平成27年度化学物質安全対策 ·...

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i 平成27年度経済産業省委託 平成27年度化学物質安全対策 反転腸を用いた経口濃縮スクリーニング試験法開発 調査報告書 平成28年3月 鹿児島大学水産学部 海洋資源環境教育研究センター

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Page 1: 平成27年度化学物質安全対策 · まみ、これを内部に押し込んでいって消化管を反転させて反転腸を準備した。 ガラス管に反転腸を結びつけ、内部をPBS

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平成27年度経済産業省委託

平成27年度化学物質安全対策

反転腸を用いた経口濃縮スクリーニング試験法開発

調査報告書

平成28年3月

鹿児島大学水産学部 海洋資源環境教育研究センター

Page 2: 平成27年度化学物質安全対策 · まみ、これを内部に押し込んでいって消化管を反転させて反転腸を準備した。 ガラス管に反転腸を結びつけ、内部をPBS

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調査課題名:反転腸を用いた経口濃縮スクリーニング試験法開発

研究代表者:小山次朗

職名:教授

所属:鹿児島大学水産学部 附属海洋資源環境教育研究センター

所属機関住所:〒890-0056 鹿児島市下荒田4-50-20

調査体制:

小山次朗(調査代表者):反転腸によるフェントレン吸収試験

宇野誠一(調査分担者、鹿児島大学水産学部 准教授):フェナントレン

およびその代謝物分析

國師恵美子(調査分担者、鹿児島大学水産学部 准教授):吸収実験補助および

試験魚飼育

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目次

1.背景および目的

2.材料および方法

2.1 試験生物(コイ馴致飼育)

2.2 反転腸準備と試験物質分析

2.2.1 多環芳香族炭化水素化合物の測定法確立と消化管反転腸による

吸収実験

2.2.2 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物代謝能の測定

2.3 多環芳香族炭化水素化合物を添加した餌のコイ投与実験

3.結果および考察

3.1 試験生物(コイ馴致飼育)

3.2 反転腸による多環芳香族炭化水素化合物吸収実験と試験物質分析法

3.2.1 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物吸収測定

3.2.2 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物代謝能の測定

3.3 多環芳香族炭化水素化合物を添加した餌のコイ投与実験

3.4 まとめ

4.謝辞

5.参考文献

6.学会発表

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1.背景および目的

現在、化審法における魚類化学物質生物濃縮性は、飼育水に溶解させた化学

物質の経鰓濃縮試験で得られた生物濃縮係数によって評価されている。しかし、

環境内 PCB 生物濃縮例でも明らかなように、高疎水性あるいは比較的高分子の

化学物質の生物濃縮は、餌経由の経口濃縮が主な生物濃縮の経路と考えられて

いる。マダイを用いた我々の生物濃縮試験では、 benzo(a)pyrene(分子量 252、

Pow 6.06)は経鰓濃縮しないものの、経口濃縮することを観察している。また、

EU 等では化学物質の生物濃縮性に関して、経鰓濃縮に加えて経口濃縮の重要

性が近年指摘されつつある。したがって、高疎水性あるいは高分子量の新規化

学物質の生物濃縮性を正しく評価するには、今までの経鰓濃縮試験に加えて経

口濃縮試験を実施する必要がある。

経口取り込みされた化学物質は消化管に運ばれ消化吸収された後、門脈を経

由して肝臓に運ばれ、多くの場合、肝臓に蓄積する。肝臓中で薬物代謝酵素に

よる代謝を受けるものの、その化学物質が肝臓(あるいは筋肉などを含む魚体

全体)から検出されれば、その化学物質が消化管から吸収されたことを示す。

消化管からの吸収の有無を調べる方法には 2 通りあり、第 1 は餌に指標物質(消

化吸収されない)を混ぜ、餌と糞中の指標物質と試験物質の比から消化吸収率

を求める方法( in vivo)、第 2 は緩衝液に浸けた反転腸を用い、その内外の化学

物質濃度を分析することによって消化吸収の有無を求める方法( in vitro)があ

る。第 1 の方法は、消化吸収率が決定可能であるが、試験魚準備、餌、糞、魚

体中化学物質分析のためのクリーンアップなどの手間を要する。第 2 の方法は、

消化吸収の有無あるいはその大小を明らかにすることができ、試験魚準備の手

間が簡単であり、緩衝液中化学物質を分析することから、分析操作が比較的容

易となる。我々の最近行った in vivo 実験では、魚類ビスフェノール A 消化吸

収率は 90%と高いものの、体内蓄積がほとんど認められず、ホモジネートによ

る試験から消化管による抱合反応の関係している可能性が明らかとなり、反転

腸試験法が吸収の有無のみならず薬物代謝の評価も可能であることが示された。

本研究では、上記のような消化管における薬物代謝能も同時に評価可能であ

る、反転腸を用いた化学物質経口濃縮スクリーニング法として優れた試験法を

開発することを目的とする。

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反転腸

採水用チューブ(反転腸内側)

採水用チューブ

(反転腸外側)

2.材料および方法

2.1 試験生物(コイ馴致飼育)

化審法との関連を考慮し、本研究ではコイ( Cyprinus carpio)を試験魚とし、

福岡県内養鯉業者から購入し、当大学水産学部の飼育室の 250L コンテナ中で、

水温 20℃程度に調温した脱塩素水道水で馴致飼育した。当初、体重 300g 程度

の小型コイを用いたが、より消化管の長い体重 500g 程度の大型コイ試験魚を主

に用いた。

2.2 反転腸準備と試験物質分析

2.2.1 多環芳香族炭化水素化合物の測定法確立と消化管反転腸による

吸収実験

フェノキシエタノール( 500mg/L)で麻酔し、頸椎を切断したコイから消化

管を取り出し、付着している肝膵臓および脂肪組織を取り除き、冷リン酸緩衝

液( PBS、pH7.4)で内外をよく洗浄した。この消化管の一端をピンセットでつ

まみ、これを内部に押し込んでいって消化管を反転させて反転腸を準備した。

ガラス管に反転腸を結びつけ、内部を PBS で満たした。これを、予め多環芳

香族炭化水素化合物の 1 つであるフェントレンを 1mg/L 溶解した PBS を満たし

た容器内に吊した。(図 1~ 3)

図 1 小型コイ反転腸によるフェナントレン代謝実験

(反転腸の一端をガラス管に結びつけ、フェントレンを含む PBS 液に吊した)

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図 2 大型コイ反転腸の準備

反転腸

ガラス管

PBS 液

恒温水槽

フェナントレン

1mg/L を含む PBS

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図 3 大型コイ反転腸のフェナントレン代謝実験

恒温水槽

フェナントレン

1mg/L を含む PBS

反転腸

反転腸内部 PBS 採取用細管

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吸収実験対象物質である PBS 中フェナントレンの分析は、以下の通りに実施

した。

反転腸内外部から採取した PBS を、遠心分離器にかけ( 2000rpm、 4℃、 10

分間)、その上清を液体クロマトで分析した。HPLC の分析条件は表 1 に示す通

りであった。

表 1 HPLC のフェナントレン分析条件

なお、フェナントレンの定性を確かなものとするため、GC/MS による分析も

実施した。GC/MS の分析条件は以下の通りであった。

ジクロロメタン-ヘキサン混合溶媒を用いて PBS 試料からフェナントレンを

抽出し、溶媒をヘキサンに置換した。定量には GC/MS( 6890N-GC および

5973N-MSD(Agilent Technologies))を用い、GC カラムには DB-5MS (30m、内

径 0.25mm、膜厚 0.25µm、Agilent Technologies )を用いた。GC 昇温条件は 60℃

で 1 分保持 → 15℃ /min で昇温 → 190℃で 3 分保持 → 2℃ /min で昇温 →

220℃で 1 分保持 → 5℃ /min で昇温 → 300℃で 20 分保持とした。また注入口

温度は 280℃、注入条件はスプリットレスモード(注入量 1µL)、イオン源温度

230℃とし、キャリアガスは超高純度のヘリウム(流量 1 mL/min)を使用した。

測定モードには Selected Ion Monitoring (SIM)モードを用いた。

2.2.2 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物代謝能の測定

反転腸によるフェナントレンの代謝が酸化およびグルクロンサン抱合と考え、

その代謝物の確認を行った。

1) HPLC によるヒドロキシフェントレン分析

フェナントレン酸化代謝物として推測される物質は、ヒドロキシフェナント

装置 LaChrom Ultra system

カラムC18(2μ m)P/N891-50022mmI.D.×100mmL

カラム温度 40℃

モード イソクラティック

移動相 CH3CN/H2O=60/40

流速 0.20mL/min

試料導入量 10μ L

検出器蛍光 励起波長250nm

蛍光波長350nm

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レンとそのグルクロン酸抱合体である。そのため 1、 2、 3、 4 および 9-ヒドロ

キシフェナントレンならびに 9,10-ジヒドロキシフェナントレンの分析を、「2.

2.1で説明した HPLC による方法で実施した。

2) グルクロン酸抱合体の確認

反転腸内部の PBS 液内に確認されたフェナントレンの最終代謝物がヒドロキ

シフェナントレンのグルクロン酸抱合体であることが推定されたため、フェナ

ントレン代謝物の -グルクロニダ-ゼあるいは 1M 塩酸メタノールによる加水

分解によってヒドロキシフェナントレンの確認を試みた。

酢酸緩衝液( pH4.5)に溶解した Helix pomatia あるいは Patella vulgata 由来

の -グルクロニダ-ゼ(それぞれ 60~ 30000unit /mL あるいは 10000~

150000unit/mL)50L と、反転腸内部 PBS 液 50L を混合し、 12 時間 37℃でイ

ンキュベートし、遠心分離で得た上清を、2.2.1と同様の方法で HPLC に

より分析した。一方、反転腸内部 PBS 液 50L に 1M 塩酸メタノール 50L を加

え、 80℃で 20 分~ 240 分加熱し、 1M NaOH で中和した後、遠心分離で得られ

た上清を、同様に HPLC で分析した。

2.3 多環芳香族炭化水素化合物を添加した餌のコイ投与実験

A 重油を添加した市販のコイ餌で、体重 180g 程度のコイを、14 日飼育した。

その含有量が 0.01、0.1 および 1.0%(重量%)となるよう A 重油を溶解したエ

ーテルを餌に添加し、十分均一化した後、ドラフトチャンバー内に一晩放置し

てエーテルを揮発させた後、コイに投与した。この間、飼育水の 2/3 を 2 日に

1 回交換し、水中の多環芳香族炭化水素化合物を可能な限り除去した。

飼育後、コイ筋肉を採取し、ジクロロメタン -ヘキサンで多環芳香族炭化水素

化合物を抽出し、 1M KOH-エタノールによるアルカリ分解後、飽和食塩水を添

加してジクロロメタン -ヘキサンで抽出した。シリカゲルによるクリーンアップ

の後、2.2.1に示す方法で、GC/MS 分析をおこなった。

3.結果および考察

3.1 試験生物(コイ馴致飼育)

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コイの馴致飼育期間の水温は、 17~ 20℃の範囲で維持された。飼育水の溶存

酸素濃度は 4.5mg/L 以上(飽和度 50%以上)であり、飼育条件は良好であった。

3.2 反転腸による多環芳香族炭化水素化合物吸収実験と試験物質分析法

3.2.1 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物吸収測定

当初、反転腸の一端をガラス管に結び、それを、フェナントレンを溶解させ

た PBS(約 100mL)に吊した。(図 1)その結果、実験開始時に反転腸外部 PBS

に認められていたフェナントレンは、開始後 5 分には HPLC および GC/MS 分析

でごく低濃度を確認するかあるいは検出限界未満であった。(図 4)

図 4 小型コイ反転腸外部 PBS 液

中フェナントレン( Phe)とその

代謝物( Phe-O-GA)

( Phe-OH は 1、2、3、4 および 9-モ

ノヒドロキシフェナントレン混

合液、 Phe-O-GA はヒドロキシフ

ェナントレンのグルクロン酸抱

合体(想定))

Phe

Phe-OH

Phe-OH-Glu ?

Standards

反転腸外5分

Phe

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一方 HPLC 分析では、実験開始時には反転腸内部 PBS に何も検出されなかっ

たが、 5 分後にはフェナントレンよりも著しく早い保持時間にフェナントレン

代謝物と考えられる大きなピーク(図中 Phe-O-GA)が認められた。(図 5)な

お、このピークは反転腸外部 PBS 内にも認められた。これは、当初の反転腸実

験で、ガラス管との結び目および反転腸先端側の結び目を外部 PBS に浸けてい

たため、フェナントレン代謝物を含む反転腸内部 PBS 液がそこから外部 PBS

液に漏出したものと考えた。

図 5 小型コイ反転腸内部 PBS 液中フェナントレン( Phe)とその代謝物

( Phe-O-GA)

Phe-O-GA?

Phe Standard 反転腸外 0 分

反転腸内 5 分

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そこで大型コイから採取した長めの消化管を用いて反転腸を準備した。この

反転腸の両端をガラス管に結びつけ PBS を満たした後、フェナントレンを溶解

させた PBS(約 1400mL)に吊した。この際、結び目は空中に露出させ、この

部分からの内部 PBS 漏出を防止した。(図 3)その結果、反転腸外部 PBS から

はフェナントレンのみ検出され、当初試験で認められたフェナントレン代謝物

と考えられる物質は検出されなかった。(図 6)一方、反転腸内部 PBS に上記と

同様のフェナントレン代謝物と考えられる物質のみが検出された。(図7)

図 6 大型コイ反転腸フェナントレン代謝実験 反転腸外部 PBS(開始 10 分後)

Standard

Phe

standards

外部 PBS 液

Phe-OHs Phe

Phe

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図 7 大型コイ反転腸フェナントレン代謝実験 反転腸外部 PBS(開始 10 分後)

反転腸内部の代謝物 HPLC 面積値の経時的変化は図 8 に示すとおりであった。

試験開始から 4 分までの面積値増加は急速であったが、その後その増加速度は

急激に減少した。

外部 PBS 液

10 分

Phe

Phe-O-GA ?

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図 8 大型コイ反転腸内部 PBS 液のフェナントレン代謝物面積値の経時的変化

一方、反転腸外部 PBS 中のフェントレン濃度の経時的変化を把握するため、

その濃度を GC/MS で測定した結果、図 9 に示す結果が得られた。外部 PBS 中

フェナントレン濃度が 5 分間で約 30%減少しており、このことからも消化管に

おけるフェナントレン吸収が比較的速やかであることが考えられる。

図 9 大型コイ反転腸外部 PBS 液のフェナントレン濃度経時変化

0

5000000

10000000

15000000

20000000

25000000

30000000

35000000

0 2 4 6 8 10 12

面積

(μV・

S)

時間(分)

0

100

200

300

400

500

600

0 1 2 3 4 5

濃度

(μg/

L)

時間(分)

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3.2.2 消化管反転腸による多環芳香族炭化水素化合物薬物代謝能の測定

反転腸内部 PBS に検出されたフェナントレン代謝物が、ヒドロキシフェント

レンのグルクロン酸抱合体であることが考えられたため、これを加水分解して

ヒドロキシフェントレンを検出することを試みた。

魚類胆汁中多環芳香族炭化水素化合物代謝物の脱グルクロン酸処理にしばし

ば用いられる Helix pomatia および Patella vulgata 由来の -グルクロニダ-ゼを

用い、代謝物の処理を行った。その結果、図 10 に示すように、いずれも代謝物

(保持時間 2 分、図 7 で検出された代謝物と同一)のピークは認められたもの

の、 -グルクロニダ-ゼによる加水分解物のピークは認められなかった。

図 10 反転腸内部 PBS 代謝物の Helix pomatia および Patella vulgata 由来 -グ

ルクロニダ-ゼ処理結果

次いで、 1M 塩酸メタノール添加と加熱による加水分解実験を行った。その

結果、図 11 に示すように、代謝物(保持時間 2 分)のピークに加え、保持時間

2.83 および 3.52 分にそれぞれピークが認められた。後者は、ヒドロキシフェナ

ントレンの可能性があるが、十分な確認はできなかった。サンプル量が十分で

はないため、GC/MS による確認も実施できなかった。また、保持時間 2 分前後

のピークが、ジヒドロキシフェナントレンの可能性もあり、今後、誘導体化物

の GC/MS 分析などにより、確認の必要がある。

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重油添加量(%) 0.01 0.1 1.0

餌SPAHs (ng/g dw) 215 1429 9687

筋肉中SPAHs (ng/g dw) 3.02 3.91 20.1

餌中フェナントレン (ng/g dw) 65.3 461 3871

筋肉中フェナントレン (ng/g dw) 1.06 1.01 5.29

フェナントレン (筋肉/餌)濃度比 0.016 0.002 0.001

図 11 反転腸内部 PBS 代謝物の塩酸メタノール処理の結果

3.3 多環芳香族炭化水素化合物を添加した餌のコイ投与実験

多環芳香族炭化水素化合物( PAHs)の1つであるフェナントレンを被験物質

として、反転腸による魚類餌中化学物質吸収実験を実施した結果、消化管から

比較的急速な吸収の行われることが確認された。フェナントレンを含む PAHs

の消化管吸収率の高いことは、我々の既存成果(消化吸収率 60%)からも明ら

かにされている。(小山、2015)一方、本実験で実施した重油添加餌を投与した

コイ体内(筋肉)のフェナントレン濃度は、対照区のそれが 0.87g/kg であっ

たのに対し、表 2 に示す通り重油添加量 0.01 および 0.1%ではその値が対照区

の値に近似していた。また、フェナントレン濃度の(筋肉/餌)比はほとんど

が 0.01 未満であり、フェナントレンが消化管で消化吸収されるものの、魚体内

にほとんど蓄積しないことが明らかとなった。

表 2 餌投与 PAHs(フェナントレン含む)のコイ体内残留

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3.4 まとめ

コイ反転腸を用いたフェナントレン吸収実験の結果、フェナントレンの急速

な吸収が起こるものの、吸収されたフェナントレンは、腸管壁で高極性の何ら

かの代謝物となっていることが明らかとなった。一方、重油添加餌で飼育した

コイ体内にフェナントレンの蓄積しないことが明らかとなった。

一方、重油添加餌を投与したコイ消化管および肝膵臓の薬物代謝酵素である

Ethoxyresorufin-O- deethylase(EROD)活性の上昇を、別の実験で確認している。

(小山 他、 2015)さらにビスフェノール A に対して、コイ消化管(Yokota et

al . , 2002)あるいはマコガレイ消化管ホモジネートにグルクロン酸抱合能のあ

ることが確認されている。(Nurulnadia et al . , 2016)これらの結果からコイ消化

管に、化学物質に対する酸化反応( EROD)が存在し、さらにそれに続くグル

クロン酸抱合の薬物代謝能のあることが推測される。本研究では、コイ消化管

の一連の薬物代謝能により、 PAHs が水酸化され、さらにグルクロン酸抱合さ

れるものと推測し、反転腸を用いた一連の薬物代謝実験を実施した。その結果、

反転腸外部(粘膜側)の PBS に添加したフェナントレンが内部(漿膜側) PBS

から検出されず、より極性の高い代謝物に変換されたものと考えられた。この

ことから、吸収の過程でフェナントレンは速やかに代謝され、より高極性の代

謝物に変換されるものと推測され、さらにこの代謝物は速やかに胆汁中に排出

されることが推測される。これは、重油添加餌投与コイ胆汁中の PAHs 代謝物濃

度上昇(小山 他、 2015)の結果から裏付けられるものである。

本研究では、 -グルクロニダ-ゼあるいは塩酸メタノールによるフェナント

レン代謝物の加水分解処理により、代謝物の同定を試みたが、十分な同定結果

を得るには至らなかった。今後は、上記代謝物の同定をさらに行う必要がある。

反転腸は、より生体に近い実験系であり消化吸収率あるいは速度を明らかに

することが可能と考えられ、生体による経口生物濃縮実験に代わる実験系にな

ることが期待される。しかし、大型コイの消化管のみ利用可能であり、 1 個体

から 1 つの反転腸しか準備できないという欠点もある。消化管による化学物質

の薬物代謝能を検討するには、肝臓 S9 と同様の観点から、消化管モジネート

上清(粗酵素抽出液)による代謝実験の有用性が考えられる。ホモジネート上

清による化学物質薬物代謝試験により、その消化吸収および蓄積性の可能性を

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スクリーニングする方法を今後検討する必要がある。そのためには、用いるコ

イの成長段階、消化管部位の選定など、今後、検討すべき課題多く残されてい

る。

4.謝辞

本研究は、平成 27 年度の経済産業省「化学物質管理分野における科学的知見

の充実に向けた調査」の助成により実施した。

5.参考文献

J . O. Cheikyula, J . Koyama, S. Uno. 2008. Comparative study of bioconcentration

and EROD activity induction in the Japanese flounder, red sea bream, and Java

medaka exposed to polycyclic aromatic hydroca 2016rbons. Environmental

Toxicology. 23, 354-362.

J . O. Cheikyula, J . Koyama, S. Uno. 2008. Bioaccumulation of dietary polycycl ic

aromatic hydrocarbons and EROD induction in the red sea bream and Java medaka.

Japanese Journal of Environmental Toxicology.11, 99-115.

Mohd Yusoff Nurulnadia , J iro Koyama, Seiichi Uno and Haruna Amano. 2016.

Biomagnification of endocrine disrupting chemicals (EDCs) by Pleuronectes

yokohamae : Does P..yokohamae accumulate dietary EDCs? Chemosphere, 144,

185-192.

Yokota, H., Miyashita, N., Yuasa, A., 2002. High glucuronidation activity of

environmental estrogens in the carp (Cyprinus carpino) intestine. Life Sci. 71 (8) ,

887e898.

小山次朗・目賀大貴・宇野誠一. 2015.石油由来 PAHs の魚類経口濃縮、環境

毒性学会講演要旨

6.学会発表

本研究の一部は、平成 27 年度環境毒性学会で公表した。

他についても H28 年度の Society of Environmental Toxicology and Chemistry の

SETAC Asia/Pacific( 9 月にシンガポールで開催予定)で発表予定。