顔認証技術の進展と国際標準化 - itu-aj...ituジャーナル vol. 46 no. 8(2016, 8)...

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ITUジャーナル Vol. 46 No. 8(2016, 8) 15

1.概要 わたしたちは日常生活で出会う人々が誰であるかを認識し、適切な対応を行いながら暮らしている。この、ひとの認識に、身体的あるいは行動的な特徴を直接利用するバイオメトリクスがある。特に2001年9月11日に起きた米国同時多発テロ以降、バイオメトリクスは社会的な重要性を大きく高め、パスポートや出入国管理での応用が加速度的に進んでいる。 当社は1989年に顔認証技術の研究開発を開始した後、多様なソリューションへ展開してきた。認証精度も継続して改善を重ねており、有力ベンダーが数多く参加する米国国立標準技術研究所主催の顔認証のベンチマークテストにおいて、2009年、2010年、2013年と参加した全てのテストでトップ評価を獲得した。 本稿では顔認証に関わる国際標準化について、特にパスポートを中心として説明し、当社の顔認証技術概要及び、米国国立標準技術研究所による性能評価結果、また実際の犯罪検挙事例について紹介する。

2.はじめに わたしたちは日常生活で出会う人々が誰であるかを認識し、適切な対応を行いながら暮らしている。同様に、ひとの認識は様々なマンマシンインタフェースの入り口として非常に重要である。ひとの認識には、旧来からの持ち物(IDカードなど)や記憶(パスワードなど)に基づく方法に加え、ひとの身体あるいはその行動における特徴を直接利用するバイオメトリクス技術があり、近年その利用が定着しつつある。 社会的に大きなインパクトを与えたのは、2001年9月11日に起きた米国同時多発テロである。9.11ハイジャック犯19名は、正規に米国州政府により発行された計62通の運転免許証を所持していたことを受け、所持による本人の証明が信頼できないことがあらわとなったことから、バイオメトリクスの重要性が認知された。これにより米国にとどまらず日本や世界各国において、パスポートや出入国管理でのバイオメトリクス応用が加速度的に進むこととなった。また2015年11月13日のパリ同時多発テロ、2016年3月22日のブ

リュッセル連続テロと、これまで比較的安全と思われていた欧州での悲劇が相次いだことから、さらに強化されつつある状況である。 バイオメトリクスでは指紋、虹彩、静脈や顔など様々な身体情報、あるいは歩容(歩き方)などの行動特徴が使われる。なかでも顔による認証はひと同士のコミュニケーションに最も近い認証手段であり、セキュリティ以外の様々な目的にも顔認証技術を応用することができる。また、顔認証では汎用のカメラで撮影した顔画像で認証が可能である。これは、他のバイオメトリクスでは専用センサーの操作をしばしば要求されることとは、大きく異なる点である。同様に顔認証は、利用者に特別な認証動作を強いる必要がないという利用上のメリットも持っている。 当社は1989年に顔認証技術の研究開発を始め、1999年に顔認証システムを出荷して以来、多様なソリューションへと展開してきた。認証精度も継続して改善を重ねており、有力ベンダーが数多く参加する米国国立標準技術研究所(NIST:National Institute of Standards and Technology)主催の顔認証のベンチマークテストにおいて、2009年、2010年、2013年と参加した全てでトップ評価を獲得した。

3.パスポートを巡るバイオメトリクスの国際標準化 ここでいったん第二次大戦の終戦間際に立ち戻る。 第二次世界大戦中に航空機技術が飛躍的に発達してきたことを受け、今後民間航空分野が大きく発展を遂げるであろうと考えられた。そこで大戦が終結を迎える間際である1944年に連合国各国はシカゴで会合を開き、国際条約である国際民間航空条約(シカゴ条約)を策定した。戦後の1947年に本条約をもとにして、国連の専門機関の一つであるICAO(International Civil Aviation Organization/国際民間航空機関)が発足した。ICAOの設立目的は、国際民間航空が安全かつ整然と発展するように、また国際航空運送業務が機会均等主義に基づいて健全かつ経済的に運営されるように各国の協力を図ることであり、2013年10月現在で191か国が加盟している[1]。ICAOでは関連した多くの国際標準や勧告を作成しており、その中の一つに文書9303と呼ばれる、パスポートや査証について規定する国

坂さか

本もと

 静しず

生お

日本電気株式会社 第二官公ソリューション事業部

顔認証技術の進展と国際標準化

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際標準がある。この文書の開発担当であるICAO TAG/TRIP(Technology Advisory Group on Traveller Identification Programme/(仮訳)渡航者同定プログラムにおける技術諮問グループ)は、開発に多くの技術エキスパートの協力が必要であることから、ISO/IEC JTC 1/SC 17/WG 3(機械可読渡航文書の国際標準化を担当)とリエゾン関係を締結している。 パスポートの物理的な偽造防止技術が進むにつれて、正規のパスポートを不正利用して出入国しようとする事案が増えてきたことを受け、ICAOでは2000年前後にどう対策を行うべきか議論が重ねられ、バイオメトリクスによる本人認証技術が有効であるとの合意に至った。途中米国同時多発テロが発生したこともあって速やかに合意が形成され、2003年6月のベルリン会議及び2004年3月のニューオリンズ会議にて、パスポートにコンタクトレスのインタフェースを備えるICチップを採用し、国際的に標準化された顔画像を相互運用可能な第一の生体情報として記録することなどが決議された。なお、同じく国際的に標準化された指紋画像あるいは虹彩画像を、相互運用可能な第二の生体情報として追加的に記録することも決議された。 また、2001年9月11日の米国同時多発テロはバイオメトリクスの標準化推進体制を大きく変えた。それまではIDカードの標準化を担当するISO/IEC JTC 1/SC 17配下でバイオメトリクスの検討をIDカード応用の一部門として開始しようとしていたが、テロ後米国からの強い提案に基づき、新しくバイオメトリクスそのものを対象とした標準化担当のSC37が、2002年にISO/IEC JTC 1配下に発足した。その結果としてICパスポートの国際標準である文書9303は、SC17が担当するICカードとバイオメトリクスの接点である国際標準ISO/IEC 7816-11を通じ、SC37が担当するデータフォーマットの国際標準を参照することとなった。なお、著者はISO/IEC 7816-11のエディタとして、新しい機能の追加を含む改定に取り組んでいるところであり、2016年5月現在、DIS投票の準備中である。 生体情報を記録するパスポートで必須とされる顔は、SC37担当のISO/IEC 19794-5に従ってチップ上に画像として記録される。この顔画像データは、同じくSC37担当のISO/IEC 19784-3が 規 定するコンテナ型データ形式、CBEFF TLVパトロン形式(Common Biometric Exchange Format Framework Tag-Length-Value)の中に格納されている。 また、ISO/IEC 19794-5では、顔画像を撮影するにあたっ

ての照明やカラーバランスなどから、顔の表情や向き、大きさ、背景などを規定している。これらの条件は歴史的に使われてきた目視確認用途として適することに加え、機械的な顔認証技術用としても適するように考慮されている。我が国ではICパスポートに記録する顔画像は、顔写真として申請者が持ち込むこととなっているため、外務省はパスポート申請者に対してわかりやすいサンプルとともにガイドラインを示している[2][3]。 日本国発行のパスポートには顔写真が券面に印刷されるとともに、冊子中のやや厚めのプラスチックでできたページにICチップが埋め込まれており、国際標準に準拠した形式で顔画像が記録されている(図1参照)。パスポートの持ち主かどうかを顔認証で確かめる際には、このICチップから顔画像を読みだして本人確認処理を実施することとなる。 2006年3月より外務省はICパスポートの発給を開始していることから、このICパスポートに記録された顔画像をそのまま用いることで、正しいパスポートの持ち主であるかどうかを認証することができれば、追加手続きも不要でメリットが大きい。パスポートは最大10年の有効期限であるので、2016年には国民が所持するパスポートは全て顔画像が記録されたICパスポートへ切り替わっており、安全・安心かつ公平な行政サービスが可能となると言える。 海外では、オーストラリアが自国民だけでなく、ニュージーランドやUK、米国、シンガポールのパスポート保持者に対

■図1.ICパスポートに埋め込まれたICチップ(外務省ホームページhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2006/pdf/pdfs/4_2.pdfより一部を引用)

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しても顔認証による自動化ゲートサービスを行っている[4]。またUKでもヨーロッパ経済圏であるEU各国とノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインに加え、スイスのパスポート保持者に対する同様なサービスを実施している[5]。 日本でも2014年夏に、羽田空港・成田空港において日本国民を対象とした顔認証実証実験が行われるなど検討が進んでおり、今後安全性を担保しながら利便性を向上させたサービスの実現が期待される[6]。

4.顔認証精度の進展 米国同時多発テロは、顔認証の技術革新を促すことにもなった。

 米 国はNIST(National Institute of Standardization and Technologies/国立標準技術研究所)に、国を守るためにバイオメトリクスの技術評価及び調達等に必要な標準化を行うよう命じた。これを受けて、指紋や虹彩のほかに、顔の認証精度を評価する第三者ベンチマークテストを度々実施している。ICパスポートの持ち主の本人確認の認証精度の最新結果は2011年8月に公開されており[7]、本人であるのに誤って本人でないと拒絶してしまう確率が2002年から2010年にかけて二桁小さくなるなど、エラーが劇的に減少していることが報告されている(図2参照)。この2010年にトップであると報告書に書かれたのが当社のエンジンである。

■図2.1993年から2010年に至る本人誤拒絶率(本人であるのに誤って本人でないと拒絶される確率)の進展(文献[7]の図28を引用)

■図3.16万人からの顔識別評価実験結果(文献[8]から引用)

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 さらに大量のデータベースからの顔識別するときの認証精度最新結果は2014年5月に公開されている[8]。16万人が登録されたデータベースを対象とした場合、最速かつ最もエラーが少ない当社のエンジンでは、約52ミリ秒で照合処理が終了し、最も類似する人物が検索をかけた顔の持ち主でなかったエラーが約3.4パーセント程度であった(図3参照)。即ち、100回検索し、16万人中から最も類似する人物を選び出す操作を100回行ったとき、96 〜 7回は正しい人物が選択できたことになる。 また、米国では顔認証技術によって強盗犯が同定されて逮捕、有罪判決を受けるなど実世界でもその性能を発揮している[9]。 図4右はシカゴ郊外の電車内で、防犯カメラにより撮影された映像である。この人物は銃を突きつけ電車の乗客からiPhoneを奪って逃走したが、その後シカゴ市警がこれまで蓄積してきた450万人の被疑者データベースからこの防犯カメラ映像を用いて当社エンジンで検索したところ、最も類似した人物として同定された。その後、裏付け捜査などを経て逮捕・有罪判決に至ったことから、米国内における初めての顔認証技術による事例としてメディアにより報道された。

5.おわりに 本稿ではテロ対策や犯罪捜査の側面について述べたが、顔認証技術の応用範囲はもっと広い。東日本大震災では、津波で流されたアルバムを持ち主へ返還するために、顔認証により該当写真を検索するために貢献した。たちばな台病院では再来受付システムで採用され、老人の方などが診

察券を探してかざす手間を省くことで、簡単に安心して診察を受け付けられるようになった。ほかには、テーマパークやコンサートの入場など、様々な場面で顔認証が使われており、安心・安全な社会の構築へ向けて一助となるよう今後も開発を進めていく予定である。

参考文献[1] 外務省:国際民間航空機関

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icao/[2] 外務省:パスポート申請用写真の規格について

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/passport/ic_photo.html

[3] 外務省:パスポート用提出写真についてのお知らせhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000149961.pdf

[4] オーストラリア税関:SmartGatehttps://www.gov.uk/uk-border-control/at-border-control

[5] UK政府:Entering the UK https://www.gov.uk/uk-border-control/at-border-control

[6] 坂本静生、“羽田空港・成田空港における顔認証自動化ゲート実験、”情報処理学会情報規格調査会、情報技術標準、No.104, pp.5-8(2014). https://www.itscj.ipsj.or.jp/hasshin_joho/hj_newsletter/NL104-w.pdf

[7] P. Grother, G. Quinn and J. Philips,“Report on the Evaluation of 2D Still-Image Face Recognition Algorithms,”NIST Interagency Report 7709(2011).http://www.nist.gov/customcf/get_pdf.cfm?pub_id=905968

[8] P. Grother and M. Ngan,“Face Recognition Vendor Test(FRVT)−Performance of Face Identification Algorithms−,”NIST Interagency Report 8009

(2014).http://biometrics.nist .gov/cs_links/face/frvt/frvt2013/NIST_8009.pdf

[9] “顔認証分析、はじめて列車強盗を逮捕する、”Wiredhttp://wired.jp/2014/06/11/first-robber-caught-via-facial-recognition/

■図4.シカゴ列車強盗犯の被疑者写真(左)と列車内で撮影された防犯カメラ映像(右)

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