第6回 トレーサビリティの重要性 - keysight · 2014-07-07 ·...

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1 回から第 4 回までは、様々なケースにおける不確かさの算出方法について解説し、 5 回では不確かさの判定への応用について述べた。最終となる第 6 回では、トレーサビ リティについて解説した後、全体のまとめとして、測定の信頼性についてあらためて述べ る。 トレーサビリティ この連載では、不確かさの算出に計測器の確度の仕様値を使ってきた。しかし第 1 回に 述べたように、この前提は、使用する計測器が信頼できる校正機関により定期的に校正が 行われ、その結果機器が仕様を満たしていることが確認されていることである。 不確かさが「真の値の存在する範囲のばらつき」を示すものである以上、自分の使って いる計測器が何らかの形で真の値まで結びついていないとならない。それが、すなわちト レーサビリティである。(また、真の値とは、国際標準または国家標準に照らした時に妥当 と判断される値であると考えて良い。) トレーサビリティとは「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって、 決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常、国家標準 又は国際標準である。」と VIM (国際計量基本用語集)および JIS Z8103:2000 計測用語 定義されている。これは具体的にはどのような事を意味するのであろうか。ここでは、直 流電圧、キャパシタンスを例にトレーサビリティがどのようにして実現されているのかを 具体的に紹介する。 第一回より 使用する測定器は校正されているか?: 不確かさの算出に、測定器の確度の仕様値を使う大前提は、使用する機器が信頼でき る校正機関により定期的に校正が行われ、その結果機器が仕様を満たしていることが 確認されていることである。信頼できる校正とは、「仕様から外れている機器」を校正 した結果「仕様から外れている」と判定できるものである。そのためには、その校正 機関が適切な校正項目(点)に対しトレーサビリティがとれた測定を実施できる必要 がある。 6 トレーサビリティの重要性 不確かさ講座 -測定の信頼性を高めるために- (全 6 回) 1

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Page 1: 第6回 トレーサビリティの重要性 - Keysight · 2014-07-07 · 以前は、クロスキャパシタと呼ばれる機械的に精密に作られたキャパシタが標準

第 1 回から第 4 回までは、様々なケースにおける不確かさの算出方法について解説し、

第 5 回では不確かさの判定への応用について述べた。最終となる第 6 回では、トレーサビ

リティについて解説した後、全体のまとめとして、測定の信頼性についてあらためて述べ

る。 トレーサビリティ

この連載では、不確かさの算出に計測器の確度の仕様値を使ってきた。しかし第 1 回に

述べたように、この前提は、使用する計測器が信頼できる校正機関により定期的に校正が

行われ、その結果機器が仕様を満たしていることが確認されていることである。

不確かさが「真の値の存在する範囲のばらつき」を示すものである以上、自分の使って

いる計測器が何らかの形で真の値まで結びついていないとならない。それが、すなわちト

レーサビリティである。(また、真の値とは、国際標準または国家標準に照らした時に妥当

と判断される値であると考えて良い。) トレーサビリティとは「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって、

決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常、国家標準

又は国際標準である。」と VIM(国際計量基本用語集)および JIS Z8103:2000 計測用語 に

定義されている。これは具体的にはどのような事を意味するのであろうか。ここでは、直

流電圧、キャパシタンスを例にトレーサビリティがどのようにして実現されているのかを

具体的に紹介する。

第一回より 使用する測定器は校正されているか?: 不確かさの算出に、測定器の確度の仕様値を使う大前提は、使用する機器が信頼でき

る校正機関により定期的に校正が行われ、その結果機器が仕様を満たしていることが

確認されていることである。信頼できる校正とは、「仕様から外れている機器」を校正

した結果「仕様から外れている」と判定できるものである。そのためには、その校正

機関が適切な校正項目(点)に対しトレーサビリティがとれた測定を実施できる必要

がある。

第 6回 トレーサビリティの重要性

不確かさ講座 -測定の信頼性を高めるために- (全 6 回)

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トレーサビリティの実現例 長さ、時間、質量および電気に関する計量の国家標準は、日本では独立行政法人産業技

術総合研究所の計量標準総合センター (NMIJ) により、研究、開発、維持、供給が行われ

ている。(ちなみに、計量標準の供給とは、産業界からの求めに応じて、特定標準器(国家標

準)を用いた校正サービスを行う事を意味する。)

1. 直流電圧

1.1 直流電圧 特定標準器(国家標準) 直流電圧の標準には、従来はウェストン電池が使われてきたが、量子標準の時

代になって、1977 年からはジョセフソン効果電圧標準装置が直流電圧の国家標準

として使われている。( 図 1 )

図 1 直流電圧特定標準器 - ジョセフソン効果電圧発生器 (写真提供 産業技術総合研究所)

左端のグレーの容器の内部に、液体ヘリウムにより超低温状態に保たれたジョ

セフソン素子(図 2, 図 3 に示す) が入っている。 このジョセフソン接合にマイ

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クロ波を照射すると、直流電圧 V が発生する。発生する直流電圧 V は(1)式で求め

ることができる。 (1)

(n : 整数,f : マイクロ波の周波数,h : プランク定数,e : 電気素量)

h : プランク定数,e : 電気素量 という物理定数が正確に判っていれば、照射す

る電磁波の周波数で発生する電圧を正確にコントロールできる。 (詳細は NMIJ の 電気標準まめ知識 を参照されたい ) http://staff.aist.go.jp/sakamoto.yasuhiko/introduction/index.html)

図 2 ジョセフソン素子 (チップ) (写真提供 産業技術総合研究所)

図 3 ジョセフソン素子 (外観) (写真提供 産業技術総合研究所)

マイクロ波をジョセフソン素子に照射するための導波管が付いている。

NMIJ は、このジョセフソン効果電圧標準装置の拡張不確かさを、2.6×10-10と見

積もっている。(2009 年現在)

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1.2 トレーサビリティ体系 キーサイトのデジタルマルチメータ 34401A を使用して直流電圧を測定する

場合は、約 40 ppm の測定確度が保証されている。前述の国家標準から、どのよ

うに「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖」が実現されている

のかを図 4. に示す。

図 4 直流電圧のトレーサビリティ体系 (不確かさは全て 10V での値)

1) キーサイトの標準器室所有のツェナーダイオード電圧発生器(図 5)が、独立行政法

人産業技術総合研究所にて、ジョセフソン効果電圧標準装置(特定標準)で校正され

る。校正される電圧は 1 V, 1.018 V 及び 10 V で、その時の 10 V の不確かさは、

0.0102 ppm である。 2) キーサイトのサービスセンターの標準器 3458A が、ツェナーダイオード電圧発生

器と分圧器を用いて校正される。電圧は範囲が拡大され 0.1 V, 1 V, 10 V, 100 V, 1000 V で校正される。その時 10 V の不確かさは 0.80 ppm である。

3) お客様の 34401A を校正する時の標準器、標準電圧発生器 (Fluke 5720A) が、サ

ービスセンターの標準器 3458A で校正される。この時の 10 V の不確かさは

2.6×10-10

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1.2 ppm である。 4) お客様の 34401A が、標準電圧発生器を用いて校正される。この時の 10 V の不確

かさは 11 ppm である。この校正時の不確かさは、34401A の公表された測定確度

に関する仕様 (10 V レンジ、校正後 1 年間で 40 ppm)を満たすに十分である事が

確認されている。

図 5 ツェナーダイオード電圧発生器 ( Fluke 732A)

2. キャパシタンス

2.1 キャパシタンス特定標準器 以前は、クロスキャパシタと呼ばれる機械的に精密に作られたキャパシタが標準

として使われていた。抵抗の標準が量子化ホール抵抗により、精密に実現されるよ

うになってからは、キャパシタンスの標準は、抵抗の標準を用いて実現されている。 まず、直流抵抗の標準である量子化ホール抵抗を基準に、交直差計算可能抵抗器

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とよばれる、交流での抵抗値を正確に計算できる抵抗器が校正される。 次に、位相が 90 度違う抵抗とキャパシタンスのインピーダンスを比較する直角

相ブリッジによりキャパシタンスが校正可能となる。このキャパシタンス測定装置

の写真を図 6 に示す。

図 6 キャパシタンス測定装置 (特定標準器 ) (写真提供 産業技術総合研究所)

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この特定標準器(国家標準)から、お客様所有の LCR メータに至るトレーサビ

リティの体系を図 7 に示す。

図 7 キャパシタンスのトレーサビリティ体系 (不確かさは全て 100 pF at 1 kHz の値)

2.2 トレーサビリティ体系 1) 弊社標準器室所有の溶融水晶型標準静電容量(図 8)が、独立行政法人産業技術総

合研究所にて、キャパシタンス測定装置(特定標準器)で校正される。校正される

のは、周波数 1.592 kHz における静電容量 100 pF でありその時の不確かさは、

0.084 ppm である。 2) 弊社サービスセンターの標準静電容量が、弊社標準器室で校正される。この時、

静電容量と周波数が拡大され 1 pF~10 µF at 120 Hz~13 MHz となる。 この 100 pF at 1 kHz の不確かさは 38 ppm である。

3) お客様の 4284A LCR メータが、標準静電容量を用いて校正される。この時の不

確かさは約 0.02 % で、4284A の公表された測定確度に関する仕様 (周波数 1 kHz, 100 pF レンジで 0.3 %)を満たすに十分である事が確認されている。

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図 8 溶融水晶型標準静電容量 (AH 11A)

これが「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖」の例である。 ここで重要なのが、国家標準に繋がっているだけではなく、全ての段階での校正に、

適切に評価された不確かさが表記されていることである。 仮に、この体系の途中のどこかの段階で、不確かさの評価に間違いがあり、過少

に評価されていたとしたらどうであろうか? それより下流の不確かさは、その過

小評価された不確かさに基づく事になり、表記されている不確かさの範囲に、真の

値が存在しない、(トレーサビリティが確保されていない)という結果となってしま

う。トレーサビリティの定義には「適切に評価された不確かさ」とは書いてないが、

「不確かさ」という言葉は当然のこととして、適切に評価されたものであるという

事が前提となっている。 この二つのトレーサビリティ体系で見た、各段階での不確かさは、第 1 回~4 回

で説明してきた不確かさの算出方法のように、使用機器の「確度の仕様」を基に算

出したものではない。 上位からの校正の不確かさ、使用機器の経年変化、使用温

度範囲での温度特性等の不確かさの要因を一つずつ検証して評価している。(注 1)

注 1) 第 1~6 回までの解説では、不確かさの評価は比較的簡単に行える事を伝えようとして来

た。 ただ、一般的には、不確かさが小さいほど (小さな不確かさを目指すほど) 不確かさ

の評価に要する時間は増大する。 なぜなら目標とする不確かさに対する影響として無視

できないレベル、すなわち目標の不確かさの 1/10 程度の要因を一つずつ評価していくか

らである。この直流電圧の体系で、国家標準の一つ下流の 0.0102 ppm という不確かさの

評価には、0.001 ppm(1x10-9) 程度の影響を与えるような要素まで全て検討する必要があ

り、これがどれだけ大変なことかは想像に難くない。

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トレーサビリティの証明 ある測定結果の信頼性を追求すると、使用した測定器について行った校正が、この例で

見たように、きちんとトレーサビリティが取れたものであることが必要不可欠となる。現

在、EMI の測定、電波法で規定されている測定、自動車の品質規格である ISO/TS 16949、 UL の工場検査、並びに UL の Data Acceptance Program (DAP)などでは、試験に使用し

た計測器のトレーサビリティの証明が求められている。(注 2)

もし、第三者から、ある測定器がトレーサビリティの取れたものである事の証明を求め

られたら、どう対応したら良いであろうか? まず、思い浮かぶのは、校正を実施した機関に、トレーサビリティの体系を説明する資

料を求めることであろう。一般にトレーサビリティ体系図と呼ばれるものが使われている。

ところが、このトレーサビリティ体系図には、各校正段階の不確かさが記載されていない。

あくまでトレーサビリティ体系の説明図であり、証明としては不十分である。 また、測定器を校正した標準器から遡り、各段階での標準器の校正証明書のコピーを手

に入れる事は簡単ではないが可能であろう。ただ、全ての(不確かさが明示された)校正証明

書のコピーを入手したとしても、各段階での不確かさが適切に評価されたのかどうかを検

証することはほぼ不可能である。 ではどうしたら良いのであろうか? そのようなニーズに答えるために、第三者による認

定校正が生まれた。 認定機関は、試験・校正を実施する組織・事業者に対し、国際的基準 ISO/IEC 17025 に基づく認定基準を公表し、それに基づいて審査を行い、適合している場合には認定・登録・

公表をしている。この審査に適合していれば、その校正事業者が行う校正については、

ISO/IEC 17025 の要求に合致して信頼のおけるものであり、また国家標準・国際標準にト

レーサビリティが取れているという証明になる。 日本では、独立行政法人製品評価技術基盤機構 (NITE)内の認定センター (IAJapan), 日本適合性認定協会 (JAB)、株式会社 電磁環境試験所認定センター (VLAC) 等が試験所

(注 3)・校正機関の認定を行っている。

注 2) ISO9001 でも、7.6 監視機器及び測定機器の管理の中で、「測定値の正当性が保証され

なければならない場合には、測定機器に関し次の事項を満たさなければならない。a) 定め

られた間隔又は仕様前に、国際又は国家標準にトレーサブルな計量標準に照らして、校正

若しくは検証、またはその両方を行う。」と記されており、基本的にはトレーサビリティを要求

している。

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これらの認定機関は、国際試験所認定協力機構(International Laboratory Accreditation Cooperation, ILAC)および、アジア太平洋試験所認定協力機構(Asia Pacific Laboratory Accreditation Cooperation, APLAC) の元で、他国の認定機関と相互に業務内容の整合を図

り、相互承認協定(Mutual Recognition Arrangement, MRA)を通じて、各国の制度が同等

である事を認め合っている。すなわち、日本でこれらの認定機関によって適合と判断され

ていれば、他の国においても、国際標準にトレーサビリティの取れた結果であると認めら

れる。 表 1 に主要な国の ILAC のメンバーを示す。なおこの表は抜粋であり、これ以外の

国、機関については、ILAC のホームページを参照されたい。 ( http://www.ilac.org/home.html )

国 略号 名称

オーストラリア NATA National Association of Testing Authorities, Australia

カナダ CALA Canadian Association for Laboratory Accreditation Inc.

香港 IKAS Hong Kong Accreditation Service

中国 CNAS China National Accreditation Service for Conformity Assessment

ドイツ DKD Deutscher Kalibrierdienst

インド NA.L National Accreditation Board for Testing & Calibration Laboratories

インドネシア KAN National Accreditation Body of Indonesia

日本 LA Japan International Accreditation Japan

日本 JA. Japan Accreditation Board for Conformity Assessment

日本 VLAC Voluntary EMC Laboratory Accreditation Center INC

韓国 KhLAS Korea Laboratory Accreditation Scheme

マレーシア DSa Department of Standards Malaysia

シンガポール SAC Singapore Accreditation Council

台湾 TAC Taiwan Accreditation Foundation

UK UKAS United Kingdom Accreditation Service

USA A2LA American Association for Lab Accreditation

USA NVLAt National Voluntary Laboratory Accreditation Program 表 1 ILAC の主な Full Members

注 3) 試験所 (Testing Lab)

特定の種類の試験、校正及び臨床検査を実施する試験所(試験所、校正機関及び臨床検

査室の総称) 電器関係のみならず、化学分析、環境分析、有害物質の分析、金属材料

検査・試験、コンクリートなどの建築材料の検査など広範囲に及ぶ、試験・検査を行う機関

をさす。

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これらの機関に認定された校正・試験結果は、国際的に受け入れられることになる。 何故これらの認定機関に認定されていれば、トレーサビリティが取れていると言えるの

か? その鍵は認定基準になっている ISO/IEC 17025 にある。 ISO/IEC 17025 とは何かに

ついてもう少し詳しく説明する。 ISO/IEC 17025 の概要

ISO/IEC17025 は、国際標準化機構によって策定された、試験所及び校正機関の能力に関

する一般要求事項(General requirements for the competence of testing and calibration laboratories)の国際標準規格である。試験所・校正機関の能力を、認定機関が認定する際

の基準として利用される。ISO/IEC 17025 の認定を受けた試験所・校正機関が発行する証

明書類には、認定マークを記載することができ、国際的に通用する証明書としての信頼性

を高めることができる。 要求事項の中身を見ると、ISO 9001 をベースにした管理上の要求事項に加え、試験所・

校正機関に対する技術的要求事項を加えた規格となっている。 これは、試験所・校正機関が高精度で正確な試験・校正結果を提供できるかどうかを評

価する上では、ISO9001 で、品質システムが構築され、それが適切に管理されていること

が認証されるだけでは不十分であり、技術的力量を評価する必要があるからである。 【ISO/IEC 17025:2005 の要求事項の構成】 「管理上の要求事項」 →健全なマネジメントシステムに関する要求事項 (ISO 9001 とほぼ同様) 「技術的要求事項」 → 試験所・校正機関が請け負う試験・校正の種類に応じた技術能力に関する要求事項 それでは、「技術的要求事項」はどんな事を要求しているのであろうか。この部分を一部

引用する。 5.1 一般

5.1.1 多くの要因が、試験所・校正機関によって実施された試験・校正の正確さ及び信頼

性を決定する。これらの要因には次の事項からの寄与が含まれる。

- 人間(要員)の要因

- 施設および環境条件

- 試験・校正方法およびその妥当性の確認 (不確かさの評価を含む)

- 設備

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- トレーサビリティ

- サンプリング

- 試験・校正を受ける機器の取り扱い

この、5.1.1 に書かれていることは、技術的要求事項がどのような項目に及ぶかであり、

上記に掲げた通りである。また、これらは、総合的な測定結果の不確かさに寄与する要因

であるとも述べている。 これ以降 5.2 から項目毎の要求事項が示されている。

5.2 要員

試験・校正において、信頼のおける結果を得るためには、適切な知識と技術を持った人

が行う必要がある。規格では、「特定の設備の操作、試験・校正の実施、結果の評価及び試

験報告書並びに校正証明書への署名を行うすべての要員の力量があることを確実にするこ

と」を要求している。また、それを実現するための、要員の教育、訓練、必要に応じての

技量の実証、資格付与などの仕組みも要求している。

5.3 施設及び環境条件

規格は、試験所・校正機関に「環境条件が結果を無効にしたり悪影響を及ぼしたりしな

いことを確実にすること」を要求している。また環境条件の監視、制御、記録や、試験・

校正の品質に影響する区域への立ち入りの管理も必要としている。さらに良好な整理・整

頓・衛生を確実にするための手段を講じる事を要求している。

5.4 試験・校正の方法および方法の妥当性確認

トレーサビリティを確保する上での最重要項目の一つなので、規格の要求事項も多い。

まずは、一般事項として「すべての試験所・校正について適切な方法及び手順を用いるこ

と」「手順書が必要な場合は試験・校正の手順に関する指示書を準備し、最新の状態に維持

し、要員がいつでも利用できるようにしておくこと」を要求している。

さらに、適切な試験・校正方法を選択すること、新規に開発された試験方法、または変

更/拡張された試験方法を用いる場合は、その妥当性確認(注 4)を行うことを要求している。

妥当性の確認に用いる手法は、次の事項のうちの一つ又はそれらの組み合わせである事が

望ましいとしている。

‐ 参照標準又は標準物質を用いた校正

‐ 他の方法で得られた結果との比較

‐ 試験所間比較

‐ 結果が影響する要因の系統的な評価

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‐ 方法の原理の科学的理解及び実際の経験に基づいた不確かさの評価

また、「5.4.6 測定の不確かさの推定」という項で、「校正機関又は自身の校正を実施す

る試験所は、すべての校正及びすべてのタイプの校正について測定の不確かさを推定する

手順をもち、適用すること」を要求している。また「不確かさを推定する場合には、当該

状況下で重要な全ての不確かさの成分を適切な分析方法を用いて考慮すること」も明記し

ている。

5.5 設備

設備については、試験・校正のために必要な設備を保有していること、当該試験・校正

に適用される仕様に適合すること、校正またはチェックを行う事を要求している。

5.6 設備のトレーサビリティ

試験・校正の結果の正確さ若しくは有効性に影響を持つ全ての試験・校正用設備は、校

正する事。校正は、国際単位系(SI単位)に対してトレーサブルであること(国家計量標準に、

切れ目のない校正の連鎖によってつながっていること)、外部の校正機関を利用する場合に

は、トレーサビリティを実証できる校正機関の校正サービスを利用することを要求してい

る。

5.7 サンプリング

物質、材料、製品などの試験を行う場合のサンプリング(抜取検査)の計画・手順につい

て定めている。測定器の校正には、サンプリングは使われないので省略する。

5.8 試験・校正品目の取扱い

試験・校正の対象となる顧客の装置または試料に対する、輸送、受領、取扱、保護、保

管の手順を持つ事を要求している。特に、受領時の異常の記録、取り違いが起こらない為

の識別、劣化、損傷、損失が起きない適切な保管の手順と施設を要求している。

ISO/IEC 17025 そのものについての解説が長くなったが、ILAC のメンバーである認定

機関による認定では、ISO/IEC 17025 の要求に照らして、試験所・校正機関が確実に試験・

校正の業務を行う技術的能力を有し、それを維持する仕組みを持っていることを審査する

だけでなく、認定の範囲に掲げられている試験や校正に関して、実際に得られている結果

が適切であることが確認される。このような基準と認定方法により、ISO/IEC 17025 を基

注 4) 「妥当性確認とは、意図する特定の用途に対して個々の要求事項が満たされていることを

調査によって確認し、客観的な証拠を用意すること」と規格の中に定義している

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準として、認定機関に認定された校正機関の提供する校正サービスは、国家計量標準また

は国際単位系(SI 単位)にたいしてトレーサビリティが取れていると認められている。 JCSS の概要 JCSS とは、Japan Calibration Service System の略称で、校正事業者の行う校正サービ

スが、日本の国家計量標準に対し、トレーサビリティが確保されていることを証明するた

めの、審査・登録制度である。登録を希望する校正事業者からの申請に基づき、計量法関

連法規及び ISO/IEC 17025 の要求事項に適合しているかどうかの審査を行い、適合してい

る場合に校正事業者を登録する。

JCSS で登録された校正事業者は、その証(あかし)として上に示すような特別な標章の入

った校正証明書を発行できる。

国際MRA対応を希望する校正事業者に対しては、その校正能力の維持状況を確認するた

めの定期的な検査及び技能試験(Proficiency test)を実施し、認定する。国際MRA対応認定

校正事業者は、その証として下に示すような ILAC MRA 付き JCSS 認定シンボルの入った

校正証明書を発行できる。 JCSS 標章や JCSS 認定シンボル付き校正証明書は、そのマークによって日本の国家計量

標準へのトレーサビリティが確保され、校正事業者の技術能力のあることが一目でわかる。 国際MRA対応の JCSS は、これらの基準をもとに運営している実績を国際的に認めら

れ、1999年12月に APLAC(アジア太平洋試験所認定協力機構)の相互承認協定、2

000年11月に ILAC(国際試験所認定協力機構)の相互承認協定へ参加の署名を行って

いる。これにより、国際MRA対応の JCSS 認定シンボル付き校正証明書であれば、国際

的に受け入れられる校正である証となる。 JCSS では、登録を希望する校正事業者は (公表されている) 登録区分、校正手法の区分、

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種類、校正範囲、そこにおける自己の最高測定能力 (注 5) を提出する。(これらを総称して、

登録範囲という。 表 2. にその例を示す。) 審査にあっては、ISO/IEC 17025 に沿った審

査に加え、提出された最高測定能力の不確かさの評価が適切であるかどうか、その結果が

実際に得られているかどうかが書類審査・現地審査により審査される。

なお、登録事業者とその登録範囲は、NITE 認定センター:IAJapan (アイエイジャパン International Accreditation Japan)の Webpage より検索できる。 http://www.iajapan.nite.go.jp/iajapan/index.html

注 5) 最高測定能力

JCSS では、最高測定能力とは、「ラボが認定の適用範囲内で達成できる最も小さい測定の

不確かさである」と定義されている。これは、ほぼ理想的な計測標準器の校正を実施すると

きや、ある量の測定のために設計されたほぼ理想的な計器の校正を実施するときを想定し

て見積もった不確かさとも言える。

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表 2 登録事業者の提出する最高測定能力 (キーサイト サービスセンターの例 – (部分))

従って第三者から、ある測定器がトレーサビリティの取れたものである事の証明を求め

られた場合は、ILAC-MRA による認定ロゴの入った校正証明書でこたえる事ができる。 高まる認定校正の必要性 前述したように、現状ではこのような厳密なトレーサビリティの証明が要求されるのは、

EMI の測定、電波法で規定されている測定、自動車の品質規格である ISO/TS 16949, ULの工場検査、並びに UL の Data Acceptance Program (DAP)と限られた分野であるが、今

後は拡大していくと思われる。それは、商品の安全性や法規制に対する適合評価に関して、

外国で行われたものも一定の条件下で認めようという相互承認の動きである。 2008 年 6 月に CPSC(Consumer Products Safety Commission: 消費者製品安全委員会)

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が米国規制法規で初めて、子供用製品の安全性試験について ILAC-MRA 参加認定機関に認

定された試験所の試験結果受入を明記した。また、2009 年2月には EPA(環境保護局)が

省エネ製品につけるEnergy Starマークについて ILAC-MRA参加認定機関に認定された試

験所の結果を受け入れることを表明した。これらは、一例であるが、今後このような動き

が増えると共に、その試験で使われる測定器に対する認定校正の需要も増えると予測され

る。 測定の信頼性を支える要素 第 1 回から第 5 回では、測定の信頼性をテーマに、信頼性を定量的に表す不確かさにつ

いての解説、幾つかの測定例での不確かさの求め方、合否判定における不確かさの扱いに

ついて取り上げた。そして今回、それらを支えるトレーサビリティとその証明について解

説をした。これらの要素と合わせて、改めて測定の信頼性を支えるものを図示したものが、

図 9 である。図 9 の要素は、ISO/IEC 17025 の技術的要求事項 5.1 に掲げられている、

試験・校正の正確さおよび信頼性を決定する要素とほぼ一致するが、これは偶然ではない。

ISO/IEC 17025 の各要素への要求事項は、トレーサビリティの体系の上位を想定したもの

であるが、電子機器や電子部品の開発、製造、試験の段階で日常的に行われる測定におい

ても当てはまる。

図 9 信頼性の高い測定を支える要素

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図 9 の各要素について、日常的に行われる測定で大切な点をまとめておく。

測定環境: 測定を実施する部屋の温度や電源電圧を使用する計測器の仕様内に保つこと。

測定対象が温度、湿度、気圧、振動などの環境条件により変化する場合は、それらを一定

に保ち、測定時の条件を記録する。測定によっては、外来電磁波を遮断する環境(シールド

ルーム)などが必要 測定システム: 測定結果は使用測定器に依存するので、使用する測定器のメーカやモデルは明確に決めて

おくこと。測定に使用するケーブルやプローブなどのアクセサリ類が管理され、結線方法

を含めて測定のセットアップが明確になっていることが必要。これらの測定機材のうち、

測定結果に影響を及ぼすものについては、定期的な校正または点検が行われていることが

不可欠である。

トレーサビリティ: 不確かさの算出に、測定器の確度の仕様値を使う大前提は、使用する機器が信頼できる校

正機関により定期的に校正が行われ、その結果機器が仕様を満たしていることが確認され

ていることである。信頼できる校正とは、「仕様から外れている機器」を校正した結果「仕

様から外れている」と判定できるものである。そのためには、その校正機関が適切な校正

項目に対しトレーサビリティがとれた測定を実施できる必要がある。 測定手順: 測定を実施する手順を明確にし、文書化する。だれが行っても、間違いなく同一の測定が

できるようになっている事が重要。測定器の設定や、測定前のウォームアップが必要な場

合は、その指示、被測定物の準備や状態に関しても、指示があれば含める。自動化された

測定の場合は、測定プログラムのバージョン管理も重要な要素である。 測定者: 測定に携わる全ての要員の力量(competence)があることを確実にすることが必要である。

測定を定義し、測定方法を検討するエンジニアであれば、この連載で伝えて来た測定の信

頼性の要素や、不確かさ、トレーサビリティについての知識も身につけて頂きたい。 測定作業の実施者は測定手順の順守のみならず、測定に影響を与える作業について、十分

訓練されている必要がある。(例えば高周波測定でのコネクタの締め方、トルクレンチの取

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り扱い方法の習熟) 未習熟の作業者が測定を行った結果、予め評価された不確かさを大幅に

超える測定値が得られた実例は多数ある。さらに測定系を壊さないために、高周波コネク

タの取り扱い方法や静電気対策に関する教育も必要となる。

被測定物の特性: 被測定物の挙動は、測定結果に含まれる。温度、湿度、気圧などの環境による変化、経時

変化、再現性・安定性、動作モードによる違い、測定条件(印加直流電圧等)による変化。こ

れらが、測定結果にどのような影響を与えるかを知り測定の条件を明確にする。 不確かさの評価: この連載で述べて来た通りである。不確かさの評価は、上記の項目がどのように最終結

果の測定の信頼性を実現しているかという評価でもあるので、図 9 では、全体を囲む円と

して表現している。 測定の性質によりこれらの要素の影響の度合いは異なる。例えば、測定の結果に測定環

境が及ぼす影響が大きい測定もあるし、測定器の影響が支配的な測定もある。また、作業

者の熟練が一番大切な測定もあれば、自動化を進め、極力作業者の習熟度の依存性を低く

した測定系もあるであろう。ただし、測定の信頼性を考える時に、これらの要素はどれも

省略できない要因であり、影響の度合いを含めて評価する事が重要である。少なくとも「高

額な測定器を使っているので大丈夫」とだけは思わないで頂きたい。

- 終わり -

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2014.8.1

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