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3FC#*!+* 環境農学専攻 生物資源化学分野 才村 綾美 1. フィッシャー・トロプシュ (FT) 反応は、天然 ガスや石炭、バイオマスのガス化により得られる 合成ガス (一酸化炭素と水素) から、 C1–C100 の直 鎖炭化水素を合成する触媒反応である。特に、炭 素数 10–18 FT 軽油は、着火性の指標となるセ タン価が高く、硫黄分や芳香族分等の不純物を含 有しないため、石油の代替となるクリーンな合成 燃料として注目されている。しかし、 FT 反応は発 熱反応であるため、触媒層に局所的な高温部 (ットスポット) が発生し、触媒の劣化を招く [1] 。目 的生成物を高効率・高選択的に得るためには、触 媒層内部の熱や物質拡散の効率化を促す触媒設計 が必要であり、現在、触媒担体の微細構造や物性 制御の研究が盛んに行われている [2] 当研究室では、無機繊維を紙すきの手法により シート化したペーパー構造体の内部に金属触媒を 担持させ、紙特有のマイクロメートルオーダーの 空隙構造を触媒反応場として利用する「ペーパー 構造体触媒」の開発を進めてきた [3] 。無機繊維が生 み出す細孔構造を触媒反応場とすることで、反応 熱や反応ガスの拡散が促進され、粉末状やペレッ ト状などの市販触媒を上回る高い触媒活性を示す ことを報告している [4] 。加えて、ペーパー構造体触 媒は、紙と同様に二次加工性やハンドリング性に 優れていることから、目的とする触媒反応に合わ せた触媒層の自在な設計が可能である。 本研究では、無機繊維のネットワーク化により 形成されたペーパー空隙構造の内部空間に、 FT 応の触媒であるコバルト (Co) を担持させたペー パー構造体触媒を開発した。ペーパーのマイクロ 空隙構造を触媒反応場とし、 FT 反応の課題である 生成熱の拡散を促進させることで、触媒層全体で 触媒反応が均一に進行すると期待した。また、Co ペーパーの積層様式や助触媒の効果を検討し、一 酸化炭素 (CO) 転化率と長鎖炭化水素への選択 性を評価した。 2. $I06 2.1. 無機ペーパー構造体の調製 無機繊維 (5.0 g) を含む水懸濁液中に、カチオ ン性凝集剤 PDADMAC (0.5 wt%, 25 g)、アルミ ナゾル (20 wt%, 2.5 g) 、アニオン性凝集剤 A- PAM (0.1 wt%, 27.5 g)、パルプ繊維 (2.5 g) をこ の順に添加し、抄紙技術を用いてペーパー状に成 型した。引き続き、圧搾により脱水後、乾燥させ (105°C, 1.5 h)、任意の形状に切り取り、焼成処理 を施すことで (500°C, 1 h)、触媒合成のマトリッ クスとなる無機ペーパーを得た。 2.2. Co, Co-Ru 担持ペーパー構造体触媒の調製 無機ペーパーを硝酸コバルト水溶液 (Co(NO3)2, 0.05–1.0 M) に浸漬後 (25°C, 4 h) 、乾燥させ (105°C, 16 h)、焼成処理を施すことで (400°C, 4 h)Co ペーパーを得た。また、助触媒としてルテ ニウム (Ru) を添加した Co-Ru ペーパーは、硝酸 コバルト (2.0 M) と塩化ルテニウム (RuCl3, 0.05 M) の混合水溶液を用いて、同様の手順で調 製した。 2.3. キャラクタリゼーション 調製したペーパーに対して、走査型電子顕微鏡 (SEM) による表面構造観察、エネルギー分散型 X 線分光計 (EDS) による元素分析、原子吸光分析 装置 (AA) による触媒量の定量、水銀圧入計によ る細孔分布測定、X 線回折装置 (XRD) による結 晶構造解析を行った。 2.4. 触媒性能評価 FT 反応の前処理として、ペーパー構造体触媒を 充填した円筒状反応管内に水素 (H2) ガスを供給 し、 Co, Ru 触媒の還元処理を施した (400°C, 6 h)性能評価として、所定温度・圧力下にて CO H2

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環境農学専攻 生物資源化学分野 才村 綾美

1.

フィッシャー・トロプシュ (FT) 反応は、天然ガスや石炭、バイオマスのガス化により得られる合成ガス (一酸化炭素と水素) から、C1–C100の直鎖炭化水素を合成する触媒反応である。特に、炭素数 10–18の FT軽油は、着火性の指標となるセタン価が高く、硫黄分や芳香族分等の不純物を含有しないため、石油の代替となるクリーンな合成燃料として注目されている。しかし、FT反応は発熱反応であるため、触媒層に局所的な高温部 (ホットスポット) が発生し、触媒の劣化を招く[1]。目的生成物を高効率・高選択的に得るためには、触媒層内部の熱や物質拡散の効率化を促す触媒設計が必要であり、現在、触媒担体の微細構造や物性制御の研究が盛んに行われている[2]。 当研究室では、無機繊維を紙すきの手法によりシート化したペーパー構造体の内部に金属触媒を担持させ、紙特有のマイクロメートルオーダーの空隙構造を触媒反応場として利用する「ペーパー構造体触媒」の開発を進めてきた[3]。無機繊維が生み出す細孔構造を触媒反応場とすることで、反応熱や反応ガスの拡散が促進され、粉末状やペレット状などの市販触媒を上回る高い触媒活性を示すことを報告している[4]。加えて、ペーパー構造体触媒は、紙と同様に二次加工性やハンドリング性に優れていることから、目的とする触媒反応に合わせた触媒層の自在な設計が可能である。 本研究では、無機繊維のネットワーク化により形成されたペーパー空隙構造の内部空間に、FT反応の触媒であるコバルト (Co) を担持させたペーパー構造体触媒を開発した。ペーパーのマイクロ空隙構造を触媒反応場とし、FT反応の課題である生成熱の拡散を促進させることで、触媒層全体で触媒反応が均一に進行すると期待した。また、Coペーパーの積層様式や助触媒の効果を検討し、一酸化炭素 (CO) 転化率と長鎖炭化水素への選択性を評価した。

2.2.1. 無機ペーパー構造体の調製 無機繊維 (5.0 g) を含む水懸濁液中に、カチオン性凝集剤 PDADMAC (0.5 wt%, 25 g)、アルミナゾル (20 wt%, 2.5 g)、アニオン性凝集剤 A-PAM (0.1 wt%, 27.5 g)、パルプ繊維 (2.5 g) をこの順に添加し、抄紙技術を用いてペーパー状に成型した。引き続き、圧搾により脱水後、乾燥させ (105°C, 1.5 h)、任意の形状に切り取り、焼成処理を施すことで (500°C, 1 h)、触媒合成のマトリックスとなる無機ペーパーを得た。 2.2. Co, Co-Ru担持ペーパー構造体触媒の調製 無機ペーパーを硝酸コバルト水溶液 (Co(NO3)2, 0.05–1.0 M) に浸漬後 (25°C, 4 h)、乾燥させ (105°C, 16 h)、焼成処理を施すことで (400°C, 4 h)、Coペーパーを得た。また、助触媒としてルテニウム (Ru) を添加した Co-Ruペーパーは、硝酸コバルト (2.0 M) と塩化ルテニウム (RuCl3, 0.05 M) の混合水溶液を用いて、同様の手順で調製した。 2.3. キャラクタリゼーション 調製したペーパーに対して、走査型電子顕微鏡 (SEM) による表面構造観察、エネルギー分散型 X線分光計 (EDS) による元素分析、原子吸光分析装置 (AA) による触媒量の定量、水銀圧入計による細孔分布測定、X 線回折装置 (XRD) による結晶構造解析を行った。 2.4. 触媒性能評価 FT反応の前処理として、ペーパー構造体触媒を充填した円筒状反応管内に水素 (H2) ガスを供給し、Co, Ru触媒の還元処理を施した (400°C, 6 h)。性能評価として、所定温度・圧力下にて COと H2

の混合ガスを供給し (230–260°C, 0.12 MPa, H2/CO=2)、FT反応を進行させた。反応が安定した後、高温トラップにより回収した液体生成物とシリンジにより採集した生成ガスの組成を、ガスクロマトグラフを用いて分析した (Scheme 1)。 なお、CO 転化率は以下に示す式を用いて算出した。

CO#転化率# % #= # CO&'# mol #− #CO,-.#(mol)CO&'#(mol)#×#100

3.3.1. 無機ペーパー構造体の特性 抄紙技術を応用することで、均一な厚さを有する白色の無機ペーパーを調製した (Fig. 1a)。無機ペーパーは、自由自在に折り曲げ、切り取り、重ねることができ、紙と同様の優れたハンドリング性を示した (Fig. 1b)。SEM 像からは、無機繊維が複雑に絡み合った繊維ネットワーク構造が観察され (Fig. 1c)、細孔分布測定から算出した平均細孔径は 35 µmであった。

3.2. Co, Co-Ru担持ペーパー構造体触媒の特性 Co(NO3)2水溶液 (0.01, 0.05, 0.1, 1.0 M) を用いた含浸法により、茶色を呈する Co ペーパーを調製した (Figs. 2a–d)。SEM観察からは、無機ペーパーと同様の空隙構造が確認され (Fig. 2e)、構

造支持体として用いた無機繊維上に析出物が分散していることが明らかになった (Fig. 2f)。析出物を EDSによる元素分析に供すると、Coのピークが検出されたことから、無機ペーパー構造体内部に Co 触媒を担持することに成功した。また、原子吸光法によりペーパー1枚当たりの Co 担持量を定量すると、Co(NO3)2水溶液の濃度上昇に伴い、Co担持量も増加した。したがって、無機ペーパー上への Co担持量は、Co(NO3)2水溶液の濃度によって調節が可能であった。また、Coペーパーの平均細孔径は、触媒担体として用いた無機ペーパーとほぼ同等の 34 µmであったことから、触媒担持後も反応場となるマイクロメートルオーダーの空隙構造が維持されていた。XRD解析の結果、Coペーパーからは Co3O4のピークが検出され、シェラー式により算出した結晶子サイズは約 13 nm であった。ここから、Co触媒はナノサイズの Co酸化物としてペーパー上に担持されていることが確認された。H2ガスを用いた還元処理後の Coペーパーからは、Co(0) のピークが結晶子サイズ約 13 nm で検出され、活性種である Co(0) へと還元された。 また、Co種と Ru種を同時に浸漬させる共含浸法により調製した Co-Ruペーパーでは、1枚当たりの担持量は Co 3.6 wt%, Ru 0.35 wt%であった。貴金属である Ru は、少量の添加であっても触媒活性の向上や炭素鎖の連鎖成長が期待できることから、長鎖炭化水素への選択性の向上を目的にCo-Ruペーパーを用いた FT試験も行った。

!

Fig.!1 ! (a,!b)! �(c)!SEM !

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!

Fig.!2!Co ! (a)!0.01!M,!(b)!0.05!M,!(c)!0.1!M,!(d)!1.0!M,!(e)!SEM �(f)! SEM !

Scheme!1!FT

3.3. Co担持ペーパー構造体触媒による FT反応 3.3.1. 反応温度と CO転化率の相関 1.0 Mの Co(NO3)2水溶液で調製した Coペーパー5枚 (Co量:32.9 mg) に還元処理を施した後、反応温度 230–260°C にて FT 反応を進行させた。 230°Cと 240°Cでは 6%以下の CO転化率であったが、反応温度を上昇させると 250°Cでは 85.7%, 260°C では 83.5%と高い CO 転化率を示した (Table 1)。以上の結果から、0.12 MPa におけるFT反応の最適温度は 250°Cと設定した。

3.3.2. Co触媒の担持量と CO転化率の相関 1.0 Mの Co(NO3)2水溶液で調製した Coペーパーの積層枚数を 1, 5, 12, 20枚と増やすことで Co量を変化させ、CO 転化率との相関を検討した。Co ペーパー1 枚の場合と比較し、Co ペーパーの枚数を増加させた場合、つまり触媒量を増やした場合、CO転化率は99.6%まで上昇した (Table 2)。一般的に、触媒使用量が増加するにつれ触媒反応は促進されることから、Co 触媒量の増加に伴い、CO 転化率が上昇したと推察される。下記の試験では、1.0 Mの Co(NO3)2水溶液で調製した Coペーパー5枚 (Co量:32.9 mg) を基準に、Co触媒の空間密度と積層様式を検討した。

3.3.3. Co触媒の空間密度と CO転化率の相関 触媒層内での Co 触媒の空間密度を変化させ、CO 転化率との相関を検討した。1.0, 0.1, 0.05, 0.01 M の Co(NO3)2水溶液で調製した Coペーパーをそれぞれ 5, 12, 20, 31枚積層することで、触媒層内での Co量が等しく (33–34 mg)、Co触媒の空間密度が異なる 4種類のサンプルを調製した。Coペーパー1枚当たりの Co担持量が減少するにつれ、つまり触媒層内での Co 触媒の空間密度が小さくなるにつれ、CO転化率は低下した (Table 3)。特に、Co ペーパー1 枚当たりの Co 担持量が0.5 wt%の場合、2.4 wt%の場合と同量の Co触媒量であるにもかかわらず、FT反応がほとんど進行しなかった。FT合成の反応機構として、まず始めに触媒表面の活性点上に CO が吸着した後、水素化が進行することで、触媒表面に活性中間体である CH2ラジカルが得られる。その後、隣接した連鎖成長中の CH2ラジカルや導入した H2ガスとの重合反応が進行することで、炭化水素が生成する。そのため、触媒層内における Co 触媒の空間密度が大きくなるにつれ、活性中間体である CH2ラジカルの形成が促進されたため、その後の連鎖成長が速やかに進行したと考えられる。

3.3.4. ペーパーの積層様式と CO転化率の相関 続いて、積層様式を自在に制御できるというペーパー触媒の利点を生かし、Coペーパーと触媒未担持の無機ペーパーの2種類を交互に積層させることで、FT 反応に合わせた触媒層の設計を行った。1.0 Mの Co(NO3)2水溶液で調製した Coペーパー5 枚の間に無機ペーパーを挿入し、ペーパー

Table!1!CO

Table!2!CO Co

Table!3!CO

触媒の総数を 3.3.3. の試験と同数の 5, 12, 20, 31枚とした。全てのサンプルで同一の Coペーパー5枚を使用しているため Co 総担持量は等しいが (32.9 mg)、Co ペーパーの間にスペーサーとして無機ペーパーを挿入しているため Co ペーパー同士の間隔は異なる。ペーパーの積層枚数、つまりスペーサーとして用いた無機ペーパーの枚数が多くなるにつれ、CO 転化率が上昇した (Table 4)。Co触媒総量は同じにもかかわらず、CO転化率が上昇した理由として、無機ペーパーによる反応量の制御と反応熱の拡散が挙げられる。FT反応は発熱反応であるため、反応が進行するにつれ、反応ガス濃度の高い触媒層の入口付近の除熱が不十分となり、触媒層温度が上昇する。無機ペーパーをスペーサーとして挿入した場合、反応に不活性な無機ペーパー層が存在することで FT 反応量が制限され、触媒層内で均一な FT 反応が進行したと推察される。加えて、無機繊維の絡まり合いから生まれる多孔質な構造により反応熱の拡散が促進され、ホットスポットの発生が抑制されたと考えられる。結果、触媒の劣化が抑制され、高い CO転化率を示した。以上の結果から、FT反応に最適なペーパーの積層様式が見出された。 3.4. Co-Ru担持ペーパーによる FT反応 前述の試験では一部の試験結果を除き、液体炭化水素 (C5+) への選択性が低く、本来の目的ではない軽質炭化水素 (C1, C2) が多く得られた。そこで、長鎖炭化水素 (C5+) への選択性の向上を目的に、助触媒として Ruを添加した Co-Ruペーパーを用いて FT 反応を行った。また、反応条件を見直し、反応圧力を 0.30 MPa として FT 反応を行

った。H2ガスによる還元処理を施した Co-Ru ペーパー5枚を用いて FT反応を進行させたところ、CO転化率は 2.2%と低い値にとどまったが、ガス分 (C1–C4) に加えて、高温トラップに無色透明の液体生成物が生成した。液体生成物をガスクロマトグラフ FID による定性分析に供すると、C21までのピークが確認された。ここから、助触媒として貴金属である Ru を添加することで、炭素鎖の連鎖成長が進行し、長鎖炭化水素の合成に成功した。 4. 本研究では、ペーパー構造体内部に FT 反応用の Co 触媒を担持したペーパー構造体触媒の開発に成功した。無機ペーパーをスペーサーとして導入することで CO転化率の向上が達成され、また、Coペーパーに助触媒としてRuを添加することで炭素数 21までの液体炭化水素の合成に成功した。今後、石油系燃料の代替として有望な液体炭化水素 (C5+) に対する選択性の向上を検討課題として研究を進める必要があるが、FT合成用の触媒の実用化に向けては、触媒の性能向上と目的生成物への高い選択性の両立が重要である。そのため、本研究における高い CO 転化率を示すペーパー触媒層と液体炭化水素を合成する Co-Ru ペーパーは、今後の FT 合成用の触媒開発に向けて大きな示唆を与える結果といえる。本研究で用いたペーパー触媒による触媒層の設計は、様々な触媒反応プロセスに応用でき、今後、エネルギー分野・モノづくり分野でのさらなる応用展開が期待される。 5.[1] L. C. Almeidaa et al., Chem. Eng. J. 167 (2011) 536–544. [2] C. Cao et al., Catalysis Today 125 (2007) 29–33. [3] S. Fukahori et al., Appl. Catal. A:Gen. 300 (2006) 155–161. [4] S. Miura et al., Chem. Eng. J. 229 (2013) 515–521.

Table!4!CO