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土砂流出防止機能の高い森林づくり指針 解説版
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5. 森林根系による土砂流出防止機能
5 章では,森林による土砂流出防止機能について,これまでの研究や調査データを基に現時点で明
らかとなっている事項を簡潔に説明する。
5. 1 森林による土砂災害防止機能
5. 1. 1 森林の持つ2つの機能
森林による土砂災害防止機能は,大きく2種類に分類される。根系の引き抜き抵抗による崩壊防止
機能と,流下している土砂を立木が抑止する土砂捕捉機能である。
図 5-1 森林の 2 つの土砂流出防止機能
5. 1. 2 これまでの研究
(1)崩壊防止機能
根系による崩壊防止機能に関する研究で代表的なものとして,塚本 8
塚本は,根を水平根と鉛直根に分け,それぞれの空間分布をモデル化して箇所々々の根量を定量評
価し,抵抗力に換算して安定解析を行うという,現在の研究の根幹となる一連の流れを構築した。
が挙げられる。
8 塚本良則(1987):樹木根系の崩壊抑止効果に関する研究,東京農工大学農学部演習林報告,第 23号,昭和 62 年 3 月,65-124
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樹木根系による崩壊防止機能: 水平根と鉛直根に分類して,定量評価を行う。 根の空間分布をモデル化した上で,安定解析を行うというながれを塚本が確立した。
以降,塚本の方法をベースに阿部 9が鉛直根を,北原 10
が水平根に関してそれぞれが詳細な研究を
行っている。
図 5-2 樹木根系による引き抜き抵抗力
(2)土砂捕捉機能
土砂捕捉機能とは,写真に示すように崩壊,流下した土砂を下方の立木が抑止,停止させる機能で
ある。立木は樹木の大きさに応じた引倒し抵抗力を有しており,その抵抗力以内の規模の土石流であ
れば抑止することができる。
図 5-3 立木による土石流の捕捉事例
立木1本が有する引倒し抵抗力は,引倒し試験により調べることができる。これまでの研究で胸高
直径別,樹種別の強さのデータが構築されつつある(例えば深見 11
立木の引倒し抵抗力については,5.3 で詳述する。
)。
9 阿部和時(1997):樹木根系が持つ斜面崩壊防止機能の評価方法に関する研究,森林総合研究所研
究報告,No.373,105-181 10 北原曜(2010):森林根系の崩壊防止機能,水利科学,No.311,11-37 11 深見悠矢・北原曜・小野裕・藤堂千景・山瀬敬太郎(2011):土壌水分等の条件が異なる場合の立
木引き倒し試験,日本森林学会誌,Vol. 93,No. 1,p.8-13.
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5. 2 森林が持つ崩壊防止機能
5. 2. 1 崩壊防止に関する力学的検討
(1)根系による崩壊防止力の調査方法
根系による崩壊防止力は,以下の2種類の調査・試験により定量化できる。
根の引抜き試験 根系の分布調査
「根の引抜き試験」により,根1本あたりの強さを調べ,「根系の分布調査」により,調査断面に存
在する根本数を調べ,それら根の強さを足し合わせることで,根系による崩壊防止力∆C を求めるこ
とができる。
(2)根の引抜き試験
根の引抜き試験の概略を示す。
【根の引抜き試験】 トレンチもしくは急斜面等,露出した根の端部を大型ペンチで挟み,引抜き時の最大荷重を記
録する(図 5-4)。根径 2~10mm 程度の単根を対象に実施する。引張は 100kgf 程度までは人力
で対応可能だが,大きなものは 1tf に達するのでチルホールを利用する。
図 5-4 根の引抜き試験
引き抜き工具
置き針式荷重計
→ 根系による崩壊防止力
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引抜き試験で得られた根1本の引抜き抵抗力を縦軸,根の断面直径を横軸として散布図を作成し,
回帰線を得る。
図 5-5 根1本の引抜き抵抗力と根直径の関係
これまで多くの試験が行われ,根1本の引抜き抵抗力は一般に次の回帰式で表される。
T=a Db ········································································· (1)
ここで, T:根1本あたりの引抜き抵抗力 [kN/本]
D:根直径 [mm]
a,b:回帰係数
(3)引抜き抵抗力の樹種別,場所による違い
北原 12
それらデータを基に,根の引抜き抵抗力に関して以下を明らかにしている。
は,長野県周辺でさまざまな土壌(褐色森林土,ローム質黒色土,花崗岩マサ土),多様な
林分(ヒノキ,カラマツ,アカマツ等の針葉樹人工林,ミズナラ,コナラ等の落葉広葉樹天然林,マ
ダケ林)において,多数の根の引抜き試験を実施した。
【根の引抜き抵抗力の特徴】(北原より抜粋)
① 根の地表面からの深さによる差はない。 ② 引き抜けた形状(破断や全根引き抜けなど)による差はない。 ③ 地形,地質,土質による差はない。 ④ 土壌水分による差はある。飽和時は自然含水時の 30%減となる。 ⑤ 樹種による差は明確にある。
12 北原曜(2010):森林根系の崩壊防止機能,水利科学,No.311,11-37
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北原が根の引抜き試験で得た回帰式(1)式の係数 a と b の値を樹種別に表 5-1 に示す。
表 5-1 には,根直径 10mm のときの引抜き抵抗力が単位[N]で併記されている。針葉樹ではスギ
700~1300[N],ヒノキ 800~1100[N],アカマツ 500[N],カラマツ 400[N]程度,広葉樹ではケヤキ
が強く 2500[N],コナラ 1000[N],その他は概ね 500~900[N]程度である。ケヤキが群を抜いて強く,
針葉樹と広葉樹では大きな差はなく,およそ 500~1000[N]程度である。
樹種別に大まかにいえば,スギ,ヒノキと広葉樹のケヤキとナラ類は強く,アカマツとカラマツは
やや弱い傾向である。
表 5-1 引抜き抵抗力の回帰係数 a,b 値(北原 2010 より引用)
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(4)根系の分布調査
根系の分布調査の概略を示す。
【根系の分布調査(トレンチ調査)】 長さ 2m,深さ 1m,幅 0.4~0.6m 程度の1人が入れるトレンチを掘削し,断面を観察する。 単根について各々断面中の位置(x, y 座標),根径(mm),樹種を記録する(図 5-6)
図 5-6 根系の分布調査のイメージ
図 5-7 根系分布調査結果の例
0
25
50
75
100
0 25 50 75 100 125 150 175 200
原点からの斜距離(cm)
深度
(cm)
2.0-3.9mm
4.0-5.9mm
6.0-7.9mm
8.0-9.9mm
10.0-19.9mm
20.0-50.0mm
その他根系
2.0m 0.4~0.6m
1.0m
立木間でトレンチを掘削
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(5)根系による崩壊防止力∆C
水平根による崩壊防止力∆C [kN/m2]は,根1本あたりの引張り強さ T を,トレンチ調査した根の
断面分布量を掛け合わせることで算定できる。具体には,次式であらわされる。
∑>
=∆mmDT
AC
2
1 ······························································· (2)
∆C:水平根による単位面積あたりの崩壊防止力 [kN/m2] A:根の分布(T の存在範囲)面積 [m2] 多くの場合はトレンチ断面積
(2)式は,トレンチ断面に露出した直径 2mm 超の根すべての T [kN]を足し合わせ,それをトレンチ
断面積 A [m2]で除す,という意味である。
このように∆C を算出するには,根1本1本の引抜き強度と根系の分布データが必要となる。
(6)∆Cの推定式
崩壊防止力∆Cは立木間隔の強い影響を受ける。そこで,立木間隔から∆Cを推定する式を紹介する。
北原(今後発表予定)は,水平根による崩壊防止力∆C の大きさは,立木からの距離 X を胸高直径
DBHで除した胸高直径比の逆数の3乗に比例すると考え,次式を提案している。
北原の∆C 式:
33 20033.00033.0
=
=∆
dDa
XDaC BHBH ··································· (3)
a: 樹種別係数, ヒノキ:a=1.00,スギ:a=1.19 DBH: 林分の平均的な胸高直径 [cm] X: 立木から立木間中央までの水平距離 [m] d: 林分の平均的な樹間距離 [m]
北原の∆C 式は胸高直径比の逆数の3乗(DBH/X)3に比例する。胸高直径比の2乗が断面積合計ΣAとなることから,
∆C=α(DBH/X)3=α(2DBH/d)3=α((2DBH√N/100)2)1.5=α(DBH2N)1.5=α(ΣA)1.5
ここで,N:本数密度 [本/ha],:ΣA 断面積合計 [m2/ha],α は任意の数値定数。
上記より,北原の∆C 式の仮定に基づけば,∆C は断面積合計ΣA の 1.5 乗に比例する。
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図 5-8 北原の崩壊防止力∆C 式のイメージ
図 5-9 は,林野庁(2009)が茨城県で調査したヒノキの崩壊防止力∆C(散布点○)に対して,北
原の∆C 式と収穫表を組み合わせて得た∆C カーブ(黒実線)を重ねたものである。北原の式により概
ね妥当な範囲に∆C カーブが生成されている。
図 5-9 調査による∆C と北原の∆C カーブの比較
0
5
10
15
20
25
0 1000 2000 3000 4000 5000
ΔC[k
N/m
2 ]
本数密度 [本/ha]
北原のΔCカーブ(ヒノキ)
林野庁データ2009茨城
樹高 20m樹高 15m
樹高 10mの
ヒノキ林分を想定
林分の 平均的な DBH
0.5d 0.5d
林分の平均的な 樹間距離 d の中間
立木間中央∆C 林分の 平均的な DBH
320033.0
=∆
dDaC BH
ヒノキ
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5. 2. 2 崩壊防止機能と森林施業
(1)崩壊防止力の推移(収穫表と∆Cカーブの組合せ)
森林総合研究所が公開している収穫表作成システム LYCS 3.3 を使い,表 5-2 の条件でスギおよび
ヒノキ林分の条件を設定した。この林分条件に対し,北原の樹種別∆C 式を適用し,崩壊防止力∆C を
求めた。
表 5-2 スギ林,ヒノキ林の収穫表設定
収穫表作成システム LYCS 3.3 (森林総合研究所作成,公開)
全国のスギ・ヒノキ・カラマツ人工林に対応し,間伐計画
(時期,方法,強度)を設定すると,それに応じた収穫表
と材価が出力される。 スギ林分 北関東・阿武隈地方スギ収穫表(地位 2)
初期植栽 3000 本/ha ヒノキ林分 関東地方ヒノキ収穫表(地位 2)
初期植栽 3000 本/ha
15 年生 35 年生 55 年生
伐採パターン スギ・ヒノキ共通
伐採なし - - -
伐採1回 本数 20%伐 - -
伐採2回 本数 20%伐 本数 30%伐 -
伐採3回 本数 20%伐 本数 30%伐 本数 30%伐
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図 5-10 収穫表と北原の∆C カーブから作成した崩壊防止力の推移
0
5
10
15
20
25
30
0 20 40 60 80 100
ΔC[k
N/m
2 ]
林齢 [年]
3000本植栽時
3回目伐採2回目伐採
0
5
10
15
20
25
30
0 20 40 60 80 100
ΔC[k
N/m
2 ]林齢 [年]
3000本植栽時3回目伐採2回目伐採
0
500
1000
1500
2000
2500
3000
3500
0 20 40 60 80 100
本数
密度
[本/h
a]
林齢 [年]
3000本植栽時2回目伐採
1回目伐採
3回目伐採0
500
1000
1500
2000
2500
3000
3500
0 20 40 60 80 100
本数
密度
[本/h
a]
林齢 [年]
3000本植栽時2回目伐採
1回目伐採
3回目伐採
y = 0.4528x - 5.4933
0
5
10
15
20
25
30
0 10 20 30 40 50 60 70 80
ΔC[k
N/m
2 ]
断面積合計 [m2/ha]
3000本植栽時
y = 0.2823x - 1.8471
0
5
10
15
20
25
30
0 10 20 30 40 50 60
ΔC[k
N/m
2 ]
断面積合計 [m2/ha]
3000本植栽時
本数密度と林齢
崩壊防止力∆Cと断面積合計
スギ
崩壊防止力∆Cと林齢
ヒノキ
スギ ヒノキ
スギ ヒノキ
本数20%伐
20%30%伐
20%30%30%伐
伐採なし
本数20%伐
20%30%伐
20%30%30%伐
伐採なし
本数20%伐
20%30%伐
20%30%30%伐
伐採なし
線形回帰
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(2)崩壊防止林の施業・まとめ
図 5-10 より,読み取れる内容を以下に整理した。
崩壊防止林の森林施業 崩壊防止力の高い森林を育成するには,より大きな断面積合計の林分を目指す。
ヒノキ林よりも,スギ林の崩壊防止力が高い。
収穫表とΔCカーブの組み合わせで評価したとき,ヒノキは伐採すると伐採なしに比べ,崩壊防止力ΔCは高まった。スギでは逆に伐採なしがもっとも崩壊防止力が高い結果となった。ただし,放置林は下層植生が衰退し,表面侵食防止の観点から機能の低下を招く。実際には適宜間伐を実施することが望ましい
森林が有する崩壊防止力ΔCは,断面積合計 A [m2/ha]より次式で目安を得る。 スギ林の場合: ΔC = 0.45A-5.5 [kN/m2] ヒノキ林の場合: ΔC = 0.28A-1.8 [kN/m2]
。
間伐後は一時的に,崩壊防止力ΔCが低下するので留意する。
伐採による防止力の低下度合いは,断面積合計 Aの減少度から下式より判断できる。 例)スギ林で伐採により,断面積合計 Aが 38 [m2/ha]から 20 [m2/ha]に減少した場合, ΔC = 0.45×38-5.5-(0.45×20-5.5) = 8.1 このとき,崩壊防止力は 8 [kN/m2]低下する。
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5. 3 森林による土砂捕捉機能
5. 3. 1 森林による土砂捕捉機能に関する力学的評価
(1)森林の土砂捕捉機能の定量評価
立木が流下土砂を捕捉できるかどうかは,森林分野に限らず,砂防,河川,海岸林など,さまざま
な分野で調査が実施されている。基本的には,立木が外力に対して降伏しなければ,林分を通過する
土砂や水に対して捕捉/抑止効果を発揮する。捕捉/抑止できるかどうかは,外力に対する破壊判定,
この場合は立木の幹折れ・倒伏(根返り)判定となる。
幹折れを決める要因は,樹幹の曲げ破壊強度である。これは材料物性に近い定数値であるが,樹種
や形状(円形/非円形)により値が変わる。特に樹木の場合は,含水率で強度が大きく変化するため,
生材の強度値を取得することが必要となる。
倒伏(根返り)は立木の倒伏抵抗力,一般には引倒し抵抗力と呼ばれる強度値に依存する。引倒し
抵抗力は樹木の大きさや根張りの状態に強く依存するため,実際に試験をしないとわからないことが
多い。これまでに多数の立木の引倒し試験が実施され,多くのデータが取得されている。その中で,
引倒し抵抗力の大きさは,胸高直径 DBHや DBH2H(H:樹高)との関係が深いことがわかってきている。
(2)破壊形態:幹折れと倒伏(根返り)
実際に立木が幹折れするのか,倒伏(根返り)するかは個々の樹木に依存する。外力が作用したと
きに樹幹内に生ずる曲げ破壊モーメント(地上からの高さで異なる)よりも小さな曲げ破壊強度とな
る高さで幹折れが生ずる。しかし,幹折れよりも先に根元部での回転モーメントが倒伏限界モーメン
トを上回れば,立木は倒伏(根返り)する。高さごとの樹幹の曲げ破壊強度と根元での倒伏限界モー
メントのうち,より小さなしきい値により破壊形態が決まる。また,外力の作用位置や作用方向も破
壊形態に影響を与える。
図 5-11 津波によるクロマツ被害木(左:幹折れ,右:根返り)