睡眠による認知症予防
TRANSCRIPT
新潟大学脳研究所神経内科
下畑 享良
睡眠による認知症予防
イントロダクション
なぜ認知症を睡眠で予防できるか?
アルツハイマー病の病因
老人斑=アミロイドβ沈着
アミロイドβの沈着をいかに防ぐか?
良い睡眠が有効!
睡眠とアミロイドβの関係を調べた研究
Huang et al. Arch Neurol. 2012; 69: 51–58.
髄液中アミロイドβ42 36時間測定
Huang et al. Arch Neurol. 2012; 69: 51–58.
睡眠
睡眠で低下(クリアランス)
では眠らないとどうなるのか?
Kang et al. Science 326, 1005-1007, 2009
梨状皮質
Aβ Tgマウス
嗅球
Kang et al. Science 326, 1005-1007, 2009
梨状皮質
老人斑の増加認知機能↓
慢性睡眠不足
嗅球
Aβ Tgマウス
睡眠不足は認知症を促す
睡眠不足 神経細胞脱落
睡眠不足は認知症を促す
米国 11453人睡眠障害とアルツハイマー病
オッズ比 4.08(2.19-7.61)
ApoE補正後
Burke et al. Int Psychogeriat 2016, 28, 1409-1424
1. 睡眠不足はアミロイドβの蓄積を招き,アルツハイマー病の進行を促進する.
2. 良い睡眠は,認知症予防に有効である可能性がある
小括1
睡眠の意義
高齢者とアルツハイマー病の
睡眠
生活指導治療
良い眠りのためにどうしたら良いか
1. 身体を休める
2. ストレスの発散
3. 記憶の固定
睡眠の意義
海馬 新しい記憶
新皮質 記憶の固定
Diekelmann et al. Nat Neurosci. 14:381-386, 2011.
睡眠は記憶の固定を促進する
睡眠による固定促進
睡眠による記憶固定の加齢変化
1. 身体を休める
2. ストレスの発散
3. 記憶の固定
4. ホルモンの分泌(例を3つ提示)
睡眠の意義
①成長ホルモン
寝る子は育つ
(ng/ml)
②メラトニン
概日リズム
概日リズム
約24時間周期で
変動する生理現象
例:体温の概日リズム
深部体温(直腸温)
皮膚の温度
眠りやすさ
http://www.terumo-taion.jp/health/sleep/01.html
深部体温低下作用
催眠作用
メラトニンの作用(睡眠ホルモン)
• 朝の強い光を浴びて12時間後に分泌開始
• 睡眠周期のリセット
メラトニンの調節
朝1分間,日光浴をすると
夜,メラトニンが分泌され,
よく眠れる
覚醒維持と食欲調節に関わる神経ペプチド
③ヒポクレチン(オレキシン)
ヒポクレチンの概日リズム
ヒポクレチンが低下すると眠くなる!
覚醒維持
ナルコレプシー
ヒポクレチンが低値なので日中も眠い!
食後に眠くなるわけ
満腹⇓
血糖値上昇⇓
食欲ホルモン(ヒポクレチン)低下⇓
覚醒維持の困難(眠気)
1. 睡眠は,記憶の固定やホルモンの分泌にも関わる.
2. 睡眠に関わるホルモンとして,メラトニンとヒポクレチンがある.
3. 光はメラトニンを介して,睡眠に重要な役割を果たしている.
小括2
睡眠の意義
生活指導治療
高齢者とアルツハイマー病の
睡眠
① 高齢者の睡眠
睡眠時間は加齢とともに減少
850
年齢
0
睡眠時間
300
400
600
500
(分)
100
200
(歳)
Stage1
10 15 25 35 45 55 65 75
Stage2睡眠
寝床で過ごした時間
SWS
REM
WASOSleep Latency
25歳7.0hs
45歳6.4hs
65歳6.0hs
ベッドで起きている時間
徐波睡眠
加齢による睡眠構造の変化
若年成人
高齢者
Kales A et al. N Engl J Med 1974;290(9):487-49
高齢者では中途覚醒,早朝覚醒が多い
入眠障害の頻度は差はないが,覚醒の頻度は加齢に伴い増加
Kim K et al. Sleep 2000;23(1):41-47
(%)25
5
10
20~39歳
40~59歳
0
15
20
早朝覚醒入眠困難 中途覚醒
60歳
• 早く就寝し,布団にいる時間が長い
• 日中,運動しない
• 日中の社会的刺激の減少
• 夜間のトイレ回数の増加
• 睡眠を悪化させる疾患の合併
• メラトニン分泌低下
高齢者の睡眠障害の原因
加齢で髄液メラトニン濃度は低下
Liu et al; J Clinical Endo Metabolism 1999, 84, 323-327.
1/2
年齢依存性の濃度低下
➔ 加齢とともに眠れなくなる
② アルツハイマー病の睡眠
アルツハイマー病の睡眠
• 夜間睡眠の分断化• 昼間睡眠の増加• 昼夜逆転➔ 夜間徘徊・せん妄
高齢者の睡眠の重症型
Liu et al; J Clinical Endo Metabolism 1999, 84, 323-327.
ADにおける髄液メラトニン濃度低下
高齢者の所見よりさらに高度の低下
1/5
1. 睡眠の質は加齢により悪化し,とくに中途覚醒,早朝覚醒が増加する.
2. ADの睡眠障害は,高齢者の所見をより重症にしたものといえる.
3. 高齢者,ADともメラトニンを意識した生活指導,治療が必要である.
小括3
睡眠の意義
生活指導治療
高齢者とアルツハイマー病の
睡眠
① 生活指導のポイント
寝る前のテレビ,パソコンは避ける
夜の強い光はメラトニンの分泌を速やかに抑制する
iPad不眠症
夏の早朝散歩はダメ
(対策)朝,散歩したいときはサングラス
164 18
①朝の散歩 ④真夜中の目覚め
24
③夕方から強度の眠気
②12時間後のメラトニン分泌
睡眠に悪いもの
カフェイン(コーヒー,緑茶>>麦茶,ほうじ茶)アルコール(利尿作用)
どうしても飲みたいときは麦茶・ほうじ茶がお薦め
中途覚醒
脳の働き低下
筋弛緩
血圧低下
夜間のトイレは転倒に注意
① 転倒につながる
② 体温低下→血圧急上昇→脳卒中
• すぐにトイレに行かず,起きて1分ほど,
血圧と脈を落ち着ける.
• 寝室からトイレの間につまづくようなものを
置かない.
• 寝る前にトイレに行く習慣をつくる.
• 前立腺肥大症や糖尿病のチェック.
夜間のトイレ対策
② 高照度光療法
光の当たらない生活環境の弊害
外出もできない老健施設(日中でも300ルクス)
➔メラトニンが分泌されない
高照度光療法はメラトニンを増加する
Mishima K et al. J Clin Endocrinol Metab. 2001;86:129-34.
睡眠改善
2500ルクス1日4時間4週間
高照度光療法の実際
③ 睡眠薬の注意点
高齢者は睡眠薬の処方率が高い
三島和夫 診療報酬データを用いた向精神薬処方に関する実態調査研究.
(%)
12.0
4.0
6.0
2.0
65歳以上
2005 睡眠薬の年齢階層別処方率(3ヵ月)
男性
女性
0.0
8.0
10.0
6020 55504540353025
ベンゾジアゼピン系睡眠薬高齢者への使用
• 認知症発症の危険因子になるかどうか?
➔ 相反する結果が報告されている.
• 数~10数年の長期服用で発症リスクは
1.5~3倍高まるという報告もある.
• 現時点では認知機能の評価を適宜実施しな
がら慎重に処方する.
• 有効性についてのエビデンスはなし.
• 有効性が認められても漫然と服用させず,
症状の改善に合わせて適宜減薬・休薬する.
• 認知症状の悪化,転倒・骨折・健忘などの
副作用の発現に注意する.
ベンゾジアゼピン系薬剤認知症患者への使用
睡眠薬開発の歴史
新しい睡眠薬は,有効性と安全性のエビデンス確立が必要
④ コリンエステラーゼ阻害薬の注意点
脳内アセチルコリン放出の概日リズム
• 日中に上昇し,夜間は著明に低下
とくにREM期に低下
• コリンエステラーゼ阻害薬
➔ アセチルコリン値の維持
➔ 睡眠障害,不快な夢
コリンエステラーゼ阻害薬の半減期
ドネペジル リバスチグミン ガランタミン メマンチン
回数(日) 1回 1回 2回 1回
半減期(h) 89±36h 除去後3h 8-9h 55-71h
• 半減期の長いドネペジルは,夜間のAch値↑
➔ 睡眠障害,不快な夢を招く.
• 半減期の短いガランタミン,夕の分は18時以前
に内服するとよい.
⑤ 睡眠疾患による睡眠障害を見逃さない
1. 睡眠時無呼吸症候群2. レストレスレッグス症候群3. レム睡眠行動障害
1.睡眠時無呼吸症候群
睡眠時無呼吸症候群
軟口蓋や舌根の沈下→ 上気道の不完全・完全閉塞
いびき 無呼吸
持続的陽圧換気療法(CPAP)
2.レストレスレッグス症候群
(Ecbom症候群)
① 不快な感覚(虫が這う,
ほてる)のため,脚を動かしたい衝動
② 夕方~夜に多い
③ じっとしていると悪い
④ 脚を動かすと良い
症状の表現は多彩➔見逃さない
一次性
ドパミン作動性神経の機能障害
鉄代謝の異常
遺伝的素因
二次性
鉄欠乏性貧血
慢性腎不全
糖尿病
パーキンソン病
妊娠
向精神薬
• 増悪因子カフェイン,アルコール,タバコ,抗ヒスタミン薬
• 第一選択薬
プラミペキソール
ロチゴチンパッチ
ガバペンチン・エナカルビル
• 2次性の場合は,原疾患の治療
3.レム睡眠行動障害
レム睡眠行動障害
症例ビデオ
レビー小体型認知症パーキンソン病多系統萎縮症(αシヌクレイノパチー)
治療:クロナゼパム(転倒や持ち越し効果に注意)
1. メラトニンを意識した生活指導,高照度
光療法は高齢者の睡眠障害に有効.
2. 睡眠薬は漫然と使用せず,かつ副作用
に気をつける.
3. 睡眠障害を引き起こす疾患についても
理解し,見逃さないことが大切
小括4
1. 認知症の予防として,睡眠医療からのアプローチもある.
2. 睡眠ホルモンや睡眠疾患を理解し,良い睡眠の手助けをする.
3. 睡眠と認知症に関する疫学研究は乏しく,今後の取り組みが必要である.
総 括