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82 分子集合ナノマテリアルの創製と機能 . 分子集合ナノマテリアルの創製と機能 代表者 小林 健二 創造科学技術大学院・教授 分担者 山中 正道 小堀 康博 三井 正明 理学部化学科・准教授 理学部化学科・准教授 理学部化学科・准教授 1. 研究目的 超分子科学とは、ユニット分子に分子設計プログラミングを施し、分子間相互作用によりユニット 分子を自在に自己組織化させた分子集合体の構築と機能化を目指す学問分野である。本プロジェクト では、分子自己集合とナノ計測をキーワードに、超分子科学に立脚した我々の研究を基盤にして、「分 子集合ナノマテリアルの創製と機能化」を行い、よりよく暮らせる社会を支えるボトムアップ型ナノ テクノロジーの基盤技術を開拓することを目的とする。具体的には、以下の研究に焦点を当てる。 (1)分子自己集合に基づく超分子カプセルの構築と機能創発(小林) (2)機能性超分子ヒドロゲルの開発(山中) (3)時間分解電子スピン共鳴法によるタンパク質・光活性有機固体膜の電子伝達機能(小堀) (4)蛍光色素包接超分子錯体 1 分子の光物性と反応ダイナミクスの解明(三井) 2. 研究計画・方法 本プロジェクトチームは、有機化学・超分子化学を基盤とする機能性分子集合ナノマテリアル創製 グループ(小林・山中)と、物理化学・分光学を基盤とするナノ計測・光物性・電子物性評価グループ(堀・三井)から構成される。各人が以下に示す個々の研究課題を遂行しつつ互いに連携し、「分子集合 ナノマテリアルの創製と機能化」に関する基礎的知見を蓄積して、超分子科学に立脚したボトムアッ プ型ナノテクノロジーの基盤技術を開拓する。

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Ⅳ 分子集合ナノマテリアルの創製と機能

Ⅳ. 分子集合ナノマテリアルの創製と機能

代表者 小林 健二 創造科学技術大学院・教授

分担者

山中 正道

小堀 康博

三井 正明

理学部化学科・准教授

理学部化学科・准教授

理学部化学科・准教授

1. 研究目的

超分子科学とは、ユニット分子に分子設計プログラミングを施し、分子間相互作用によりユニット

分子を自在に自己組織化させた分子集合体の構築と機能化を目指す学問分野である。本プロジェクト

では、分子自己集合とナノ計測をキーワードに、超分子科学に立脚した我々の研究を基盤にして、「分

子集合ナノマテリアルの創製と機能化」を行い、よりよく暮らせる社会を支えるボトムアップ型ナノ

テクノロジーの基盤技術を開拓することを目的とする。具体的には、以下の研究に焦点を当てる。 (1)分子自己集合に基づく超分子カプセルの構築と機能創発(小林) (2)機能性超分子ヒドロゲルの開発(山中) (3)時間分解電子スピン共鳴法によるタンパク質・光活性有機固体膜の電子伝達機能(小堀) (4)蛍光色素包接超分子錯体 1 分子の光物性と反応ダイナミクスの解明(三井)

2. 研究計画・方法

本プロジェクトチームは、有機化学・超分子化学を基盤とする機能性分子集合ナノマテリアル創製

グループ(小林・山中)と、物理化学・分光学を基盤とするナノ計測・光物性・電子物性評価グループ(小堀・三井)から構成される。各人が以下に示す個々の研究課題を遂行しつつ互いに連携し、「分子集合

ナノマテリアルの創製と機能化」に関する基礎的知見を蓄積して、超分子科学に立脚したボトムアッ

プ型ナノテクノロジーの基盤技術を開拓する。

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(1)分子自己集合に基づく超分子カプセルの構築と機能創発(小林) 申請者等が見出した分子集合キャビタンドカプセルを基盤に、3つの研究を展開する。 (1-1)ナノ保護容器:アントラセンならびにその誘導体は、優れた蛍光発光材料であるが、長時間光

に曝されると光二量化や光酸化して発光特性を失う。小林はこの問題の解決法として、昨年度、オリ

ジナルの動的ホウ酸エステル結合カプセルが、アントラセン誘導体を非常に高い会合定数で包接し、

本カプセルがアントラセン誘導体のナノ保護容器として働くことを見出した。本年度は、パイ共役拡

張によってさらに高い発光特性を示すがより不安定になるビス(アリールエチニル)アントラセン誘導

体ならびにそのオリゴマーを本カプセルに包接させて、光安定性を評価する。なお、光物性・電子物

性の評価は、三井と連携する。 (1-2)光応答性分子集合カプセル:カリックス[4]レゾルシンアレーンは、水素結合に基づくサイコ

ロ状の分子集合6量体カプセルを形成し、種々のゲストを包接することが知られている。昨年度、小

林と山中は、カリックス[4]レゾルシンアレーンの側鎖に光応答部位としてアゾベンゼン-デンドロン

を導入した光応答性ホスト分子を設計し、アゾベンゼン-デンドロン側鎖の合成まで達成した。本年度

は、この光応答性ホスト分子の合成を達成し、分子集合6量体カプセルの構築と光応答性、それに連

動するゲスト包接-解離を精査する。NMR による構造評価は山中と連携する。 (1-3)超分子カプセルポリマー:外部因子によって(ゲスト分子の性質に応じて)ポリマーの重合度や

熱力学的安定性を制御できる水素結合性超分子カプセルポリマーの開発を目指す。 (2)機能性超分子ヒドロゲルの開発(山中) 低分子化合物の水中における自己集合で形成される超分子ヒドロゲルは柔軟性に富む材料であり、

その柔軟性を活用することで革新的な新材料の開発が可能となる。超分子ヒドロゲルの特性が存分に

発揮される研究領域として、生命科学の研究領域に着目した。生命科学の研究において、水と高分子

材料から成るヒドロゲルは、広く用いられる材料である。これら高分子ヒドロゲルを超分子ヒドロゲ

ル、特に刺激に応答しゲル-ゾル相転移する機能性超分子ヒドロゲルに代替することにより、生命科

学の研究手法に革新をもたらすことができる。独自の分子設計に基づき開発した低分子オルガノゲル

化剤を基本骨格とし、その外郭に親水性官能基の導入により水をゲル化する低分子ヒドロゲル化剤が

得られることを見出している。本研究では、目的とする水系環境で機能する低分子ヒドロゲル化剤を

有機合成化学の手法により合成し、分子の自己集合により得られる超分子ヒドロゲルを用いたタンパ

ク質試料の電気泳動を開発する。超分子ヒドロゲルを用いたタンパク質の電気泳動では、既存の高分

子ゲルでは達成し得ないタンパク質試料の効率的な回収と特異的分離パターンの解析を重点に研究

を実施する。 (3)時間分解電子スピン共鳴法によるタンパク質・光活性有機固体膜の電子伝達機能(小堀) 光合成タンパク質などの電子伝達系における初期過程では、光の吸収で高い軌道エネルギーに遷移した生体分子がその近傍の分子に電子か正孔を与える(光電荷分離)。この時、各軌道上で電子対の電子が不足した不安定な分子対となり磁性を持つようになる。この電荷分離状態の磁気モーメントが外部磁場との相互作用や、中間体どうしの磁気作用エネルギーなどを生じることにより、入射する電磁波との共鳴現象が観測され、中間体分子の電子軌道に関する様々な知見を得ることができる。このような磁気共鳴分光とレーザー光を基盤とする時間分解磁気共鳴測定を行い、様々な短寿命中間体を直接観測する。小堀は近年、量子論を駆使し、励起状態や電荷分離状態のスピン量子効果を解析する手法を独自に確立させており、電荷分離状態の立体構造解析と電子伝達機能を特徴づけることが可能となった。この解析法を用いて分担者である小堀は、時間分解電子スピン共鳴法による電子物性および電子伝達機能の評価を以下のように計画し研究を行った。 (a)薬物を分子認識した超分子型タンパク質であるヒト血清アルブミン-アントラキノンスルフォン酸イオン複合体のナノ秒レーザー光照射によって薬物-アミノ酸残基間における電荷分離状態を生成させ、時間分解電子スピン共鳴法でこの光電荷分離状態を観測する。得られた信号を小堀が最近確立させたスピン分極移動モデルによって解析し、短寿命光電荷分離状態における薬物およびアミノ酸残基における立体配置と電子的相互作用を決定する。 (b)ホウレン草から抽出した光合成光化学系 II 反応中心において、ナノ秒レーザー光照射により生

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成する過渡種の時間分解電子スピン共鳴測定を行う。キノン分子を除去し後続の電荷分離過程を抑制した反応中心では、初期光電荷分離状態の三重項電荷再結合過程で生成する励起三重項状態が観測されることが知られている。この励起三重項種信号の立ち上がりを示す経時変化について、電荷分離スピン状態の量子力学的な運動と電荷再結合過程を考慮したモデルによる解析によって電荷再結合ダイナミクスを特徴づける。 (c)有機薄膜太陽電池の基板の光活性層を形成する伝導性ポリマー(ポリチオフェン)およびフラ

ーレン誘導体を用いたヘテロジャンクション型ブレンド膜試料を作成し、光照射による過渡種の時間

分解電子スピン共鳴測定を行い、ナノ秒からマイクロ秒領域において、光誘起電子移動で生成した電

荷分離状態を観測する。側鎖ヘキシル基の置換位置によって電気伝導性が大きく異なる regioregular型ポリチオフェンおよび regiorandom 型ポリチオフェンそれぞれとフラーレン誘導体とのブレンド膜

において、スピン相関ラジカル対機構による解析を行い、立体配置および、電子的相互作用を決定す

る。 (4)蛍光色素包接超分子錯体 1 分子の光物性と反応ダイナミクスの解明(三井) シクロデキストリン(CD)などの分子内に空洞を持つ分子は,その中に他の分子を取り込む包接現

象を示す。包接によりゲスト分子の安定性が増大するため,例えば蛍光性色素が包接された超分子錯

体は,バイオイメージングにおける蛍光プローブ材料や色素増感太陽電池における増感材,分子発光

デバイスなどへの応用が期待される。本研究ではそのような分子集合ナノマテリアルとして有望な蛍

光色素包接超分子錯体1分子の動的挙動の解明に取り組む。具体的には,優れた発光特性や光安定性

を有するペリレンジイミド誘導体などを蛍光色素として用い,それらが CD によって包接された錯体

を作製する。昨年度の本研究プロジェクト期間に開発したマルチタスク単一分子蛍光分光装置を用い

て,低分子・高分子固体薄膜中や導電性ガラス表面上における包接錯体1分子の蛍光寿命,蛍光スペ

クトル,蛍光強度の時間変化の並列計測ならびに光子相関分光,光子コインシデンス測定を行う。こ

れにより包接錯体1分子の光物性とサブナノ秒から数十秒に至る広範な時間スケールで起こる分子

ダイナミクスを明らかにし,分子集合ナノマテリアルとしての可能性について分子レベルでの検討を

行う。 3. 主な研究成果

(1) 分子自己集合に基づく超分子カプセルの構築と機能創発(小林) (1-1)ナノ保護容器:ビス(アリールエチニル)アントラセン誘導体 4 は、パイ共役拡張によって高い

発光特性を示す(F = 0.95)が光照射を受け続けると光酸化して発光特性を失う。我々は、動的ホウ酸

エステル結合カプセル 3 が、非常に大きな会合定数で 4 を包接することを見出した(図 1)。そして、

このゲスト包接カプセル 4@3 は、4 と比較し、1)光に対する安定性が大幅に向上する、2)溶液中

での蛍光量子収率は殆ど変化しない、3)固体中での濃度消光による蛍光量子収率の低下を抑制する

ことを見出した。また、カプセル 3 は、ゲスト 4 をさらにパイ共役拡張した 5, 6 に対しても同様の効

果を示し、ビス(アリールエチニル)アントラセン誘導体のナノ保護容器として機能することがわかっ

た。 (1-2)光応答性分子集合カプセル:カリックス[4]レゾルシンアレーン1は、水飽和のCDCl3中で水8分子を介して水素結合に基づく分子集合6量体カプセル(キュービックカプセル)を形成することが知ら

れている。今回、アゾデンドロン側鎖Rを有するカリックス[4]レゾルシンアレーンtrans-2, 3, 4を合成

し、ゲスト包接分子集合キュービックカプセルGuest@[(trans-Host)6•(H2O)8]の形成を確認し、光応答に

基づくカプセル解離-再形成とゲストの放出-再包接を検討したところ、カプセルの光異性化能とゲス

ト包接能の相関は、アゾデンドロン側鎖Rの性質に大きく依存することを見出した(図2)。 trans-2 は紫外光照射によって cis-2 に異性化しても、ゲスト包接率は殆ど変化せずカプセルは維持

されており、cis-2 の側鎖の立体障害は不十分であった。それに対し、trans-3 と trans-4 は、紫外光照

射によって cis-3 と cis-4 に異性化すると、カプセルは完全に解離してゲストを放出することがわかっ

た。そして、cis-3 と cis-4 を可視光照射や加熱すると trans-3 と trans-4 に再異性化し、ゲスト包接カ

プセル Guest@[(trans-Host)6•(H2O)8]を再形成することがわかった。

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(1-3)超分子カプセルポリマー:今年度は、スペーサーに結合させるために必要なキャビタンド側鎖

を官能基化した水素結合性テトラピリジルキャビタンドとテトラフェノールキャビタンドの合成を

達成した。

図1.動的ホウ酸エステル結合カプセル 3 の蛍光発光材料 4~6 の包接とナノ保護容器としての利用

図2.分子集合6量体カプセルの光応答に基づく解離-再形成とそれに連動するゲスト分子の放出-再包接 (2) 機能性超分子ヒドロゲルの開発(山中) 市販のペンタアセチルグルコースを出発原料に7段階の反応により両親媒性トリスウレア化合物

の合成を達成した。この化合物は、一般的なタンパク質電気泳動法である SDS-PAGE において用いら

れるトリス-グリシン-SDS 緩衝液を効率的にゲル化できることが明らかとなった。そこで、この両親

媒性トリスウレア化合物のトリス-グリシン-SDS 緩衝液ゲル(超分子ヒドロゲル)を担体として用い

たタンパク質電気泳動を行った。まず、超分子ヒドロゲルからのタンパク質試料の回収方法を検討し

た。種々の検討結果より、電気泳動後のゲルを遠心分離するという極めて単純な操作において、タン

パク質試料が約50%回収できることを明らかとした。同様の方法を用い、ポリアクリルアミドゲル

からのタンパク質試料の回収を試みたが、2%程度の回収率に留まった。このように、超分子ヒドロ

ゲルを電気泳動の担体として用いることで、タンパク質試料が簡便且つ効率的に回収できることを見

出した。さらに、種々のタンパク質試料の分離について検討した。その結果、分子量が 45 kDa 以上

のタンパク質では、既存の SDS-PAGE と同様の分離が見られたが、分子量が 45 kDa 未満のタンパク

質では、既存の SDS-PAGE とは異なり、分離量の小さなタンパク質の移動距離が短くなるという特異

的な分離が進行することを明らかとした。以上のように、超分子ヒドロゲルがタンパク質電気泳動の

担体として有用であることを見出すことができた。

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(3) 時間分解電子スピン共鳴法によるタンパク質・光活性有機固体膜の電子伝達機能(小堀) (a)芳香族分子をヒトタンパク質に認識させた複合体(図 1)において、長寿命な近距離および長距離光電荷分離状態を人工的に効率よく生成させることに世界で初めて成功した。近接している中間体分子対においては、直交した立体配置が電子雲の重なりを大きく抑制し、もとの安定な分子に戻らないようにすることによって効率よく光エネルギー変換を起こす様子が明瞭に捉えられた(図 1)。さらに、タンパク質表面領域の水和分子を介した軌道の重なりが長距離電子移動過程に重要な役割を果たすことも示された。 (b)光合成光化学系 II 反応中心においては、初期電荷分離状態からの三重項電荷再結合速度を決定することができた。得られた非常に大きな再結合速度定数から、アクセサリークロロフィル励起三重項状態への電荷再結合過程は、初期に生成したフェオフェチン−クロロフィル長距離電荷分離状態から直接的に電子と正孔がアクセサリークロロフィルへと同時に移動することによって起こることが示唆された。 (c)有機薄膜太陽電池のヘテロジャン

クション型ブレンド膜試料における光

電変換初期過程においては、得られた立

体配置から、効率よく光電変換を行うポ

リマーとフラーレンの相対配置および

反応距離を得ることができた。(図 2)さらに不対電子軌道の相対的な配置•配向から、ポリチオフェン励起子から

の電子注入後に起こる電荷解離(光電

流生成)の初期段階であることが明ら

図 1. 人工的な光エネルギー変換を起こすヒトタンパク質-薬物複合体における短寿命中間体の立体配置

図2. 有機薄膜太陽電池のバルクへテロジャンクション型光活性層を形成する a) regioregular P3HT-PCBM と b) regiorandom P3HT-PCBM ブレンド膜個体試料の光電変換初期過程で生成した電荷分離状態の不対電子軌道

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かとなった。このデータから反応初期段階において有機ポリマーの電気伝導性が重要な役割を果

たすこと、さらに有機半導体分子のヘキシル基側鎖の運動性によって生まれる乱雑さが電荷解離

を促進するためのエントロピー増大効果を生み出していることが示唆された。 (4) 蛍光色素包接超分子錯体 1 分子の光物性と反応ダイナミクスの解明(三井) ① 温度可変単一分子蛍光分光装置の開発:単一分子蛍光分光(SMFS)法は,分子1個1個の蛍光マ

ルチパラメータ(蛍光強度,蛍光寿命,蛍光スペクトル,偏光度など)を並列計測することができ,

それらの時間変化を通じて分子構造や分子周辺環境の揺らぎが反応キネティクスに及ぼす影響を直

接的に捉えることができる。このような構造揺らぎの効果は系の温度に依存すると考えられるが,

SMFS 法を用いた研究において温度依存性測定は未だほとんど行われていないのが現状である。本研

究では,大排気量のポンプ系と冷却ガスフロー制御を組み合わせることにより,試料温度を-40~80℃の範囲で簡便に制御ができ,かつ1分子の蛍光マルチパラメータを計測することが可能な温度可変

SMFS 装置の開発に成功した。 ② シクロデキストリン包接錯体内反応の単一分子分光:これまでに我々の研究室では,分子包接現

象を示す代表的化合物であるシクロデキストリン(CD)の固体薄膜中において,ペリレンジイミド

(PDI)誘導体(図 1a)が顕著な蛍光ブリンキングを示すことを見出してきた。本研究ではそのブリン

キング挙動についての更なる詳細な実験および解析を行い,ブリンキングの原因となっている反応過

程について考察を行った。CD 薄膜中における PDI の蛍光強度の時間変化から,蛍光ブリンキング挙

動の解析を行い,蛍光が観測されない持続時間(off-time, toff)の確率密度分布 P(toff)を多数の単一分子

に対して求めた(図 1b)。それらすべてのデータは不均一系における非指数関数的振る舞いを記述する

のにしばしば用いられる拡張型指数関数(P(toff) ∝ exp[(toff /KWW)])でよく再現され,各KWWとから

各単一分子の off 状態の寿命offを求められた(図 1c)。このことから,この反応では PDI と反応相手と

の距離が非常に狭い範囲に制限され非常に近距離で反応が起こっていること,すなわち包接錯体内反

応が起こっていることが分かった。PDI の S0-S1吸収と T1-Tn 吸収は同じエネルギー領域にあるため,

高い光子密度による光励起の条件では項間交差が起こると高い確率で T1-Tn 吸収が起こって高励起三

重項状態が形成し得る。PDI の励起状態に対する分子軌道計算から,T1-Tn 吸収のエネルギー領域に n-*状態が存在して

いることが分かり,こ

の高励起 3(n-*)状態

の PDI がCD から水

素引き抜き(CDから

PDI 誘導体への水素原

子移動)反応を起こし

ていることが強く示唆

された(図 1d)。これま

でに水素原子移動反応

を単一分子レベルで捉

えられた研究例はな

く,本研究で初めてそ

れを捉えることに成功

したものと考えられ

る。

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4. 今後の展開

(1)分子自己集合に基づく超分子カプセルの構築と機能創発(小林) (1-1)ナノ保護容器:パイ共役拡張によって高い発光特性を示すがより不安定になるビス(アリール

エチニル)アントラセン誘導体 4 ならびにそのオリゴマー5, 6 を動的ホウ酸エステル結合カプセル 3 に

包接させることで、高発光特性を維持しつつ光劣化しない安定発光材料の開発に成功した(論文投稿準

備中)。今後、さらに精査することで不朽蛍光材料へ展開したい。また、4, 5, 6 のアセトキシ基のない

化合物は二光子吸収材料として機能することが知られている。そこで、4~6 およびゲスト包接カプセ

ル 4~6@3 の二光子吸収特性を評価して、将来、細胞等の3次元画像が得られる顕微蛍光像イメージ

ング材料へ展開したい。 (1-2)光応答性分子集合カプセル:分子集合カプセルの究極の機能化の1つは、薬物徐放システムと

薬物送達システムへの展開であり、「望みのタイミングで薬物(包接ゲスト分子)を放出させる」ことで

ある。これまでクリーンな光刺激によって分子集合カプセルの解離-形成(及びゲストの放出-包接)を制

御した系は、殆どなかった。今回、アゾデンドロン側鎖 R を有するカリックス[4]レゾルシンアレーン

trans-3, 4 を合成し、ゲスト包接分子集合キュービックカプセルの形成と、光応答に基づくカプセル解

離-再形成とそれに連動するゲスト分子の放出-再包接に成功した(論文投稿準備中)。今後、アゾデンド

ロン側鎖 R を精査してさらに迅速に光応答する分子集合キュービックカプセルを構築すると共に、将

来薬物送達システム・薬物徐放システムへ展開するための基盤を確立したい。 (1-3)超分子カプセルポリマー:外部因子によって(ゲスト分子の性質に応じて)ポリマーの重合度や

熱力学的安定性を制御できる水素結合性超分子カプセルポリマーは、アルコール添加でモノマーに解

離し、アルコール除去によってポリマーに自己再生可能な環境にやさしいインテリジェントポリマー

である。また、薬物徐放システムへの応用も期待される。今年度は、スペーサーに結合させるために

必要なキャビタンド側鎖を官能基化した水素結合性テトラピリジルキャビタンドとテトラフェノー

ルキャビタンドの合成を達成した。来年度は、スペーサーの両端にキャビタンドを結合させたダンベ

ル型ホスト(モノマー)を完成させ、水素結合に基づく超分子カプセルポリマーを構築する実験に取り

組む。 (2)機能性超分子ヒドロゲルの開発(山中) 本研究により、超分子ヒドロゲルがタンパク質電気泳動の担体として有用であることを明らかとし

た。今後は、この技術をさらに汎用性の高いものにすべく、超分子ヒドロゲルの改良を実施する。具

体的には、物理的強度に優れた超分子ヒドロゲル開発、より短工程低コストで合成することができる

低分子ヒドロゲル化剤の開発を行う。さらには、超分子ヒドロゲルを用いたタンパク質電気泳動をさ

らに発展させることを目的とし、未変性のタンパク質試料の電気泳動法の開発、およびタンパク質試

料の高効率的な回収を実現する。 (3)時間分解電子スピン共鳴法によるタンパク質・光活性有機固体膜の電子伝達機能(小堀) (a)薬物を分子認識した超分子型タンパク質においては、時間分解電子スピン共鳴法により、薬物-アミノ酸残基における立体構造を決定することができた(図1)。このことから本手法を用いてタンパク質-薬物相互作用の詳細を調べることができることが示されたといえる。疾患原因のタンパク質をターゲットとした薬物開発にとっても重要な成果である。さらに、タンパク質における光電荷分離過程は、タンパク質複合体用いた新しい光エネルギー変換として注目されており、可視光励起で効率よくエネルギー変換を起こす薬物など分子探索を行う予定である。 (b)ホウレン草から抽出した光合成光化学系 II 反応中心においては、三重項電荷再結合の経路及び電子的相互作用が明らかになった。これらのデータを踏まえ、初期電荷分離状態からアクセサリークロロフィル励起三重項状態へと至る電子伝達機能が明らかになった。今後は初期電荷分離状態の観測•解析により、電荷分離状態の立体構造解析を行うことによって、植物光合成系における電子伝達機構をより具体的に明らかにしていく予定である。 (c)有機薄膜太陽電池のヘテロジャンクション型ブレンド膜においては、効率よく光電変換を行う

仕組みがまだ解明されていない。今後も温度変化など様々な測定を行い初期電荷分離・電気伝導機構

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の詳細を明らかにしていく予定である。さらに、作成された薄膜太陽電池を用いてデバイス動作時の

過渡種の観測を行い、太陽電池の分子機能について性能評価を行う予定である。 (4)蛍光色素包接超分子錯体 1 分子の光物性と反応ダイナミクスの解明(三井) 水素原子移動反応では構造ゆらぎによる反応距離のわずかな変化が反応速度に大きな変動を生み

出すことが予想され,今後,これを初めて単一分子レベルで実験的に検証する。また,これまでの単

一分子分光研究において蛍光ブリンキングの原因は分子内緩和過程の場合を除き,直接的な実験的検

証のないまま電荷移動反応とされることがほとんどであった。しかし本研究では,水素原子移動反応

も反応速度に大きな不均一性を生み出す反応素過程として考慮すべきであることを示しており,これ

までの蛍光ブリンキングの原因に対する解釈の常識に対して一石を投じたいと考えている。さらに水

溶液試料の凍結による SMFS 計測の実現は,水溶液中でのみ生成・機能する超分子や生体分子に対す

る SMFS の適用を可能とし,新たな研究展開を切り拓く可能性を秘めている。 5.研究業績 小林健二

(1) 学術論文・著書等 1) Bis(methylthio)tetracenes: Synthesis, Crystal Packing Structures, and OFET Properties. T. Kimoto, K. Tanaka, M. Kawahata, K. Yamaguchi, S. Otsubo, Y. Sakai, Y. Ono, A. Ohno, K. Kobayashi J. Org. Chem. 2011, 76, 5018-5025. 2) 2,7-Diborylanthracene as a Useful Building Block for Extended -Conjugated Aromatics. R. Ozawa, K. Yoza, K. Kobayashi Chem. Lett. 2011, 40, 941-943.

(4) 国際会議発表 1) Self-Assembled Cavitand-Based Capsules. (Invited) Kenji Kobayashi The 11th International Conference on Calixarenes. The Institute of Chemical Research of Catalonia, Tarragona, Catalonia, Spain, 2011, June 26-29. 2) Heteroatom-Functionalized Acenes. (Invited) Kenji Kobayashi 1st International Symposium on Creation of Functional Materials. University of Tsukuba, Tsukuba, Japan, 2011, December 17-18. 山中正道

(1) 学術論文・著書等 1) Structural alteration of hybrid supramolecular capsule induced by guest encapsulation

Masamichi Yamanaka, Masashi Kawaharada, Yuki Nito, Hikaru Takaya, Kenji Kobayashi Journal of the American Chemical Society, 2011, 133 (41), 16650-16656.

2) Separation of proteins using supramolecular gel electrophoresis Sachiyo Yamamichi, Yuki Jinno, Nana Haraya, Takanori Oyoshi, Hideyuki Tomitori, Keiko Kashiwagi, Masamichi Yamanaka

Chemical Communications, 2011, 47 (37), 10344-10346. (2) 解説・特集等

1) 「精密分子設計にもとづく機能性超分子ゲルの開発」 山中 正道 未来材料、2011, 11 (9), 16-21.

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小堀康博 (1) 学術論文・著書等

1) Y. Kobori, M. Fuki: Protein-Ligand Structure and Electronic Coupling of Photoinduced Charge-Separated State: 9,10-Anthraquione-1-Sulfonate Bound to Human Serum Albumin J. Am. Chem. Soc. 133 (42), 16770-16773 (2011). 2) K. Yamanishi, M. Miyazawa, T, Yairi, S. Sakai, N. Nishina, Y. Kobori, M. Kondo, F. Uchida : Conversion of Cobalt(II) Porphyrin into a Helical Cobalt(III) Complex of Acyclic Pentapyrrole Angew. Chem.-Int. Edit., 50 (29), 6583-6586 (2011).

(2) 解説・特集等 1) 小堀康博, 婦木正明: 最新のトピックス「タンパク質によるエネルギー変換のしくみ—人工光合成

に向けて」 月刊化学, 化学同人, 京都, Vol .67, No. 2, 70-71, (2012) 2 月.

(4) 国際会議発表 1) Yasuhiro Kobori, Masaaki Fuki and Ryohei Noji: “Orientational Structures and Electronic Couplings of Photoinduced Charge-Separated States in Proteins and Organic Films” Spin Chemistry Meeting 2011, Noordwijk (Netherlands) 2011 年 5 月 16 日 2) Yasuhiro Kobori and Masaaki Fuki: “Orientational Structures and Electronic Couplings of Photoinduced Charge-Separated States in Human Proteins” International conference “Spin physics, spin chemistry, and spin technology” on November 1-6, 2011 in Kazan (Russia) (招待講演) 2011 年 11 月 2 日 3)Yasuhiro Kobori: “Orientational Structure and Electronic Coupling of Photoinduced Charge-separated states in Proteins” International Workshop “Advanced ESR Studies for New Frontiers in. Biofunctional Spin Science and Technology” (AEBST 2011) November 13-14, 2011, Takigawa Memorial Hall, Kobe University(招待講

演)2011 年 11 月 13 日

(6) 新聞報道等 1) 2011年10月6日付け 日経産業新聞「光エネ変換 たんぱく質使い解明」 2) 2011年10月6日付け 静岡新聞「タンパク質応用新エネ創出へ」 3)2011年10月13日付け 化学工業日報「たんぱくの光エネルギー変換の仕組み解明」 4) 2011年10月6日 日経バイオテクオンライン「静岡大の小堀康博准教授が人工光エネルギー

変換の仕組み解明、アルブミン複合体の変換効率は光合成に匹敵」 5) 2011年10月7日 ヤフー•ニュース「静岡大、たんぱく質のエネルギー変換機構を解明-新エ

ネルギー源として期待」 6) 2011年10月5日 科学技術振興機構•静岡大学共同プレスリリース「たんぱく質の光エネル

ギー変換の仕組みを解明(新エネルギー源の創出に期待)」

三井正明 (1) 学術論文・著書等

1)「光化学の事典 -だれでもわかる光化学の初歩-」(朝倉書店) 分担執筆 刊行予定 2012 年 8 月 (2) 解説・特集等

1)「温度可変単一分子蛍光分光測定のための簡易試料基板ホルダーの開発」 三井正明,福井洋樹, 河野祐也,高橋良弥 分光研究 vol.60(4), 133 (2011)

(4) 国際会議発表 1) Masaaki Mitsui “Single molecule studies of heterogeneous dynamics of organic dyes in solid thin films”

Shizuoka University International Symposium 2011, Shizuoka, Japan, Nov. 29, 2011

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