水俣病・新潟水俣病(メチル水銀中毒)と血液脳関門破綻

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メチル水銀中毒では 血液脳関門破綻が治療標的となる 下畑享良 1 ,高橋哲哉 1 藤村成剛 2 ,臼杵扶佐子 3 ,西澤正豊 1 1新潟大学脳研究所神経内科 2環境省国立水俣病総合研究センター・基礎研究部病理室 3同臨床部

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Health & Medicine


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メチル水銀中毒では

血液脳関門破綻が治療標的となる

下畑享良1,高橋哲哉1,藤村成剛2,臼杵扶佐子3,西澤正豊1

1新潟大学脳研究所神経内科

2環境省国立水俣病総合研究センター・基礎研究部病理室3同臨床部

はじめに

• メチル水銀中毒は,水俣病,新潟水俣病として知られているが,発展途上国を中心に,今なお,散発的に,発生がみられる.このため治療の開発の必要がある.

• メチル水銀は主として中枢神経系を障害し,知覚障害,

運動失調,難聴などを引き起こすが,その病態機序は

十分には解明されていない.

メチル水銀中毒の病変部位

• 障害部位は,小脳,後頭葉,

中心前回,中心後回など

部位特異性があるが,その

機序も不明.

• 水俣病重症例の剖検脳では,脳浮腫や脳出血が

認められる(Toxico Pathol 1999;27, 664-71).

• 培養内皮細胞の検討で,メチル水銀が血管内皮増殖

因子(VEGF)の発現を誘導するという報告がある

(J Toxicol Sci 2011; 38, 837-45).

• 以上より,メチル水銀中毒に,VEGFを介した血管障害

が関与するという仮説を立てた.

メチル水銀中毒と血管障害

目 的

① ラット・メチル水銀亜急性中毒モデルにおいて,血液

脳関門におけるVEGFの発現亢進とその発現部位を

検討する.

② VEGFの発現亢進があった場合,抗VEGF中和抗体を

投与し,VEGF抑制による治療効果を検討する.

6週齢雄Wister rat を 20 ppmメチル水銀水に曝露

controlMeHg-1wkMeHg-2wkMeHg-3wkMeHg-4wk

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10週 齢

メチル水銀投与期間

1週

2週

3週

4週

方 法

• 体重• 水銀含有量(大脳,小脳)• VEGF,RECA1(内皮細胞),GFAP(アストロサイト)• 血液脳関門破綻(内在性IgGの血管外漏出)

anti-VEGF(L/H)抗VEGF抗体

低用量 30 µg高用量 120 µg

尾を持ってラットを逆さに吊した際,後肢を交叉させる病的な所見

+++:はっきりとした後肢交叉

++ :後肢交叉らしき症状はあるが不完全

+ :後肢交叉はないが,後肢を引っ込める

- :自由に後肢が動いており,異常なし

責任病変は後根神経節,小脳と推測されている

後肢交叉現象

結 果

メチル水銀投与により体重増加が抑制される

総投与量が多いほど体重増加が抑制され,投与3週間以上の群では体重減少が見られた.

体重(g)

150

200

250

300

350

400

450

6 7 8 9 10 (週)

10週時点での後肢交叉現象の程度

投与量の増加により後肢交叉の頻度が増加する

N=6

1,2週群では後肢交叉は認めない.3週群では後肢交叉が観察される個体が多く,4週群では全例に認められた.

• 投与1週後より水銀が検出され,総投与量が増えるのに従って経時的に増加した.

• 部位による蓄積量に明らかな違いはなかった.

メチル水銀含有量の部位による差はない

N=6

小脳における血液脳関門破綻が認められる

RECA1発現

4週群の小脳における内皮細胞マーカー発現低下

小脳における血液脳関門破綻が認められる

RECA1発現

BBB破綻を示すIgG漏出

4週群の小脳における内皮細胞マーカー発現低下

4週投与群の小脳:著明なVEGFの発現亢進

小脳>大脳後頭部の VEGF 発現が亢進する

VEGF(赤)は,血管内皮細胞のマーカーであるRECA1(緑)陽性細胞の周囲(血管腔の外側)に認められた.

赤:VEGF緑:RECA1

血管内皮細胞における VEGF発現はみられない

VEGF(赤)の発現の多くはGFAP陽性細胞(緑)と一致

VEGF発現亢進はアストロサイトで認められる

統計学的な有意差は認めなかった.

30µm

抗VEGF抗体投与は後肢交叉現象を抑制する

43

14 13

30 µg 120 µg

1. 小脳,大脳後頭部のアストロサイトに発現したVEGF

が,血液脳関門の破綻を来し,神経障害に関わる

可能性が示唆された.メチル水銀中毒の病変部位の

特異性の機序に関わる可能性がある.

2. 血液脳関門の破綻は,非特異的な血中物質の

脳実質への流入,脳浮腫や脳出血,二次的な循環

不全を介して病態の悪化に関与する可能性がある.

考察1(VEGFの病態への関与)

1. 抗VEGF抗体の投与により,後肢交叉現象は改善する

傾向があったが,有意差は認めなかった.

2. この原因として,以下の2点を考える必要がある.

(1)血液脳関門を容易に通過するメチル水銀自体に

よる神経障害は抑制できないこと

(2)最適な抗体の投与法や投与量が不明であること

3. 今後,抗体の投与法や投与量,他のVEGF抑制薬の

検討が必要と考えられた.

考察2(抗VEGF抗体療法)

1. メチル水銀は,VEGFを介して血液脳関門の破綻を

引き起こし,神経障害や部位特異性に関与する

可能性を初めて指摘した.

2. VEGFはメチル水銀中毒の治療標的として有望である.

結 語