“創造力というのは、いろいろなものをつなぐ力だ...

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2011 年 10 月から 12 月までの 3 カ月 で、米アップルは前年同期比 73 %増と なる 3 兆 8400 億円( 463 億ドル、1 ド ル 83 円として換算。以下同)の売り上 げを記録した。純利益は同 113 %増と なる、1 兆 1000 億円(約 131 億ドル)。 これは同時期のソニーの 2 倍以上の売 り上げを誇り、さらにトヨタ自動車が 最も利益を稼いだ年の利益の 6 割を、 わずか 3 カ月で稼いだことになる。 市場に投入する商品は常に世界的 な注目を集め、コンピューターを多く の人から愛される魅力的な商品に変え た。ディズニーに匹敵する世界のトッ プブランド、それがアップルだ。同社 が世界に類を見ないほどの人気ブラン ドへ成長した秘密は、一体どこにある のだろうか。本書はその答えをアップ ルの「デザイン力」に見出した。 あらゆる接点を細部までデザイン もちろん、企業の成長エンジンを デザインに求めたのは、アップルだ けではない。ソニーやパナソニック、 はじめに “創造力というのは、いろいろなものをつなぐ力だ” 顧客との接点すべてに目を光らせろ ジョブズ氏は、顧客とアップルとの接点となるあらゆ る場面に配慮し、アップルが提供する豊かな体験そ のものをデザインした。そのプロセスは、実は日本人 が持つ「もてなしの心」を体現したものと言って良い すべてが一貫して つながることで、 消費者は初めて 豊かな価値を ブランドに見出す すべての局面で 妥協なきデザインを (イラスト:濱口博文)

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 2011年10月から12月までの3カ月で、米アップルは前年同期比73%増となる3 兆 8400 億円( 463 億ドル、1ドル83円として換算。以下同)の売り上げを記録した。純利益は同 113 %増となる、1兆1000 億円(約131億ドル)。これは同時期のソニーの 2 倍以上の売り上げを誇り、さらにトヨタ自動車が最も利益を稼いだ年の利益の 6 割を、わずか3カ月で稼いだことになる。 市場に投入する商品は常に世界的な注目を集め、コンピューターを多く

の人から愛される魅力的な商品に変えた。ディズニーに匹敵する世界のトップブランド、それがアップルだ。同社が世界に類を見ないほどの人気ブランドへ成長した秘密は、一体どこにあるのだろうか。本書はその答えをアップルの「デザイン力」に見出した。

あらゆる接点を細部までデザイン

 もちろん、企業の成長エンジンをデザインに求めたのは、アップルだけではない。ソニーやパナソニック、

はじめに

“創造力というのは、いろいろなものをつなぐ力だ”顧客との接点すべてに目を光らせろジョブズ氏は、顧客とアップルとの接点となるあらゆる場面に配慮し、アップルが提供する豊かな体験そのものをデザインした。そのプロセスは、実は日本人が持つ「もてなしの心」を体現したものと言って良い

すべてが一貫してつながることで、消費者は初めて豊かな価値をブランドに見出す

すべての局面で妥協なきデザインを

(イラスト:濱口博文)

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シャープなど国内のエレクトロニクスメーカーもまた、質の高いデザインを生み出そうと、これまで多くの投資を行い、デザインと向き合ってきた。 しかしその結果はどうだろうか。アップルの好調の陰で、国内のメーカーはいま軒並み苦戦を強いられている。互いにデザインの力を重視しながらも、両者の差は開く一方。なぜアップルだけが成功したのか。実はそこには、両者のデザインに対する認識の差はあったのだ。 国内の多くのメーカーが手がけたのが、「良いデザインの商品を作ること」だ。それは、ビジネス全体のある 1 点だけにデザイン資源を投入したに過ぎないアプローチ方法だ。 これに対してアップルがデザインしたのは、商品の外観のみといった狭い範囲のものにとどまらなかった。アップルがデザインしたのは、「顧客とのあらゆる接点」だ。商品の存在を知り、商品を買いに行き、実際に使って生活する。そのすべての場面で消費者が得る一連の体験を丹念に作りこみ、いか

なる場面でも顧客を迷わせず、がっかりさせず、そしてそのうえで顧客の予想を超えるようなサプライズを用意したのだ。 そのために、アップルはあらゆる場面のデザインに対して莫大な費用を投じている。 アップルが最初にデザインしたのが、新製品お披露目の場である「キーノート」と呼ばれる発表会。故スティーブ・ジョブズ氏はこのイベントのために 2 カ月という時間を費やしたと言われ、イベントに使うカーテンの素材選びから、プレゼンテーション時のちょっとした間の取り方まで、細部にわたって神経を尖らせた。 商品の存在をさらに多くの人に知ってもらうための広告では、その商品がどのように豊かな生活をもたらすかをシンプルに表現。1 製品あたりの広告費は、おそらく他社とは比較にならないほど大きい。そして、アップル製品の存在を知った消費者が向かう先は、アップルストアだ。木やステンレス、そしてガラスなど、無垢の素材をふん

だんに使った空間は心地良く、また多くの人が集まる場所に立てられた基幹店では、一面ガラスで作られたファサードや階段などが用意され、テーマパークのように未来を予感させる楽しさと美しさにあふれている。アップルが狙ったのは「アップル製品を買いにいくこと」をあたかも特別な体験に変えることだった。 次に消費者が目にするのは、製品との感動的な対面を演出する気の利いたパッケージ。そしてその中から現れるのは、膨大な設備投資と手間をかけられて生み出された、この上なくシンプルで高い質感を持つ製品だ。 電源を入れると、商品を心地良く、そして楽しく使い続けられるように、徹底して作りこまれたインターフェースが表示され、そこからつながるのはiTunes や App Store 、iCloud などその後のサービス…。

日本のモノ作り復活のカギ

 アップルとかかわるすべてのデザインが自然とつながっていき、そのつな

がる先すべてに、ほかのメーカーやブランドで味わえないもてなしが満ちている。それが、アップルがデザインで作り上げた世界だ。 こうしたアップルのコミュニケーションやモノ作り、そしてサービスすべてのデザインは、それがどのような思想で、どのようなプロセスを経て作られたものなのか。本書は、アップルが仕掛けたデザインという魔法のすべてを丹念に解き明かした。 一流のブランドを作るために何をすべきなのか。多くの消費者から愛されるアップルのデザインは、どのようにして生み出されたのか。 本書で解説するジョブズ氏のデザインに対する視点と思想、そしてプロセスには、日本のモノ作りが復活するためのヒントが数多く隠されている。日本人が忘れてしまい、アップルが教えてくれたもてなしの心。それを改めてデザインに取り込むことが、今の日本のモノ作りには必要だ。

(日経デザイン編集部)※本書籍の記事は、主に日経デザイン2011年12月号の特集 記事を基に加筆・修正を加えて作成

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 工場を持たないファブレスメーカーという印象が強いアップルだが、その設備投資額は実はソニーの2049 億円をはるかに上回る。2012年はさらに増額して、5893 億円もの設備投資を行う計画だ。巨額の資金を活用し、同社は何千台という単位の大量の切削加工機やレーザー加工機を導入。これらを製造委託先の加工工場に貸し出すことで、1枚のアルミ板を削り出して形を作る「ユニボディー」構造など、これまでの常識では考えられなかったデザインを生み出した。実はアップルは新しいデザインを実現するために相当のリスクを負っているのだ。 モノ作りの常識から考えると、製造委託先の工場や自社工場が持つ既存の生産設備に合わせた加工ができるようにデザインを行うのが当たり前だ。しかしアップルのアプローチは逆。実現したいデザインに合わせて、加工設備をゼロから工場に導入させるのだ。 その代わりに生産設備のみならず検査機器までをアップルが用意する。これらをどのように使いこなせばアップルが求める品質のデザインが出来上がるか、というレシピも添えて設備をサプライヤーに貸与する。こうして安定して高い品質のモノ作りを行う態勢を整えている。あるサプライヤーの幹部によれば「アップルのモノ作りに対する知識は、生産の現場で働く工場の技術者よりも豊富だ」と言う。 生産設備をアップルが握っているので、製造委託先の加工工場がほかのメーカー向けに同じ加工技術を提供することはない。デザインの流出を防ぐと言う意味でも、アップルが設備を持つ意義は大いにある。 アップルが目指しているのは、新しいモノ作りのシステム。同社は決して、企画とデザイン、マーケティングだけの企業ではない。

 そのうちデザイン特許は7件。そもそも企業の最高経営責任者がパッケージをデザインするなど、国内のエレクトロニクスメーカーではありえないことだ。商品の顔となるパッケージデザインをアップルがいかに重視しているかを物語る証拠だ

 音楽・映像配信サービス、アプリケーション配信、電子書籍のコンテンツ配信サービスは現在前売り上げの5%ほど。やはりアップルはプロダクト中心の企業なのだ。とはいえ、国内で躍進中のソーシャルゲームベンダーのグリー(2012年 6月期の売り上げ見込みが1400 億円)などと比較すると、その規模ははるかに大きい

8件ジョブズ氏が発明者として名を連ねた、パッケージデザインに関連した特許の数

パッケージ

4482億円 iTunes Store、App Store、 iBookstoreの年間売り上げ

サービス

3320億円アップルの1年間の設備投資額

製品デザイン

アップルがデザインするのは顧客との接点すべて。その1つひとつに膨大な経営資源を投じて消費者に「特別な体験」を提供する。

2カ月

 発表会 2カ月前になると社員に「ジョブズ氏には難しい相談はしないように」という指令が下り、「キーノート」と呼ばれる製品発表会の準備に集中していたという。ただの製品発表は、エンターテインメントとなった

故スティーブ・ジョブズ氏が新製品を発表するためにかけた準備期間

774億3900万円広告製品発表会

アップルの広告費 ソニーの広告費はアップルの約5倍の3964億 2500万円だが、商品点数が少ないアップルは、その分集中して広告費を投入。その結果、多くの人の記憶に残る質の高いクリエーティブを実現できた

12億7400万円1年間に新規オープンしたアップルストア1店舗当たりの平均設備投資額(推定)

店舗

 1店舗あたりの売上額が米国の小売店の中でトップというアップルストア。細部の造形や素材に徹底して配慮したり、レジをなくして店員がその場で会計ができるようにiPhoneを使ったPOSシステムを導入したりするなど設備面の進化が著しい。また、店員も数多く雇用することで十分なホスピタリティーを提供できるようにした点にも注目したい

100人強1店舗あたりの平均従業員数

アップルのデザイン投資

写真:三井公一

※数値は1ドル=83円で換算した。なお、アップルに関連する数字は、特に断りがない限り2011年 9月期の有価証券報告書を基に作成。ソニーの数字は、2011年3月期のもの

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アップルストア1号店のデザインプロセスは、とにかくダイナミックだった。まず、デザイナーが図面や縮小模型でジョブズ氏に直接デザイン提案する(写真上)。そして提案が通ると、アップルの本社近くの倉庫で原寸模型を作り詳細なチェックを行う(写真下)。ジョブズ氏や、当時アップルストアの開発を担当していた同社のロン・ジョンソン・副社長が、ほぼ毎回打ち合わせに参加したと言う

大小2種類の模型で細部まで検討

 アップルは小売業でも優秀な成績を収めている。全世界に357店舗(2011年 9月末時点)ある直営店「アップルストア」は、2011年9月期の同社全体の売り上げ1082億ドル(8兆4396億円)のおよそ13%となる141億2700万ドル(1兆1019億円)の売り上げを誇る。 規模だけではない。驚くべきはその販売効率の高さだ。1店舗当たりの売り上げ4330万ドル(33億7740万円)は、日本を代表する小売業、ユニクロのおよそ4.9倍。また米RetailSails社が2011年 8月に発表した調査によるとアップルストアは、直近の4四半

期(2010年7月から2011年6月)の床面積1平方フィート当たりの売り上げが全米トップの5626ドル(43万8828円)に上る。これは2位、宝飾品ブランド米ティファニーの2倍弱、3位の高級服飾品ブランド、米コーチの3倍強に当たる数字だ。

無垢な素材の妙

 もはやアップルストアは米国最強の小売店と言っても過言ではない。その店舗を作るに当たり、アップルはインテリアデザインで消費者に魔法をかけた。 決して過度な高級感を抱く内装ではない。ただ、販売する製品と同じように素材そのものが持つ無垢な質感を大切にすることで、消費者が店舗から豊かな体験を得られるよう工夫を凝らしたのだ。 テーブルに使われているメープルの木材はコンピューターショップらしからぬ温かみを、日本の工場で精巧に作られた外装用のステンレス板

感動を共有するスペースデザイン

アパレルから学んだ売り場作りの全過程

米小売店1平方フィート当たりの売上高トップ 3

(1平方フィート=約30cm×30cm)出展:米RetailSails

アップルストア 5626ドル

ティファニー 2974

コーチ 1820

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八木氏が提案した縮小模型は、店舗内の各コーナーを仕切るためのガラスなどのパーツが自由に変えられるようになっていた。自在にパーツを組み替えながらデザイン検討できる模型は、ジョブズ氏にも好評だった

は同社の先進性を、それぞれ消費者に印象付けた。階段や外装材に多用されたガラスは、同社が今後提供するであろう未来を予見させる。異なる素材感の組み合わせが、同社が持つ多様なイメージを雄弁に伝えている。 イメージ戦略だけではない。顧客と店員とが隣同士に寄り添ってコミュニケーションが取れるテーブルの配置や、待たせることなく接客ができるよう高い機能性を持たせた什器など、オペレーションの面でも多くのメリットを持つデザインも同時に実現しているのだ。 そんなアップルの店舗デザインをするきっかけとなったアイデアの源泉が、ある1冊の本に隠されていた。68ページ写真の「エスプリ・コンプリヘンシブ・デザイン・プリンシパル」と呼ばれるファッションブランド「エスプリ」のブランドブックである。

「エスプリ」の思想に共感

 「打ち合わせの前に、このページを

見ておいてくれないか」。 2000年 11月、アップルストアの1号店のアートディレクションの依頼を受けたグラフィックデザイナーの八木保氏は、スティーブ・ジョブズ氏からこんなメッセージを受け取っていたと言う。ジョブズ氏が指定したエスプリのブランドブックのページに載っていたのは、モジュール化されたステンレスの什器を組み合わせることでレイアウトを自在に変化させられる店舗の写真だった。 八木氏は1984年から7年間、エスプリのインハウスデザイナーとして、同社のアートディレクションを担当。当時のエスプリは、企業経営にデザインを取り込むことでビジネスを成功させた唯一の米国西海岸の企業として注目されていた。同じ西海岸の起業家であるジョブズ氏もエスプリのデザイン活性型経営の影響を強く受けており、八木氏とも親交があった。ジョブズ氏がアップルに復帰する前、ピクサーのブランド開発のアドバイザーとして、

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ジョブズのセンスが光るもう1つの歴史

相手は違えど一貫するメッセージ

“世界中から最大級の賛辞を浴びている企業には、共通していることが 1 つある。-彼らは何かを象徴する存在だということだ。

世界は変わり、マーケットは変わる。そして彼らの商品もまた、変わる。だがその核となる理念だけは、変わらない。

ディズニーやソニー、ナイキのように、アップルもまた世界中の人々から愛され、尊敬を受けている企業だ。なぜ愛されるのか、それは私たちが「心」を持っているからだろう。

アップルは、人々が仕事をうまくこなすためだけの箱を作ったことなどない(もちろん、そこにも誇りは持っているが)。我々が目指すのは、もっとそれ以上の何か、だ。

私たちは信じている。情熱を持った人 こ々そが、より良い世界を作れることを。私たちは信じている。クリエーティビティーこそが、人類が一歩先へと踏み出す力となることを。

1 年前、私たちはアップルが直面した困難と向き合った。そして、復活を果たすためには、2 つのことをもっと推進していかなければならないと気付いたのだ。

1 つは、衝撃的なまでに革新的なコンピューターを作ること。そしてもう1 つは、世界に(もちろん私たち自身にも)向けて、アップルが何を象徴する存在なのかをはっきりと示すことだ。

“Think different”シリーズを作ったのは、まさにそのためなのである。”

(1998 The Year of Think Differentより抜粋引用、日本語訳は日経デザイン)

アップルが1997 年から展開した広告キャンペーン「Think different 」シリーズをまとめた社員向けの冊子の冒頭で、スティーブ・ジョブズ氏が社員に対して向けたメッセージを寄稿した。一流となるべき企業は最高の商品を作るだけでは足りない。消費者の代弁者として、強い理念とメッセージを持たなければならないこと、そして企業はそれを明確に消費者に伝えることが必要だということを、ジョブズ氏はここで強く訴えていた。

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“これら写真はアップルの一員たる

我 す々べてのプライドと活力の源泉となってきた。

彼らヒーローのことを思い出すたびに、

我 は々理想の炎を燃やせ、

最高のコンピューターを作るという決意を

新たに持つことができる。”

88ページから91ページの資料の出所:「1998 The Year of Think Different」©1998 Apple Computer, Inc. (資料提供:前刀禎明氏)

Think dif ferent のキャンペーンで注目すべき点は、消費者向けの広告と言う枠を超え、優れたインナーブランディングのツールとしても機能したことである。多くの消費者を虜にしたその後のアップル製品を生むことができたのは、社員全員が「世界を変えるような最高のコンピューターを作る」という信念を共有できたからだろう。だとするとこのキャンペーンは、史上希に見るインナーブランディングの成功事例と言える

インド独立運動の指導者マハトマ・ガンジー

発明家、トーマス・エジソン

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──まず、スティーブ・ジョブズ氏のデザインディレクターとしての才能について、お聞かせいただけますか?アイブ スティーブはとても才能ある

“デザイナー”だと思います。彼とわれわれデザインチームは、緊密な連携のもとで仕事をしています。彼は、将来のビジョンを描く抜群のセンス、そして、そのビジョンを言葉で表現する、たぐいまれな能力を持っています。スティーブが率いるアップルは、以前とは全く別の会社ですよ。

「懐かしい未来」を表現したiMac

──ビジョンを言葉で表現する、とおっしゃいましたが、ジョブズ氏からiMacの開発にあたって、具体的にどんな言葉で指示があったのでしょう?アイブ iMac について言えば、まずジョブズには最初から、すぐれたコンシューマープロダクトについての明確なビジョンがありました。最初は抽象的でしたが、作業が進むにつれて具体的になっていきました。ただ、それは

「指示」ではなく、あくまで「協同作業」です。 具体的に私たちが話題にしたのは、例えば「ジェットソンズ」( The Jetsons/ハンナ・バーベラのコミカル

なアニメ)。アメリカやヨーロッパで流行っている、一種ノスタルジックな未来観を描いた TV アニメのことなどです。そうした話から出てきたのは「どうしたら懐かしく、しかも未来的なものを創り出せるか」というパラドックスでした。ただし、私たちのやったことは、巷で言われているような「レトロ・フューチャー趣味」と同じものだとは思っていません。──なぜあなたは iMac を半透明にしたのですか?アイブ 私が透明な素材に魅力を感じる理由は、この素材はこれまでのルールを根本的にくつがえして、表面性に縛られてきた観念を解放し、奥行きという次元へ転じさせてくれるからです。それまで表層の形態を議論してきた問題が、中身や奥行きの問題になっていく。ほら、人の皮膚だって透明でしょう? ただ幾重にも層が重なっているので、中が透けて見えるところとあまり見えないところがありますけど。こういう見方は単に面白いだけでなく、正しい視点であるとも思います。 そもそもコンピューターとは何なのか? 文章を書く道具かと思えば、ある時はビデオにもなる。この柔軟な性格は、光の当て方などによって表情が

藤崎圭一郎(エディター、ライター)

インタビュー:ジョナサン・アイブin 1999

抱きしめてiMac、手にとってG3

Jonathan IveVice President, Industrial Design, Apple Computer, Inc.

ジョナサン・アイブ

アップルコンピュータ社工業デザイン担当副社長(1999年当時)

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こんなにある!ジョブズ名義のデザイン特許

製品、パッケージ、空間デザインなど300件超

 アップル製品の特徴的なデザインは、アップルの成長を後押してきた重要な要素。その源にあったのは、スティーブ・ジョブズ氏のデザインに対する並々ならぬこだわりだ。そんなこだわりが、ジョブズ氏が名を連ねる多数のパテント(特許)から伺い知ることができる。 アップルが権利者になっているパテントのうち、開発者の欄に「 Steve Jobs」もしくは「Steven P.Jobs」と確認できるものは現時点で300件以上もある。その大半は「utility patent」と呼ばれるいわゆる特許ではなく、製品形状に関するデザインパテントだ。その多くは、1981年に発売した「アップル III 」や、ジョブズ氏のアップル復帰を印象付けた初代「 iMac 」、音楽の聴き方を大きく変えた「 iPod 」、タッチスクリーンで操作するスマー

トフォンを確立した「 iPhone 」など、革新を起こし続けてきたアップル製品に関するデザインパテントだ。 製品だけでなく周辺機器やアクセサリーである PC 用電源アダプターやiPod 、iPhone のパッケージ、さらには、アップルストアの階段やファサードのデザインでもデザインパテントを取得していることが、ジョブズ氏のデザインへのこだわりを強く示している。また、iPod の操作方法や、iPhone のビジュアルボイスメールなどの特許にもジョブズ氏の名前を確認できる。 生涯にわたりイノベーションを追求し続けたジョブズ氏が遺したパテントからは、デザインに対する執着心だけでなく、イノベーションにおけるデザインの重要性を強く感じ取ることができる。

D e s k t o p P C

COMPUTER ENCLOSUREDISPLAY DEVICE

WITH A MOVEABLE ASSEMBLY

COMPUTER COMPUTER

アップルが権利者で、発明者にジョブズの名前を確認できるパテントで最も古いものが1983 年 4月12日に登録された「PERSONALCOMPUTER」のデザインパテント。1980年に発売した「アップルIII」のデザインに関するもの

Personal Computer

ジョブズ復帰後の1998年に発売し、現在のアップル躍進の第

一歩となった初代「iMac」や、教育市場を対象にした「eMac」、

「Mac Pro」「Mac mini」など、デスクトップPCに関するジョ

ブズ名義のデザインパテントからは、PCと共に進化を続けた

アップルの歩みを確認できる。