第一原理計算と密度汎関数理論
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@dc1394 2015/2/16 Rev. 1.95
第一原理計算と密度汎関数理論
はじめに
このスライドは最初、第一原理計算と密度汎関数理論を、「誰にでも」理解できるように、説明する目的で作り始めました。
しかし残念ながら、私の不勉強と理論の難解さで、とても「誰にでも」理解できる内容にはなりませんでした。
また私自身、密度汎関数理論を完全に理解できていないので、間違っている部分があるかもしれません。
Richard P. Feynmanが言ったように、「高校生レベルの知識層に説明して伝えることができなければ、その人は科学を理解しているとは言えない。」のですが、このスライドが少しでも皆様の理解の助けになれば幸いです。
なお、私が特に尊敬している物理学者は、Wikipediaから拝借した写真を入れさせて頂きました。
第一原理計算とは
第一原理計算(おおむね物理分野で使われる言葉であり、化学分野では量子化学計算とも呼ばれる)とは、実験データや経験パラメーターを用いないで、Schrödinger方程式(Dirac方程式)から物性・化学反応予測を行うことである。
左図はインフルエンザウイルスのタンパク質の第一原理計算の結果( http://www.jst.go.jp/pr/announce/20100324/ より引用)
計算例:ケイ素のバンド分散
第一原理計算の一例(自分の計算結果)。 ダイアモンド構造のケイ素について計算を行い、バンド分散を図に示した。バンドギャップが存在し、半導体である。
第一原理計算の例
第一原理計算(量子化学計算)によって現在研究されている対象を幾つか列挙してみる。
HIV、インフルエンザなど難病のメカニズムの解明、治療薬の開発
光合成、植物の窒素固定のメカニズムの解明
高温超伝導、高効率の太陽電池、燃料電池、蓄電池に必要な素材・物質…など。
以上のような機構、薬品・素材・物質の構造や合成法が、コンピュータ上のシミュレーションで、少なくとも理論上は完全にわかる。
→しかし現状はそうなっていない、なぜか?
第一原理計算の課題
全く近似なしでまともにSchrödinger方程式を解くと、計算量のオーダーは…見積もった人は(たぶん)いない(Dirac方程式はさらに複雑)。
Schrödinger方程式において、Born-Oppenheimer近似(後述)の下で、配置間相互作用(Full CI)法を用いた計算(非常に小さな系を除いて、現在最も厳密に近い解が得られる計算法)では、計算量はおおむねO(N!)となる(少なめに見積もっても、aを定数としてO(aN))。
ここで、Nはだいたい原子の個数と思ってよい(正確には考慮する軌道の個数)。
第一原理計算の課題
1グラムの水でさえ1023個のオーダーの原子を含むので、マクロな系については、世界中のスーパーコンピュータを全て用いても、現実的な時間で結果を得ることは不可能である。
これは、Schrödinger方程式(Dirac方程式)が多体問題であることに起因する。
Paul A. M. Diracの言葉:「物理の大部分と化学の全体を数学的に取り扱うために必要な基本的法則は完全にわかっている。これらの法則を適用すると複雑すぎて解くことのできない方程式に行き着いてしまうことだけが困難なのである。」
Paul A. M. Dirac (1902-1984)
第一原理計算の課題
このスライドの主なテーマである密度汎関数理論でも、計算量はO(N3)であり、マクロな系の計算を現実的な時間で行うことは依然不可能である。
計算量が原子数に単に比例する、オーダーN密度汎関数理論の開発も行われているが、今のところ最先端の研究でも、地球シミュレータなどのスーパーコンピュータを用いて、N~104の系が限界(「京」をフルに用いればN~105、あるいはN~106の系を計算可能か?)
また、CPU単一コアの性能の向上が鈍化した現在、大規模計算にはSIMD、マルチスレッド、マルチプロセス、GPGPUなどによる並列化が必要不可欠である。
Schrödinger方程式とは
量子力学の(非相対論的な)基礎方程式で、1926年にErwin R. J. A. Schrödingerが提出。
単一粒子について、時間に依存しない定常状態でのSchrödinger方程式(最も解きやすい表式)は、
Erwin R. J. A. Schrödinger (1887-1961)
Dirac方程式とは
原子番号の大きい元素を扱う際は、(特殊)相対論効果が無視できない→Dirac方程式。
Dirac方程式:Fermi粒子に対する相対論的量子力学の基礎方程式で、1928年にPaul A. M. Diracが提出。
単一粒子について、時間に依存しない定常状態でのDirac方程式は(pだけベクトルの表記をBoldにした)、
この方程式は4成分方程式であり、第一原理計算では2成分相対論、スカラー相対論などで解く。
非常に難しいのでこのスライドではこれ以上扱いません(私も完全には理解していません)。
Hartree原子単位系
第一原理計算では、Schrödinger方程式の表式を簡潔にするために、Hartree原子単位系が使用される(Rydberg原子単位系が使用されることもある)。
この単位系では、長さの単位はBohr半径a0 (1 [a0] = 5.29×10-11 [m]), 質量の単位は電子の質量me, 電荷は電気素量e, エネルギーはHartree (1 [Hartree] = 4.36×10-18 [J] = 27.2 [eV])を用いる。
この単位系では、Dirac定数ℏと、Coulombポテンシャルの比例定数1 / (4πε0)が1となる。
単位を表す記号として、すべて atomic unit の省略形である a.u. で表すことが多い。
水素原子のSchrödinger方程式
最も簡単な水素原子について、定常状態におけるSchrödinger方程式を以下に示す(以後、Hartree原子単位系を用いる)。
ここで、
この方程式は(少なくとも見かけ上は)単純であり、また解析的に解くことができる(しかし実際に解こうとすると大変:参考「水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解 – Wikipedia」 http://bit.ly/12nEHqV )。
この方程式の解から重要な情報がいくつも得られる。
Coulombポテンシャル 電子の運動エネルギーポテンシャル
Born-Oppenheimer近似
一般に第一原理計算では、電子と(原子)核の二つの粒子の質量の大きな差(水素原子の場合、電子:核=1:1837)から、Born-Oppenheimer近似が用いられる。
この近似により、電子と核の運動を分離できる。
これは、電子が核に相対的に運動している間は、核が「静止」していると見なすことに相当する。
通常、核の運動については、量子力学と古典的なNewton方程式を併用する(第一原理分子動力学法、これも難しいのでこのスライドではこれ以上扱いません)。
ヘリウム原子のSchrödinger方程式
次に、Born-Oppenheimer近似の下で、ヘリウム原子のSchrödinger方程式を書いてみる。
この方程式は3次元×2=6次元の偏微分方程式(r1とr2は別の次元であることに注意)。
上記の方程式では省略しているが、本当は(電子の)スピン次元も考えなければならない。
電子1の運動エネルギーポテンシャル
電子2の運動エネルギーポテンシャル
電子1のCoulombポテン
シャル
電子2のCoulombポテン
シャル
電子1と電子2間のCoulombポテンシャル
→この項が問題
N電子系のSchrödinger方程式
ヘリウム原子の場合には、数値解法で無理矢理解けなくもない。
しかし一般にN電子系では、3N次元(+スピン次元)の偏微分方程式を解かなければならない(例えば、リチウム原子では9次元、ベリリウム原子では12次元、これにスピン次元が加わる)。
Nが大きくなると、数値解法で無理矢理解こうとするのは明らかに無謀である。
→何かいい方法はないか??
Hartree-Fock法
多体問題に対処する一つの方法として、多体問題を一体問題に帰着(一電子近似)させる、Hartree-Fock法がある。
この方法は、摂動の高次項を計算することで、系統的に解の精度を改良できるのが特長であり、化学分野では一般的に用いられている(例えば、このスライドの三枚目で紹介した図の計算は、実はこの方法によっている)。
物理分野でも、この方法で得た知見は、Hybrid-GGAなどに生かされている。
このスライドでは、この方法についてこれ以上触れない。多体問題に対処するもう一つの方法については、以降で詳しく述べる。
密度汎関数理論
粒子(ここでは電子に限る)の存在確率を求めたい場合、3N次元波動関数ψ(r1, r2,..., rN)ではなく、波動関数の絶対値の2乗である、3次元の電子密度の関数ρ(r)のみで計算できる(Bornの確率解釈)。
ならば、ρ(r)を用いて他の物理量を求めることもできるのではないだろうか?
もしそうならば、複雑な3N次元波動関数ではなく、3次元の電子密度の関数ρ(r)を求めればよい。
このような考えに基づいて、密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)が提出された。
Hohenberg-Kohnの第1定理
1964年、HohenbergとKohnは、この定式化が実際に可能であることを示した。
Hohenberg-Kohnの第1定理:エネルギーのゼロ点の取り方を除いて、基底状態の電子密度ρ(r)から外部ポテンシャルv(r)が決定される。
これは、基底状態の電子密度ρ(r)と、外部ポテンシャルv(r)が1対1対応する、ということを述べている。
Walter Kohn (1923-)
Hohenberg-Kohnの第2定理
Hohenberg-Kohnの第2定理:どのような外部ポテンシャルv(r)に対しても成り立つ電子密度の汎関数EHK[ρ](Hohenberg-Kohnのエネルギー汎関数)が存在する。
この汎関数は、与えられた外部ポテンシャルのもとでの、基底状態の電子密度ρ0(r)で最小値を持ち、基底状態のエネルギーを与える。
よって、電子密度を変化させて、最小のエネルギーを与える電子密度を探索すれば、基底状態の電子密度を求めることができる。
Hohenberg-Kohnの第2定理
要するに、色々な電子密度ρ(r)があり得るが、EHK[ρ]に代入すれば、得られるエネルギーが最小となるような電子密度が「正解」である。
従って、そのような電子密度ρ0(r)を何とかして探し出せばよい、と言うことを言っている。
拘束条件付きの最小化
以上の議論をより数学的に定式化すると、全電子数が一定であるという拘束条件
の下で、EHK[ρ]を最小化すれば、基底状態の電子密度が求められる、ということになる。すなわち、Lagrangeの未定乗数法を使って、電子密度ρ(r)が停留条件
を満たすとき、それは「正解」の基底状態の電子密度であり、一意的に定まる。ここで、μはLagrangeの乗数(物理的にはFermiエネルギーあるいは化学ポテンシャル)である。
N表示可能性
ここで、二つの重要な疑問が生まれる。
一つ目の疑問は、「可能な密度全てを表現できるFermi粒子系に対する、反対称波動関数を作ることができるであろうか?」というもので、これは「N表示可能性」と呼ばれる。
これは「可能」である。
ただし密度にいくつかの制限を課す必要がある。その制限とは、
である。
v表示可能性
二つ目の疑問は、「(適当な)密度が、ある局所的外部ポテンシャルv(r)に対する、基底状態の密度となるようにすることは可能であろうか?」というもので、これは「v表示可能性」と呼ばれる。
この疑問は、非常に興味深いことに、「不可能」である。つまり、どんなv(r)に対しても基底状態の密度とならない、一見「もっともらしい」密度の多数の例がある。
N表示可能性はv表示可能性の必要条件となっている。
Levyの制限付き探索
変分原理において、前ページの議論を考慮すると、その密度ρ(r)がv表示可能かどうかを、その都度確かめる必要がある、という結論に達する。
しかし、Levyは以下の式、
を用いれば、問題なくHohenberg-Kohnの定理が成り立ち、多数ある密度ρ(r) の中から、ρ0(r)を探索することができる、ということを示した。
これをLevyの制限付き探索と呼ぶ。
Levyの制限付き探索
Levyの制限付き探索の具体的な手順は、以下のようになる。
まず、密度ρ(r)を固定して、そのような特定のρ(r)を与える波動関数ψρの組の中で、T + Veeを評価し、その値を最小化するようなψρを探す。そして、その最小値をQ[ρ]と定義する。
次に、今度は密度ρ(r)を固定せずに、
における左辺E[ρ]を最小化するようなρを探索する。
つまり、最小化を二段階に分けて行う。
Levyの制限付き探索
この方法によると、v表示可能なρ(r)の領域ではQ[ρ] は、 と一致する。
一方、v表示可能な領域外でも、汎関数Q[ρ]が定義できる。
この汎関数Q[ρ]を用いれば、ρ(r)がv表示可能な領域にあるかどうかにかかわらず、Hohenberg-Kohnの第2定理の変分原理が適用可能となる。
これは、以下のように例えることができる。
学校全体で一番背の高い生徒を見つけるのに、全員を校庭に一列に並ばせる必要はない。単に、各教室で一番背の高い生徒を校庭に呼び出して、一列に並べれば良い。
汎関数
Hohenberg-Kohnの定理では、電子密度の「関数」ではなく「汎関数」と言っている(その汎関数の表式については何も言っていない)。
通常の関数は、入力は変数x, 出力は数値f(x)である。しかし汎関数は、入力は関数f, 出力は数値I[f]である。例えば、
を考えると、Iは関数f(x)の形に応じて値を変えるので、汎関数である(合成関数とは異なるので注意)。
関数はf(x)と、()の中に変数を書くが、汎関数はI[f]と、[]の中に関数を書く。
「普遍的な」汎関数を求めることの難しさ
「普遍的な」汎関数を見つけるための手段は、多体波動関数を使ったもとの定義より他には全く与えられていない。
また、 「普遍的な」汎関数のすべての部分は、電子数の関数として非解析的な振る舞いをするであろう。
従って、そのような「普遍的な」汎関数の明示的な形を求めることは困難である。
現在でも、「普遍的な」汎関数を求めるべく努力が続けられているが、現状では近似式が用いられている。
個人的な意見:「普遍的な」汎関数を求めることは不可能に近いと思われる。よしんば求めることができたとしても、それは非常に複雑で、計算量は結局、3N次元のSchrödinger方程式を解くのと同じになるのではないだろうか?
局所密度近似(LDA)
「普遍的な」汎関数はわからないので、「同じ密度を持っている均質で一様な電子ガス」を考える。
このような「一様な電子ガス」に対する汎関数は解析的に求めることができる。
実際に計算したい系も、「一様な電子ガス」のように「局所的に」振る舞うと仮定する。
→要するにポテンシャルについて、「汎関数」を、「一様な電子ガス」から求めた結果の、普通の「関数」で近似してしまうということ。
これを局所密度近似(Local Density Approximation, LDA)という。
厳密には上記は間違いであり、相関汎関数(後述)だけは解析的に求めることは不可能である。
注意
以後の局所密度近似(LDA)の導出は難しいので割愛します。
詳しく知りたい方は、
R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996)
を図書館で借りて読んでみて下さい(買うと高いです)。ただし内容はかなり難しいです(私も理解できていないところが多々あります)。
また、後で述べるThomas-Fermi方程式の導出についても、かなり端折ります。
Thomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関数
LDAの下で、多電子系に対するエネルギー汎関数ETFD[ρ]を書くと以下のようになる。
ただし、
これはThomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関数と呼ばれる。そのためTFDというラベルを付けている。
運動エネルギー (電子-核間の)Coulombエネル
ギー
電子-電子間のCoulombエネルギー (Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
交換相互作用と相関相互作用
交換(eXchange)相互作用は電子のような同種Fermi粒子の間で働く相互作用の一つである。
古典力学による交換相互作用の説明はできない。典型的な量子力学の効果として説明される。
Thomas-Fermi-Diracエネルギー汎関数には出てこなかったが、運動エネルギー、Coulomb相互作用、そして交換相互作用以外の相互作用の全てをまとめて相関(Correlation)相互作用という。
この二つの相互作用によるポテンシャルをまとめて、交換相関ポテンシャル(vxcなどと書く)という。
Thomas-Fermiエネルギー汎関数
第一近似として、交換エネルギー項を無視するなら、
となる。これはThomas-Fermiエネルギー汎関数と呼ばれる。そのためTFというラベルを付けている。
運動エネルギー (電子-核間の)Coulombエネル
ギー
電子-電子間のCoulombエネルギー (Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
Thomas-Fermi方程式を導く
実際に、原子に対するETF[ρ]を考えてみよう。原
子では、 である(ここでZは原子番号)。
ここで、ETF[ρ]をρで汎関数微分すると、対応するEuler-Lagrange方程式が得られ、
である。ここで、μTFは化学ポテンシャル、φ(r)は古典的なCoulombポテンシャルであり、
である。
Thomas-Fermi方程式を導く
中性原子を考えると、μTF = 0とならなければならない。従って、
である。これから、
である。ここで、古典的な電磁気学のPoisson方程式をこの原子に適用すると、
である。
Thomas-Fermi方程式を導く
上記の二つの式を連立させ、変数変換を施すことによって、最終的に
を得る。この非線形常微分方程式はThomas-Fermi方程式と呼ばれる。ここで、
である(原子は球対称であることを用いた)。
Thomas-Fermiモデルの問題
残念ながら、Thomas-Fermi方程式の解から与えられる結果(Thomas-Fermiモデル)は正しくない。
Thomas-Fermiモデルの中性原子のエネルギーはおおむね-0.7687Z7/3 (Hartree)となる(ここでZは原子番号である)。
ここで水素原子について考えれば、Schrödinger方程式を解析的に解くことによって得られる、厳密な基底状態のエネルギーは-0.5 (Hartree)であるが、Thomas-Fermiモデルは54%も過大な値を与える。
その他の原子についても同様であり、ヘリウム原子では35%、クリプトン原子では20%、そしてラドン原子では15%過大な値を与える。
Thomas-Fermiモデルの問題
Thomas-Fermiモデルは、エネルギーのみならず、(電子)密度そのものにおいても、物理的に誤った結果を与える。
水素原子におけるThomas-Fermi密度と厳密な密度
水素原子におけるThomas-Fermi密度と厳密な密度(y
軸対数目盛) 密度が原点で発散
密度が指数関数で減衰しない
Thomas-Fermiモデルの問題
厳密な密度は、遠方で指数関数で減衰するが、Thomas-Fermiモデルの密度は、遠方で距離rの6乗に反比例して減衰する。
また、動径方向の電荷分布を示すr2ρ(r)も、原子の正確な振る舞いを再現していない。 水素原子における動径方向のThomas-Fermiモデルでの分布と厳密な分布
Thomas-Fermi-Diracモデル
Thomas-Fermi-Diracモデルでも、これは改善されないばかりか、もっと悪くなる。
交換エネルギーは正であるので、与えられた電子密度に対して、ETFD[ρ]はETF[ρ]よりもさらに、負の方向に大きくなる。
運動エネルギー (電子-核間の)Coulombエネル
ギー
電子-電子間のCoulombエネルギー (Hartreeエネルギー)
交換エネルギー
Thomas-Fermiモデルの改良と限界
Thomas-Fermiモデルの欠点を解決するため、改良されたモデルがいくつか提唱されている。
修正Thomas-Fermiモデル:Thomas-Fermiモデルの電子密度は原点で不連続であるが、これを原点で連続になるように改良する。
Thomas-Fermi-Dirac-Weizsackerモデル:Thomas-Fermi(-Dirac)モデルでは、原子(や分子)の電子密度の非一様性を考慮していなかったため、精度が悪かった。そこで、Thomas-Fermi運動エネルギーに対して、密度勾配補正(Weizsacker補正)を加えて改良する。
…が、どれも根本的な解決にはなっていない。
Kohn-Sham法
これまでのモデルのそもそもの問題点は、運動エネルギー汎関数T[ρ]の近似が粗すぎることにあった。
そこで、KohnとShamは1965年に、運動エネルギー汎関数T[ρ]に対する、巧妙な間接的アプローチを提案した。
この方法をKohn-Sham法と呼び、この方法によって、密度汎関数理論は、厳密な計算を行うための実際的な道具となった。
Kohn-Shamの補助系
KohnとShamは、相互作用のある現実の系を、仮想的な、「それと同じ密度を与える、相互作用のない系の問題に置き換えて考える」ことを提案した。
これをKohn-Shamの補助系(Kohn-Sham auxiliary system)という。
この仮想的な系は、相互作用のない粒子からできているが、この系の基底状態の電子密度は、現実の系の基底状態の電子密度と、全く同じである。
言い換えれば、この仮想的な系は、同じ密度(と全エネルギー)を与える別の系である。
Kohn-Sham法の疑問
相互作用のある電子系の基底状態の密度はどのようなものでも、相互作用のない電子系の基底状態の密度として厳密に再現できるのだろうか??
これは「相互作用のないv表示可能性」と呼ばれる。
この疑問に対する一般的な証明はない。
にもかかわらず、計算結果は非常に「理にかなって」いるように見えるので、Kohn-Sham法は正しいとされている(あるいは少なくともそう仮定されている)。
個人的には、なぜ「理にかなった」計算結果が得られるのか、非常に不思議です。一般的な証明の論文が出たら、ぜひ読んでみたいです。
Kohn-Sham方程式
KohnとShamは、以上のような定式化に基づき、以下の方程式を導いた。
これは、Kohn-Sham方程式と呼ばれる(簡単のためスピン次元は省略した)。ここで、veff(r)は、
である。
(核による)外部ポテンシャル
電子による古典的なCoulombポテンシャル(Hartreeポテンシャル)
運動エネルギーポテンシャル KS有効ポテンシャル
KS有効ポテンシャル 交換相関ポテン
シャル
(エネルギー)固有値
Kohn-Sham方程式の解法
Kohn-Sham方程式は、以下のような非線形連立偏微分方程式であり、反復計算法によって解かなくてはならない。これを自己無撞着場の方法(Self-Consistent Field Method, SCF法)という。
この反復を、入力と出力が一致するまで行う (=SCFの達成)。このとき、全電子エネルギーEKS[ρ]は最小値をとる。
Kohn-Sham方程式の固有値と固有関数の物理的意味
Kohn-Sham方程式の(エネルギー)固有値は、相互作用していない仮想的な系の固有値であるので、直接には(たった一つの例外を除き)どんな物理的な意味も持っていない。
従って、Kohn-Sham方程式の固有値を実際の系のものと見なすことはできない。
しかし、それはしばしば実験値と比較される。
なお、「たった一つの例外」とは有限の系の最も高い固有値であり、これは系のイオン化エネルギーの符号を変えたものと等しい。
また、固有関数(波動関数)においても、同じことが言える(こちらは例外なく)。
Kohn-Sham法の全エネルギー
密度ρ(r)が求まったならば、N電子系のKohn-Sham法の全電子エネルギーEKS[ρ]は以下の式で求められる。
すでに述べたとおり、SCFが達成されたとき、 EKS[ρ]は(大局的な)最小値をとる。
全電子エネルギーは、各軌道の固有値の総和とならないことに注意。
電子-電子間のCoulombエネルギー
(Hartreeエネルギー)
各軌道の固有値の総和
交換相関エネルギー おつりの項
交換相関ポテンシャル
すでに紹介したように、同種Fermi粒子の間で働く相互作用の一つである、交換相互作用によるポテンシャルを交換ポテンシャルという。
また、運動エネルギー、Coulomb相互作用、そして交換相互作用以外の全ての相互作用によるポテンシャルを相関ポテンシャルという。
Kohn-Sham法において、相関ポテンシャルには、「相互作用のある」実際の系の運動エネルギーによるポテンシャルと、「相互作用のない」仮想的な系の運動エネルギーによるポテンシャルの差も含まれる。
相関相互作用について
相関相互作用によるエネルギー(相関エネルギー)は全エネルギーの1%程度に過ぎない。
しかし、この相関相互作用を無視することは、しばしば非物理的な結果をもたらす。
そして、 相関相互作用が重要である「強相関電子系」と呼ばれる系(高温超伝導体がその一例)は、現在の標準的な密度汎関数理論では、正確に物性を記述できない(DFT+Uと呼ばれる方法もあるが、根本的な解決にはなっていない)。
相関相互作用は、多体問題の理論における主要な問題の一つであり、多大な研究努力が今なお続けられている。
交換相関汎関数
厳密な交換相関汎関数(Exc[ρ]またはvxc[ρ])を探す試みは、未だに密度汎関数理論における最大の挑戦課題である。
すでに紹介した局所密度近似(LDA)は最も簡単な近似である。これに電子のスピンを考慮したものを局所スピン密度近似(Local Spin Density Approximation, LSDA)という。
さらに、L(S)DAを密度の勾配∇ρ(r)を用いて補正したものを一般化勾配近似(Generalized Gradient Approximation, GGA)という。
交換相関汎関数
この他、GGAを二次密度勾配∇2ρ(r)と運動エネルギー密度τ(r)を使って補正したmeta-GGAや、hybrid-GGAなどがある。
さらに、L(S)DA, GGAなどとひとくくりにされるグループの中にも、様々な表式が存在する。
従って、交換相関汎関数には様々なバリエーションが生まれる。
これは、交換相関汎関数の厳密な表式(おそらく非常に複雑なもの)を得るのがいかに難しいかを、暗に示しているように思われる。
交換相関汎関数(参考サイト、文献)
このスライドでは、様々な交換相関汎関数について、これ以上説明することは止めておきます(何より私自身が、具体的な交換相関汎関数の物理的背景を全くといっていいほど理解できていない)。
交換相関汎関数についてより詳しく知りたい方は、まずは理化学研究所の方が書かれたスライドを読んでみることをおすすめします( http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/dft05-sec2.pdf )。
この方が書かれた本も非常に参考になります:常田貴夫 『密度汎関数法の基礎』講談社(2012)
これも買うと高いので、興味のある方は図書館で借りて読んでみることをおすすめします。
第一原理計算における計算手法
ここまで、密度汎関数理論(とKohn-Sham法)の概略を紹介してきた。
現在行われている第一原理計算では、たいていKohn-Sham方程式を基礎方程式として、これを解くことで何らかの意味のある物理量を得ている。
第一原理計算で用いられる、それ以外の方法としては、例えば量子モンテカルロ(Quantum Monte Carlo, QMC)法が挙げられる。この方法は、電子の多体問題をより直接的に扱うため、精度は高いが計算コストも高い。
また、GW近似といわれる方法も存在する。
第一原理計算におけるさらなる工夫
第一原理計算において、実際にKohn-Sham方程式を解くには、さらなる工夫が必要である。
この工夫とは、例えば基底の導入(平面波基底、Gauss関数基底、数値基底、有限要素基底など)や、擬ポテンシャルの導入などである。
さらに、この他にも様々な手法、例えばFP-LAPW (Full-Potential Linearized Augmented Plane Wave)法、FP-LMTO (Full-Potential Linear Muffin-Tin Orbital)法、KKR (Korringa-Kohn-Rostoker)法などがある。
第一原理計算で得られる情報
バンド分散、状態密度、Fermi面、バンドギャップ
平衡格子定数、体積弾性率
電荷解析(Mulliken電荷、Voronoi電荷、 ESPフィッティング等)
分極(これは難しい問題、「Berry位相」の第一原理シミュレーションもされている)
電気伝導特性、磁性
フォノン分散
…など、他にも多数
第一原理計算ソフトウェア一覧
このような手法の違いにより、第一原理計算ソフトウェアも、様々なものが存在している。
具体的なソフトウェア名は、例えばWikipediaの項目( http://bit.ly/16bblUu )や、CMSI webの記述( http://bit.ly/16bbnvr )、あるいはPsi-k( http://bit.ly/16bbszl )を参照のこと。
この他にも、研究室で開発されているが、外部に非公開のソフトウェアが多数あるのは間違いない。
実際、私が某研究室に在籍していたとき、その研究室のソフトウェアは内部のみの公開であった。
第一原理計算を試してみたい方へ
本格的に第一原理計算をするなら、自作するより既存のソフトウェアを使った方がよい。
しかし、「第一原理計算を行う」ことと、「第一原理計算を理解する」ことは別である。
一般に、たとえGPLライセンス等のオープンソースなソフトウェアであっても、ソースコードの全てに目を通し、また理解するのは困難。
しかし、「第一原理計算を理解する」ためには、これは必要なステップである。
結局、既存のソフトウェアを使用することは、「入力ファイルを編集して、バイナリを実行するだけ」となってしまう。
個人的には、第一原理計算(とそのコードの構造)を理解するには、既存のコードを参考にしつつ、自分でコードを書いてみるのが一番手っ取り早いかなと思っています。
第一原理計算を試してみたい方へ
また既存のソフトウェアは、大規模な分子・固体といった複雑な系の計算を念頭に実装されている。
そのような系の計算は、大量のメモリとディスク容量を必要とするため、スーパーコンピュータ(HPC)上で行われる。
しかし、それでも長い計算時間が必要(自分の経験から言えば、少なくとも数日から一週間)。
PC上で行える計算は、原子や小規模な分子・固体といった(あまり面白くない)系に限られ、高度な計算にはHPCが必要不可欠。
参考文献
R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996)
R.M.マーチン 『物質の電子状態 上』シュプリンガー・ジャパン株式会社(2010)
R.M.マーチン 『物質の電子状態 下』シュプリンガー・ジャパン株式会社(2012)
J.M.ティッセン 『計算物理学』シュプリンガー・フェアラーク東京(2003)
参考サイト
1.5 密度汎関数法 - 講義資料: http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/pages/siryo/qchem3-5.pdf
「密度汎関数法とは」(分子研・2005年12月): http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/dft05.html
第一原理計算と密度汎関数理論: http://www.cmp.sanken.osaka-u.ac.jp/~koun/Lecs/dft.pdf
第一原理バンド計算 - Wikipedia: http://bit.ly/16b9EpT
参考サイト
第一原理計算入門: http://www5.hp-ez.com/hp/calculations/page1
5月11日:密度汎関数理論 波動関数的世界観から密度的世界観へ - 物性物理学IA 平成19年度前期東京大学大学院講義: http://takada.issp.u-tokyo.ac.jp/CMPIA-05-07.pdf
バンド計算関連用語集 – Important glossary for electronic structure calculations: http://www.geocities.co.jp/technopolis/4765/INTRO/yogo.html
参考サイト
A LDA+U study of selected iron compounds – SISSA: http://www.sissa.it/cm/thesis/2002/cococcioni.pdf
上記はLDA+U(DFT+Uの一種)についての論文(英語)ですが、第一原理計算(そして平面波基底と擬ポテンシャル)について、一通りのことがまとまっていて、非常に良い論文です。
参考サイト
「おまけ」で、前ページで紹介した論文を、私が和訳したもののURLを載せておきます(ただし第二章の途中まで。間違っている場所が多数あると思うので、あくまで「参考」に)。
第一章: http://www.slideshare.net/dc1394/a-ldau-study-of-selected-iron-compounds
第二章: http://www.slideshare.net/dc1394/a-ldau-study-of-selected-iron-compounds-26424474