q)脱腸と聞きますと子供の病気のイメージがあり...

Post on 30-May-2020

0 Views

Category:

Documents

0 Downloads

Preview:

Click to see full reader

TRANSCRIPT

Q)脱腸と聞きますと子供の病気のイメージがあります。好発期などの特徴はありますか。

A)ヘルニアの語源は〈脱出〉を意味するラテン語の herniaで,臓器もしくは組織が体内

の裂け目を通って,本来の位置から脱出した状態をいいます。ヘルニアという病名では椎

間板ヘルニアなど有名です。つまり何かが飛び出して通常の状態にない事を表します。鼠

径(そけい)ヘルニアとは腹部のヘルニアで最も多くみられるものです。腸などの内臓が

鼠径部(太ももの付け根)から外に飛び出して膨らんでくる病気です。大部分は小腸が脱

出するため俗に脱腸(だっちょう)ともいわれます(図1)。しかし膀胱,卵巣,その他の

内臓も脱出することがあるため,医学的に正確な呼名ではありません。脱出する経路によ

り、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3つに大別されます(図 2)。鼠径

ヘルニアは小児と高齢者の男性に比較的多くみられますが、すべての年齢でおこりえます。

大腿ヘルニアは高齢の痩せた女性に多く発症します。

Q)特に加齢による発症のメカニズムについて。

A)

1、小児の鼠径ヘルニア

小児の鼠径ヘルニアは大多数が外鼠径ヘルニアで先天性のものです。開存した腹膜鞘状突

起(ふくまくしょうじょうとっき)内に腹腔内臓器の一部が入り込んだ状態を言います。腹膜

鞘状突起は、胎生 3 ヵ月に腹膜の一部が睾丸の下降に伴ってお腹の外へと突出することに

より発生した小さな袋状の出っ張りです。通常は腹膜鞘状突起は閉鎖するのですがそれが

開存し、発症すると考えられています。

2、成人の鼠径ヘルニア

1)外鼠径ヘルニア

鼠径部にはお腹と外をつなぐ筒状の管(鼠径管;そけいかん)があり、男性では睾丸へ行

く血管や精管(精子を運ぶ管)が、女性では子宮を支える靱帯(じんたい)が通っていま

す。加齢に伴い筋膜が衰えてくると鼠径管の入り口(内鼠径倫;ないそけいりん)が緩ん

できます。内鼠径輪が拡大して小腸などが入りこんで、これが少しづつ大きくなると最終

的には陰嚢にまで腹腔内蔵機が脱出してくることになります。お腹に力を入れた時などに

筋膜が緩んで出来た入り口の隙間から腹膜が出てくるようになり、次第に袋状[ヘルニア嚢

(のう)といいます]に伸びて鼠径管内を通り脱出します。いったんできた袋はなくならず、

お腹に力を入れるとヘルニア嚢の中に腸など、お腹の中の組織が出てくるようになります。

これを外鼠径ヘルニアといいます(図3)。中高齢者に多いタイプで最も一般的な脱腸と言

えます。

2)内鼠径ヘルニア

腹壁には弱い場所(鼠径三角と言われています;図 2)があり、年をとってきて筋肉が衰え

てくると、ここを直接押し上げるようにして腹膜がそこから袋状に伸びて途中から鼠径管

内に脱出します。これを内鼠径ヘルニアといいます。

3) 大腿ヘルニア

女性に多いヘルニアです。特に痩せた高齢の女性に多いのが特徴です。 鼠径部の下のふと

ももが膨らみます。足への血管の周囲の組織が弱くなり、血管の脇へはみ出すヘルニアで

す。最も嵌頓を起こしやすく、嵌頓すると赤くウズラの卵のようなシコリとして触れます。

早急な手術が必要となります。

Q)日常動作や職業などにひきがねのようなものはありますか。

A)鼠径ヘルニアになりやすい人は、腹圧のかかる製造業や立ち仕事に従事する力人多く、

肥満気味で便秘気味の人もなりやすいと言われています。妊婦の方なども腹圧が上がり、

鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。また、原因ははっきりしませんが喫煙もそ

の一つとされています。いずれにせよ、下腹部に圧力がかかりやすい状況が原因となるの

です。

Q)症状はどのように表れますか。痛みの少ない理由もお聞かせください。

A)鼠径ヘルニアの初期症状としては、押すともとに戻る柔らかい膨らみ、下腹部の突っ

張り感、不快感や違和感、引っ張られる感覚などがあります。この時点ではそれほど痛み

はないけど、なんとなく変な感じがする程度です。しかし、進行すると脱出した臓器がも

どりにくくなり、徐々に痛みをともなってきます。

Q)放置は危険と聞きます。どのように悪化しますか。

A)鼠径ヘルニアが進行すると、脱出した腸管が手で押さえても元に戻らなくなります。

お腹に強い痛みや吐き気を感じるようになります。膨らんだ部分が根本でしめつけられ、

元に戻らなくなった状態をヘルニアの嵌頓(かんとん)と言い、脱出した腸管が壊死に陥

ることがあります(図 4)。こうなると緊急開腹手術が必要となり、腸切除も必要となり大

手術になります。このような状態になる前に病院に行き、医師の診察を受けるようにしま

しょう。

Q) 治療方法は手術しかないそうですね。

Q) 高齢になるほど手術への身体的負担も気になります。手術方法の選択肢や進歩は。

A)鼠径ヘルニアの治療は手術治療しかありません。通販などでヘルニアバンドやヘルニ

アサポーターという腸管の脱出を押さえる器機が発売されていますが、対症療法にすぎま

せん。大切なのはヘルニアが嵌頓を起こす前に手術を受ける事です。いつ嵌頓が起こるか

予想はできません。また、高齢になると様々な合併症(心臓病、肺病、糖尿病、高血圧な

ど)を有する確率が高くなり、手術のリスクも上がってきます。症状が軽くても診断が確

定した時点でなるべく早く治療を受けた方が賢明です。

鼠径ヘルニアの手術は、私が医師になった頃(1990年代前半)は、まだ従来法と言われる

鼠径管の口を縫い縮め、鼠径部の上にある強い筋膜と靱帯を糸で縫い合わせることで補強

する方法が主流でした。人工補強材(メッシュ)を使用しない点では優れた手術ですが、

この方法で補強すると縫い合わせた筋膜の部分に"つっぱり"ができ、術後の痛みが強く 2~

3 日はベッド上安静、5~7 日くらいの入院が必要でした。また、加齢によってさらに筋膜

が弱くなると再発することがあります。再発率は約 2~10%と報告されています。

この術後疼痛と高い再発率を改善する画期的な手術方法が人工補強材(メッシュ)を使っ

た、tension-free repair(つっぱりの無い修復方法)です。これは 1995年に日本に導入さ

れ、現在では成人鼠径ヘルニアのほとんどがこの方法で行われています。

tension-free repairには従来法と同様に鼠径部に 5cm程度の皮膚切開を加えて体の外側か

らヘルニアを修復する前方アプローチと、腹腔鏡(お腹の中を観察できる内視鏡)を用い

て、鼠径部の裏から修復する後方アプローチの二種類があります。

前方アプローチは全身麻酔の必要はなく、手術も短時間で済みます。従来法と同様にヘル

ニア嚢を縫い縮めるか腹腔内にもどして、ヘルニアの入り口にバドミントンのシャトルの

ようなプラグを入れて穴を塞ぎ、さらにメッシュシートで補強するメッシュプラグ法(図

5)。ヘルニアの穴を筋膜の内側から塞ぐダイレクトクーゲル法(図 6)など(他にも様々

な手技があります)があります。メッシュシートはヘルニアが起こりうる全ての場所を同

時に覆うことが出来るので再発防止効果も期待できます。短期入院または日帰り手術が可

能ですが、前方アプローチの欠点としては後方アプローチに比べて末梢神経損傷を生じる

ことがあり、低い確率ですが術後慢性疼痛(長期間の痛み)が起きることもあります。

後方アプローチは腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(TAPP法:transabdominal preperitoneal

approach)に代表されます。腹腔鏡という細い内視鏡を腹腔内に挿入し、内側から鼠径部

のヘルニアが起こりえるすべての部位をメッシュシートで補強する方法です。腹腔鏡下手

術は 20年ほど前からある手術で決して最近できた方法ではありません。しかし、その手技

の難しさや、前方アプローチの簡便さに押され一次衰退していました。その後ヨーロッパ

を中心に手技の再評価が進み、ここ数年で全国的に増加しています。当院でも前方アプロ

ーチを行っていましたが、2012年より腹腔鏡下手術を手術の第一選択としています。全身

麻酔が必要となりますが、眠っている間に終わるので逆に楽と言えます。TAPP法は臍部に

11mm、その左右に 5mm程度の小さな切開を加え、腹腔鏡と専用の鉗子(医療用のマジッ

クハンドのような機械)を入れて手術します。(図7,8)腹腔鏡で観察しヘルニアを確認

します(図9)。腹膜を切開し腹膜とヘルニアの間に空間を作ります(図 10)。この空間に

人口補強材(図 11)を敷き詰めます。図に示すように内鼠径ヘルニア、外鼠径ヘルニア、

大腿ヘルニアのすべての入口 3箇所を確実に塞ぐことができます(図 12)。最後に切り開い

た腹膜を縫合して手術は終了です(図 13)。

腹腔鏡下手術の利点は、傷が小さく痛みが少ないこと。(前方アプローチでは 5cm程度)

前方アプローチに比べ末梢神経障害のリスクがほぼゼロであること。入院期間が短いこと(1

日から3日程度) 。社会復帰が早いこと(術後3日目からも就労可能)。左右同時発生の鼠

径ヘルニアも一回の手術で治療できることなどが挙げられます。

再発率が低く(1~5%ぐらい)、個人的な意見ですが最も優れたヘルニアの修復方法とおも

います。鼠径部に違和感がある?立てると少し膨れている感じがする?などの症状があり

ましたら、いつでもご相談ください。

Q) 最後に、特定の部所への羞恥心が治療を遅らせる場合もあると思います。早期受診へ

のアドバイスをお願いします。

A)先にも述べましたが鼠径ヘルニアは俗名を脱腸と言います。「だっちょう」という言葉

の響きが「ちょっと恥ずかしい病気」「子供の病気で大人で発症するのはおかしい」といっ

た印象があるのかもしれません。また病気の場所が陰部に近いことから、若い成人では病

院で見せることを躊躇しているケースもあるようです。鼠径ヘルニアは恥ずかしい病気で

は無く、放置すると命の危険も伴うこともある恐ろしい病気なのです。多忙のため我慢し

ていたり、「恥ずかしい病気」のイメージで、受診をためらっている患者様もかなり多いと

推定されます。この記事を読んで「あれ?これって鼠径ヘルニアかな?」と思ったら躊躇

せず外科医のいる病院を受診されることをおすすめします。

top related