akt活性を抑制するペプチ ド阻害剤の開発1.25pg の gst...

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研究の背景 セリンスレオニンキナーゼAKT(Protein Kinase Bの別称) は細胞死(アポトーシス)を制御する重要な細胞内シグナル伝 達因子である(図1参照)。AKTの活性化は乳癌、肺癌を始め 様々なヒト悪性腫瘍において病因となる。一方、プロトオンコジン TCL1はヒトT細胞芽球白血病をはじめ、EBV感染症、Ataxia Telangiectasiaなど様々な悪性腫瘍でその発現が上昇してい る。 AKT/PKB �� AKTキナーゼは細胞内での細胞死(アポトーシス)制御の要の分 子であり、細胞外刺激によりPI3K, PDK1などのキナーゼを介して 活性化される。活性化されたAKTはBAD, FKHRL,I K BKなど様々 な分子と結合しリン酸化により細胞死、細胞増殖などの細胞反応 を制御している。 申請者は、先にプロトオンコジンTCL1が細胞内のアポトーシ スを制御しているAKTキナーゼに結合し、AKTを活性化する 「AKT活性補助因子」であることを明らかにし、ヒトT細胞芽球 白血病の分子学的な原因を明らかにした。 AKT は細胞外からの刺激により細胞膜へ移行し、AKTの P Hドメインに膜リン脂 質( P I P 3 )が結 合し、P D K 1 (Phosphoinositide Dependent Kinase1)の働きにより活性 化される。活 性 化されたA K T は F K H R( F o r k H e a d Transcription Factor)、BAD、Nur77など様々な細胞内基 質をリン酸化し、アポトーシスや細胞増殖を制御する。 申請者はこれまでインターロイキン2のコモンガンマ鎖からの 細胞内シグナル伝達因子の研究を続け、セリンスレオニンキ ナーゼAKTに結合するタンパク分子を検索し、これまで機能の 分からなかったプロトオンコジンTCL1がAKTと結合し、AKT の活性化を促す「AKT活性補助因子」であることを見い出し た。 この結論はTCL1がAKTを介した細胞分裂、細胞死(アポ トーシス)の抑制などを促進し、白血病やヒトリンパ系の腫瘍の 病因となっていることを明らかにした(Laine et al.,Mol Cell 2000;野口昌幸 実験医学 2000、図2参照)。 TCL1-Akt 我々はこれまで機能のわからなかったプロとオンコジンT CL1が AKTと2量体を形成を促すような形で複合形成し、活性化を促進 するAKT活性化補助因子であることを証明し、ヒトT細胞芽球性白 血病の分子学的原因を明らかにした。 我々はTCL1-AKT複合体内部でTCL1がAKTを活性化 する分子学的な機序を明らかにし(Laine et al., J . Biol. Chem.2002)、TCL1とAKTの結合ならびにTCL1の重合形 成が共にAKT活性補助因子としての機能(アポトーシスの抑 制、細胞増殖)に必要不可欠のものであることを明らかにした (Kunstle et al., Mol. Cell Biol. 2002)。さらに、AKT-TCL1 複合体の結晶構造解析を行い、特にAKTのPleckstrin Homology ドメインの構造を明らかにし、膜リン脂質PIP3との 構造的な関係を明らかにした(Auguin et al., J . Biomol. NMR 2003;Auguin et al., J. Biomol. NMR 2004; Auguin et al., J. Biol. Chem 2004)。 研究目的 AKTの活性化はヒトの様々な悪性腫瘍や血液疾患の原因 因子となっており、細胞死制御の要であるAKT活性化の制御 は重要なポストゲノムの研究課題である。しかし、これまでAKT の活性を抑制する特異的阻害剤は有効なものがなかった。 我々は、これまでの研究を元に細胞死を抑制する中心的な役 割を担う細胞内シグナル分子セリンスレオニンリン酸化酵素 AKTの活性を特異的に阻害するペプチドを同定する。本研究 はアポトーシス制御など癌の基礎的研究のみならず、 TCL1遺 伝子の過剰発現や癌抑制遺伝子PTENの異常によるAKT 〈図1〉 〈図2〉 AKT活性を抑制するペプチ ド阻害剤の開発 野口 昌幸 北海道大学遺伝子病制御研究所/教授広村  信 北海道大学遺伝子病制御研究所/ポスドク岡田  太 北海道大学遺伝子病制御研究所/助手柳舘 拓也 [株式会社ラボ/研究員] 59

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  • 研究の背景 

    セリンスレオニンキナーゼAKT(Protein Kinase Bの別称)は細胞死(アポトーシス)を制御する重要な細胞内シグナル伝達因子である(図1参照)。AKTの活性化は乳癌、肺癌を始め様 な々ヒト悪性腫瘍において病因となる。一方、プロトオンコジンTCL1はヒトT細胞芽球白血病をはじめ、EBV感染症、Ataxia Telangiectasiaなど様 な々悪性腫瘍でその発現が上昇している。

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    AKT.キナーゼは細胞死制御の要の分子である

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    AKTキナーゼは細胞内での細胞死(アポトーシス)制御の要の分子であり、細胞外刺激によりPI3K, PDK1などのキナーゼを介して活性化される。活性化されたAKTはBAD, FKHRL,IKBKなど様々な分子と結合しリン酸化により細胞死、細胞増殖などの細胞反応を制御している。

    申請者は、先にプロトオンコジンTCL1が細胞内のアポトーシスを制御しているAKTキナーゼに結合し、AKTを活性化する「AKT活性補助因子」であることを明らかにし、ヒトT細胞芽球白血病の分子学的な原因を明らかにした。

    AKT は細胞外からの刺激により細胞膜へ移行し、AKTのP Hドメインに膜リン脂質(P I P 3)が結合し、P D K 1

    (Phosphoinositide Dependent Kinase1)の働きにより活性化される。活性化されたAKTはFKHR(Fork Head Transcription Factor)、BAD、Nur77など様 な々細胞内基質をリン酸化し、アポトーシスや細胞増殖を制御する。

    申請者はこれまでインターロイキン2のコモンガンマ鎖からの細胞内シグナル伝達因子の研究を続け、セリンスレオニンキ

    ナーゼAKTに結合するタンパク分子を検索し、これまで機能の分からなかったプロトオンコジンTCL1がAKTと結合し、AKTの活性化を促す「AKT活性補助因子」であることを見い出した。 この結論はTCL1がAKTを介した細胞分裂、細胞死(アポトーシス)の抑制などを促進し、白血病やヒトリンパ系の腫瘍の病因となっていることを明らかにした(Laine et al.,Mol Cell 2000;野口昌幸 実験医学 2000、図2参照)。

    TCL1-Akt 複合体モデル

    �我々はこれまで機能のわからなかったプロとオンコジンTCL1がAKTと2量体を形成を促すような形で複合形成し、活性化を促進するAKT活性化補助因子であることを証明し、ヒトT細胞芽球性白血病の分子学的原因を明らかにした。

    我々はTCL1-AKT複合体内部でTCL1がAKTを活性化する分子学的な機序を明らかにし(Laine et al., J. Biol. Chem.2002)、TCL1とAKTの結合ならびにTCL1の重合形成が共にAKT活性補助因子としての機能(アポトーシスの抑制、細胞増殖)に必要不可欠のものであることを明らかにした

    (Kunstle et al., Mol. Cell Biol. 2002)。さらに、AKT-TCL1複合体の結晶構造解析を行い、特にAKTのPleckstrin Homology ドメインの構造を明らかにし、膜リン脂質PIP3との構造的な関係を明らかにした(Auguin et al., J. Biomol. NMR 2003;Auguin et al., J. Biomol. NMR 2004; Auguin et al., J. Biol. Chem 2004)。

    研究目的 

    AKTの活性化はヒトの様 な々悪性腫瘍や血液疾患の原因因子となっており、細胞死制御の要であるAKT活性化の制御は重要なポストゲノムの研究課題である。しかし、これまでAKTの活性を抑制する特異的阻害剤は有効なものがなかった。我々は、これまでの研究を元に細胞死を抑制する中心的な役割を担う細胞内シグナル分子セリンスレオニンリン酸化酵素AKTの活性を特異的に阻害するペプチドを同定する。本研究はアポトーシス制御など癌の基礎的研究のみならず、 TCL1遺伝子の過剰発現や癌抑制遺伝子PTENの異常によるAKT

    〈図1〉

    〈図2〉

    AKT活性を抑制するペプチド阻害剤の開発野口 昌幸 [北海道大学遺伝子病制御研究所/教授]広村  信 [北海道大学遺伝子病制御研究所/ポスドク]岡田  太 [北海道大学遺伝子病制御研究所/助手]柳舘 拓也 [株式会社ラボ/研究員]

    ― 59 ―

  • の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる研究である。

    研究内容 

    私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いてAKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った。この結果、これまで機能の分からなかったプロトオンコジンTCL1がAKTと結合し多量体を形成しAKTを活性化させる「AKT活性補助因子」であることを示した。この結果、TCL1の異常により発症するヒトT細胞リンパ芽球性白血病TPLL(T Cell Prolymphocytic Leukemia)の分子学的な病因機序を明らかにした(Laine et al.,Mol. Cell 2000; Laine et al., J. Biol. Chem. 2002)さらに、Reversed ‒Yeast Two Hybrid法を用いたランダムアミノ酸ライブラリーを用いてプロトオンコジンTCL1がAKT-PHドメインに結合するために必須な結合ドメインのアミノ酸配列を同定した(Kunstle et al., Mol Cell Biol. 2002)。また、AKTのTCL1結合部位の結晶構造を明らかにした(Auguin et al., J. Biomol. NMR 2003)。

    �������特異的���結合分子の同定とその解析法

    我々はYeast Two Hybrid 法を用いてAKTに結合する細胞内分子を検索した。さらにこれらのAKT結合分子の結合のAKT検証し、そのリン酸化などのAKT活性への効果を検討した。AKTとの結合部位を結合分子のランダムライブラリーを用いて同定した。

    我々はこれらの生化学的、構造学的な研究を通し、プロトオンコジンTCL1のAKT結合に必須なアミノ酸配列がTCL1のbeta A sheetならびにbE sheetからなる平面で形成される平面であることを示した。本研究ではこれまでの研究により図4に示すこのTCL1のAKT結合平面も一部を形成するbeta A sheetに相応するアミノ酸配列に基づいたペプチドAkt-in

    (AVDTHPDRLWAWEKF)を作成し、AKT活性の抑制効果、生化学的反応性、生物反応を解析しこのペプチドによるAKT阻害剤としての可能性を検証する。

    1. 標的ペプチドとAKTの結合に関する検討:

    野生型プロトオンコジンTCL1はAktのP l e ck s t r i n Homology Domain(PH domain)に結合する。Akt-inペプチドはTCL1のAkt結合配列の一部である。このペプチドがAktに結合するか否か、あるいはもし結合すればどの部位と結合するかを検討する必要がある。このためリコンビナント蛋白を用いたPull Down Assay により、標的ペプチドの PHドメイン選択性ならびにAKT特異性を検証した。

    スライド�

    Akt-inペプチドは���と��������������������������を介して結合する

    方法: βc、GST、TCL1のコントロールペプチドとともにAKT-inペプチドを大腸菌にて作成した。Akt-inペプチド: NH2-AVTDHPDRLWAWEKF‒COOH TAT-Flag Akt-in: NH2-YGRKKRRQRRR-DYKDDDDK- AVTDHPDRLWAWEKF-COOH コントロールペプチド βc: NH2- EKQHAWLPLTIE-COOH

    〈図3〉

    〈図4〉

    〈図5〉

    ― 60 ― ― 61 ―

  • TAT-bC:NH2-YGRKKRRQRRR -EKQHAWLPLTIE-COOH TAT-Flag: NH2-YGRKKRRQRRR-DYKDDDDK-COOH

    作成したぺプチドを哺乳動物細胞内に過剰発現した野生型AKT、PHドメイン、PHを欠くAKT(C-AKT)を作成し、Flag抗体を用いて免疫沈降を行い大腸菌由来のリコンビナント蛋白とともに24時間37度においてincubateした。その後PBSにて4回洗浄し、heat denatureの後、SDS PAGEにて解析後GST特異的抗体を用いてwesern blotを行いECL(enhanced Chemiluminasence法)にて解析を行った。

    結果: このペプチドAkt-inは野生型TCL1と同様に野生型(Full AKT)とPH-AKTとは結合するがPHを欠くAKT(C-Terminal AKT)とは結合しないことが判明した。この結果からTCL1のAKT結合部位配列に基づくペプチドAkt-inはAKTのPH domainと特異的に結合することがわかった(図5)。さらに3種類のAKT(AKT1, AKT2, AKT3)isoformリコンビナント蛋白によるin vitro pull downを行ない、標的ペプチドの3種類のAKT(AKT1, AKT2, AKT3)isoformに対する結合特異性を検討したところいずれのisoformにも結合することが確認された。このペプチドはAKT isoformに対する特異性はないものの、細胞でのAKT活性を抑制しその細胞反応も抑制する可能性が示唆された。

    2. ペプチドのAKT結合に関するKineticsに関する解析

    Akt-inペプチドの薬剤としての可能性を考えた場合、このペプチドとAKT分子との結合に関するkinetics(結合のしやすさの目安)を検討する必要がある。このためBiacore法によるScatchard Analysisを行い、ペプチド結合のAKT結合に関するKineticsを解析した。

    方法: PCR法により増幅したAKT-PHドメイン(アミノ酸 1-125 of ヒト Akt2)をpQE30(Qiagen)ベクターを用いて作成

    し大腸菌にてリコンビナント蛋白を合成した。Applied Biosystems 8500 Affinity Chip Analyzerを用い 1.25pg の GST リコンビナント蛋白(Akt-in またはwild type TCL1)を用いてApplied Biosystems社製の解析ソフトを用い80回の反復測定結果より結合定数を算出した。

    結果: ペプチドAkt-inはAKTPHドメインと約15.4μMの解離定数を得た。この値は野生型TCL1(5.4μM)の約3分の1であった。また、作成した重合型のAKT-inペプチド

    (11-23残基)を重複して持つペプチド(10.2μM)では約50%の上昇を認めた。この値は、GSTリコンビナント蛋白を用いたpull down assayと近似する値であり、計測値の信頼性が示唆された。

    3. ペプチドのAKT活性阻害効果と特異性に関する検討:

     in vitro Kinase Assayにより標的ペプチドがAKTと類似のProtein Kinase C, Protein Kinase A などの活性への効果を解析し、ペプチドのキナーゼ活性抑制効果の特異性を検討した。

    Akt-in ペプチドは Akt の活性を�� �����で抑制する

    ∝M

    方法: In vitro Akt kinase assays はCell Signaling社製の Akt kinase assay kit を用いて行った。哺乳動物への発現ベクター過剰発現により作成したAKTを免疫沈降により精製し、0, 200, or 400・M の濃度の標的ペプチドとコントロールペプチドを用いて2時間4度でincubeteし30 oC で4分間反応させ、SDS-PAGEにより解析しanti-phosphoGSK または anti-Akt(Cell Signaling)とECL(Amersham)を用いてwestern blot により解析した。

    結果: 図7に示すようにAkt-inはin vitroでのAKT活性を抑制した。図右側に示すコントロールペプチドではAktキナーゼ活性に対する抑制効果は認められなかった。さらにAkt-inは検討したin vitro kinase アッセイによる、

    〈図6〉

    〈図7〉

    ― 60 ― ― 61 ―

  • PDK1、PKAなど類似のセリンスレオニンキナーゼの活性には影響を与えなかった。この結果から、Akt-inは少なくともin vitroではAkt特異的にキナーゼ活性を抑制することが示唆された。さらにPDK1(Phosphoositide Dependent Kinase 1)はAKTの305/308セリン残基を燐酸化し、AKTを活性化する。この結果、本標的ペプチドがAKTを直接制御(抑制)することが確認できた。

    4. Phosphoinositide との結合に関する検討:

    先の実験でAkt-inはAKTのPHドメインに結合することを示した。このAKTのPHドメインにはPhosphoinositide(3,4,5)P3が結合し、AKTの三次構造を変化させ、活性化に寄与している。そこでPHドメインに結合する標的ペプチド(Akt-in)がAKTとPI(3,4,5)P3のの結合に与える効果を検証するため、Akt-inの存在下でPhosphoinositide Beads を用いたリン脂質Pull Down AssayによってPI(3,4,5)P3とAKTと結合に関する競合関係をin vitroで検証した。

    Akt-in ペプチドはAKTとPtdIns(1,3,4,5)P4 結合を抑制する

    方法: PtdIns(3, 4, 5)P3 lipidによる結合実験(lipid-protein pull-down assay)はEchelon Bioscience社製のPIP Beads[PtdIns(3,4,5)P3]を用いて行った。表に示すペプチド(Akt-in or・C control)を400ng/ml BSA の存在下で50ng のリコンビナント Akt(unactivated, Upstate Biotechnology, #14-279)とともに2 時間4oC でincubeteした。全体の蛋白量を均一にするためTAT-Flagコントロールペプチドを 全サンプルに加えた。25・l のPIP Beads を各々のサンプルに加えさらに16時間、4oCでincubateした。 サンプルを調整したバッファー

    (10mM Hepes, pH 7.4, 0.25% NP-40, 140 mM NaCl)で3回洗浄し、SDS gelで解析し、Western blotによりECL(Pharmacia)を用いてAKTとの結合への影響を検討した。

    結果: 図8に示す左側3つのレーンにあるようにAkt-inペプチドはAKTとPhosphoinositide {PI(3,4,5)P3}との結合を0

    から400μMの濃度の範囲で容量依存的に抑制した。

    5. ペプチドによる 抑制遺伝子群の網羅的解析:

    細胞内への効率の良い移行を目的としてHuma n Immunodeficiency Virus(HIV)のアミノ端のProtein Transduction Domain(PTD)11アミノ酸からなるTATペプチドを融合した標的ペプチドを作成し、細胞処理を行い、分離したmRNAを用いてDNAチップ(Affinity Metrics)による誘導遺伝子の解析を行い、ペプチド処理により誘導(抑制または活性化される)遺伝子群を網羅的に検索した。方法: ヒト293細胞(kidney fibroblast)をTAT- Akt-inまた

    はコントロールペプチドで24時間処理を行った。細胞からGibco社製のRNA Zolを用いてtotal RNAを抽出し、ラボ社柳舘 拓也氏とのDNA Affinity Chipを用いて誘導される遺伝子群の比較解析を行った。

    結果: コントロールペプチドと比べてTAT- Akt-inペプチドで処理した細胞群では以下の遺伝子群のmRNAが優位に誘導されることが判明した。gb:NM_000329.1 = retinal pigment epithelium-

    specific protein(RPE65).gb:NM_030975.1 = keratin associated protein 9.9gb:NM_002159.1 = histatin 1(HTN1).gb:NM_013305.1 = alpha2,8-sialyltransferase

    (HSU91641).gb:NM_016380.1 = diferentiation-related protein

    dif13(LOC51212).gb:NM_000588.1 = interleukin 3(colony-

    stimulating factor, multiple)(IL3).

    gb:NM_005422.1 = tectorin alpha(TECTA).gb:NM_000877.1 = interleukin 1 receptor, type I

    (IL1R1).gb:NM_031272.1 = testis expressed sequence 14

    (TEX14).これらの遺伝子群の十分な解析はできていないが、この実

    験結果によりTAT- Akt-inによるこれら遺伝子群の特異的な誘導がAkt-inによるAKT活性の抑制に影響を及ぼしていることが示唆され今後これらの遺伝子群の生化学的解析、細胞学的な解析が必要であることが示唆された。

    6. 腫瘍細胞内におけるAKT活性抑制効果、特異性の検討:

     TAT融合標的ペプチド処理をしたほ乳動物細胞を用い細胞内でのAKT活性を調べる目的でPDGFによるAKT刺激によるGSK,FKHRなどのAKT基質の燐酸化を検討した。同時に標的ペプチドのAKT特異性を明らかにするため、MAP

    〈図8〉

    ― 62 ― ― 63 ―

  • Kinaseの活性をそれぞれの燐酸化特異抗体によるWestern Blotにより比較検討した。

    方法: 293 細胞(ATCC)を60mm dishで培養し, 5・g of m-BADの(pEBG-mBad, Cell Signaling)をcalcium phosphate transfection 法により過剰発現した。24 時間後に培養液から血清を除き 0.2% FBSとしさらに

    (TAT-Flag)あるいは Akt-in(TAT-Akt-in)ペプチドを50・Mの濃度で12 時間処理した。細胞を20ng/ml の PDGF で8 分間刺激し、細胞をBrij lysis bufferで溶解し、 4-20% SDS gel(Daiich kagaku)で解析し、以下の各抗体を用いてwesternblotを行い解析した

    (Akt, #9272, phospho-Ser473 Akt #9271, phospho-Ser308 Akt #9275, Ser-256 FKHR #9461, FKHR #9462, P-Ser-136 BAD, Cell Signaling #9295, BAD #9292, anti-p44/42 MAP kinase #9102, anti-phospho-p44/42 MAP kinase #9106, anti- 38 MAP kinase #9212 , phospho-p38 MAP kinase antibody # 9216)。

    結果: このペプチドは腫瘍細胞内においてPDGF刺激後においてAKT活性(P473のリン酸化、またAktの基質としてのBADともに)特異的に抑制した。同時に検討したMAP キナーゼには影響を与えずAkt-inペプチドは哺乳動物細胞内においてもAktの活性を特異的に抑制し、他のキナーゼ活性は抑制しないことが確かめられた。

    7. 腫瘍細胞増殖能への影響:

     標的ペプチドの細胞増殖能への抑制効果をMTTアッセイにより検証する。TAT融合ペプチドで細胞株を処理し、細胞増

    殖能(自然増殖)をコントロールペプチドと比較検討した。

    Akt-inはin vitroでの細胞増殖を抑制する

    方法: 細胞の増殖はmethod using WST-8 regent[2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium, monosodium salt](347-07621, Dojin)を用いたcolorimetric 法により検討した。2000個のT4 細胞96-well plateに撒き、以下のペプチド(TAT-βC or TAT-Akt-in)を図10に示す濃度で処理した。3日後にWST-8 regent を加え37℃ 4時間後にmicroplate reader(BioRad)を用いて比色定量した。

    結果: 標的ペプチドはコントロールペプチドと比較して0-50μMの濃度において腫瘍細胞の増殖を効果的に抑制した。

    8. in vivoでの腫瘍細胞増殖抑制効果の検討:

    マウス実験主要モデルにおいて標的ペプチドの増殖抑制効果、細胞死に対する抵抗能を明かにする。標的ペプチドをマウスに移植した実験腫瘍に注入し、その増殖に対する効果、tunel法による細胞死に対する影響、AKTリン酸化への影響、を検討した。方法: マウス線維芽細胞(Fibrosarcoma cells、QRsP-11

    細胞, 2 X 105個/マウス)をC57BL/6マウスの腹壁に移植し2 micromoles のペプチド(TAT-Akt-in, TAT-Flag, あるいは PBS)を移植後5日目から(5, 7, 10, 12, 14, 17, と19日)において腫瘍に直接注入した。In vivoでの細胞増殖は腫瘍径にて計測した。第9日目に腫瘍を摘出し腫瘍を formalin固定し、paraffinで処理し, Hematoxylin-Eosin(H&E), TUNEL(Tdt-mediated dUTP nick end labeling, #MK500, Takara), あるいは phospho Akt(Ser473)monoclonal antibody(587F11, Cell Signaling)を用いて染色した。

    〈図9〉 〈図10〉

    ― 62 ― ― 63 ―

  • 結果: 図11に示すようにAkt-inで処理した腫瘍群(8匹のマウス)ではコントロール群と比べて腫瘍の増殖を優位に抑制した。また、体重増加で見られるように明らかな全身的な副作用は見られなかった。

    組織学的にはAKt-in処理した腫瘍群ではコントロールペプチド処理群と比べて腫瘍系の明らかな縮小とともにHE染色での細胞の縮小、核の濃染像ならびTUNEL染色でのアポトーシス様細胞の増加が認められた。

     成果、今後の展開等 

    我々の報 告したA K T - i nはA K Tに直 接 結 合し、Phosphoinositideの結合を抑制する結果、AKTの活性化を抑制するという全く新しいAKT特異的阻害剤である。この阻害剤は試験管内での実験での生化学的、細胞学的な抑制効果のみならず、生体内でもAKTの活性化を特異的に抑制し、その結果マウス実験腫瘍の増殖を優位に抑制し、その生命予後を副作用なく延長することを確認した(Hiromura et al., J. Biol. Chem. 2004)。これまでにReuveniらは既存のPKA(Protein Kinase A)に

    対する阻害剤(H-89)の構造をもとにAKTに対する阻害剤の開発を試みた。しかし、これらはいずれもPKAと交差抑制がある

    (Biochemistry 41, 10304, 2002)。HuらはPhosphoinositide dependent kinase 3(以下PI3キナーゼ)の阻害剤の構造を元に、AKTの阻害剤の開発を試みた。しかし、この阻害剤は、PI3キナーゼと交差抑制をする(J. Med. Chem 43, 3045, 2000)。このようにこれまでの試みは主として他のキナーゼの活性阻害剤の交差抑制に基づくもので、このためこれらの阻害剤の抑制効果は必ずしもAKT特異的とは言えず、抑制効果も著しくなかった。その結果、抗腫瘍剤としての方向はもちろんのこと、実

    験的な面での使用に関しても限界があった。このAkt-inペプチドは、AKTに特異的に結合し、PIP3の結

    合を抑制するという分子学的な機序も明らかである。しかし、さらにより効果的な抗腫瘍薬開発のためには、今後、より安定で特異的かつ安全性の高いAKTの活性阻害剤の開発が必須であり、アミノ酸の置換、修飾、重合化などペプチドの修飾などによるAKT活性阻害効果、AKT阻害効果の生化学的特性、細胞反応ならびに抗腫瘍効果の検討は必要であろう。このAkt-inペプチドは細胞増殖、細胞死などの腫瘍医学の

    基礎研究をはじめAKTの活性化が背景となるヒト悪性腫瘍、自己免疫疾患、肝炎などウイルス感染症などの疾患に対する革新的な治療薬開発への基盤となることが期待される。

    〈図11〉

    〈図12〉

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