グローバル経済危機と財政金融政策の課題－日本の事例を中心にして－

関西社会経済研究所所長近畿大学世界経済研究所所長

大阪大学名誉教授

本間　正明

1

2010 年 10 月 19 日中国人民大学

構成

１　グローバル経済危機の実態

２　危機に対する各国の政策対応

３　さらなる危機の回避に向けた政策対応

４　アジアと共生する日本

５　日本の成長戦略

2

① それはリーマンショックから始まった

3資料： Bloomberg注： 2006 年 1 月＝ 1 として指数化

１　グローバル経済危機の実態

② 明暗分かれる株価の回復過程

4資料： Bloomberg注： 2008 年 9 月＝１として指数化

③ 強まる全面的ドル安傾向

5（注） 2003 年 1 月＝１として指数化　　　　　　（出所） Pacific EX Database

人民元相場の弾力性向上を公

表 (6/19)

人民元相場の弾力性向上を公

表 (6/19)

④ 急激な円高・ドル安と通貨安競争への参加？

6

日銀・政府の為替介入

(9/15)

（出所） Pacific Exchange Rate Service

7

⑤ 深刻な実体経済への影響 : 実質 GDP 成長率

（出所）各国公表統計資料

（注）前年同期比

⑥ 回復のテンポは鈍い

8

2010/10/6 時点見通し 前回 (7 月 ) からの改訂幅

2010 年 2011 年 2010 年 2011 年

世界経済 4.8% 4.2% +0.2%pt -0.1%pt

米国 2.6% 2.3% -0.7%pt -0.6%pt

ユーロ圏 1.7% 1.5% +0.7%pt +0.2%pt

中国 10.5% 9.6% 0.0%pt 0.0%pt

日本 2.8% 1.5% +0.4%pt -0.3%pt（出所） IMF “World Economic Outlook”,Oct.2010

IMFによる世界経済の最新見通し（ 2010年 10月時点）

9

⑦ 高止まりする失業率

資料：東洋経済統計月報

10

中国

インド

その他新興国

その他先進国

ユーロ圏

米国

日本

全世界

（出所） IMF “World Economic Outlook” Apr,2010.

11

２　危機を招いた世界経済の構造

11

① 経常収支不均衡の実態

（出所） IMF

② 外需に依存する日本

12

日本の地域別経常収支

（億円）

（出所）日本銀行

（年）

13

寄与率（％）

1956-1973

1974-1991

1992-2001

2002-2007 2008 2009 2010

（予測）

民間最終消費 58.8 56.1 73.6 33.3 ▲9.1 21.1 51.4

住宅投資 8.7 0.9 ▲10.5 ▲4.3 ▲3.0 ▲31.5 7.6

企業設備 17.4 21.5 ▲11.3 29.1 ▲48.5 ▲121.1 16.2

政府最終消費 6.9 9.1 44.3 16.2 3.0 15.7 9.5

公的固定資本形成 9.9 4.9 8.5 ▲22.2 ▲6.1 15.7 ▲36.2

純輸出 ▲3.2 8.2 3.8 39.3 ▲36.4 ▲21.1 72.4

成長率（％） 9.1 3.8 1.1 2.0 ▲3.3 ▲1.9 2.0

③ 劇的な成長寄与率の反転：高まる外需の重要度

（出所）内閣府「国民経済計算」、 KISER 見通しより作成

（注） 2008,2009 年度は成長率がマイナスのため、寄与率にもマイナスを付してある。在庫を明記していないので合計は 100 にならない

14

④ 「独歩高」が進行する円

円安

円高

( 出所 )Pacific Exchange Rate Service

( 注 )2010 年 1 月 =1 として指数化

⑤ 日本円の実効為替レートの推移

15（出所） BIS（注） 2005 年＝ 100

円高

円安

実質ベースでは過去の実績と比較して円安であるが、名目ベースでは日本のみデフレのため円高となっている

360

266254

127

93

0

50

100

150

200

250

300

350

400

-14.0

-12.0

-10.0

-8.0

-6.0

-4.0

-2.0

0.0

2.0

4.0

6.0

1970

1971

1972

1973

1974

1975

1976

1977

1978

1979

1980

1981

1982

1983

1984

1985

1986

1987

1988

1989

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

経常収支対GDP比財政収支対GDP比円/ドル

（為替相場：円）（収支GDP比：％）高度成長期 安定成長期 バブル期 低成長期 構造改革期

75 公債特例法

ニクソ

ンシ

ョッ

ク

第一次オ

イル

ショ

ック

変動

相場制移

行

第二次オ

イル

ショ

ック

前川レ

ポート

プラザ合意

ブラ

ック

・マンデ

ー

16

⑥ バブル期の円高誘導政策の是非

（資料）内閣府「国民経済計算」、財務省資料等より集計加工

固定相場制で内外需潤う

欧米諸国から日本の財政支出増へ圧力

経常黒字削減の外圧（ジャパンバッシング）ドルの協調切り下げ

バブル崩壊からの不況脱出のため積極的財政出動と輸出拡大米国向け経常黒字拡大米国から円高の口先介入で史上最高の円高

輸出先を米国依存から全世界へ分散

ジャパンバッシング

ドル協調切り下げ

⑦ 現在の円高をめぐる論点

17

・経常収支黒字による円高バイアス

・慢性的な日本のデフレ

・ドル安によるソブリンファンドのドル離れ

・景気回復のテンポの違い

・対外収支はゼロサムゲーム

・縮小均衡、通貨戦争は回避すべき

・国際協調を図り、拡大均衡を目指す

３　危機に対する各国の政策対応

18

① G7 から G20 へ～各国協調による危機への取り組み

年 月 G20 の合意内容

2008年

10 月 ワシントン 金融危機が新興国・中小国へも重大な影響を与えることを懸念し、 IMF の役割を拡大。国際社会が一致して景気対策や金融機関改革を実施すると合意。

2009年

4 月 ロンドン 金融機関への規制を強化し「金融システムの強化に関する宣言」、「国際金融機関を通じた資金供給に関する宣言」に合意。 IMF貸付金を３倍増資。保護主義への対抗と世界的な貿易・投資の促進。

9 月 ピッツバーグ 質の高い雇用の創出を経済回復の主目的とすべく、雇用増・維持、所得拡大、失業者への社会保障、訓練提供等を優先する回復策を実施。報酬慣行を含む金融規制制度の強化。

2010年

6 月 トロント 財政再建と経済成長の両立を重視。先進国は 2013 年までに財政赤字を半減、 16 年までに政府債務対ＧＤＰ比率を安定ないし削減すると確約。ただし、日本は例外扱いで、 2015 年までにプライマリーバランス赤字を半減するにとどめる。

11 月 ソウル BIS が狭義の自己資本比率を 7％に引き上げることを提案

② 危機対応としての財政出動

19

国 規模 GDP 比 内容

日本 75兆円 4.5% 高速道路料金値下げ、雇用対策、エコカー購入補助、エコ家電購入補助、エコ住宅補助

中国 4兆元 6.3% 家電下郷、汽車下郷（エコカー、家電購入補助）総額４兆元の公共事業、地震対策等の経済対策

米国 7800 億ドル(77.1兆円 ) 4.9%

エコカー購入補助自動車メーカーの救済環境投資の促進（グリーンニューディール）

英国200 億ポン

ド(2.8兆円 )

1.3%付加価値税減税（ 2009 年のみ 17.5%→15% へ）エコカー補助児童手当増額の前倒し

ドイツ500 億ユー

ロ(10.2兆円 )

3.6% エコカー購入補助、エコ住宅購入補助2009 年から２年間に限り、 25 ％の減価償却を認可

フランス291 億ユー

ロ(3.7兆円 )

1.5% エコカー購入補助国営企業のインフラ投資

20

③ 非伝統的金融政策の採用

　 日本（日銀）

米国（ＦＲＢ）

ＥＵ（ＥＣＢ）

中国（中国人民銀行）

利下げ 無担保コールレート0.3 ％→ 0.1 ％前後

ＦＦ金利2 ％→ 0-0.25 ％＝ゼロ金利

政策金利4.25 ％→ 1.0 ％

商業銀行の貸出総量規制解除

「適度に緩和的な金融政策」を継続する　　　

国際金融市場流動性確保 ドル資金供給オペレーション国際協調（期限 10． 2 ）

信用緩和

① 長期国債買入れの増額②企業金融支援特別オペ（担保内金融機関 0.1 ％貸付）③ CP ・社債買入（金融機関より）④新手法による金融緩和（国際、 CP等担保に金融機関 0.1 ％貸付）

① 企業からの高格付けＣＰの引き受け（ CPFF ）②住宅ローン担保証券（ RMBS ）の買い取り③長期国債の買入れ④新規融資制度（ TALF ）（金融機関発行の資産担保証券の買入

① 固定金利での無制限の資金供給②民間金融機関が発行する債券の購入

時間軸政策

物価安定基準を「 2 ％以下のプラス領域」に明示。デフレ脱却まで金融緩和を継続する。長期金利抑える

　 　

網掛けは非伝統的金融政策であることを示す。

（出所）各国中央銀行公表資料

④ 政策金利の推移

21（出所）各国中央銀行

日銀： 10 月以降事実上のゼロ金利

日銀： 10 月以降事実上のゼロ金利

22

⑤ 緩和政策でバランスシートは拡大

（出所）各国中央銀行

⑥ 各国が抱える経済リスク

23

足下の経済の動き

米国 雇用回復の遅れ　→消費の停滞緩やかなデフレ状態？政策効果の一巡

欧州 財政健全性リスク（ソブリンリスク）の高まり　→ギリシャに始まる PIIGS問題ユーロ安による輸出の増加

中国 不動産バブルと当局による引き締め模索　→インフレ懸念による金融政策の出口模索元切り上げ圧力との攻防

日本 15 年ぶりの円高局面　→国内企業の海外流出懸念６年ぶりの為替介入実施　→各国との通貨安競争への参入

⑦ 各国で異なる経済状況

24

景気 雇用 物価 財政

米国 △ × △ ○

欧州 ○ × ○ × ～○

中国 ◎ ？ △インフレ

○

日本 △ △ ×デフレ

×

国ごとに経済情勢が異なるなかで、各国が協調して拡大均衡を図りつつ世界経済全体の回復に取り組む必要がある。

25

４　各国リスクへの追加的対応① 出口戦略に進むか退くか

（リーマンショックの危機対応）

入

　

口

（平時の経済政策）

中国中国

日本・米国日本・米国

欧州欧州

出

　

口

② 米国：雇用は回復から再び悪化へ

26（出所）米国統計局

27

③ EU:顕在化するソブリンリスクと PIIGS問題

27（出所） European Central Bank (ECB)

ドイツ国債に対する PIIGS5 か国債の上乗せ利回り（スプレッド）

欧州諸国の財政赤字と債務残高

28

④ 中国：高騰の気配がつづく物価

( 出所 ) 中国国家統計局

⑤ 日本：慢性的なデフレ傾向

29（出所）内閣府「国民経済計算」

30

⑥ G20 各国の財政収支と債務残高の見通し

（出所） IMF “The State of Public Finances Cross-Country Fiscal Monitor” Nov,2009

財政収支（対 GDP比）

（％）

債務残高（対 GDP比）

各国とも景気と財政の持続可能性を両立する必要がある

⑦ 各国の追加的対応の内容

31

財政政策 金融政策

日本総額約 5兆円規模の景気対策（緊急的な円高デフレ対応と新成長戦略実現）

「包括緩和」 (10 月 5 日 )① 金利誘導目標の引き下げ② 時間軸政策③ 資産買入れ基金の創設

米国

年間総額 750 億ドルの追加景気対策① 公共投資（インフラ整備）　 500億ドル② 研究開発投資減税　 100 億ドル /年③ 設備投資減税　 150 億ドル / 年

11 月 2,3 日開催の米連邦公開市場委員会 (FOMC)での追加緩和期待

欧州 財政の持続可能性との綱引きECB:据え置き（急激な為替変動の景気に対する影響を懸念）

中国 預金準備率引き上げ

⑧ 日本の追加的対応（財政政策）　　　　～円高・デフレ対応のための緊急対策

32

政策メニュー 規模

雇用・人材育成 0.3兆円

新成長戦略の推進・加速 0.4兆円

子育て、医療・介護・福祉等の強化による安心の確保 1.1兆円

地域活性化・社会資本整備・中小企業対策等 3.1兆円

規制・制度改革 －

公共事業の契約の前倒し 0.2兆円

合計 5.1兆円

政策メニュー 規模

「雇用」の基盤づくり　雇用創造・人材育成の支援など 1750 億円

「投資」の基盤づくり　低炭素型産業立地支援など 1200 億円

「消費」の基盤づくり　各種エコポイントの延長など 4500 億円

地域の防災対策 1650 億円

規制改革 －

合計 9150 億円

ステップ１：緊急対応（ 9 月） ステップ２：緊急総合経済対策（ 10月）

ステップ 3 として 2011 年度予算・税制改革による対応が予定されている

（出所）首相官邸ホームページ

⑨日本の追加的対応（金融政策）　　　　～為替介入と異例の「包括緩和」

（出所）日本銀行 33

発表日 政策内容

8 月 30 日 新型オペの資金供給量を 20兆円から 30兆円に拡大

9 月 15 日 円売り・ドル買いの為替介入

（約 6 年半ぶり、非不胎化介入のため金融緩和となる）

10 月 5 日

政策金利年 0.1 ％程度から年 0～ 0.1% 程度に引き下げへ

（ 2006 年 7 月以来の事実上ゼロ金利政策）

長期国債や社債など計 5兆円の金融資産を買い入れる基金の創設

時間軸の明確化

消費者物価指数が「前年比２％以下のプラス、中心は１％程度」ま

で継続

５　中国と共生する日本

34

① 世界貿易の拡大はアジアが牽引

　 米国 EU 日本 中国 ASEAN

米国 - 1.6 1.0 4.5 1.5

EU 1.7 2.5 1.5 4.9 2.2

日本 1.0 1.4 - 4.1 1.6

中国 5.2 7.4 2.9 - 7.7

ASEAN 1.4 2.0 2.0 7.5 2.9

（出所）ジェトロ「世界貿易マトリックス」

貿易の増加倍率（ 2000～ 2008年） 濃い青は全体の平均を上回る伸びを示す。輸　入

輸

　

出

　

35

② 日中の名目 GDP 成長の比較

( 出所 ) 内閣府、中国国家統計局

( 億元 )

(10 億円 )

日本

中国1990 年＝ 100 として比較

36( 出所 ) 日本：内閣府 GDP速報値、中国：中国国家統計局

③ 実質 GDP 成長率の日中比較（前年同期比）

37

④ 増加傾向にあった日中間の貿易額

( 出所 ) 財務省貿易統計

(10 億円 )

⑤ 日中間の貿易の品目別内訳

38( 出所 ) 財務省貿易統計

日本　→　中国 中国　→　日本

⑥ 中国の貿易相手

39( 出所 )JETRO 輸出統計・輸入統計

輸出計　 1兆 2,017 億ドル 輸入計　 1兆 0,056 億ドル

アジア向け 47.3%

アジア向け 60.0%

⑦ 中国人 100万人が日本へ、日本人 332万人が中国へ

40資料：日本政府観光局資料、法務省「出入国統計」

外国人訪日客数の割合（ 2009 年） 日本人出国者数の割合（ 2009 年）

41

⑧ 増加するアジアへの企業進出現地法人企業数 設備投資額

( 出所 ) 経済産業省「海外事業活動基本調査」

① 戦略の目標：経済・財政・社会保障の一体的建て直し

42

税収基盤成長を実現する予算編成

安定財源の確保による持続可能な社会保障制度の確立

（抜本的税制改革）

社会不安の最小化「健康」分野で需要と雇用を創出「新成長戦略」

「財政運営戦略」の設定

「新成長戦略」「財政運営戦略」

の設定

( 出所 ) 　内閣府「新成長戦略」参考資料

６　日本の成長戦略

43

経済の安定成長軌道への復元

持続的な経済成長の強化と国際社会との共生

短期的な経済危機の克服

世界同時不況二番底の回避

人口減少（＝少子高齢化の進

行）

経済と財政の両立可能性

日本経済の失速

構造的に安定した財政運営

国際競争力の強化

潜在成長率の向上

規制改革・資本移動の自由化

2011 年 2015 年

国際共生型経済への脱皮

「成長戦略」に基づく「強い経済」の実現

② 日本経済再生のシナリオ

「財政運営戦略」に基づく「強い財政」「強い社会保障」の実現

基礎的財政収支の黒字化

2020 年

総合 経済効率性 政府効率性 ビジネス効率性

社会基盤

シンガポール １（３） ５（８） ２（１） １（４） １１（８）

香港 ２（２） ４（３） １（２） １（２） ２３（１９）

米国 ３（１） １（１） ２２（２０）

１３（１６） １（１）

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

ドイツ １６（１３） ９（６） ２８（２

７）２５（１９） ８（９）

中国 １８（２０） ３（２） ２５（１

５）２８（３７）

３１（３２）

韓国 ２３（２７）

２１（４５）

２６（３６）

２７（２９）

２０（２０）

日本 ２７（１７）

３９（２４）

３７（４０）

２３（１８） １３（５）

イタリア ４０（５０）

３３（４７）

４９（５４）

４８（４８）

３２（３４） 44

（注）カッコ内は昨年の数字（出所） IMD 「 2010 年世界競争力年鑑」

③ 日本の国際競争力は地盤沈下

④ 歯止めかからぬ高齢化率の上昇

45（出所）国立社会保障・人口問題研究所

見通し実績

⑤ 経済の中長期試算

46

実質 GDP 成長率

消費者物価上昇率

( 出所 ) 　内閣府「経済財政の中長期試算」

⑥ 財政の中長期試算

47

国・地方の基礎 的財政収支対名目 GDP 比

国・地方の公債残高対名目 GDP 比

( 出所 ) 　内閣府「経済財政の中長期試算」

48

⑦ 「新成長戦略」による日本経済再生のシナリオ

GDP 成長率で名目 3% 、実質 2%デフレの脱却

• 環境・エネルギー• 医療・介護・健康• アジア• 観光・地域活性化

• 科学・技術・情報通信• 雇用・人材• 金融

新たな需要と雇用の創出

「第 3 の道」経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用の創出のきっかけとし、それを糧に成長を図る

「第 1 の道」：公共事業中心「第 2 の道」：生産性重視

７つの戦略分野

分野 需要創造 雇用創造

環境 50兆円 140万人

健康 50兆円 284万人

アジア 12兆円 19万人

観光 11兆円 56万人

目標

( 出所 ) 　内閣府資料

　＜成長を支えるプラットフォーム＞