掛川 武 隕石衝突がもたらした奇跡 生命誕生 のメカ …244(2017) 3...

Post on 06-Jan-2020

0 Views

Category:

Documents

0 Downloads

Preview:

Click to see full reader

TRANSCRIPT

2 244(2017)

生命の起源という謎については、これまでもいろいろな説が登場しては消え、また新しい説が登場し、という歴史を繰り返していますが、最近はタンパク質の元、アミノ酸が隕石の落下に伴って地球にもたらされたという説が優力です。しかし私は隕石がアミノ酸をもたらしたのではなく、海を取り巻くさまざまな環境の中で生物の元が作られ、その“部品”一つひとつが海の環境で組み立てられて、最終的に生物になったと考えています。まずは生命を育む舞台である海の誕生から、順を追って説明していきましょう。地球が誕生したのは 46億年前だと言われており、海もその後すぐに誕生した可能性はあります。しかしその後の1億年の間に巨大な隕石が地球に衝突して地

球の表面が溶けてしまうことが、少なくとも2回はあったことが分かっています。地球の表面を溶かすような熱を持った隕石が大量に衝突すれば、海水も蒸発してしまい、海は存在できません。ですから、少なくとも海が誕生してから46億年は経っていないということですし、45億年前まで、地球は生物が誕生できるほどまで温度が下がっていなかったと思われます。

42億年前には海は存在していた

2002年頃にオーストラリアで発見された鉱物の中に、海水の一部が組み込まれたような組成が見つかり、分析からその鉱物が42億から44億年前のものとされています。ここから、海は遅くとも42億年前には存在しただろうと考えられているのです。その頃の地球には大陸がなく、地球全体が海で覆われているような状態でした。それが42億年前から38億年前くらいまで続きました。太古の海の組成はというと、現代の海と同じように塩分濃度が高かったと思います。海の塩分は、ナトリウムや塩素といった岩石の成分が海中に溶け込んだものです。一方、岩石に含まれるカリウムやアルミニウムは非常に溶けにくい物質なので石に留まっていたでしょう。太古の地球も今の地球も石がある点に変わりはありませんので、濃度に違いがある可能性はありま

構成◉飯塚りえ composition by Rie Iizuka

Special Features 1

隕石衝突がもたらした奇跡「生命誕生」のメカニズム

46億年前に地球が誕生し、やがて海ができた。太古の海は塩分と二酸化炭素の濃度が高い、いわば「しょっぱい炭酸水」の海。強酸性の世界は生物にとって適しているはずもなく、そんな地球で生命が生まれるチャンスはまず考えられない。では、なぜ、こんな過酷な環境で生命は誕生できたのか―。今は隕石衝突によってもたらされたという説が優力で、生命起源の謎を解き明かす研究が進んでいる。

東北大学大学院理学研究科理学部地学専攻教授

掛川 武

巻頭インタビュー海は広いな

掛川 武(かけがわ・たけし)1965年山梨県生まれ。88年東北大学理学部卒業後、米国ペンシルバニア州立大学大学院でPh.D.取得。東北大学大学院理学研究科助手、准教授を経て2009年から現職。専門は生命起源地球科学。共著に『地球・生命その起源と進化』共立出版がある。

3 244(2017)

ですが、それらアミノ酸の元が環境にあるだけでは合成までに至りません。そこで私は、外部からの強引な力が働いたのではないかと考えています。それが隕石の衝突です。隕石には鉄が含まれていたのですが、地球に突入すると大気の摩擦で高温になり、灼熱の鉄が海に激突します(図1)。大量の海水が蒸発し、巨大な雲を作ったでしょう。かつ、衝突の際、非常に高温の熱ととてつもない高い圧力(衝撃波)が生じます。そうすると、衝撃波によって水がクシュっと圧縮され、非常に圧力が高くかつ高温の蒸気となります。圧力が高くなると、物質を溶かす力も高くなるので、すでに二酸化炭素の濃度が高いにもかかわらず、水蒸気にはさらに10~ 100倍の二酸化炭素が溶けることになります。こうした圧力のかかった水蒸気の中で、まず水と鉄が反応します。すると水は分解され水素が発生します。この水素は二酸化炭素や窒素と結びつき、メタンやアンモニアを作ります。水にかかった圧力は一瞬にして解放されますので、すぐに大量のメタンやアンモニア、二酸化炭素、水素が放出されて、結びつこうとする化学反応が起き

ます。これこそがアミノ酸が生まれる経緯と考えています。アミノ酸の合成は、水の圧力の変化がもたらした必然とも言えます。箱に何かをぎゅうぎゅう詰めに入れてぱっとふたを開けると、中に入れていたものがくっついていることがあります。そのようなものをイメージすると分かりやすいかもしれません。こうした現象が地球で日常的に起こっていたのが

40億年から42億年前だろうと考えています。というのは、月の表面にあるクレーターの年代測定によって、40億年前後に大量の隕石が落ちたことが分かっているからです。月の表面には今も隕石が落ちていますが、今の基準を1とすると、40億年前に100~

1000倍の隕石が落ちています。それ以降は、これほ

すが、海は今と同じようにしょっぱかったはずです。環境面での大きな違いは大気の組成です。生命の誕生、つまり炭素で構成される有機物が誕生する前には、今よりはるかに高い濃度の二酸化炭素が大気中にあったと言われています。私は昔の海を「しょっぱいコーラ」とたとえるのですが、現在は大気中の二酸化炭素濃度が400ppmに対して、当時は大気全体の1気圧分の濃度があったという説があります。今は1気圧しか大気がありませんので、今の大気全てが二酸化炭素でできているようなものです。そのような状態の海で、生命の最初の材料、アミノ酸が合成されました。初期のアミノ酸は、大気中の二酸化炭素や窒素、海水中の水が元になり、それが結合して合成されたはず

太古の地球は広く海に覆われ、そこに今の100倍から1000倍の隕石が衝突した。隕石は、鉄(Fe)に富み、高温高圧の状態で海にぶつかる。大量の海水が蒸発して雲を作る。雲の中には隕石由来のFeとH2O、CO2、窒素(N2)などがあり、FeとH2Oが反応して水素(H2)やアンモニア(NH3)が生成される。さらにそれらに炭素成分が加わり、アミノ酸ができる。

図1 40億年前の地球でアミノ酸ができる

4 244(2017)

ど大量の隕石が落ちることはありませんでした。ここから、当時の地球にも同じように大量の隕石が降り注いで、海水と反応していたと考えられるのです。生命の萌芽であるアミノ酸の合成をこのタイミングとするのは、もうひとつ、仮に隕石の大量落下の時代以前に生命が誕生していても、隕石の衝突によって絶滅してしまったはずだからです。そこで、隕石の大量落下と広く海に覆われていたことが生命起源の鍵では

ないか、と考えたのです。実際、私たちは海に隕石が衝突した際の状態を仮想した実験を行い、アミノ酸の合成に成功しています。同時に、この実験で我々は RNAの核酸塩基の生成にも成功しています。

アミノ酸は地球上で合成された

現在、「隕石の中には、アミノ酸のようなものとRNAの種とでも言える物質が含まれているから、地球上でそれら生命の材料を合成する必要はなかった」と見る研究者も多くいます。しかし、隕石がもたらした可能性のあるアミノ酸は7種類しかありません。それだけでは、ヒトの体を作るのに必要な20種類のアミノ酸には足りないのです。この点からも、私たちは、地球上でアミノ酸の合成が必要であり、そのためには海水と大気を結びつける必要があり、仲介役を隕石が果たしたと考えるのです。アミノ酸が合成されたら、次はペプチド(タンパク質)が合成できるはずですが、海でペプチドを作るには、越えなくてはならない壁がふたつあります。ひとつは、「コーラ」にたとえたように、太古の海には大量の二酸化炭素が溶けており、強酸性だということです。生物が誕生するためには弱アルカリ性の環境が必要ですが、当時の海のどこにそうした環境があったのかということです。ふたつめは、アミノ酸は水溶性で、大量の海水の中では浮遊しているだけで、こうしたアミノ酸が薄まった状態では互いの重合が難しくペプチドに「成長」できません。まず海水の性質の壁を越えるのに

図2 最初のタンパク質を作る

H O2

海底泥

鉱物

異なるアミノ酸

海底泥深部

脱水

表層部

鉱物

アミノ酸の吸着

複数アミノ酸の重合物

=+ H O2+アミノ酸1 アミノ酸2 ペプチド

青色のアミノ酸と赤色のアミノ酸が結合してタンパク質(ペプチド)を作るには、アミノ酸を脱水することが必要だ。海の中にはアミノ酸が溶けていて、海底の泥の上にアミノ酸が積もっていく。アミノ酸が溜まった泥内部は圧力によって濡れた雑巾を絞るような状態になり水が抜けていくので、アミノ酸の合成には好条件だ。泥の厚さが増して、深くなるほど温度、圧力が増すので、さらに結合の条件が良くなる。

5 244(2017)

役立ったのが鉱物です。海底に堆積している泥は、元は鉱石のかけらで、酸を吸収して中和剤の役割を果たします。ということは、鉱物が降り積もった泥の辺りは、酸の成分が少なくなりアルカリ性に傾いていたでしょう。ここなら生物の誕生が可能です。次に、海中でアミノ酸が希釈してしまう点ですが、海中に漂うアミノ酸は、時間を経て徐々に海底に沈んで、泥の中で濃度を増していきます(図2)。幸いにして海底はアルカリ性です。さらに、時間軸は膨大ですが、海底は時を経て厚みを増し、圧力も増します。圧力がかかると、さらに水中でのアミノ酸濃度が増します。同時に温度が十分にあると、アミノ酸が結合しやすくなるのです。

熱と圧力によるタンパク質の生成も実証

我々の研究室では、海底下2㎞から5㎞の高圧環境を作り出す装置を利用し、アミノ酸に圧力をかける実験を行い、ペプチドの生成に成功しています。これは、深海でなくても、圧力と温度があることで起きる化学反応だと思われます。この実験をさらに進めた実験も行っています。バリンというアミノ酸は、これまで2個しか重合させることができず、それ以上の結合が難しいとされていました。しかし温度と圧力を加えることによって、我々は6個のバリンが重合したペプチドを作ることに成功しました。深海以外にも圧力がかかる環境があれば合成されることを意味しており、温度と圧力を加えることで、いかにタンパク質ができやすいかを示しています。熱と圧力の関係を見るために、我々は極端な実験もしています。生物を構成するアミノ酸として最も多いアラニンも、ペプチドまでに生成するのが難しいとさ

れています。これまでの実験では3個のアラニンを重合させるのが限界でしたが、250℃という環境でも圧力を加えると炭化しないことが分かりました。温度と圧力を加えることによってアラニンが5個結合し、ペプチドを作ったのです。これは世界記録になっています。これで、熱と圧力の作用によって最も単純なペプチドの生成ができることは実証できました。昨今、生命の起源というテーマでは、海底の熱水域が注目されています。研究者の多くは、熱水域でアミノ酸が重合したと考えるようになっているのです。しかし、我々はその考えには懐疑的です。まず、海底の熱水域は特に酸性が強く、そもそも生物が誕生するのは難しい環境です。さらに、海底熱水域は水が多すぎて、ペプチドができていてもすぐに元のアミノ酸に分解してしまうのです。ある研究グループが、海底熱水域の環境を作りペプチドができるかどうかを調べる実験をしたことがあります。結果は、1秒間だけペプチドとして維持されたものの、その後には分解してしまい、再度結合することはありませんでした。やはり、ペプチドになるには熱とともに圧力が必要なのです。ただ熱水域が「生命のゆりかご」の役割を果たしただだろうと考えています。というのは、我々の体を作る

図3 酵素ニトロゲナーゼ内の硫化物クラスター

Special Features 1海は広いな

タンパク質

硫化鉱物の構造

タンパク質

ニトロゲナーゼは、鉄(Fe)─硫黄(S)─モリブデン硫化物(IV)を作る構造を持っている。

6 244(2017)

にはペプチドやRNAだけでなく、代謝を行うための酵素が必要です。そして酵素には、金属元素を含んでいるものが多くあります。図3の構造式で示しているのは、ニトロゲナーゼという酵素です。ニトロゲナーゼは、窒素固定に関わる重要な酵素で、ほとんどすべての生物が持っています。注目すべきは、このFe-Sという、硫化物を示す構造です。Fe-S-Fe-S

と結合し、ほぼ四角形の形が構成されています。では、この金属成分がどこで酵素に取り込まれたのかといえば、私は、熱水域ではないかと推察しています。というのも黄鉄鉱(FeS2)のような硫化鉱物は、熱水域に多くある鉱物だからです。

酵素に含まれる金属元素は緩やかな結合

硫化鉱物の多くは、タンパク質と結びつかなくても本来の性質として触媒的な機能を持っています。そこで生命誕生の初期には、硫化鉱物が触媒の機能を果たし、そのうち熱水域に漂っていたペプチドやRNAなどが集まって結合していく過程で、硫化鉱物の触媒機能が生物の持つ酵素にまで発展したのではないか、と考えられるのです。写真1左は、1500万年前の海底熱水によってできた鉱物です。この中のキラキラと光るのが金属成分(硫化鉱物)で、ここにタンパク質が結合すれば、ニトロゲナーゼが生成されます。私たちの体には、この鉱物に含まれる金属成分と同じものがある、ということなのです。熱水域には、鉱物になる以前の鉄や硫黄も浮遊しています。このように、私たちの体に必要な酵素、そこに金属成分が含まれることを説明するストーリーを成立させるのに、熱水域は都合の良い舞台なのです。興味深いのは、基本的な性質として鉱物は安定を好

み、生物は不安定を好むことです。常に細胞分裂を繰り返している生物にとって、鉱物のような安定は死を意味します。ですから、酵素に含まれる金属元素は、鉱物の中にある時とは異なる、緩やかな結合を取っています。しかし実験室では、生物の体内にあるような結合を再現することができず、どうしても安定した鉱物になって、この酵素を合成することができません。生命だけに許される緩やかな結合とでも言いましょうか。生命は、そうした状態を好むようです。そして生物が完全に死ぬと、結合が強固になり安定します。今、取り組みたいと考えているのが、RNAの合成です。ある種のRNAも酵素としての役割を果たすことが発見されており、原始生命の誕生では、DNAとタンパク質の両方の役割を果たしたのではないか、と注目されている生体分子です。

RNAの合成で問題になるのは糖(リボース)です。RNAの最も単純なユニットであるヌクレオチドは、リン酸、リボース、核酸塩基から構成されます。核酸塩基は、先述したように隕石の衝突で生成されることが分かりました。あるいは宇宙から持ち込まれたとしても矛盾は生じません。リン酸は海にもたくさんあります。しかしリボースは宇宙にありませんから、地球で

左は、1500万年前の日本海海底で形成された黄鉄鉱(FeS2)。ニトロゲナーゼの中のFe-Sと同じもので、海底で温泉が湧き出す場所ならどこでも生成される。鉱物には、酵素を構成する金属成分が含まれている。右はグリーンランド・イスア地方の地層から採取した38億年前の微生物痕跡が残された岩石。黒い部分が微生物由来の炭素とみられる。白い部分と黒い部分が明瞭に分かれる海の底に積もった地層の年輪。微生物は一定の周期で発生と消滅を繰り返すため、死骸があるときは黒く層が積もり、微生物が生きて活動している時代には白い層になる。こうした現象は、現在の海でも見られる。

写真1

7 244(2017)

作る必要があります。ところがリボースは安定性が非常に低く、生成が困難なので、生命がこのハードルをどのように乗り越えたのかが謎となっています。私たちはRNA合成の研究の過程で、海中に豊富にある、ホウ素という元素がリボースの生成に寄与しているのではないかと推察しています。実験でも、先のRNAの材料にホウ素を加えることで、結合が促進されることを報告しています。実は、世界最古とされる微生物の死骸を含むグリーンランド・イスアの太古代の地層は、現代の地層に比べてホウ素が非常に豊富に含まれています。このことからもホウ素がRNAの合成に関わっていたのではないか、という思いを強くしています。RNAの合成に関しては、今後さらに注力したい分野です。こうして合成されたアミノ酸など、生命の「材料」は、合成された時には点在していた可能性があります。しかし地球のプレートテクトニクス(プレートの移動)によって、少しずつ移動し、凝集する場所が海の中のあちこちにできていたと考えています。例えば、干潟のような場所でも、水分がなくなることでホウ素やリン酸が濃縮されるなどして、分子が凝集する条件がそろっています。このように、条件が整えばいろいろな場所でRNAが生成され、同じ場所でタンパク質と出会うことによって生命が誕生できたので

はないか、と考えているのです。いずれにしても微生物の死骸が含まれていたイスアの地層は、38億年前に堆積したものです。ですから、仮に42億年前の海で生物を組み立てようという動きがあったとすると、その試みは38億年前には完成していたということになります。

やはり生命誕生は奇跡!

先に示した写真1右のような岩石は、イスア地方の複数の地層で採取されています。この岩石には白と黒の年輪が鮮明に現れていますが、黒い部分は微生

物の死骸を含む層、白い層は微生物が生きていた環境の情報を持っている層です。生物は環境に依存しますので、白い層にはその時代の環境を示す物質が残っているはずです。生命の始まりと実際の誕生までには、埋めるべきギャップがまだ数多くありますが、太古の海に積もった地層の年輪などから、当時の環境を推察し、進化の過程を紐解くことができるかもしれません。やはり生命の誕生は奇跡です。私の説では、水で覆われ、ほどよい大気がある星に大量の隕石が落ちてこないことには、生命が誕生しません。しかし、その条件がそろう星は、天文学の世界で言われるハビタブルゾーン(生命が誕生するのに適しているとされる環境)にはありません。例えば金星にも火星にも海はありません。木星や土星の衛星に生命がいるのではという説もありますが、化学反応から考えても生命が誕生するところは、アルカリ性であったり酸性であったり、強く圧力がかかるところと弱いところなど極端な現象が必要ですが、木星や土星は環境が安定して単調すぎます。海底の熱水域さえあれば、生命が誕生するという説が常識のようになっていますが、例えばエネルギーを変換するプロセスが木星にも土星にもありません。つまり、これまで挙げてきたような条件がそろい、それを結びつけ育んだ場所が、地球の海だったのです。

Special Features 1

(図版提供:掛川 武)

海は広いな

2008年8月、グリーンランド・イスア地方での調査の様子。この地から初期の生命の痕跡が見つかる。

写真2

top related