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6 映像情報メディカル 2018 年 8 月 はじめに 世界では医療リソースの有効活用が喫緊の課題 であり、たとえば、医師・技師の負担軽減や人手 不足の解消、画像診断装置の効率運用、画像診断 の質の向上や標準化などが求められている。このよ うな課題の解決に、AI (Artificial Intelligence、人 工知能)を活用する研究開発が近年急激に活性化し ている。たとえば、撮影パラメータや計測操作の自 動化による技師の操作負担軽減や検査時間の短縮、 病変候補領域検出の自動化による医師の読影負担 軽減や定量性の向上など、検査・診断ワークフロー の効率化および画像診断の質の向上が期待されて いる。本稿では、われわれが取り組んでいる AI を 応用した画像診断支援に関して紹介する。 日立の画像診断におけるAI適用の方向性 現在、日立では、画像診断の基盤となっている 画像診断装置と画像情報システムの両者に対し、 撮像支援や定量化、読影支援、故障予兆診断など を AI により知能化した機能を開発中である(図1)。 画像診断装置の知能化は、主に放射線技師の撮像 支援を目的とし、撮像時の位置決めや、画像のノ 図1 放射線画像診断装置と画像情報システムの知能化 荻野昌宏 *1 /尾藤良孝 *2 株式会社日立製作所 研究開発グループ *1 /同 ヘルスケアビジネスユニット *2 AIによる医用画像診断支援への 取組み 特集 医療ICT最前線

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Page 1: AIによる医用画像診断支援への 取組み - Hitachi · 2020-03-18 · 的には、原画像(フルサンプリング)と劣化画像(ア ンダーサンプリング)のペアを学習させ、劣化画像

6 映像情報メディカル 2018 年 8 月

はじめに

 世界では医療リソースの有効活用が喫緊の課題であり、たとえば、医師・技師の負担軽減や人手不足の解消、画像診断装置の効率運用、画像診断の質の向上や標準化などが求められている。このような課題の解決に、AI(Artifi cial Intelligence、人工知能)を活用する研究開発が近年急激に活性化している。たとえば、撮影パラメータや計測操作の自動化による技師の操作負担軽減や検査時間の短縮、病変候補領域検出の自動化による医師の読影負担軽減や定量性の向上など、検査・診断ワークフロー

の効率化および画像診断の質の向上が期待されている。本稿では、われわれが取り組んでいるAIを応用した画像診断支援に関して紹介する。

日立の画像診断におけるAI適用の方向性

 現在、日立では、画像診断の基盤となっている画像診断装置と画像情報システムの両者に対し、撮像支援や定量化、読影支援、故障予兆診断などをAIにより知能化した機能を開発中である(図1)。画像診断装置の知能化は、主に放射線技師の撮像支援を目的とし、撮像時の位置決めや、画像のノ

図1 放射線画像診断装置と画像情報システムの知能化

荻野昌宏*1/尾藤良孝*2

株式会社日立製作所 研究開発グループ*1/同 ヘルスケアビジネスユニット

*2

AIによる医用画像診断支援への取組み

特集 医療ICT最前線

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イズ低減や高精細化などの高画質化、3D像作成や定量マップ計算などの画像解析などを自動化するものである。画像情報システムの知能化は、主に医師の読影支援を目的とし、病変の検出支援 CADe

(Computer Aided Detection)、病変の性状判別など診断支援 CADx(Computer Aided Diagnosis)を行うものである。

画像診断装置の知能化

 近年、Deep Learning等の機械学習手法を用いたAIによる作業自動化、画質改善への取り組みが活性化してきている。画像診断装置においては、撮像パラメータの設定、画質調整、低線量CT画像のノイズ低減、高速 MRI画像再構成処理・高精細化処理等へのAIの適用が図られ、装置自体の知能化への取り組みが進んでいる。本章では、超音波診断装置の自動計測技術と、MRI装置向け高速・高画質画像再構成処理技術を紹介する。

1)超音波心臓計測における標準断面自動抽出

 超音波診断装置は、心臓疾患の検査において広く用いられている。しかし、プローブ操作技術を必要とするため、術者による計測値のバラつきや、複雑な手技による計測時間の増大化が問題となっている。そこでわれわれは、検査ワークフローの効率化へ向け、心臓検査の基本項目である標準断面抽出の自動化を検討している。 心臓検査においては、統一的な考察ができるように6つの標準断面がガイドライン1)で定義されており、この断面を適切に描出することが必須項目と

なっている。この6断面を術者が手動でプローブを当てながら1断面ずつ検出するのが現状であり、非常に時間がかかっている。近年、心臓3D画像を高速に取得可能な2Dアレイプローブが普及しつつあり、日立も2018年に製品化した(図2)。これにより、プローブ操作の煩雑さは改善が見込まれるが、取得した3D画像からの標準断面抽出効率化の課題は残る。そこで、機械学習を活用した標準断面自動抽出アプリケーションを開発している。具体的には図3に示すように、心臓の特定部位とガイドライン

図2 超音波心臓計測

図3 標準断面自動抽出アルゴリズム

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に定義された断面の位置関係を用いることで、高速かつ正確に断面を抽出する。まず、心臓3D画像から切り出した局所領域を、あらかじめ作成した識別器に入力し、心尖や弁輪などの特定部位に最も類似した領域を抽出する。そして、抽出した特定部位から、ガイドラインの推奨事項を満足する位置関係を用いて断面を抽出する。たとえば断面A4Cは、僧帽弁の直径が最大となるように、心尖や弁輪を通る断面を抽出する。このように、断面抽出の際に、ガイドライン内容を機械学習による識別処理に組み込んでいることがポイントであり、本アプリケーションの信頼性にも寄与している。さらに、正確な断面A4C抽出を基準として、ガイドライン記載の特徴を活用することでほかの5断面を高速に抽出することが可能である(図4)。本手法により、操作性向上を実現し、術者の手数を減らせる見込みである。尚、本技術は他分野(産婦人科、放射線科)や他モダリティ(MRI, CT)への展開も可能であり、画像診断装置の知能化を進めていく予定である。

2)MRI高速・高画質画像再構成

 MRI装置における撮像時間の短縮は、長年取り組まれている技術課題である。一般的に1検体あたり数十分を要し、検査のスループットが低く、患者負担、病院経営の観点からも高速化が望まれている。従来、この課題に対して、パラレルイメージング2)

や圧縮センシング3)等の手法が研究されてきた。しかし、画質の問題や、再構成処理に要する計算コ

ストが高い等の問題が残っているのが現状である。そこでわれわれは、機械学習を応用した画像再構成処理の検討を行っている。Deep Learningを活用した超解像処理4)が2014年に発表されたことを機に、画像処理へのDeep Learningの応用範囲が拡大している。われわれは、MRIの画像再構成処理へDeep Learningの適用を検討している。具体的には、原画像(フルサンプリング)と劣化画像(アンダーサンプリング)のペアを学習させ、劣化画像から原画像を再構成する指定処理を実現する。図5に全体構成を示す。ネットワークとしてはCNN

(Convolutional Neural Network)を用いるが、入力画像パッチの特徴に応じて、使用するCNNを適応的に切り替える機能を入れていることが特徴である。つまり、複雑な病変の特徴を表現するMRI画像を高速、高精度に復元するためには、1つのネットワークで対応するより、複数のネットワークをアンサンブル処理で実施する手法が効果的と判断した。入力パッチごとの画像特徴量抽出、クラスタリング処理をネットワーク処理の前段に入れることで、適応的な処理を実現している。この画像特徴量抽出においては、従来われわれが培ってきた診断画像処理の知見を活用している。図6は、クラスタリングとしてK-means法を用いた場合の1例である。図6の学習データ1~4の画像が各クラスタの重心画像であり、輝度の段差が水平方向に現れる特徴1、輝度が連続的に変化し段差が不明瞭という特徴2、段差が斜めに現れる特徴3、および中心か

図4 標準6断面抽出

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ら放射状に輝度が変化する特徴4、の4つに分類し、各分類の学習データで学習させた再構成処理CNN1~4を構成している。推定時には、入力パッチと各クラスタ重心との最近傍探索することにより適切なCNNを選択する。図7に本処理による推定画像の1例を示す。消失したエッジの復元ができているとともに、小脳部の微細な構造も復元の傾向を見てとることができる。本技術により、画質と処理速度両面にて従来法を上回る性能を実現している。

画像情報システムの知能化

 診断分野へのAI利活用の期待は高い。従来から取り組まれているCAD(Computer-Aided Detec-

tion/Diagnosis)システムへのAI適用は画像診断の質向上と効率化の実現へ向け、技術深化が進んでいる。また、現時点の診断支援という観点から、過去の診断情報や画像以外の情報を複合的に分析することで、予後の予測や治療計画支援、従来は困難であった、できなかった医療の提供へ向けた研究が進められている。 本章では、肺がん検診における読影支援技術とMRI画像定量化による頭部診断支援技術を紹介する。

1)肺がんCAD

 肺がんは、世界死亡率第1位のがんである。死亡率減少のためには早期発見と早期診断が重要で

図5 AI画像再構成(学習時)

図6 k-means法によるクラスタリング

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ある。近年、CT装置の低被ばく化が進んでいることもあり、健康診断や検診においても、胸部 X線だけでなくCT撮影を行う施設が増えている。米国NCI(米国国立癌研究所)では、大規模試験の結果、低線量 CT検査による病巣の早期発見により、肺がん死亡率が20%低減すると発表している(2010年11月時点)。これらの状況も踏まえ、CT装置による肺がん検診の重要性が増している。一方、CT画像による検査では、医師が1受診者あたり100枚を超える画像を読影する必要がある。これは医師にとって、心理的にも身体的にも負担が大きい作業で

ある。さらに、読影の質を担保するため、2人の医師による二重読影を実施しようとすると、医師の負担はもちろん、病院経営にかかるコストも増大する。日立では1990年代後半からコンピュータにより病変候補を検出し医師に提示することで、読影の効率化や見落とし防止による読影精度向上のための支援をする読影支援システムの研究を進めてきている5)。現在、われわれはこれら従来から培ってきた肺がん病変に関する知見と、データドリブンアプローチであるDeep Learning手法との融合による技術開発を行っている(図8)。これは、前記従来の知見に

図7 処理画像例

図8 Lung Cancer CAD

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よる病変特有の画像特徴量抽出プロセス(フィルタリング、強調、変換処理等)を、Deep Learningを構成するCNNのネットワーク構造の中に組み込む手法である。つまり、一般的なDeep Learningの学習フェーズにおいては、各層のパラメータ初期値はランダム値とするが、ここを日立独自の病変抽出ノウハウをベースとし、データドリブンによる手法とのハイブリッド構成とすることで、より高精度な検出システムの実現を目指している。たとえば、肺がん検診においては、重要な指標として、GGO

(Ground Glass Opacity:すりガラス陰影)(図9)の検出能があるが、一般的なデータドリブンの手法と比較して、偽陽性の低減が見込まれる。また、ここでは肺がんの読影支援システムについて紹介したが、同様の技術をMRIによる脳疾患の診断をはじめさまざまなモダリティ画像、さまざまな疾患の診断への適用を検討している。

2)MRI定量イメージング

 MRIの定量性を向上するために、定量的磁化率マッピング(QSM:Quantitative Susceptibility Mapping)やマルチ定量値マッピング(QPM:Quantitative Pa-rameter Mapping)などデジタルテクノロジーを活用した研究開発を進めている。QSMは、計測された画像データに含まれる周波数の偏差から、それを引き起こす磁化率差の源を物理モデルに当てはめて逆問題解法で推定する技術である(図10)。QPMは、組織性状を表すT1, T2*、プロトン密度といった複数の定量パラメータを一度にまとめて取得する技術である。これら定量値をもとに、T1強

調画像、T2強調画像、FLAIR、プロトン密度強調画像などを計測後に擬似的に生成することも可能である(図11)。QPMでは、物理モデルを用いて計測条件と定量値を変えた信号強度関数をあらかじめ計算しておきデータベース化しておく。ここで、物理モデルとしてはBloch Simulatorを用いて定量値の異なる多数の核磁化の振る舞いを計測条件に応じて並列計算する6)。被検者を同じ計測条件で撮像し、得られたデータとこのデータベースを参照することで定量値を算出する。現在はボクセル単位で実施している本計測データと物理モデルのフィッ

図9 GGO

図10 QSM

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ティングに、機械学習を組み合わせる検討を進めている(図12)。すなわち、物理学で培われた知識と組織構造の学習とを融合により、計算精度向上と計算時間の短縮を実現していく予定である。

おわりに

 画像診断の質と効率の向上を目的とした、日立の画像診断装置と画像情報システムの知能化に向けた取り組みを紹介した。今後、さらにAIはさまざ

まな方向に発展し応用されていくと期待される。たとえば、機械学習には獲得された知見が人にはわかり難いという欠点があるが、これをわかりやすく提示することで、人とAIとがより緊密に連携可能なシステムが実現されていくと考えられる。さらに、AIを用いた機能は、画像診断装置や画像情報システムに別々に搭載されるのではなく、医療機関のワークフローに応じて最適な場所で最適なタイミングで使用できるような形態になっていくと期待される。

図11 QPM

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図12 物理モデルと機械学習の融合

 今後も日立は、さらに医療の質と効率向上を支援できるよう、医工連携のもと協創しながら開発を進めていく予定である。

参考文献

1) GUIDELINES AND STANDARDS, Recommendations for Cardiac Chamber Quantification by Echocardiogra-phy in Adults : An Update from the American Society of Echocardiography and the European Association of Cardiovascular Imaging.

2) J. B. Ra, C. Y. Rim : Fast Imaging Using Subencoding Data Sets from Multiple Detectors, Magnetic Reso-nance in Medicine, vol. 30, pp. 142-145(1993).

3) D. Donoho, “Compressed sensing,” IEEE Trans. Inform. Theory, vol. 52, no. 4, pp. 1289– 1306, April 2006.

4) Chao Dong, Chen Change Loy, Kaiming He, Xiaoou Tang, “Learning a Deep Convolutional Network for Image Super-Resolution”, ECCV, 2014.

5) S. Kusano,et al.;Efficacy of computer-aided diagno-sis in lung cancer screening with low-dose spiral com-puted tomography: receiver operating characteristic analysis of radiologists’ performance,Jpn. J. Radiol. , 28(9), pp.649-655 (2011).

6) Taniguchi Y, et al.,; Magnetic Resonance Parameter Mapping Using Computer Simulation, Proc. of ISMRM, 3113 (2010).