第3章 原子による散乱 scattering from an...

10
名古屋工業大学大学院 結晶構造解析特論 担当:井田隆(名工大セラ研) 20121113() 更新 第3章 原子による散乱 Scattering from an atom 一つの原子がどのようにX線を散乱するか表すものが原子散乱因子 atomic scattering factor です。原子一つについての構造因子を原子形状因子 atomic form factor あるいは原子構造因 atomic structure factor と呼び,普通はこれらを区別することはありません。ただし,特 に原子散乱因子と呼ぶ場合には,さらに後述する異常分散の効果を含めることができると いうニュアンスかもしれません。孤立した原子の上の電子密度も,異常分散の効果も元素 ごとに決まります。孤立した原子の電子密度は量子力学的な計算から求められ,原子形状 因子の値が必要な場合,普通は理論的に計算された値を使います。International Tables for Crystallography, Vol. C には元素やイオンの原子散乱因子を表にまとめたものが載せられて います。 結晶は原子が規則的に配列したものですから,結晶からの回折は原子からの散乱を重ね 合わせたものとして近似できます。 さて,ここでクイズです。結晶からの回折が原子からの散乱を重ね合わせたもので近似 できないのは,以下のどの場合でしょうか? A. 結晶の大きさが有限であることが無視できない場合 B. 化学結合の影響が無視できない場合 C. 異常分散の効果が無視できない場合 D. 原子の熱振動の効果を無視できない場合 3-1 直交座標と球面座標 Cartesian and spherical coordinates 原子の電子密度は球対称であると仮定されます。つまり,電子密度が中心からの距離のみ の関数で表されるとします。このときに構造因子はどのように表されるでしょうか?球対 称の場合には,( x, y, z ) 直交座標の代わりに ( r, θ , ϕ ) 球面座標極座標)で表すと 便利です。

Upload: others

Post on 13-Jun-2020

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 名古屋工業大学大学院 「結晶構造解析特論」

    担当:井田隆(名工大セラ研)

    2012年11月13日(火) 更新

    第3章 原子による散乱

        Scattering from an atom一つの原子がどのようにX線を散乱するか表すものが原子散乱因子 atomic scattering factor です。原子一つについての構造因子を原子形状因子 atomic form factor あるいは原子構造因子 atomic structure factor と呼び,普通はこれらを区別することはありません。ただし,特に原子散乱因子と呼ぶ場合には,さらに後述する異常分散の効果を含めることができるというニュアンスかもしれません。孤立した原子の上の電子密度も,異常分散の効果も元素ごとに決まります。孤立した原子の電子密度は量子力学的な計算から求められ,原子形状因子の値が必要な場合,普通は理論的に計算された値を使います。International Tables for Crystallography, Vol. C には元素やイオンの原子散乱因子を表にまとめたものが載せられています。 結晶は原子が規則的に配列したものですから,結晶からの回折は原子からの散乱を重ね合わせたものとして近似できます。 さて,ここでクイズです。結晶からの回折が原子からの散乱を重ね合わせたもので近似できないのは,以下のどの場合でしょうか?

    A. 結晶の大きさが有限であることが無視できない場合

    B. 化学結合の影響が無視できない場合

    C. 異常分散の効果が無視できない場合

    D. 原子の熱振動の効果を無視できない場合

    3-1 直交座標と球面座標 Cartesian and spherical coordinates

    原子の電子密度は球対称であると仮定されます。つまり,電子密度が中心からの距離のみの関数で表されるとします。このときに構造因子はどのように表されるでしょうか?球対称の場合には,( x, y, z ) の直交座標の代わりに ( r, θ , ϕ ) の球面座標(極座標)で表すと

    便利です。

    http://www.crl.nitech.ac.jp/~ida/education/CrystalStructureAnalysis/index-j.htmlhttp://www.crl.nitech.ac.jp/~ida/education/CrystalStructureAnalysis/index-j.html

  • ϕ

    θ

    z

    r

    x

    y

    図 3.1 直交座標 ( x, y, z ) と球面座標 ( r, θ , ϕ ) の関係

    直交座標と球面座標の間には,

    x = rsinθ cosϕy = rsinθ sinϕz = rcosθ

    の関係があります。また,一般的に

    f (x, y, z)d xd yd z = f (r sinθ cosϕ ,r sinθ sinϕ ,r0

    ∫0

    π

    ∫0

    ∫−∞

    ∫−∞

    ∫−∞

    ∫ cosθ ) r 2 sinθ dϕ dθ d r

    という関係が成り立ちます。

    3-2 球対称の電子密度に対する構造因子    Structure factor for electron density with spherical symmetry

     電子密度が球対称の場合には,電子密度を表す関数 ρ(x, y, z) は原点からの距離

    r = x2 + y2 + z2 のみの関数として表され, ρ(r) と書くことができます。ここで,散乱ベ

    クトルと平行な方向に z 軸をとることにします(このようにしても一般性は失われません)。つまり,

    K =

    00K

    ⎝⎜⎜

    ⎠⎟⎟

    と書けるとします。このとき,球対称な電子密度 ρ(r) のフーリエ変換(構造因子)

    f (K ) は,

  • f (K ) = ρ(r)exp −2π i

    K ⋅ r⎡⎣ ⎤⎦

    −∞

    ∫−∞

    ∫−∞

    ∫ d xd yd z

    = ρ(r)exp −2π i Kr cosθ⎡⎣ ⎤⎦0

    ∫0

    π

    ∫0

    ∫ r 2 sinθ dϕ dθ d r

    = 2π ρ(r)exp −2π i Kr cosθ⎡⎣ ⎤⎦0

    π

    ∫0

    ∫ r 2 sinθ dθ d r

    と書けます。ここで,

    dϕ0

    ∫ = 2π の関係を使いました。さらに,

    −cosθ ≡ t とおけば   sinθ dθ = d t

     

    θ : 0 → πt : −1 → 1

    ですから,

    f (K ) = 2π ρ(r)exp 2π i Krt⎡⎣ ⎤⎦

    −1

    1

    ∫0

    ∫ r 2 d t d r

    = 2π r 2ρ(r) 12π i Kr

    exp 2π i Krt⎡⎣ ⎤⎦⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥

    0

    ∫−1

    1

    d r

    = 1i K

    rρ(r)0

    ∫ exp 2π i Kr⎡⎣ ⎤⎦ − exp −2π i Kr⎡⎣ ⎤⎦{ }d r

    = 2K

    rρ(r)sin 2πKr( )d r0

    という関係が導かれます。この式を使えば,球対称の電子密度分布 ρ(r) がわかっている

    時に,任意の散乱ベクトルに対する構造因子を求めることができるわけです。電子密度分

    布が球対称のときには,散乱ベクトルの大きさ K =

    K = 2sinΘ

    λ だけで構造因子が決まり

    ます。

    3-2-1 電子密度が球対称な正規分布に従う場合

     例えば,電子密度分布が3次元的な正規分布 (Gauss 型関数)

    ρ(r) = 1

    (2π)3/2σ 3exp − r

    2

    2σ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥

  • にしたがう場合は構造因子はどうなるでしょうか?この式で σ は標準偏差に対応し,分

    布の広がりの大きさを表すものです。じつはこの形ならば球面座標ではなくて直交座標で計算した方が簡単なのですが,ここではあえて球面座標の形式を使って計算してみることにします。

    f (K ) = 2(2π)3/2σ 3K

    r exp − r2

    2σ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥

    0

    ∫ sin 2πKr( )d r

    = 2(2π)3/2σ 3K

    −σ 2 exp − r2

    2σ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥sin 2πKr( )

    ⎣⎢⎢

    ⎦⎥⎥0

    + 2πKσ 2 exp0

    ∫ −r 2

    2σ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥cos 2πKr( )d r

    ⎧⎨⎪

    ⎩⎪

    ⎫⎬⎪

    ⎭⎪

    = 22πσ

    exp0

    ∫ −r 2

    2σ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥cos 2πKr( )d r

    となりますが,この最後の積分は

    公式:

    1πγ

    exp − x2

    γ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥cos(2πkx)d x =

    −∞

    ∫ exp −π2k 2γ 2⎡⎣ ⎤⎦

    を使えば解けて,

    f (K ) = exp −2π2K 2σ 2⎡⎣ ⎤⎦

    となります。つまり,原子散乱因子の形も Gauss 型関数になるわけです。ただし,電子密

    度分布の幅が

    σ だったのに対して,原子散乱因子の幅は

    12πσ

    になります。

    3-2-2 電子密度が球対称な指数分布にしたがう場合

     次に,電子密度分布が3次元的な指数分布

    ρ(r) = 1

    8πσ 3e−r /σ

    に従う場合はどうでしょうか?この分布を全空間にわたって積分すれば,

    ρ(r)0

    ∫ r 2 sinθ dϕ dθ d r0

    π

    ∫0

    ∫ = 4π ρ(r)r 2 d r0

    ∫ = 1

    2σ 3r 2e−r /σ

    0

    ∫ d r

    = 1

    2σ 3−σ r 2 e−r /σ⎡⎣ ⎤⎦0

    ∞+ 2σ r e−r /σ d r

    0

    ∫⎧⎨⎪

    ⎩⎪

    ⎫⎬⎪

    ⎭⎪ = 1σ 2

    −σ r e−r /σ⎡⎣ ⎤⎦0∞+σ e−r /σ d r

    0

    ∫⎧⎨⎪

    ⎩⎪

    ⎫⎬⎪

    ⎭⎪

    = 1σ

    −σ e−r /σ⎡⎣ ⎤⎦0∞

  • =1

    のようになり,規格化されていることがわかります。 さて,構造因子は

    f (K ) = 1

    4πKσ 3re−r /σ

    0

    ∫ sin 2πKr( )d r

    = 1

    4πKσ 3−σ re−r /σ sin 2πKr( )⎡⎣ ⎤⎦0

    ∞+σ e−r /σ

    0

    ∫ sin 2πKr( )d r⎧⎨⎪

    ⎩⎪ +2πKσ re−r /σ cos 2πKr( )d r

    0

    ∫⎫⎬⎪

    ⎭⎪

    = 1

    4πKσ 2e−r /σ

    0

    ∫ sin 2πKr( )d r + 2πK r e−r /σ0

    ∫ cos 2πKr( )d r⎡

    ⎣⎢⎢

    ⎦⎥⎥

    = 1

    4πKσ 2−σ e−r /σ sin 2πKr( )⎡⎣ ⎤⎦{ 0

    ∞+ 2πKσ e−r /σ cos 2πKr( )

    0

    ∫ d r

        +2πK −σ r e−r /σ cos 2πKr( )⎡⎣ ⎤⎦0

    ∞+ 2πKσ e−r /σ cos 2πKr( )d r

    0

        −4π2K 2σ r e−r /σ sin 2πKr( )d r

    0

    ∫⎫⎬⎪

    ⎭⎪

    = 1σ

    e−r /σ cos 2πKr( )d r − 4π2K 2σ 2 f (K )0

    から,上の式を f (K ) について解いて,

    f (K ) = 1

    σ 1+ 4π2K 2σ 2( ) e−r /σ cos 2πKr( )d r

    0

    となります。さらに,

    e−r /σ cos 2πKr( )d r0

    ∫ = −σ e−r /σ cos 2πKr( )⎡⎣ ⎤⎦0∞− 2πKσ e−r /σ sin 2πKr( )d r

    0

    =σ − 2πKσ −σ e−r /σ sin 2πKr( )⎡⎣ ⎤⎦0

    ∞+ 2πKσ e−r /σ cos 2πKr( )

    0

    ∫ d r⎧⎨⎪

    ⎩⎪

    ⎫⎬⎪

    ⎭⎪

    =σ − 4π2K 2σ 2 e−r /σ cos 2πKr( )

    0

    ∫ d r

    ですから,

    e−r /σ cos 2πKr( )d r0

    ∫ =σ

    1+ 4π2K 2σ 2

    です。このことを使えば,構造因子として

  • f (K ) = 1

    1+ 4π2K 2σ 2( )2

    という値が求められます。なお,この関数の形は修正 Lorentz 型関数 modified Lorentzian function と呼ばれる場合があります。

    3-3 原子散乱因子の表 Tables of atomic scattering factor

    3−2節の結果から,原子の電子密度が球対称を持っているとみなせる場合には,原子散乱因子は散乱ベクトルの大きさ K = 2(sinΘ) / λ あるいは (sinθ ) / λ の関数として表される

    ことがわかります。International Tables for Crystallography Vol. C には元素やイオンの原子散乱因子が

    (sinθ) / λ の値ごとにどのような値をとるかが表として載せられています。下にその一部を示します。

    Element H He Li Be B C N O F Ne

    Z 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

    Method HF RHF RHF RHF RHF RHF RHF RHF RHF RHF

    sinθ( ) / λ (Å-1)

    0.00 1.000 2.000 3.000 4.000 5.000 6.000 7.000 8.000 9.000 10.000

    0.01 0.998 1.998 2.986 3.987 4.988 5.990 6.991 7.992 8.993 9.993

    0.02 0.991 1.993 2.947 3.950 4.954 5.958 6.963 7.967 8.970 9.973

    0.03 0.980 1.984 2.884 3.889 4.897 5.907 6.918 7.926 8.933 9.938

    0.04 0.966 1.972 2.802 3.807 4.820 5.837 6.855 7.869 8.881 9.891

    0.05 0.947 1.957 2.708 3.707 4.724 5.749 6.776 7.798 8.815 9.830

    0.06 0.925 1.939 2.606 3.592 4.613 5.645 6.682 7.712 8.736 9.757

    0.07 0.900 1.917 2.502 3.468 4.488 5.526 6.574 7.612 8.645 9.672

    0.08 0.872 1.893 2.400 3.336 4.352 5.396 6.453 7.501 8.541 9.576

    . . . . . . . . . . .

    . . . . . . . . . . .

    . . . . . . . . . . .

    実際には,これを近似する

    f sinθ

    λ⎛⎝⎜

    ⎞⎠⎟= ai exp −

    bi sin2θ

    λ 2⎡

    ⎣⎢

    ⎦⎥

    i=1

    4

    ∑ + c

  • という形式が便利です。この形式は 0 < (sinθ ) / λ < 2.0 Å-1 の範囲では良い近似であること

    がわかっています。逆に (sinθ ) / λ > 2.0 Å-1 では良い近似ではなくて,かなりずれること

    もわかっているのですが,波長 0.5 Å 以上のX線を使う限り, (sinθ ) / λ はどうがんばっ

    ても 2.0 Å-1 以上にはなりえませんから,この形式で近似しても問題ないわけです。元素やイオンについて求められている a1,b1,a2 ,b2 ,a3,b3,a4 ,b4 ,c の9個のパラメータの表の一部

    を以下に示します。

    a1 b1 a1 b2 a3 b3 a4 b4 cMaximu

    merror

    sinq/l(Å-1)

    Meanerror

    H SDS 0.493 10.5109 0.322912 26.1257 0.140191 3.14236 0.040810 57.8 0.003038 0.000 0.00 0.000

    H HF 0.48992 20.6593 0.262003 7.74039 0.196767 49.5519 0.049879 2.2016 0.001305 0.000 0.17 0.000

    H1- HF 0.89766 53.1368 0.565616 15.1870 0.415815 186.576 0.116973 3.5671 0.002389 0.002 0.09 0.001

    He RHF 1.12820 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

    Li ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

    Li1+ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

    Be ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

    3-4 軽い元素の原子散乱因子 Atomic scattering factors of light elements

    原子番号 1 の水素から 10 のネオンまでの原子散乱因子のグラフを下に示します。前節の近似形式を使って計算したものです。

  • 10

    8

    6

    4

    2

    0

    2.01.51.00.50.0(sin Θ) / λ (Å-1)

    HHe

    Li

    Be

    B

    C

    N

    OF

    Ne

    横軸は (sinΘ) / λ ですから,散乱ベクトルの大きさ K = 2(sinΘ) / λ の半分です。

    (sinΘ) / λ = 0 のときの原子散乱因子の値は,原子番号に等しい値になります。原子番号の

    大きい元素ほど原子散乱因子が裾を長く引くようになるのは,原子核の電荷が大きくなって,内殻電子の軌道半径が小さくなることによります。

    3-5 分散効果  Dispersion effect

    今までは電子をすべて自由電子とみなせるとしていたのですが,X線のエネルギーが吸収端のエネルギーに近い時,あるいはX線の振動数が束縛電子の固有振動数に近い時には共鳴によって強い散乱が起こります。かつてこのことは異常分散 anomalous dispersion と呼ばれていましたが,「このことは,別に何も異常なことではないので単に分散 dispersion と呼ぼう」ということになりました。 分散効果を考慮すると,原子散乱因子は以下の式で表されます。

    f (K ) = f0(K )+ Δ ′f + iΔ ′′f

  • ここで f0(K ) は実数の構造因子で, Δ ′f + iΔ ′′f が分散補正項とよばれます。分散補正項の

    大きさは原子の種類とX線の波長によって変わります。本来は散乱ベクトルの大きさによっても変わるはずですが,X線の振動数で共鳴するのは K 殻や L 殻などの内殻電子なので, Δ ′f と Δ ′′f の大きさはあまり散乱角によりません。ですから,すべての散乱角に

    わたって一定の値をつけ加えるだけでも,まあ良いだろうということになります。また,吸収端から少し離れれば小さい値になるので,分散補正項をまったく無視してしまってかまわない場合も少なくありません。 下の表にいくつかの例を示します。

    CuKα (約 1.54 Å)CuKα (約 1.54 Å) MoKα (約 0.71 Å)MoKα (約 0.71 Å)

    Δf '

    Δf ' '

    Δf '

    Δf ' '

    C 0.0181 0.0091 0.0033 0.0016 N, O, F なども近い値

    Si 0.2541 0.3302 0.0704 0.1023 Al, P, S, Cl など

    Ge -1.0885 0.8855 0.1547 1.8001 Fe, Cu, Ni, Br など

    Sn 0.0259 5.4591 -0.6537 1.4216

    Kα 線とは,K 殻の電子をはじき出した後の穴に L 殻の電子が落ち込んだ時に余分のエネルギーをX線として放射するものです。Co と Ni の K 吸収端波長がそれぞれ 1.49 Åと 1.61 Å,Eu の LI 吸収端が 1.54, Gd LII 吸収端が 1.56,Ho LIII 吸収端が 1.54 Åなどとなるので,CuKα線を使う場合には,これらの元素あるいはこれらと原子番号の近い元素が含まれている時に注意が必要でしょう。Ge の K 吸収端は 1.54 Åよりも少し短い波長(高いエネルギー)にあるので,その影響で異常分散項の実部がマイナスの値になっています。 元々は「分散」とは物質の屈折率の波長依存性について使われていた言葉です。ガラスの屈折率が波長によって違っているので,白色光をプリズムに通せば赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と,色の違う光に分けられますよね。このことを分散というのです。光が分かれて散らばっていくような感じなので分散という言葉がしっくりときますね。また,ほとんどの透明な物質では波長が短くなるほど屈折率が高くなるので,波長が短い光ほどきつい角度で屈折します。これを正常分散 normal dispersion と呼ぶのですが,近赤外領域や可視光領域に共鳴吸収ピークを持つような物質だと,可視光領域の中で波長を短くするほど屈折率が小さくなるような範囲が現れることがあって,これを異常分散と呼ぶならわしがあったのです。確かに分光学の分野でも異常分散と言う言葉はもう死語に近いかもしれません。 さて,X線の分散効果のイメージとしては,原子核の周りを電子がくるくると回っていて,その回る速さとX線の振動数がたまたま近い時には,はずみがついて大きく電子が動き,そのせいで普通より強い電磁波が輻射されるということで構わないと思います。一般

  • 的に,固有の共鳴振動数を持っている系を外場によって強制的に振動させる場合に,(i) 共鳴振動数よりも低い振動数では振動の位相が外場とほぼ等しく,(ii) 高い振動数では逆位相あるいは 180°遅れます。(iii) 共鳴振動数と近い振動数で強制振動する場合には位相が約 90°遅れるので,レスポンスを複素数で表した場合に虚数部が現れるのです。 異常分散を考慮に入れれば,X線の散乱の振幅は必ずしも「電子密度のフーリエ変換に比例する」とは言い切れないということになります。「話が違うじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが,…

    [練習問題]

    ρ(r) = 1

    8πσ 3e−r /σ

    σ = 0.1 Å,

    1 Å

    の2種類の電子密度分布があったとする。

    λ =1.5 Å のX線に対して,散乱角(回折角)

    2θ = 0, 30, 60, 90, 120, 150°

    での構造因子の値を求めよ。この結果から,構造因子の散乱角による変化について,内殻電子と価電子とではどのような違いがあるかについて論ぜよ。