私のフッ素化学研究を顧みて(7): エステル基を連結鎖とする ... · 2019....
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1
私のフッ素化学研究を顧みて(7):エステル基を連結鎖とするオレフィン化合物の分子内環化
反応
1.はじめに
私が 1976年に東京薬科大学の小林研究室でスタートしたフッ素化学研究を顧みながら、自身が取り上げた研究を紹介しています [1]。研究の中心は有機フッ素化合物の合成法の開発といくつか
の生理活性物質のフッ素による化学修飾に関するものでした。後者は生化学や薬理学の研究者との
共同研究として生理活性に着目した標的のフッ素化合物をデザインし、合成担当者として独自の合
成法の開発にも留意して標的のフッ素化合物の合成に取り組みました。一方、自身が直面するフッ
素化合物の合成法だけでなく、一般有機合成反応の開発も検討しました。前回はそのような研究例
の一つとして、エステル基を連結鎖 (tether) とするトリエン誘導体の分子内 Diels-Alder反応に有効
な Lewis 酸触媒として、トリフルオロメタンスルホンアミド (CF3SO2NH2, TfNH2) から容易に発生できる新規なアルミニウム二核化合物 TfN[Al(Me)Cl]2 について紹介しました [2, 3]。今回は続編と
して、エステル基を連結鎖とするトリエン基質の分子内 Diels-Alder反応について、まず、アルミニウム二核 Lewis 酸のエステル基への 2 点配位の作業仮説のさらなる展開として、(1)フルオロアクリル酸エステル誘導体の分子内 Diels-Alder反応 [4]、及び (2)アリルシラン部を有するアクリ
ル酸エステル誘導体の分子内 [3+2] 付加環化反応 [5]、引き続き、水などの極性溶媒によるエステル基の cisoid配座の安定化効果を基盤として、(3)水系での使用に着目したインジウムトリフレートIn(OTf)3 を Lewis酸触媒とする反応 [6]、及び (4)イオン液体を溶媒として用いる反応 [7] につい
て、それぞれの特色を紹介します。
2. α-フルオロアクリル酸エステル誘導体の分子内 Diels-Alder反応
緒言として、前回解説したエステル基を連結鎖とする分子内 Diels-Alder反応の特異性と私たちが
開発したアルミニウム二核 Lewis 酸について簡単に述べます。1,4-ジエンとジエノフィルの [4+2] 付加環化反応である Diels-Alder反応はその形式から分子間反応と分子内反応に大別され、特に分子
内 Diels-Alder反応(intramolecular Diels-Alder reaction, IMDA反応)は、一工程で多環性化合物の立
体制御を伴った構築が可能で、その有用性はよく知られています [8, 9]。一般に分子間反応に比べ
て、分子内 Diels-Alder反応はジエン部とジエノフィル部が同一分子内に存在するため、エントロピ
ー的に有利であり、比較的緩和な条件で反応が進行しますが、基質の反応性はジエン部とジエノフ
ィル部をつなぐ連結鎖(tether)の長さと構造(官能基)に大きく依存します。特に連結部の官能基
に関して、カルボニル誘導体のうちで、α,β-不飽和ケトンや α,β-不飽和アミドでは分子内
Diels-Alder 反応は分子間に比べて容易に進行しますが、α,β-不飽和エステルでは特異的に著しく反
応性が低下します。このエステル基を連結鎖とする基質の反応性の低さは、立体電子効果と立体効
果の両面から説明されています [10, 11]。すなわち、エステル基の配座には cisoid 配座と transoid
配座があり、カルボニル酸素上の非共有電子対とエーテル酸素上の非共有電子対間での双極子-双
極子相互作用ならびにエステル基の両側の置換基 R1-R2 間での立体反発によって平衡は大きく
2
transoid配座に偏っています (Scheme 1)。このため、R1,R2にジエン,ジエノフィル部位を有する
トリエノエート誘導体では反応点の接近が困難となり、反応性が低下するものと考えられています。
そこで、エステル基の 2つの酸素原子に同時に配位可能な 2点配位型 Lewis酸を見出すことができ
れば、系内に生じる配位錯体 Aでは反応に有利な cisoid配座の形成に加えて、2点配位によるジエ
ノフィル部位の活性化(LUMO準位の低下と遷移状態エネルギーの低下)により、エステル誘導体
の分子内 Diels-Alder反応が効率的に進行するものと期待し、”M-X-M”構造の金属二核錯体を中心に
検討しました (Scheme 1)。
Scheme 1 Conformation of ester group and schematic activation concept by bidentate Lewis acid
その結果、トリフルオロメタンスルホンアミド (TfNH2)と 2モル当量のメチルアルミニウム試薬
(Me2AlCl) との反応で生成するアルミニウム二核錯体 1 (TfN[Al(Me)Cl]2) が 1,7,9-デカトリエノエー
ト誘導体 2の分子内 Diels-Alder反応に有効な Lewis酸触媒であることを見出しました[2]。すなわ
ち、Scheme 2に一例を示しましたが、最も単純な基質である 3,5-ヘキサジエニルアクリレート 2a
の加熱条件の反応は 210°Cという高温を要し、目的の Diels-Alder付加体 3aの収率(42%)は満足
できるものではありません [12]。一方、アルミニウム二核錯体 1 を 1.1当量用いると反応は室温、
短時間で完結して、目的物 3aが高収率(88%)で得られます。さらに、アルミニウム二核錯体 1 を
30 mol%に減じても、加熱と反応時間の延長は要するものの、目的物 3aが高収率(85%)で得られ
ました。一方、Lewis酸として RnAlCl3-n (R = Me, Et, n = 3-0)、BF3 (OEt2)、TiCl4などの単点配位型の
ものは有効ではなく、2点配位型 Lewis酸の特長が示唆された結果と考えられます。
R1
R2O
O
R1 O
OR2
ca. 10-13 kcal/mol(Barriers to rotation)
cisoid transoid
O
OMXM
Ln
Ln
R2R1
X(MLn)2
A
O
O
R2'R1'
Product
CF3SO2NH2
2 CH4
+ 2 Me2AlClrt, 30 min
1 TfN[Al(Me)Cl]2
F3C S NO
O Al(Me)Cl
Al(Me)Cl
N,N-bis Al
SOF3C
O N
Al(Me)Cl
N,O-bis Al
Al(Me)Cl
O
O1
79
O
OH
H
O
OH
H
+
endo-3a exo-3a
O
O
210 °C 5 h
2a (cisoid)2a (transoid)
42% (endo : exo = 9 : 1)rt 1 h 88% (endo only)
1 TfN[Al(Me)Cl]2none
1.1 eqiv.
Temp. Time 3a Yield (endo / exo ratio)
30 mol% 50 °C 6 h 85% (endo only)
Solventxylene
CH2Cl2ClCH2CH2Cl
3
Scheme 2 Generation of bis(alminium) complex 1 (TfN[Al(Me)Cl]2) and IMDA reaction of 2a
上記の発展として、これまでに報告例がないα−フルオロアクリル酸エステル誘導体の分子内
Diels-Alder反応を検討しました [4]。まず、3,5-ヘキサジエニルフルオロアクリレート 4a を用い
て触媒について種々検討した結果 (Table 1)、先に述べたトリフルオロメタンスルホンアミド
(TfNH2) 由来のアルミニウム二核錯体 1は高活性であるものの、2次的な副反応として生成物 5aか
らのフッ素の脱離を誘起してオレフィン体 6aを生じるなどの問題点が確認されました (Run 1)。一
方、1,1’-biphenyl-2,2’-diol (BIPOL) 誘導体のうちでテトラブロモ体 (Br4BIPOL)と Me3Al由来のアル
ミニウム二核錯体 8が優れた触媒であり (Runs 4, 5 vs Run 3)、基質 4aに対して 1.5当量の 8を用い
て室温の反応で環化体 5aが 65%の収率で得られました (Run 5)。Br4BIPOLの水酸基の一つをメチ
ルエーテル化した Br4BIPOL-OMe とトリメチルアルミニウムとの反応で生成するアルミニウム単
核錯体 9を用いた場合は、反応の進行は遅いことが確認され (Run 6)、触媒活性の向上に二核錯体
構造の寄与が示唆されました。
上記の結果に基づき Br4BIPOLと Me3Al由来のアルミニウム二核錯体 8を Lewis酸触媒として各
種メチル置換体 4b-eの分子内 Diels-Alder反応の反応性と立体選択性を調べました (Scheme 3)。反
応性については、反応はいずれも室温で進行しますが、メチル基が 6 位 (4c) やジエン部末端(10
O
O
F
7 Br4BIPOL + 2 Me2AlCl (1.1)8 Br4BIPOL + 2 Me3Al (1.1)8 (1.5)9 Br4BIPOL-OMe + Me3Al (3.0)
-24
rtrt
O
OF
H
O
O
+
O-AlMe2OMe
BrBr
Br Br
Lewis acid
CH2Cl2
Run Lewis acid (equiv.) Temp. (°C) Time (h) Yield (%)5a 6a
1
4a 5a 6a
3 4622 51
1 TfN[Al(Me)Cl]2 (1.1) 6 35
140
rt 85 65 0
34
rt 8 23 06
9 Br4BIPOL-OMe + Me3Al
Table 1. Effect of bidentate Lewis acids on IMDA reaction of α-fluoroacrylate 4a.
+
rt +2 TfN(AlMe)2 (1.1) 39 6
OHOH
BrBr
Br Br
Br4BIPOL
4a
06
18139
41
Recovery (%)
2 Me3Al O-AlMe2O-AlMe2
BrBr
Br Br
8 Br4BIPOL + 2 Me3Al
O-Al(Cl)MeO-Al(Cl)Me
BrBr
Br Br
7 Br4BIPOL + 2 Me2AlCl
2 CH4
4
位)(4e) の場合は長時間を要し、メチル基導入に基づく立体効果やジエン部分の HOMO の準位の
両方の影響が見られます。いずれの場合も生成物の核間の立体化学は cis 配置のみであり、反応は
endo選択性で進行します。
Scheme 3 IMDA reactions of 3,5-hexadienyl α-fluoroacrylates
次に、2位の置換基を水素やメチル基に代えた基質 4f, 4gの分子内 Diels-Alder反応についてアルミニウム二核錯体 8の Lewis酸触媒の効果を見ました (Scheme 4)。水素体 4fは 80°C、42時間の
反応で Diels-Alder付加体 5fが 58%の収率で得られましたが、フッ素体 4aの場合は室温で速やか
に反応が完結したことから、これら反応ではアルミニウム二核錯体 8を Lewis酸触媒として用いた
ときフッ素置換が反応性の向上に寄与するという興味ある結果が得られました。また、アルミニウ
ム二核錯体 8は 2位メチル体 4gの分子内 Diels-Alder反応を進行させるほどの活性はなく、先に
類似の 2位メチル体 4gの反応で示したようにトリフルオロメタンスルホンアミド (TfNH2)由来の
アルミニウム二核錯体 1 (TfN[Al(Me)Cl]2) の Lewis酸触媒としての高い活性が確認されました。
O
O
FR1
R2
R4
R3
O
OF
HR2
R1
R3
R4
OO
F
Me
H1 2
579
Br4BIPOL (1.5equiv)Me3Al (3.0 equiv)
CH2Cl2
4b (R1 = Me), 4c (R2 = Me), 4d (R3 = Me), 4e (R4 = Me) 5b-e endo-boat TS of 4b
8
O
OF
HMe
5b 71% (rt, 8 h)
O
OF
H
5c 61% (cis/trans = 5.3 : 1)(rt, 24 h)
Me
O
OF
H
5d 88% (rt, 6 h)
Me
O
OF
H
5e 42% (rt, 12 h)
Me
O
O
MeMe
1 TfN[Al(Me)Cl]2(1.1 equiv)
ClCH2CH2Cl, 50 °C, 4 h
O
OMe
HMe
4h 5h 74% ( trans : cis = 2.3 : 1)
1
7 59
O
O
X O
OX
H
1 2 Br4BIPOL (1.5equiv)Me3Al (3.0 equiv)8
2
79
4a X = F4f X = H4g X = Me
CH2Cl2ClCH2CH2ClClCH2CH2Cl
rt80 °C80 °C
8 h42 h42 h
5a 65%5f 58%4g 0% (no reaction)
5
Scheme 4 Effect of α-substituent on the reactivity of IMDA reaction of 3,5-hexadienyl acrylate derivatives
なお、α−フルオロアクリル酸エステル誘導体 10aの分子間 Diels-Alder反応は、我々の報告 [13] に続いて Haufeらも報告しています [14]。水素体のアクリル酸エステル 10bと比べた時、単純な加
熱条件も TiCl4を Lewis酸触媒として用いた場合もフッ素置換 10aは反応性を低下させることが確
認されました (Scheme 5)。フッ素置換による反応性の低下は、フッ素原子とアルケン部の p-π 相互
作用に基づく+M効果がフッ素の電子求引性の誘起効果(-I効果)を上まわって、フッ素置換基が
電子供与性基として作用していることが示唆されました。さらに、シクロペンタジエンとの反応で
は、アクリル酸エステル 10bは endo選択的、フッ素置換体 10aは exo選択的な Diels-Alder付加体
11が生成します。
Scheme 5 Diels-Alder reaction of acrylate and α-fluoroacrylate with cyclopentadiene
3.アリルシラン部を有するアクリル酸エステル誘導体の分子内[3+2]付加環化反応
上記のようにエステル基を連結鎖の分子内 Diels-Alder反応にアルミニウム二核錯体構造の Lewis
酸触媒の有効性が認められたので、他の分子内付加環化反応としてアリルシラン部を有するアクリ
ル酸エステル誘導体 19 の分子内 [3+2]環化反応を検討しました。アリルシラン化合物は TiCl4や
Me2AlCl などの Lewis 酸共存下 α,β-不飽和カルボニル化合物と反応して、1,4 付加型のアリル化反
応だけではなく、[2+2] あるいは [3+2]型の環化反応が進行することが知られています [15]。どの
反応が優先するかは、ケイ素上の置換基の種類(特に立体的嵩高さ)、α,β-不飽和カルボニル化合物
の種類、反応温度などが影響することが報告されています(Scheme 6, Scheme 7)。例えば、α,β-不飽和ケトン 12の反応では、トリメチルシリル体 13aは 1,4付加型のアリル化生成物 14を優先的に
与えるのに対して、立体的に嵩高いトリイソプロピルシリル体 13bは [3+2]型の環化生成物 15bを
選択的に与えます(Scheme 6)[16]。
OBn
O
X+
CO2BnX
XCO2Bn
endo-11 exo-1110a X = F, 10b X = H
Lewis acid Temp. (°C) Time (h) 11 Yield (%) endo / exo10a X = F none 110 16 73 31 : 69 10b X = H none 110 1.5 91 78 : 22 10a X = F TiCl4 (1 equiv) -55 18 53 0 : 100 10b X = H TiCl4 (1 equiv) -55 0.5 75 96 : 4
+
6
Scheme 6 Examples of reaction of allyl(trialkyl)silane with α,β-unsaturated ketone
一方、トリイソプロピルシリル体 13bとアクリル酸エステル 16の反応では、[2+2]型環化体のシクロブタン 18と[3+2]型環化体のシクロペンタン 17が平衡混合物として生成しますが、生成比は
反応温度と反応時間に依存し、40 °C, 3時間ではシクロブタン 18とシクロペンタン 17の比は 7 : 1
でした (Scheme 7, (1)) [17]。シクロペンタン 17は熱力学支配生成物であり、シクロブタン 18は TiCl4
共存下 40 °C, 24時間で定量的にシクロペンタン 17に変化することが確認されています (Scheme 7,
(2)) [18]。
Scheme 7 TiCl4-prometed reaction of allyl(tri-isopropyl)silane with methyl acrylate
上記の文献情報などを参考にして、アリルシラン部を有するアクリル酸エステル誘導体 19a を
モデル基質として、分子内 [3+2]環化反応に適した Lewis酸触媒を探索しました (Table 2) [5]。す
なわち、当初に開発したアルミニウム二核錯体 1 (TfN[Al(Me)Cl]2) やフルオロアクリル酸エステル
の分子内 Diels-Alder 反応で用いたアルミニウム二核錯体 8 (Br4BIPOL + 2 Me3Al)は基質 19a の
分解を伴うなど有効ではありませんでした (Table 2, Runs 4, 5)。種々検討の結果、
1,1’-biphenyl-2,2’-di(triflyl)amide (BIPAM) と2当量の Me2AlCl から調整されるアルミニウム二核錯
体 21 (BIPAM+ 2 Me2AlCl) を用いてトルエン溶媒中、80 °Cの加熱が適切な反応条件として見出し
ました (Table 2, Run 2)。本反応は完全な endo選択性で進行し、[3+2] 環化付加体20a が単一の立
体異性体として得られました。
OSiR3+ TiCl4
O
+ SiR3
H
O
1213a R = Me13b R = i-Pr
14 76%14 0%
15a R = Me 18%15b R = i-Pr 86%
13
OMe
OSi(i-Pr)3
13b16
TiCl4+α
βγ
CH2Cl2MeO
O
Si(i-Pr)3
TiCl4
γ
α
β
to α
to β
MeO
O
Si(i-Pr)3
Si(i-Pr)3MeO
O17 [3+2]
18 [2+2]
A
40 °C, 3 h 18 (86%) + 17 (11%)
16 (1 equiv) + 13b (1.2 equiv)CD2Cl2, 40 °C, 3 h
TiCl4 (2 equiv) 18 + 1740 °C, 24 h
MeO
O
Si(i-Pr)3
17 (exclusively)
(1)
(2)
(18 / 17 = 7 : 1)
7
引き続き、アルミニウム二核錯体 21 (BIPAM+ 2 Me2AlCl)を用いてアクリル酸部位の置換様式を
変えた基質 19b-e の分子内 [3+2] 環化反応を検討しました (Scheme 8)。アクリル酸部位の α位メ
チル置換のモデル基質 19aに比べて α位水素体 19b や電子求引性の CF3 基置換体 19c は反応性
が向上していて低い温度で反応は完結しました。一方、β位への置換基導入は反応性の低下が見ら
れ、β位メチル置換体 19d 及びβ位エステル置換体 19e の反応完結には長時間を要しました。いず
れの基質においても反応は完全な endo 選択性で進行し、対応する双環性ラクトン 20b-e が単一
の異性体として単離されました。
Scheme 8 Intramolecular [3+2] cycloaddition reaction of α,β-unsaturated ester having allylsilane part
O
O
SiMe2Ph
Me
1 TfN[Al(Me)Cl]2
Lewis acid (1.3 equiv)
toluene
O
OMe
HPhMe2Si19a 20a
Table 2. Effect of Lewis acid on [3+2] cycloaddition reaction of 19a.
Run Lewis acid Time (h) 20a Yield (%)
4 24 31
Temp. (°C)
50
21 BIPAM + 2 Me2AlCl
22 BIPAM + Me2AlCl21 BIPAM + 2 Me2AlCl
123
20 375 65
22 34
508080
NHTfNHTf
BIPAM
2 Me2AlCl
NAl
NTf
Tf
ClNNTf
Al(Me)Cl
TfAl(Me)Cl
5 7 Br4BIPOL + 2 Me2AlCl
19a (%)
520-
29Complex mixture50 20
rt, 30 min
- 2 CH4
21 BIPAM + 2 Me2AlCl
22 BIPAM + Me2AlCl
Me2AlCl(1 equiv)
Δ, 30 min(a) (b) BIPAM
R1R2
O
O
SiMe2Ph
R1
O
OR2
HPhMe2Si
19a-e 20a-e (endo only)Si = SiMe2Ph
OO
endo-boat TS
SiAlAl
21 BIPAM + 2 Me2AlCl(1.3 equiv)
toluene
O
OMe
HPhMe2Si
20a 65% (80 °C, 5 h)
20b 73% (50 °C, 7 h)
O
OH
HPhMe2Si
20c 76% (rt, 20 h)
O
OF3C
HPhMe2Si
20d 72% (80 °C, 40 h)
O
OH
HPhMe2Si
Me
20e 72% (80 °C, 10 h)
O
OH
HPhMe2Si
EtO2C
αβ
8
3. 水系でインジウムトリフレートIn(OTf)3をLewis酸触媒として用いるエステル基を連結鎖と
する基質の分子内Diels-Alder反応
先に述べたように、エステル基を連結鎖とする基質の分子内反応における反応性の低さは、エス
テル基に特有な立体電子効果と立体効果の両面から説明されていて[10, 11]、反応点同士の接近に必
須な cisoid配座が transoid配座に比べてエネルギー的に不利なためです。一方、エステル基が cisoid
配座のとき、その分子の極性は transoid 配座に比べて大きく、cisoid 配座は非極性溶媒よりも極性
溶媒中で大きな安定化を受けることが知られています。このような溶媒効果を利用した分子内反応
の例として、Oshimaらが報告した水溶媒でのヨード酢酸アリル 23の分子内ラジカル付加反応が挙
げられます(Scheme 9) [19]。すなわち、溶媒極性を誘電率(ε) で示しましたが、極性の大きな溶媒
はエステル基の cisoid配座の安定化に効果的で、本反応で水溶媒の有用性は特に顕著であり、対応
する分子内付加体 24が収率よく得られています。
Scheme 9 Solvent effect on intramolecular radical addition reaction of allyl iodoacetate
近年、水あるいは水系溶媒はグリーンケミストリーの観点のみならず、非水系溶媒では見られな
い特徴ある反応が実現できる点から有機合成領域で注目されてきました [20]。さらに、Sc(OTf)3、
Yb(OTf)3 などの希土類金属トリフレートや In(OTf)3のようなインジウム塩は、水あるいは水系溶
媒で使用可能な(リサイクル使用も含めて)Lewis酸触媒として、その有用性が見出され、この方
面の研究には著しい進捗がみられます [21]。
そこで、先にアルミニウム二核化合物 TfN[Al(Me)Cl]2 の開発により成果をあげることができた、
エステル基を連結鎖 (tether) とするトリエン誘導体の分子内Diels-Alder反応について、さらなる改
善を目指して、エステル基の cisoid 配座の安定化に有効な水系溶媒を用いる反応を検討しました
(Table 3) [6]。Table 3はモデル基質 (3E)-3,5-hexadienyl acrylate 2a を用いて触媒と溶媒系を探索した
概略を示したものですが、Lewis酸としては In(OTf)3 が優れた触媒であり、Sc(OTf)3 や Yb(OTf)3 な
どは目的物 3a の収率が低く不適当でした(Table 3, Run 3 vs Runs 1, 2)。水系溶媒の最適化の検討
から、H2O-iPrOH (6 : 1) が見出され、iPrOH単独では目的物 3a の収率低下が (Run 4)、非プロトン
系溶媒の1,2-ジクロロエタンの場合は基質の分解が観察されるのみで目的の Diels-Alder 環化付加
体 3a の生成は認められず (Run 5)、このエステル誘導体の分子内反応においても水の有効性が明
らかになりました。すなわち、20 mol% In(OTf)3 、H2O-iPrOH (6 : 1) 、70 °C、12時間の条件で環化
cisoidtransoid
OI
O
OIO
Et3Bsolvent O
O
I
Solvent
23 24
H2O DMSO benzene(ε) (78.39) (46.45) (2.27)
24 Yield 78% 37% >1%
9
付加体 3a が82%の好収率で得られました (Run 3)。さらに、用いた In(OTf)3 がリサイクル使用可
能であることも確認しています。
上記のモデル基質 2aでの最適条件を踏まえて、種々の置換様式の基質 2b-gの分子内 Diels-Alder
反応を検討しました (Scheme 10, Scheme 11)。まず、いずれの基質も反応は endo選択的に進行し、
核間の立体化学が cisの双環性ラクトン 3a-gの生成が確認されました。2cや 2eのようにジエン末
端への置換基の導入は反応性が低下して反応時間が長くなる傾向がみられ、さらに、メチル基から
プロピル基に代えて疎水性が増した基質 2fの反応は著しく遅く、生成物 3fは低収率 (18%) でした。
また、水系での反応は遊離のカルボキシル基や水酸基を有する基質 (2gや 2h) も用いることができ、
それぞれで分子内 Diels-Alder反応が収率よく進行します (3g 78%)。6位に水酸基を有する 2hの場
合は、分子内 Diels-Alder反応で生じた 6員環ラクトン 3hは、速やかにより安定な 5員環ラクトン3’h (55%)に変換されます (Scheme 11)。
以上のように、エステル基を連結鎖 (tether) とする 1,7,9-トリエン誘導体の分子内 Diels-Alder反
応に限定されますが、In(OTf)3 を Lewis酸触媒とする水系での反応の有用性を追加することができ
ました。
O
O1
79
O
OH
H3a
O
O
2a (cisoid)2a (transoid)
"aqueous media"
Lewis acid
In(OTf)3 (20)
60
Run Lewis acid (mol%) Temp. (°C) Time (h) 3a Yield (%)
1 24 8
70 123 82
602 Yb(OTf)3 (100) 24 11
Sc(OTf)3 (100)
In(OTf)3 (20)
In(OTf)3 (20)
70 12 36
70 125
4
70 12 476 TfOH (60)
iPrOH
H2O-iPrOH (6 : 1)
ClCH2CH2Cl
H2O-iPrOH (6 : 1)
H2O-iPrOH (6 : 1)
H2O-iPrOH (6 : 1)
Solvent
Table 3. Effect of Lewis acids and solvent on IMDA reaction of the acrylate 2a
10
Scheme 10 Indium triflate-catalyzed IMDA reaction of 2a-g in aqueous media
Scheme 11 Indium triflate-catalyzed IMDA reaction of 2h in aqueous media
4. イオン液体中でのエステル基を連結鎖とする基質の分子内Diels-Alder反応
イオン液体の有機合成での利用は 1990年代ごろから盛んになってきましたが、イオン液体ゆえ
の特徴ある反応の実現に加えて、安全性や回収再利用の点からグリーンケミストリーの担い手とし
て注目されてきました[22]。現在は多くの種類のイオン液体が市販されています。
一般論として、有機合成で利用される有機分子構造をアンモニウムカチオン部とするイオン液体
の特性は、(1)高い熱的安定性(難燃性や単純な減圧真空乾燥による脱水の容易さ)、(2)極めて
小さい蒸気圧(難揮発性、回収の容易さ)、(3)大きな化学的安定性、(4)非プロトン性であ
りながら高い極性(微視的には直鎖アルキル基が集合した非極性ドメインとイオン部が集合した極
性ドメインからなる特異な構造に基づく独特な特性、誘電率からでは予想不可)、(5)大きな粘
性(粘性と溶解度は溶質の拡散に重要な因子で、イオン液体の粘性は温度依存性が大きく、昇温で
の粘性低下は著しい)、(6)大きな密度(1.2-1.4 g cm-3、重い液体)と有機溶媒や水との低い相
溶性(相分離を利用した反応物の取り出しの容易さ)などです。これらに加えて、イオン液体の高
いイオン導電率や大きな電気化学的安定性(広い電位窓)は、電池など電気化学プロセスの分野で
OR4
O
R1
R3
1
75
9O
OR4 H
HR1
R5
R3
2 3d: R3 = Mea: R1-5 = H b: R1 = Me c: R2, 4 = Me f: R4 = n-Pr
R5
R2 R2
g: R5 = CO2H
In(OTf)3 (20 mol%)
H2O-iPrOH (6 : 1)
O
OH
HMe
3b 76% (70 °C, 8 h)
O
OH
H
3c 71% (cis/trans = 4.9 : 1)(70 °C, 24 h)
Me
O
OH
H
3d 83% (70 °C, 12 h)Me
O
OH
H
3e 68% (80 °C, 24 h)
Me
O
OH
HMe
3a 82% (70 °C, 12 h)
O
OH
H Me
+
Me Me
O
OH
H
3f 18% (refl., 24 h)
n-PrO
OH
H3g 78% (rt, 24 h)
HO2C
e: R4 = Me
OMe
O
O
OMe H
H
2h 3hOH OH
In(OTf)3 (20 mol%)
H2O-iPrOH (6 : 1)70 °C, 12 h
H
H
H
H
+Me Me
O
O
OH
O
O
OH3'h-trans 3'h-cis
55% (cis/trans = 2.8 : 1)
11
重要な特性として知られています。
イオン液体を溶媒や触媒として用いた種々の合成反応については Diels-Alder反応を含めて多く
の報告があり、該当する文献や総説を参照していただければ幸いです[22, 23]。
これまで述べてきたように、エステル基を連結鎖とするトリエン系の分子内 Diels-Alder反応では、
ジエン部とジエノフィル部の接近化に必須な cisoid構造の安定化に極性溶媒の寄与が示唆されてい
るので、イオン液体を用いることを検討しました[7]。モデル基質としてアクリル酸エステル 2a
を用いて、イオン液体の種類、反応濃度、反応温度を中心に調べました(Table 4)。BF4を対アニオ
ンとする[emin]BF4や[bmin]BF4が適切なイオン液体として見出されましたが、分子間反応物 23aの
生成を抑制するためには反応濃度を 0.07M程度に希釈することが必要で、100 °C, 6時間の反応で目
的物 3aの収率は 80%でした(Run 1 vs Runs 2-4)。反応は endo選択的に進行して、核間 cis体 3aの
みが得られました。対アニオンがトリフラート([emin]OTf) やトリフリルイミド([emin]NTf2) の
イオン液体の場合は複雑な分解物を与えるのみでした(Run 6)。有機溶媒中、無触媒の条件として
は、クロロベンゼンを溶媒に用いて 140 °C, 47時間と高温、長時間の反応で、目的物 3aが 70% (endo
/ exo = 12 : 1)の収率で得られるとの報告があり、イオン液体([emin]BF4や[bmin]BF4) の使用が有
効であることが確認できました。さらに、イオン液体の利用は、先に紹介したアルミニウム二核錯
体やインジウムトリフラートのような金属触媒の使用を回避できるメリットがあります。
O
O1
75
9O
OH
H2a 3a
IL
Δ
O
O
O
O23a
+
N NMe R
[emin]X R = Et[bmin]X R = n-Bu
N NMe n-Bu
[bdmin] BF4
Me BF4X
Run IL (conc. of 2a, M) Temp. (°C) Time (h)Yield (%)
2a 23a1 [emin]BF4 (0.17) 80 21 49 162 [emin]BF4 (0.07) 80 21 78 trace3 [emin]BF4 (0.07) 100 6 80 trace4 [bmin]BF4 (0.07) 100 6 78 trace5 [bdmin]BF4 (0.07) 100 6 74 trace6 [emin]OTf (0.07) 80 21 Complex mixture7 CH3CN (0.07) 80 21 25 08 a chlorobenzene 132 47 70 -
Table 4. Survey of reaction conditions for IMDA reaction of 2a
12
次に、イオン液体[emin]BF4を用いたときの基質一般性や特徴を調べました(Scheme 12)。5 位に
アルキル基やフェニル基の導入 (2i-k) は反応性の低下にはならず、モデル基質 2aと同様な条件で
Diels-Alder生成物(3i-k) が好収率 (72-83%) で得られました(Scheme 12, (1))。ジエン末端へのアル
キル基の導入 (2m) は反応性を低下させるため、より高い加熱温度と長時間が必要でした(Scheme
12, (2))。また、フマル酸エステル 2nを用いて、トルエン溶媒や水溶媒との比較を行ったところ、
イオン液体[emin]BF4を用いたとき、70 °C, 7時間で反応は完結して Diels-Alder生成物3n が高収
率 (80%)で得られましたが、同様な条件でトルエン溶媒では 14%、水溶媒では 43%という結果でし
た(Scheme 12, (3))。
以上のように、限られた反応例ではありますが、イオン液体はエステル基を連結鎖とするトリエ
ン系の分子内 Diels-Alder反応に有効であることを見出しました。
Scheme 12 IMDA reactions of ester-tethered triene compounds in ionic liquid
以上、エステル基を連結鎖とする分子内反応の問題点の解決に向けて我々が取り組んだ研究につ
いて 2回にわたり紹介しました。読者の皆さんの参考になれば幸いです。
引用文献
[1] ダイキンファインケミカルグループWEBマガジン. http://www.daikin.co.jp/chm/products/fine/webmaga/index.html
O
O1
75
9O
OH
H2i R = PhCH2CH22j R = 4-BrC6H42k R = 4-(CO2Me)C6H4
3i 81% (single isomer)3j 72% (single isomer)3k 83% (single isomer)
100 °C, 5-6 h
[emin]BF4
R R
O
O1
7 59
O
OH
H120 °C, 24 h
[emin]BF4
Rn-Pr
n-Pr
2m 3m 48% (single isomer)
O
O1
7 59
O
OH
H70 °C, 7 h
EtO2C
EtO2C
2n cis-3n
[emin]BF4 84% (cis / trans = 3.6 : 1)toluene 14% (cis / trans = 4.6 : 1)H2O 43% (cis / trans = 4.1 : 1)
O
OH
H
EtO2C
trans-3n
+
(1)
(2)
(3)
13
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