低血糖脳症の臨床―病態の理解と創薬に向けて―
下畑 享良
新潟大学脳研究所神経内科
予後不良の低血糖脳症
ブドウ糖注射後は治療方法がない!
➔ 医師としての無力感から研究を開始
概 略
低血糖脳症と予後
新しい動物モデル
創薬の可能性
重さ 2%
糖消費 25%
低血糖→脳ダメージ
糖と脳
低血糖症と低血糖脳症の定義血糖値低下に伴う中枢神経症状
回復 意識障害・麻痺持続
低血糖脳症
実際の臨床現場で増えている
低血糖症
低血糖脳症のMRI画像
異常信号の出現は予後不良
片側限局例が20%(脳梗塞との鑑別を要する)
低血糖脳症のMRI画像
低血糖脳症治療薬は
なぜないのか?
低血糖脳症治療薬は必要か?
低血糖脳症をめぐる疑問
Yes低血糖脳症治療薬は必要か?
低血糖脳症をめぐる疑問①
全世界で
3億7100万人
が糖尿病患者
日本 950 万人
低血糖脳症治療薬は必要か?
低血糖脳症をめぐる疑問①
低血糖脳症治療薬は必要か?
日本では
0.3% (約3万人)が
低血糖症にて病院を受診している(年).
低血糖脳症をめぐる疑問①
低血糖脳症は今後増加する
老人の一人暮らし老々介護
低血糖症に対する対処困難低血糖脳症への移行
低血糖症を繰り返すと認知症発症リスク増加
低血糖症は認知症をもたらす
低血糖症エピソード
認知症リスク
1度 1.45
2度 2.15
3度 2.60
Whitmer et al. JAMA 2009
救急疾患
糖尿病患者の認知症の原因
低血糖脳症は2つの顔をもつ
脳症の予後の改善,認知症の予防のため,治療薬開発が必要!
低血糖脳症治療薬は
なぜないのか?
① 誤解
すでにグルコースがある.
低血糖脳症をめぐる疑問②
低血糖脳症治療薬は
なぜないのか?
① 誤解
② あきらめ
低血糖脳症治療薬開発はムリだ.
低血糖脳症をめぐる疑問②
Time
血糖値 (mg/dL)
Glucose i.v.
血糖降下薬
低エネルギーによる神経障害
0
50
200
病院到着
治療を行う機会がない
低血糖脳症治療薬は
なぜないのか?
① 誤解
② あきらめ
③ 動物モデル
低血糖脳症をめぐる疑問②
昏睡モデル
非昏睡モデル
2つの動物モデルの問題点
昏睡=平坦脳波
脳障害の指標術中の人工呼吸器管理
問題点
昏睡モデル 脳波平坦脳波 > 30min
+高度の脳障害
大掛かり
非昏睡モデル
対光反射消失意識障害
-脳障害の程度のばらつき
2つの動物モデルの問題点
➔ いずれのモデルも創薬に使用しにくい
• 低血糖脳症患者は高齢化に伴い,今後増加する
• 救急疾患であると同時に,糖尿病患者における認知症の原因となる
• 低血糖脳症治療薬の開発には,簡便な動物モデルの開発が必要である
小括1
ではどのように治療薬を開発するか
動物モデル
低血糖脳症患者
①予後に影響する因子 ②ヒトにおける検証
③その因子を参考にした薬剤開発
From Bench to Bedside, and Back!
動物モデルにおける予後予測因子
Metabolism 1991;40:330.Diabetes 2005;54:1452. J Clin Invest 2007;117:910.Lancet 1994;343,16JCBFM 2012;32:1086.
低下→改善
上昇→改善
上昇→酸化的ストレス
長時間→増悪
低下→増悪
Suh et al.(UCSF; Swanson Lab) J Clin Invest. 2007
低血糖のみ対照 低血糖と治療による高血糖
ラット脳における「活性酸素」の産生
グルコース再灌流障害
Time
血糖値 (mg/dL)
Glucose i.v.
血糖降下薬
Phase 1. 低エネルギーによる神経障害
Phase 2. 酸化ストレスによる神経障害
0
50
200
病院到着
脳障害の2つのフェーズ
本当にヒトの低血糖脳症でもグルコース再灌流障害が起きているのか?
5施設・後方視的研究(2005-2011年)
対象 低血糖症患者166名(血糖値 ≦50 mg/dL+中枢神経症状)
項目 原因血糖値持続時間体温血中乳酸値グルコース投与後血糖値
低血糖症患者の予後に関する臨床研究
Ikeda et al. Diabetes Res Clin Pract. 2013;101:159-63.
予後(GOS; Glasgow outcome scale)
1: 死亡2: 植物状態3: 高度障害(要高度介護)4: 中等度障害(日常生活自立)
5: もとの生活に復帰
エピソードの1週間後に評価
予後不良群
予後良好群
1 糖尿病治療薬の誤用 125
2 下痢・食事量低下 39
3 アルコール依存症 26
4 拒食症 4
5 急性副腎不全 3
6 ダンピング症候群 3
7 インスリノーマ 2
8 自殺 1
重複あり
結果:低血糖症の原因
78%
22%38名
127名
GOS1 -11名 (Dead)GOS2 -12名(Vegetative)GOS3 -6名 (Severe)GOS4 -9名 (Moderate)
予後不良例は2割以上存在する!
予後良好群
予後不良群
血糖値
24.018.0
60
40
20
0良好群 不良群
(mg/dL)
低いほど予後不良
*P = 0.008*
良好群 116名不良群 33名
持続時間
(h)
9.016.0
80
60
40
20
0
100
長いほど予後不良
良好群 不良群
*P < 0.001**
良好群 126名不良群 36名
(ºC)40
38
36
34
32良好群 不良群
** *P < 0.001
体温 良好群で低下,不良群で上昇
良好群 127名不良群 38名
35.5
37.0
(mmol/L)
正常値0.5-1.6 mmol/L
2.21.0
8
6
4
2
0良好群 不良群
* *P = 0.032
乳酸値 上昇がないと予後不良
良好群 11名不良群 8名
(mg/dL)
240 265
600
400
200
0良好群 不良群
P = 0.904
治療後血糖値 有意差なし,高値例が多い
良好群 125名不良群 38名
脳低温療法
乳酸投与
抗酸化剤投与
治療後高血糖は介入しやすい?
早期診断,早期治療
小括2
概 略
新しい動物モデル
Ikeda et al. PLoS One. 2015 Jun 17;10(6):e0128844.
均一な
脳障害
人工呼吸器
不要
治療後高血糖
目標値
250 mg/dL
動物モデルの条件
250 mg/dl 目標(3h)20 mg/dl 目標
平坦脳波時間(2分,10分)
ラット短時間昏睡モデルの確立
グルコース再潅流
脂質過酸化
グルコース再灌流は細胞傷害性アルデヒドを産生する
細胞傷害性アルデヒド
4-hydroxy-2-nonenalω6系高度不飽和脂肪酸が酸化ストレスをうけて生成する細胞傷害性アルデヒド
cell/0.25 mm2
4-H
NE
pos
itive
cel
lsiso-EEG 2 min group iso-EEG 10 min group
iso-EEG 2 min
iso-EEG 10 min
sham
sham
50
100
150
200
抗4HNE抗体
大脳皮質における4-HNEの発現
iso-EEG 10 min groupsham iso-EEG 2 min group
cell/0.25 mm2
Fluo
ro-J
ade
B p
ositi
ve c
ells
iso-EEG 2 min
iso-EEG 10 min
sham
50
100
150
200
0
250
Fluoro-Jade B染色
大脳皮質における変性細胞の出現
• 昏睡モデルより簡便で,かつ脳障害の程度を平坦脳波で均一化できる短時間昏睡モデルを確立した.
• 脳組織における細胞傷害性アルデヒド(4-HNE)の発現と変性神経細胞を確認した.
小括3
ALDH2はアルデヒトを分解する
Asian flashALDH2 point mutation
Alda-1
Alda-1グルコース再潅流
脂質過酸化
4-HNEによる神経毒性の軽減を目指す
物質特許 ALDEA社(米国)
ALDH2アゴニスト
4-HNE 陽性細胞FJB 陽性細胞
グルコースとともにAlda-1を投与
(DMSO)
Alda-1の効果(4-HNE陽性細胞)
cell/0.25 mm2
平坦脳波2分
(DMSO)
Alda-1の効果(FJB陽性細胞)
cell/0.25 mm2
平坦脳波2分
発明の名称:
低血糖脳症モデル及びその製造方法、並びに、神経保護剤のスクリーニング方法、及び神経保護剤(出願番号:特願2012-037459)
PCT国際出願完了
特許出願(国内,PCT)
ALDEA社との議論
臨床試験が可能なMegaPharmaとの連携が必要
• 国内外の8つの製薬企業と議論を行った.物質特許をALDEA社が有するため,製品開発が難しいとの理由で共同研究契約は実現しなかった.
• 外国出願に関して,科学技術振興機構による支援を得ることができず,これ以上の継続は困難と判断した.
産学連携活動
12
②優先権主張によるデータ追加
③国際PCT出願
30ヶ月0①国内出願
④各国移行
18特許公開
医薬品特許にかかる費用は高額である
医薬品特許は海外出願が不可欠であるため,複数回の費用(手続き,弁理士手当て)がかかる.
例:脳梗塞に対する抗VEGF抗体特許
費用負担はどこがする?(大学,科学技術振興機構,投資家,製薬企業,個人)
日刊工業新聞
新潟大学初・創薬ベンチャー立ち上げ(2013)
• Alda-1 はグルコース再灌流障害に
伴う神経障害を抑制したことから,低血糖脳症への治療介入の可能性があることを確認した.
• 使用薬剤の物質特許の所在は,産学連携の成否に重要な意味を持つことを学んだ.諦めず次の戦略を考えたい.
小括4
• 動物モデルにおける抗酸化剤の有効性の
確認
• 低血糖脳症患者におけるグルコース
再灌流障害の証明
• 認知症発症予防を念頭においた治療戦略
の開発
今後必要な検討
• 低血糖脳症患者は増加する可能性があり,治療薬の開発が必要である.
• 簡便で,脳障害の程度が均一化な短時間昏睡モデルを確立した.
• ALDH2アゴニスト Alda-1はグルコース再灌流障害を緩和することを示した.
総 括
新潟大学脳研究所神経内科池田哲彦,高橋哲哉金澤雅人,西澤正豊
同 統合脳機能センター五十嵐博中,中田 力
新潟市民病院脳神経内科 長岡赤十字病院神経内科佐藤 晶,五十嵐修一 藤田信也
信楽園病院神経内科 県立新発田病院神経内科田中 一 桑原武夫
共同研究者