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2012年5月10日
OIST の研究者が脳の信号伝達の根本的な問題を解き明かす
神経細胞は興奮すると神経インパルスを発生させます。この神経細胞の電気的興奮を神経回路に
伝えるためには、発生したインパルスが別の神経細胞に化学伝達される必要があります。さもないと
信号のやり取りは急停止してしまうでしょう。この度、米国科学誌ニューロンに掲載された論文の中で、
OIST 細胞分子シナプス機能ユニットの高橋智幸教授と江口工学博士らは、神経化学伝達プロセス
の重要な部分を特定しました。 「シナプス」と呼ばれる連結部で、シナプス前細胞からシナプス後細胞に信号は伝達されます。シ
ナプス前細胞の中には「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質を膜で包み込んだ小胞が存在します。
「シナプス小胞」と呼ばれるこの構造は、神経インパルスによる刺激によりシナプス前細胞の細胞膜と
融合して、神経伝達物質をシナプスの隙間に放出します。これはエキソサイトーシスと呼ばれるプロセ
スです。シナプス伝達を高い頻度で何時間も失敗することなく続けるために、シナプス前細胞はエキ
ソサイトーシスとエンドサイトーシスという 2 つのプロセスのバランスを保つ必要があります。エンドサイト
ーシスはシナプス前細胞の細胞膜が細胞内に陥入してから分離して、小胞を再形成し、再利用に備
えるプロセスです(図1)。 そこで、OIST の研究者チームは、このバランスを細胞がいかにして維持するのかを明らかにするた
めに、聴覚を中継するシナプスをスライス上に可視化し、シナプス前細胞の末端に阻害剤を注入する
ことで、エンドサイトーシスを加速するタンパク質を探しました。その結果、カギとなるのはサイクリック
GMP 依存性プロテインキナーゼ(PKG)というタンパク質であると分かりました。 PKG は単独でエキソサイトーシス・エンドサイトーシスのバランスを保っているのではなく、分子シグ
ナルの連鎖の一部として働きます。研究チームは、PKG の前の段階では、シナプス後細胞が神経伝
達物質であるグルタミン酸に反応して、一酸化窒素ガスを生成していることを突き止めました(図2)。
一酸化窒素はシナプス間隙を通過してシナプス前細胞に到達し、その中に含まれる PKG を活性化し
ます。高橋教授は、「一酸化窒素は心臓血管系では既に重要なシグナル分子として知られています。
この一酸化窒素のシナプスにおける新たな役割の特定が、今回の研究で最も意義深い発見です。」
と、述べています。本研究では特定の種類のシナプスを用いて行われたものの、この仕組みは他の
興奮性シナプスについても同じように当てはまるはずで、この研究成果は脳機能についての根本的
な問題に答えるものです。この研究により神経細胞が小胞のエンドサイトーシスをエキソサイトーシスと
同調させて、シグナル伝達を持続する仕組みが示されたと言えます。
コミュニケーショングループ 広報担当:名取 薫
〒904-0495 沖縄県国頭郡恩納村字谷茶 1919-1 Phone. 098-966-8711 Fax. 098-966-2887 http://www.oist.jp
【発表論文詳細】 1) 発表先および発表日:
Neuron(ニューロン) 電子版:2012 年 5 月 10 日(木曜日)午前 1 時 00 分(日本時間) 印刷版:2012 年 5 月 10 日(木曜日)
2) 論文タイトル: Maturation of a PKG-Dependent Retrograde Mechanism for Exo-Endocytic Coupling of Synaptic Vesicles シナプス小胞の開口・回収バランスを支える PKG 依存性逆行性メカニズムの生後発達 3) 著者:
Kohgaku Eguchi1, Setsuko Nakanishi1, Hiroshi Takagi1, Zacharie Taoufiq1 and Tomoyuki Takahashi1, 2
1 沖縄科学技術大学院大学
2 同志社大学
【付記】 本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の一環として、沖縄
科学技術大学院大学の細胞分子シナプス機能ユニットにて高橋智幸教授及び江口工学研究員を中
心として行われました。高橋教授は、同志社大学大学院脳科学研究科の研究室代表者も務めていま
す。
【本件お問い合わせ先】
<研究に関すること> 学校法人沖縄科学技術大学院大学 (http://www.oist.jp) 細胞分子シナプス機能ユニット 教授: 高橋智幸(タカハシトモユキ) TEL: 098-966-8585 E-Mail: ttakahas@oist.jp 研究員: 江口 工学(エグチコウガク) TEL: 098-966-8534 E-Mail: eguchi@oist.jp
<OIST に関すること> 学校法人沖縄科学技術大学院大学 (http://www.oist.jp) コミュニケーション・広報部 メディアセクション: 名取 薫(ナトリカオル) TEL: 098-966-8711(代表) TEL: 098-966-2389(直通) FAX: 098-966-2887 E-Mail: kaoru.natori@oist.jp <同志社大学に関すること> 学校法人同志社大学大学院脳科学研究科 脳科学研究科事務室: 田中 雅美(タナカマサミ) Tel:0774-65-6046 Fax:0774-73-1911 E-mail: jt-nkgjm@mail.doshisha.ac.jp <沖縄科学技術大学院大学について>
沖縄科学技術大学院大学は、平成23年11月に設置された新しい大学院大学で、沖縄において世
界最高水準の科学技術に関する教育研究を行い、沖縄の自立的発展と世界の科学技術の向上に
寄与することを目的としています。現在までに、44の研究ユニット(研究員約200名)が発足し、神経科
学、分子・細胞・発生生物学、数学・計算科学、環境・生態学、物理学・化学の5分野において、学際
的な研究活動を展開しています。また、国際ワークショップやコースの開催など、学生や若手研究者
の育成にも力を入れており、これらの取組は国際的にも認知されています。大学院大学の開学は本
年9月で、第一期生が入学予定です。
【参考図】
図 1 シナプスにおける神経細胞間情報伝達メカニズム
送信側の神経細胞(赤)から受信側の神経細胞(灰)へと情報が伝達される時、その情報受け渡し
の場となるのがシナプスです。送信側(シナプス前末端)にはシナプス小胞と呼ばれる小さな袋が格
納されており、この中に神経伝達物質という化学物質が詰め込まれています。電気信号(活動電位)
がシナプス前末端に到達すると、シナプス小胞が前末端膜に融合することで、中の伝達物質を外へ
と放出します(エキソサイトーシス)。受信側(シナプス後膜)は伝達物質を受容体で受け取り、電気信
号へと変換することで情報の受け渡しがなされます。前末端に融合したシナプス小胞は再び取り込ま
れ、また伝達物質を詰め込まれて再利用されます(エンドサイトーシス)。エキソサイトーシスされる小
胞の量とエンドサイトーシスされる小胞の量のバランスを調整することで、持続的な情報伝達が行われ
ています。
図 2 一酸化窒素による逆行性シナプス制御機構
通常シナプスではシナプス前末端から後膜への一方通行の情報伝達が行われていますが、シナ
プス後膜から前末端への逆行性の情報伝達が起こることがあります。その代表的な伝達物質のひと
つが一酸化窒素(NO)です。本研究において、この逆行性の情報伝達がシナプス前末端での小胞エ
ンドサイトーシスを制御していることが明らかとなりました。シナプス前末端から放出された神経伝達物
質(グルタミン酸)は、シナプス後膜の NMDA 受容体(NMDAR)に結合します。グルタミン酸を受け取
った NMDAR は細胞内へとカルシウムイオンを流入させます。流入したカルシウムイオンはカルモジ
ュリン(CaM)を、CaM は NO 合成酵素(NOS)を活性化し、NO を生成します。NO は細胞膜を透過し
てシナプス前末端へと拡散し、前末端にある水溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化します。
sGC が活性化するとサイクリック GMP(cGMP)を生成し、cGMP 依存性プロテインキナーゼ(PKG)を
活性化します。活性化した PKG は小胞エンドサイトーシスを促進します。このようにして NO-PKG 経
路による逆行性のシナプス制御が行われています。
図 3 ヘルドのカリックス(Calyx of Held)シナプス
本研究で用いたラット脳幹のヘルドのカリックス(Calyx of Held)シナプスは、シナプス前末端が巨
大なため、生物顕微鏡下で同定することができ、パッチクランプ法による電気信号の記録が可能です。
写真は顕微鏡下で観察したcalyx of Heldのシナプス前末端に、ガラス電極(右)から蛍光色素を注入
しているところ。中央はシナプス後細胞である台形体内側核(MNTB)神経。シナプス前末端がシナ
プス後細胞の細胞体を包み込んでいることがわかります。
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