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3.食品添加物をめぐっての最近の問題 始めに 一昨年3回にわたって食品添加物を巡っての様々な問題をこの会報に掲載させていただき、こ の記事に対して多くの貴重なご意見や感想を頂いた。この記事を書いた一昨年は食品添加物バッ シングの嵐が吹き荒れていた。しかしそのバッシングブームを引き起こす源となった「食品の裏 側」を読んで感激された人達の興奮がやや冷め始めたことや、食に関する一般市民の関心が食品 添加物以外に大きく流れたこともあり、最近は食品添加物のバッシング的記事や番組は減少気味 であった。ところが、最近、食品添加物をめぐって一般市民に大きな誤解を招くのではないかと 危惧されるようなことが2つほど発生した。その問題について論じさせていただく。 文部科学省から出された「学校給食衛生管理基準」 私は昨年鈴鹿医療科学大学に赴任してからは管理栄養士の養成に関する教育と研究に携わるよ うになり、その結果、学内外の食育、栄養教育などに携わる先生方や行政の学校給食等に携わっ ておられる方との接触が急に増えた。そして、その方たちの多くがいわゆるメディア情報をもと としたと思われる、食の安心・安全論や食品添加物の無添加を理想とするような発言をなさるの にぶつかり議論となることがしばしばあった。そして、その一つの原因が平成15年3月に出され た「学校給食衛生管理の基準」の一部改定と称した通達に依存していることが最近分かり、この 通達に起因している教育現場で栄養関連の仕事をされている方の誤解をどのようにして解くかと 考えていた矢先でもあったが、ここでとんでもないことが発生した。 それは、本年の3月31日付官報において、4月1日から施行される「学校給食衛生管理基準」 が公表されたことである。前述のように、管理栄養士を養成する教育機関に身を置くものとして 非常に重要な通達と受け止め熟読させていただいた。そして、内容の一部にメディアがここ数年 喜んで取り上げ、いたずらに市民を不安に陥れた感情論的な食の安全・安心意識を押しつけるよ うな部署にぶつかって唖然とした。 問題となる記述は「第3 調理の過程等における衛生管理に係る衛生管理基準」の「(2)学校 給食用食品の購入」の「③食品の選定」の第二項に、“有害若しくは不必要な着色料、保存料、漂 白剤、発色剤その他の食品添加物が添加された食品、又は内容表示、消費期限及び消費期限並び に製造業者、販売業者等の名称及び所在地、使用原材料及び保存方法が明らかでない食品につい ては使用しないこと。”と書かれていたことであった。同じ記述は、同日公布の「夜間学校給食 衛生管理基準」及び「特別支援学校の幼稚園部及び高等部における学校給食衛生管理基準」にも ある。 問題の本質は? この文章は単に読み流した場合、今の時代に即していると感じられる人も多いかもしれない。 有害な食品添加物の使用された食品や、消費期限、賞味期限、製造業者、販売業者の記載してな 長村 洋一 (鈴鹿医療科学大学) 52

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Page 1: 3.食品添加物をめぐっての最近の問題 · 3.食品添加物をめぐっての最近の問題 始めに 一昨年3回にわたって食品添加物を巡っての様々な問題をこの会報に掲載させていただき、こ

3.食品添加物をめぐっての最近の問題

始めに

一昨年3回にわたって食品添加物を巡っての様々な問題をこの会報に掲載させていただき、こ

の記事に対して多くの貴重なご意見や感想を頂いた。この記事を書いた一昨年は食品添加物バッ

シングの嵐が吹き荒れていた。しかしそのバッシングブームを引き起こす源となった「食品の裏

側」を読んで感激された人達の興奮がやや冷め始めたことや、食に関する一般市民の関心が食品

添加物以外に大きく流れたこともあり、最近は食品添加物のバッシング的記事や番組は減少気味

であった。ところが、最近、食品添加物をめぐって一般市民に大きな誤解を招くのではないかと

危惧されるようなことが2つほど発生した。その問題について論じさせていただく。

文部科学省から出された「学校給食衛生管理基準」

私は昨年鈴鹿医療科学大学に赴任してからは管理栄養士の養成に関する教育と研究に携わるよ

うになり、その結果、学内外の食育、栄養教育などに携わる先生方や行政の学校給食等に携わっ

ておられる方との接触が急に増えた。そして、その方たちの多くがいわゆるメディア情報をもと

としたと思われる、食の安心・安全論や食品添加物の無添加を理想とするような発言をなさるの

にぶつかり議論となることがしばしばあった。そして、その一つの原因が平成15年3月に出され

た「学校給食衛生管理の基準」の一部改定と称した通達に依存していることが最近分かり、この

通達に起因している教育現場で栄養関連の仕事をされている方の誤解をどのようにして解くかと

考えていた矢先でもあったが、ここでとんでもないことが発生した。

それは、本年の3月31日付官報において、4月1日から施行される「学校給食衛生管理基準」

が公表されたことである。前述のように、管理栄養士を養成する教育機関に身を置くものとして

非常に重要な通達と受け止め熟読させていただいた。そして、内容の一部にメディアがここ数年

喜んで取り上げ、いたずらに市民を不安に陥れた感情論的な食の安全・安心意識を押しつけるよ

うな部署にぶつかって唖然とした。

問題となる記述は「第3 調理の過程等における衛生管理に係る衛生管理基準」の「(2)学校

給食用食品の購入」の「③食品の選定」の第二項に、“有害若しくは不必要な着色料、保存料、漂

白剤、発色剤その他の食品添加物が添加された食品、又は内容表示、消費期限及び消費期限並び

に製造業者、販売業者等の名称及び所在地、使用原材料及び保存方法が明らかでない食品につい

ては使用しないこと。”と書かれていたことであった。同じ記述は、同日公布の「夜間学校給食

衛生管理基準」及び「特別支援学校の幼稚園部及び高等部における学校給食衛生管理基準」にも

ある。

問題の本質は?

この文章は単に読み流した場合、今の時代に即していると感じられる人も多いかもしれない。

有害な食品添加物の使用された食品や、消費期限、賞味期限、製造業者、販売業者の記載してな

長村 洋一(鈴鹿医療科学大学)

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いような食品は危険極まりないから排除するのは当然であり、むしろ重要な指摘とさえ受け取れ

る。しかし、良く考えてみよう、現在、日本の市場にはこうした食品が本当に多く流通している

のであろうか?解答は否である。有害または不必要な食品添加物が添加されたり、消費期限、賞

味期限、製造業者、販売業者が記載してなかったりする食品は基本的に食品衛生法、JAS法等の

食品関連法規に抵触することになり、もし、そうした食品を製造もしくは販売したりすれば、そ

の業者は摘発され処分を受け、ご存知のようにそのいくつかはメディアが大きく取り上げるとこ

ろとなっている。

事故米を給食で食べさせたり、メタミドフォス入りの餃子を食べさせたり、国産と書いてあっ

ても実は外国産を食べさせるようなことの無いように、と言うことを目的としての一文であると

したら、この通達はその目的をほとんど果たさない。実際に平成15年にこうした通達が出されて

いたにもかかわらず、昨年学校給食で事故米を給食に使用し、食べてしまったケースが発生して

しまった。しかし、例え学校給食関係者がこの通達を守ってこれに準拠した方法で食品を購入し

ていたとしても、昨年の事件を防ぐのは無理であった。なぜかと言えば、昨今の事故米にしろ、

消費期限の問題や産地偽装にしろ、製造者や販売者のモラルが崩壊し、法を偽っていることによ

って発生していた事件であり、表示をチェックすれば防げる問題とは問題の性格が異なるからで

ある。

この通達がもたらす一般市民への誤解

それにも拘わらず、私が消費生活センター等で接触している普通の市民の目線で考えるとき、

この官報の文章は、恐らく一般の方には不思議とその通りだと感覚的に理解させるものがあるこ

とを感ずる。それほどまでに現在の、特に食品添加物に対する誤解(あるいは無理解)が浸透し

ている。そして、この通達を読まれた一般の方は、結論として文部科学省も食品添加物は無添加

を理想としているのだと理解するに違いない。

それは、食品添加物に対して厚生労働省は大丈夫だと言っているが、とんでもないということ

を騒ぎたてている一部の人たちとメディアがあり、その人たちにとっては、食品添加物が使用さ

れていること自体がすでに悪であるからである。その理由としては、安全性が確保されていない

ということと、伝統食文化の破壊という大きく分けて二つの問題点を挙げている。そうして、こ

の考えが市中に大きく浸透しているために奇妙な食品添加物バッシングが発生し、保存料や化学

調味料を不使用と表記した食品が安全な食品に分類され、無添加こそが最も安全な食品とされて

いる風潮がまかり通っている。そんな一例を次にあげる。

保存料の追放にはどんな意味が?

ある市民講演会で「食品添加物は適正に使用すればほとんどは心配ありません」と私が話した

後で質問に来られた人が「先生のお話は間違っている」と次のようにおっしゃられた。その方は、

「私たちは添加物反対運動を繰り広げてきました。その結果、保存料を使用していませんという

表示を掲げる食品が幾つか出てきました。これは安易に保存料に頼っていた業者に、努力をすれ

ばできるということを教えた、私たちの呼びかけの勝利です」と自信ありげに話された。確かに

最近のコンビニのおにぎりなどはどの店の商品も「保存料・合成着色料は使用していません」と

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書いてある。これは本当に消費者運動の勝利であるだろうか?と私は疑問に感じて当時の千葉科

学大学の卒論生にある実験をやらせてみた。

食品衛生法に従えば、保存料を使用していない場合は「使用していません」の表示の義務はな

い。それにもかかわらず、「使用していない」と表記するのは消費者が安全だと認識すると業者

は読んでいるからである。その一方で食品添加物として、使用した場合は必ず表記しなければな

らないものとしてpH調整剤がある。微生物の生育を制御する因子としてpHは重要な意味を有す

るので、食品の味を変えないレベルでpHを変化させるためにpH調整剤を添加することによって

保存料を加えたときと同じような静菌力を発揮させることができる。実際には「保存料は使用し

ていません」の表記のあるおにぎりの添加物の記載場所を見ると、必ず「pH調整剤」が書いてあ

る。そこで、保存料とpH調整剤の静菌力の差を私の卒業論文の学生に実験してもらった。その結

果、予想以上の驚くような結果が得られた。

保存料を使用しないために必要なpH調整剤の量

保存料としてはソルビン酸カリウムを、pH調整剤としては酢酸ナトリウムを使用してみた。そ

の結果、我々の実験系において大腸菌(E.coli)に対するソルビン酸カリウムの最小静菌力濃度

(MIC)は5.8mg/mlであったのに対し、pH調整剤の酢酸ナトリウムのMICは51.2mg/mlと保存料

の10倍近くの量が必要であった。ところが、ソルビン酸のLD50は4.2g/kgで酢酸ナトリウムのそ

れは3.5g/kgと報告されているので、厳密に言えば酢酸ナトリウムの方が毒性は強いことになる。

この結果が意味するところは、pH調整剤より毒性の低い保存料の使用をやめて毒性の強いpH

調整剤を使用するという奇妙な現象を産んでいることである。こんな言い方をするといずれにし

ろ、添加物を使用することが危険に聞こえるかもしれないが、実はこの両者の毒性は食塩のLD50

が3.9g/kgであることから比較すればどちらを使用してもこの量では全く問題はない。しかし、大

きな問題は「保存料を使用していません」と言いながら相対的には明らかに毒性の強い化学物質

をその保存料よりも多く使用していることである。

普通に考えれば保存料を使った方がよいはずであるのを、あえて不使用にしているのは、消費

者がそちらを好むからである。どうしてこのような非科学的なことが、当たり前のように行われ

るようになったかということをよく考えてみる必要がある。その根底には「保存料は危険な物質

である」という量を無視した固定概念で保存料を追放することに情熱をかけた方々の運動と、そ

れを支援したマスメディアの報道の1つの成果とみることができる。

文部科学省の真に意図するところは

ところで、この通達の「有害な食品添加物」という文言であるが、食品添加物は有害な量を使

用すれば当然食品衛生法違反になるのでそんなことを指しているのでない。となると有害な食品

添加物というのは一体何であろうか。食品添加物は適正な量を用いれば健康障害がなく、食中毒

をふせいだり、味を良くしたり鮮度を保つことができる。しかし、着色料、漂白剤、保存料、発

色剤等のどれをとっても一定量以上の摂取は化学物質である限り有害物質である。したがって、

大量に使用したときに害がでる食品添加物を「有害な」と表記したとするならば、多くの安全論

者が言っている量を無視した危険論であり誤りである。

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この通達の文章について、早速数人の教育現場の食関係の専門家と議論してみた。その結果、

この通達の「有害な食品添加物」という表記は確かにおかしいかもしれないが、「不必要な食品

添加物を使用した食品を使わない」という表記はその通りであり問題ないのではないか、と指摘

される方が複数おられた。しかし、法律上は不必要な食品添加物を使用した食品そのものが既に

食品衛生法違反となるから、現実に使用されている食品添加物は必要な物として添加されている

はずである。ところが、現在使用されている食品添加物がどこまで必要があるかに関しては専門

家の間でも見解が大きく分かれる重要な問題である。そして、不必要な食品添加物が多く使用さ

れていると考える人たちの意見が強くなっていることが、日本の無添加ブームを構成している一

つの大きな要因でもある。さらに、不必要な食品添加物が添加されていると主張している人たち

に共通している強い意見は、味を含めた食本来の有する文化性が否定されるという点である。し

かし、この論理のおかしさに関しては昨年の会報に旨み調味料を主題として書かせて頂いている

のでそちらに譲る。

もし、今回の通達が、食品衛生法やJAS法など食の安全を保つための法律が施行されているが、

ほとんどの業者がこれを守っていないから注意をしろという意味で出されたとしたら、真面目に

やっている多くの食品業者に対して非常に失礼な一文である。そうではなくて、一部のメディア

や消費者団体が騒ぎたてているように、厚生労働省は安全だと言っているが、食品添加物は適正

使用でも本当は危険だという観点から、安全性確保のため法律とは関係なく、限りなく無添加を

基本に給食を行いなさいと言う意味で出されたとするならばこれも非科学的な感情論である。そ

して、不必要な食品添加物が多く使われて日本の食文化が破壊されているから、限りなく無添加

を基本に給食を行い、昔の伝統食に戻しなさいという方針であるとするならば、ここにも大きな

議論の余地がある。

むしろ食品添加物に関する教育を行うべきでは?

食品添加物の歴史を考えて見れば明らかであるが、例えばその昔には調理した食品が腐らない

ように保存するために笹の葉などにくるんだ。笹の葉には、安息香酸が入っているが、その安息

香酸そのものを化学的に合成し、それを適量加えれば笹の葉以上の効果が得られる。また、昆布

の旨みの本質を調べたら、グルタミン酸ナトリウムがその主成分であった。そこで、グルタミン

酸ナトリウムを加えた食品を作ったら、出汁を使わなくても美味しい食品ができた。こうした化

学物質の使用によって、早く腐敗して廃棄せざるを得なかった食品や、まずくて本来捨てざるを

得なかった食品が食べられるようになることは、人類が発展してゆくために必要な食文化の重要

な一面ではないだろうか。

一方で、このようにして人類が獲得した物質もその量を誤った使用により、種々の弊害が発生

することも明らかになってきた。しかし、こうした化学物質の害になるか、有益になるかは単に

量の問題である。量の問題の重要性に関してもすでにこの会報で論じさせていただいたのでそち

らに譲る。いずれにしても、文部科学省という国民の教育をあずかる中枢が、食文化の問題に触

れようとするならば、食品添加物などの化学物質の無添加を理想とするのではなく、正しい使用

のあり方を教育することも非常に重要なことであると私は理解している。

21世紀の食の問題は、食糧不足、安全な食の供給、そして食を通しての健康作り、さらには食

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文化を通しての豊かな人間性の養成をどうして行くかが大きな課題である。このいずれを取って

みても、その解決の一助として食品添加物、農薬等の化学物質の使用なしには考えられないこと

である。新しい教育の方向として一部の消費者団体の人たちが騒ぎ立てているように、いたずら

に食品添加物や農薬を無添加にして昔の伝統食が本来の食であると教えることのみに走るのでは

なく、こうした化学物質を適切に使用することによって人類がどのように新しい食文化を構成さ

せることができるかを次世代の子供たちに考えさせることは、食育において重要な課題だと考え

ており、私は声を大にして昨今の無添加ブームに警鐘をならしているし、今後も叫び続けるつも

りである。

先述のように文部科学省が出された通達は、栄養教育関係者で食品添加物を可能な限り排除す

ることを推奨しておられる方の拠り所となっている。それだけに、今回の通達が世の中の食育問

題をリードする人たちの新たな誤解の根源にならないことを祈念している。

「何をたべたらいいの?」に再び市民は愚弄されるか

もう一つの食品添加物に関しての問題は、2006年秋に発刊された著作「食品の裏側」で、一躍

日本中に添加物バッシングの嵐を巻き起こした安部司氏が、再び真面目な市民を愚弄した著書を

出された事である。その題は「なにを食べたらいいの?」、前著「食品の裏側」を聖書のように

信じて生活しておられる方には待ちに待った書籍である。「食品の裏側」の恐怖に怯えて、食品

添加物の排斥を実行されてきた人たちの具体的な悩みに応えているような部署が何箇所もある。

そして、前著と同じように「私は食品添加物を悪者だと言っている訳ではない」と随所に出てく

るこのセリフに、「この人は食品添加物の排斥者ではない」と読者は感じる。しかし、不思議な

ことに読み終えると、市販の食品は食品添加物まみれで危なくて汚いものだという確信に変わる。

それは、この本の語り口が絶えず食文化に触れており、そして誰もが思い当たる日常行動を反

省させるようになっているからである。そして、その指摘が我々の日常的に問題として捉えなけ

ればと感じている食文化論に言及しているからである。彼の食文化論は、多くの伝統食文化を守

ろうと実際に行動を起こしている人たちが言っているのと同じようなことを受け売り的に語って

いるので、子供の教育の考え方、母親に食の問題についてその在り方を反省させようとする姿勢

そのものについてはむしろ賛同する部分もある。しかし、こうした食文化の破壊、教育の破壊を

全て食品添加物におぼれているあなた方がいけないのだと、諸悪の根源のように食品添加物を扱

っている点は問題のすり替えである。

なんでもない化学物質が怖いか気持ちの悪い物質に変身

問題は、何でもない化学変化によって食品が美味しくなったり、綺麗になったりするさまを、

いかにも科学的に汚くかつ危ないかのように説明をしている点である。その語り口は、我々の日

常的に食べている食品が、石油や虫の抽出エキスや安全性の確かめられていない正体不明の怖い

化学物質からできているという言い方をしている。従って、今まで日常的にそんなに危険も感じ

ずに食べていた食品が、非常に怖くて気持ちが悪いものだという感想を抱かせる。

この語り口は前著「食品の裏側」と同じで、食品加工業者は何をしですか分からない悪の権化

のように暴いている。その挙句、そんな危険なものでもこんなに便利で素晴らしいという実例を

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語り、それを喜んであなた方が買うから責任があると断言している。安部氏は「新潮」3月号に

この著書を題材にした対談を行っているが、その中に「こんな難しくて怖い話、まじめに聞いち

ゃだめですよ」という一言がある。この言葉は、明らかに聴衆を愚弄する言葉であるが、化学に

縁遠い人たちは意外に納得されていると私は想像する。それは、私も市民講座などで、化学物質

に縁の遠い人々に化学物質の話をするとき、相手の思考を停止させるような語り口の方を喜ばれ

る方が結構多いことを知っているからである。

その責任を読者に

この著書には化学的(科学的)誤りや、国際問題にもなりかねないような頭ごなしの中国蔑視

の記述など問題点が多く見受けられるが、安部氏の主張される安全性の問題に対する低い認識が

そのすべての出発点になっているので、この点だけは指摘しておきたい。この著書の半ば辺りに

食品添加物は何故こんなに無茶苦茶使われるかを「添加物まみれにしたのはだれ?」と題して、

安部氏が食品業者になった場合を想定して種々の総菜をどのように綺麗で美味しくて日持ちがす

るようにしているかを語っている。

その説明を読んでいると、食品をつくるのに無茶苦茶な化学物質まみれにしているように話し

ているが、そこに使用されている添加物はほとんどが指定添加物である。安部氏は95年以降に唯

一発がん性の疑いで除外された既存添加物のアカネ色素を取り上げているが、既存添加物につい

てはあまり問題にしていない。安部氏は読者の化学的知識のレベルをなめてかかっている。その

ため、この本では天然添加物である既存添加物をほとんど問題にしていない。

実際の指定添加物の危険性は

しかし、食品添加物をあえて問題にするなら、95年にそれまで使用されていたということだけ

で格別の安全性審査なしに認められた既存添加物をまず問題にすべきである。安部氏は、指定添

加物の化学名をやたらに並べて、ただ恐怖を煽っている。私は指定添加物で近年安全性が問題と

なって削除されたものはないと思っていたが、確認のため日本食品添加物協会常務理事の佐仲登

氏に問い合わせたところ、次のような回答を頂いた。

「95年の食品衛生法改正前において安全性に問題があるとしてリストから削除されたものは、

74年(昭和49年)に保存料のAF2が最後であり、その後30年間以上指定添加物で安全性に問題が

あるとしてリストから削除されたものはありません。特に95年の法律改正以降は、最新の科学技

術に基づく安全性評価の試験方法が取り入れられ、また、国際的にも安全性に関する情報の共有

化が進んでいることから、今後も指定添加物で安全性に問題があるとしてリストから削除される

ものはほとんど無いものと考えられます」

予想通り、近年に安全性が問題となって削除された指定添加物はないことが明らかとなった。

食品添加物のメリットを考慮すると、安部氏の言うように化学に縁遠い人を脅して怖い食品であ

るかのように煽り立てる必要性はどこにもない。この著書によってさらに無添加万歳の世の中に

ならないことを祈っている。安部氏の主張のように、なくせる添加物は使わなくても良いだろう。

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しかし前述のように、保存料無添加は決して消費者運動の勝利ではない。

終わりに

つい先日出された文部科学省の通達と安部氏の著書は、いずれも一般市民の方が読まれたとき

に恐らく食品添加物はできるだけ使用しない方が良い、との印象を与える。しかし、前述のよう

に私はむしろ食品添加物についてはどのように正しく用いるかの教育こそが21世紀の食文化にと

って重要な問題であると考えている。そして、食品添加物の使用を容認した考え方を導入しよう

とするとき、一番重要なことは、その安全性の確保である。指定添加物においては使用量の誤り

さえ無ければ問題は起こらないと考えられるが、繰り返して言うならば既存添加物についてはそ

の認可のされ方に若干の問題を残している。従って、あえて食品添加物を問題とするならば洗い

直しの終了していない既存添加物について慎重になることである。

食品添加物に限らず残留農薬、環境汚染物質、そして健康食品のような、突き詰めれば化学物

質が何らかの形で人の口を介して摂取される場合については、日常的に摂取している食品も含め

て我々の健康に対して絶対的安全は現在のところ全くと言って良いくらい保証されていない。し

かし、適切な使用によって健康被害の発生を限りなく抑制でき、被害がなければ、それは多くの

利益を我々に与える。ところが、適切な使用にはそれなりの専門的な知識が必要である。そうし

た食全般のリスクコミュニケーターとして、我々健康食品管理士集団のような人材を世の中の各

所に配置させる法的整備がなされれば、食の安全性確保において今後大きな貢献ができると確信

している。

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