第11回 日本家族性腫瘍学会学術集会 招聘講演2 the...

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シュネラージェネティックス� 第9号� The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1 講師: 日時: 会場:Jeffrey D. Parvin, M.D., Ph.D. Brigham and Women’s Hospital and Harvard Medical School Boston, Massachusetts (ジェフリー・D・パルビン)� 米国マサチューセッツ州ボストン� ハーバード大学医学部� ブリガム・アンド・ウィメンズ病院� 平成17年6月25日(土) コラッセふくしま 4F多目的ホール� (財団法人 福島県産業振興センター)� 第11回 日本家族性腫瘍学会学術集会 招聘講演2

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シュネラージェネティックス� 第9号�

The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1 �

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会場:�

Jeffrey D. Parvin, M.D., Ph.D.Brigham and Women’s Hospital and Harvard Medical SchoolBoston, Massachusetts(ジェフリー・D・パルビン)�米国マサチューセッツ州ボストン�ハーバード大学医学部�ブリガム・アンド・ウィメンズ病院�

平成17年6月25日(土)

コラッセふくしま 4F多目的ホール�(財団法人 福島県産業振興センター)�

第11回 日本家族性腫瘍学会学術集会 招聘講演2

Page 2: 第11回 日本家族性腫瘍学会学術集会 招聘講演2 The …ェックポイントに重要なBACH1にも相互作用します。ま た、BRCA1そのものがDNAに結合することが分かってい

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和訳文

翻訳・監修

千葉 奈津子 先生

東北大学 加齢医学研究所

癌化学療法研究分野

第11回 日本家族性腫瘍学会学術集会 招聘講演2

The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

スライド1

本日ここでお話しできることを大変光栄に思っています。今

日は、BRCA1の変異がどのように乳がんを起こすのかに

ついてお話し致します。まず、はじめにBRCA1遺伝子に

ついてお話しし、次に、我々の研究室で明らかにされた酵

素としてのBRCA1の機能についてお話しし、それがどの

ようにがん化と関連していくのかということをお話ししよ

うと思います。

スライド2

ここで簡単にBRCA1遺伝子についてお話しします。

BRCA1遺伝子の場所は、家族性乳がん原因遺伝子として

Mary Claire Kingによって染色体17番と同定され、その後、

三木先生らがBRCA1遺伝子のクローニングに成功しました。

遺伝子解析により、すべての乳がんの4%がBRCA1の変異が

原因とされ、家族性乳がんの40%にBRCA1の胚細胞変異が

あるとされました。また、腫瘍細胞においてもう一方のアレ

ルに欠失が見られ、がん抑制遺伝子とされました。家族性乳

がん卵巣がんの家系ではより高い頻度で変異が認められます。

散発性がんにおいては、ほとんど変異が見られませんが、タ

ンパク発現は減少し機能が低下しています。また、BRCA1

変異のある腫瘍では、DNAマイクロアレイ解析にてbasal-

likeでまたエストロゲン受容体陰性です。

スライド3

スライド3は、乳腺のがん化を段階的に示したものです。

左の像は正常乳腺です。中央の像は、乳がんの早期の段階の

乳管内腺がんで、これがさらに悪性化し、右の像のように浸

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

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潤性乳管がんに進行していきます。BRCA1の変異または発

現量の低下がこれらの過程の促進に関与していくと考えられ

ています。

スライド4

ここで私が考えておきたいのは、がん化の初期の段階で細

胞内にどのような変化が起きているのかということです。そ

の1つは、マサチュセッツ医科大学のStephen J. Doxsey

らによって発表されたもので、乳がんだけでなく、他の組織

由来のがんにも見られたことですが、がん化の初期の段階で

中心体に変化が見られました。中心体は、細胞周期のM期に

おいて紡錘体を制御し染色体を分配する働きをします。中心

体をγ-チューブリンで染色すると、正常乳腺細胞では細胞

周期のG1期で中心体は細胞毎に1つ染色されます。しかし

ながら非浸潤性乳管がんでは中心体は増幅され、2つ以上と

なったり大きくなったりし異常となります。

スライド5

これはメイヨークリニックのJeffrey L. Salisburyらの

グループが中心体の増幅について解析したもので、それぞ

れの像は、乳腺組織のパラフィン切片を染色したものです。

ここでは、核が赤く染色されており、中心体の主要な構成

要素であるγ-チューブリンに対する抗体を用いて、中心体

が緑色に染色されています。Aは正常乳腺で、中心体は1つ

の細胞あたり、1つか2つ小さく染色されています。赤く染

色された核はこのように整然と配列しています。しかし、

腫瘍になるにつれて、Bのように細胞の配列が乱れてきて、

2つ以上の異常な中心体が見られます。BRCA1が存在する

染色体である17番染色体のモノソミーでの乳腺腫瘍では機

能的なBRCA1がなくなっていることが推測されますが、C

では異常な中心体が見られ、このように1つの細胞に10個

もの中心体が見られ、細胞の配列も不規則になっています。

また、異数体の染色体をもつ乳がんでは、細胞の配列も異

常で、過剰な中心体が作られ、大きさも大きくなり、構造

も異常となっています。これらより、中心体の大きさが、

中心体の働きに関係すると推測されます。F,G,Hは腫瘍に

おける中心体の活性を調べるアッセイを行ったものです。

腫瘍細胞において、中心体は異常に活性化され大きくなり

ます。これらの中心体の特徴は、数が多いことと大きさも

大きくなっていることです。これにより、腫瘍細胞の染色

体の異数性が増加していくと考えられます。これらの特徴

はがん化の初期の段階から認められます。

スライド6

これは乳がんの発生を段階的に示したものです。このよう

に正常乳腺から非浸潤性乳管がん、浸潤性乳管がんになる過

程で、通常のレベルであったBRCA1の発現が消失し、二倍

体は異数体となり、染色体の増幅や切断など染色体の不安定

性を引き起こします。この過程で、正常な中心体が、活性化

された異常な中心体となり、それが染色体の異数性を引き起

こし、染色体の不安定性をもたらすことが知られています。

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他のがんにおいても同様に、中心体の異常活性化が染色体の

不安定性を引き起こすことが報告されています。乳がんでは

BRCA1発現と機能の消失が、これらの異常な中心体と染色

体の不安定性と関連すると言われています。

スライド7

BRCA1のノックアウトマウスは、胎生期の非常に早い

時期に致死となり、BRCA1タンパクのなんらかの働きが、

すべての細胞において必要であると考えられます。また

BRCA1が欠失している細胞ではDNA修復能が障害され、

遺伝子が不安定な状態となります。よってここで問題は、

すべての細胞の増殖にBRCA1の機能が必要とされるのに、

その変異によりどのようにして乳がんや卵巣がんが引き起

こされるのか、つまり、乳腺と卵巣に特異的な機能がある

のだろうかということになります。

スライド8

今日はBRCA1の機能について2つに分けてお話ししま

す。1つは細胞内の機能について、つまりその表現型につ

いてです。そして2つめはタンパクそのものの機能をお話

しします。BRCA1は、大きく3つの細胞内の機能に関与

するとされます。1つは遺伝子発現制御に関与するとされ

ています。我々の研究室ではBRCA1が転写に重要なRNA

ポリメラーゼⅡに相互作用することを発見し、遺伝子の転

写制御を行っていることを示唆しました。また多くの研究

室が、BRCA1が多くの転写因子と結合し、転写制御を行

っていることを報告しています。BRCA1はクロマチンリ

モデリング因子やp53と相互作用し、p53のコアクチベー

ターとして働きます。Junの機能に関与することも報告さ

れており、スライド8に示した多くのタンパクと相互作用

して転写制御に関与することが報告されています。また、

DNA修復経路においては、BRCA1がRad50-Mre11-

Nbs1複合体 に相互作用することが示され、また、

BRCA2とも相互作用するとされています。細胞周期のチ

ェックポイントに重要なBACH1にも相互作用します。ま

た、BRCA1そのものがDNAに結合することが分かってい

ます。さらに、細胞内のBRCA1の機能が障害されると中

心体の異常な活性化が起こり、中心体増幅の制御に関与す

るとも言われています。

スライド9

BRCA1は、そのN末端のRINGドメインを介して

BARD1とヘテロダイマーを形成して存在します。C末端

にBRCTドメインがあり、このドメインはタンパク間の相

互作用に重要であると言われています。BRCA1の胚細胞

変異は高い浸透率で乳がんを引き起こし、多くの胚細胞変

異はタンパク切断型変異ですが、点突然変異も存在します。

よって、点突然変異とSNPを区別する機能診断が必要にな

っています。BRCA1の変異による機能障害は、乳がん、

卵巣がんを引き起こしますが、興味深いことにBARD1の

変異は乳がんの発症には関与しません。

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

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スライド10

先に述べたように、BRCA1が発現しないマウスは胎生

期致死ですが、2つの方法でBRCA1のマウスを用いた解

析がなされています。1つはBRCA1のC末端半分を欠失さ

せたもので、p53がhomozygousに欠失したp53 nullの

状態で生存可能で、乳がん以外に多くの種類のがんを発生

することが知られています。2つめは、exon11を欠損し

たマウスです。exon11は非常に大きなexonで、これらの

マウスでは、p53がheterozygousに欠損した状態で生存

可能で、これも乳がん以外の多くのがんを引き起こします。

このように、これらのマウスは他の種類の腫瘍を発生させ、

ヒトの場合とは異なっています。

スライド11

細胞におけるBRCA1の機能を示す表現型として最初に

同定されたものは、David M. Livingstonの研究室のポス

ドクであったRalph Scullyによって発見された、BRCA1

が核内フォーサイを形成するということです。BRCA1は、

放射線照射によるDNA障害後、核内にスポットとして存在

し、リン酸化されたH2AX、Rad51、Rad50、Mre11、

Nbs1、BRCA2などの多くのDNA修復因子と共局在しま

す。これらより、BRCA1がDNA修復因子として働くこと

が推測されました。これは機能診断として使用することが

できると思われます。

スライド12

また、これまで多くのグループがDNA修復機構に

BRCA1が関与することを報告しています。BRCA1は二

本鎖DNA切断の修復に重要な相同組み換え、非相同性末端

結合、また、転写共役修復などの多くの修復経路に関与す

ることが分かっています。しかし、1つのタンパクがどの

ようにして、このようにさまざまな異なった修復経路に関

与するのかは分かっておらず、直接的に関与するのか、あ

るいは間接的に関与するのかも分かっていません。

つまり、BRCA1がDNA修復を制御するメカニズムは分

かっていないのです。

スライド13

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しかし、BRCA1変異が引き起こす乳がんに対抗するため

に、DNA修復に関する表現型を使う方法があります。抗が

ん剤はDNA障害を引き起こしますが、BRCA1または

BRCA2を欠損した腫瘍細胞では抗がん剤感受性が高いこと

が知られています。また、DNA修復に重要な酵素である

PARP1の阻害剤により、BRCA1またはBRCA2を欠損し

た細胞が選択的に死ぬことが報告されています。これらの

DNA修復機構に関係した表現型が、今後BRCA1とBRCA2

が関与するがんに対抗する手段として活用されるかもしれま

せん。

スライド14

BRCA1と転写との関わりが、BRCA1の強制発現によ

ってDNA修復、細胞周期に関与する遺伝子群を活性化する

ことから言われています。このメカニズムについては、

我々の研究室で示した、BRCA1がRNA ポリメラーゼⅡを

含む複合体に存在するということから、転写のコアクチベ

ーターとして働くことが考えられます。

スライド15

5

次に中心体についてお話しします。正常細胞ではこのよ

うに2つの中心体が見られます。しかしながら、このよう

に中心体の増加が見られますと、染色体が正常に分割され

ず、染色体数の異常な細胞が見られることになります。

BRCA1の機能を障害することによって、中心体の数が増

加し、染色体が正常に分割されず、染色体の異数性を引き

起こすことを、我々を含めた複数のグループが報告してい

ます。後で、BRCA1の機能障害がどのようにしてこの表

現型を引き起こすのかをお話ししたいと思います。

スライド16

これまでは細胞内での働きについてお話ししました。次

に、タンパク質としての働きをお話しします。BRCA1タン

パクは、2つの活性があることが既に分かっています。1つ

はDNA結合活性です。これはDNA修復能への関与を示唆し

ます。もう1つは、ユビキチン連結酵素活性です。BRCA1

はBARD1とともに、E3といわれるユビキチン連結酵素と

して働きます。ここで問題は、BRCA1は酵素であるが、そ

の基質は何かということになります。そして、この酵素活

性は乳腺細胞にどのような影響を与えているのでしょう

か?そして、乳腺細胞が乳がんへとがん化する過程でどの

ように乳腺細胞を守っているのでしょうか?

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

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スライド17

ここで、ユビキチン化について簡単にお話しします。

BRCA1は、BARD1と双方のRINGドメインを介して結合

しE3として働きます。ユビキチン化システムは、E3はE1、

E2とともに76アミノ酸からなるユビキチンを、基質とな

る標的タンパクに結合する反応です。ユビキチン化には、

ポリユビキチン化とモノユビキチン化があります。ポリユ

ビキチン化はプロテアソームを介したタンパク分解に関与

するとされ、モノユビキチン化はなんらかのタンパクの機

能に関与するとされています。BRCA1には両方の機能が

あるとされており、これからこのユビキチン化という表現

型についてお話ししたいと思います。

スライド18

今回、私の研究室と東北大との共同研究によって、

BRCA1とBARD1がRNAポリメラーゼⅡをユビキチン化

することを示すことに成功しました。

スライド19

我々の研究室ではin vitroの実験を行いました。

BRCA1は220kDもの大きなタンパクで、精製が難しいと

されていますが、我々は97kDのBARD1とともに、

BRCA1の全長からさまざまにC末端を欠失させたBRCA1

タンパクを精製することができました。

スライド20

ここで、精製したRNAポリメラーゼⅡをラベルしますと、

RNAポリメラーゼⅡはリン酸化のレベルが低い状態と高度

にリン酸化された状態で存在しますが、このように

BRCA1とBARD1は、高度にリン酸化されたRNAポリメ

ラーゼⅡをユビキチン化することが分かりました。

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スライド21

これは同様の実験ですが、BARD1がないと低いレベル

のユビキチン化しか検出できませんでしたが、BRCA1の

C末端を欠失してもユビキチンは検出できました。また、

BRCA1のRINGドメインを欠失したときは、ユビキチン化

は認めませんでした。このように、RNAポリメラーゼⅡの

ユビキチン化にはBRCA1とBARD1の両方のRINGドメイ

ンが重要であることが分かりました。

スライド22

次に東北大学で、細胞を用いてin vivoでの実験が行われ

ました。BRCA1の強制発現によって、このようにDNA障

害後のBRCA1によるRNAポリメラーゼⅡのユビキチン化

は促進されました。さらにこのアッセイによって示された

重要なことは、乳がんに関連した変異であるM1775Rの

あるBRCA1を用いた場合は、このユビキチン化能は消失

しました。このように、細胞内では野生型のBRCA1が

RNAポリメラーゼⅡのユビキチン化に必要であることが分

かりました。

7

スライド23

これは同様な実験で、RINGドメインの腫瘍由来の変異

でも、このBRCA1によるRNAポリメラーゼⅡのユビキチ

ン化は著しく低下していました。

スライド24

以上より我々は、細胞内でもそしてin vitroでも、

BRCA1とBARD1がRNAポリメラーゼⅡをユビキチン化

することを示すことに成功しました。さらに重要なことは、

DNA障害がこのユビキチン化を増幅させたということで

す。よって、DNA障害においてBRCA1とBARD1がRNA

ポリメラーゼⅡをユビキチン化することにより、RNAポリ

メラーゼⅡが分解され、その後BRCA1とBARD1がDNA

修復因子をリクルートするのではないかと考えられました。

これらの結果は、すでに科学雑誌に発表されています。

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

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スライド25

また、同時にDNA障害後、BRCA1とBARD1がRNAポリ

メラーゼⅡをユビキチン化するという同様な結果が、他のグル

ープから報告されました。ニューヨークのコロンビア大学の

KleimanとManleyらのグループは、このユビキチン化がDNA

障害後のmRNAのポリアデニレーションの制御に必要である

ことを示しました。ポリアデニレーションの制御にこのユビキ

チン化がなんらかのシグナルになっていると考えられます。

スライド26

ここで、BRCA1がどのように染色体の異数性と不安定

性に影響を与えているかということについて述べておきた

いと思います。1つの可能性はDNA修復経路に直接関わっ

ているということです。しかしながら、直接的な証拠は今

のところなく、BRCA1のRNAポリメラーゼⅡのユビキチ

ン化がこの経路にどのように関与しているか、あるいは転

写との関わりなどの詳細は分かっていません。また、

BRCA1は細胞周期のチェックポイント、特にDNA障害後

のG2-M期のチェックポイントに関与すると言われていま

す。これは、DNA障害後に分裂期に入るのを制御していま

す。さらに、BRCA1は中心体を制御しています。これに

ついて、検討するため我々はいくつかの方法で、乳腺細胞

におけるBRCA1の機能を抑制してみました。

スライド27

正常乳腺細胞のMCF10A細胞において、γ-チューブリン

を赤く染めますと、細胞周期の間期ではγ-チューブリンで染

色される小さな中心体が1つ、分裂期の細胞では濃縮された

DNAの両側に中心体が2つあることが分かります。BRCA1

を抑制した細胞では、3つか4つの、しかも大きな中心体が

見られます。さらに、驚いたことに、間期に核が2つあるか

のような状態となり、4倍体となっていることが推測され、

これはおそらく染色体の異数性を引き起こすもとになってい

ると考えられます。また、乳がん由来の細胞で、BRCA1の

C末端が変異により欠損しているHCC1937細胞でも、この

ように核が2つあるかのような状態となり、分裂期において

異常な中心体を形成し、異常な細胞分裂が起こっていると考

えられます。つまり、正常な乳腺細胞のBRCA1を抑制する

ことにより、乳がん細胞と同様な表現型が発現されたことに

なります。

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スライド30

次に別の方法でBRCA1を抑制するためにsiRNAを用い

て、乳がん由来の細胞株のBRCA1の発現を低下させまし

たところ、このように異常に活性化した中心体を認めまし

た。興味深いことに、骨肉腫由来の細胞であるU2OS細胞

では中心体の異常な増幅は認められませんでした。

スライド31

我々はこのように他の乳腺由来の細胞株6種、他の組織

由来の細胞株5種、計11種の細胞株について、BRCA1を

抑制した場合、中心体の異常な増幅が起こるかどうかを検

討しました。乳腺由来の細胞株ではすべてにおいて中心体

の異常な増幅が認められたのに対し、一方、他の腫瘍由来

の細胞株ではBRCA1を抑制しても中心体の異常な増幅は

認められませんでした。以上より、ほとんどの乳腺由来の

細胞はBRCA1の抑制に対して非常に感受性が高いことが

分かりました。他の組織のがん細胞でも中心体の異常な活

性化は認められますが、BRCA1の機能障害が原因になる

のは乳腺組織特異的なものと考えられました。

スライド28

MCF10A細胞は正常な細胞とされていますが、他の細

胞株ではどうでしょうか?

スライド29

これは乳がん由来の細胞株です。このようにBRCA1を

抑制しますと、先ほどの正常乳腺細胞と同様に多くの異常

な中心体が観察され、おそらくこれにより染色体の異数性

が起こると考えられました。

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

スライド32

BRCA1の抑制は中心体の異常な増幅を起こし、また

BRCA1タンパク自身はユビキチン化能を持ちますが、こ

の機能が特異的に中心体を修飾し、その数を制御している

のでしょうか?これを調べるために我々はBRCA1と

BARD1、ユビキチン化に関与する因子、中心体を精製し、

BRCA1とBARD1による中心体タンパクの特異的な修飾

をスクリーニングしました。

スライド33

その結果、我々は中心体のタンパクがBRCA1と

BARD1によってユビキチン化されることを示すことがで

きました。ここではユビキチン化されたタンパクが染色さ

れていますが、レーン2ではBRCA1とBARD1がユビキチ

ン化されているのが分かります。ここに、中心体のタンパ

クを加えますと、このようにユビキチン化されたタンパク

が検出されます。同様に反応させたものを次に、γ-チュー

ブリンに対する抗体で染色すると、このようにBRCA1と

BARD1を加えたとき、モノユビキチン化されたγ-チュー

ブリンを検出することができました。これらは昨年論文に

発表されましたので詳細はそちらをご覧になってください。

スライド34

我々はBRCA1によってユビキチン化される可能性のあ

る2つのリジン残基がγ-チューブリンにあることを認めま

した。リジン48とリジン344です。乳がん細胞株にこれ

らのリジンに変異のあるγ-チューブリンを発現させますと

BRCA1を抑制したときのように、このように過剰な中心

体が認められました。よって、γ-チューブリンを基質とす

るBRCA1の酵素活性と中心体の複製の制御に密接な関係

があることが分かりました。さらに興味深いことに、この

活性は乳腺細胞特異的ではありませんでした。骨肉腫細胞

である、U2OS細胞にこれらのリジンに変異を入れて発現

させてもこのように過剰な中心体を認めました。よって、

乳腺以外の組織では、BRCA1以外の他の酵素も同様な働

きをしていることが示唆されました。

スライド35

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以上から、BRCA1はγ-チューブリンを含むいくつかの

中心体のタンパクを、特異的にユビキチン化することが分

かりました。また、乳腺由来細胞においてBRCA1機能の消

失は異常な中心体の増幅を引き起こすことが分かりました。

これらのことが乳腺におけるがん発生に関与するのかもし

れません。次の疑問は、中心体の数の変化だけでなく微小

管の形成能には変化を起こすのだろうかということです。

スライド36

これを調べるために、微小管再構成アッセイを行いまし

た。細胞の間期に中心体をγ-チューブリンに対する抗体を

用いて緑色に、微小管はα -チューブリンを含むので、α-チ

ューブリンに対する抗体を用いて赤色に染色します。中心

体は、微小管ネットワーク、細胞の形や大きさ、細胞の運

動能を制御しています。これらの機能は細胞のがん化とい

うことに関しても重要で、微小管ネットワークの変化は細

胞のがん化に、細胞の運動能の変化はがんの浸潤にも関与

すると考えられます。このアッセイでは、ノコダゾールを

加えることにより微小管を破壊し、その後ノコダゾールを

除去することにより時間依存性に微小管を再構成させます。

このアッセイを用いて、我々は、BRCA1がこの過程を抑制

することを示すことができました。また、BRCA1を細胞か

ら除去することにより、中心体が異常に活性化され、大き

なアスターを形成することを示すことができました。

スライド37

それらをここに示しました。これはsiRNAを使ったとき

の BRCA1のウエスタンブロットで、BRCA1の発現が著

しく低下しています。siRNAを用いることにより、

BRCA1を完全に除去することはできませんが、かなり減

少させることができます。コントロールsiRNAを用いたと

き、γ-チューブリンで染色された中心体は活性化されてい

ない状態で、中心体は微小管と相互作用していないか、ま

たは微小管のアスター構造を作り始める状態で、中心体は

小さく黄色に見えます。しかしながら、BRCA1の発現抑

制により、中心体が異常に活性化されて大きくなり、過剰

な微小管が形成されているのが分かります。よって、

BRCA1は中心体の活性を低くし、この過程を抑制するの

に重要であることが分かりました。

スライド38

次に細胞周期をS期に停止させるとどうなるでしょう

か?このようにコントロールのsiRNAを加えたときには、

活性化されていない小さな中心体が見られます。しかしな

11

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

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がら、BRCA1のsiRNAを加えてBRCA1を抑制すると、

中心体は細胞周期のS期においても異常に活性化されてい

ました。つまり、BRCA1は細胞周期の間期以外でも、中

心体の活性を低く抑えているのに重要であることが分かり

ました。

スライド39

次に、BRCA1は中心体に存在するのかいうことが問題

になります。S期にはBRCA1はこのように核内に多く存

在し、中心体は核の外に存在するわけですが、ここで示し

ましたように、S期においてBRCA1は中心体と共局在し

ていました。

スライド40

G1期には中心体は1つで、BRCA1は核内には存在しま

せんが、わずかのBRCA1が中心体に存在していました。

そして、細胞周期を通してBRCA1は中心体に存在してお

り、中心体が過剰に増幅されるのを阻害し、中心体を抑制

する機能を果たしていると考えられました。

スライド41

これまでは、in vivoでBRCA1が、中心体の異常な増幅

の抑制をしていることを示してきました。in vitroでこれら

をアッセイするために、中心体を精製し、精製したBRCA1

とそのユビキチン化システムのタンパクを加えてユビキチ

ン化したとき、微小管の合成が起きるのかどうかを見る、

微小管核形成アッセイを行いました。in vivoのアッセイか

ら、BRCA1のユビキチン化能により微小管の合成が阻害さ

れることが予想されましたが、我々はin vitroでもBRCA1

のこの微小管の合成阻害を示すことができました。

スライド42

これは2重染色で、γ-チューブリンが緑色に、α-チュー

ブリンが赤色に染色されています。微小管は赤色に見え、

中心体は両方に染色されており黄色に見えます。通常の状

態ではこのように、大きなアスター構造が形成されます。

BRCA1を加えずにユビキチンだけを加えても、大きなア

スター構造を形成しています。しかし、BRCA1とユビキ

チンを加えることにより、アスター構造は10~20%と非

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我々はこのアッセイを26番目のイソロイシンに変異を

入れたBRCA1を用いて行ってみました。26番目のイソロ

イシンは、E2酵素との結合に必須で酵素活性に重要である

ため、この変異体はユビキチン化能を持ちません。この

BRCA1はγ-チューブリンには結合しますが、ユビキチン

化能を持たず、このようにアスター構造の形成能も阻害し

ませんでした。よって、このBRCA1のアスター構造形成

能の阻害効果において、ユビキチン化能が重要であること

が分かりました。

スライド45

γ-チューブリンはBRCA1の500から800アミノ酸の

領域と相互作用することが知られていますが、この部分を

欠失したBRCA1の1から500アミノ酸の断片を用います

と、この断片だけでもユビキチン化能はありますが、この

微小管核形成能の阻害活性はわずかで、強くは阻害しませ

んでした。よって、この中心体の微小管核形成能の阻害活

性にはBRCA1の全長が重要であることが分かりました。

スライド46

13

常に小さくなり、BRCA1のユビキチン化能が非常に強く

アスター構造の形成を阻害していることが分かりました。

スライド43

我々のシステムは精製したタンパクを用いているので、

このようにBRCA1とBARD1の濃度を増加させていくと

どうなるかを検討することができました。このように、

0nM、7.5nM、と60nMまで増加させていくにしたがっ

て、アスター構造の形成は著しく阻害されました。同時に

γ-チューブリンの量そのものも減少していきました。この

とき、他の中心体を形成するタンパクは減少しませんでし

た。よって、γ-チューブリンの機能が微小管の形成を起こ

すと考えられ、γ-チューブリンの減少がこのアスター構造

の形成の阻害に関与していると思われました。γ-チューブ

リンはBRCA1によって、モノユビキチン化されるので、

このモノユビキチン化が、中心体のアスター形成能の低下

を引き起こしていると考えられます。

スライド44

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The breast cancer specific tumor suppressor, BRCA1

14

次に、BRCA1のC末端に結合するBIF(BRCA1

inhibiting peptide fragment)と呼ばれるタンパクを加

えてみました。このタンパクはBRCA1のBRCTドメイン

に結合します。我々はこのタンパクがBRCA1のユビキチ

ン化能を阻害することを明らかにしており、このBRCA1

の微小管核形成阻害活性を阻害していることが分かりまし

た。以上のように、いくつかのin vitroの方法で、BRCA1

の微小管核形成の阻害がユビキチン化能に依存しているこ

とを示しました。

スライド47

本日私はBRCA1の機能についてお話ししてきました。

我々はBRCA1のユビキチン連結酵素としての2つの基質

を同定しました。1つは、DNA損傷の修復に関与してユビ

キチン化されるリン酸化されたRNAポリメラーゼⅡです。

また2つめとしては、中心体の制御にBRCA1のユビキチ

ン化能が必要で、中心体の数と活性の制御を行っており、

この過程でγ-チューブリンのユビキチン化がこの中心体の

機能に重要で、γ-チューブリンがとても重要な基質である

ことを示しました。

スライド48

また、我々はγ-チューブリンのリジン48に変異を入れ

ることにより、BRCA1のユビキチン化能が中心体の複製

に重要であることを示しました。BRCA1の中心体を制御

する機能は、細胞周期のS期に最も強く、しかし細胞周期

を通してBRCA1は中心体との相互作用し、中心体を制御

していると考えられました。また、我々は初めてBRCA1

依存性のユビキチン化能によって制御される機能をアッセ

イする方法を開発しました。我々はこれが乳がんの原因に

関与すると考えています。

スライド49

最後のスライドはこれらの研究を行った人達です。ほと

んどのユビキチン化のアッセイは大学院生のLea M.

Staritaによって行われ、RNAポリメラーゼⅡのユビキチ

ン化に関する研究は東北大学との共同研究によってなされ

ました。

ありがとうございました。

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シュネラージェネティックス 第9号 2006(平成18)年5月10日 発行�

遺伝子事業部�京都市中京区河原町通二条上る清水町346番地 TEL. 075-257-8541�URL. http://www.falco-genetics.com/

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