attila varga: university research and regional...

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〔書評弘前大学経済研究第 25 112 117 2002 11 30AttilaVarga: University Research and Regional Innovation, KluwerAcademicPublishers;ISBN:079238248X;0998/08) 綿 51 国立大学にかぎらず私立大学も,地域への貢 献を求められるようになり,都道府県単位だけ ではなく,国家戦略としても大学の経済効果を 狙うようになった。文部科学省はリエゾン ・オ フィスを充実させ,大学の研究成果を社会に還 元させようとしたが,その一方で役割使命が明 文化されていないなどの問題があり,企業側に その存在すら知られていないのが現状である。 一方の経済産業省 は大学の技術を経済振興に 利用を提案し大学と企業の誘致と宅地を含め た街作りの観点からテクノポ リス法を制定し て,地域経済のてこ入れに用いようとしたが, 通常の工場誘致 とさして変わらなかったとい っ ていい状態である。 そもそも,ここでいう地域とは一体どこまで のことを言うのであろうか。貢献といってもそ の内容はいかなるものが求められるのか。その 効果はどのように評価されるべきなのか。国家 戦略には,実はこのような疑問に答えてくれる ような記述はない。 この疑問のヒントになるのが本書である。ア メリカ国内における大学の経済効果について, 空間経済学の手法を用い,ナ1. 郡,都市レベル での大学のイノベーション活動がこの 3 つのレ ベルで地域にどのように経済的波及効果がある かを計量的に分析しその経済的波及効果をも たらす要因を解明しようとしている。 評者は産学共同を研究する立場にあり,経営 学的アプローチから効果的な共同研究活動や大 学からの技術移転の研究を主としており,日本 宣道 で、の応用可能性を考慮、に入れつつ.個別の大学 からの技術移転と経済効果を管理するから本書 を評することにする。 l 章で,経済効果の有無について過去の研究 について紹介がなされる。経済効果が疑わしい とする議論と経済効果はあるとする組織論者の Rogersらの見解が紹介される。 ここでの経済効果とは,大学が消費する予算 から作り出す経済効果ではない。これを「軍事 基地の経済効果Jと同じであるとして,本書の 経済効果には取り上げない。大学が行う研究開 発活動を通じて生じた高度技術が地域産業にも たらす効果である。著者は,自らの研究をもと に経済効果があるとする立場から,議論を進め ていこうとする。 2 章では,この経済効果について過去の研究 を紹介している。大学が持つ知識が地域経済に 影響を与える方法として,大学からの技術移転 による商品化を念頭に置いている。 この技術移転の方法であるが,大学が主催す るセミナー,学術論文,教員によるコンサルタ ン 卜,産業支援計画, リサーチパーク,大学か らのスピンオフ企業,その地方の研究者や技術 者の労働市場,その地方の研究者の協力などが あり,そして最も多く行われているのが企業か らの資金的支援による共同研究である 。組織論 者の研究を引用しつつ,基本的に共同研究と ス ピンオフ ( spin-off )企業による経済効果を主張 している。 112

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Page 1: Attila Varga: University Research and Regional …human.cc.hirosaki-u.ac.jp/economics/pdf/treatise/25/...Attil a Varga: University Research and Regional Innovation 次に,産業政策として技術移転を実行させる

〔書 評〕 弘前大学経済研究第25号 112117頁 2002年 11月30日

Attila Varga: University Research and Regional Innovation,

Kluwer Academic Publishers; ISBN: 079238248X; 0998/08)

綿 51

国立大学にかぎらず私立大学も,地域への貢

献を求められるようになり,都道府県単位だけ

ではなく,国家戦略としても大学の経済効果を

狙うようになった。文部科学省はリエゾン ・オ

フィスを充実させ,大学の研究成果を社会に還

元させようとしたが,その一方で役割使命が明

文化されていないなどの問題があり,企業側に

その存在すら知られていないのが現状である。

一方の経済産業省は大学の技術を経済振興に

利用を提案し大学と企業の誘致と宅地を含め

た街作りの観点からテクノポ リス法を制定し

て,地域経済のてこ入れに用いようとしたが,

通常の工場誘致とさして変わらなかったといっ

ていい状態である。

そもそも,ここでいう地域とは一体どこまで

のことを言うのであろうか。貢献といってもそ

の内容はいかなるものが求められるのか。その

効果はどのように評価されるべきなのか。国家

戦略には,実はこのような疑問に答えてくれる

ような記述はない。

この疑問のヒントになるのが本書である。ア

メリカ国内における大学の経済効果について,

空間経済学の手法を用い,ナ11.郡,都市レベル

での大学のイノベーション活動がこの3つのレ

ベルで地域にどのように経済的波及効果がある

かを計量的に分析しその経済的波及効果をも

たらす要因を解明しようとしている。

評者は産学共同を研究する立場にあり,経営

学的アプローチから効果的な共同研究活動や大

学からの技術移転の研究を主としており,日本

宣道

で、の応用可能性を考慮、に入れつつ.個別の大学

からの技術移転と経済効果を管理するから本書

を評することにする。

l章で,経済効果の有無について過去の研究

について紹介がなされる。経済効果が疑わしい

とする議論と経済効果はあるとする組織論者の

Rogersらの見解が紹介される。

ここでの経済効果とは,大学が消費する予算

から作り出す経済効果ではない。これを「軍事

基地の経済効果Jと同じであるとして,本書の

経済効果には取り上げない。大学が行う研究開

発活動を通じて生じた高度技術が地域産業にも

たらす効果である。著者は,自らの研究をもと

に経済効果があるとする立場から,議論を進め

ていこうとする。

2章では,この経済効果について過去の研究

を紹介している。大学が持つ知識が地域経済に

影響を与える方法として,大学からの技術移転

による商品化を念頭に置いている。

この技術移転の方法であるが,大学が主催す

るセミナー,学術論文,教員によるコンサルタ

ン卜,産業支援計画, リサーチパーク,大学か

らのスピンオフ企業,その地方の研究者や技術

者の労働市場,その地方の研究者の協力などが

あり,そして最も多く行われているのが企業か

らの資金的支援による共同研究である。組織論

者の研究を引用しつつ,基本的に共同研究とス

ピンオフ (spin-off)企業による経済効果を主張

している。

112ー

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Attila Varga: University Research and Regional Innovation

次に,産業政策として技術移転を実行させる

ための企業の立地条件についての紹介がなされ

る。特に,ハイテク分野では生活の質(quality

of life)が重要であり(p12),他に技術移転のイ

ンフラ.つまり研究内容に近いあるいは関連す

る企業,ベンチャー ・キャピタ/レ, ビジネス ・

サービス (p12)が必要であるとしている。

その一方で,本書でHowellsの1986年の研究

から引用し,「イギリスではどんなに重要な大学

であっても,ハイテク企業が立地を決める際に

インパクトを与えていると言う徴候は見られな

い。(p12)」として,大学が必ずしも産業立地に

影響を与えることの普遍性はないことを示唆し

ている。その理由として「英国の大学は,大企

業と提携を重視し相手企業の立地はあまり重

視していない。(p24)」 と述べている。この点に

関しては, 日本に関する記述はないものの,同

じようなことが言えるかもしれない。

ここで注意しなければならないのは,産業立

地であっても産業全般の可能性を論じているの

ではない。「大学は高度な技能を必要とする労働

には影響を与えるが,大量生産の産業には影響

を与えない。(p19)」「大学の研究費の支出は,

大学の産業の研究開発費に影響を与え・・・この相

関関係は,大学が行う研究開発活動の場所に強

い影響があることを示している。(p20)」 とし,

大学が企業の立地に与える影響力は,研究開発

型企業など高度にjレーチン化されない知的集約

産業に限定されている。その証拠として,「大学

が持つ特許とその引用に関して,企業の立地と

強い関係 (p2223)」があるとしている。

大学の経済効果に影響を与える他の要因とし

て,「企業の所有形態」「企業規模」「街の規模」

(p24-25)をあげている。

3章の空間データの分析では,経済的に発展

している地域の分析を行っている。その結果,

「高収入な地域は,近隣に高収入な地域に隣接

し,イノベーティブな地域は他のイ ノベーティ

ブな地域に隣接している。(p28)」「近いことは,

離れている場合よりも影響がある。(p29)」とし

て,ある地域は他の隣接する地域に対して経済

113

的影響を与えている。この点から,経済の空間

効果(spatialeffect)を用いて説明しようとして

いる。経済の発展は,空間に何らかの変数の影

響があることは明らかである。

この空間経済学的研究から,企業の立地と大

学との距離を関連付けて実証を行っており,企

業間の空間的研究と同様の結果を得ている。

4章の大学の研究とハイテクのイノベーショ

ンの空間的伝播と私企業の研究活動では, 3章

の空間効果の概念を用いて,その経済効果につ

いて検討している。「地方で行われる技術移転

は,高度技術産業の集中化で知られるように,

大学の主要な効果のうちの lつとして考えられ

る。(p50)」として,ここでは,大学の経済効果

をもたらすものとして,大学の持つ知識を企業

に移転することに起因すると考える。

そしてその効果の指標として,「Griliches-

Jaffeの知識生産におけるフレームワークの3

つの変数,新しい知識,産業側の研究開発,大

学の研究(p63)」を考え.製品のイ ノベーショ

ンの数,研究開発所の従業員数,大学の研究費

の支出を知識生産のフレームワークの主要な変

数を測定するのに用いている。

この知識生産性は,特許数で測定するもので

はない。その理由として,多くの特許が製品の

イノベーションに用いられず,また多くのイノ

ベーションは特許なしで実行されるので,特許

情報はイノベーション活動を反映していなし、か

らである。

その結果,大学の研究費の増加は,企業の研

究開発活動と距離と関係があることが分かっ

た。しかしながら,「3つの変数の一般的傾向は,

大学の研究はイノベーションの空間的分配と私

企業の研究開発が重要な要素であることを意味

する必要はない。イノベーションと私企業の研

究開発は,大学の研究内容の傾向に影響を受け

る。これは,大学の効果があるだけではなく,

単に 3つの変数が他の変数によって決まるから

である。(p64)Jことに注意すべきである。

5章の技術移転の州レベルでの分析では.残

念ながら大学の技術移転と経済発展との間には

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あまり関係が見られなかったようだ。「州レベル

で,私企業と大学の新知識生産への影響がある

とする発見は,根強いものがあるが,地方の知

識移転の存在は,証明されていない (p69)Jと

している。

通常,大学からの技術移転は「大学からのス

ピン ・オフ,技術のライセンス,コンサルティ

ング,大学の研究者が地方のハイテク企業に技

術移転の決定といった公式的なビジネス上の関

係の結果として,アイディアが産業に適応して

行く一方で\研究者たちの地方にあるネ ット

ワークを通じて大学から新しい技術が移転し

て行く。 (p68)」ことによって生じるとされる。

その一方で,「地方にある大学の知識移転の証

拠は.この研究では弱いままである。ーしかし

州レベルでの大学研究は,大企業,小企業の双

方に新しい経済的に貢献する技術を作り出すこ

とに影響を与えている。 ー初期の知識生産機能

に関する研究では,イノベーション活動が州レ

ベjレで大学の研究によって強く影響を受けると

する議論に置き換わっている。(p68)」とし,過

去の研究でも州単位での経済効果に関しては,

暖味な点が多いようである。

6章では,大学の経済効果の空間的拡張につ

いては,どの範囲まで効果的であるかを検討し

ている。大学の研究活動と企業の経済活動につ

いて,特に研究開発などの非ルーチン活動によ

る経済活動を念頭に置いており,大学と企業聞

に相互関係があるとしている。これは基本的に,

「将来の知識移転を期待して,大学の近くに集ま

る (p81)Jと解釈できる。そして,それは「研

究開発活動は新しい知識を生み出す重要な源泉

であり,これらの活動はイノベーション・プロ

セスに投入されるだけではない。多くの場合,

新製品は製造企業の現場でのネットワークを通

じて運び出された知識に基づいて創り出され

る。(p84)」のである。つまり,個人ベースでの

産学のネットワークが重要であるのだ。

さらに,大学から得た知識や相互作用によっ

て生じた知識は,商品化されなければならない。

そのためには,「研究開発によって創り出される

知識は,企業間でコミュニケー卜される知識に

加え,ビジネス ・サービスの存在が,新技術の

アイディアを商品化する段階でマーケティン

グ,法律,財務に関する重要な情報を提供して

いる。(p84)」として,このような形で,第三の

産業支援組織が必要となる。

そして最も効果のある距離的空間があると考

える。「50マイjレ内の距離であれば,都市問の空

間的な依存性がある。空間的なスピjレオーバー

(spillover)を意味する。つまり,イノベーショ

ンは都市の外部から知識の源泉を引きつける。

(p92) Jとして事実上多くの人が日常的にアク

セスしやすい距離,いわば通勤距離と言っても

いい距離にあることが望ましいようである。

例えばGibson&Rogers(1994)の研究では,

大学の研究者や企業研究者の溜まり場の存在

が,シリコンバレーの発展に大きく影響を与え

たとしている。特に,学生の出入りが重要であ

る。共同研究そのものにおいて,研究の補助者

としての立場だけではなく,研究そのものから

卒業と同時にベンチャー企業を立ち上げること

が多くあり,こういった企業が大学との結ひeつ

きを強くしているからである。著者も「大学の

研究開発活動の結果が普及していくには,その

大学の2つの性格によって決定付けられる。学

生の参加と,大学の研究の質である。(p97)」と

して大学の研究内容と学生の参加を重要視し

ている。

7章の大学の経済効果を決定する要因では,

大学そのものの要因について言及している。こ

れまでの研究から,「ハイテク企業が立地を選ぶ

のに,大学の影響をうけることは明確である。

(pl OZ)」としながらも,「多くの研究は大学の影

響をほとんど記していないか,または全く記し

ていない。(plOZ)」と既存の研究を批判してい

る。

ここで重要な指摘,つまり「大学の知識移転

に成功している地域は,イノベーション,研究

開発や大学の研究が集中しているところであ

る。(pll3)」という点に注目したい。これに関

して,本書117ページで\大学の研究費とイノ

- 114 -

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Attila Varga: Uniνersity Research and Regional Innaνat ion

ベーションに関するグラフを提示している。こ

れによると集積度の高い大学では,研究費の追

加投入量に対してイノベーションの創出は,集

積度の高い地域にある大学ほど大きくなる傾向

にある。「イノベーションの生産性は,集積度に

依存する。 (pl17)」と結論付けている。更に個

別の大学で見ても,設備や管理上等の問題から

限界生産性は大きく異なっている。

つまり,企業は「地方の技術インフラは,追

加コ ストと入手可能な資源とを比較すべき

(pll8)Jであり,これにしたがって企業が立地

を考えれば,産業の集積度は一層加速せざるを

得なくなるであろう。

8章は要約と結論となっており,政策方針を

打ち出すのに助言を出す形で締めくくられてい

る。まずは.大学の経済効果は,大量の雇用を

創り出す物ではない。基本的に.「地域経済に与

える大学の知識の影響は,技術の移転と言う形

をとって転換される。多くのハイテク・イ ノベー

ションは,大学の研究から生じている。学術研

究機関から潜在的将来の知識への期待は,多く

の企業を惹きつけている。(pl21)」 ことから,

高度知識集約型産業が中心となる。

大量生産の企業と大学との聞には,経済的効

果がないと 2章で論じつつも,「最も洗練された

ハイテク製品を大量生産することは,学術的な

支援を必要としている。 (pl23)」 として,産業

分野と製造する製品の技術レベjレによる多少の

違いはあるようだ。

大学の経済効果がある範囲については,「州単

位での知識生産機能は,地方大学の知識移転の

証拠は弱いもの (pl23)」であったが,「一方,

都市レベルでの研究は,地方大学の技術移転が

非常に強いとする結果が出た。つまり,大学の

研究は,知識生産機能について強い正の相関関

係がある(pl23)」 ことが分かった。 ごく小さな

範閤 (本書では50マイjレ内)で効果があるとし

ている。したがって,かなり限られた地域範囲

での大学を利用した政策を取るべきである。

以上の点から,筆者は政策決定者に対して 2

点薦めている。「 lつは,大学効果の強さにおい

115

て集積の役割と関連する。調査結果によると地

域経済を高めるために大学を強化することは,

その地域を開発していくのに良いオプションと

なりえる0 ・・これは,包括的なアプローチが必

要であり,地方経済の開発計画は,学術研究機

関だけではなく ,ハイテク分野の雇用,ビジネ

スサービス,小企業を含めるべきである。もう

1つの重要な政策的留意点は,大学からの技術

移転は,距離とともに減衰して行くことに関連

する。都市レベルで見た場合の大学効果は,地

方のイノベーショ ンに非常に大きい影響を与え

るものの.通勤距離にある大学の知識効果は特

筆すべきものである。これが意味するところは,

ごく狭い範囲で,広くても都市レベルの経済を

発展させるために,すでに比較的開発された地

域に存在する大学の研究を支援する政策を意味

する。 (pl26)」と述べている。

以上,本書は一貫して大学の経済効果はかな

り限られた範囲であるが存在すると主張する。

しかしながら.この研究はアメリカ圏内の分析

のみで終わっている。そもそもこの研究結果を

持って,日本でそのまま用いることは可能であ

るか,すなわち大学の地域に与える経済効果に

ついては,普遍性を持っかという疑問がある。

本書で注意すべき点は3点ある。

lつは,企業が大学を,大学が企業を選ぶ傾

向の問題である。日本の国立大学に限っていえ

ば,「民間等との共同研究制度Jを利用している

のは約半数が株式を公開する比較的大きな企業

である (文 部省学術国際局研究助成課

1984-97)。この現象は,本書2章でも取り上げら

れているイギリスの事例,つまり イギリスの大

学は大企業との共同研究を好むのとよく似てい

る。

日本の大企業の場合は,本社機能と研究開発

機能を東京あるいはその周辺の大都市に置く傾

向があり.地方にある大学は,大企業と共同研

究をする傾向がある。このことからも,必ずし

も国内に応用できない部分もあるようだ。

2つに,アメリカにおける労働者の転職率の

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高さである。これが大きく技術移転の効果を高

めているのかもしれない。たとえば, Rabinow

(1997)によるバイオ・テクノロジー産業での大

学と企業の研究者に関するエスノメソドロジー

的研究では,この現象を描写している。このよ

うな大学と産業界の聞を研究者が行き来する環

境があれば,大学からのスピンアウトも比較的

上手くいくであろう。この点, 日本の国立大学

でも教員の兼任兼業規定の大幅な改善,共同研

究の規定によって変わりつつあるが,まだ大学

教員のスピンアウトはわずかである。ポスドク

の社会保障の充実と言った社会政策上の課題も

あり,転職のコストが下がらなければ難しいだ、

ろう。

第3に,大学が立地する地域的環境特にイノ

ベーション ・インフラの問題である。大学の経

済効果は,当然ながら大学が産み出すイノベー

ションの成果に依存しており,①大学が持つ特

許権の私企業による使用,②特許化されていな

い部分での大学研究者のコンサルタン卜による

技術移転,③大学研究者がスピンアウトし,地

域の企業の R&D活動に参加することで,その

地域に現れる。さらにその効果を高めるものと

して,技術移転のためのインフラ,つまり研究

内容に近いあるいは関連する企業,ベンチャー・

キャピタjレ,ビジネス ・サービスがある特定の

範囲内 (本書では市郡レベル)に必要となる。

基本的に日本企業の場合も企業が共同研究を

選ぶ際に,過去の研究から距離が近いことを必

須条件ではないが,かなり重要視している。こ

れは,研究者の移動コストを下げる意味もある

が,それ以上に互いの思考を理解するには,電

話やe-mailなどよりも直接会話する対面コ

ミュニケーションによる理解の方が,効果的で

あると感じている点である。

しかし,日本の場合はこの対面コ ミュニケー

ションを作り出す機会の設定を企業と大学の出

会いの場ですら自治体,政府主導で行われてき

たことである。日本の場合は長らく大学と企業

が分離されたことから,双方の敷居が高くなっ

ていることが原因しているのかもしれないが,

産業振興策においてこれらのインフラが日本で

は.政府や自治体の資金に大きく依存すること

は,大学や企業の当事者意識の欠如をもたらし

また市場退出のメカニズムがないままの自治体

によるベンチャー ・キャピタルの代替行為は,

私企業としてのイノベーション ・インフラの成

長を妨げ,産業振興を麻痔させる可能性がある

ように感じてならない。

以上の3点から,この研究をそのまま現在の

日本に持ち込むのは無理があるように思える。

本書において指摘されるように,米国でいく

ら優秀な新しい知識を生産したとしても,地域

への波及効果は一応で、はない。そもそも大学か

ら企業への技術移転には①大学周辺部に R&D

活動をする企業が少なからずあること,②大学

の研究内容が一定以上のレベルに達しているこ

と,③大学と企業の研究内容がそれぞれ近いこ

と,④大学と企業聞に研究者が日常的に触れ合

うところがあること,⑤勤務先を変わることに

よる障壁が低いことが前提条件となる。シリコ

ンバレーなど,産業集積地特に非ルーチン的業

務を主とする知識産業が集積するところでし

か.それは成立していないことを指摘している

点は注目に値する。

地方にある大学は,工学,理学,医学と比較

的企業に技術移転しやすい研究を行っている場

合もあるが,その内容を活かせるような知識集

約型産業あるいは研究部門がその大学のある近

くには存在しない場合が多い。本書の考えに従

うならば,これが地域への経済効果を阻む大き

な原因となる。このことから考えてみれば,こ

れらの条件を満たさない大学が地域に貢献する

といっても,「軍事基地型経済効果Jしかもたら

さないであろう。むしろ,日本の大学の場合は,

まず移動コストが見合う範聞で地域にこだわら

ず技術を移転,共同研究することを考えるべき

であり,事後的に企業が大学周辺に進出するこ

となどで経済的に貢献ができる程度ではなかろ

うか。

産学共同や企業発のベンチャー企業といえ

ば,シリコンバレーなどを思い浮かべるが,こ

116ー

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Attila Varga: University Research and Regional lnnovatwn

のような状態はここ十数年で出来上がったわけ

ではない。アメリカにおける産学共同の歴史は,

州立大学の設立や Stanford大の企業誘致など

約100年の歴史を有する。アメリカの産学共同

研究は一時的に軍産複合体の一部になりかけた

時期があったにせよ,基本的には市場経済の元

に発展した。これに対し.日本の場合は富国強

兵には じまり官立学校の設立にはじまり,その

設立時期はアメリカと同じようなものの,戦前

戦中と日本は国家主導による厳しい管理と,敗

戦後の公務員法と独占禁止法による40年にわた

る空白があった。事実上,大学が企業の研究開

発のために接触することは(半導体関連のわず

かな例を除いて)タブー視され,労働市場の問

題からもアメリカほどの大学および企業の研究

者が勤務先を移動することもなかった。また,

新制大学により全国で大学が作られたがその研

究内容も,必ずしも地元のニーズと一致してい

ない現状を直視しなければならない。

政府や自治体が, 日本で産学共同を基板とし

て社会貢献や経済振興策を考えるのであるなら

ば,また大学が地域に貢献をしていくことを本

気で考えるならば,研究者の労働市場を含め,

この種類の研究を行わなければならないであろ

つ。

参考文献

Gibson, David V and Everett恥1.Rogers 1994, R&D

Collaboration on Trial: The Microelectronics and

Computer Technology, Corporation, Harvard Business

School Press.

文部省学術国際局学術助成課1984-97報告書 「民間等

との共同研究の実施状況」

Rabinow, Paul 1997, Making PCR: A Story of

Biotechnology, University of Chicago Press.

渡辺政隆邦訳『PCRの誕生ーバイオテクノロジーの

エスノグラフィー』1998年,みすず書房

勾,e