんですか――。

    間。

    生方

    ま、でも、思ってたよりは全然元気というか、なんか話せる感じしましたね。

    ハルカ

    あ、そう?

    生方

    はい。一本スジが通ってて、

    ハルカ

    ね?

    だから「頭がおかしい」みたいなことじゃないとは思うんだけどね、あたしも、

    生方

    それは絶対、違いますよ。

    や、おかしいのよ、あの子は昔っから。納豆にソースかけて食べんのよ?

    スジは通ってるかも

    しれないけどネジは飛んじゃってっからね。

    ハルカ

    お母さん!(黙ってて)

    お父さん!(口調を真似て、誰もいないところへ向けて)

    ハルカ

    いないでしょ誰も、なに?

    そうだった、お父さんはあたしが兼ねてるんだった、ウカツウカツ。

    ハルカ

    ★いーから黙ってて。えーとだから、そうなんですよ。今、あの子、ホントに大事な時期だ

    と思うんです。なんか、ちょこちょこ人にも会えるようになってきたみたいだし、前にほら、つきあ

    ってた人なんかとも連絡とっているみたいなんですけど、

    あ、そうなの?

    生方

    その、ちょいイケの方、と?

    ハルカ

    そうですそうです。

    生方

    ☆へー。

    聞いてないわよ、あたし。

    ハルカ

    確かにあの、前は電話もメールも一切しないって時期ありましたから、こー(集中する、偏

    る、という意味のジェスチャ)なっちゃって?

    そういう時期に比べたらずっと良くなったんですけ

    ど、でも、やっぱりまだ、どっかでなんか、引っかかちゃってると思うんです。それであの、生方さ

    んに一つ、お願いがあるんですけどね、

    生方

    はい?

    なんでしょう?

    ハルカ

    あの、――突き止めてもらえないですかね、その、毬井さんに成りすましてブログを書いて

    いるっていう人、

    生方

    んー。なるほど。

    ハルカ

    あたしそういうのあんまり詳しくないんで何を調べたらいいとか全然わからなくって。

    IPアドレスよ。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 22

    生方

    うーん、まー、とりあえずブログの運営会社に連絡とってみたりとか、ま、あとは直接メール

    しちゃったりとかですかねえ――。

    ハルカ

    探して見つかるようなものなんですかね、そういうのって?

    IPアドレスで全部わかっちゃうんだから。

    生方

    わかんないですけど、とりあえず、やるだけやってみますよ、ダメ元で。

    ハルカ

    ホントですか?

    生方

    はい。僕自身ちょっと興味湧いてきたっていうのもありますし。

    いいガッツだ。

    ハルカ

    お母さん。

    お父さん、お兄さん、おじいさん、お姉さん、

    ハルカ

    わ、あ、返ってきた。

    生方

    楽しいご家族で。

    母、生方に向かってVサインを送る。

    ハルカ

    すみませんホント。何かあったらあたしも全然、手伝いますんで。

    生方

    お願いします。

    まあ、ヘンな話だもんね。死んだ人間の日記が書き足されていくなんてさ。

    生方

    そうですね。だからまあ、とりあえず調べてみて、また、進捗はちょくちょくハルカさんにも

    お伝えしますんで。

    あたしにもいいなさいよ。

    生方

    ああ、はい。

    ハルカ

    ――誰が書いてんだろね。

    それをIPアドレスで調べんのよ。

    ▼音響:曲in

    ▲生方

    ちょっと信じ過ぎじゃないですかね、IPアドレス。

    ▲母

    やー、すごいのよ。もう全部わかっちゃうんだから。

    ▲生方

    そんな万能じゃないすけどね。

    場面転換。

    【送信】

    ◎【送信】

    寸止め女と崖っぷち男・2

    チサトが何かを書いている。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 23

    舞台上の別の場所、オープニングと同じ位置に一平と女が登場する。

    冷えるね、今日。

    一平

    そうだね。

    外、寒かったでしょ?

    一平

    うん。でも昨日の方が寒かったかな。

    うっそだー。今日がこの冬一番の寒さだっていってたよ。

    一平

    ああ、そう?

    そうなんだ。ふーん。

    鈍感だからなあ一平は。

    一平

    まあ、気にしてないからねそんなに――。

    それでさ、ホントは誰が書いてたわけ、あの日記?

    一平

    うん?

    死んだと思ったら生きてたっていうお話、

    一平

    ああ、あれね。うん。

    ねえ、誰が書いてるの?

    一平

    それはまあ、まだはっきりとわからないんだけど、

    え?

    だって、あの毬井くん?

    ていうのは車に轢かれて死んじゃったんでしょ?

    一平

    死んじゃったんだけどね、でも一人の毬井くんが死んじゃうと、別の場所から別の毬井くんが

    出てくるんだ。

    へー、じゃまだ生きてるんだ?

    一平

    そうだよ。でね、ある晩おそく、毬井くんに宛てて手紙を書くことにしたんだよ、チサトさん

    は。

    え?

    住所もない人に向かって?

    一平

    でも、書いたんだよ。

    ▼音響:曲in

    一平

    それはね、彼女が毬井くんと会えなくなってから初めて書いた、彼に宛てた手紙だったんだ。

    チサトが何かを書いている。

    音響・携帯端末のクリック音?

    ボタンを押す音?

    舞台上別の場所に毬井もいて、その姿が照らし出されている。

    以下のチサトのセリフはチサト役の俳優によっては発話されない。

    チサト

    本当にお久しぶり。毬井くん、元気にしていますか?

    て、書くのもヘンな感じがします。

    なにせ毬井くんは世間的にはもう、死んでしまっているからです。私のこのメールもちゃんと受け取

    ってくれる人がいるのか少しだけ心配です。書き終わるころにまだ、この手紙を出したいっていう意

    欲が残っているかどうか、ということと同じぐらい心配です。それでもこのメールの向こうで、ある

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 24

    いはもっと別のどこかで、きっと私のこの言葉とか、思いとか、そういう何かを受け止めてくれる人

    がいると信じて、この言葉を紡ぎたいと思います。単に吐き出したいだけなのかもしれません。そう

    なってしまってたらゴメンナサイ。なにしろ毬井くんとあたしをめぐる関係は今、とてもこじれてい

    ます。毬井くんとお別れをして、そのあとで毬井くんに新しい恋人が出来て、あたしにも新しい恋人

    が出来て――。そういうお話をした時よりも、さらにずっと。あの頃は毬井くんがまだ生きていたし

    ――というか今だってもちろん生きてるんですけど――少なくとも誰もそのことを否定したりなんか

    しなかった。毬井くん、日々この日記を更新していっている「毬井くん」に伝えます。あたしは、毬

    井くんに会いたいです。会ってどうなるのかはわかりません。会えなくなる前には知らんぷりをして

    過ごしていたくせに、会えないとわかった途端、こんなことを言うのはおかしいのかもしれません。

    それでも、会いたいです。よろしければなんでも構いません、気が向いたときにお返事ください。期

    待せず気長に、のんびり待っていようと思います。多分私は、相当しつこいです。

    一拍。

    チサト

    (送信、と)。

    空間の変化があって、

    ちゃんと届いたのかね?

    そのお手紙?

    一平

    届いたよ、もちろん。ただし、毬井くんにじゃない、別の誰かにね。

    場面転換

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 25

    【2】

    犯人

    【訃報】

    ◎【訃報】

    プロポーズ

    場面、武田の家となる。くつろぐ男女三名。

    恋人同士の二人(武田とみい)と武田の後輩(白井)。

    みい

    ショウちゃん。ちょっと聞いてんのかい?

    武田

    ん?

    白井

    ぼーっとしすぎっすよ、武田さん、

    武田

    おお、ワリイワリイ。

    みい

    でさ、男の人だったら「娘さんを僕にください」でしょ?

    それ逆パターンだったらなんてい

    うの、て聞いたら、(武田が)おかしいおかしいって言うんだよ。

    白井

    へー?

    武田

    だってまだ決まったわけでもないのにさ、

    みい

    でも普通カン違いするでしょ?

    なんか、ご両親と会わせたいとか言われたらさ、あ、そうい

    うことなのかー、とか思わない?

    白井

    んー「結婚」ですかぁ――。

    みい

    そうだよ。

    武田

    大げさなんだよ、ふつーに会ってもいいじゃん別に、

    みい

    でもご両親そろってだよ?

    それしかないしょや?

    白井

    みいさん、でもですね、俺、武田さんのご両親と俺と、三人で焼肉食ったことありますよ、

    みい

    わや!

    意味わかんね。

    白井

    いや、最初四人で食う話だったんですけど、また武田さんにすっぽかされちゃって、

    武田

    あのあと、すげえ気に入ってたよお前のこと、

    白井

    あー、マジすか?

    や・なんか年寄り受けいいんですよね、俺。

    武田

    なんか実家帰るたびに聞かれんだよ、白井くんはどうしているの、つって、

    白井

    え、マジすか。

    みい

    てかその話どーでもいいでしょ今っ!

    武田

    ええ?

    みい

    どーでもいいでしょ。ご両親のことはいったんおいといて――ショウちゃんはどう思ってるわ

    けさ?

    武田

    んー、まあ俺もそろそろいい年だしなあ、

    白井

    そっすねぇ、

    武田

    だからまあ、あれだな、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 26

    白井

    ちゃんと考えないと。

    武田

    それだな。

    みい

    なんかバカにされてる気ィするんですけど。

    武田

    でもあれだね、結婚の話好きだねみいちゃん。

    みい

    全然結論が出ないからでしょ?

    武田

    まあ、そっかそっか。

    みい

    や別に、そんなあたしだってなしてもしなきゃいけない、ってわけじゃないんだわ、しないな

    らしないで全然いいんだけどさ、んーー、やめるべこの話?

    武田

    え、なんでなんで?

    みい

    なんか無駄に重いべな、と思って。ごめんなんか。

    武田

    いやいや、別に無駄じゃないでしょ。

    みい

    やでもなんか、なんもごめん。

    武田

    全然わかるしね、言ってることは。

    みい

    うんうん。

    一拍。

    武田

    そんじゃ、あれだな。してみっか一回な。

    みい

    え・うそ。ホンキで?

    武田

    ホンキホンキ。

    みい

    でも、「一回してみっか」って何回もするみたいでないかい?

    武田

    いや、そんなつもりは無いけど――。だからあれだよ、結論から言ったら結婚はまあ、しても

    いっかなー、とは思ってるよ俺も。

    一拍。

    白井

    んん?

    武田

    そんな感じ、かな。はい。

    みい

    え、その言い方で大丈夫?

    武田

    ん・何が?

    みい

    や、いいんだけどさ、全然あたしは。けどなんか、えーと一応、プロボーズ、でしょこれ?

    武田

    だね。

    みい

    伝わんねー。結構あの、大事な一言っていうか、ターニングポイントになるわけでしょ、あた

    したちの人生にとって。

    武田

    そう思うよ、俺も。

    白井

    あの――、俺、帰りましょうか?

    武田

    いやいや、いーいー全然。

    白井

    そっすか?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 27

    みい

    今、結構いい提案してくれたと思うんだけどさ彼、

    白井

    やっぱそうっすよね?

    武田

    いいって、え、さっきの言い方で、何がタメだったわけ?

    白井

    帰りますよ俺、

    武田

    いや、いいっていってんじゃねえかお前。

    白井

    や、だってなんか、

    武田

    それじゃお前、なんか俺が帰らせたみたいだろ。

    白井

    ま、実際そうじゃないすか。

    みい

    ★いたらいいっしょいたらいいっしょいたらいいっしょしたっけ?

    白井

    ――すみません。

    みい、少し移動して、

    みい

    なんだろなあ、なんかそういう言い方されちゃうとあたしもさ、「ちょっとなあ」っていうの

    はあるんだわ。

    武田

    なに「ちょっとなあ」って?

    みい

    だってなんかさ、「してもいいよ結婚」って言われちゃうとさ、あたしの側が「ぜひお願いし

    ますー」みたいなことになっちゃうしょ?

    「ください」「あげます」みたいなそういう関係ていう

    か立場ていうか。うんうんうん。

    武田

    立場とか考えたことないな――。

    白井

    考えたほうがいいっすいい加減。ねえ(みいに)?

    みい

    知らね。やっぱ帰ってもらった方がいいと思うわ。

    白井

    えー、マジすか?

    じゃ、まァ――、

    武田

    いーいーいー、居てくれって、

    白井

    いやでも、

    みい

    帰ってもらったらいいべさ、

    白井

    帰ります帰ります。

    武田

    ちょちょちょ、わかったよじゃあ、だったらお前さ、ホラこれつけて、な、これでも聞いてれ

    ばいいじゃん(ヘッドフォンを白井の耳にかける)

    白井

    ええ?

    武田

    あ、ほーら。これでいい音楽じゃん。素敵じゃん。な?

    スチッチをいれろ、ホラ。

    白井、以後、少し離れて音楽を聞いている。

    武田

    なになになになに?

    みい

    なんで友達がいるときにああいうこというのさ?

    武田

    いや、悪いだろせっかく呼んどいて、

    みい

    なんかどっちでもいいみたいな感じでさ。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 28

    武田

    まあ、どっちでもいいっちゃどっちでもいいからね、

    みい

    は?

    武田

    いや、そんな焦ってはないという意味でさ、

    みい

    え、したっけ結婚なんかしなくても、ていう話になっちゃうべさ、あたしとしても。

    武田

    ごめんごめん、悪かったよ。

    みい

    やあ、まあ、むしろごめんはあたしだったよねって話で、結婚とかは今する話じゃなかったね

    っていうね。ハイ。ちゃんちゃん。

    武田

    やめようよそういうのは。

    みい

    なにそういうのって? え、じゃあ、言うけどあたしも。したくないの結婚?

    全然はっきり

    しないんでしょや、ショウちゃんがさ?

    武田

    ヤ・だからしてもいいよっていってんじゃん。

    みい

    「してもいいよ」って言われてしたくないじゃないですか!

    誰もォ!(身悶えする)

    武田

    なにをそんな怒ってんの。よくわかんないよ。

    みい

    したっけなまらわかりやすくいってあげるけど、なんまわかりやすくいってあげんね。

    武田

    プリーズプリーズ。

    みい

    ★やかまし!

    ――あたしは結婚したいよそりゃ。好きだしねショウちゃんのこと。ずっと一

    緒にいたいと思ってる。でも!

    ショウちゃんがいろいろあたしを裏切ってきた、って、こともあっ

    たわけでしょハッキリいって?

    武田

    んー。

    みい

    そりゃショウちゃんはさ、別に裏切りとかそういうつもりはなかったかもしれない。けど、あ

    たしにとっては裏切られた感じはすごいあったわけっしょ?

    武田

    うんうん。

    みい

    ってなったらなんかああいうことがまたあったらあたしだっておっかないわけですよ。あたし

    だって仕事あるしさ、なんかそういう、またなんか裏切られてー、とかそういうのあったら正直あた

    しも耐えられる自信あんまないしさ。けど、けどさ、ショウちゃんがもしもそういうことを思ってく

    れてるならさ、あたしと一緒にいてもいいよっていう、そういう風に思ってくれてるなら全然それは

    うれしいしさ、でもそれはあたしからは言えないっしょ?

    これはだって、言えないべさ?

    なんか

    それをあたしからなんか「お願いしまーす」みたいな感じで頭下げるっていうのはさァ――、

    武田

    それは、うん、ごめんわかったけど、ちょっ、ちょっといい?

    と、武田、鳴っていた携帯電話を見る。

    みい

    メール?

    を、見る時間でしょうか、今?

    武田

    あ、いや、ちょっと確認だけだから――。

    メール内容を確認した後に武田の様子が変わる。

    みい、それを見て取って様子をうかがう。

    武田、ふと白井の方へ近づき、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 29

    武田

    ――おい、おい。(音楽に夢中になっている白井に声をかける)

    白井

    はいはいはい?

    武田

    ちょっと悪いんだけどさ、

    白井

    やっぱいいっすね、米朝は。

    武田

    落語?

    白井

    はい。

    武田

    いやそれはどうでもいいや、悪いんだけどちょっと帰ってもらってもいいかな?

    白井

    え、じゃ、今日はダーツ行かないんですか?

    武田

    あんま遊んでる感じじゃなくなっちゃって、す

    白井

    そうっすか――。あれ、するってえと俺は、何待ってた感じだったんですかね?

    武田

    ごめんごめんごめん。今度、なんかお侘びするよ。

    白井

    じゃ、まあ、はい――。そんじゃ、また。

    武田

    うん。ごめんね。

    白井、はける。

    みい

    なんのメールだったのさ?

    武田

    いや、友達がなんか、死んだ。

    ▼音響・曲in

    武田

    お前は知らない奴だけど、あの、毬井っていう、

    みい

    仲いい人だったの?

    一拍。

    武田

    まあ、それなりに。

    場面転換。

    ◎【訃報】

    参列

    場面、毬井の実家のそば、外で溜まっている面々。

    武田をはじめ毬井の友人たちがいる。吉久、五戸、佐川。

    武田

    え、出さないの、葬式?

    吉久

    おう。なんか今日のこれで終わりらしいよ全部。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 30

    武田

    そうなんだ?

    五戸

    というか、そもそも俺達が呼ばれたのもなんかの手違いらしいよ、

    佐川

    奥にいんのは親族だけって感じだもんな。

    武田

    あーそう?

    吉久

    なんか遺言状に書いてあったんだってよ。お通夜も告別式も偲ぶ会もなーんもするなって。

    武田

    じゃあその、火葬だけやっておしまい、てこと?

    五戸

    いや。なんか献体に出すんだってよ、遺体は。

    武田

    献体?

    五戸

    そう。だから今晩過ぎたらどっか持ってっちゃって。火葬もナシだってよ。

    佐川

    え、なに献体って?

    五戸

    あれだろ、なんか医者の卵とかが解剖する、

    武田

    あー、

    五戸

    いってたじゃんアイツ?

    どうせ死体になったらそんな物体に用はねえみたいなさ。

    武田

    え、じゃあ墓とかも作らないってこと?

    吉久

    やあ、それはなんか適当に、親族の墓にでも入るんじゃねえの?

    五戸

    そうなんだ?

    吉久

    いや、俺もよく知らねえけど。

    武田

    でも、どうすんの?

    検体に行っちゃうんだったら墓に入るって言ったって――。

    五戸

    あー、骨は戻って来るんだよ、解剖したあと何年かしたら戻ってくるんだって。

    武田

    あ、そんなかかるんだ?

    五戸

    ま、すぐ解剖ってわけじゃないんだろうし。いろいろと順番があるんだろ(笑)

    佐川

    やだなー、死んでからも順番待ちすんの(笑)

    一拍。

    吉久

    でもホント急だったからなあ。他のヤツなんか集まる暇もなかったんじゃねえの?

    五戸

    でも準備はちゃんとしてたんだってな。

    吉久

    あ、そう?

    五戸

    遺産のこととかも、すっごい細かく書いてある紙があったらしいよ、

    武田

    へー。

    五戸

    あとで武田も見てきたらいいよ。

    武田

    あ、毬井が書いたやつ?

    五戸

    そうそう。

    間。

    ▲吉久

    なんかこうあっさりしてると、かえって引きずっちゃいそうだよな。

    ▲五戸

    毬井の狙いだったりしてな。普通の葬式やって、普通に死んだ、てことになんないようにさ、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 31

    ▲吉久

    そんな複雑なことするかよ。

    ◎【訃報】

    帰宅

    場面、再び武田の家。

    武田、部屋で疲れている。

    部屋の奥からみい登場。手提げ袋のようなものを持っている。

    武田

    あーあ。

    みい

    なんか作るかい?

    食べる?

    武田

    んー、ありがと。いーやいーや。

    みい

    ねえ、ショウちゃん、それなに?

    武田

    ん、あー、なんかいろいろ、遺品をもらったよ。

    みい

    ふーん。なんなの?

    武田、手提げ袋の中から一冊のノートを取り出す。

    武田

    ノートとか、いろいろ。

    みい

    ノート?

    武田

    日記帳みたいな奴とか。あとはまあ、パスワードとか?

    そういうの一式。

    みい

    パスワードて、銀行でお金下ろせたりするやつかい?

    武田

    いやいや、そういうのじゃないんだけど、

    みい

    なんか怪しくない?

    おっかねーわ。

    武田

    どうすっかなあ、こんなもん――。とりあえず俺の机んとこ置いといて。

    みい

    うん。――なんでこんなものくれたのさ、毬井さんは?

    武田

    なんでってまあ、――約束、だったからかな。

    ▼音響・電車車内のSE。

    場面転換。

    ◎【訃報】

    ネット墓地

    以下、満員電車の車内での雑談。

    武田

    なあ。死んだあとネット上のあれこれってどうなんだーとか思わねえ?

    毬井

    え?

    武田

    いや、フェイスブックとか、ブログとかさ、

    毬井

    あー。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 32

    武田

    やーツイッターは消して回りたいな、絶対。

    毬井

    じゃ、書くなよ。そういうことを。

    武田

    だから最近そういうサービスがあんだろ?

    死んだらそういうの整理してくれるっていうか、

    毬井

    へー、そうなんだ。

    武田

    や、俺それで思うんだけどさ、

    毬井

    うん。

    武田

    まあ、例えば俺とかがある日突然死んだとして、その、死んだあとでつぶやきとかがあったら

    ――怖くねえ?

    毬井

    おお。「臨終なう」とか。

    武田

    いや、それはギリギリいけんじゃん、もっとなんかさ、「棺桶の中暗すぎ」。「納骨される切

    なさは異常」。「三回忌に集まった人が少なすぎる件」とかさ、

    車両が揺れて乗客が偏る。

    毬井

    なんなんだよ、それで。

    武田

    だからさ、ちょっと俺らで、そういうパスワードなんかをどっかに控えといてさ、どっちかが

    先に死んだら、しばらく身代わりになって更新してみる、――ってのはどうよ?

    毬井

    なんか生きてる間に揉め事おきそうだな。

    武田

    いいじゃん、やってみようぜ。おもしろそうじゃん。

    毬井

    いやー、まあ、ぶっちゃけ俺はそういうの、全然興味あるね。

    武田

    お、おう、あるんだ。――めっちゃ興味なさそうに言うな。

    毬井

    そう?

    こんなもんだろ、俺。

    武田

    そんじゃ教えろよ、あとでパスワード。

    毬井

    やだよそんな、あぶねえだろ?

    武田

    なんだ興味あんだろ?

    大丈夫だって誰にも言わないから。

    毬井

    誰にもっていうか、武田が一番信用できねんだよ。

    武田

    なんでだよ。じゃあ俺が先に教えるからさ、

    毬井

    ダメダメ。

    武田

    なんだよノリ悪いな。

    一拍。

    毬井

    遺言で残しとくよちゃんと。

    武田

    え?

    毬井

    なんか俺が死んだらこれとこれのパスワードを武田に渡してくれって、ちゃんと残しとくから。

    武田

    おー。じゃ俺もそうしとくか。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 33

    ▼音響。電車が新宿駅につく。毬井が下車すべき駅だ。

    毬井

    そんじゃ武田。死んだらお前、ちゃんと更新しろよ?

    武田

    何年後の話だよ。

    毬井

    忘れんなよ、約束だぞ?

    武田

    おう。お前こそな。

    乗客たち、いっせいにはけていなくなる。

    照明変化。

    ◎【訃報】

    毬井の手記・3『車内にて』

    生方、登場。場所は相変わらず電車の車内でいいのかな。

    駆け込み乗車。滑り込みで電車に乗った二人。

    生方

    間に合いましたね。

    ハルカ

    はい。

    生方

    あのォ、こないだまた毬井さんのブログ見てたんですけどね、

    ハルカ

    はいはい。

    生方

    なんか誰かがですね、あのブログの作者に対して、メールみたいのを出したらしいんですよ。

    お手紙ていうか、あの、成りすましの犯人に対して――。

    ハルカ

    へー、そうなんですか?

    生方

    はい。でそのメールに対してのお返事、みたいなものがブログにまたあがってたんですけど、

    ――ちょっと今、読みますね?(といって携帯電話で当該のページを開く)

    ハルカ

    はいはい。

    生方

    「数日前、死んでいる僕にわざわざメールをくれた人がいました。なにはともあれお便り嬉し

    かったです。どうもありがとう」

    ハルカ

    ふんふん、で、何ですか?

    生方

    はい。「――とはいえ『会いたいです』というお願いに答えるのは難しそうです。だって僕は

    もう――死んでるから」

    ハルカ

    あくまでそのスタンスなんだ。

    生方

    みたいですね。

    舞台上、別の場所に武田。

    毬井2

    ただ、別の考え方もあります。僕たちはすでにもう、会っているんじゃないでしょうか?

    が生きているころによく考えたことですが、もしも、

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 34

    ▼音響:

    曲in

    毬井1

    もしも、生きてる、ていう活動の中に、自分が声を出したり、歌を歌ったり、電話をかけた

    り、メールをしたり、そういうことのすべてが含まれているんだとしたら、――死んでからも自分は

    生き続けることができるのかもしれない。

    毬井2

    だって僕が歌った歌は再生ボタンを押せばいつでももう一度歌い始めるだろうし、僕のメー

    ルや、

    毬井1

    文章や、

    毬井2

    声や、

    毬井1

    言葉は、この肉体を離れて何度でも再生される。

    毬井2

    だからこうして、僕は死んだあとでも日記を書き続けることが出来る。案外と僕はすでに、

    生方・毬井1

    不老不死なのかもしれない。

    ハルカ、生方、退場。

    ▼音響:

    曲in

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 35

    【3】

    武田と生方

    ◎【武田と生方】

    村瀬、来訪、理由。

    場面。再び武田の部屋。

    武田と白井、白井に伴われて一人の女(村瀬)登場。

    武田

    あ、どうぞどうぞこちらへ、

    村瀬

    失礼します。

    武田

    えーと、それで今日はあの、毬井のことで何かお話があるっていうことなんですよね、村瀬さ

    んとしては?

    村瀬

    はい。少し。

    武田

    白井、悪いんだけど、ちょっとなんか飲み物とか持って来てもらっていい?

    白井

    あ、えっと、それ、はいいんすけど……。え、このあとダーツいかない感じですか?

    武田

    うん、ダーツは、とりあえずおいといて、

    白井

    えー、もうなんなんすかマジで。

    武田

    とりあえず、飲み物持ってきてもらってもいい?

    白井

    え、何飲むんですか?

    武田

    別になんでもいいよ。なんかあるだろ適当にさ、

    白井

    はーい。

    白井、しぶしぶ、お茶をとりに部屋の奥へ下がる。

    村瀬

    今日はあの、突然お邪魔してすみません。

    武田

    ★いえいえいえ、

    村瀬

    ご連絡差し上げてからにしようかとも思ったんですけど、断わられちゃったらかえって会いづ

    らくなるかな、と思いまして。

    武田

    はぁ。

    村瀬

    どうしても武田さんとは会ってお話したかったんです。

    武田

    それでお話っていうのはあの――?

    一拍。

    村瀬

    どういうつもりでやってらっしゃるんですか?

    と思って。あんな風に勝手に毬井くんのこと

    書いたりして、武田さんが更新してるんですよねあのブログ?

    武田

    えーと。

    村瀬

    なんの権利があってやってるんですか?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 36

    武田

    えっとごめんなさい、なんかよくわかんないんですけど、え?

    村瀬さんは毬井とはどういう

    関係の――?

    村瀬

    まあ、彼女っていうか、お付き合いしてました。

    武田

    ああ、そういう――。

    村瀬

    で、大学時代のお友達に聞いてまわったんです、あのブログを見て。それでなんか、――遊び

    で?

    パスワードを渡すとか渡さないとかそういうお話をされてたんですよね?

    武田

    あぁ、それはまあ、そうなんですけど――。

    村瀬

    はい。だから、――そうなんですよね?

    一拍。

    武田

    すみませんあの、勝手なことをやってるってのはちゃんと、わかってるつもりなんですけど、

    村瀬

    わかってたらやんないでくださいよ。

    武田

    はい。すみません。

    一拍。

    村瀬

    ま、でもそんな怒ってるってわけじゃないんですけど。

    武田

    あ、はい?

    村瀬

    今、武田さんに認めてもらって半分ぐらい気が済んだっていうのもありますし。あーあ、そう

    だったんですねー、やっぱり。

    武田

    はい。あー、そうですか?

    村瀬

    でも武田さん、どうしてあんな細かいこと知ってるんですか?

    隅田川の花火いったときに人

    ゴミに酔って途中で帰ってきちゃったァ、とか、毬井くんにあたしがプレゼントした時計を無くしち

    ゃったときに全くおんなじのを買って隠してたんだけど、それがあたしにバレちゃった、とか。

    武田

    ええ、ええ。

    村瀬

    たまになんか、これは本人じゃなきゃ絶対知らないだろ、みたいなことが載ってるから。

    武田

    あー、それはあの、毬井に個人的なノートというか、日記みたいなものも一緒にもらってたん

    でそれで――。あー、なんだったら読みますか村瀬さんも?

    村瀬

    ノートを?

    武田

    はい。

    間。

    村瀬

    まあ、辞めときます。

    武田

    そうですか?

    村瀬

    なんか、ずっと読んじゃいそうだから。

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 37

    一拍。

    白井、飲み物を持ってくる。

    白井

    はい。お待たせしました。

    武田

    おうおう、ありがとう。どうぞ、カルピス。あ、大丈夫ですか?

    カルピス飲める人ですか?

    村瀬

    はい。飲める人ですけど、なんかヘンな言い方ですね。

    白井

    じゃ僕も。おつかれさまでーす。

    三人、一口飲んでみて、

    武田

    ちょ、お前これマッコリじゃねえか、マッコリじゃねえか、マッコリじゃねえかよ。

    白井

    滑舌いいっすね。

    武田

    滑舌なんかどうだっていいんだよ。すみません、ホント。なんで酒持ってくんだよ、お前。

    白井

    だって今日、どうせダーツバーいけないんでしょ?

    俺、マイダーツまで買ったのにすっぽか

    されてばっかじゃないですか。

    武田

    そうだけどさ、――すみませんなんかお茶とか、

    村瀬

    あ、いいですよ。お酒で。

    武田

    あ、そうですか?

    村瀬

    どうせならじゃあ、じっくり話しましょうか?

    白井

    そんじゃ一旦これ、買出しいきません?

    武田

    あ、でも、さっき――。

    と、武田、白井窓際へ。外は雨が降っている。

    ◆音響・SE雨。

    村瀬

    ――じゃ、マッコリだけで。

    三人、買出しを中止して飲むこととする。

    白井

    そんじゃ改めまして、あい、お疲れさまでーす。

    ◆音響・SE雨の音が強く。以後、しばらく降り続く。

    時間経過。

    ◎【武田と生方】

    恋愛

    村瀬

    「あたし嫌われちゃう」って思うのは恋のはじまりだよね。

    武田

    「あたし嫌われちゃう」?

  • 2016/04/03 『ロクな死にかた2016』 38

    村瀬

    だって別に、どうでもいい奴にはあたしのことどう思われてもいいわけじゃん?

    「なんか変

    な女」とか「情緒不安定」とか、そう思わせておけばいいわけじゃん。だけど、恋してる時って、な

    んか言い訳したくなるんだよ。あ、それ違うよ、あたしそういうのじゃないからねって。だから嫌い

    にならないでって。

    白井

    いや、わかります、それ。嫌われんの怖いっていうのは、もう恋のはじまりです�