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五十嵐祐 2008, 印刷中) 人と人とのつながりが規定するコミュニケーション-ネットワークの対人心理学- 繊維製品消費科学, 49. @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 6. 人と人とのつながりが規定するコミュニケーション -ネットワークの対人心理学- 日本学術振興会・大阪大学 五 十 嵐 祐 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 1.はじめに 家族関係、友人関係、職場関係など、世の中 に縦横無尽に張り巡らされた人と人とのつなが りは、日常生活における私たちの思考や行動に 大きな影響を与えている。本稿では、人々を結 ぶ社会的なつながりの網(ネット)、すなわち、 社会的ネットワークが私たちの生活にもたらす 影響について、古典的な研究から最新の研究知 見までを幅広く織り交ぜて紹介していきたい。 2.世間は狭い:スモールワールド現象 以前、「友人の友人はアルカイダ」と公の場 で発言し、物議をかもした日本の政治家がいた。 発言の是非はともかくとして、このような一見 突拍子もないつながりは、私たちの日常生活の 中にもときどき現れてくる。初対面の人と話し ているとき、ふとしたきっかけで共通の知人が いることがわかり、「世間は狭いなぁ」と感じた 経験は、誰にでも一度や二度はあることだろう。 また、自分の知り合いの輪をたどっていくと、 思いもよらない有名人とつながりがあった、と いう人も意外と多いのではないだろうか。 筆者も客員研究員としてオーストラリアに 滞在していた時に、このような経験をしている。 化学を専攻していたマレーシア人の友人が、日 本に短期留学することになった。よくよく話を 聞いてみたところ、実は彼女の受入教官が、筆 者が日本で大学院生だった頃に授業で教えた学 生の父親だったのである。オーストラリアと日 本という遠く離れた場所で、一見何の関係もな さそうな知り合い同士がつながっているとは思 ってもいなかったので、非常にびっくりした記 憶がある。 このような現象は、「スモールワールド現象」 と呼ばれている。スモールワールド現象は、人々 の社会的ネットワークがどのような構造をもっ ているのかについて、非常に興味深い示唆を提 供する。 Milgram (1967) 17) の研究は、スモールワール ド現象を実証的に検討した最初の実験である。 アメリカで行われたこの実験では、ボストン(マ サチューセッツ州)、オハマ(ネブラスカ州)、 ウィチタ(カンザス州)の各都市からランダム に選ばれた 96 人に対して、ボストン在住の X 氏(株式仲買人)に手紙をリレーして届けるよ うに求めた。全ての実験参加者には、X 氏の経 歴や個人情報が伝えられた。手紙を送る際には、 自分とファーストネームで呼び合える関係で、 かつ X 氏をなるべく知っていそうな人を一人だ け選んで、手紙を送るように依頼した。これら 2 つのシンプルなルールに基づいて、何回の手 紙のリレーで X 氏まで手紙が届くのかが検証さ れた。なお、ここでは、ある 1 人の人から他の 1 人までの距離を「ステップ」という単位で表 現する。 A さんと B さんとの距離が 3 ステップ である場合は、その間に 2 人の仲介者がいるこ とになる。 事前の予想では、X 氏まで手紙が到達するの に、平均するとおよそ数百ステップが必要であ ると思われていた。X 氏は全ての参加者にとっ て未知の人物である。また、オハマやウィチタ はアメリカ中部の小都市であるのに対し、ボス

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五十嵐祐 (2008, 印刷中) 人と人とのつながりが規定するコミュニケーション-ネットワークの対人心理学-

繊維製品消費科学, 49. @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

6. 人と人とのつながりが規定するコミュニケーション

-ネットワークの対人心理学-

日本学術振興会・大阪大学 五 十 嵐 祐

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 1.はじめに

家族関係、友人関係、職場関係など、世の中

に縦横無尽に張り巡らされた人と人とのつなが

りは、日常生活における私たちの思考や行動に

大きな影響を与えている。本稿では、人々を結

ぶ社会的なつながりの網(ネット)、すなわち、

社会的ネットワークが私たちの生活にもたらす

影響について、古典的な研究から 新の研究知

見までを幅広く織り交ぜて紹介していきたい。 2.世間は狭い:スモールワールド現象

以前、「友人の友人はアルカイダ」と公の場

で発言し、物議をかもした日本の政治家がいた。

発言の是非はともかくとして、このような一見

突拍子もないつながりは、私たちの日常生活の

中にもときどき現れてくる。初対面の人と話し

ているとき、ふとしたきっかけで共通の知人が

いることがわかり、「世間は狭いなぁ」と感じた

経験は、誰にでも一度や二度はあることだろう。

また、自分の知り合いの輪をたどっていくと、

思いもよらない有名人とつながりがあった、と

いう人も意外と多いのではないだろうか。 筆者も客員研究員としてオーストラリアに

滞在していた時に、このような経験をしている。

化学を専攻していたマレーシア人の友人が、日

本に短期留学することになった。よくよく話を

聞いてみたところ、実は彼女の受入教官が、筆

者が日本で大学院生だった頃に授業で教えた学

生の父親だったのである。オーストラリアと日

本という遠く離れた場所で、一見何の関係もな

さそうな知り合い同士がつながっているとは思

ってもいなかったので、非常にびっくりした記

憶がある。 このような現象は、「スモールワールド現象」

と呼ばれている。スモールワールド現象は、人々

の社会的ネットワークがどのような構造をもっ

ているのかについて、非常に興味深い示唆を提

供する。 Milgram (1967) 17)の研究は、スモールワール

ド現象を実証的に検討した 初の実験である。

アメリカで行われたこの実験では、ボストン(マ

サチューセッツ州)、オハマ(ネブラスカ州)、

ウィチタ(カンザス州)の各都市からランダム

に選ばれた 96 人に対して、ボストン在住の X氏(株式仲買人)に手紙をリレーして届けるよ

うに求めた。全ての実験参加者には、X 氏の経

歴や個人情報が伝えられた。手紙を送る際には、

自分とファーストネームで呼び合える関係で、

かつX氏をなるべく知っていそうな人を一人だ

け選んで、手紙を送るように依頼した。これら

2 つのシンプルなルールに基づいて、何回の手

紙のリレーでX氏まで手紙が届くのかが検証さ

れた。なお、ここでは、ある 1 人の人から他の

1 人までの距離を「ステップ」という単位で表

現する。A さんと B さんとの距離が 3 ステップ

である場合は、その間に 2 人の仲介者がいるこ

とになる。 事前の予想では、X 氏まで手紙が到達するの

に、平均するとおよそ数百ステップが必要であ

ると思われていた。X 氏は全ての参加者にとっ

て未知の人物である。また、オハマやウィチタ

はアメリカ中部の小都市であるのに対し、ボス

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五十嵐祐 (2008, 印刷中) 人と人とのつながりが規定するコミュニケーション-ネットワークの対人心理学-

繊維製品消費科学, 49. トンはアメリカ東海岸の学術都市である。これ

らの都市は直線距離でおよそ 2,300 キロも離れ

ており、同じアメリカといえどもその生活環境

は大きく異なる。こうした条件から、手紙が X氏に到達するまでの道のりは、相当遠回りにな

ることが予想されていた。 しかし、実験の結果は予想に大きく反するも

のであった。平均すると「たった」6.2 ステッ

プで X 氏に手紙が到達していたのである。この

「6 ステップで見知らぬ人とつながる」という

結果は、想像以上に「世間は狭い」ことを示す

ものであった。その後、世間の狭さを象徴する

表現として、「6 次の隔たり」(six degrees)と

いう言い回しが使われるようになる(Watts, 2003 25))。

一方、日本においても、Milgram の実験の追

試という形で、スモールワールド現象の検討が

行われている。三隅・木下 (1992) 18)は、目標

人物の知名度が高いほど、到達するまでのステ

ップ数が少なくなるという仮説を立て、大阪在

住の X 氏(知名度高:百貨店勤務)と Y 氏(知

名度低:繊維会社勤務)を目標人物として設定

し、福岡市から 200 人を無作為抽出して、X 氏

とY氏に手紙をリレーして届けるように依頼し

た。福岡―大阪間の距離はおよそ 600 キロであ

る。 実験の結果、目標人物に手紙が到達するまで

の平均ステップ数は 7.2 であった。つまり、日

本においてもスモールワールド現象は成り立っ

ていたのである。目標人物別に見ると、X 氏に

は平均 5.5 ステップ、Y 氏には平均 9.2 ステッ

プで手紙が到達していた。この差は統計的に有

意であり、知名度が高い目標人物には、仮説通

り、少ないステップ数で手紙が到達していたこ

とがわかった。 一方、インターネットや携帯電話の普及した

現代社会では、コミュニケーションの距離的な

制約が解放され、オンライン上で多様な人々と

出会うことが可能になった。こうした社会的環

境の変化は、未知の人々の間の「6 次の隔たり」

にどのような影響を与えるのだろうか。

Dodds, Muhamad, & Watts (2003) 4)は、電

子メールを用いて、世界規模でのスモールワー

ルド現象の検討を行った。インターネット上の

Web サイトを通じて行われたこの実験には、

166 カ国の 98,847 人がボランティアで参加し

た。実験参加者は、13 カ国・18 人の中からラ

ンダムに設定された目標人物に対して、知人を

通じて電子メールを伝達するように依頼された。

目標人物は、アメリカの有名大学教授、インド

のコンサルタント、エストニアの古文書研究者、

オーストラリアの警官、ノルウェーの退役軍人、

オマハの店員などであった。 実験参加者と目標人物が同じ国にいた場合、

目標人物に到達するまでのステップ数は 5 であ

った。これに対して、違う国の人物が目標であ

った場合も、到達ステップは「わずか」7 であ

った。すなわち、「6 次の隔たり」は、インター

ネットを通じて広範囲に多様な社会的ネットワ

ークが形成されている現代社会においても、お

およそ成り立つことが明らかとなったのである。 特に興味深いのは、これら 3 つの実験の参加

者が、手紙やメールの伝達相手をどのように選

択したのか、ということである。実は、人々は

手紙やメールの伝達相手をまったくランダムに

選択したのではなく、そこには明確な意図や規

則が存在していたのである。 ① Killworth & Bernard (1978) 12)は、実験参

加者に Milgram の実験手続きを説明した

あとで、どのような基準を用いて手紙の伝

達相手を選ぶかを尋ねた。すると、多くの

実験参加者は、地理的要因と職業の 2 つの

基準によって、手紙を伝達する相手を選択

すると回答した。 ② 三隅・木下(1992) 18)の実験では、実験参加

者は自分と似た属性を持つ相手(同性、同

年代、同職業)に手紙を送る傾向があった。

また、目標人物に到達しなかった実験参加

者は、X 氏または Y 氏と同じ地域に住んで

いる人や、顔が広そうな人に手紙を伝達す

るという戦略をとっていた。これに対して、

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繊維製品消費科学, 49.

目標人物に到達した実験参加者のとった戦

略は、X 氏または Y 氏と同じ出身大学の人

や、仕事上の関係がありそうな人に手紙を

伝達していた。 ③ Dodds et al. (2003) 4)の実験では、目標に

到達した実験参加者の場合、メールを送っ

た相手の性別は、同性:異性が 6:4 の割合

であった。また、家族や職場の同僚にメー

ルを送る傾向もみられた。メール相手との

関係性は、7 割が「近い」関係であり、残

りの 3 割は「ふつう」あるいは「近くない」

関係であった。

これらの結果は、スモールワールド現象の背

後に潜む、人々の社会的ネットワークがもつ構

造的な特徴についての重要なヒントを与える。

Watts (2003) 25)は、スモールワールド現象を説

明する社会的ネットワークの構造として、①ク

ラスター(コミュニティ)と②ランダム・ショ

ートカットの重要性を指摘している (増田 , 2007 15)も参照)。

クラスターとは、三者関係を基本とする、同

じ文化やルール、価値観を共有している人々の

集合である。クラスターの集まりは、家族、職

場、地域社会といったコミュニティ(集団)と

なる。「類は友を呼ぶ」ということわざの通り、

人々は、性別や見た目、態度、価値観などが類

似した相手に魅力を感じる傾向がある (Byrne, 1971 2))。人は、家族や親戚との人間関係、職場

の人間関係、大学時代の人間関係、地域の人間

関係、趣味の人間関係など、さまざまなコミュ

ニティでの人間関係を基盤として、社会的生活

を営んでいる。また、コミュニティには、現在

所属しているものだけでなく、かつて所属して

いたものも含まれる。 ランダム・ショートカットとは、異なるコミ

ュニティ同士を結びつける社会的なつながりの

ことである。A さんの職場の同僚である B さん

が、実は有名芸能人の X さんと大学時代の同級

生だった、という例を考えてみよう。A さんに

とっては、B さんを介することで、職場と芸能

界という異質のコミュニティ同士がつながるの

である(ただし、これで A さんと X さんが仲良

くなれるかどうかは別問題であるが)。ここでは、

B さんと X さんとのつながりが、A さんにとっ

てのランダム・ショートカットとなる。 先ほど紹介したスモールワールド現象に関

する 3 つの実験では、目標人物に到達した実験

参加者は、自分または目標人物と共通点を持つ

と思われる相手に手紙やメールを送信していた。

また、それほど近い関係ではない相手にも、一

定の割合でメールを送っていた。前者はコミュ

ニティによるつながり、後者はランダム・ショ

ートカットによるつながりに対応する。 つまり、人々のつながりの多くはコミュニテ

ィを基盤として成り立っているが、中には少数

のランダム・ショートカットが含まれており、

そのことがスモールワールド現象を引き起こし

ていたのである。したがって、スモールワール

ド現象は、 スモールワールド=多数のコミュニティ+

少数のランダム・ショートカット

というシンプルなモデルによって表すことがで

きる。このモデルの妥当性は、シミュレーショ

ン実験や、現実場面の社会的ネットワーク構造

の分析によっても繰り返し確認されている

(Watts, 2003 25))。 ただし、ランダム・ショートカットにおける

「ランダム」とは、数学的な意味での偶然性と

は異なり、「完全な行き当たりばったり」を意味

するのではない。一見、全くの偶然によって結

ばれたように見える社会的なつながりであって

も、人間の行動の背後には、多くの場合、何ら

かの意図が存在すると考えるのが自然である。 この点について、西口 (2007) 20)は、中国・

温州(ウェンゾウ)の経済発展モデルに関する

興味深い事例を報告している。温州は中国浙江

省の南東に位置する港町であり、中国 大のボ

タン、靴、アパレルの産業地帯である。温州人

は伝統的に手先が器用であると同時に、「中国の

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繊維製品消費科学, 49. ユダヤ人」とも呼ばれるほどの商売上手である。

特筆すべきは、温州人が皮革業、服飾業を中心

とする世界規模の巨大な社会的ネットワークを

構成しており、海外在住の温州人 40 万人中、

およそ 20 万人がイタリアを中心とするヨーロ

ッパ各地に滞在していることである。 このように華やかな現在の温州の姿からは

想像もつかないが、実は、1970 年代半ばまで、

温州は中国の中でも も貧しい地域だった。西

口は、今日の温州人の商業的な成功の原因が、

彼らが「ただ生き延びるため」だけに外の世界

へと積極的に進出していたことにある、と指摘

し、「温州人の逸話」として語り継がれる次のよ

うなエピソードを紹介している。

20 世紀初頭、ある男が温州から出稼ぎに行

くため、港を行き当たりばったりに歩いてい

た。男は 初に出会った背の高い西洋人に声

をかけ、どこでもいいから船に乗せていって

ほしい、と頼み込み、首尾よく密航した。数

ヶ月後、男がたどり着いたのは、オランダの

ロッテルダムだった。手先の器用な男は彫像

などの石細工を作って売りさばき、やがて財

をなした。その後、男は家族や親戚を故郷か

ら呼び寄せ、現地に根づいた生活を送ったと

いう。

この逸話は、男が自らランダム・ショートカ

ットを作り出すことで、大きな可能性の広がる

異国の地、すなわち、異なるコミュニティへと

所属先を移し、人生の転機への足がかりをつか

んだサクセスストーリーである。ここで、ラン

ダム・ショートカットの「ランダム」という言

葉の示す意味をもう一度考えてみたい。男は「行

き当たりばったり」に出稼ぎ先を探したと伝え

られている。男の行動が数学的な意味でランダ

ムであるとするならば、相手の国籍にかかわら

ず、「港で 初に出会った人」に声をかけてもよ

いはずである。しかし、男はそうしなかった。

本当のところ、男は大きなチャンスをつかむた

めに、「可能な限り遠い外国」に行きたいという

明確な目的を持ち、あえて自国の人間ではなく、

外国人に声をかけたのではないだろうか。 西口は、こうした戦略的な対人行動を「方向

性を持った探索による、情報伝達経路のリワイ

ヤリング(つなぎ替え)」と呼んだ。これは、人々

の社会的なつながりの選択(リワイヤリング)

が、ある程度のランダムさを含みつつも、何ら

かの意図(方向性)に基づいていることを意味

する。西口の指摘は、スモールワールド現象を

モデル化する際、人々の対人行動の背後に明確

な意図があることを強調した点で、大きな意味

を持つ。 さて、スモールワールド現象に関するこれら

の洞察は、非常に多くの示唆に富んでいる。し

かし、その解釈にはいくつか注意すべき点もあ

る。まず、手紙やメールの到達率はいずれの実

験でも非常に低く(Milgram (1967) 17):26.8%、

三隅・木下(1992) 18):27.5%、Dodds et al. (2003) 4): 0.4%)、多くの参加者は途中で実験を

止めてしまったと考えられる。また、現実世界

での対人行動とは異なり、一人にしか手紙やメ

ールを送ることができないという手続き上の制

約は、目標人物に到達するまでのステップ数を

増やしてしまう可能性もある。一方で、コミュ

ニティ間の対立や、文化の違い、言葉の違いと

いったものも、現実世界での社会的なつながり

を制限する大きな壁となる。こうした点をふま

え、今後は、人々がどのようにして社会的なつ

ながりを取捨選択していくのかについて、より

詳細な検討を行っていく必要があるだろう。 2.遠くて近い縁:弱い紐帯の強さ

戦後日本の経済成長を支えた企業の終身雇

用制度は、経済活動のグローバル化や、バブル

崩壊後の長期的な不況の波に押され、その実体

を失いつつあるという指摘がある (谷川, 2003 22))。終身雇用制度には、企業と被雇用者の結び

つきを強め、被雇用者の自発的な転職を控えさ

せる効果があった。しかし、近年の日本は、若

い世代の被雇用者の自発的な転職が盛んとなり、

本人の就きたい職と人材とのリマッチングによ

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繊維製品消費科学, 49. る、労働市場の雇用調整が重要となる社会へと

変化しつつある (山口, 2004 26))。 人材の流動化がある程度進んだ現在の日本

社会では、転職によって希望する職を見つける

ことが、個人のキャリア形成において非常に重

要となる。転職情報は、公的機関や民間機関を

通じてフォーマルな形で手に入れることが可能

である一方、「知り合いの紹介」や「個人的な人

脈」、少々感じの悪い言い方をすれば「コネ」と

いった、インフォーマルな形で手に入れること

も可能である。世の中には、知り合いから有利

な転職情報を得て、順調なキャリアアップを遂

げた人も少なくないだろう。 こうした「耳寄り」な転職情報は、どのよう

な社会的つながりを通じて入手できるのだろう

か。Granovetter (1973) 7)は、アメリカ・ボス

トン郊外に住む転職経験者の専門職、技術者、

管理職の男性に調査を行い、この問題を検証し

た。インタビュー調査に協力した 100人のうち、

知人を通じて転職した 54 人に対して、転職情

報を得た時点での紹介相手との接触頻度と関係

を尋ねたところ、仕事を紹介してくれた相手と

は、「ときどき会っていた(55.6%)」、「めった

に会わなかった(27.8%)」という回答が多く、

「ひんぱんに会っていた(16.7%)」という回答

が も少なかった。また、紹介相手との関係は、

大学時代の古い友人、かつての同僚や上司が多

く、仕事以外の状況で会ったことはほとんどな

いという回答であった。 これは、「弱い紐帯の強さ」として広く知ら

れている現象である(紐帯(tie)とは人々のつ

ながりを意味する)。この印象的なネーミングは、

Granovetter の論文のタイトルに由来しており、

かつて所属していたコミュニティの知り合いで、

どちらかといえば普段の交際が疎遠な相手との

つながり(弱い紐帯)が、実は転職につながる

有益な(強い)情報をもたらすという、ある種

の逆説的なニュアンスが含まれているのである。

なお、紐帯の強さは、①一緒に過ごす時間量、

②情緒的なつながりの強さ、③親密さの程度(秘

密を打ち明けられるかどうか)、④助け合いの程

度、の 4 つの成分を組み合わせて決定される (Granovetter, 1973 7))。ただし、紐帯の強さを

数量的に厳密に定義することは難しく、どちら

かといえば状況に応じて直感的に決定されるこ

とが多い。 弱い紐帯が転職などの重要で有益な情報を

もたらすのはなぜだろうか。自分が現在所属す

るコミュニティでは、普段からよく会う人々と

の間で情報のやり取りが行われる。しかし、こ

うした人々とはすでに多くの情報が共有されて

いるため、得られる情報に新鮮味は乏しく、大

きなチャンスを期待することは難しい。しかし、

弱い紐帯でつながっている相手は、現在の自分

とは異なるコミュニティに所属している。そこ

で共有されている情報は、自分が所属している

コミュニティとは多くの点で異なるであろう。

したがって、弱い紐帯は、コミュニティ間の橋

渡し(ブリッジ)として、自分が現在所属する

コミュニティでは手に入らないような、異質性

の高い情報をもたらすことになるのである。 ところが、日本で行われた同様の調査では、

弱い紐帯ではなく、主に強い紐帯を通じて転職

に関する情報が得られることが報告されている

(渡辺, 1991 24))。つまり、日本での転職は、

家族や親戚、上司などの「コネ」や「縁故採用」

という形をとるものが多数を占めていたのであ

る。 こうした紐帯の機能に関する文化差は、人々

がコミュニティ(集団)をどのようにとらえて

いるのか、という知覚様式の文化差とも関係す

るだろう。結城(2005)28)は、日本を含む東ア

ジアの文化では、人々が所属コミュニティを社

会的ネットワークの総体として知覚する傾向が

あるのに対し、北米の文化では、人々が所属コ

ミュニティのメンバーを互いに類似した存在と

して知覚する傾向があることを明らかにしてい

る。すなわち、類似性が高い(と思いこんでい

る)人々がコミュニティを形成している北米で

は、異質性の高い情報に注目が集まりやすく、

弱い紐帯の役割が特に重要視されるのかもしれ

ない。

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繊維製品消費科学, 49.

一方、Krackhardt (1992) 14)は、「強い紐帯の

強さ」についても指摘している。この研究では、

あるベンチャー企業における労働組合の組織化

の過程において、相互作用や情緒的なつながり、

長年のつきあいといった要素に基づく強い紐帯

が、人々の間の信頼感を醸成し、不確実性の高

い状況に対処する上で重要な機能を持つことが

明らかにされている。つまり、弱い紐帯は、コ

ミュニティ間の橋渡しとして異質な情報を提供

するのに対し、強い紐帯は、コミュニティ内の

閉じた結びつきとして信頼感を強める役割を果

たしているのである(本連載・第 3 回(古谷, 2008 6))を参照)。

ところで、 近の日本では、企業の新規採用

が大幅に減少した 1993 年~2004年に高校や大

学を卒業した人々を、「就職氷河期世代」と呼ん

でいる(余談だが、筆者もこの世代に属する)。

氷河期世代は、新卒での就職に失敗すると、そ

の後もフリーターや派遣社員といった不安定な

職に就くことを余儀なくされており、大きな社

会問題となっている。 新卒での就職に失敗した氷河期世代の人々

が、他の世代に比べて能力が劣っていたり、や

る気がなかったりというわけでは決してないだ

ろう。しかし、新卒での正規雇用を獲得するこ

とがキャリアアップの大原則となっている日本

社会では、不況による就職難が原因であるとは

いえ、フリーターや派遣社員といった非正規雇

用の職に就いている若者が、その後の人生でキ

ャリアアップにつながるような転職を行うこと

は、残念ながら非常に難しいのが現状である。 堀 (2004) 8)は、定職に就いていないアルバイ

トや無業の若者の社会的ネットワークの実態に

関して、インタビュー調査を行っている。代表

的な 10 の事例を分析したところ、無業の若者

の社会的ネットワークは、その大多数が、①孤

立型(家族以外の社会的なつながりがほとんど

ない)、②限定型(地元の同年齢で構成された社

会的なつながりのみに所属する)のいずれかで

あることが明らかとなった。 簡単に言えば、無業の若者の多くは、非常に

狭い範囲の同質な社会的ネットワークしか持っ

ていないために、就職につながるような有益な

情報を得るための経路が閉ざされているのであ

る。堀は、こうした状況の解決策として、無業

の若者が学校や公的機関を通じて就労につなが

るような社会的ネットワークを形成するための、

行政レベルのサポートの重要性を主張している。 興味深いことに、孤立型の社会的ネットワー

クは、大卒者など、学校に長期間所属した無業

の若者に多くみられた。無業の大卒者は比較的

裕福な家庭で育っており、職に就いていなくて

も日常生活にそれほど不便は感じていないと考

えられる。したがって、金銭的な問題は、就労

意欲を高めるための主要な動機とはならないだ

ろう。むしろ、堀のインタビュー調査では、こ

うした高学歴の若者が、対人コミュニケーショ

ンに過度の苦手意識を持っていたり、自分の理

想の生き方を追い求めることにこだわりを持ち

すぎたりするあまり、周囲の対人関係から孤立

していることが見いだされている。 一方、限定型の社会的ネットワークは、中卒

者や中退者など、学校を早い時期に離れた無業

の若者に多くみられた。彼らは強い紐帯を保持

しており、仲間からの社会的なサポートを得る

ことはできるものの、これらのつながりは閉じ

たコミュニティを形成していた。すなわち、仲

間内での社会的なつながりを持つだけでは、外

部への雇用の機会を生み出すことにはつながら

ないのである。また、学校を早い時期に離れた

若者は、金銭的な動機や生活上の必要性から職

を求める傾向が強いと考えられる。現実問題と

して、彼らにとっては、コミュニケーションの

不安や自己実現といった個人の内面の問題より

も、社会的生活を営んでいく上で有益となる情

報や資源から切り離されていることが、キャリ

ア形成の大きな障壁になっているのであろう。 このように、私たちの社会的な行動は、個人

の能力や性格だけでなく、個人の持つ社会的な

つながりによっても大きな影響を受けている。

人づてに大きなチャンスをつかむためには、目

の届く範囲にある「近場の縁」だけでなく、た

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繊維製品消費科学, 49. まには「遠くて近い縁」に目を向けてみるのが

よいのかもしれない。

4.人気者は少数:スケールフリー・ネットワ

ーク

読者の中には、「一年生になったら/一年生

になったら/友だち 100 人できるかな」という

懐かしいフレーズを覚えておられる方も、案外

多いのではないだろうか(まど・みちお作詞「一

年生になったら」)。小学校は、同年齢の他者と

の集団生活を通じて、初めて社会とのかかわり

をもつ大事な場所である。学校という場で交友

関係をどのように作り上げていくのか、という

ことは、子どもたちにとって、勉強と同じくら

い気になることであるに違いない。 ここで歌われているような、小学校という交

友範囲の限られたコミュニティの中で、友だち

が 100人もいるような子どもはまさにヒーロー、

スーパースターである。では、「子どもの人気度

=友だちの数」と定義してみよう。すると人気

者とは「たくさんの友だちがいる子ども」を指

すことになる。100 人という数は少々おおげさ

ではあるが、たいていのクラスには、たくさん

の人と友だちになっている人気者の子どもがい

ることだろう。 ただし、この定義には、ひとつ暗黙の条件が

隠されていることにお気づきだろうか。実は、

人気者とは、「ほかの子どもたちと比べて、より

たくさんの友だちがいる子ども」を指している

のである。もし、とても大規模で仲のよいクラ

スがあり、ほとんどの子どもが 100 人と友だち

であるのが普通だとすれば、クラス内でその子

どもたちが人気者として扱われることは、おそ

らくほとんどないだろう。逆に、30 人のクラス

で、ほとんどの子どもが 5 人ほどのグループで

しか活動していないのに、クラスの全員と友だ

ちである子どもがいれば、その子は人気者とし

て認知されるだろう。 ここで重要なのは、子どもの人気度が、人数

という絶対的な基準に基づくのではなく、他者

との比較による相対的な基準によって決定され

ていることである。これは、相対的剥奪 (Merton, 1938 16))と呼ばれる現象である。私た

ちには、他者との比較を通じて自己の評価を決

定する傾向がある (Festinger, 1954 5))。自分は

他者よりも友だちが少なく、人気がないなあ、

と感じることは、人気度についての主観的な期

待水準と現実的な達成水準との間にギャップを

生み出し、「格差意識」を高めてしまうのである。 面白いことに、現実世界で個人が持つ社会的

なつながりの数の分布を調べてみると、そこに

は個人によってかなりのばらつきがある。つま

り、私たちが他者との相対的な比較を行うこと

で感じる人気度の格差意識は、現実世界の社会

的ネットワークの構造上、必然的に生まれてき

たものであるとも解釈できる。私たちの世界は、

皆が同じ数の社会的なつながりを持つような

「ネットワーク平等社会」ではなく、社会的な

つながりをたくさん持つ者は常に少数であると

いう「ネットワーク格差社会」なのである。 Barabási (2002) 1)は、現実の社会的ネットワ

ークの構造を分析した結果から、少数の人が非

常にたくさんの社会的なつながりを持ち、その

ほかの人が少しの社会的なつながりしか持たな

いというモデルを提案し、それを「スケールフ

リー・ネットワーク」と呼んだ。こうした社会

的なつながりの量に関する格差は、「少数の人々

が全体の資源の大多数を所有する」という「二

八の法則」(「パレートの法則」)に従っている。 スケールフリー・ネットワークの中で、非常

に多くの社会的なつながりを持つ人は、「ハブ」

Fig. 1 スケールフリー・ネットワークの例

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繊維製品消費科学, 49. と呼ばれる。ハブはネットワークにおける情報

の流れを効率化するとともに、情報の流れをコ

ントロールする役割も持つ。Fig. 1 はスケール

フリー・ネットワークの例であり、少数の人々

(ハブ)が多くのつながりを持っていることが

わかる。 私たちは日常生活の中で、ハブを通じた情報

収集を知らず知らずのうちに行っている。ここ

で、社会的ネットワークとは異なるが、インタ

ーネットの Web サイトのネットワークにおけ

る、ハブの影響力についての簡単な例を挙げて

みよう。インターネット上のブログに、あるユ

ニークな商品についての面白い紹介記事が載っ

たとする。そのブログ自体のアクセス数はそれ

ほど多くないとしても、いったんその記事が

Yahoo! JAPAN のトップページで取り上げられ

ると、ブログへのアクセスは急増し、商品の売

り上げが大幅に伸びるかもしれない。Yahoo! JAPAN はインターネット利用者のおよそ 9 割

が閲覧し、月間利用者数が4000万人を超える、

インターネット上の重要なハブのひとつである

(ネットレイティングス, 2007 19))。つまり、

ハブを介することで、私たちは効率的に情報を

収集することができるのである。逆に、Yahoo! JAPAN のトップページにネガティブな情報が

掲載されてしまうと、その社会的な影響力は非

常に大きなものとなるだろう。同じようなこと

は、人々の間のうわさや流行の伝達過程にもあ

てはまる(本連載・第 5 回(竹中, 2008 21))を

参照)。 さて、先に述べた通り、スケールフリー・ネ

ットワークでは、ハブは少数しか存在しない。

Barabási (2002 1))は、①成長、②優先的選択と

いう 2 つのルールによって、この特徴を説明し

ている。成長とは、その名の通り、ネットワー

クに新しい人が参入することである。一方、優

先的選択とは、人々が新しいつながりを選択す

るとき、すでにたくさんのつながりを持ってい

る人を選ぶ、というルールであり、言い換える

ならば「富める者がますます富む」ということ

である。いったん人気者になれば、その人気は

将来にわたって続くが、人気者でない人があと

から社会的なつながりを獲得するのは、なかな

か難しいのである。 社会的ネットワークに人気者は少数しか存

在しない、という現実は、他者と自分とを比べ

た場合に、多くの人が相対的剥奪を感じること

につながる。しかし、他者の行動を観察したと

き、観察者は行為者の意図を必ずしも正しく把

握できるわけではない(本連載・第 4 回(木村, 2008 11))を参照)。同様に、私たちは周囲の人

間関係についても偏った見方や思い込みをする

傾向があり、そのことがネットワーク格差意識

を引き起こしているかもしれないのである。 Krackhardt (1990) 13)は、職場の社会的ネッ

トワークに関する人々の認知と、職場での評判

との関連について検討を行った。この研究では、

あるハイテク企業のマネージャー36 名( 上級

職 3 名、監督職 5 名、役職なし 28 名)を対象

に、自分を含めた職場における全ての人間関係

のペア(36×35=1260 ペア)について、①誰が

誰に対してアドバイスを求めているか、②誰と

誰が友人であるか、をそれぞれ答えてもらった。

この手続きで測定されるのは、自分を含めた周

囲の人間関係が、どのような構造を持つのかに

ついての認知である。ここでは、A さんが B さ

んに対して「アドバイスを求めたことがある(友

人関係である)」と回答し、かつ、B さんも Aさんに対して「アドバイスを求めたことがある

(友人関係である)」と回答した場合に限り、そ

のペアには「実際の人間関係がある」(片方の思

い込みではない)と定義する。一方、ペア内で

の回答に食い違いが見られた場合、そのペアに

は「実際の人間関係はない」(片方の思い込みで

ある)と定義する。 面白いことに、アドバイスに関する周囲の人

間関係を正確に認知している(=思いこみの少

ない)マネージャーは、周囲の人々から、物事

を成し遂げる高い能力を持ち、カリスマ性が高

いと評価されていた。しかし、友人関係の認知

の正確さは、これらの評価とは関連しなかった。

つまり、多くの人々と職務を通じて接する中で

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繊維製品消費科学, 49. 培われた「人間関係把握能力」の高さは、他者

からの高い評価につながっているのである。逆

に、周囲の人間関係についての偏った思いこみ

は、職務上の評価を低めてしまい、そのことが

ネットワーク格差意識をますます高めることに

つながるのかもしれない。また、ポジティブな

感情状態にある人ほど、こうした人間関係把握

能力が高いことも報告されている(Castiaro, Carley, & Krackhardt, 1999 3))。コミュニケー

ション場面での感情表出は、周囲の関係性全体

の認知にも影響を及ぼすのであろう(本連載・

第 2 回(山本, 2008 27))を参照)。 社会的ネットワークの中で、全員が人気者に

なることはできない。人々が「自分は人気がな

いなぁ」と感じて落ち込まないようにするため

には、こうした現実世界の社会的ネットワーク

の不平等さに関する知識を持ち、周囲の状況を

客観的にとらえることが重要になってくるので

はないだろうか。 5.携帯メールでも「群れる」女性:社会的ネ

ットワークの形成・発展

インターネットや携帯電話の普及によって、

人々の社会的なつながりのあり方は、近年、大

きな変化を遂げつつある。中でも、もはや「一

人一台」が当たり前となった携帯電話や携帯メ

ールの普及は、私たちの仕事や生活スタイルを

一変させた。 携帯メールは、距離や時間を選ばない個人的

なコミュニケーションメディアであり、主に親

しい知り合いとの二者間でやり取りされること

が多い。また、相手に「見せたい自分」を呈示

する(本連載・第 1 回(谷口, 2008 23))を参照)

ことも、携帯メールを通じた非対面のコミュニ

ケーションでは、比較的容易である。このよう

に、携帯メールを通じたコミュニケーションに

は、対面のコミュニケーションと異なる多くの

特徴がみられる。 ところで、対面のコミュニケーションのスタ

イルには男女差があることが知られている。女

性は、男性に比べて、①自己開示を積極的に行

う、②より社交的で親密な社会的ネットワーク

を形成しやすい、③親密な会話に積極的に参加

しやすい、④孤立を避けるために関係を形成・

維持する傾向が強い、といった特徴を持つ。ま

た、女性の方が男性よりも広い社会的ネットワ

ークを持つことも報告されている。簡単に言え

ば、女性は「仲良しグループを作って大人数で

群れる」のに対して、男性は「少人数で固まる、

もしくは一匹狼となる」傾向があるといえよう。 一方で、コミュニケーションメディアの利用

スタイルについても、男女間で違いがある。女

性は男性よりも、①個人的な用件で電子メール

を利用しやすく、②電子メールを親密な関係を

築くために利用する、などの傾向がある(以上、

詳細は五十嵐, 2005 9)を参照)。 では、携帯メールを通じた社会的ネットワー

クは、どのようにして形成・発展し、そのプロ

セスにはどのような男女差がみられるのだろう

か。Igarashi, Takai, & Yoshida (2005) 10)は、

ある大学の法学部 1 年生 132 名を対象として、

入学直後の 4 月から夏休み前の 7 月までに、学

部内の友人関係が変化するプロセスを、対面の

コミュニケーションと携帯メールのコミュニケ

ーションとで比較検討した。 Fig. 2 は、各メディアを通じた 4 月と 7 月の

社会的ネットワークの全体構造を 3 次元にプロ

ットしたものである。黒い丸は女性、灰色の丸

は男性を表し、線は個人間のつながりを表して

いる。対面の社会的ネットワーク(上段)は、

4 月、7 月とも全体が大きな一つの集団にまと

まっている。これに対して、携帯メールの社会

的ネットワーク(下段)では、4 月の時点では

全体が二者関係を基に構成され、構造が分断化

している。しかし、7 月になると携帯メールの

社会的ネットワークにおいても集団が形成され、

対面の社会的ネットワークと同様、全体が一つ

の集団としてまとまることがわかる。 さらに、孤立者を除いた場合、対面の社会的

ネットワークでは、女性(赤丸)は 4 月の時点

から一つのまとまったグループを形成している

のに対し、男性(黄丸)は 4 月には大きく 3 つ

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繊維製品消費科学, 49. のグループに分かれており、7 月になって初め

て 1 つのグループを形成していた。一方、携帯

メールの社会的ネットワークでは、4 月は男女

とも孤立者または二者のみで形成された紐帯が

多く見られた。これに対して、7 月になると、

女性は携帯メールの社会的ネットワークでも一

つの大きなグループを形成するようになるが、

男性は未だ多くのサブグループを形成していた。

つまり、携帯メールのような二者関係を中心と

するコミュニケーションを通じても、女性は集

団を形成する傾向が強いのである。また、いず

れの社会的ネットワークにおいても、同性間で

多くの紐帯が形成されていることが読み取れる。 上に述べたような、時期やコミュニケーショ

ンメディアによる社会的ネットワークの全体構

造の特徴の違い、男女による構造の違いは、統

計モデルによる分析でも確認されている。つま

り、対面のコミュニケーションで観察されるよ

うな男女差は、携帯メールのコミュニケーショ

ンでも同様に観察される。社会的ネットワーク

構造の差異とは、こうした個人レベルでの対人

行動の差異が積み重なった結果として、表れて

きたものと考えられる。 ここで紹介した事例は、社会的ネットワーク

の構造的変化のプロセスを明らかにするための、

社会心理学的なアプローチの一つである。こう

した研究を積み重ねることは、人々が現実場面

でコミュニケーションメディアをどのように使

い、どのような対人関係や集団を形成していく

のかについて、新たな理解を深めることにつな

がっていくだろう。 6.おわりに

グローバル化しつつある現代社会において、

世界中に張り巡らされた人々のつながりは、

日々止まることなく変化し成長し続けている。

しかし、人々のつながり、すなわち、社会的ネ

ットワークは、心と同じく「目に見えない」も

のである。他者とのつながりが人の心を規定す

るのと同じように、人の心も他者とのつながり

を規定する。人々の間に張り巡らされた「網目」

の細かさや強さを決めるのは、人々の心である。

他者への無関心や世代間コミュニケーションの

断絶などが憂慮される昨今、人々がさまざまな

絆で結ばれた「網」を有効に活用し、豊かな社

会生活を営んでいくためには、お互いを信頼し、

協力し合えるような世の中を作り上げることが

重要となるだろう。 7.引用文献

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の社会心理学 Pp.40-50. 北大路書房 筆者紹介

五十嵐い が ら し

祐たすく

2005 年 名古屋大学大学院教育発達科学研究

科博士後期課程修了、オーストラリア・メルボ

ルン大学心理学部客員博士研究員を経て、2006年より日本学術振興会特別研究員(SPD・大阪

大学)。博士(心理学)。専門は、社会的ネット

ワーク分析、メディアコミュニケーションの社

会心理学。 主 要 業 績 : ”Culture, trust, and social networks” (共著 , Asian Journal of Social Psychology, 11, 88-101)、「インターネット心理

学のフロンティア-デジタル化で変貌する個

人・人間関係・社会-」(分担執筆、誠信書房、

近刊)