96 チタンの現状と製造技術 東京大学生産技術研究所2 2017年10月1日...

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2 2017年10月1日 32017年10月1日

身近な金属のミクロ組織を読む

第96回 チタンの現状と製造技術 東京大学生産技術研究所 持続型エネルギー・材料統合研究センター

センター長、教授 岡部 徹

表1 地殻中の元素の存在度

図1 チタン製錬・加工プロセス(クロール法) 

図3 世界のスポンジチタン生産実績シェアと展伸材出荷実績シェア(2015年、推定)3)

図4 航空機分野の材料需要(2015年、推定)4)

(a)世界のスポンジチタン生産実績シェア (a)用途別

(b)世界の展伸材実績シェア

(b)材料別

図6 民間航空機1機当たりのチタン使用割合(出所:ATI)

図7 チタン製錬プロセス開発の今後の課題

図5 民間旅客機の機体構造材料の推移787型機には、約12トンのチタン合金が使用されている。

図2 チタンの還元反応容器(クロール法) 

はじめに

チタン(Ti)は、金属材料の中では最高の比強度を有し、抜群の耐食性を備えている。また、チタンは無尽蔵の鉱物資源である。チタンは地殻中に約0.6%存在し、この値は

地殻を構成する全元素の中で9番目に多い(表11)参照)。アルミニウム(Al)や鉄(Fe)の存在量には及ばないものの、構造材料として利用できる金属の中ではマグネシウム(Mg)に次いで4番目に多い。銅(Cu)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)などのベー

スメタル(汎用金属)よりも、“資源的には遥かに豊富に存在する”ことは意外と一般には知られていない。また、チタンの地殻存在量はステンレス鋼の主要構成元素であるクロム(Cr)

やニッケル(Ni)と比較しても桁違いに多い。資源的に豊富なチタンがベースメタルに比

して広く普及しない理由は、低いコストで鉱石から金属を製造する技術が現時点では存在しないためである。仮に、ステンレス鋼などに経済的に対抗し得るコストでチタンを製造する新技術が開発されれば、チタンの生産量は10倍、100倍と飛躍的に成長する可能性を有している。将来、技術革新、あるいはエネルギー革新が

起こり、効率良く、低いコストでチタンが製造できるようになれば、鉄鋼やアルミニウムに次ぐ、ベースメタルとしてチタンは普及するであろう。まさに夢の金属材料である。

チタンの現在の製造プロセス

図1および図2に示すように、チタンは現在、クロール法とよばれる四塩化チタン(TiCl4)のマグネシウム熱還元法を利用して製造されている2)。鉄鋼製の反応容器の中で、TiCl4(中間原料)とマグネシウム(還元剤)を高温(800~ 1000℃)で反応させ、スポンジ状の固体の金属チタン(スポンジチタン)を製造している(図2参照)。 還元工程で得られたスポンジチタンは、溶解後、加工して展伸材(圧延材)となる。資源的な制約が存在しないにも関わらず、抜

群の性能を有するチタンが普及しない理由は、チタンの製造コスト、とくに還元・分離プロセスの生産性が極めて低く、製造コストが高いことである。現在の技術では、1バッチ10トン程度のス

ポンジチタンを製造できるが、その還元・分離プロセスには、10日以上の日数を要する。チタンの還元工程の反応生成物であるMgCl2は、

溶融塩電解法によって金属マグネシウムと塩素ガス(Cl2)に再生され、再びTiCl4の還元や鉱石の塩化に用いられる。この溶融塩電解によるマグネシウムの製造には、膨大な電力を必要とする。このように、チタンを製造するためには多量

のエネルギーと長い時間、そして多くの工数と労力を要するため、製造コストが高くなっている。現時点の技術では、チタン1トンを製造する

のに100万円以上のコストがかかる。現在のチタンの世界生産量が20万トンに満たないのは、この高コストを負担しても高性能が不可欠な限られた領域にしか普及していないためである。

チタンの現状と日本の状況

日本はチタンの生産大国であり、製造技術および研究開発については世界のトップランナーであることも、広く一般には知られていない。日本では、年間約4万トンのスポンジチタン

が製造されており、図3(a)に示すように、世界シェアは24%を占める。高い技術力をもとに、高品質のスポンジチタンを製造しているため、中国に次ぐ世界第2位の生産シェアを維持している。全ての資源を輸入し、環境規制が厳しく、高い電力コストと労務費の条件下でも日本がチタンの生産大国であることは、誇るべきことであると筆者は考えている。2015年は、世界で約18万トンのスポンジ

チタンが製造され、約13万トンが溶解されインゴット等の展伸材に加工された。日本で生産されるスポンジチタンの多くは、そのまま米国をはじめとする海外に輸出されるため、日本の展伸材の生産シェアは12%(15,000トン)

と小さい(図3(b))。現在のチタンの主たる用途は、航空機の構

造材等の部品や発電所などの熱交換器などであり、特殊な事例としては、耐候性の屋根材などがある3)。

航空機産業におけるチタン

航空機分野では、図4(a)に示すように、機体、エンジン等に2015年の推定で、約70万トンの種々の材料が使われている。チタン合金も構造材料として多量に使用されている。このため、チタン展伸材需要の半分以上は航空機用途である。航空機に利用されるチタン合金の大半は、比強度が大きいTi-6mass% Al-4mass% V(Ti6-4合金)で、図4(b)に示すように、2015年の航空機分野におけるチタン合金の展伸材需要は約8万トンと推定されている4)。

図5は、代表的な航空機の構造材料の使用割合の概略を纏めたものである5)。かつての航空旅客機は、アルミニウム合金が主たる構造材料であった。近年は、さらなる機体の軽量化と燃費の向上を図るべく、最新鋭の中型ジェット旅客機であるボーイング787型機では、機体構造材の大半が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で製造されている。また、チタン合金の使用割合も増大し、機体重量の約14%にチタン合金が用いられている。この結果、従来

では大型機でないと飛行できなかった距離も、機体の軽量化に伴う燃費の向上によって中型機(B787)でも直行が可能となった。

図6からも分かるように、新型航空機のチタン合金の使用割合は増加傾向にある。航空機の構造材料としてチタンの使用量が増大している理由は、チタン合金の比強度が大きいだけなく、熱膨張係数等が炭素繊維材料と近いため適合性が高いからである。また、アルミニウム合金と比べ耐腐食性も優れている。ボーイング787型機には、1機あたり約12

トンのチタン合金製部品が使用されている5)。このチタン合金製部品は、主として合金インゴットの切削加工によって製造される。現状では、約100トンのインゴットを加工して、約12トンの部品を製造するため膨大な量のスクラップ(削り粉)が発生する。このため、今後はチタンのリサイクル技術や工程内廃棄物の発生量が少ない粉末冶金によるチタン製品の新規製造技術の開発も重要となる。

チタンと高付加価値製品の価格

仮に航空機1機(120トン)の価格を240億円とすると、kgあたりの単価は200,000円となる。自動車(約1トン)のkg単価は、2,000 ~ 5,000円であるから、航空機のkg単価は、自動車のkg単価の40~ 100倍となる。ロボットは、自動車の1~ 100倍程度のkg単価となるのであろう。チタンのkg単価は、1,000 ~ 5,000円で

あるので、kg単価が2桁以上高い航空機へのチタン合金の構造材としての使用はコスト的に大きな問題とならない。したがって、今後も、チタン合金は航空機や高性能ロボット等の高付加価値工業製品の構造材として多用されることは間違いない。一方、チタンの現在のkg単価は、自動車の

kg単価と同等である。したがって、自動車の構造材として使用できる量は大幅に制限され

る。しかし、仮にチタンの製造コストの大幅な低減が達成できれば、自動車産業における需要の増大が期待できる。チタンの使用量が飛躍的に増大し普及するた

めには、チタンの製造コストの低減が必須であることは論をまたない。

新製錬法の可能性

以上の状況から、チタンの製造コストを下げる新製錬法の研究は、国内外で続けられている。筆者自身も30年間、この大きな難問に取り組んできた。しかし、技術的な解決の糸口すら現時点では、掴めていない。新製錬法を確立するためには、酸素や鉄など

の不純物が金属チタンに移行・濃縮しないように制御しつつ、効率良くチタンを製造する新技術を開発する必要がある。金属チタンの主たる製錬法であるクロール法

は、還元プロセスの速度が非常に遅く、また、チタンの析出形態がスポンジ状の固体で、反応容器に固着するため、プロセスの連続化・高速化が達成できない。しかしながら、現時点では、クロール法に代わる新技術は確立されていない。新製錬法としては、図7に示すように、原料

と還元剤の候補の組み合わせだけでも、様々な可能性が考えられる。筆者は、不純物の制御や還元プロセスの速度という観点から、クロール法と同じく、塩化チタン(TiClX)の金属マグネシウム還元法を利用し、かつ、高速で還元反応を行えるプロセス技術が、将来的には重要となると考えている。

おわりに

現在、チタンはレアメタルに分類されているが、仮にチタンの製造コストが半分になれば、ステンレス鋼の巨大な市場の一部に食い込めるため、飛躍的に需要が増大するであろう。夢の材料チタンがレアメタルからコモンメタ

ルに変身するのを夢見て、筆者は研究に取り組んできた。ステンレス鋼の用途に代わる新材料としてチタンが広く普及する日が待ち遠しい。

謝辞

本稿をまとめるにあたり(一社)日本チタン協会 小池磨氏、木下和宏氏に貴重なコメントや情報の提供をいただいた。記して感謝する。

<参考文献>1)“AbundanceinEarth'sCrust”.https://www.webelements.com/

2)竹田修,岡部徹:軽金属,第67巻,6号(2017),257-263.

3)山出善章,北河久和,小池磨:軽金属,第67巻,4号(2017),126-135.

4)Er ic Roegner : Proceed ings ofTitaniumUSA2016(Sep.25-28,2016,Scottsdale,AZ,USA),(19pages).

5)平博仁:軽金属,第65巻第9号(2015),426–431.

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