第7章 水棲生物を用いた宇宙環境利用研究と実験装 …...第7章...

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第7章 水棲生物を用いた宇宙環境利用研究と実験装置開発 三菱重工業株式会社 神戸造船所 内田 智子・崎村 徹 宇宙開発事業団 宇宙環境利用研究センター 石岡 憲昭 1.はじめに 宇宙でのライフサイエンス実験においては、その制約条件から用いる生物試料の選択 が重要となる。魚や両生類といった水棲生物は、地上研究においてさまざまな分野で 有効な実験材料として用いられてきたが、宇宙環境利用研究においても非常に有効な 特徴をもち、特に前庭機能の解明や初期発生の研究において多くの宇宙実験で用いら れている。これら水棲生物を用いた宇宙実験のための装置は、カナダのARF Aquatic Research Facility)、ドイツのCEBAS(Closed Equilibrated Biological Aquatic System)などいくつか開発されているが、積極的な飼育環境維持により、小 型魚のみでなく体長30cmもの大型魚までを飼育可能で水槽内生物へのアクセス もでき、淡水魚、海水魚ともに対応できる本格的な飼育実験装置は日本のみが開発を 行ってきた。本稿では、宇宙環境利用研究における水棲生物の特徴と有効性、これま でに日本が開発を行った水棲生物実験装置と装置を用いて行われた宇宙実験、またこ れらの経験をもとに国際宇宙ステーションに向けて検討が行われている次世代型水 棲生物実験装置について紹介する。 2.宇宙環境利用研究における水棲生物の特徴と有効性 魚類や両生類といった水棲生物は、その扱いやすさ、産卵数の多さ、胚発生の観察性 などから、これまでに発生学や細胞生物学などの分野で多く用いられてきた。特に小 型魚類は、地上研究のみでなく宇宙環境利用研究を行う場合においても、以下の点で 優れた特徴を有している。両生類の胚、幼生も小型魚類と多くの点で共通の特徴を持 ち、これらは宇宙環境利用研究において非常に有効性の高い実験材料と考えられてい る。 1)高等動物に対する相同性 硬骨魚は、脳神経系、内分泌系、循環器系、免疫系など高等な哺乳動物に認められ る系の原型がすでにできあがっており 1) 、また魚類の前庭器官はヒトを含む高等動 物と高い相同性をもつことが知られている。哺乳動物に比べて小型で扱いやすいこ と、産卵数の多さ、胚発生の観察性、世代時間の短さなどの特徴から、脊椎動物と しての実験モデルのひとつとなっている。特に近年、ゼブラフィッシュ、メダカと いった小型魚類が、医学の分野におけるモデル生物としても注目をあびており、哺 乳動物の使用が動物愛護の観点から制約されつつある中で、代替え実験動物として の重要性も高まっている。

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Page 1: 第7章 水棲生物を用いた宇宙環境利用研究と実験装 …...第7章 水棲生物を用いた宇宙環境利用研究と実験装置開発 三菱重工業株式会社

第7章 水棲生物を用いた宇宙環境利用研究と実験装置開発

三菱重工業株式会社 神戸造船所 内田 智子・崎村 徹 宇宙開発事業団 宇宙環境利用研究センター 石岡 憲昭

1.はじめに

宇宙でのライフサイエンス実験においては、その制約条件から用いる生物試料の選択

が重要となる。魚や両生類といった水棲生物は、地上研究においてさまざまな分野で

有効な実験材料として用いられてきたが、宇宙環境利用研究においても非常に有効な

特徴をもち、特に前庭機能の解明や初期発生の研究において多くの宇宙実験で用いら

れている。これら水棲生物を用いた宇宙実験のための装置は、カナダのARF

(Aquatic Research Facility)、ドイツのCEBAS(Closed Equilibrated Biological Aquatic System)などいくつか開発されているが、積極的な飼育環境維持により、小

型魚のみでなく体長30cmもの大型魚までを飼育可能で水槽内生物へのアクセス

もでき、淡水魚、海水魚ともに対応できる本格的な飼育実験装置は日本のみが開発を

行ってきた。本稿では、宇宙環境利用研究における水棲生物の特徴と有効性、これま

でに日本が開発を行った水棲生物実験装置と装置を用いて行われた宇宙実験、またこ

れらの経験をもとに国際宇宙ステーションに向けて検討が行われている次世代型水

棲生物実験装置について紹介する。

2.宇宙環境利用研究における水棲生物の特徴と有効性

魚類や両生類といった水棲生物は、その扱いやすさ、産卵数の多さ、胚発生の観察性

などから、これまでに発生学や細胞生物学などの分野で多く用いられてきた。特に小

型魚類は、地上研究のみでなく宇宙環境利用研究を行う場合においても、以下の点で

優れた特徴を有している。両生類の胚、幼生も小型魚類と多くの点で共通の特徴を持

ち、これらは宇宙環境利用研究において非常に有効性の高い実験材料と考えられてい

る。

1)高等動物に対する相同性

硬骨魚は、脳神経系、内分泌系、循環器系、免疫系など高等な哺乳動物に認められ

る系の原型がすでにできあがっており 1)、また魚類の前庭器官はヒトを含む高等動

物と高い相同性をもつことが知られている。哺乳動物に比べて小型で扱いやすいこ

と、産卵数の多さ、胚発生の観察性、世代時間の短さなどの特徴から、脊椎動物と

しての実験モデルのひとつとなっている。特に近年、ゼブラフィッシュ、メダカと

いった小型魚類が、医学の分野におけるモデル生物としても注目をあびており、哺

乳動物の使用が動物愛護の観点から制約されつつある中で、代替え実験動物として

の重要性も高まっている。

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2)体組織の観察性

魚類や両生類は、哺乳動物と異なり初期発生が体外で進行する。また、生物種によ

っては初期胚から幼生までが透明であり、受精に伴う変化、発生過程などを非侵襲

で観察することが可能である。

3)分子生物学的解析

ゼブラフィッシュ、メダカなど一部の水棲生物種では、すでにゲノム解析が進行し

ている。また、トランスジェニックなどさまざまな遺伝学的手法を用いることが可

能であり、個体レベルや組織レベルで観察される現象を遺伝子レベルで解析するこ

とができる。

4)突然変異体の利用

小型魚類では多くの突然変異体が得られており、遺伝的系統として確立、維持され

ている。ゼブラフィッシュでは、大規模な突然変異スクリーニングにより2000

種類近い突然変異体が単離されており、またメダカでは近交系や自然突然変異体が

多く保存されている。これらの突然変異体は、現在、様々な研究分野で重要な実験

材料となっている。

5)宇宙環境での継代飼育

生物に対する環境要因の影響を知るためには、生殖を含めた生物の全ライフサイク

ルに対する影響を調べる必要がある。そのためには、一定の環境下で成体が生殖・

産卵を行い、得られた次世代がさらに生殖・産卵を行って次々世代を得るまでの継

代飼育により、長期的な影響を調べることが重要となる。宇宙環境での脊椎動物の

継代飼育は一般に非常に困難と考えられており、ラットでは授乳が困難であること

が観察されている。一方、メダカでは生殖行動と稚魚までの発生が微小重力下でも

可能なことがすでに示されている 2)。小型魚類は世代時間が短いのも特色であり、

現状では宇宙環境での継代飼育の実現可能性が も高い脊椎動物モデルと考えられ

ている。

6)生物種の多様性

水棲生物は、魚類、両生類、無脊椎動物といった幅広い生物種を含んでいる。様々

な研究分野に適する生物種を含むとともに、水棲植物を含む閉鎖生態系を構築する

ことにより生態系レベルに対する宇宙環境の影響を調べることも可能である。

これまでの宇宙実験では、水棲生物はその特徴を生かして主に前庭機能を解明するた

めの実験や重力が初期発生に及ぼす影響を調べる実験に用いられてきた。特に魚類は

前庭系器官や視覚がよく発達しており、前庭系入力の喪失による感覚の混乱と順応を

示すものとして微小重力曝露の初期段階でみられる回転行動や、視覚と前庭感覚の相

互作用を示す背光反応行動が、重力感受機構の研究モデルとして用いられている。こ

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れまでに、微小重力への順応や地上帰還時の再順応について、フンジュラス 3)-4)、シ

クリッドフィッシュ 5)、アフリカツメガエル幼生 6)、キンギョ 7)などでこれらの行動

を指標とした研究が行われているほか、コイの小脳脳波活動と背光反応行動の変化か

ら小脳の関与を検証する実験 8)や、ウシガエル 9)、ガマアンコウ 10)を用いた耳石器神

経活動の計測実験が行われている。また、生物の発生と分化に対しては重力が重要な

役割を果たしていると考えられ、水棲生物を用いた胚発生の実験も数多く行われてき

た。カエル 11)、アフリカツメガエル 12)-14)、イモリ 15)などの両生類、フンジュラス 16)、

メダカ 2)などの魚類では微小重力環境下においても初期発生は正常に進行することが

確認されている。また、アフリカツメガエルやシクリッドフィッシュ 6)、イモリ 17)を

用いて、重力感受器官の発生に対する微小重力の影響を調べる実験も行われている。

さらに、水棲生物は魚類から植物までの幅広い生物種を含み、水棲生物のみでの閉鎖

生態系を構築することが可能であることから、ミジンコやヨコエビなどの無脊椎動物

と水棲植物による淡水閉鎖生態系を構成し、生態系レベルに対する宇宙環境の影響を

調べる実験 18)-20)、脊椎動物を含む生態系として、ソードテイルフィッシュなどの小型

魚類、淡水性マキガイ、水棲植物、およびバクテリアを用いた実験も実施されている。

しかしながら、これまでの宇宙実験では主に実験技術上の制約から、形態学的および

生理学的側面に重点をおいた解析が主体となっており、分子レベルでの解析は十分に

行われてはいない。また、実験期間の短さから長期的な器官形成や成長に対する影響

についての知見はほとんど得られていない。これに対して、長期実験が可能となる国

際宇宙ステーションでは、短期実験では捉えられなかった宇宙環境の影響を長期間に

わたり複数世代の継代過程を含めて総合的に捉えることが可能となる。また、近年目

覚しい発展をとげている分子遺伝学的手法を取り入れることにより、微小重力の影響

を遺伝子レベルで解明していくことも可能となる。水棲生物を用いた宇宙環境利用研

究においては、軌道上で小型魚類の継代飼育を行い、宇宙環境が地上の重力を経験し

たことのない生物の一世代にどのような影響を与えるか、また次世代にどのような影

響を与えるかを調べることに、多くの研究者の期待がよせられている。

3.日本の開発した水棲生物実験装置と宇宙実験

宇宙で水棲生物を飼育するための基盤技術は、完全閉鎖型の飼育循環システムを構築

することと、限られた水量でも生物を健康に飼育するための水質維持技術である。こ

れらの基盤技術に関する検討は1980年代より始まり、これまでに3装置が開発さ

れた。閉鎖循環系で生物飼育を行うために、装置には酸素供給と二酸化炭素除去のた

めのガス交換を行うホローファイバー型人工肺、また排泄物などを処理し水質を維持

するためのフィルターユニットが組みこまれている。これらの装置概要と装置を用い

て行われた宇宙実験について紹介する。

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3.1 前庭機能実験装置

スペースラブ搭載用の実験装置として 初に開発されたのは、前庭機能実験装置

(VFEU: Vestibular Function Experiment Unit)である。本装置は、1992年に

行われた第一次材料実験(FMPT: First Material Processing Test)で、コイを使った

前庭機能を調べる実験に用いられた。

装置の主な機能を表3.1に示す。また、装置外観を図3.1-1に、水槽部に収納

されたコイを図3.1-2に示す。

表3.1 VFEUの主な機能

飼育水槽 フィッシュパッケージ水槽(3.3L) 2個

ライフサポート期間 14日間

飼育環境維持

水温制御 20~25℃

酸素供給 人工肺によるガス交換

水質維持 ゼオライト、活性炭による

化学吸着

脳波計測アンプ 2チャンネル

観察 観察窓からのビデオ撮影

装置寸法・重量 48×44×61cm、約80Kg

VFEUは、装置本体と飼育水槽部である フィッシュパッケージ2式よりなる。装置 本体はスペースラブ内の実験ラックに搭載 され、フィッシュパッケージの支持体と制 御装置としての働きをもつ。各フィッシュ パッケージは独立した飼育水循環系をもち、 コイを収納する水槽部のほか、水ポンプ、 エアポンプ、人工肺、アキュムレータ、フ ィルターユニットなどの飼育水循環系が組 み込まれている。また、生物を収納するフ ィッシュパッケージは、打ち上げ直前にス ペースラブ内に搭載するため、熱交換器と 循環系の一部をもつ本体側とはクイックデ ィスコネクタにより脱着可能である。 VFEUの流体系統図を図3.1-3に示 す。

図3.1-2 水槽部に収納されたコイ 頭部に埋め込まれた電極とプリアンプからの信号を、観察窓に通したケーブルで水槽外に取り出し計測した。

図3.1-1 VFEU外観

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フィッシュパッケージの水槽前面には観察窓があり、水槽内のコイの観察やビデオカ

メラによる画像記録が可能である。また、コイの頭部に埋め込まれたプリアンプによ

り、小脳脳波の信号を有線で水槽外部に取り出し、その変化をモニターすることが可

能である。

本装置を用いて、宇宙酔いのメカニズムとして有力視されている「感覚混乱説」に実

験的根拠を与えることを目的とした実験が行われた。宇宙環境でのコイの背光反応の

乱れと回復、それに伴う小脳脳波の変化から、宇宙酔いの感覚混乱説を支持する結果

が得られるとともに、そのメカニズム解明に魚が有用な実験材料となりうることが示

された8)。軌道上実験は順調に行われたが、実験途中で脳波計測のためのケーブルが

ねじれてコイの動きを制限するという問題が生じた。また、本装置では実験期間の短

さから水質維持にはゼオライトと活性炭による化学吸着法を採用していたが、帰還時

の飼育水では亜硝酸、硝酸の蓄積がみられた。地上での検証試験ではみられなかった

ことから、宇宙実験中コイの代謝が昂進されたものと思われ、少ない水量による閉鎖

系飼育では短期間であっても生物濾過法が必要であることが指摘された。

3.2 水棲生物飼育装置

第一次材料実験に引き続き、1994年に行われた第二次国際微小重力実験室

(IML-2: International Microgravity Laboratory-2)では、VFEUをメダカなどの

小型水棲生物を飼育するために改良した水棲生物飼育装置(AAEU: Aquatic Animal Experiment Unit)が用いられた。

装置の主な機能を表3.2に示す。また、装置外観を図3.2-1に、水槽部に収納

された生物を図3.2-2に示す。

図3.1-3 VFEU流体系統図

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表3.2 AAEUの主な機能

飼育水槽 フィッシュパッケージ水槽(3.3L) 1個

アクアリウムパッケージ水槽(0.25L) 4個

ライフサポート期間 19日間

飼育環境維持

水温制御 20~25℃

酸素供給 人工肺によるガス交換

水質維持 硝化菌による生物濾過

生物への操作 給餌、注射(アクアリウムパッケージのみ)

観察 観察窓からのビデオ撮影

卵の拡大観察(アクアリウムパッケージのみ)

装置寸法・重量 48×44×61cm、約78Kg

図3.2-2 水槽部に収納された生物 右:フィッシュパッケージ水槽内のキンギョ、中央:アクアリウムパッケージカセット水槽内のメダカ、左:アクアリウムパッケージカセット水槽内のイモリ

AAEUでは、2式のフィッシュパッケージのうち1式が、小型水棲生物用のアクア

リウムパッケージとして着脱可能なカセット式の小型水槽に変更された。アクアリウ

ムパッケージに4個のカセット水槽が収納されていることを除けば、基本的な構成は

VFEUと同じである。AAEUの流体系統図を図3.2-3に示す。

図3.2-1 AAEU外観

図3.2-3 AAEU流体系統図

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AAEUでは、アクアリウムパッケージのカセット水槽に、メダカ用の給餌機構や卵

分離のための機構、イモリ用のホルモン注射機構など軌道上実験操作のための機能を

持たせた。さらに、飼育水の循環が可能なエクステンションを用いて産卵行動など水

槽内生物の行動を長時間観察可能としたのみでなく、卵の拡大観察も可能な観察機構

を付属品として準備した。また、AAEUでは飛行期間が15日間と長期となりかつ

水質に敏感な小型水棲生物を飼育することからも、水質維持には硝化菌による生物濾

過法をとり入れた。

本装置を用いて、キンギョ、メダカ、イモリを用いた4実験が実施された。キンギョ

の実験では、耳石器官摘出および正常キンギョをフィッシュパッケージ水槽で飼育し、

泳ぎ方や姿勢の変化から前庭器官の宇宙環境への順応過程、地上に戻った後の再順応

過程が調べられた 7)。メダカの実験では、成魚ペアをアクアリウムパッケージカセッ

ト水槽で飼育し、微小重力環境でも生殖行動が可能であること、稚魚までの発生が正

常に進むことが確認された 2)。また、同じくカセット水槽を用いたイモリの実験では、

軌道上で産卵されたイモリ受精卵が微小重力環境でも正常に発生することが確認さ

れた 5)。イモリ用カセット水槽では、同時にイモリ受精卵を搭載して重力感受器官の

発生に対する微小重力の影響を確認する実験が行われ、帰還後に耳石の肥大がおこっ

たことが報告された 17)。なお、搭載されたイモリ4匹のうち2匹は軌道上で死亡した

が、キンギョ、メダカは健康な状態で帰還し、15日間の軌道上実験中、硝化菌によ

る水質維持が順調に行われたことが示された 21)。

3.3 海水型前庭機能実験装置と神経活動電位計測装置

1998年に2回にわたり行われたニューロラブ計画(ニューロラブ、STS-95

ミッション)では、海水魚であるガマアンコウが実験材料として用いられた。そのた

め、 初に開発されたVFEUに対し海水魚の飼育も可能となるように改良が行われ

た。また、ガマアンコウ耳石器官の神経活動電位を計測するための神経活動電位計測

装置(NDAS: Neural Data Acquisition System)が新たに開発された。

海水型VFEUの主な機能を表3.3に、装置外観を図3.3-1に示す。

表3.3 海水型VFEUの主な機能

飼育水槽 フィッシュパッケージ水槽(3.1L) 2個

ライフサポート期間 26日間

飼育環境維持 水温制御 10~25℃

酸素供給 人工肺によるガス交換

水質維持 低温海水型硝化菌に

よる生物濾過

神経活動電位計測 2チャンネル/魚

加速度計測 3チャンネル/魚、2チャンネル/水槽

装置寸法・重量 48×44×61cm、約77Kg

図3.3-1 海水型VFEU外観

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海水型VFEUでは飼育水に接触する部位の材料及び表面処理を変更し、海水の使用

にも耐えられるようにした。また、飼育水水温がこれまでの23~25℃から14℃

と低温になるため、水温維持と結露防止のために配管、水槽タンクなどには断熱材を

施工した。また、コイの実験では脳波計測用ケーブルのねじれにより、コイの動きを

制限したことから、NDASでは赤外線による無線システムが採用された。発信器は

魚の頭部に、受信器はフィッシュパッケージ水槽前面に取り付け、また実験期間中の

発信器への電源供給のために、水槽部には誘導コイルを巻きつけた。

頭部に発信器を取り付けたガマアンコウを図3.3-2に、水槽前面に取り付けた受

信器を図3.3-3に示す。また、NDASの系統図を図3.3-4に示す。

図3.3-4 NDAS系統図

FP:Fish Package TC:Tank Coil TDPU:Telemetry Data

Processing Unit Tx: Transmitter Rx: Receiver DIU: Data Interface UnitDR: Data Recorder

図3.3-2 頭部に発信器 を取り付けたガマアンコウ

図3.3-3 水槽部前面に 取り付けた受信器

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ガマアンコウ耳石器官の神経活動電位は、赤外線テレメトリによってデータインタフ

ェースユニットに送られ、信号処理された後に地上にダウンリンクされると共に軌道

上でもデータレコーダにより記録された。また、本装置でも硝化菌による生物濾過法

を適用したが、一般に硝化菌は低温では働きが悪くなることが知られている。本装置

では14℃という低温でも活性を維持することが可能な低温海水型硝化菌を用いて

水質維持を行った 22)。

本装置を用いてニューロラブおよびSTS-95ミッションの2回にわたりガマア

ンコウの耳石器神経活動電位の連続計測というシリーズ化された実験が行われた 10)。

1回目の実験では、搭載された4式のフィッシュパッケージのうち2式のエアポンプ

が軌道上で停止するというトラブルがあったが、搭乗員による軌道上での修理により

1式のエアポンプで2式の水槽にエアを送ることで対応した。エアポンプのトラブル

に対する対策をとった2回目の実験では装置は正常に作動し、問題なく実験を終了し

た 23)。

4.国際宇宙ステーションに向けての検討

3項でまとめたように、日本は他国にない本格的な水棲生物の飼育実験装置を継続し

て開発するとともに、水棲生物を材料とした数々の宇宙実験を行い、多くの成果をあ

げてきた。これらのスペースシャトル用装置の開発と宇宙実験の経験をもとに、現在、

国際宇宙ステーション用の次世代型水棲生物実験装置の技術検討を実施している。本

装置の構想、および主要な要求である小型魚類継代飼育に関する技術開発の成果につ

いて紹介する。

4.1 国際宇宙ステーション用水棲生物実験装置の構想

本装置の仕様は、国内、及び米国の研究者コミュニティの科学的要求に基づいて検討

が進められている。本装置に要求される主要な機能を以下に示す。

1)飼育水棲生物

淡水魚類、及び両生類を対象とする。装置開発のためのモデル生物は、魚類として

は小型魚類であるメダカとゼブラフィッシュ、両生類としてはアフリカツメガエル

とする。これらモデル生物を図4.1-1に示す。

図4.1-1 装置開発のためのモデル水棲生物

左:メダカ、中央:ゼブラフィッシュ、右:アフリカツメガエル

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メダカとゼブラフィッシュは小型で搭載上有利であること、ゲノム解析が進行して

おり様々な遺伝学的手法の適用も可能であること、水温と日照時間の調節で一年中

卵を得ることが可能であり、初期胚から稚魚までが透明で発生過程が容易に観察で

きること、世代時間が3ヶ月以内と短く継代飼育実験に適すること、多くの有用な

突然変異体が遺伝的系統として確立、維持されていることなどがその有効性として

あげられる。特にメダカは日本で確立された実験動物であり、日本での多くの研究

成果の蓄積があるとともに、微小重力下での生殖行動と稚魚までの発生が確認され

た唯一の脊椎動物である。また、アフリカツメガエルは分子発生遺伝学の重要な研

究動物であり、ホルモン処理により産卵のコントロールが可能で、産卵数が多くそ

の発生過程も容易に観察できること、卵が大きく実験発生学的な胚操作が行いやす

いこと、宇宙実験を含めた各分野での研究成果の蓄積が大きいことなどが有効性と

してあげられる。

2)飼育世代

メダカとゼブラフィッシュについては3世代の継代飼育、すなわち搭載した成魚が

産卵し、孵化した稚魚が成長、成熟して産卵するまでの飼育が可能なこととする。

アフリカツメガエルについては、幼生から変態期を含む飼育までが可能なこととす

る。

3)実験期間

2週間程度の短期実験から、 長90日間の長期実験までが可能なこととする。

4)飼育環境制御

飼育水水温、流速、明暗サイクルなどの飼育環境の制御とモニターが可能なことと

する。生物飼育時の飼育水水質が維持できることとする。稚魚が浮き袋を膨らます

ため、また両生類が肺呼吸を行うため、水槽内には気相を保持可能なこととする。

5)自動給餌

生物種と、その成長ステージにあわせた自動給餌が可能なこととする。

6)生物試料の採取・処理

各成長ステージで水槽内生物の採取が可能なこととする。また、採取した生物の化

学固定や凍結などの処置が可能なこととする。

7)生物試料の観察

行動観察など低倍率での水槽内生物の観察、初期胚発生など高倍率での観察と画像

取得が可能なこととする。また、暗時には赤外光による画像取得が可能なこととす

る。

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これまでの装置が2週間程度の実験期間に対応したものであったことに対し、本装置

は 長90日間もの実験を行うことが前提となる。また、これまでの装置にない主要

な機能として、小型魚類であるメダカとゼブラフィッシュについては3世代の継代飼

育、両生類であるアフリカツメガエルに関しては幼生から変態完了までの飼育が行え

ることが要求されている。地上の実験室においても小型魚類の90日間での継代飼育、

両生類幼生が成体へと大きく体を作りかえる変態過程の飼育には注意が必要であり、

時として困難を伴う。装置開発のための技術課題は、長期ライフサポート機能の保証、

限られた水量の小型閉鎖水槽内での飼育と産卵、卵の分離と採取、閉鎖水槽からの飼

育生物採取、水槽内での気相保持、また生物種やステージに適した自動給餌など多岐

にわたる。これまでに、研究者の科学的要求に基づく装置要求仕様について、その技

術的な実現性を要素試作と試験により検討し、装置開発仕様として具体化してきた。

装置構想図を図4.1-2に示す。

装置は1閉鎖循環系に飼育水槽2式を有し、飼育水槽部は小型魚類継代飼育のための

機能、すなわち、卵採取容器や産卵床、水槽内生物採取のためのアクセスポート、成

長に応じた出口側メッシュの切り替え機構、水槽内壁掃除機構、自動給餌機構、また

両生類飼育のための気相保持機構などを持つ。装置内部には小型CCDカメラ1式を

組み込み、水槽内生物の挙動を常時観察可能とした。飼育水槽上面には昼夜照明のた

めの白色LEDを設置し、暗時には赤外LEDに切り替えることにより暗視観察を可

能としている。また、飼育期間が長期となることから、循環系には溶存酸素濃度セン

サ、pHセンサを組み込むとともに、これまで一体化していた物理・化学的濾過を行

センサーユニット

制御装置

循環ポンプ フロントパネル

アキュムレータ

エアポンプ

CCDカメラ

バクテリアフィルター

人工肺

LED照明

ウエストフィルター

給餌機構

産卵床 (模擬水草)

水流による 卵採取容器

生物試料採取用 アクセスポート

水槽内壁掃除機構 気相保持機構

メッシュ切り替え機構

飼育水槽部

図4.1-2 国際宇宙ステーション用水棲生物実験装置構想図

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うウエストフィルターと生物濾過を行うバクテリアフィルターを分離し、ウエストフ

ィルターは交換可能とした。

4.2 閉鎖循環型飼育システムの試作と小型魚類の継代飼育基礎試験

技術課題の多い本要求に対する実現性を検討するため、継代飼育のための機能をもつ

小型水槽2式と搭載システムを想定した循環系よりなる閉鎖循環型飼育システムを

試作した。本試作システムを用いて、以下の課題の技術的な実現性を確認することを

目的に、代表的なモデル生物であるメダカを用いた継代飼育基礎試験を実施した。

1)小型閉鎖水槽内で成魚の飼育と生殖行動が可能か。 2)水槽内で産卵された卵を成魚から分離、採取することが可能か。 3)小型閉鎖水槽内で孵化した稚魚が成長し、産卵するまでの飼育が可能か。 4)継代飼育時のアンモニア排泄量変動に追随した長期水質維持が可能か。

4.2-1 試作飼育システム

試作した閉鎖循環型飼育システムの基本仕様を以下に示す。また、ブロック図を図4.

2-1に、外観を図4.2-2に示す。

・循環系統:1閉鎖循環系

・飼育水槽:2式、内容積 約700ml

・卵採取容器:2式、内容積 約60ml

・総保水量:4.4L

・給餌:水槽内給餌機構による(固形餌)、または給餌ポートからの投入(粉餌)

・流速:0.1~0.5L/min

・O2供給/CO2除去:人工肺(メノックスEL2000α)によるガス交換

・水質維持:バクテリアフィルター(硝化菌によるアンモニア、亜硝酸処理)

・老廃物除去:ウエストフィルター(濾布による捕捉と活性炭による有機物の吸着)

・照明:白色LEDによる、0~2000Lux

・飼育環境モニター:センサーユニットによる飼育水水温、溶存酸素濃度、pH計測

バルブ

LED照明

流量計循環ポンプ

卵採取容器

センサーユニット (pH, DO, Temp)

ウエスト フィルター

バクテリアフィルター 人工肺

エアポンプ

P飼育水槽

LED照明

飼育水槽

卵採取容器

F

F流量計

循環ポンプ

Pバルブ

図4.2-1 試作飼育システム ブロック図

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4.2-2 成魚の産卵試験

搭載した成魚から次世代を得るための卵採取を目的とし、試作飼育システムでの成魚

の飼育と生殖行動に問題ないか、また水槽内で産卵された卵を分離、採取することが

可能かを確認した。

野生ヒメダカを用い、各水槽で成魚

6匹(雌3匹雄3匹)を飼育しなが

ら、その行動や産卵状況などを観察

した。試験期間は2週間とし、水温

26℃、流量0.3L/min、1

4時間明/10時間暗の昼夜照明、

1日2回の給餌条件(おりひめ、キ

ョーリン)で飼育を行った。飼育状

況を図4.2-3に示す。

試験期間中の成魚の行動、摂餌状況などより、飼育システムでの成魚の飼育に問題は

ないと判断でき、また水槽内で成魚の生殖行動と産卵が毎日行われたことを確認した。

採取された卵の受精率は70%、孵化率は78%(ともに試験期間中の平均)で、通

常の実験室での飼育に比べると低値ではあるが、次世代を得ることは十分可能と思わ

れた。水槽内で産卵された卵は、水流を利用した卵採取容器と水草を模擬した産卵床

により採取を行ったが、産卵匹数に対して採取できた卵数は少なく、採卵効率の改善

が課題となった。また、メダカ卵は産卵後腹部からなかなか落とされないこと、付着

糸をもつために水槽内に付着しやすいことから水流による採卵は困難であり、今後は

産卵床の利用を中心に、採卵効率の改善について検討を進めることとした。

LED 照明

卵採取容器

飼育水槽 産卵床

アクセスポート給餌ホルダ

図4.2-2 試作飼育システム外観

図4.2-3 メダカ成魚の飼育状況

飼育水槽

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4.2-3 稚魚の飼育試験

軌道上で孵化した稚魚の成長と3世代目を得るための卵採取を目的として、試作飼育

システムにより稚魚が産卵可能となるまで飼育することが可能かを確認した。なお、

90日間で3世代飼育を行うための日数上の制約から、本試験では孵化から60日以

内での産卵を目標とした。

野生ヒメダカを用い、各水槽に孵化直後の稚魚10匹を収納して飼育を開始した。飼

育期間中は稚魚の行動や成長状況などを観察するとともに、生存率、産卵開始までの

日数、産卵開始後の産卵状況などについて確認を行った。飼育は、水温26℃、流量

0.1L/min、14時間明/10時間暗の昼夜照明、1日3回の給餌条件(おと

ひめベータ1、日清飼料)で実施した。また餌は、宇宙実験を想定して人工飼料のみ

を用いた。水槽内での稚魚の成長状況を図4.2-4に示す。

各水槽とも稚魚は生存率100%で順調に成長し、孵化後45日目に 初の産卵が確

認できた。各水槽とも雌雄比はほぼ1:1であり、 初の産卵以降毎日産卵が確認さ

れるとともに、産卵匹数も増加していった。また、採取された卵の受精率は84%、

孵化率は83%(ともに産卵開始後の平均)であり、問題のない値と思われた。メダ

カ稚魚の飼育は、通常の実験室での飼育条件においても、産卵までに2~3ヶ月を要

し、また生存率が100%を達成できることは少ない。本飼育システムでの稚魚飼育

には問題なく、人工飼料のみを用いたにも関わらず通常の実験室での飼育に比べて良

好な結果を得ることができた。これは、本飼育システムの積極的な飼育環境制御によ

るものと思われる。

なお、今回の試験では稚魚の成長状況に応じて飼料の粒径、量を変更しながら給餌を

図4.2-4 メダカ稚魚の成長状況

試験開始時 試験5日目 試験15日目

試験25日目 試験35日目 試験45日目(産卵開始)

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行った。今後、自動給餌により稚魚の成長に応じた適切な給餌条件を達成することが、

課題となる。

4.2-4 長期継代飼育時の水質維持

水量の少ない閉鎖飼育システムでの長期継代飼育上の課題として、排泄量の多い成魚

から非常に少ない稚魚へと飼育対象が変わった場合でも、バクテリアフィルターが継

続して問題なく働き、長期にわたる水質維持が可能かどうかという点がある。本試験

では、これまでの装置開発で確立してきた硝化菌による水質維持システムが、短期飼

育のみでなく長期の継代飼育においても適用可能であるかを検証することも目的と

した。

バクテリアフィルターは、直径2~3mmの焼結ガラス濾材(シポラックス、セラ)

300mlを担体とし純粋培養したアンモニア酸化菌(Nitrosomonas sp.)、および

亜硝酸酸化菌(Nitrobacter sp.)を付着させ、アンモニアおよび亜硝酸の添加によ

り十分な活性を示すまで馴養を行ったものを用いた。4.2-2項の成魚飼育から4.

2-3項の稚魚飼育にかけて本バクテリアフィルターを継続して用い、飼育期間中の

水質挙動を確認した。なお、水槽内生物を成魚から孵化直後の稚魚に入れ替えた時の

み、飼育システムの飼育水交換を実施した。飼育試験中の水質挙動を図4.2-5に

示す。

0

1

2

3

4

5

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65Days

NH

4-N

,NO

2-N

(mg/

L)

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

NO

3-N

(mg/

L)

NH4-N NO2-N NO3-N

図4.2-5 メダカ継代飼育時の水質挙動 左軸がアンモニア態窒素濃度(NH4-N)と亜硝酸態窒素濃度(NO2-N)、右軸が硝酸態窒素濃度(NO3-N)を示す。飼育開始後15日目に水槽内生物を成魚12匹から孵化直後の稚魚20匹に入れ替えた。なお、15日目での硝酸態窒素濃度の低下は、飼育水交換を実施したことによる。

成魚飼育 (6匹×2水槽)

稚魚飼育 (10匹×2水槽)

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65日間の成魚、稚魚の飼育期間を通して、アンモニア、亜硝酸ともに蓄積すること

はなく0.1ppm以下で維持された。また、硝酸は徐々に蓄積していることから、

バクテリアフィルターによる硝化反応は順調におこっていたものと考えられる。アン

モニア、亜硝酸の蓄積がないことから、硝酸の蓄積量は飼育生物の排泄量に相関した

値を示すと考えられるが、図4.2-5に示すように稚魚の飼育開始後アンモニア排

泄量の非常に少ない時期が20日間以上続いている。しかしながら、その後の急速な

排泄量増加に対しても硝化反応は順調に行われ、継代飼育時のアンモニア排泄量の変

動にもバクテリアフィルターが問題なく追随することを示した。

4.2-5 継代飼育基礎試験まとめ

搭載装置を想定した試作飼育システムによるメダカ成魚の飼育と生殖行動に問題は

なく、特に課題が多いと予想された稚魚の飼育に関しては非常に良好な結果が得られ

た。また、これまでの短期ミッションで確立してきた硝化菌による水質維持システム

についても、長期継代飼育に十分適用可能であることが確認できた。水槽内で産卵さ

れた卵の採取効率改善や稚魚への自動給餌など課題は残るが、本飼育システムを原型

とし90日間の実験期間内にメダカの3世代継代飼育を行うことについて、その実現

性に目処を得ることができた。

現在、改良を加えた試作飼育システムを用いて、同じくモデル生物であるゼブラフィ

ッシュの3世代継代飼育、アフリカツメガエル幼生を用いた変態期を含む飼育のため

の基礎試験を実施中である。

5.おわりに

日本が継続して開発を行い、その技術では世界をリードしている宇宙での水棲生物飼

育実験装置について、これまでの装置開発と今後の国際宇宙ステーションに向けた検

討状況を紹介した。次世代型水棲生物実験装置については、試作飼育システムを用い

たモデル生物の基礎飼育試験を行うとともに、その結果を反映した飼育循環系の要素

試作モデルを製作し、装置開発に向けての準備を進めている。

メダカやゼブラフィッシュといった小型魚類は、進展している比較ゲノム学によって

ヒトとのゲノム構造の類似性が明らかにされたことにより、ヒトゲノムシークエンス

で得られたDNA情報の機能を解析する も重要なモデルとされるようになってい

る。また、有用な突然変異体が多く得られていることから、初期発生や形態形成のみ

でなく、がん研究、免疫学、放射線生物学など、さまざまな医学生物学分野での研究

成果が期待されている24)。これらの地上研究における流れは、そのまま宇宙環境利

用研究にもつながるものであり、また、その扱いやすさや動物愛護の観点からも、宇

宙実験における脊椎動物モデルとしての水棲生物の重要性はさらに高まるものと予

想される。今後の装置開発においては、このような水棲生物の有効性を十分に生かす

べく、 新の実験手法を可能な限り取り入れられるようにすること、画像取得など進

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歩の速い技術分野については、常に 新の技術を柔軟に取り入れられるよう配慮する

こと、また、国内研究者のみでなく広く海外の研究者にとっても魅力のある装置とし

ていくことが重要になるものと考える。

<参考文献>

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実験成果報告、宇宙開発事業団技術報告、NASDA-TMR-960004, 87-100 (1996) 8)森 滋夫、御手洗 玄洋、高林 彰、高木 貞治、臼井 支朗、中村 哲朗、榊原

学、長友 信人、 R. von Baumgarten, 無重力順応過程における視-前庭性姿勢

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フサイエンス分野 予稿集、NASDA (1999)

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15)山下 雅道、黒谷 明美、 上 善広、浅島 誠、小池 元、今溝 真理、奥野

誠、Carl J. Pfeiffer、駒崎 伸二、佐々木 史江、大平 充宣、鹿島 勇、菊山

栄、大西 武雄、駒田 聡 イモリの宇宙における産卵および受精卵の発生、

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20)Ijiri, K. et al. Behavior and Reproduction of Invertebrate Animals During and After A Long-Term Microgravity: Space Experiments Using An Autonomous Biological System (ABS). Biological Sciences in Space, Vol.12 No.4, 377-388 (1998)

21)神頭 裕美、熊谷 秀則、志村 隆二、谷垣 文章、長岡 俊治 IML-2水

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ーディング、144-147 (1995) 22)Uchida, S., Matsubara, S., Kato, M., Sakimura, T., Nakamura, H.K., Ogawa, N.

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23)Sakimura, T., Suzuki, T., Matsubara, S., Uchida, S., Kato, M., Tanemura, R. and Honda, S., NASDA Aquatic Animal Experiment Facilities for Space Shuttle, Biological Sciences in Space, Vol.13 No.4, 314-320 (1999)

24)小型魚類遺伝資源保存体制の現状とその改善に関する提言、生物遺伝資源委員会

・小型魚類小委員会(2002)