6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ...

10
6.1 はじめに プラズマを利用したプロセス技術は,半導体デバイス, 平面ディスプレー,薄膜太陽電池をはじめとする先端産業 の発展に必要不可欠な製造プロセスとして,今日の先端科 学技術を支える基幹技術となっている[1].一方,プラズマ プロセス技術は,グローバルな経済・社会の動向を背景と する先端産業分野のニーズや課題を克服しながら発展して きたと言っても過言ではない.これまで,生産性の向上と 低コスト化を実現するため,大面積の基板にわたって均一 かつ高品質のプロセスを高いスループットで実現するため のプラズマ生成・制御技術が求められてきた.さらに,エ レクトロニクス製品の軽量化や高機能化の観点から,有機 材料と無機材料のハイブリッド化によるフレキシブルデバ イスに加えて,新規材料(酸化物半導体,グラフェン)を ベースとする高機能デバイスをはじめ,次世代での新規分 野の開拓に向けて,多様な材料プロセスに対応可能な低温 かつ高品質(低ダメージ)のプロセスを実現するためのプ ラズマ生成・制御技術の開発が重要となってきている. これらの内,フレキシブルデバイス【軽量かつ柔軟な基 材に形成されたエレクトロニクスデバイス】は,高度情報 通信機器のさらなる軽量化,携帯性を兼ね備えた次世代の 新しいデバイスとして,電子デバイスの低コスト化にも資 する技術として将来性が注目されている[2].有機・無機 複合機能材(有機材料を基材あるいは機能層として無機材 料と複合化)の形成により実現するフレキシブルデバイス は,ディスプレー,高効率の太陽電池,さらには医療用デ バイスとしての発展も期待される.特に,光透過性に優れ た有機半導体は,複数の機能膜の積層構造化により,太陽 電池の高効率化(紫外~赤外の広い波長領域の利用)や発 光素子の多波長化により,これまでにない高機能・多機能 デバイスの創成が期待される. 上記の高機能積層デバイスの形成には,有機半導体層の 上に,高品質の無機材料膜を積層することが不可欠であ る.一方,無機材料膜の高品質化(緻密性,電気的特性)に はプラズマプロセスが有効でも,有機材料へのプロセス損 傷が懸念され,従来の有機材料プロセスでは真空蒸着が用 いられてきた.しかしながら,真空蒸着では,金属電極の 形成は可能でも,高品質の酸化物透明電極の形成には適し ておらず,上記のような積層デバイスの実現は極めて困難 であった. さらに,大型エレクトロニクス分野では,アモルファス シリコンよりも 1 桁以上高い移動度(>10 cm (Vs) -1 )を 示すことから,高速・高機能デバイス(3次元・高精細 ディスプレー等)の実現に最適な高移動度かつ透明な薄膜 トランジスタ(TFT)用の半導体材料として,アモルファス 透明酸化物半導体 a-InGaZnO (a-IGZO) [3]が世界的に注目 され,内外で研究開発が展開されている.現状の a-IGZO を用いた TFT 製造プロセスでは,製膜のみで 5 cm (Vs) -1 程度の移動度が容易に得られるが,TFT 特性(移動度,閾 値電圧)のばらつきが顕著であることから,デバイス化に は『高温での水蒸気アニール処理(! 300℃)』が不可欠と なっている[4‐6].このため(プロセス温度が高すぎるた め),ポリマーを基材とするフレキシブルデバイスへの適 用が困難であり,プロセス温度の低減が次世代に向けた喫 緊の課題といえる. 上述のように,次世代の大面積プロセスでは,大型の基 板にわたる均一性や高スループットに加えて,基板ならび にデバイス材料の多様化に対応可能な低温かつ高品質(低 小特集 実用化プロセスにおけるプラズマ源の革新~平行平板プラズマ源から新プラズマ源へ~ 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズマ源の開発と 反応性プラズマプロセスへの展開 節原裕一 大阪大学接合科学研究所,JST,CREST (原稿受付:2010年11月24日) 次世代の大面積プロセスでは,大型の基板にわたる均一性,高スループットに加えて,基板ならびにデバイ スの多様化に対応可能な低温かつ高品質(低ダメージ)のプロセスを実現するためのプラズマ生成・制御技術が 求められている.本章では,次世代のメートルサイズを超える大面積プロセスをめざして開発してきたプラズマ 生成・制御技術を中心に,プラズマ源の基本的な特性,有機材料プロセスへの適用性,反応性スパッタ製膜プロ セスと大面積化への展望について紹介する. Keywords: plasma process, large area, inductively coupled plasma, low- inductance antenna,, low-damage process, polymer, sputtering, nano-crystalline silicon, IGZO 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules SETSUHARA Yuichi author’s e-mail: [email protected] J.PlasmaFusionRes.Vol.87,No.1(2011)24‐33 !2011 The Japan Society of Plasma Science and Nuclear Fusion Research 24

Upload: others

Post on 12-Jul-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

6.1 はじめにプラズマを利用したプロセス技術は,半導体デバイス,

平面ディスプレー,薄膜太陽電池をはじめとする先端産業

の発展に必要不可欠な製造プロセスとして,今日の先端科

学技術を支える基幹技術となっている[1].一方,プラズマ

プロセス技術は,グローバルな経済・社会の動向を背景と

する先端産業分野のニーズや課題を克服しながら発展して

きたと言っても過言ではない.これまで,生産性の向上と

低コスト化を実現するため,大面積の基板にわたって均一

かつ高品質のプロセスを高いスループットで実現するため

のプラズマ生成・制御技術が求められてきた.さらに,エ

レクトロニクス製品の軽量化や高機能化の観点から,有機

材料と無機材料のハイブリッド化によるフレキシブルデバ

イスに加えて,新規材料(酸化物半導体,グラフェン)を

ベースとする高機能デバイスをはじめ,次世代での新規分

野の開拓に向けて,多様な材料プロセスに対応可能な低温

かつ高品質(低ダメージ)のプロセスを実現するためのプ

ラズマ生成・制御技術の開発が重要となってきている.

これらの内,フレキシブルデバイス【軽量かつ柔軟な基

材に形成されたエレクトロニクスデバイス】は,高度情報

通信機器のさらなる軽量化,携帯性を兼ね備えた次世代の

新しいデバイスとして,電子デバイスの低コスト化にも資

する技術として将来性が注目されている[2].有機・無機

複合機能材(有機材料を基材あるいは機能層として無機材

料と複合化)の形成により実現するフレキシブルデバイス

は,ディスプレー,高効率の太陽電池,さらには医療用デ

バイスとしての発展も期待される.特に,光透過性に優れ

た有機半導体は,複数の機能膜の積層構造化により,太陽

電池の高効率化(紫外~赤外の広い波長領域の利用)や発

光素子の多波長化により,これまでにない高機能・多機能

デバイスの創成が期待される.

上記の高機能積層デバイスの形成には,有機半導体層の

上に,高品質の無機材料膜を積層することが不可欠であ

る.一方,無機材料膜の高品質化(緻密性,電気的特性)に

はプラズマプロセスが有効でも,有機材料へのプロセス損

傷が懸念され,従来の有機材料プロセスでは真空蒸着が用

いられてきた.しかしながら,真空蒸着では,金属電極の

形成は可能でも,高品質の酸化物透明電極の形成には適し

ておらず,上記のような積層デバイスの実現は極めて困難

であった.

さらに,大型エレクトロニクス分野では,アモルファス

シリコンよりも 1桁以上高い移動度(>10 cm2(Vs)-1)を

示すことから,高速・高機能デバイス(3次元・高精細

ディスプレー等)の実現に最適な高移動度かつ透明な薄膜

トランジスタ(TFT)用の半導体材料として,アモルファス

透明酸化物半導体a-InGaZnO4(a-IGZO)[3]が世界的に注目

され,内外で研究開発が展開されている.現状の a-IGZO

を用いたTFT製造プロセスでは,製膜のみで 5 cm2(Vs)-1

程度の移動度が容易に得られるが,TFT特性(移動度,閾

値電圧)のばらつきが顕著であることから,デバイス化に

は『高温での水蒸気アニール処理(�300℃)』が不可欠と

なっている[4‐6].このため(プロセス温度が高すぎるた

め),ポリマーを基材とするフレキシブルデバイスへの適

用が困難であり,プロセス温度の低減が次世代に向けた喫

緊の課題といえる.

上述のように,次世代の大面積プロセスでは,大型の基

板にわたる均一性や高スループットに加えて,基板ならび

にデバイス材料の多様化に対応可能な低温かつ高品質(低

小特集 実用化プロセスにおけるプラズマ源の革新~平行平板プラズマ源から新プラズマ源へ~

6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズマ源の開発と反応性プラズマプロセスへの展開

節原裕一大阪大学接合科学研究所,JST,CREST

(原稿受付:2010年11月24日)

次世代の大面積プロセスでは,大型の基板にわたる均一性,高スループットに加えて,基板ならびにデバイスの多様化に対応可能な低温かつ高品質(低ダメージ)のプロセスを実現するためのプラズマ生成・制御技術が求められている.本章では,次世代のメートルサイズを超える大面積プロセスをめざして開発してきたプラズマ生成・制御技術を中心に,プラズマ源の基本的な特性,有機材料プロセスへの適用性,反応性スパッタ製膜プロセスと大面積化への展望について紹介する.

Keywords:plasma process, large area, inductively coupled plasma, low- inductance antenna,, low-damage process, polymer,

sputtering, nano-crystalline silicon, IGZO

6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules

SETSUHARA Yuichi author’s e-mail: [email protected]

J. Plasma Fusion Res. Vol.87, No.1 (2011)24‐33

�2011 The Japan Society of PlasmaScience and Nuclear Fusion Research

24

Page 2: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

ダメージ)のプロセスを実現するためのプラズマ生成・制

御技術が求められている.そこで,本章では,筆者等が開

発してきたマルチアンテナ方式のプラズマ生成・制御技術

を中心に,プラズマ源の基本的な特性,有機材料プロセス

への適用性,反応性スパッタ製膜プロセスと大面積化への

展開について紹介する.

6.2 従来の大面積プラズマプロセス技術における課題

大面積プロセスに適したプラズマ源には,以下の性能が

求められる[7,8];1)大面積・均一性と分布制御性(大型

基板処理),2)プラズマの高密度化(高スループッ

ト),3)低プラズマ電位化(プラズマダメージの抑制,高

品質プロセス),4)プロセスガス圧の低減(原料ガスの利

用効率向上,活性種の制御性,ダスト発生の抑制).これら

の要件の中で,2)~4)については,プラズマ生成に用い

られる放電形式【容量結合(CCP)[9‐11],誘導結合(ICP)

[12‐14],表面波励起(SWP)[15‐17]】と放電励起周波数

[18]に大いに依存しており,所望のプロセスへの適合性を

勘案して放電形式と励起周波数が選択される.

そこで,プラズマ源のスケールアップにおいて問題とな

るのは,1)大面積・均一性と分布制御性である.言い換

えると,CCPにおける電極や ICP におけるアンテナな

ど,プラズマ励起系のサイズを拡大することにより,プラ

ズマ源のサイズをメートルサイズ以上までスケールアップ

する際に生じる問題は,プラズマ生成に用いる高周波電力

の伝播波長に対して電極やアンテナのサイズが無視できな

い領域(1/4 波長以上)に入ることに起因している[7].す

なわち,波としての性質が無視できなくなるため,電力伝

送路上で定在波が形成され,励起電力分布,電圧分布ある

いは電流分布が不均一となり,プラズマへの電力吸収分布

さらにはプラズマ密度に不均一性を生じることが,根本的

な原因である.

一方,大面積での均一性と分布制御性の問題を緩和する

ため,これまで広く用いられている容量結合型放電を利用

したプロセス装置では,プロセス条件の工夫や定在波の重

ね合わせにより,プロセスの均一性を確保する努力もなさ

れているのが現状である[19].しかしながら,定在波形成

に伴う不均一性の問題を根本的に解決することには限界が

あり,かつ上述の2)プラズマの高密度化(高スループッ

ト)と3)低プラズマ電位(プラズマダメージの抑制,高

品質プロセス)の両立を図ることが困難であることもCCP

では問題となっている.

特に,プラズマの高密度化(高スループット化)を図る

手段として,高周波電力密度を増加した場合には,静電結

合に伴うプラズマ電位揺動が同時に増大するため,プラズ

マ電位の増大をもたらし[20],プロセスダメージの増大が

避けられなくなる.こういった問題は,フラットパネル

ディスプレイ(FPD)における高品質なTFTの製造プロセ

ス[20]のみならず,先述のように,有機・無機ハイブリッ

ドデバイスや新規材料をベースにした高機能デバイスの製

造をはじめ,次世代の大面積プロセスに求められる重要な

課題といえる.

6.3 低インダクタンスアンテナを用いた誘導結合プラズマ生成技術

上述の課題を解決するため,筆者らが開発してきた低イ

ンダクタンス内部アンテナを用いた誘導結合型高周波プラ

ズマ源[21‐27]は,従来の発想とは異なる以下の特長を備

えている.

まず,【a】高周波誘導結合アンテナの小型化(低インダ

クタンス化),すなわち高周波の伝搬波長よりも十分に短

い(波長の 1/4 よりも十分に短い)代表長を有するアンテ

ナ導体を用いることにより,誘導結合放電による高密度プ

ラズマ生成と定在波の問題解決の両立を図っている.図1

に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance

Antenna: LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

テナ導体を大気側ではなく,真空側に配置することによ

り,従来の誘導結合プラズマ源[12‐14]に比べて格段に薄

い誘電体をアンテナ導体の絶縁に用いることが可能であ

る.

また,【b】アンテナに発生する高周波電圧は,図2に示

すように,この誘電体を介して,電圧分割により誘電体前

面に形成されるシースに印加されるため,静電結合の抑制

にも効果を発揮する.特に,高周波電流をアンテナに印加

した際に,高周波電力供給端に発生する高周波電圧は,ア

ンテナのインダクタンス(インダクタンスは,概ね,アンテナ

のループ面積と巻数の2乗に比例)に比例するため,図1

のような独自の構造によるアンテナの小型化は,インダク

タンスの低減に効果的である.このため,本技術では,ア

ンテナに発生する高周波電圧を効果的に抑制可能であり,

プラズマの高周波電位揺動が低減される.このため,プラ

ズマの高周波電位揺動に伴う,対地への電子損失を低減す

ることが可能となり,プラズマ電位の低減が可能である.

図1 低インダクタンス内部アンテナ(LIA)の模式図.高周波伝搬波長よりも十分短い小型のアンテナ導体を採用し,その周囲を高抵抗かつ低誘電率の誘電体で覆うことにより,プラズマとの絶縁を図る構造となっている.

Special Topic Article 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules Y. Setsuhara

25

Page 3: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

さらに,大面積にわたる均一性は,【c】低インダクタン

スの小型アンテナ導体をプラズマ源の所望の箇所に配置す

るマルチアンテナ方式を採用し,電力分布を制御すること

により確保される[7,8,22].

本方式のプラズマ源が従来のプラズマ源と決定的に異な

る点は,定在波による不均一性の問題が根本的に解決さ

れ,プラズマ源全体にわたる励起状態の分布(高周波電流,

高周波電圧,高周波電力)を能動的に制御することにより,

プラズマ生成分布の制御性を格段に高めることができる点

にある.

この低インダクタンスアンテナ(LIA)を用いた誘導結

合型プラズマ源の基本的な特性について,直径 300-500

mmの円筒型チャンバーの上部フランジに複数のLIAを配

置し,並列接続にてマッチングボックスを介して高周波電

源(周波数:13.56 MHz,最大出力:3 kW)に接続して

行ったプラズマ生成実験[28]をもとに紹介する.まず,Ar

プラズマ生成におけるプラズマ密度の高周波電力依存性と

イオンエネルギー分布を図3に示す[7,21].図3(a)に示

すように,高周波電力の増加に伴ってプラズマ密度は線形

に増加し,2.4 kWの高周波電力において,1×1012 cm-3

に達する高密度プラズマを生成可能である.さらに,図3

(b)には,直径500 mmの円筒型チャンバーの上部フランジ

に,幅 70 mmで高さ 80 mmの LIAを4セット配置し,放

電圧力13 Paで生成したArプラズマにおいて測定したAr+

イオンのエネルギー分布[8]を示している.この実験結果

は,イオンエネルギーのピークが 4 eV程度ときわめて低

く,かつ半値幅が 2-3 eVのきわめて狭いイオンエネル

ギー分布(接地電位に対するシースエッジでのイオンエネ

ルギー分布)を実現可能であることを示している.

次いで,1 kWの高周波電力を用いて生成したアルゴン

プラズマにおける,プラズマ電位ならびに浮遊電位の放電

ガス圧に対する依存性を図4(a)に示す.放電ガス圧の増

加に伴い,プラズマ電位は顕著に減少している.これは,

放電ガス圧の増加に伴って,電子温度が顕著に減少

(0.1 Pa付近で4 eV,10 Pa付近で1 eV程度まで減少)する

ことに加えて,プラズマ密度の増加のため,シースに静電

的に印加される高周波電圧が効果的に抑制されていること

が要因としてあげられる.さらに,絶縁性の基板に入射す

るイオンエネルギーは,プラズマ電位から浮遊電位への電

位差(potential drop)で与えられ,図4(b)に示すように,

放電ガス圧により15 eV程度から数eV程度まで変化させる

ことが可能である.特に,有機材料のプロセスでは,結合

解離エネルギーが 10 eV以下の領域にあるため,入射イオ

ンエネルギーを数 eV程度まで低減可能であることはきわ

めて重要である.

6.4 有機材料の低ダメージプロセス有機・無機複合構造を用いた積層デバイスでは,無機材

料を有機材料上に形成するプロセスが必須である.しかし

ながら,有機材料(基板材料あるいは有機半導体等の機能

層)の上に無機材料を積層するプロセスでは,膜の緻密性

や付随する電気的な特性の点では,スパッタ製膜をはじめ

図2 誘導結合プラズマ生成における高周波回路とシースへの高周波電圧印加の模式図.

図3 低インダクタンスアンテナを用いて生成したプラズマの特性.(a)Arプラズマ密度の高周波電力依存性.直径300 mmの円筒型真空容器を用いて,Ar圧力 1.1 Paのもとで生成したArプラズマに対する結果を示しており,プラズマ密度は高周波電力に概ね比例して増加することが確かめられている.(b)Ar+イオンエネルギー分布関数(IEDF).直径 500 mmの円筒型真空容器を用いて,Ar圧力 13 Pa

のもとで 1 kWの高周波電力を供給することにより生成したArプラズマでの計測結果を示しており,高密度領域においても低エネルギーかつ狭いイオンエネルギー分布が得られている.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.87, No.1 January 2011

26

Page 4: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

とするプラズマプロセスが有利であるにも関わらず,蒸着

プロセスが専ら用いられてきた.これは,従来のプラズマ

プロセスでは,有機材料表面にプロセス損傷を生じること

が避けられなかった(あるいはそのように考えられてき

た)ことが本質的な要因である.上記の技術的な課題をブ

レークスルーし,従来にない画期的な次世代デバイスを創

成するには,『有機半導体の上に無機材料を積層するプロ

セスに,プラズマプロセスを適用することは不可能である

のか?』ということを第一義的な問題として,科学的な解

決策を構築することが求められる.

一方,有機分子の化学結合に対する損傷(結合の切断あ

るいは解離)を生じるのに必要なエネルギーは,結合解離

エネルギーで与えられ,概ね 10 eV以下の領域にある.こ

のため,有機材料に入射するイオンの運動エネルギー(材

料表面に形成されるシースで加速)を~10 eVよりも十分

低く抑制することにより,上記の問題となっているプラズ

マプロセスでの損傷を回避できる可能性があるといえる.

そこで,プラズマプロセスにおけるイオン衝撃効果(物

理的なプロセスダメージ)に着目し,低インダクタンス内

部アンテナを用いて生成したアルゴンプラズマを,ポリエ

チレンテレフタレート(PET)基板に照射し,表面の化学

結合状態をX線光電子分光法(XPS)により分析した

[29].シース端でのイオンエネルギーを変化させた状態

で,PET基板にプラズマを照射した際の化学結合状態

(C1s光電子スペクトル)の変化を図5に示す.PETを構成

するC=C-O 結合ならびにC-O 結合のアルゴンイオンエネ

ルギーに対する変化に着目すると,イオンエネルギーを

6 eV程度よりも低く抑制することによりプロセスダメー

ジを抑制することが可能であることを示している.

次いで,フェニル基の存在を示す 291 eV 付近の����

シェイクアップサテライトの変化をみるため,図5の縦軸

を,C-C 結合の光電子収量で規格化して拡大したものを

図6に示す.また,このシェイクアップサテライトのC-C

結合に対する光電子収量(積分強度)の比を図7に示す.

図6のXPSスペクトルが示すように,5.9±1.5 eVのイオン

エネルギーではシェイクアップサテライトが確認出来るの

に対し,7.4±1.5 eV では消失している.多くの有機半導体

はフェニル基を含む構造をしており,�共役分子での電子

状態が電気的な機能性を与えていることを考慮すると,こ

の実験結果はプラズマプロセスにおける照射イオンエネル

ギーを6 eV以下に低減することにより,有機半導体と無機

機能材料を複合化した積層構造の形成にも道が拓かれる可

能性があることを示唆している.さらに,図7のイオンエ

ネルギー依存性は,フェニル基の分解の閾値が数 eVとい

う極めて狭いイオンエネルギーの範囲にあることを示唆し

ている.これは,本研究でのプラズマ源におけるイオンエ

ネルギー幅が3 eV程度ときわめて狭いが故に,このように

急峻な変化を捉えることができているものと考える.逆

に,高精度な結合制御(ボンドエンジニアリング)に応用

できる可能性を示唆している.

図5 低インダクタンスアンテナを用いて生成したプラズマ[高周波電力:1 kW]を照射した PET表面の C1s X線光電子スペクトル(XPS)のシースエッジでのアルゴンイオンエネルギー依存性.[照射イオンドーズ:4.3×1018 ions/cm2]

図4 直径 300 mmの円筒型真空容器に装着した低インダクタンスアンテナを用いて生成したプラズマの特性[高周波電力:1 kW].(a)プラズマ電位ならびに浮遊電位の Arガス圧依存性.(b)プラズマ電位と浮遊電位の差(potential

drop)の Arガス圧依存性.

Special Topic Article 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules Y. Setsuhara

27

Page 5: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

6.5 プラズマ支援反応性スパッタ製膜プロセスへの応用

高密度プラズマをスパッタ放電に重畳することにより,

気相のイオン化とラジカル生成(反応性分子の解離)を促

進し,製膜速度の向上と高品質製膜に資することが期待さ

れる[30].その際,高密度プラズマの励起源をターゲット

と基材の間に配置すると,結果的にターゲット-基板間距

離が伸びてしまうために,輸送効率が低下してしまうこと

が問題となる.このため,本研究では,図8(b)に示すよう

に,真空隔壁に低インダクタンスアンテナが埋め込まれた

アンテナ系(埋込型)によるプラズマ生成技術を開発して

いる.この埋込型の低インダクタンスアンテナは,高周波

の伝搬波長よりも十分短いアンテナ導体を真空隔壁の中に

収納し,プロセス室に生成するプラズマとの電気的な絶縁

を図るため,誘電体窓をプロセス室との間に配置してい

る.さらに,薄い誘電体窓の使用を可能にするため,アン

テナ導体の収納部は真空状態に保ち,その中での放電を防

止するため,収納部にあるアンテナ導体の周辺には誘電体

を配置している.さらに,アンテナ収納部とプロセス室の

間の誘電体窓に真空シールを施し,アンテナ収納部をプロ

セス室とは別系統の真空排気を行うことにより,アンテナ

部材からの不純物を完全に排除したプロセスが可能になる.

本節では,この埋込型の低インダクタンスアンテナを用

いて生成されるプラズマの基本的な特性について述べ,次

いで,反応性スパッタプロセスへの応用について紹介する.

まず,直径 500 mmの円筒型チャンバーの上部フランジ

に,誘電体窓付近のアンテナ導体の長さが 100 mmの LIA

を1セット配置して,13.56 MHz の高周波電力を印加して

生成したArプラズマのイオン飽和電流密度ならびに浮遊

図7 低インダクタンスアンテナを用いて生成したプラズマ[高周波電力:1 kW]を照射した PET表面で計測した C1s XPS

スペクトルにおける,�→�*シェイクアップ・サテライトピークの光電子収量の C-C結合光電子収量に対する比の,シースエッジでのアルゴンイオンエネルギー依存性.

図6 低インダクタンスアンテナを用いて生成したプラズマ[高周波電力:1 kW]を照射した PET表面で計測した C1s XPS

スペクトル(C-C結合の光電子収量で規格化し,図5の縦軸を拡大して表示)(a)プラズマ照射前の PET試料,シースエッジでのアルゴンイオンエネルギーが(b)5.9±1.5 eV,(c)7.4±1.5 eVの条件で照射後の PET試料に対する C1s

XPSスペクトル.[照射イオンドーズ:4.3×1018 ions/

cm2]

図8 低インダクタンスアンテナの模式図.(a)真空チャンバーに突出した形のアンテナ(突出型);(b)真空隔壁にアンテナ導体が埋め込まれた形式のアンテナ(埋込型)

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.87, No.1 January 2011

28

Page 6: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

電位の高周波電力依存性を図9に示す.上部フランジから

180 mm下部の位置で計測したイオン飽和電流密度は,

図9(a)に示すように,供給した高周波電力に対して,ほぼ

線形に増加し,1011 cm-3 オーダーの高密度プラズマを生

成可能であることを示している.さらに,図9(b)に示す

ように,時間平均値(DC成分)に比べて,浮遊電位の高周

波揺動が顕著に抑制されたプラズマが生成できている.こ

れらの基本的な特性は,図8(a)に示す突出型のものと同

様に,アンテナのインダクタンスの低減により,プラズマ

の電位揺動の低減と高密度プラズマ生成の両立が,埋込型

のアンテナでも実現されてることを示している.

そこで,図10に示すように,マグネトロンスパッタター

ゲットの周辺に,埋込型の低インダクタンスアンテナを配

置し,スパッタ放電特性について調べた.実験では,真性

半導体シリコン層の形成を念頭に,スパッタターゲットと

して不純物を添加していない高抵抗(1000 Ωcm)のシリコン(純度99.999%)を用い,ターゲットには直流の負電圧を

印加した.ターゲットの周辺にアンテナ導体の長さが

150 mmの埋込型低インダクタンスアンテナを2本配置

し,13.56 MHz の高周波電力によりアルゴン-水素混合プ

ラズマ(全圧 2.6 Pa,水素分圧比 8%)を生成した際の,

ターゲット電圧-電流特性を図11に示す.この実験では,

高抵抗のシリコンターゲットを用いているため,高周波プ

ラズマを重畳していない状態(高周波電力=0W)では,直

流バイアスでスパッタ放電を維持することができないのに

対し,高周波プラズマを重畳することにより,スパッタ放

電が可能になっている.さらに,通常のマグネトロンス

パッタ放電では,ターゲット電流はターゲット電圧に陽に

依存するが,本実験ではターゲット電圧の増加に伴うター

ゲット電流の増加は緩やかである.これは,ターゲット近

傍のプラズマの特性が,直流のマグネトロン放電よりも,

低インダクタンスアンテナによる誘導結合放電の方が支配

的であることを示している.(高電圧シースでのイオン飽

和電流特性と同様の依存性を示している.)

上記の結果を含めて,低インダクタンスアンテナを用い

て生成される高密度の誘導結合プラズマをスパッタ放電に

重畳した本技術は,直流あるいは高周波を印加した通常の

マグネトロンスパッタ放電による製膜プロセスと比較し

て,以下の点で優位性があるものと考える.1)高抵抗ター

図10 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系の模式図.

図11 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系におけるターゲット電流ー電圧特性.アルゴンー水素混合ガス(水素分圧比 8%,全圧 2.6 Pa)で生成した誘導結合放電を直流スパッタ放電に重畳している.本実験では,ノンドープの高抵抗 Siをターゲットに用いているため,誘導結合プラズマを重畳しない状態ではスパッタ放電が維持されない.

図9 埋込型アンテナを用いて生成したアルゴンプラズマの(a)イオン飽和電流密度と(b)浮遊電位の高周波電力依存性.直径500 mmの円筒型真空容器を用いて生成したArプラズマでの計測結果を示している.

Special Topic Article 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules Y. Setsuhara

29

Page 7: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

ゲットの直流バイアスによるスパッタ放電が可能であるこ

と.2)製膜時の反応性(気相のプラズマ密度とラジカル密

度)を格段に向上させることが可能であること.[通常の高

周波マグネトロンスパッタ放電では,基板近傍あるいは基

板-ターゲット間の気相でのプラズマ密度は 1010 cm-3 程

度であるのに対し,本技術ではそれよりも1桁以上高密度

のプラズマを生成することが可能であり,気相で生成する

ラジカル,さらには基板バイアスによるイオン化スパッタ

プロセスにより,製膜プロセスの反応性を格段に高めるこ

とが可能である.]3)製膜時に基板に入射する正イオンの

エネルギーを低減した低ダメージプロセスが可能であるこ

と.[高周波マグネトロンスパッタ放電では,容量結合に

よる放電であることに起因する高周波電位揺動のため,基

板には概ね 10~30 eV のエネルギーに達する正イオンの入

射が避けられないが,本技術では,プラズマ気相の高周波

電位揺動を低減可能であることから,基板に入射する正イ

オンのエネルギーを 10 eV未満に抑制することが可能であ

る.]4)製膜時の反応性を高精度かつ広範に制御すること

が可能であること.[通常のマグネトロン放電では,ター

ゲット電流はターゲットバイアス(直流,高周波)に顕著

に依存するため,ターゲットバイアスの変化により,製膜

速度(スパッタ粒子の放出)と同時に,気相のプラズマ密

度あるいは製膜における反応性も変化し,両者を独立に制

御することは困難である.これに対し,本技術における

ターゲット電流は,LIAにより生成するプラズマ密度に支

図13 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電(アルゴン-水素混合プラズマ:全圧 2.6 Pa,高周波電力 1 kW)をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系(高純度シリコンターゲット)を用いて形成したシリコン薄膜の X線回折パターン.図中の Rpは水素分圧比を示しており,D はXRDパターンから評価される結晶子サイズを示している.

図12 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電(アルゴン-水素混合プラズマ:全圧 2.6 Pa,高周波電力 1 kW)をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系(高純度シリコンターゲット)を用いて形成したシリコン薄膜のラマンスペクトル.図中の Rpは水素分圧比を示しており,Xcはラマンスペクトルから評価されるシリコン薄膜の結晶化の割合を示している.

図14 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電(アルゴン-酸素混合プラズマ:全圧 2.0 Pa)をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系(InGaZnO4ターゲット)におけるターゲット電流ー電圧特性.本実験では,InGaZnO4ターゲットに直流電圧を印加しているが,誘導結合プラズマを重畳しない状態ではスパッタ放電は維持されない.

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.87, No.1 January 2011

30

Page 8: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

配される(イオン飽和電流と同様の依存性を示す)ため,

気相のプラズマ密度あるいは反応性を一定に保った状態

で,直流電圧により製膜速度を独立に制御することによ

り,製膜プロセスにおける製膜粒子1個あたりの反応性

(イオン,ラジカル)を高精度かつ広範に制御することが可

能である.これは,スパッタリングイールドは,ターゲッ

ト電圧に依存するためである.]5)ターゲット全面にわ

たってプラズマ密度を高めることが可能であることから,

ターゲット利用効率の向上とターゲット近傍での負イオン

の加速によるプロセスダメージの低減が期待されること.

[通常の高周波マグネトロンスパッタ放電では,磁場と電

場が直交した���領域近傍でのプラズマ密度は高い

が,それ以外の領域(ターゲットの中心付近など)でのプ

ラズマ密度はそれよりも低くなる.このため,���領域

近傍が選択的にスパッタされるエロージョンプロファイル

を生じやすくなる.さらに,酸化物の製膜プロセスでは,

���領域から離れた低プラズマ密度領域におけるター

ゲットへの負バイアスにより,低密度領域で生成する負イ

オンが基板に向かって加速され,プロセスダメージを生じ

ることが懸念されている.本技術ではLIAにより生成する

プラズマにより,ターゲット全面のプラズマ密度を���

領域に関わらず維持することが可能であるため,通常の高

周波マグネトロンスパッタ放電でのこれらの問題が緩和さ

れることが期待される.]

上記の製膜系を用いて形成したシリコン薄膜(厚さ

2500 nm)のラマンスペクトルとX線回折パターン(薄膜

X線回折)を図12および図13に示す.これらの製膜実験で

は,高周波電力 1 kWで生成したアルゴン-水素混合プラ

ズマ(全圧 2.6 Pa,水素分圧比���0~30%)をターゲット

スパッタ放電(直流負バイアス:-1 kV)に重畳し,ガラ

ス基板上でシリコン薄膜を形成した.アルゴンプラズマ

(���0%)での製膜では,アモルファスであるのに対

し,水素を添加(���18%,30%)することにより,ナノ

結晶シリコンを形成可能であることを示している.これら

図16 数値シミュレーションによる装置設計の一例.直方体チャンバー(面内サイズ 4200 mm×4200 mm)において,埋込型低インダクタンスアンテナを用いて生成されるArプラズマ(圧力 0.65 Pa)の基板近傍でのプラズマ密度分布.図中のエリアは,第11世代のマザーガラスのサイズを示している.

図15 複数の低インダクタンスアンテナを用いたマルチアンテナ方式での大面積プラズマプロセス系の模式図.(a)突出型アンテナを用いたプロセスシステム;(b)埋込型アンテナを用いたプロセスシステム.

図17 埋込型アンテナを用いて生成される誘導結合放電をマグネトロンスパッタ放電に重畳したスパッタ製膜系.上図は長方形ターゲットでの模式図を示しており,下図は大面積プロセスへの拡張した際の模式図を示している.

Special Topic Article 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules Y. Setsuhara

31

Page 9: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

の結果は,プラズマCVDと同様に,スパッタ製膜において

も,製膜プロセスにおける反応性制御が製膜プロセスに顕

著な影響を及ぼしていることを示している.

本研究では,反応性スパッタ製膜プロセスへの応用をめ

ざして,a-IGZO薄膜の形成を念頭に,IGZOターゲットの

直流スパッタ放電に高周波誘導結合放電を重畳した際の

ターゲット放電特性に関する予備実験も開始している

(図14).

上記の高抵抗シリコンターゲットの場合と同様に,直流

の負バイアスのみではターゲット放電を維持できないのに

対し,高周波誘導結合放電を重畳することによりスパッタ

放電を維持することが可能になっている.今後,気相の反

応性(酸化反応)の高精度制御により,ポリマー基材にも

適用可能な低温(PET基板の場合,概ね150℃以下)で,高

品質のTFTを形成することをめざした研究を展開してい

く予定である.

6.6 反応性プロセスの大面積化本稿での低インダクタンスアンテナを用いた反応性プロ

セスの大面積化の展望について紹介する.本章で紹介した

2種類の低インダクタンスアンテナ(図8)を複数用いた

マルチアンテナ方式のプラズマプロセス系の模式図を図15

に示す.埋込型アンテナは,上述のように,高密度プラズ

マ支援スパッタ製膜系に適したアンテナ系としても開発し

てきたものであるが,図15(b)に示すように,基板ホル

ダーを配置したプロセス室の全面にわたって誘電体窓を配

置することにより,凹凸構造を排除したプロセス系を構築

することが可能になる.さらに,プロセス室全面にわたる

誘電体窓を真空シールすることにより,アンテナが収納さ

れている部分とプロセス室を完全に隔離することが可能に

なる.

上記の埋込型アンテナを用いた大面積プロセスを想定し

て,一辺の長さが 4200 mmの直方体チャンバーにおいて,

流体シミュレーションを援用して設計したプラズマ源の事

例を図16に示す.ガス圧力0.65 Paのアルゴン中で生成する

プラズマの基板近傍でのプラズマ密度分布を示しており,

面内均一性(peak-to-valley)が±4.9%の範囲として,液晶

ディスプレーの第11世代でのマザーガラスに対応する

3000 mm×3320 mmのプロセス領域を確保することが可

能であることを示している.

最後に,前節で紹介した「プラズマ支援反応性スパッタ

製膜プロセス」では,図17に示すように,長尺のスパッタ

ターゲットに沿って,埋込型低インダクタンスアンテナを

配置することにより,大面積のプロセスを実現することが

可能である.さらに,ターゲットの長手方向と横方向で,

アンテナに供給する高周波電力を制御することにより,製

膜プロセスの均一性を制御することが可能になるものと期

待される.

6.7 まとめ本章では,次世代での多様な材料プロセス(基板ならび

にデバイス)を念頭に,筆者等が開発してきたプラズマ生

成・制御技術を中心に紹介した.特に,有機材料(基材,有

機半導体)と無機材料の複合化を見据えたプロセス技術の

開発では,低温かつ低ダメージのプロセスが必須であり,

本稿で紹介した化学結合状態に関する知見は,有機材料に

対するプラズマプロセスの適用可能性を示唆しているとい

える.さらに,反応性スパッタプロセスへの展開では,ポ

リマー基材にも適用可能な低温で,高品質のデバイス特性

を実現することが今後の目標であり,製膜プロセスをプラ

ズマによる反応性の点から高精度に制御する手法を開発し

ていく予定である.

謝 辞本章で紹介した低インダクタンスアンテナを用いた大面

積プラズマ生成に関する研究は,株式会社イー・エム・

ディーをはじめとする共同研究の成果であり,シミュレー

ションコードは京都大学の斧高一先生のご指導を得て開発

したものであり,ここに深く感謝申し上げます.さらに,

本稿で紹介した研究成果の一部は,CREST(科学技術振興

機構),研究成果最適展開支援事業・本格研究開発

A-STEP(科学技術振興機構),大阪大学グローバルCOE

「構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点」,「特異構造

金属・無機融合高機能材料開発共同研究プロジェクト」

(文部科学省)の支援を受けて実施したものであり,深く感

謝申し上げます.

参 考 文 献[1]M.A. Lieberman and A.J. Lichtenberg, Principles of

Plasma Discharges and Materials Processing (Wiley, NewYork, 1994).

[2]M.-C. Choi, Y. Kim and C.-S. Ha, Prog. Polym. Sci. 33, 581(2008).

[3]K. Nomura1, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hiranoand H. Hosono, Nature 432, 488 (2004).

[4]K. Nomura1, T. Kamiya, H. Ohta, M. Hirano and H.Hosono, Appl. Phys. Lett. 93, 192107 (2008).

[5]H. Hosono, K. Nomura, Y. Ogo, T. Uruga and T. Kamiya,J. Non-Cryst. Sol. 354, 2796 (2008).

[6]T. Kamiya, K. Nomura and H. Hosono, Sci. Technol. Adv.Mater. 11, 044305 (2010).

[7]節原裕一:プラズマ・核融合学会誌 81, 85 (2005).[8]節原裕一:プラズマ・核融合学会誌 84, 193 (2008).[9]A.A. Howling, J.L. Dorier, C. Hollenstein and U. Kroll, J.

Vac. Sci. Technol. A 10, 1080 (1992).[10]H.H. Goto, H.D. Lowe and T. Ohmi, J. Vac. Sci. Technol.

A 10, 3048 (1992).[11]L. Sansonnens, A. Pletzer, D.Magni, A.A. Howling,C.Hol-

lenstein and J.P.M. Schmitt, Plasma Sources Sci.Technol.6, 170 (1997).

[12]J. Hopwood, Plasma Sources Sci. Tehcnol. 1, 109 (1992).[13]P.L.G. Ventzek, R.J. Hoekstra and M.J. Kushner, J. Vac.

Sci. Technol. 12, 461 (1994).[14]J.T. Gudmundsson andM.A. Lieberman, Plasma Sources

Sci. Technol. 7, 1 (1998).[15]M. Moisan, C. Baudry and P. Leprince, IEEE Trans.

Plasma Sci. PS-3, 1004 (1975).

Journal of Plasma and Fusion Research Vol.87, No.1 January 2011

32

Page 10: 6.低インダクタンス内部アンテナを用いたプラズ …...に,本研究で開発してきたアンテナ構造(Low-Inductance Antenna:LIA)の模式図を示す.特に,本技術では,アン

[16]K. Komachi and S. Kobayashi, J. Microwave Power Elec-tromagn. Energy 24, 140 (1989).

[17]M. Nagatsu, G. Xu, M. Yamage, M. Kanoh and H. Sugai,Jpn. J. Appl. Phys. 35, L341 (1996).

[18]菅井秀郎:応用物理 70, 398 (2001).[19]J. Perrin, J. Schmitt, C.Hollenstein,A.HowlingandL.San-

sonnens, Plasma Phys. Control. Fusion 42, B353 (2000).[20]E. Takahashi, Y. Nishigami, A. Tomyo, M. Fujiwara, H.

Kaki, K. Kubota, T. Hayashi, K. Ogata, A. Ebe, andY. Set-suhara, Jpn. J. Appl. Phys. 46, 1280 (2007).

[21]Y. Setsuhara, T. Shoji, A. Ebe, S. Baba, N. Yamamoto, K.Takahashi,K.OnoandS.Miyake,Surf.Coatings.Tehcnol.174-175, 33 (2003).

[22]Y. Setsuhara, K. Takenaka, A. Ebe and K. Nishisaka,Plasma Process. Polym. 4, S628 (2007).

[23]Y.Setsuhara,K.Takenaka,A.EbeandK.Nishizaka, Solid

State Phenomena 127, 239 (2007).[24]H. Deguchi, H. Yoneda, K. Kato, K. Kubota, T. Hayashi,

K. Ogata, A. Ebe, K. Takenaka and Y. Setsuhara, Jpn. J.Appl. Phys. 45, 8042 (2006).

[25]K. Takenaka, Y. Setsuhara, K. Nishisaka andA. Ebe, Jpn.J. Appl. Phys. 45, 8046 (2006).

[26]K. Takenaka, Y. Setsuhara, K. Nishisaka and A. Ebe,Plasma Process. Polym. 4, S1009 (2007).

[27]K. Takenaka, T. Sera, A. Ebe and Y. Setsuhara, PlasmaProcess. Polym. 4, S1013 (2007).

[28]K. Takenaka, Y. Setsuhara, K. Nishisaka, A. Ebe, Trans.Mat. Res. Soc. Jpn. 32, 493 (2006).

[29]Y. Setsuhara, K. Cho,M. Shiratani,M. Sekine andM.Hori,Thin Solid Films 518, 6492 (2010).

[30]J. Musil, Vacuum 50, 363 (1998).

Special Topic Article 6. Plasma Technologies for Large-Area, Low-Damage and Reactive Processes Using Multiple Low-Inductance Antenna Modules Y. Setsuhara

33