環境の概念と 環境計画 -...

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環境計画論第1講② Oct.07, 2011

1.環境の概念

2.原発事故と被ばくの問題

福島大学共生システム理工学類 後藤 忍

環境の概念と環境計画

-William Rees, 1995-William Rees, 1995

“持続可能性には、資源をマネジメントする“持続可能性には、資源をマネジメントする

ことから、私たち自身をマネジメントすることから、私たち自身をマネジメントする

ことに焦点を移すことが求められている・・・”ことに焦点を移すことが求められている・・・”

1.環境の概念

2.原発事故と被ばくの問題

環境とは何か~人間環境系~ 環境:「環」+「境」

「環」:「◎型の輪の形をした玉」→「輪の形をしたもの」「○型に取り囲むもの」

「境」:「一定の広がりをもった場所、地域」

環境とは、ある主体が存在するときに、それを取り巻くものすべてを表す。つまり、「環境」は主体を設定したときに初めて現れるものであり、相対的な概念で、主体中心的な性格のものである。

人間環境系とは?相互作用によって関係づけられた、人間とそれをとりまく環境の要素の総体。

環境

人間

相互作用

環境

主体

環境の語源 フランス語の「milieu」 mi(medium中央)+lieu(locum場所)

(英 middle place) 17世紀にパスカルが中央の物体を囲む流動体に適用した語。

19世紀になってコントにより生物学にとり入れられる。

「中央にある有機体(生物)を囲み、その生存に必要な外囲条件の全体をさすもの」

日本では、19世紀末~20世紀初頭(明治時代中期~大正期)に訳語として導入される。一般化したのは大正期以降。それ以前は「環象」あるいは「境遇」と表現されていた。(cf.自然)

その後、有機体ばかりでなく、主に人間を主体として適用されるようになる。

「人間生活に必要で、かつ影響を与える外囲の状態」

中国でも、今日的な意味としては、1980年代以降、日本からの逆輸入で「環境」と表現。

環境の分類

人間を主体とする環境は、その種類により次のような分類が考えられる。

自然環境:水、大気、土壌、地形、気候、資源、動物、植物など

社会環境:家族、学校、職場、社会、経済、法律など

文化環境:言語、宗教、道徳、風習、学問、芸術など

自然環境だけが環境ではない。

ただし、それぞれの境界は必ずしも明確ではない。

自然

人間

社会文化

ちなみに・・・

中国における「環境」の定義

中華民国環境保護法(1989年制定)では、第2条において「環境」が定義されている。

『本法律による「環境」とは、人類の生存・進化に影響する各種の自然及び人類が改造を加えた自然要素の総体を意味し、大気、水、海洋、土地、鉱物資源、森林、草原、野生生物、自然遺跡、人文遺跡、自然保護区、景勝地、都市、農村を含んでいる。』

環境の関連分野(1) 環境の多義性による「環境」の氾濫。→環境接頭学? 開拓領域は未知数

→近藤(2000)による、10進分類表を用いた環境分野の開拓領域(太字は後藤加筆)000総記→「環境学・環境論」060学会、団体、研究機関→「環境研究史」070ジャーナリズム、新聞→「環境メディア論」100哲学→「環境哲学」「環境思想」140心理学→「環境心理学」150倫理学→「環境倫理学」160宗教→「環境宗教学」200歴史→「環境歴史学」「環境考古学」280伝記→「環境偉人伝」「環境技術者伝」「伝統的環境偉人伝」290地理、地誌、紀行→「環境民族学」310政治→「環境合意学」「環境計画」320法律→「環境政策学」「環境法学」

環境の関連分野(2)330経済→「環境経済学」340会計→「環境会計学」350統計→「環境の将来予測」「環境シミュレーション」360社会→「環境社会学」「環境社会システム」「環境計画」370教育→「環境教育学」380風俗習慣、民族学→「環境民族学」「環境文化」400自然科学→「環境科学」「環境生物学」490医学、薬学→「環境生理学」「環境音響学」510建設工学、土木工学→「環境建築(工)学」「環境影響評価」

「環境計画」590家政学、生活科学→「環境ライフスタイル論」600産業→「環境ビジネス」690通信事業→「環境コミュニケーション論」700芸術→「環境芸術」790諸芸、娯楽→「環境ゲーム」800言語→「環境意味論」900文学→「環境文学」

地球上の水の割合

97.5

0.00362.5

海水

淡水(氷河、氷山)

淡水(河川、湖沼など)

世界全体における一日の人口、資源およびエネルギーの変化(例)

人口増加:(2000~2005年の年人口増加率1.24%)

21万人

化石燃料の消費:

石油消費量約7400万バーレル

森林の消失面積:(世界で年間消失1200~3100万ha)3.3万ha~8.5万ha

土壌劣化による耕作地損失:(世界で年間500~600万ha)1.4万ha~2万ha

→会津若松市の人口11万人の約2倍

→吾妻小富士の火口約3杯分

→会津若松市の面積3.2万haと同程度

→福島市の面積7.5万haよりも広い

→郡山市の全農地面積と同程度

→福島市+郡山市の全農地面積と同程度

資源・エネルギーの枯渇(化石燃料、鉱物資源、土壌、etc.)

資源・エネルギーの枯渇(化石燃料、鉱物資源、土壌、etc.)

廃棄物の累積

(有害物質、放射性廃棄物、有機物、etc.)

廃棄物の累積

(有害物質、放射性廃棄物、有機物、etc.)

生存条件の劣化(地球温暖化、

生物多様性減少、大気・水汚染、etc.)

生存条件の劣化(地球温暖化、

生物多様性減少、大気・水汚染、etc.)

主体としての人間の問題(倫理、政治、経済、文化、

教育、メディア、etc.)

主体としての人間の問題(倫理、政治、経済、文化、

教育、メディア、etc.)

人間環境系に基づく環境問題の捉え方

環境問題は人間の問題である!

現象としての環境問題:環境資源の劣化 環境問題の要因:環境容量を超えた人間活動 問題の影響先:人間社会とその持続可能性

環境問題の定義

環境問題の定義・・・?

環境は主体中心的な概念であるため、定義は難しい。

コンセンサスのとれた「環境問題」の範囲はなく、特定主体の定義は、その主体の守備範囲を表わしている。

環境基本法では

「環境基本法」でも、敢えて「環境」も「環境問題」も定義されていない。

「環境への負荷」については、第2条で、「人間の活動により環境に加えられる影響であって、環境の保全上の支障の原因となるおそれのあるものをいう」と定義されている。

環境問題と意思決定

主体が異なれば、深刻な環境問題は必ずしも一致しない。

主体にとって相互作用が大きい(依存性の高い)環境における問題ほど、深刻に感じる傾向にある。

共通の環境で、同程度に深刻さを感じていれば、合意できる可能性は高くなる。

環境 環境

主体A

主体B

日常的なリスク要因による損失余命比較(単位:年)

(出典:http://www.dgcbase.jp/shoku_041218.pdf)

WHOの報告書“The World Health Report 2002”付表13 より損失余命を換算。「日本+」は日本が8 割を占

め、その他はニュージーランド、オーストラリアなど。

損失余命:

あるリスク要因が除かれた時に期待できる平均寿命の増加量。

様々なリスクの大きさを比べるための大まかな指標。

どのリスク要因がより深刻かについては,国や地域によって異なる。

どのリスク要因がより深刻かについては,国や地域によって異なる。

本講義での環境問題の定義

本講義での定義

「因果関係の複雑性や不確実性による予測不可能性により、または価値観や立場の異なる主体の間での意思決定の不十分さにより、人間活動に起因する環境の劣化が起こること。」

さらに・・・

問題の影響先まで含める場合は「・・・人間活動に起因する環境の劣化が起こり、その結果、主体である人間が負の便益を被ること。」となる。

環境問題の特性(1) 不可逆性

一度環境に問題が起きてしまった場合、再び元の状態に戻すことができないこと。たとえ類似した環境に修復できたとしても、厳密には元の環境とは異なるものである。また、生物種の絶滅などでは、進化に要した数億年の時間が失われることになる。

複雑性

環境問題が発生するまでの因果関係がはっきりしないこと。日本でかつて起こった公害問題は、原因と結果が特定できたために、犠牲を払いながらも問題解決の手段をとることが可能であった。しかし、環境問題では複数の問題が相互に絡み合っていたり、汚染源が複数あったりして因果関係を特定することが難しい。

地球環境問題の相互の関連性(環境庁,1990)

環境問題の特性(2) 不確実性

環境問題として先行き起こる可能性のある事象が複数あって特定できないこと。因果関係が完全には未解明である場合や、本質的に予測不可能な事象(カオス)である場合、結果を完全に特定することは不可能である。

不公平性

有限な資源の分配やリスクの負担、環境問題の加害者と被害者の関係などにおいて、公平な状態でないこと。先進国と発展途上国において、資源消費量が先進国で格段に多い場合や、それにともなう環境の劣化が発展途上国で起きている場合(ex.森林伐採、資源採掘に伴う汚染

、気候変動による領土の水没),原発などのように大都市と地方でリスクと便益の帰着が大きく異なる場合などが相当する。

資源分配の公平性(衡平性,equity)の問題『100people』(UNDP)

「もしも世界の人口が100人だったとしたら、

57人がアジア人、21人がヨーロッパ人、6人が北米人、8人が南米人、8人がアフリカ人。

一人がもうすぐ生まれそうで、一人が死にかけている。

20人が世界の富の90%を所有し、化粧品に食糧寄付の40倍の金が使われている。

15人は飢えている。

軍事費に義務教育費の10倍の額が使われるために、16人が読むことすらできない。

20人が家に1台以上のテレビを持ち、17人は家すら持たない。

この20人が世界の貧困を解決する手段を持つ 初の世代で、それは彼らの富の0.2%を分けるだけでいい。

あなたも今家でこれをテレビで見ていると言うことは、あなたもその一人かもしれない。」

環境問題の特性(3) タイム・ラグ(time lag)

環境問題の原因となる人間活動が起きてから問題が発生するまでの間に時間的な差が生じるということ。現代の世代には被害がなくても、将来の世代が被害を受ける場合がこれに相当する。逆に、環境問題を解決するための手段を講じた場合も、効果が現れるまでにタイム・ラグが生じる場合もある。

トレード・オフ(trade off) 「あちら立てれば、こちら立たず」という状態のこと。一つの環境問題を解決しようとした場合に、別の環境問題が起きてしまうような状態のことを表す。廃棄物問題を解決しようとしてリサイクルを進めた結果、化石燃料の消費が返って増えてしまう場合などが相当する。

環境問題の特性(4) 情報操作性

様々なメディアを通じて不確かな情報だけが伝わったり、意図的に操作されたりして問題がつくられること。環境問題の深刻さを過小評価したり,過大評価したりする場合がある。

「時空間的に遠い問題」を認識するには、メディアの伝える情報によるところが大きいため、操作される可能性も高くなる。

⇒環境メディアの重要性

環境問題の特性の具体例(1)地球温暖化問題を例として考えてみよう。

不可逆性ex. 気候の変化による生物種の絶滅

複雑性ex. 他の環境問題との相互の関連性

人為的影響と地球自身の気候変動の寄与率太陽の黒点変動による影響温室効果ガスのメカニズム

不確実性ex. マイナスの事象(砂漠化、海面上昇など)

プラスの事象(植物生産量増加、人間の長寿命化など)

不公平性ex.温室効果ガスの国別排出量の格差

気候変動による温室効果ガス少排出国への悪影響温暖化問題とそれ以外の問題に使われる資源や予算の格差

環境問題の特性の具体例(2)地球温暖化問題を例として考えてみよう。

タイム・ラグ(time lag)ex. 人間活動の蓄積と温度上昇

トレード・オフ(trade off)ex. CO2排出量削減と放射性廃棄物の増加

情報操作性ex. 原子力発電のCO2排出

地球寒冷化と地球温暖化

温暖化データの真偽(測定点、測定方法、グラフ表示など)

冷戦時代の終焉に伴う新たな安全保障としての良性の脅威

環境問題の捉え方と対応(1)環境問題の捉え方に基づく対応

環境問題の捉え方によって採用する手段は異なる。

環境問題の解決にも資源を必要とする。限られた資源で対策を行うには、相対的な優先度の判断が求められる。

優先度の判断における重要な認識

環境の何が問題か?

誰にとって問題か?

どのくらい深刻か?

いつ負の影響が生じるか?

環境問題の捉え方と対応(2)技術だけでは解決しない。社会的、経済的システムを含めた総合的な転換が必要。

人間自身の問題として、価値観の転換やライフスタイルの変更も重要。

不可逆性、複雑性、不確実性などの特性から、未然防止のための予防原則が重要。

同時に、情報操作性などの特性から、真偽を見極める冷静な思考を一人ひとりが継続的に行っていくことが求められる。

1.環境の概念

2.原発事故と被ばくの問題

東京電力福島第一原子力発電所の構造

General Electric社製MarkⅠ型原子炉の構造(図の出典:GE社「Boiling Water Reactor (BWR) Systems」)

圧力容器

格納容器

圧力抑制室(サプレッション・チャンバー

核燃料の搬入出用クレーン使用済み

核燃料貯蔵プール

人間が描かれており,施設の相対的な大きさが分かる。

福島第一原発の大きさのイメージ

東京電力福島第一原発の事故日付 主な出来事

3月11日 地震と津波により,稼働中だった1,2,3号機の

全電源喪失。これにより,原子炉の冷却が不可能となる。

3月12日 1号機で水素爆発。原子力安全・保安院が国際原子力事象評価尺度の暫定評価値をレベル4と発表。

3月14日 3号機で水素爆発。

3月15日 2号機で爆発音。圧力抑制室が損傷。4号機で水素爆発が原因と見られる火災を確認。

3月18日 原子力安全・保安院が国際原子力事象評価尺度の暫定評価値をレベル5に訂正。

3月21日 敷地内からはプルトニウムも検出。

4月 2日 2号機取水口付近の電源ケーブル用ピット内に亀裂を発見。海への汚染水の流出が発覚。

4月12日 原子力安全・保安院が国際原子力事象評価尺度の暫定評価値を 悪のレベル7に訂正。

5月24日 東京電力が,1,2,3号機のメルトダウンを公式に発表。

メルトダウンしていることは認められたが,原子炉の損傷が

どの程度かは不明。

沸騰水型原子炉の圧力容器の底は,ポンチ絵のような単純な構造ではなく,制御棒が数多く挿入される複雑な構造である。制御棒用の穴のため,溶融した燃料が底を貫通しやすい構造となっている(写真は福島第二原子力発電所4号機)。

(写真の出典:(財)原子力文化振興財団「原子力文化」,1986年10月号)

圧力容器の底の構造

3号機爆発の理由は?

アメリカの原子力技術者ガンダーセン氏は,3号機のす

さまじい爆発について,使用済核燃料プールのMOX燃料が即発臨界を起こし,プールが上に向けた銃口のようになって,強力な爆発が上方向に起きたと考えている。

3号機の核燃料プールの映像では,ラックに入っているはずの核燃料のフックが一つしか映っていない。

原発事故後の福島県の状況

福島県内の警戒区域等の指定状況

原発事故への対応

福島第一原発から放射性廃棄物がもっとも多く放出されたとき,その状況について県民は何も知らされなかった。

ヨウ素剤も,効果がある時間内に国や県からはまったく配布されなかった。(cf.放射性ヨウ素が体に取り込まれてから2時間後の服用で80%阻止できるが,8時間以降で40%,24時間後では7%に低下する)

警戒区域の拡大,事故後一ヶ月以上経ってからの計画的避難区域の指定など対応が後手後手に回った。

福島県は,事故後すぐに放射線健康リスク管理アドバイザーとして長崎大学の山下俊一氏,高村昇氏,広島大学の神谷研二氏を招聘。講演会や市政だよりなどで安全・安心キャンペーンを展開し,県民の無用な被ばくを助長した。

原発事故による様々な影響

福島県内の自治体の移転の動き

原発事故による影響

原発事故による影響は,あらゆる面に及んでいる。

身体的健康面での影響 無用な放射線被ばくの増加

日常的行動(呼吸,洗濯,etc.)の制約

精神的健康面での影響 放射線不安によるストレス

自殺者の増加

社会面での影響 家族や友人関係,コミュニティの分断

ふるさとの喪失

差別の誘発

産業面での影響 1次産業:出荷停止,風評被害など

2次産業:会社移転,放射能検査など

3次産業:観光客激減(概ね1/10)など

原発事故関連死(1) 原発事故による自殺者

3月24日:須賀川市の農家の男性(64)が自殺。

福島第一原発の事故の影響で、政府が一部の福島県産野菜について「摂取制限」の指示を出した翌日だった。30年以上前から有機栽培にこだわり、地元の小学校の給食に使うキャベツも一手に引き受けていた。「子どもたちが食べるものなのだから、気をつけて作らないと」。そう言って、安全な野菜づくりを誇りにしていたという。

4月12日頃:飯舘村の男性(102)が自殺。

村一番の長寿だった。長引く原発事故で健康被害を恐れた家族が村外に自主避難しており、離れ離れで暮らしていたことを苦にしたとみられる。

6月10日頃:相馬市の酪農家の男性(55)が自殺。

30頭ほどの乳牛を飼育していたが、出荷制限後は牛乳を搾っては廃棄する作業を続けていた。遺体近くの壁にチョークで「原発がなければ。残った酪農家は原発に負けないで」などと書かれていた。

原発事故関連死(2) 原発事故による自殺者

6月22日頃:南相馬市の女性(93)が自殺。

女性は、息子夫婦と孫2人の5人暮らし。足が不自由だった。原発事故を受け、家族と離れ、同県相馬市の別の親戚宅に身を寄せたが体調を崩し入院。退院後は自宅に戻った。遺書には,「またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから」「毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい」などと書かれていた。

7月1日頃:川俣町の女性(58)が死亡。

一時帰宅中に焼身自殺したとみられる。自宅を離れることへの不安を口にしていた。

福島大学への影響(1) 福島大学の状況

在籍学生および教職員全員が無事。

建物の一部損壊はあったものの,全壊の被害はなし。

2010年度の卒業式を中止し,2011年度の学事日程も大幅に延期。授業開始は5月9日。

体育館を避難所として開設。南相馬市を中心に約150名を受け入れ。

放射線への対応 2004年までは文系学部だけであり,理工

系設立後も,放射線医学や原子力工学を専門とするスタッフはいなかった。

理工系設立時やスタッフ補充時に,後藤は「リスク論」を専門とするスタッフを採用するよう提案したが,実現しなかった。

原発事故後,理工系の教員を中心に放射線計測チームを結成。(機器は借り物)

他の学類も独自に放射線マップを作成。

キャンパス内に比較的高い場所も存在。

福島大学避難所の様子(2011年4月)

キャンパスの放射線計測マップの例

福島大学への影響(2) 学生に関する問題

放射線への不安を抱える学生も少なくないが,その気持ちを理解できない教員が多い。

→転ゼミの相談なども個人的に受ける。教員会議で,安全側に立った履修基準を学生に強要しないようにと後藤から提起したが,合意には至らず。

ろくな除染措置も行わず,安全が確保されていない,放射線管理区域レベルのキャンパスに強制的に学生を来させることは,パワハラである!

就職活動も厳しい(企業の求人も少なく,小中学校の教員採用もなくなる)

窓を十分に空けられない状況の中で,電力制限令の対象となり,15%カットが課せられている。

執行部における問題 国の発表を鵜呑みにした学長は,放射性物質の核種も判明していない3月

25日の段階で安全宣言。

「福島大学では、現在自然放射能値より高い値が観測されていますが,3月15日以降明瞭に減衰しており,開校までにはさらに1/30 程度に減衰し,全く問題なく,安全に皆さまを迎えることができるものと考えております。

大学は学問の府であり、科学の砦です。非科学的な憶測や風評に惑わされることなく、学生のみなさんの安全と安心を確保しつつ、教育・研究の環境を整えて皆さんをお迎えしたいと思います。」

教員会議に諮ることなく,独立行政法人日本原子力研究開発機構(JAEA)との連携協定締結を決定(7月20日調印予定)。

福島市の抱える問題 福島市などの抱える問題

福島市や郡山市など,放射線量が避難区域レベルのわずかに下である地域には,中途半端な放射線量であるが故の問題がある。

精神的コスト避難の大義名分がなく,各自が悩み,判断せねばならない。

放射線への不安,被ばく対策疲れによるストレスがある。

思いきり空気を吸うこともできないストレスがある。

社会的コスト家族,友人,コミュニティが分断される。

地元産の野菜はサンプル調査しかしていないため,地元産の野菜を積極的に食べることができない。→地産地消の崩壊

金銭的コスト休業,失職,業績悪化などによる収入減。

被ばく対策用品の購入など。

県民健康管理調査 県民健康管理調査とは

福島県は,原発事故から3ヶ月あまり経った6月に,全県民を対象とした健康管理調査を行うことを発表。

調査の目的として,①原発事故に係る県民の不安の解消,②長期にわたる県民の健康管理による安全・安心の確保,の二つを掲げる。

「県民健康管理調査検討委員会」の座長には,福島県健康リスク管理アドバイザーの山下俊一氏が就任。

被ばく量を推計するため,3月11日以降の行動,食事の状況について,自記式の質問票で調査を行う。

健康管理調査の問診票

県民健康管理調査が抱える問題 健康管理調査における問題点

事故直後,「安全だ」とキャンペーンをはって,県外に逃げ出さないようにしておいたにも関わらず,後になって「事故直後の行動について思い出せ」という理不尽さ。

疫学調査の必要性は否定しないが,被ばく当事者からすれば,いかに余計な被ばくを下げるかが優先されるべき。

被ばく量の調査はするが,治療はしないというスタンス。これでは,かつて原爆投下後の広島にアメリカが設置した原爆傷害調査委員会(ABCC:Atomic Bomb Casualty Commission)が行った行為と何ら変わらない。

「100mSv以下は安全だ」と公言してきた山下氏が座長についていること。被ばくの対策を考えるアドバイザーが,その成果とも言える「県民の健康状況」を調査するという,利益相反の観点からの問題がある。

調査結果が、将来、損害賠償をめぐる裁判等において、「低線量被ばくによる健康被害はない」ことを示す証拠として使われる可能性がある。

本来,健康とは,身体的なものだけでなく精神的,社会的なものも含まれるが,そのような観点がない。いかに自殺を食い止めるか,いかに地域コミュニティのつながりを守るか,といった視点が重要である。

緊急声明の発表 上述したような問題点の存在を世に問うため,2011年7月3日に後藤を含

む教員有志で緊急声明を発表した。

アドバイザー体制と被ばく量低減に関する要望書の提出

福島県に対し,偏ったアドバイザー体制の見直しや被ばく量低減のための措置を行うことを求めて,福島大学の教員有志12名の連名で要望書を作成し,2011年6月6日に提出した。

アドバイザー体制に関する項目3つ,被ばく量の把握および低減のための措置に関する項目4つの計7項目を要望としてまとめている。

6月21日には「子どもたちを放射線から守る福島ネットワーク」などの市民団体の方と合同で,参議院会館で記者会見を行って趣旨を説明した。

福島県に対する要望書

福島民友新聞2011年6月7日

参議院会館での記者会見(2011年6月21日)http://live.nicovideo.jp/watch/lv53978924

福島大学原発災害支援フォーラム(FGF)理工学類の石田葉月准教授を始めとして、後藤を含む教員有志によって開設・運営されているウェブサイト。

原発災害や放射線による健康リスクについて、国内外の様々な情報を収集・発信。

URL:http://fukugenken.e-contents.biz/index

原発災害支援の取り組み

放射線とは

不安定な元素から放たれるもの。人間の目には見えません。

狭い意味では、放射性物質から放出されるα(アルファ)線・β(ベータ)線・γ(ガンマ)線の総称のこと。

広い意味では、X (エックス)線・中性子線・宇宙線なども含めてすべての電磁波および粒子線を指します。

主な放射線の分類

粒子の放射線: α線、β線、中性子線

電磁派(光)の放射線: γ線、X線

放射線とは

(図の出典:財団法人環境科学技術研究所「環境研サイエンスノートNo.3」)

主な放射線の種類

(図の出典:資源エネルギー庁「日本の原子力発電」)

α線 陽子2個と中性子2個から構成された原子核の流れで、+2の電荷を持つ。空気中の飛距離は数cm。体内での飛距離は30~40μm。貫通力は弱く,紙一枚で止まるが、エネルギーは500万eV程度と大きい。

β線 高速の負の電荷を持つ電子。空気中の飛距離は数m。体内での飛距離は10mm程度。エネルギーは100万eV程度。厚さ数mmのアルミで止まる。

γ線 光よりも波長の短い高エネルギーの電磁波。貫通力が強く,外部被ばくの主な要因となる。エネルギーは数百万eV程度。止めるには鉛の板で10cm、コンクリートで50cmの厚さが必要。

中性子線

電荷を持たない粒子。強い貫通力を持つ。核分裂中性子のエネルギーは平均で200万eV程度。厚い水やコンクリートでないと止められない。

放射線・放射能・放射性物質

(出典:文部科学省 資源エネルギー庁チャレンジ原子力ワールド)

例えを使った一般的な説明

(出典:原子力機構東海研究開発センター,郡司郁子氏の放射性廃棄物ワークショップ(2011年3月6日)資料

より正確には(γ線,中性子線)

放射性物質

放射線

放射能

福島第一原発事故での主な放射性物質

放射性物質 主な放射線の種類

物理的半減期

生物学的半減期

特徴

ヨウ素131 β線,γ線 約8日 甲状腺120日他臓器12日

甲状腺にたまりやすい。

セシウム134 β線,γ線 約2.1年 100~200日 筋肉にたまりやすい。

セシウム137 β線,γ線 約30.1年 70日 筋肉にたまりやすい。甲状腺にもたまる。

ストロンチウム90

β線 約28.9年 49年 骨にたまりやすい。

プルトニウム239

α線 約2.4万年 一生 高い放射性毒性長崎型原爆の原料

出典:経済産業省資源エネルギー庁「放射線とくらし」

汚染された土壌や食品の持つ放射能を表すときの単位

人体が受ける放射線を表すときの単位

放射線・放射能を表す単位

放射線の影響 人体に放射線を浴びると、量によって悪影響がある。

cf. 被曝(一般の放射線),被爆(原水爆による放射線)

外部被ばく 放射された放射線を体外から受けて被ばくすること。

内部被ばく

空中や水中に放出されて残留した放射性物質が鼻,口,皮膚などから体内に入り,体内から放射線を被ばくすること。

出典:矢ヶ崎克馬,内部被曝についての考察 http://www.cadu-jp.org/data/yagasaki-file01.pdf

放射線被ばくの問題

被ばくと距離の関係 被ばくと距離の関係

放射線の強さは、距離の2乗に反比例する。

例: 放射性物質までの距離が2mから4mへ2倍になった場合→1/4逆に近づいた場合、距離の2乗に比例して強くなる。

例: 放射性物質までの距離が体外の1cmから体内の1μmになった場合

→100,000,000倍!

(図の出典:http://www.nirs.go.jp/db/anzendb/NORMDB/1_yougosyuu.php)

放射線によるDNAへの影響 放射線によるDNAの損傷

細胞核の中にあるDNAが傷つ

けられると、細胞分裂の際の複製が正しく行われなくなり、がん細胞などになってしまう。年間1mSvの放射線は、人間

の体にある約60兆個の細胞の核すべてに、平均して1回放射線を浴びる量とされる。

分子結合と放射線のエネルギー

エネルギーの比較

エネルギーの種類 エネルギー量

分子結合のエネルギー 数eV

X線 ~100,000eV

セシウム137のβ線 661,000eV

プルトニウム239のα線 5,100,000eV

(出典:小出裕章氏の講演資料)

(原図出典:http://www.nuketext.org/kenkoueikyou.html#kousen)

放射線被ばくによる影響

高線量被ばくによる健康障害 低線量被ばくによる健康障害

20 福島の避難基準

5 放射線管理区域

確定的影響(急性障害) 確率的影響(晩発障害)

出典:放射線科学Vol.32 No.4 1989(「原子力・エネルギー」図面集2009)

日本における自然の放射線量 都道府県における自然の放射線量

日本で も高いのは岐阜県で,内部被ばくを含めて1.19mSv/年と推定されている。

ただし,空間線量率は岐阜県でも0.055μSv/h程度である。

出典:(財)放射線計測協会

日本の医療被曝の状況 日本の医療被曝リスク

Berrington & Darby (2004)が,イギリスを含む15カ国

を調査対象に、各国のエックス線検査の頻度、放射線被ばく量と発がんの危険性などのデータから,75歳ま

でにがんを発症する人の数を推定した。

日本では,年間発症するがんの3.2%が医療機関でのエックス線検査(CT検査を

含む)による被ばくに起因すると見られ、他の14カ国における割合(0.6-1.8%)と

比べて突出して高くなっている。

出典:Berrington A.G. & Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimate for the UK and 14 other,Lancet.

2004 Jan 31;363(9406):345-51.

放射線管理区域とは放射線の不必要な被ばくを防ぐため、放射線量が一定以上ある場所を明確に区別し,人の不必要な立ち入りを防止するために設けられる区域。

「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」や「労働安全衛生法令」などが法的根拠となる。

18歳未満の就労は労働基準法で禁止されている。

外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSvとされている。これは,公衆の特別の限度が年間5mSvであることを根拠としている。

電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準電離放射線に被ばくする業務に従事する(していた)労働者が、電離放射線に起因して発生すると考えられる疾病についての労災認定基準である。

放射線に係る白血病の労災認定基準は年間5mSv(=0.5rem)であることが規定されている。

放射線管理区域について

個人被ばく実績

放射線業務従事者の総数83,489名に対して、年間被ばく線量が20mSvを超えたものは存在せず、15~20mSvであった者は258名(0.3%)である。

集団線量の実績

一人当たりの平均線量は年間1.0~1.5mSv程度であった。

福島原発事故が起きる前の被ばく実績

集団線量と平均線量の推移(出典:原子力の安全に関する条約 日本国第5回国別報告)

被ばくの危険度の考え方

高線量放射線被ばく 例:JCO臨界事故

1999 年9月30日、茨城県那珂郡東海村の株式会社JCOの東海事業所・転換試験棟で、3人の作業員が硝酸ウラニルを製造中に起きた臨界事故。大量の中性子線などで被ばくし, O氏(当時35歳)と S氏(当時40歳)の 2名が亡くなった。

核分裂を起こしたウラン燃料は全部で1mgとされる。

国際原子力事象評価尺度(INES)ではレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)。 O氏の染色体顕微鏡写真,

(腸骨の骨髄細胞,被ばく4日目)

下写真の出典:NHK「東海村臨界事故」取材班(2006)『朽ちていった命』

正常な染色体の顕微鏡写真

高線量放射線被ばくの実態 JCO臨界事故の犠牲者

亡くなった2名の被ばく量は,推定でO氏が16~20Sv以上,S氏が6~10Svとされる。

東大病院で集中治療を受けたが,O氏が83日,S氏が211日後に多臓器不全で死亡。

被ばくの影響を受けやすい部位

細胞分裂が活発なところ(骨髄細胞、皮膚、腸の粘膜など)

O氏の右手(被ばく8日目)

O氏の右手(被ばく26日目)

(右写真の出典:NHK「東海村臨界事故」取材班(2006)『朽ちていった命』)

S氏の治療経過の写真(第3回日本臨床治療学会での公表写真)

低線量放射線被ばくの線量一般的には,急性障害を表さない程度の線量として,250mSv以下を指す場合が多い。

低線量放射線被ばくの影響 100mSv以下の放射線量では、検査で検出できる症状は現れないとされる。しかし,これは安全であることと同義ではない。

安全と考える立場から,小さくてもリスクはあるとする立場まで,捉え方に幅がある。

閾値なし線形モデルを支持

アメリカ科学アカデミー電離放射線の生物影響に関する委員会(BEIR)

国連科学委員会(UNSCEAR)

国際放射線防護委員会(ICRP)欧州放射線リスク委員会(ECRR)

低線量放射線被ばく

文部科学省「放射能を正しく理解するために-教育現場の皆様へ-」(2011年4月20日)

3.8μSv/h未満であれば「普通に生

活して支障はありません」と明記。

PTSDを引き合いに出して,心配し

すぎることがむしろよくないと指摘。

低線量放射線被ばくに対する楽観派

社会的責任のための医師団(PSR)の声明。

アメリカの社会的責任のための医師団(PSR:Physicians for Social Responsibility)は,日本政府がとった年間20mSvの基準に対して,2011年4月29日に声明を発表した。

1985年にはノーベル平和賞を受賞している。

慎重派の意見

(放射線に安全なレベルは存在しない,ということは,BEIR Ⅶ報告書に

おいて結論づけられ,医学・科学界において広く合意が得られています。自然放射線を含めた被ばくは,いかなる量であっても発がんリスクを高めます。(中略)

子どもへの放射線許容量を20mSvへと引き上げるのは法外な

ことです。このレベルでの被ばくが2年間続く場合,子どもへのリスクは100人に1人となるのです。つまり,

このレベルでの被ばくを子ども達にとって“安全”と見なすことはまったくできません)

確率的影響による晩発性の影響

将来必ず,がんなどによる一定数の死亡者を増加させる。

誰が死ぬかは分からず,その死亡者を生体解剖しても,放射線の影響で死んだことを立証することはほぼ不可能である。

訴訟したとしても勝てる見込みは少なく,まさに貧乏くじを引いたことになる。

確率的影響について

(出典:田中優(2011)『原発に頼らない社会へ』,ランダムハウスジャパン,p.19)

低線量被ばくによるがんのリスク

国際放射線防護委員会(ICRP)によれば,被ばくによりガンで死ぬリスクは100mSvで0.5%の増加とされる。

20mSvでは0.1%程度であり,1000人に1人増加する程度で,小さいとされる。(cf.学生数:福島大 約4,000人,岐阜医科大 約1,100人)

1000分の1は小さい確率なのか?

日本のジャンボ宝くじにおける1等の当選確率は1000万分の1,一人10枚買っても100万分の1である。みんなが「当たらない」と

考えれば宝くじは成立しないはずであるが,実際は多くの人が「当たる」と思って購入し,宝くじは成立している。

今回の大地震と津波は1000年に一度の規模とされる。その1000分の1の確率を無視して対策を行わず事故を招いた人々に1000分の1を軽視するようにアドバイスされるいわれはない。

しかも,通常のがんの発症とは異なり、貧乏くじを引く可能性が高いのは,若い人達である。

確率的影響の捉え方

有意な結果でない場合は安全と言えるのか?県放射線健康リスク管理アドバイザー山下俊一氏の発言例:

「チェルノブイリのデータでは、発がんなどの発症率と放射性物質の被ばく量には、明確な関係性が見られません。」

疫学的調査で有意な関係が見られないことは,必ずしも安全であることを意味しない。

有意でないという場合には、あくまで「偶然かもしれない」という意味であって、「偶然である」とまでは断定できない。

逆に,有意であるからといって「偶然ではない」と断定できるわけではなく、「偶然とは考えにくい」という意味に過ぎない。

予防原則の採用環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする制度や考え方のこと。

危険があるという前提で取り組めば,前提が正しい場合それに対応でき,誤っている場合も何ら危険はないため,問題がない。

科学的態度について

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